系図=パ・ド・カレー

珊 瑚 集
笑はぬ少女
春月夜ピアスの穴をやすませて
春光や薬膳カレーに枸杞赤し
走る蹴る肉美しく冴返る
またひとつ見えないものを棄てて春
永き日や今日のわたしは患者様
口紅の品番控へ春の風邪
春蘭や笑はぬ少女のやうに咲き
ゆく春の化粧落とせし顔白し
化粧水に酵母の匂ひ春深む
美容室帰り桜しべ踏んで
春宵のをんなの丸き額かな
心揺るる日ひろさんから春メール
はしもと 風里
目の前に、聴くことを苦手としている男
がいる。我が家には日常的にラジオかCD
の 音 楽 が 流 れ て い る の だ が、 た ま に ク ラ
シックが始まると私は少し身構える。心地
よい音、勇壮な音を繰り返しながら、すう
とピアニッシモになると男が手を伸ばすか
ら。ノン!私にではないですよ。リモコン
を手に取り、じわりと音量をあげてくるの
だ。ここから毎回同じやりとりが始まる。
「ねえ、このままで聴こうよ」
「だって聞こえないから」
「聴こうと耳をかたむけたら聴こえるよ」
例 え 無 音 だ っ て( 無 音 っ て こ と は な い の
だけど)一曲のなかの大切な部分なのだか
ら。
「だから聴こうよ」
「………」
珊 瑚 集
あなたまかせ
撫で肩の男が前を春桃会
波戸辺 のばら
聴 く = 耳 と 十 四 の 心 と 書 く か ら、 心 を
込めて、耳を澄ますことかと理解した。最
桃の花おじさんふたりストレッチ
大人びた友七人と梅日和
あちこちに要再検のチェックが入る。元気
聴いていた記憶がある。
コードコンサートというものがあり真剣に
私の中で はダウンロードの音楽は聞く。
レコードに針を落とす場合は聴く。昔、レ
ないと決めている……つもり。
噂 話 は け っ こ う 好 き。 で も、 誹 謗 中 傷
や人を貶めるゲスなことは言わない、聞か
る。
に欠ける私だが、素直に聞く耳は持ってい
られた。確かにそうだと深く納得。繊細さ
の出る食べ物はマナー違反よ」とたしなめ
りぽりと食べていたら「句会では大きな音
止まらない危険なあられを持って行き、ぽ
聞く=意識しないで勝手に音が聞こえ
る こ と。 あ る 日 の 句 会 で、 食 べ 出 し た ら、
虚に体の声を聴くことが必要な齢になった。
だと、根拠のない自信を持っていたが、謙
近、うっかりミスで火傷を負い、健診では
春うららほめられぐせがまだ抜けぬ
天窓を見上げ瞑想蝶の昼
花吹雪あなたまかせの街歩き
本抱え桜の精のような人
うぐいすのお手本どおり鳴きにけり
たんぽぽに父と子の声円くなる
囀りのなか新しきスニーカー
まち猫の耳の切れ込み草萌える
春光やぴゅんと飛び出すマヨネーズ
珊 瑚 集
走るあなた
雛飾る毎年同じ話して
穴あけて入る職業花菜風
台形の夕空乗せる春のバス
梅咲いて首をひねった小型犬
ソースの封ちぎって春はまだ浅い
誰の顔も見ないで歩ぐ梅苑よ
音のない川が流れる春の地図
花こぶし小さなお尻と同じ椅子
眠るとき揺れるあなたよ花菜風
ただいまはまだしたくない桜草
梅咲いた走るあなたに追いつかない
風光る「撮ります」という人が好き
林田 麻裕
ここ数年、めっきり音楽を聴かなくなっ
た。朝から晩まで耳にイヤホンを着けっぱ
なしにしていた私がである。
イヤホンを外した日から、私はたちまち
小さないろんなことに気づくようになって
いった。木の緑、鳥の声、電車の震動、そ
して人々の感じていそうなこと。自分の生
きている 世界がどんどんひらいていった。
それらはとても愛しい。
静寂を聴 くこともできるようになった。
静寂とは何も音がないということだけでは
ない。小さな音たちのほか、風にも色があ
るし、近くにいる人の息遣いも静寂の音だ。
その中に、自分の人生にとって大事なもの
があるかもしれない。静寂に刺激はまるで
無いけれど、それは人生を豊かにしてくれ
る音楽の一つだ。
珊 瑚 集
離婚報告
待春の木椅子木の卓『ゲド戦記』
春やいざ男は髪を逆立てて
鰆東風吹けばふらつと来る男
おひなさまおちょぼの口がくたびれる
春が来て象の系図を遡る
淋しさを編んでげんげの首飾り
ぶらんこを漕ぐ人形をおんぶして
ぶらんこで缶コーヒーを飲んでゆく
花菜漬しゃきしゃき離婚報告す
雲ケ畑行バス春の虹くぐる
遊行期や春野に放たれて光る
短編を読み終え春の湖西線
火箱 ひろ
聴くというのは、その気になってちゃん
と聞くということだ。しかしその気になっ
ても全然頭に入らないものがある。
ひとつは英語のレッスンのアノCD。夫
が英会話を始めたときの遺物で、車に同乗
すると時々カーステレオで聴かされる。聴
こうとするが何回聴いても覚えられない。
これは「個人差があります」という断り書
きの、個人は私だということだな。
もうひとつは、このごろの歌の歌詞。
これも何を言ってるのか、はたして日本
語かさえしばらく聴かないとわからないあ
りさま。情けない。
はじめてビートルズがテレビに流れた日、
驚いた。ただただ煩かったが、若い耳はそ
の言葉も聴きわけるようになって、いまと
なってはクラシック。青春の日々が懐かし
い。
投句欄
ゆ っ く り と 春 を 回 し て 太 極 拳
は
母 と 吹 き 風 と な り ま す 風 車
ろ
し
子
ど
も
食
堂
蝶
に
の
灯
昼
り
武智由紀子
道 の 駅 美 味 し い 春 の 天 こ 盛 り
赴 任 す る 陸 前 高 田 春 め き て
勾 玉 集
い
浅
室
フ ラ ン ス 語 三 つ 覚 え て 春 が 来 た
春
教
刹
に
も
中川久仁子
る
古
わ
の
ま
亡
の
焼
文
花
回
さくらさくらゆっくり開ける雲のドア
の
雨 の 音 古 き ひ い な の 前 に 座 し
椏
田 邉 好 美
不 動 明 王 雨 に 降 ら れ て 春 の 夢
三
春 愁 は ち ょ っ と あ ち ら へ 五 指 洗 う
蒲 公 英 や 逢 え ば 触 れ た き 男 佳 し
稗 田 夏 子
土 手 青 む リ ュ ッ ク の 中 の 鳩 の パ ン
一 粒 の 真 珠 静 か に 冴 え 返 る
豊 田 信 子
と こ と ん 音 痴 と こ と ん 静 か 春 の 海
転 ん だ ら 転 ん で く れ た 春 の 月
泡 盛 の 空 き 瓶 に あ る 春 の 空
勾 玉 集
勾玉集を読む はしもと風里 由紀子
春浅し子ども食堂に灯り さまざまな事情で家族で食卓を囲むことができな
い子ども達に食事と温かな場を提供するこども食堂
が広がりをみせていますね。灯りにほっとします。
蒲公英や逢えば触れたき男佳し 好美
好みの度合いは触れたくなるか否かで判断できま
す。選択にせまられたらどうぞ。
○ ゆっくりと春を回して太極拳
信子
ゆるやかに手足を回すような太極拳の動作。春を
回してとは言い得て妙。
フランス語三つ覚えて春が来た いろは
しゅわしゅわのフランス語にふわふわの春。
雨の音古きひいなの前に座し 久仁子
静かな景、落ち着きます。雨の音にはヒーリング
効果があります。お雛さまにまつわる昔の思い出も
よみがえって。
転んだら転んでくれた春の月 夏子
転んでしまって、そして見上げた春の月。月もいっ
しょに転んでくれたなんて、楽しい思い込み。
○ 春一番おでこで押してペダル踏む
和代
自転車をぐいぐい漕いでいるときは、おでこが風
を受けていることを再確認。(私は乗れないけど)
風をおでこで押すという表現いいですね。
留守の間の庭に散り敷くえごの花 ひむれ
えごの花は下向きに咲いているところも良ければ
一面真っ白に散り敷いているところもきれい。
了子
○ 椅子直す男見直し花の昼 男は椅子を直し、女は男を見直し、ちょっとステ
キな花の昼。
折り紙の升に盛りたり雛あられ 一代
淡い春のいろを盛った升。升の色もきっと春いろ。
手文庫はパンドラの箱夏の昼 みち子
昨今の世情をみていると、どこかに開けっぱなし
のパンドラの箱がありそうです。よいものだけ取り
出してあとはきっちり蓋を閉めてくださいね。
巣つばめや町一番の質屋さん 美津子
今年もつばめが戻ってきた質屋さんの軒先。どう
やら色々と面倒見のいい質屋さんのよう。
マカロンの色から春がこぼれそう 洋子
鮮やかなパステルカラーがそこここに。素敵。
○ 音のする方に皆向き葱坊主
さくら
葱坊主がまるで音を聞き分けているようで面白い。
曜子
○ 啓蟄の蛇やら虫やら見合いやら 春のけはいを感じて蛇や虫が地中から。地上で人
も動き出します。見合い上手くいったかな。
石段をのぼれば初音金福寺 ナミヱ
うれしい瞬間ですね。幸せをいただいた気持ち。
サイタサイタ女子力アップ花吹雪 久美子
花吹雪を浴びて女子力アップ。この感じ女子なら
分かりますよね。久美子さんの若々しい感性。
〈以下略〉
琥 珀 集
桜・2016
はしもと 風里
桜待つきみを案ずる一方で
いろいろは尋ねずにおく初桜
花の昼ふいに流るるラヴソング
キッチンにタイマーひびく夕桜
アルゼンチンタンゴに凄み花の夜
ボディチェック受けてそれから会ふ桜
あたりまへのやうに今年も咲くさくら
桜咲かねば縁なきままの人であり
花吹雪母にあやまりたいことが
行きすぎて振りかへりみる八重桜
琥 珀 集
秘密の通路
辻 水音
御池庭四月の雨の角が立ち
佐保姫の御簾の向かうが騒がしき
御所にある秘密の通路鳥の恋
はぐれたる夫を叱り菖蒲の芽
さくらちるちる付爪が濡れてゐる
花昼刻を宮内庁御用達
御股かと思へぜトイレ養花天
もう靴の中がぐつしより春遊び
速やかに御所を抜け出す雀の子
墓穴を出るや生き方研究所
琥 珀 集
包み込む
たかはし すなお
初燕蔵の奥から椅子を出す
木の芽風カツカツ登る女坂
コンビニのトイレはひとつ花の昼
春の朝あれよあれよと手術台
点滴を引きずって行く春の闇
春灯や指に突き刺すピン二本
春障子男子全員俯いて
かすみ立つ写真の父は丸めがね
包み込むように受け取る新入児
菜の花やシスターの首すと伸びて
琥 珀 集
桜まで
つじ あきこ
花の雨赤い帽子を褒められる
他人事は私の事蟇穴を
またきょうも遠く見ている山桜
花冷えの閉ざされている建礼門
白砂を踏んで左近の桜まで
黄心樹の花には会えず友といる
花の香と雨音連れてひと駅を
桜散る散るきょうは体にいいカレー
群青の瓶に水素水花は葉に
木は丸い形で森に夏隣る
琥 珀 集
HCU
笹村 恵美子
春マスク二枚重ねて面会す
HCU奥へ奥へと春日差し
ベビーピンクのカーテンぐるり陽炎えり
歩行禁止桜前線通過中
頭足位置逆さに仰臥して日永
花冷やメモリの水の生ぬるし
看護師を手招きで呼ぶ春の昼
部屋替えは今日も突然養花天
昼と夜の逆転もある春の闇
胸水の音なく引いてゆく朧
琥 珀 集
麻呂の眉
火箱 ひろ
春障子白い時間を開放す
家系図のなかの母たち陽炎える
花人を待つ桜の間あけ放ち
春やもう桜襲は似合わぬよ
紫宸殿あたりではぐれ春の雷
あの老人桜の精ということに
其のかみも永き日のあり麻呂の眉
春日傘春雨傘となりにけり
花散って雨垂れ御所の雨の角
たっぷりと濡れて笑うよ東山