日本の伝統的魚醤油「イシル」の生理学的機能 谷口肇* 榎本俊樹* 道 畠 俊 英 ** 表 1 研究の背景 分 SQ(5 試 料 ) SA (5 試 料 ) 水 分 (Wt%) 63.79-73.35 63.75-71.50 全 窒 素 (g/100ml) 1.73-2.49 1.42-2.16 糖 分 (g/100ml) 0.04-0.08 0.03-0.08 粗 脂 肪 (g/100ml) 0.08-0.33 0.08-0.22 NaCl(g/100ml) 14.81-26.54 25.74-27.33 灰 分 (g/100ml) 15.87-26.61 25.25-28.90 pH 4.77-6.25 5.16-6.53 比 重 (20℃ ) 1.14-1.22 1.20-1.23 成 魚 醤 油 は ,古 く か ら 世 界 各 地 ,特 に 東 南 ア ジ ア諸国で代表的な調味料の一つとして生産さ れ て い る 。石 川 県 能 登 地 方 に お い て も ,イ カ の 内 臓 や イ ワ シ を 原 料 と し た 魚 醤 油「 イ シ ル 」が 生 産 さ れ て き た 。し か し ,イ シ ル に つ い て は こ れまで成分や機能性について明らかにされて い な い の が 現 状 で あ っ た 。そ こ で ,能 登 の 伝 統 的調味料であるイシルの呈味性に及ぼす主要 な 成 分 と ,生 理 学 的 機 能 に つ い て 検 討 を 行 っ た 。 表 2 研究内容 能登地方で製造販売されている市販のイカ 市販イシルの一般成分 市販イシルのペプチドおよびアミノ酸量 成 分 (mmol/100ml) SQ(5 試 料 ) SA (5 試 料 ) 総ペプチド 3.7-9.6 9.5-18.8 総遊離アミノ酸 62.3-81.5 44.5-76.1 アスパラギン酸 0.21-8.58 0.79-6.57 グルタミン酸 6.81-8.63 5.33-9.09 セリン 0.18-5.69 0.23-5.03 スレオニン 0.79-4.80 1.62-4.52 チロシン 0.17-0.53 0.62-1.19 シスチン 0.28-0.32 Trace-0.37 つ い て 表 2 に 示 す 。う ま 味 成 分 で あ る 総 遊 離 ア メチオニン 1.58-1.93 1.07-1.83 ミ ノ 酸 量 は , SQ が 62.3∼ 81.5mmol/100ml, SA グリシン 6.07-8.60 3.04-6.67 が 44.5∼ 76.1mmol/100ml で あ り ,イ シ ル に は 一 アラニン 7.48-19.56 5.26-17.41 般的な濃口醤油の約 2 倍近い遊離アミノ酸が含 バリン 4.23-5.99 2.82-5.63 ま れ て い た 。 遊 離 ア ミ ノ 酸 組 成 で は , SQ, SA ロイシン 2.80-4.72 3.67-4.64 い ず れ も ,ア ラ ニ ン ,グ ル タ ミ ン 酸 ,グ リ シ ン , イソロイシン 2.44-3.64 1.87-3.23 リ ジ ン ,バ リ ン な ど が 主 な ア ミ ノ 酸 で あ り ,こ フェニルアラニン 1.68-2.55 1.06-2.21 れ ら は 総 遊 離 ア ミ ノ 酸 中 の 41 ∼ 63% を 占 め て トリプトファン Trace-0.22 Trace-0.52 い た 。 ま た , SQ で は プ ロ リ ン , SA で は ヒ ス チ リジン 5.95-8.16 4.56-7.91 ヒスチジン Trace-1.24 0.35-2.96 アルギニン Trace-3.00 0.07-3.32 タウリン 4.16-5.70 1.90-2.72 シトルリン Trace-0.29 0.19-1.11 α -ア ミ ノ 酪 酸 Trace-0.43 Trace-1.63 γ -ア ミ ノ 酪 酸 Trace-1.54 Trace-0.11 オルニチン 0.06-3.30 0.14-4.07 イ シ ル (SQ)お よ び イ ワ シ イ シ ル (SA)に つ い て , 成分および機能性について分析を行った。 イ シ ル の 一 般 成 分 を 表 1 に 示 す 。 SQ の 全 窒 素 は 1.73 ∼ 2.49g/100ml , 塩 分 は 14.81 ∼ 26.54g/100ml で あ り , SA の 全 窒 素 は 1.42 ∼ 2.16g/100ml, 塩 分 は 25.74∼ 27.33g/100ml で , い ず れ も 高 塩 分 で 全 窒 素 含 量 が 高 く ,一 方 糖 分 , 粗脂肪はほとんど含まれていなかった。次に, 市販イシルのペプチドおよび遊離アミノ酸に ジ ン が 多 い 傾 向 を 示 し た 。ま た ,総 ペ プ チ ド 量 に つ い て も , SQ で 3.7∼ 9.6mmol/100ml, SA で 9.5∼ 18.8mmol/100ml と , 多 量 に 含 ま れ て い る こ と が 明 ら か と な っ た 。ま た ,SQ と SA を 比 較 す る と , 総 遊 離 ア ミ ノ 酸 量 は SQ, 総 ペ プ チ ド 量 は SA が 多 い 傾 向 が み ら れ た 。 従 っ て , イ シ ルには多量のペプチドや多種類の遊離アミノ * 石川県立大学 ** 化学食品部 - 79 - 6 これらの成分によりイシル独特の呈 味性が形成されているものと考えら れる。 次にイシルの機能性について検討 を行った。まず,イシルの抗酸化活 性 を DPPH ラ ジ カ ル 消 去 能 法 で の IC 5 0 値 に お け る 没 食 子 酸 相 当 量 の 比 較を図1に示す。没食子酸相当量で SQ が 3.02∼ 4.48μ mol/ml,SA が 1.85 ∼ 3.48μ mol/ml と , す べ て の イ シ ル 抗酸化活性(μmol-没食子酸相当量/ml) 酸が豊富に含まれていたことから, 試料において非常に高い抗酸化活性 4 2 0 SQ-1 SQ-2 SQ-3 SQ-4 SQ-5 SA-1 SA-2 SA-3 SA-4 SA-5 が確認された。血圧上昇抑制効果の 指 標 で あ る ACE 阻 害 活 性 に つ い て 図 図 1 市販イシルの抗酸化活性 2 に 示 す 。 ACE 阻 害 活 性 の IC 50 値 の 比 較 し た と こ ろ , SQ が 0.38∼ 0.52μ 0.6 l/ml, SA が 0.14∼ 0.25μ l/ml と こ ち SA の 方 が SQ よ り も 高 い 傾 向 が み ら れ た 。 イ シ ル の 高 い 抗 酸 化 性 や ACE 阻害活性は,イシルに含まれる多量 のペプチドが関与しているものと推 察され,現在詳細な検討を行ってい る。 ACE阻害活性 IC 5 0 (μl/ml) ら も 非 常 に 高 い ACE 阻 害 活 性 を 示 し , 0.4 0.2 研究成果 能登の魚醤油イシルについて成分, 機能性について検討した結果,以下 の結果が得られた。 (1)イ シ ル に は , う ま 味 成 分 で あ る 遊 0 SQ-1 SQ-2 SQ-3 SQ-4 SQ-5 SA-1 SA-2 SA-3 SA-4 SA-5 図 2 市 販 イ シ ル の ACE 阻 害 活 性 離アミノ酸やペプチドが多量にかつ 多種類含まれており,これらによりイシル独特の呈味性を形成しているものと考えられる。 (2) イ シ ル に は , 非 常 に 強 い 抗 酸 化 活 性 お よ び ACE 阻 害 活 性 を 持 つ こ と が 明 ら か と な っ た 。 従 っ て , イ シ ル は 調味料としてだけでなく,機能性食品素材としての可能性も示唆された。 論文投稿 Biocatalysis and Agricultural Biotechnology, 2009 p.199-206. - 80 -
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