審判の日を信じること - Tokyo Camii

東京ジャーミイ金曜日のホトバ
2016 年 3 月 18 日
審判の日を信じること
兄弟、姉妹の皆様! クルアーンでは、全能の主は
次のように宣言しておられます。
られることを告げておられます。 現世における生が、
私たちを誤った方向へ導くものであることを常に思い
「あなたがた信仰する者よ、アッラーを畏れなさ
起こさせます。審判の日のない世界など、虚栄と享楽
い。明日のために何をしたか、それぞれ考えなさい。
だけの 単なる戯れに過ぎないことが強く説かれている
そしてアッラーを畏れなさい。本当にアッラーは、あ
のです。
兄弟、姉妹の皆様! 現世における生は、永遠へと
全体規則)
なたがたの行うことに通暁なされる。」(集合章 18 節)
兄弟、姉妹の皆様! ある金曜日のこと一人の男が
OF ISLAM 至る道の途中でほんの少し立ち止まる場所に過ぎませ
IS EASY
モスクへやってきて、説教をさえぎりこう尋ねました。
ん。現世において勝ち取るべきは、来世における永遠
「おお、全能の主のみ使いよ。審判の日はいつ訪れる
の生であります。現世が試練の場所ならば、最後の審
のですか?」。預言者の教友たちは、静かにするように
判の日とはその後の天国と地 獄を分かつ正義が示され
と身振り手振りで男に伝えました。しかし男は話し続
る場所であります。その日、私たちのなし遂げた善行
け、同じ質問を三回、繰り返し尋ねました。金曜礼拝
には報奨が授けられ、悪行には 懲罰が下されます。そ
の先導を終えると、預言者は集まった人々の方を振り
の日、ほんのわずかなことでさえ不公平な扱いに苦し
向いて「審判の日がいつ訪れるのか、質問した者はど
められる者は誰ひとりとし ていません。
こにいるのか」と 言われました。男は、自ら名乗り出
このように考えて生きる人は、男女の別なく、自
ました。すると預言者は、「それで、審判の日のために
分の行ないを堂々と申し述べられるよう常に自らに試
あなたは何を準備 したのか」とお尋ねになりました。
練を課すことでしょう。全能の主に釈明を求められる
男は答えました。「私がなし遂げたことなど、さほど多
その日を思い、悪行や誤った行為を避け、アッラーの
くはありません。 それでも、私は神を愛しています。
御満悦がありますようにと、常に思いやりと善良さに
全能の主のみ使いを愛しています」。人間は、自分が愛
満ちた人生を送ろうと心がけま しょう。
している誰かと一 緒にいるものです。そのようにして
兄弟、姉妹の皆様! 善行をなした人は、最後には
自分もまた、自分を愛してくれている誰かと一緒にい
審判の日に報奨を授けられます。それを見て、自らの
るものなのです。(ティルミズィー, ズフド 50)
善行の少なさを悔やむ者は どれほど悔やんでも悔やみ
預言者の行ないと教えからなるこのハディースは、
きれないでしょう。天国とは、現世において種をまく
私たちが何を為したかを問われる大いなる日のために
庭であることをどうか忘れないで下さい。地獄に炎を
常に備えていなければならないことを強く語りかけて
運び入れるのは、実は私たち自身の手に他ならないの
きます。審判の日がいつ訪れるかよりも、その日のた
です。 次の祈りの言葉をもって、本日のホトバを終わ
めに準備することこそがより大事なのです。また備え
りたいと思います。 「主よ、現世においては良いもの
るということは、全能の主と預言者を愛し、神と預言
を、来世においても良いものをお与えください。私た
者が望まれる通りの人生を送ることであります。
ちを、業火の懲罰から お守りください」。 「神よ、死
親愛なる信仰者の皆様! 私たちの全能の主は、ク
後における良い生をお与えください。人生において、
ルアーンにおいて、私たちは理由もなく造られたわけ
善の上にも善を行なわせてください。死をもって、私
ではないこと、私たちは放っておかれているわけでは
が悪を行なわないよういましめてください」。
ないこと、そして私たちは死後、再び新たな生を授け
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