マレーシア東方政策プログラムに関する調査 (財)国際開発高等教育機構 (FASID) 平成19年3月 目 次 目次 要約 第1章 調査の概要 1.調査の背景と目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 2.東方政策プログラムの概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 3.調査期間 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 4.調査内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 5.調査方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 6.調査対象 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 7.調査実施体制 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 第2章 調査結果 A. 聞き取り対象の属性 1.聞き取りを実施した東方政策プログラム学生・卒業生の属性 ・・・・・・・・7 2.聞き取りを実施した AAJ 教員の属性・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 3.聞き取りを実施した大学教員・関係者の属性 ・・・・・・・・・・・・・・10 4.聞き取りを実施した日系企業雇用者の属性 ・・・・・・・・・・・・・・・11 B. 調査結果 I.予備教育段階 1.日本への留学動機 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 2.応募者の選抜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 3.予備教育機関(AAJ)の教育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 (1)入学学生の特質・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 (2)カリキュラム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 (3)日本語教育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 (4)教科教育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 (5)日本語・教科教員 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 (6)学生数・クラスサイズ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18 (7)教育期間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 (8)教科書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 (9)日本事情・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 (10)生活環境・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 (11)文部科学省試験終了後の過ごし方 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 (12)カリキュラム改革・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 II.大学教育段階 1.大学・学科の選考 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22 2.マレーシア人留学生の受け入れ需要・方針・・・・・・・・・・・・・・・・23 3.大学での学業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 i (1)教育への満足感・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 (2)学業姿勢 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 (3)学生の成績・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 (4)学業成績不振の理由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 (5)教科知識・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 (6)日本語能力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 (7)大学教育への適応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30 4.大学のサポート・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30 5.マレーシア人留学生に期待するもの・・・・・・・・・・・・・・・・・31 6.日本人の友人とのコミュニケーション ・・・・・・・・・・・・・・・・・31 (1)寮生活・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 (2)サークル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 (3)交流会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 (4)ホームステイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 (5)マレーシア人の少ない大学・学科・・・・・・・・・・・・・・・・・33 (6)男子学生が多い環境・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 7.日本での生活について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 (1)食環境・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 (2)住環境・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34 (3)宗教環境・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34 (4)生活費・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34 (5)アルバイト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34 (6)日本のイメージの変化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 8.卒業後の進路・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 III.就労段階 1.日本留学生の就職状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 2.就職・仕事面における日本留学のメリット・デメリット・・・・・・・38 (1)日本語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 (2)専門知識・技術・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 (3)日本文化、日本人の考え方の理解・・・・・・・・・・・・・・・・39 3.日系企業上司による日本留学生の評価・・・・・・・・・・・・・・・40 4.日系企業における日本留学生雇用の需要・・・・・・・・・・・・・・42 5.卒業生の日本との関わり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 6.卒業生の東方政策プログラム同窓会(ALEPS)の現状・・・・・・・・・・43 7.東方政策への示唆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 (1)東方政策プログラムの社会的インパクト・・・・・・・・・・・・・・・・43 (2)日本留学を後輩に勧める理由 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44 (3)今後の東方政策プログラムのあり方について・・・・・・・・・・・・・・45 8.後輩へのアドバイス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46 第3章 結論と提言 2 1.聞き取り調査結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47 (1)卒業生の進路とプログラムのインパクト ・・・・・・・・・・・・・・・47 (2)留学生の成績評価 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 (3)後進への助言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 (4)卒業生ネットワークのあり方について・・・・・・・・・・・・・・・・49 ii (5)東方政策プログラム改善に向けた提案・示唆・・・・・・・・・・・・・50 2.提言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53 (1)ステークホルダー間の情報共有とモニタリングシステムの構築 ・・・・・53 (2)プログラムの認知度の向上 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54 (3)日本留学に対する学生の適正の重視 ・・・・・・・・・・・・・・・・・54 (4)各段階における到達目標の設置 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54 (5)学問領域・学問レベルの検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55 コラム コラム1:日本留学プログラムの認知度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 コラム2:受け入れ希望に対する大学の対応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・23 コラム3:勉強で分からないときに誰を頼るか・・・・・・・・・・・・・・・・28 コラム4:かつてのマレーシア人留学生との比較(大学教員の意見)・・・・・・30 コラム5:就労体験の重要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 コラム6:日本留学マレーシア人の雇用需給の現状(在マ人材紹介会社の分析)・37 コラム7:日系企業における日本留学生と他国への留学生の比較・・・・・・・・39 コラム8:ジョブ・ホッピングの現状(在マ人材紹介会社の話)・・・・・・・・41 資 料 1.アンケート調査集計結果 AAJ 学生・留学生・卒業生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60 AAJ 教員・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・79 大学教員・関係者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82 日系企業雇用者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・86 自由回答・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・88 2.アンケート調査票 AAJ 学生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95 留学生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・97 卒業生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100 AAJ 教員・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・104 大学教員・関係者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・105 日系企業雇用者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・106 3.聞き取り調査質問票 AAJ 学生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107 留学生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・109 卒業生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・112 AAJ 教員・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・117 大学教員・関係者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120 日系企業雇用者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・123 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・127 iii 図表 表1 表2 図1 図2 図3 図4 図5 図6 図7 図8 図9 図10 図11 図12 図13 図14 図15 図16 図17 図18 図19 図20 図21 図22 図23 図24 図25 図26 図27 図28 図29 図30 図31 図32 マレーシアにおける日本への主要公的留学プログラム・・・・・・・・・・1 現役留学生および卒業生の大学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 聞き取りを実施した卒業生の現在の職業・・・・・・・・・・・・・・・・7 聞き取り学生の出身地(州別)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 父親の最終学歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 父親の職業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 出身中等学校・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 AAJ 教員の教員暦・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 大学教授・助教授(理工学部)の専門分野・・・・・・・・・・・・・・10 大学教員のマレーシア人留学生教授暦・・・・・・・・・・・・・・・・・10 雇用者の所属部署・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 学生・卒業生の第一留学希望国・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 日本に留学したいと思った理由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 AAJ 学生の学業姿勢・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 AAJ 学生の学業成績への評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 AAJ の教育の満足度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 AAJ 教員の言語能力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18 第一希望の学部・学科を専攻した学生の比率・・・・・・・・・・・・・22 第一希望の大学に入学した学生の比率・・・・・・・・・・・・・・・・22 大学での授業出席率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 大学授業でのディスカッション参加頻度・・・・・・・・・・・・・・・25 学生・卒業生の大学での平均成績・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 大学の成績に対する自己満足度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 大学の成績に対する大学教員の評価・・・・・・・・・・・・・・・・・26 授業理解が困難、十分でないと感じる頻度・・・・・・・・・・・・・・27 マレーシア人留学生の教科知識の評価・・・・・・・・・・・・・・・・28 マレーシア人留学生の日本語能力の総合的評価・・・・・・・・・・・・29 マレーシア人留学生の日本語能力に対する大学教員の評価・・・・・・・29 大学時代の親しい日本人の友人数・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 大学外での日本語の使用頻度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 日本留学が就職や仕事でのアドバンテージになっていると感じるか・・・40 卒業生の業務姿勢に対する雇用者の満足度・・・・・・・・・・・・・・41 日本留学がマレーシアの将来や両国関係に今後も有益と思うか・・・・・44 日本留学によって人生がより豊かになったと感じるか・・・・・・・・・45 iv 要約 本調査では、マレーシア東方政策プログラムに係る関係者に聞き取り調査を実施し、これ までの成果と今後の課題を明らかにすることによって、より効率的なプログラム運営に有 益となる情報を提供することにある。要点は次の通りである。 予備教育段階 ・ 日本留学に応募した理由は、日本の技術力や近代性への憧れ、日本のドラマやアニメ、 中等学校での日本語履修や日本史の影響、日本渡航経験者の推薦等であった。一方で、 欧米留学に合格できず、仕方なく残された選択肢である日本行きを決めたという学生も いた。 ・ 応募者に対する人事院の選考は、年によって大きく変わることがある。成績だけを判断 基準にせず、日本を第一希望にする学生を選抜したほうが、やる気のある学生が集まる という話があった。 ・ AAJ に入学する学生は、性格は非常に素朴かつ純真で、教師の指示に対して従順であり、 授業出席や宿題提出など学業姿勢は概ね問題ないという。しかし、自ら問題点を発見し、 考え、悩み、答えを見出そうとする姿勢に欠けると指摘された。また、競争心が低く困 難に直面しても自らの力で乗り越えようとするガッツがなく挫折しやすいという。 ・ AAJ での学業成績については、2 年次になると学生間で大きな差が生じているという。 学習についていけなくなる要因は、①意欲の欠如、②日本語能力、③理系的な素質に大 別できるという。また、入学時期が複数に分けられているが、入学時期が遅い学生ほど 学習が遅れ、意欲を失いやすいため、入学時期を統一した方がいいという指摘があった。 ・ AAJ のカリキュラムに関しては、1 年次より 2 年次のシラバスの方が簡単になっている という問題が挙げられた。1 年次前半だけ、マラヤ大学工学部予備教育部(PASUM) のカリキュラムを組み入れていることが原因になっているという。 ・ 日本語教育については、2 年間で大学教育のレベルに到達することの苦労を訴える意見 が多かった。特に、会話の授業の少なさを指摘する声が多い。また教科教育については、 1 年次から日本語で教える方が良いという意見が多数あった。また日本の大学では数学 で苦労する学生が多いので、数学の強化を期待する声も複数ある。 ・ 教員については、日本語教員の不足が問題となっている。日本からの派遣には限界があ り現在現地雇用を進めているが、教員の補充は一向に進んでおらず、現地雇用を管轄す るマラヤ大学への不満が高まっている。こうした中で日本語教員からは、AAJ の教育に 耐えることのできる生徒だけを選抜し、少数精鋭で授業を実施したほうが効率的である という意見が出された。 ・ 教員の派遣期間が 2-3 年の短期であることの弊害があるという。①AAJ での教育活動に 慣れてきたころに帰国するため効率が悪い、②2 年以上かかる継続的な取り組みが難し い、③新年度になる度に試行錯誤的に業務を進めることが多い、④帰国する教員が翌年 度の計画作成に関わることを躊躇する、という問題が挙げられた。 ・ 2 年間という教育期間については、ほぼ全ての学生が適当であると答えた。留学試験に 合格するためにはその程度の勉強が必要であるという。可能ならば、1 年間を AAJ で、 v 残り 1 年間を日本で勉強して、日本への適応力を向上したいという意見が多かった。 ・ 文部科学省試験を終えた学生は、大学が決まり渡日するまで帰郷する傾向があるが、こ の期間も学習を続けるべきという意見が学生・教員双方から出された。具体的には、そ れまでの詰め込み勉強ではなく、大学の学業についていくための学習をさせたいという。 ・ EJU が採用されて指導範囲が拡大したため、マレーシアと日本のカリキュラムの整合 性を確認・改善することが必要だという。またカリキュラムの方向性を定めるためには、 留学生が日本で直面する問題について、大学からのフィードバックが必要であるという。 大学教育段階 ・ 文部科学省試験に合格した学生は、試験結果や教員の助言等を考慮して希望大学・学科 を決める。しかし、日本の大学の情報が不足しており、曖昧かつ短絡的な理由で希望大 学・学科を決める学生も多い。学生ができる限り主体的な決断ができるように、十分な 情報を提供してほしいという要望があった。 ・ 大学側は、基本的にマレーシア人留学生の受け入れを歓迎するという。マレーシア人留 学生の受け入れには、①学生数の確保、②大学の国際化の促進、③日本人学生の異文化 理解というメリットがあると認識されている。 ・ マレーシア人留学生の多くは、まじめに授業に出席してがんばって勉強しているという。 しかし、あきらめやすく物事に挑戦するという意識が希薄であるという声も多かった。 彼らの成績は「全体でいうならば中の下くらい」というが、非常に優秀で教員から高く 評価されている学生も少なくない。 ・ 成績が芳しくなく留年に直面するマレーシア人留学生の多くには、1-2 年次の基礎専門 科目(特に数学)で躓いて、その後の専門科目の理解に問題が生じる傾向があるという。 最初に躓く理由は、日本語能力の不足、論述試験の不慣れ、基礎科目の重要性の理解不 足、マレーシアのカリキュラムでカバーされていない範囲があること、本人の努力不足 等にあるという。しかし、基礎専門科目を落として留年する傾向は、日本人にも共通し ている。 ・ 大学側からは「どういう人材になりたいのか、それに向けてどういう知識を学びたいの か、目的意識を明確にしてきてほしい」という要望が多かった。その言葉には、将来像 を持って勉強すればモチベーションも高まり学業にも身が入るはずという期待が込め られている。また数学や物理などの基礎学力、日本語の能力を強化してほしいという声 もあった。 ・ 日本人の友人を作ることで学業・生活の適応力は向上するというが、日本人の友人を作 ることに困難を感じている学生も多い。卒業生からは、寮生活、サークル、交流会イベ ント、ホームステイなどが日本人の友人を作るきっかけになるという意見が出されたほ か、マレーシア人の少ない大学・学科の方が、日本人の友人を作りやすいという声も多 かった。 ・ 生活に関しては特に問題はなく、日本の生活に柔軟に適応している学生が多い。先輩を 中心とするマレーシア人留学生グループが組織されており、良くも悪くも「わからない ことは、先輩が色々教えてくれる」環境が、彼らの生活を容易にしている。一方で、頼 ることのできる先輩がいなかった時代に留学した卒業生からは、マレーシア人同士で頼 vi ってばかりいると自立心が育たないという意見が出された。 ・ 卒業後の進路については、日系企業に就職を希望する者が非常に多い。その理由は、高 賃金、日本語の活用、高い技術力にあるという。マレーシア人を対象とする就職フェア に参加することで、比較的簡単に日系企業からの内定を得ることができるという。 ・ 日本の大学院への進学を希望する者も少なくないが、人事院の奨学金が学部レベルで終 了してしまうことがネックになっている。教員側からは「優秀な学生に限って奨学金を 継続させるプログラムを作ってほしい」という意見が複数出された。 就労段階 ・ 売り手市場の中で、複数の日系企業から内定をもらう学生が多い。彼らが企業を選ぶ基 準は、「第一に給与水準、第二に家族に近い勤務地」であり、企業の業種や将来性を考 慮する者は極めて少ない。 ・ 東方政策プログラム卒業生は、日系企業の中で日本人とマレーシア人のパイプ役として 活躍している。日系企業もそうした人材を求めており、役割という観点から日本留学者 の雇用需給は合致している。 ・ 日系企業で働くにあたって、日本留学の第一のメリットは日本語であるという。日本人 とのコミュニケーション、日本語の図面やマニュアルの理解、本社研修への参加等にア ドバンテージを感じる卒業生が多い。 ・ 第二のメリットは、日本文化・日本人の考え方の理解にある。具体的には、「日本人上 司の指示の理解」「日本人の仕事に対する責任感の理解」「日本人の細かい部分まで物 事を追求する姿勢の理解」「時間厳守の習慣の理解」が挙げられた。これら日本人の考 え方の理解については、「留学時代のアルバイト経験が非常に役立った」という意見が 多く、インターンシップの制度化など、日本で就労体験を積む機会を望む声が非常に多 かった。 ・ 日本人上司による東方政策プログラム卒業生の評価は高い。日本語の理解、仕事の進め 方、やり遂げようとする努力、責任感を評価しているということであり、日本留学者の 需要は高い。一方で、インド系、中国系の職員と比べると甘えがあるといった意見や、 他国に留学した者に比べると技術習得の面で見劣りするといった声もあった。 ・ 日系企業に勤めている卒業生からは、日本語を活用して仕事ができることや、能力次第 で設計や開発部門の仕事ができる点などに満足しているという声を聞くことができた。 その一方で、日系企業では日本人が優遇されており昇進が遅いといった批判もあった。 ・ マレーシアの労働市場の特徴として「転職をする傾向が強く、日本留学生も日系企業を 渡り歩く人が多い」という現状がある。日本語能力が直接的な評価に繋がらない点、欧 米企業に比べて初任給が低い点、年功序列が基礎にあるので昇進が遅いといった理由が あるという。一方、日系企業側はパフォーマンスベースの評価を実施しているが、終身 雇用制度をとる日系企業では、新卒に対する初任給は低くならざるを得ないという事情 もある。 ・ 東方政策プログラムの同窓会組織(ALEPS)の活動に継続的に参加する卒業生は少な い。その理由は、①忙しくて参加できる時間がない、②卒業生間のビジネスを支援する 性格を有しており参加しづらい、③人数が非常に多いため必要な友達とは個人のネット vii ワークを使っているという点にある。 ・ 卒業生からは、東方政策プログラムは継続すべきという意見が多かった。その理由は、 ①エンジニアの需要が高い、②日本の成功体験だけでなく失敗体験からも学ぶ必要があ る、③両国の友好関係を維持するためにも人的交流を維持する必要がある点に求められ た。 ・ 日本留学を後輩に勧める理由は、①エンジニアとして日系企業に就職する際のアドバン テージ、②異なる文化・考え方の学習機会、③異文化環境で生活することによる自立心・ 精神的強さの獲得にあるという。このメリットを享受するためにも、日本ではマレーシ ア人を頼り過ぎずに、日本人との交流を積極的に取るべきというアドバイスがあった。 viii ix 第1章 調査の概要 1. 調査の背景と目的 1981 年、マハティール前首相は日本と韓国の労働倫理、経営哲学、成功の経験等に学 ぶことによりマレーシアの社会経済の発展を目指す「東方政策( Look East Policy )」を 発表した。この構想に基づき、マレーシア政府は 1982 年より留学生や研修生の日本への 派遣を開始した。東方政策の基本となる留学生派遣事業は東方政策プログラムと呼ばれ、 大学学部留学、高専留学、日本語教員養成など複数の課程で構成され、平成 18 年 3 月の 時点で約 4,000 名の学生が日本に留学している。このプログラムはマレーシア国費によっ て実施されるものであるが、日本政府も留学準備のための予備教育や、学生の日本の大学 への配置等で協力を行っている。 今回の調査は、留学生派遣事業の中でも大学学部留学コース(以後便宜的に東方政策プ ログラムと呼ぶ)が対象になる。東方政策プログラムを通じて日本の大学に派遣された留 学生は約 2,600 名に上り、多くの卒業生が日系企業に勤め活躍している。他方、東方政策 プログラムが開始されてから 25 年が経っており、その間マレーシアの社会経済は飛躍的 に発展し、日本・マレーシア両国関係も大きく変化している。本調査の目的は、東方政策 プログラムの関係者に聞き取りを中心とする調査を行い、これまでの成果と今後の課題を 明らかにすることによって、より効率的なプログラム運営に有益となる情報を提供するこ とにある。 表1.マレーシアにおける日本への主要公的留学プログラム プログラム 東方政策 プログラム ( 学部留学 ) 概要 2 年間の予備教育の後、 日本の国立大学に留学 資金拠出元 マレーシア 政府人事院 ( JPA ) 主な留学生 高等専門 学校留学 プログラム 2 年間の予備教育の後、 高専 3 年次に編入。高専 卒業後に大学編入可。 マレーシア 政府人事院 ( JPA ) 主にマレー 系、一部、 中国系・イ ンド系 高等教育借款 基金計画 ( HELP ) 現在は 3 年間の予備教育 の後、日本の大学 3 年次 に編入 ( ツイニング・プ ログラム 1 ) 日本の 円借款 1 マレー系 のみ 入学者数 約 160 名 ( 年間 ) 約 40 名 ( 年間 ) 予備教育機関 A.A.J. マラヤ大学予備教育部内 帝京マレーシア日本語学院 ( IBT ) 約 80 名 ( 年間 ) PPKTJ マラヤ工科大学内 約 80 名 ( 年間 ) JAD マラ教育財団カレッジ内 現地で大学教育の一部を実施し、その後海外の大学に編入留学する制度。海外大学の学 位取得に関わるコスト削減、現地高等教育の拡充促進のメリットがある。 -1- 2. 東方政策プログラムの概要 東方政策プログラムは、マレーシア系学生を日本の大学に留学させる奨学金プログラム であり、日本留学前の予備教育を実施する機関に応じて、 2 つのプログラムに分類される。 マラヤ大学予備教育部内に設置されたAAJという予備教育機関で予備教育を実施するプロ グラムは、 1982 年から派遣が始まり、当初 40 名程度だった定員も現在では年間 160 名 に達している。かつては社会科学系も募集していたが、現在では自然科学系のみの募集と なっている。一方、帝京マレーシア日本語学院で予備教育を実施するプログラムについて は、現在のところ理工系コース 20 名、文系コース 20 名の募集を行っている。双方のプ ログラムを通じて、これまで約 2,600 名が日本の大学の学部課程に留学している。なお本 調査は、東方政策プログラムの中でも、AAJを予備教育機関とするプログラムを対象とす るものである。 ( 1 )予備教育段階 東方政策プログラムなどマレーシア政府人事院の奨学金プログラム 2 に応募するこ とができるのは、中等教育修了資格試験(SPM)で高得点をとった優秀な学生である。この 中で日本行きを希望する学生等に対して人事院が面接を行い、候補生が選抜される。選抜 された学生はマラヤ大学内にある予備教育コース(AAJ)、または帝京マレーシア日本語 学院( IBT )で、 2 年間に渡り日本語教育と教科教育(数学・物理・化学)を受ける。な お、AAJ教員に関しては、日本語教員の一部は国際交流基金から、教科教員の全員は文部 科学省から派遣されている。 2 年間の勉強の末、文部科学省試験 (2008 年 3 月渡日の学生から日本留学試験 (EJU) ) に合格した学生は、日本の国立大学(理工学部をはじめとする自然科学系の学部中心)に 留学できる。毎年数名の不合格者があり、彼らはマラヤ大学工学部など国内大学へ進学す る場合が多い。学生の留学大学は本人の希望と大学側の受け入れを勘案して文部科学省側 で決定される。学生は全国の国立大学に派遣されている。 ( 2 )大学教育段階 来日した学生は日本の大学で 4 年間過ごすが、留年や退学する学生もいる。こうした状 況を踏まえ、現在留年は 1 年のみ許され 2 年留年した場合は奨学金の返済義務が課されて いる。留学生の学業・生活状況を把握し、状況に応じて支援を実施する役割を担うのは、 駐日マレーシア大使館の担当官である。マレーシア大使館は毎月の奨学金の振込み、学生 の学習状況のチェック(単位取得状況のみ)、各大学の訪問等を実施している。奨学金は 地域の物価差を反映し、生活に十分な額が支給されている。 人 事 院 の 奨 学 金 の 中 で も 東 方 政 策 プ ロ グ ラ ム ( AAJ を 通 じ て 大 学 学 部 課 程 に 入 学 ) は 、 ①マレー系子弟のみ対象となっている、②奨学金の返済義務がないという特徴を持ってい る。 2 -2- ( 3 )就労段階 4 年間の留学生活を終えた学生には、日本で学んだ日本語や労働倫理等を活かして、マ レーシアの発展、日本マレーシア両国の関係促進に貢献することが求められている。しか し、奨学金を出しているマレーシア政府の担当機関である人事院も卒業生の進路について 詳細な情報を持っていない。また東方政策プログラムの同窓会組織( ALEPS )がマレー シアで組織されているが、卒業生の名簿が作成されておらず、東方政策プログラムの学生 が卒業後、どこで、どのような職に就いているのかという状況の把握が、今後の課題とし て認識されている。 -3- 東方政策プログラム相関図 マ側のステークホルダー 需要側 供給側 日本側のステークホルダー 上級中等学校 (後期中等教育) 高校生 中等学校修了資格試験(SPM) マレーシア政府 人事院(JPA) (学生の選抜) 予備教育段階 国際交流基金 (日本語教員の派遣) 予備教育学生 予備教育機関(AAJ) 在マ日本大使館 教育 外務省 (教科教員の派遣) 日本留学試験(EJU) (2007年1月までは文部科学省試験) 文部科学省 大学教育段階 (学生受入依頼) 駐日マレーシア 大使館 大学生 (奨学金の支給) (取得単位のチェック) (生活面のサポート) 教育 日本の大学 (担当教員、留学生課) 就職活動 就労段階 東方政策プログラム 同窓会(ALEPS) 卒業した社会人 (卒業生ネットワーク) 雇用 卒業生を雇用する 企業、省庁 3. 調査期間 平成 18 年 9 月 25 日から平成 19 年 3 月 31 日まで。なお、平成 18 年 11 月 12 日~ 11 月 25 日までの 14 日間、マレーシアにおいて現地調査を実施した。 4. 調査内容 3 主な項目は下記の通りである 。 予備教育段階:学業姿勢・成績、予備教育の妥当性・有効性など 大学教育段階:学業姿勢・成績、生活状況、卒業後の進路、留学生受け入れニーズなど 就労段階:就労状況・過程、卒業生の評価、プログラムの評価、日本との関わりなど 5. 調査方法 ① 本プログラムに関連する文献調査 ② 調査対象への聞き取り調査 ③ 調査結果の分析 4 、アンケート調査 6. 調査対象 東方政策プログラムの実態を偏りなく捉えるために、本調査では当プログラム関係者を 時系列および需要側 / 供給側に大別しその対象を 6 グループに分類した。 需要側 供給側 予備教育段階 ①予備教育学生 ②予備教育機関(教師を含む) 大学教育段階 ③大学生 ④日本の受け入れ大学 就労段階 ⑤卒業した社会人 ⑥卒業生を雇用する企業・省庁等 また、上記調査対象に加え各段階のコーディネーターとして、マレーシア政府人事院、 駐日マレーシア大使館、在マレーシア日本大使館、文部科学省、国際交流基金にも話を聞 いた。 7. 調査実施体制 本調査は以下の調査員で実施した。 財団法人国際開発高等教育機構 国際開発研究センター 所長代行 湊 財団法人国際開発高等教育機構 国際開発研究センター 主任 高木 財団法人国際開発高等教育機構 国際開発研究センター ジュニア・プログラムオフィサー 3 直信 裕子 坂本寿太郎 詳細については、資料の聞き取り調査質問票を参照。 留学生への聞き取りに関しては、グループディスカッション形式をとり、あるトピック に対して自由に討論をしてもらい、学生の意見や問題意識を聞きだす方法をとった。 4 -5- このほか、岩手県立大学社会福祉学部ラジェンドラン・ムース教授が調査方法等に関し助 言を行った。 -6- 第2章 調査結果 A. 聞き取り対象の属性 1. 聞き取りを実施した東方政策プログラム学生・卒業生の属性 本調査で聞き取りを実施した東方政策プログラム学生・卒業生の内訳は、AAJ学生 12 名、現役留学生 71 名、卒業生 22 名であり、AAJ入学年で見ると 1984 年入学の第 3 期 生から 2005 年入学の第 24 期生まで幅広く分布している。男女の内訳は、男性が62%、 女性が 38 %である。現在マレーシアの高等教育の工学部に占める女性の割合は 31 % 5 であり、全国平均に比較的近い男女比であった。宗教については、本プログラムが マレー系マレーシア人に限定されていることもあり、イスラム教徒が96.2%、キリスト教 徒が 2.9 %、仏教徒が 1.0 %になっている。 現役留学生 71 名 6 表2.現役留学生および卒業生の大学 の所属大学と卒業生 22 名の卒業大学は表 2 のとおりである。現役 留学生については、地域的な偏りを防ぐために 東北地方、関東地方、北陸地方、中国地方から 東方政策プログラム学生が多く在籍している大 学を 3 校ずつ選択した 7 。現役留学生と卒 業生の大学での学部は約 9 割が工学部であり、 その他は農学部や社会学系学部(会計、経済・ 経営、国際関係)であった。 卒業生 22 名の職業は図 1 8 に示したとお 現役留学生 大学名 人数 岩手大学 5 東北大学 9 秋田大学 5 埼玉大学 2 千葉大学 8 東京工業大学 4 富山大学 5 金沢大学 11 福井大学 4 岡山大学 5 広島大学 9 山口大学 3 合計 70 卒業生 大学名 人数 岩手大学 1 茨城大学 2 筑波大学 1 宇都宮大学 1 埼玉大学 1 千葉大学 2 東京農工大学 1 富山大学 2 山梨大学 1 滋賀大学 1 神戸大学 1 岡山大学 2 広島大学 2 山口大学 1 愛媛大学 1 大分大学 1 明治大学 1 合計 22 り、政府機関職員、専門家、会社役員・マネー ジャー、会社員等である。卒業生へのコンタク トは、同窓会組織( ALEPS )や大使館の紹介 のほか、マレーシアの日系企業に直接連絡をと り、東方政策プログラム卒業生が雇用されている場合は紹介をしてもらう形をとった。 図1:聞き取りを実施した卒業生の現在の職業 政府機関職員 5 会社役員、マネージャー 3 専門家(医師、技術者等) 5 会社員 4 事務補助 1 1 工場作業員 その他 人数 5 6 7 8 2 0 1 2 3 4 5 6 UNESCO ホ ー ム ペ ー ジ 上 の デ ー タ ベ ー ス よ り 。 現 役 留 学 生 の 所 属 大 学 の 質 問 に 対 す る 有 効 回 答 数 は 70 で あ っ た 。 訪問大学の選択については、駐日マレーシア大使館の担当官に助言をもらった。 本報告書で掲載する図は、本調査で実施したアンケート調査の結果に基づくものである。 -7- 聞き取りをした学生・卒業者の出身地は Selangor が最も多い。実際の人口規模と照ら し合わせてみると、Kedah、 Kelantan 、 Kuala Lumpur から人口規模以上の学生が集ま っており、一方、海を隔てたSabah、 Sarawak の東マレーシア 2 州からの学生は人口規 模に比べて少なかった。上記傾向はあくまで本調査の聞き取り対象者に見られたものであ 9 るが、実際に東マレーシアからの学生は少ないという指摘もあった 。その原因とし て、地理的な理由や東マレーシアにはキリスト教徒が多いことなどの影響を推測すること ができる。なお、出身地が都市部か農村部かを聞いたところ、都市部出身者が57.7%、農 村部出身者が42.3%を占めていた。 人口統計 聞き取り学生 図2 : 聞き取り学生の出身地( 州別) Sa ra w ak Se lan go Te r re ng ga nu s Sa ba h Pe r li Pe ra k Pe na ng Jo ho r Ke da h Ke lan Ku ta n ala Lu m pu r M Ne ela ge ka ri Se m bil an Pa ha ng 20% 18% 16% 14% 12% 10% 8% 6% 4% 2% 0% Source: The Statesman’s Yearbook 2005, Palgrave Macmilan 調査をした学生・卒業生の家庭環境を表す指標として、 図3:父親の最終学歴 彼らの父親の教育レベル・職業に注目したところ、教育レ ベルが高く政府機関に勤める父親が多いことが明らかにな った。父親の最終学歴を調べると、日本の高校にあたる上 高等 教育 39% 級中等学校卒業者が 35 %、高等教育卒業者が 39 %を占 める。特に当時の就学率と比較した場合、高等教育卒業者 大学前 教育 14% の割合が極めて高いことがわかる。最も若いAAJ学生が 18 歳であることを考えると、彼らの父親は 40 歳以上と 小学校 6% 下級中 等学校 6% 上級中 等学校 35% 考えられる。 40 歳以上の父親が大学に入学したのは最低でも 20 年前になると計算され るが、 20 年前の 1986 年当時の高等教育就学率はわずか 2.3 % 10 である。このこと から、今回聞き取りをした東方政策プログラムの学生・卒業生の多くは、マレーシア国内 9 東方政策プログラムに詳しい岩手県立大学ラジェンドラン・ムース教授の指摘から。 竹 熊 尚 夫 『 マ レ ー シ ア の 民 族 教 育 制 度 研 究 』 p.59 。 原 典 は 、 Kementrian Pendidikan Malaysia, Perangkaan Pendidikan di Malaysia 10 -8- でも高学歴の父親を持つ家庭に育ったと推測できる。 また、父親の職業を調べると、 53 %が政府機関職員であった。つまり、聞き取り対象 者には教育レベルが高く政府機関に勤める父親を持つ者が多く、概してエリート家庭の出 身であると考えられる。こうした結果を踏まえると、彼らは非常に裕福な家庭の出身だと 推測されるが、彼らの自己評価によると、 80 %の学生・卒業生が「裕福でも貧しくもな い」と報告している。 図4 : 父親の職業 政府機関 会社役員、管理者 専門家(医師・技術者) 自営業 会社員 事務補助 サービス業 農業・漁業 工場作業員 その他 人数 0 10 20 30 40 さらに、学生・卒業生も比較的優秀な中等学校を卒 50 60 図5:出身中等学校 業しているケースが多い。実際、通常の公立中等学校 私立 7% 出身者が 50 %と一番多いが、いわゆるエリート学校 その他 1% と呼ばれる全寮制中等学校卒業者も 42 %を占めてい る。このエリート中等学校に入学できるのは、小学校 全寮制 中等 学校 42% 6 年生時に受ける全国統一試験で優秀な成績をとり、 教育省に選抜された学生である。特に全寮制中等学校 公立中 等学校 50% は 2000 年において 40 校しかなく、その 40 校に在 籍する生徒の合計は、全国の中等学校生のわずか1.17% 11 に過ぎない。つまり今回聞 き取り対象となった学生・卒業生の 42 %は、非常に狭き門をくぐって全寮制中等学校に 合格してエリート教育を受けてきた学生であると考えられる。 なお聞き取り対象となった学生 ・ 卒業生の中等学校での成績を聞くと、約 4 割がそれぞ れの中等学校で上位 20 %に入っていたと述べており、上位 40 %以内には約 70 %の学 生が該当する。やはり SPM 試験で好成績をとり、人事院の奨学金に合格するだけの学力 を持つ優秀な学生が多いと推測できる。 11 ( 財 ) 自 治 体 国 際 化 協 会 「 Clair Report : マ レ ー シ ア の 教 育 」 <http://www.clair.or.jp> -9- 2. 聞き取りを実施したAAJ教員の属性 図6:A A J 教員の教員暦 本調査で聞き取りを実施したAAJ教員は全員日本人 教員であり、日本語教員 5 名、数学教員 2 名、物理教 21年 以上 27% 員 2 名、化学教員 2 名の合計 11 名である。派遣期間 が 2-3 年ということもあり一部例外を除き AAJ 12 6-10 年 27% 16-20 年 46% での教授暦は 1-2 年である。しかし、日本や他国での 教授暦を含めると、 16 年以上の教員暦を持つ教員が 11-15 年 0% 7 割以上を占めた。 3. 聞き取りを実施した大学教員・関係者の属性 大学側への聞き取りは、東方政策プログラム学生を教授している国内 12 大学の大学教 授・助教授 22 名、マレーシア人留学生の受け入れや学業・生活状況に詳しい留学生課 13 担当者 15 名の計 37 名である。 22 名の教授・助教授の所属先は理工学部(工学 部含む) 21 名と農学部 1 名となっており、理工学部内の内訳は機械工学 7 名、応用化学 5 名、情報工学 4 名、電気電子工学 2 名、その他 3 名 14 となっている。 また、アンケートに回答した 25 名の大学教授・助教授および留学生課担当者の、マレ ーシア学生の教授暦(経験)は、 5 年以下が半数を占めるものの、6-10年および 11 年以 上が共に 24 %を占めるなど、長年に渡りマレーシア人留学生を教えている教員も少なく ない。 図7:大学教授・助教授(理工学部)の 専門分野 その他, 3名, 14% 電気電子 2名 10% 機械工学, 7名, 33% 情報工学, 4名, 19% 図8:大学教員のマレー シア人留学生 教授暦 21年以上 2名 8% 11-15年 1名 4% 16-20年 3名 12% 6-10年 6名 24% 応用化学, 5名, 24% 12 1-5年 13名 52% 教員によっては、異なる時期に複数回派遣された者もいる。 本報告書で言及する「留学生課」には、国際課や国際交流支援室など、留学生の受け入 れや支援を実施する各大学内の部署・課を含む。 14 そ の 他 の 内 訳 は 、 宇 宙 工 学 1 名 、 土 木 工 学 1 名 、 エ ネ ル ギ ー 工 学 1 名 で あ る 。 13 - 10 - 4. 聞き取りを実施した日系企業雇用者の属性 日系企業の雇用者への聞き取りについて は、マレーシア人労働者を多く雇用してい 図9:雇用者の所属部署 その他 1名 8% るマレーシアの日系企業に連絡をとり、東 方政策プログラム卒業生を監督している上 司を紹介してもらった。その結果、日系の 電気・電子機器関連メーカー 5 社で東方政 策プログラム卒業生を監督している 15 名 の上司に話を聞くことができた。アンケー トに回答した 13 名の所属部署は、研究開 発、人事、製造、資材購買、品質管理、経 理などである。 - 11 - 経理 1名 8% 研究開発 4名 31% 品質管理 1名 8% 資材購買 2名 15% 人事 製造 2名 15% 2名 15% B. 調査結果 I. 予備教育段階 1 . 日本への留学動機 留学動機で多く聞かれたのは、「とにかく 海外で勉強したかった」という声である。そ 図10:学生・卒業生の第一留学希望国 オーストラリア 2.9% の中でも、日本を第一志望にしてAAJに入学 その他 5.8% する志の高い学生が多くみられた。日本に興 味を持った契機は、自動車などに見られる日 アメリカ 7.8% 本の技術力や近代性への憧れ、「おしん」や 「ドラえもん」など日本のドラマやアニメの イギリス 16.5% 日本 67.0% 影響が多かった。また中等学校での日本語履 修や日本史の勉強など、中等学校の影響を挙 げる者も若干いた。その他、日本渡航経験者や日本に詳しい友人・親戚の影響も大きく、 彼らの話を聞いて留学を決意したという者も多かった。 また、「文化の異なる『本当の海外』に行きたい」「新しい言語にゼロから挑戦した い」など異なる文化体験に魅力を感じる学生がいるほか、 80 年代の学生からは「当時日 本が強くなっている時代でありチャンスだと思った」など日本経済の興隆と将来性を考慮 して戦略的に日本留学を選択したという話が複数あった。このように明確な目的意識を持 って留学する学生がいる一方で、はっきりとした目的意識のないまま日本留学を希望する 学生もいる。例えば、返済義務がなく「奨学金の待遇が一番良かったから」、中国系・イ ンド系がおらず「マレー系だけが対象だから」という動機を挙げる者もいた。また、必ず しも工学部志望でない学生がいることも確認されている。このように目的意識が希薄な学 生が応募してくる理由の一つには、当プログラムの応募・選考時期が遅く、海外留学の最 後のチャンスとして認識されるという背景が影響している可能性もある。 一方、歴史的に関係の深いイギリスや、英語圏であるアメリカ、オーストラリアなどを 希望していたという声も多かった 15 。英語圏留学に合格しなかった際の選択肢として 日本を下位の希望国として申請していたという話もあり、欧米留学の希望が通らず面接で 日本行きを勧められたといった意見は年代の区別無く聞くことができた。希望した欧米留 学に合格できずに日本行きを勧められた学生には、中等学校終了資格試験(SPM)における 英語の成績が十分でなかった者が多いようで、本当に優秀な学生は欧米に留学する傾向が あることが伺える。ちなみに日本を下位希望国に加える理由には「まじめで勤勉」「アジ アで親しみやすい」という意見が多い。 15 アンケート調査結果では 3 割以上が日本以外を第1希望にしていたと回答している。 - 12 - 日本を留学先に希望しない理由については、歴史的つながりが弱いことや、言語習得の 困難が挙げられたが、同時に「日本の情報が乏しくどんな国かイメージできなかった」と いう意見が多数あった。東方政策が長年の実績を積んでいるのにも拘わらず、一部のマレ ーシアの若者にとって日本は「アジアの国」「技術大国」「ドラマ・アニメ」「まじめ・ 勤勉」以上のイメージがなく、依然としてなじみの薄い異国であるようだ。 図11:日本に留学したいと思っ た理由 高度な科学技術、技能、知識を学びたかったから 67 日本の文化や言語に興味があるから 45 日本の会社で働きたいと思ったから 25 家族、友人、先生に勧められたから 15 マレーシアの大学では勉強できない分野があったから 6 その他の国の留学プログラムに合格しなかったから 22 日本留学の奨学金が良かったから その他 人数 0 45 3 10 20 30 40 50 60 70 80 2. 応募者の選抜 東方政策プログラムへの応募学生の選考を実施するのがマレーシア政府人事院である。 基本的に SPM の試験結果、学生の留学希望先、面接を考慮して決定するが、その選考基 準は年によって変わることがあり一貫性はない。例えば、 2004 年度AAJ入学生は成績を 重視したため、日本第一希望者が 38 %しかおらずモチベーションが低いが、日本希望者 を優先した 2005 年度は日本第一希望者が約 8 割を占め、やる気に溢れているという。ま た、やる気の乏しい者、理系の素質のない者、そもそも理系志望でない者が選抜されるこ ともあり、人事院の方針如何で学生の質が大きく左右することが問題視されている。こう した中、人事院の選抜とは別に日本側が独自に選抜テストを課すなど異なるハードルを用 意し、やる気を含めて適正のある学生を選ぶという改善案がAAJ教員から提案された。ま た、エンジニアの育成を目的としたプログラムであることを受験者に周知させる必要性も 唱えられた。なお募集人数については、人事院は現状の 160 名を維持する方向を示してい る。 コラム1:日本留学プログラムの認知度 日本留学するプログラムにはいくつかあるが、「東方政策プログラム以外は知らなかっ た」という者が非常に多かった。東方政策プログラムについては、新聞広告等で知ったとい う学生が多いが、「人事院からオファーをもらって初めて知った」という学生も多く、東方 政策プログラムを含めて「日本留学プログラムの認知度はかなり低い」という。こうした現 実を踏まえ、当プログラムの広報活動をもっと積極的に実施するべきだという提案が出され た。東方政策プログラムを積極的に宣伝し学生に認知させることで、応募者の質が高まる可 能性がある。 - 13 - 3. 予備教育機関 (AAJ) の教育 東方政策プログラムに合格した学生は、マラヤ大学工学部の予備教育 (PASUM) の一部 と位置づけられている日本留学予備教育機関(AAJ)で、 2 年間に渡り日本語・教科教育 を受けることになる。その生活は、朝 8 時から 5 時まで授業があり、授業以外にも 3 時間 以上、多い人は 5 時間以上勉強をする日々であるという 16 。AAJの感想を聞いて最初 に出てくる言葉は「あの時代には絶対に戻りたくない」という率直な意見である。一方で AAJに対する不満はほとんど聞くことはない。その理由には、彼らが日本留学を実現させ た成功者であるという側面もあるが、同時に学生の多くが「AAJでの勉強は試験に合格し て日本留学を勝ち取るための我慢である」という認識を持っているという面もある。 ( 1 )入学学生の特質 AAJ教員の視点から入学学生の特質を分析してもらうと、性格は非常に素朴かつ純真で、 教師の指示に対して従順であり、授業出席や宿題提出など学業姿勢は概ね問題ないという。 しかし、自ら問題点を発見し、考え、悩み、答えを見出そうとする姿勢に欠けると指摘さ れた。この問題の背景には、マレーシアの教育文化が暗記中心であり、小学校から疑問を 追及する学習を課さないという現状がある。よって学生は暗記が得意だが、分からないこ とは自ら考えず、教師に答えを求める傾向があるという。また、競争心が極めて低く困難 に直面しても自らの力で乗り越えようとするガッツがなく挫折しやすいという特徴もある。 ブミプトラ政策によって最終的に自分は救われるという甘えの意識が根付いていることが 原因であるという指摘があった。こうした学生に自立心や精神的強さを身につけさせるに は、成功した学生をロールモデルとしてAAJに呼んで、自己の将来像を持たせるのが良い という提案があった。 図1 2 : AAJ学生の学業姿勢 (学生・ 卒業生の自己評価とAAJ教員の評価) 学生・卒業生 AAJ教員 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% とても良い 良い どちらともいえない あまり良くない 悪い AAJでの学業成績については、 2 年次になると学生間で大きな差が生じている。日本語 16 アンケート調査結果による。別添資料のアンケート結果参照。 - 14 - を例にとると、入学時のスタートラインはほぼ同じであるが、 2 年次になる頃には流暢に 日本語を話す学生もいれば片言しか話せない学生もいる。その原因の一つが学習意欲であ り、一般的に日本留学の目的意識をしっかり持っている学生の方がモチベーションは高い という。しかし、日本留学が第一志望でなかった学生の中にも、「与えられたチャンスを 無駄にしてはいけない」と考え、一所懸命に勉強している学生もおり、結局は本人の努力 次第であるともいえる。AAJ教員によると、学習についていけなくなる要因は、①意欲の 欠如、②日本語能力、③理系的な素質、に大別できるという。また、入学時期が遅い学生 ほど学習が遅れ、落ち込みやすく、意欲を失いやすいという指摘があった。これには、 4 月の時点で成績が十分でない学生は、基準をクリアするまでAAJへの入学を保留されるシ AAJへの入学を保留されるシ ステムが影響しているという。最終的に 6 月に入学する学生は 2 ヶ月間出遅れることにな り、入学時期が複数に分けられることへの問題も認識されている。 図1 3 : AAJ学生の学業成績への評価 ( 学生・ 卒業生の自己評価とAAJ教員の評価) 学生・卒業生 AAJ教員 50% 40% 30% 20% 10% 0% とても満足 ある程度満足 どちらともいえない 多少不満 不満 以前の学生との違いに関しては、優秀な学生が減ったという印象はないが、ハングリー 精神がなくなっているという印象を持つ教員が多い。以前の学生の方が、自分たちは選ば れた人材であるという自覚に富んでおり、ガッツがある上、国や家族のためにがんばりた いという気持ちを見せる者が多かったという。 ( 2 )カリキュラム AAJのカリキュラムや授業に改善を求める声を、学生または卒業生から聞くことはほと んどなかった 17 。その理由の一つは、学生の多くがAAJでの学業は留学試験に合格す るための勉強であり「大学教育への適応を簡易化するものでないと自覚していた」という 点にある。しかしあえて問題を挙げてもらうと、 1 年次より 2 年次のシラバスの方が簡単 になっているというカリキュラムの不整合が指摘された。これは、AAJでは 1 年次はマラ ヤ大学工学部予備教育 (PASUM) のカリキュラム ( 現在は前半のみ ) 、 2 年次からは日本 ア ン ケ ー ト で も AAJ の 教 育 に 「 あ る 程 度 満 足 し て い る 」 が 53.3 % 、 「 と て も 満 足 し て い る 」 が 27.6 % と な っ て お り 、 80 % が 満 足 し て い る と 答 え て い る 。 ( 図 14 参 照 ) 17 - 15 - 留学コースのカリキュラム ( 現在は 1 年次後半から ) を採用していることが原因となって いる。これにより、日本の大学入学準備の時間が少なくなるほか、学生は「 1 年次は大学 レベルの授業を受け、 2 年次は日本の高校レベルの授業を受ける」という効率の悪い勉強 を強いられている。 PASUM のカリキュラムを採用するのは、学生が日本留学試験に落ち た時に、マラヤ大学工学部に入学できるようにするためだが、日本留学に向けた効率的学 習の足かせになっているほか、学生から厳しさを奪い取る原因にもなっているという。 図1 4 : AAJの教育の満足度(学生・ 卒業生とAAJ教員の比較) 学生・卒業生 AAJ教員 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% とても満足 ある程度満足 どちらともいえない 多少不満 不満 ( 3 )日本語教育 日本語教育については「とにかく日本語(漢字)が大変だった」と学生・卒業生が口を そろえるなど、未知なる言語をゼロから始め、 2 年間で大学教育レベルに到達することの 苦労を訴える意見が多かった。その学習スピードは非常に早く、「中等学校で履修した日 本語教育はAAJの 3 ヶ月分」にしかならず、日本語履修の経験はあまりアドバンテージに はならないという。しかし、苦しい中にも言語習得の楽しさを実感する生徒も少なくない。 読み・書き・会話に分類すると、会話の授業の少なさがAAJ学生と卒業生双方から指摘 された。 2 年間の勉強で「相手の言うことは聞けるようになったが話し返すことはできな い」と課題を感じる生徒もおり、会話の機会を増やして欲しいという要望が多く出された。 具体的提案としては、日本人教員の増員、日本への早期渡航、マレーシア在留日本人との 交流などが出された。また地方大学の留学生の多くが方言に対する驚きや苦労を口にして おり、最低限AAJで方言の有無を教えるべきという感想が寄せられた。 読みに対しては、特に漢字の学習の苦労を訴える学生が多かった。また、来日後に日本 人の教員や友人が黒板やノートに書く手書きの文字が汚くて読めないという問題が多数報 告されており、「汚い日本語の文字を読む練習も必要である」といった意見も複数寄せら れた。 書きについては、現役のAAJ学生からは漢字の暗記が大変だという感想があったが、コ ンピューターを用いている留学生からは、書くことはさほど問題ではないという意見も多 かった。しかし大学教員からは「マレーシア人留学生は日本語の答案の書き方に慣れてお - 16 - らず損をしている」ので、AAJでは書き方の勉強を強化してほしいという要望があった。 ( 4 )教科教育 教科教育は、特に内容が難しいわけではないが、専門用語を日本語で覚えることに苦労 したという意見が多かった。専門用語の暗記は決してAAJだけのものではなく、卒業生か らは大学に行ってから最も苦労する事柄の一つとして捉えられている。特に専門用語は辞 書に載っておらず、日本人の友人に逐一聞く必要があり大変だという。 この対策として、教科教育も 1 年次からマレー語・英語でなく日本語で教える方が良い という提案があった。これは、 1 年次にマレー語・英語で教えられた内容も、結局日本語 で覚えなおす必要があるという卒業生の経験に基づく提案である。しかし、いきなり日本 語で教科を学習することの難しさを訴える卒業生もおり、 1 年次の後半から日本語での授 業に移行する現在の形式に賛同する卒業生が多かった。 このように卒業生が「日本語での教科教育」を訴える理由の一つには、 1 年次から日本 語で教科を学んでいる IBT 学生との学力の差を実感しているという背景がある。高校終了 時の SPM ではAAJ入学者の方が優秀だが、 2 年後の文部科学省試験では IBT 学生が学力 で逆転しており、AAJ・ IBT 卒業生双方がその理由を「 1 年次から日本語で教科を学んで いるから」と述べていた 18 。当然クラスサイズやマラヤ大学のカリキュラムを導入し ていることの影響もあるが、双方の学生の実感を踏まえた説得力のある意見である。 日本語教育と教科教育の適正バランスに対する意見は分かれるものの、卒業生からは、 「日本語の授業時間を増加したほうが良い」との意見が若干多かった。しかし後に述べる が、大学教員からは基礎専門科目の数学の単位を落とす学生が多いので、数学を強化すべ きという意見が多かった。また、定義証明などマレーシアのカリキュラムには含まれない 数学の範囲があり、その範囲をカバーするようにAAJのカリキュラムを組んでほしいとい う要望も学生・大学側双方から寄せられた。 ( 5 )日本語・教科教員 学生による日本人教員の評価は高く、「協力的であった」という感想が多く寄せられた。 また学生にとって初めて接する日本人がAAJ教員であることが多く、AAJ教員との交流が 来日時のカルチャーショックの軽減に寄与するという意見も多かった。一方、教員に対す る不満としては、「英語ができない先生もおり、コミュニケーションがとれず不安であっ た」など、日本人教員の英語能力向上を求める声があった。また日本語をゆっくり話す優 しい教員が一般的日本人だと思い込むため、留学してからのギャップが大きいという意見 もあり、より厳しくかつ一般的な日本人のあり方も見せてほしいという要望もあった。 聞 き 取 り 調 査 は AAJ 出 身 の 東 方 政 策 プ ロ グ ラ ム 留 学 生 お よ び 卒 業 生 を 対 象 と し た が 、 訪 問 先 の 大 学 や 日 系 企 業 に よ っ て は 、 PPKTJ や IBT の 卒 業 生 が 聞 き 取 り 調 査 に 参 加 す る 場 面 もあった。 18 - 17 - 図15:A A J 教員の言語能力(自己評価) 人数 英語 マレー語 8 6 4 2 0 十分 ある程度十分 どちらともいえない 少し不十分 不十分 このように学生の評価は高いものの、AAJ側では教員不足や教員派遣システムの問題が 認識されている。例えば、日本語教員の派遣元の国際交流基金は多様な工夫を重ねている が、予算的な限界もあり派遣教員の増員は難しい状況にある。それを踏まえて現地雇用を 進めているが、応募者が少ない上に適任も見つからず、教員の補充は一向に進んでいない という。現地雇用はマラヤ大学の管轄で実施されており、AAJ日本語教員の間ではマラヤ 大学への不満の声が高まっている。 また、教員の派遣期間が原則 2-3 年という短期間であることの弊害が主に 4 点認識され ている。第一に、教員はAAJでの教育活動に慣れてきたころに帰国するため効率が悪い。 第二に、 2 年以上かかる継続的な取り組みが難しく、単年度で終了するものが多い。第三 に、業務の引継ぎが不十分となり、新年度になる度に試行錯誤的に業務を進めることが多 い。第四に、翌年帰国する教員が翌年度の計画作成に関わることを躊躇する傾向を生んで いる。上記の問題を改善するには派遣期間を 5 年程度にすることが好ましいが、それが難 しい場合も、少なくとも各教科・分掌に 3 年目の教員が最低 1 名以上いる配置をすべきで あるという提議がなされた。 さらに現職の高校教師を派遣することに起因する支障もある。教科教員は現役高校教師 が派遣されているため、教員の帰国は 3 月中旬、新規教員の派遣は 4 月以降にならざるを 得ず、その結果 3 月に十分な教員数を確保することができない状況にあるという。マラヤ 大学のカリキュラム導入によって必要な授業時間を確保できないAAJにとって、教員の空 白は大きな痛手となる。この問題の解決策として、現職の高校教師ではなく、外国人に日 本語で教科を教える専門家を派遣するという提案がなされた。 ( 6 )学生数・クラスサイズ AAJの定員は増加しているが日本語教員数にはあまり変化がなく、現在年間 160 名の学 生に対して教員の数が少なすぎるという共通認識がAAJ日本語教員にある。また慢性的な 教員不足にも拘わらず教員の現地採用が進む気配もなく、多くの日本語教員が定員を削減 して質の高い教育を行ったほうが良いと考えるようになっている。具体的にはAAJの教育 に耐えることのできる生徒だけを 120 名程度選抜し、 16-20 名程度のクラスサイズを維持 - 18 - することで、より効率的な授業ができるという意見が出された。こうした背景には、「学 生数を絞り、少人数で集中的に授業ができる環境にしないと、日本の大学の要求に達する 優秀な人材を送り出すことはできない」という日本語教員側の実感がある。 一方で学生も「 40 人クラスで会話の機会がない」ことに問題を感じており、「日本語 教育は小さいクラスで行ったほうが良い」という意見が多かった。しかし教科教育に対し ては、小さいクラスが望ましいとしながらも、「多少大きいクラスで行っても問題ない」 という意見があるなど、日本語教育との間に差が見られた。 ( 7 )教育期間 2 年間という教育期間に対する意見を聞いたところ、ほぼ全ての学生が適当な期間であ ると答えた。日本留学試験に合格するためにはその程度の勉強が必要であると多くの学生 が認識していた。一方で「試験に受かるための勉強は日本でさほど役に立たない」ことを 自覚する学生も多く、「教育期間を伸ばしても意味がない」という意見も多数聞くことが できた。 また、日本語を強化して日本への適応を促進するためにも、 1 年間をAAJで、残り 1 年 間を日本で勉強させてほしいという要望が複数出された。これは「日本で学んだ方がはる かに効率は良い」という卒業生の実感を踏まえた意見である。また 1 年が難しければ、ホ ームステイなど短期で日本に行けるプログラムがあれば良いという提案がなされた。この ように、日本への早期渡航の希望が多い背景には、日本に留学したAAJ卒業生が、早期に 来日する JAD プログラムや PPKTJ のマレーシア人留学生との日本語能力の差を実感し ているという事実がある。負い目を感じている様子はないが、「 JAD の学生は日本語が うまい」といった話は頻繁に聞くことができた。 ( 8 )教科書 マレーシアと日本の教科書を比較して、「日本の教科書はグラフィックが多く、楽しか った」、「マレーシアの教科書に比べ説明がわかりやすく、言葉さえ理解できれば非常に 良い教材である」といった意見があった。 ( 9 )日本事情 AAJには日本文化を教える日本事情というクラスがあるが、学生からは日本伝統を知る 良い機会であると評価されている。しかし、ゆかたや着物などを習ったが来日したら誰も 着ておらず驚いたという話も多く、「もっと実践的な日本の文化・習慣を勉強するべき」 という提案がなされた。例えば卒業生からは、ゴミの分別方法を教えるべきだという意見 があった。また大学の留学生課からは「工学以外の授業もとらなければいけないことを教 えておいてほしい」、「アパートを借りる際の敷金や礼金など生活に密接した知識を身に つけてきてほしい」という意見があった。その中でも学生側と大学側双方に共通する意見 - 19 - は、「計画を立てて単位を取る方法をAAJで指導してほしい」というものである。この背 景には、留学生が履修システムや履修計画を十分に理解しておらず、 1-2 年次に単位を落 とすと 3-4 年次で授業が詰まること、必修授業が重なると留年に追い込まれることを事前 に把握していないという点がある。上記のように、必要な学業・生活知識を事前に与える ことで日本での学業・生活への適応が早まると考えられるが、AAJの限られた時間の中で は、日本語や教科教育を優先することは仕方ないと多くの卒業生が述べていた。 ( 10 )生活環境 AAJ学生は全員マラヤ大学内の寮で生活するが、年代によってAAJ学生だけの寮であっ たり、マラヤ大学の他の学生と一緒の寮であったりする。「他の学生に比べるとAAJ学生 は勉強量が多いため寮は別々が良い」という意見がある一方で、AAJ学生だけの閉鎖的社 会にいると他人とのコミュニケーションが下手になり、結果として「日本に行った時に他 の人を頼ることができなくなるため、他の学生と共同の寮に住んで交流を深めたほうが良 い」という意見もあった。 ( 11 )文部科学省試験終了後の過ごし方 1 月の文部科学省試験を受けてAAJでの予備教育課程を終えた学生は、大学が決まり渡 日するまでの二ヶ月を帰郷して家族と共に過ごしている。しかしAAJ教員からは、この二 ヶ月で今まで必死に勉強したことを忘れてしまうため、この期間を有効に使いたいという 意見が出されている。また学生・卒業生も同様の考えを持っており、帰郷している間に全 て忘れてしまうため、「空白期間は短くてよい」という。このように文部科学省試験終了 後も学習を続けるべきという意見は学生・教員双方で共通していると考えられる。 また、それまでは試験に受かるためだけの勉強をしてきたので、この期間をうまく活用 して大学の学業についていくための学習をさせたいという教員側の意見もある。例えば、 「AAJの詰め込み勉強と大学での考える勉強には大きなギャップがあり最初は戸惑う」と いう学生の意見もあり、論述など考える勉強に慣れさせることが重要だと考えられる。ま た、通常日本の学部に入学する留学生には半年から 2 年程度在留している者が多く、AAJ 卒業生が日本に慣れ親しんだ彼らと競合していくためには、入学前に可能な限り日本の学 業 ・ 生活環境への適応を促進する必要があるという。早期の来日が最善であるが、大学の 決定が 3 月になる上、 160 名という大人数を収容する施設を探すことが困難であるという 事情もあり、文部科学省試験終了後の二ヶ月をマレーシア国内で有効に活用し、日本での 学業・生活への適応力を高めることが期待されている。 ( 12 )カリキュラム改革 マレーシア政府人事院は、現行プログラムに懸念材料は特にないと考えており、下記 3 点の理由をもって現状を維持していく方向を示している。第一に、 2020 年までに先進国 - 20 - 入りを目指すマレーシアにはエンジニアの需要が依然として高いと考えている。第二に、 日本留学希望者は増加しており、本プログラムへの需要は高いと見ている。第三に、留学 生の学力が低下し、退学者が増加しているとは考えておらず、そうした傾向が指摘される のは単に派遣数が増えたからだと考えている。 一方で、在マレーシア日本国大使館は東方政策プログラムに改善が必要だと考えている。 第一に、大使館側が知り得た範囲では近年の学生の成績は総じて高いとは言えず、学生の 多くが期待する知識や技術を十分に習得できていない可能性が高いと推測された。第二に、 大使館が日系企業に話を聞くところ、東方政策プログラム卒業生の専門能力は十分でなく、 特に研究開発部門は日本人に頼らざるを得ないという報告があった。第三に、従来より学 生は暗記中心の勉強法を取っていたため、大学入学後も自らの頭で考えようとする態度に 乏しいとの指摘が多かった。上記理由からプログラム改革の必要性を感じた大使館は、留 学生が日本で優秀な成績をとり、期待される知識や技術を身につけられるようにするため の方策の一つとして、AAJのカリキュラム改革の音頭をとった。具体的には、第一に日本 留学審査となる試験をこれまでの文部科学省試験から、より普遍性の高い EJU を課すよ うになった。そのため教える範囲が拡大したが、他の留学生と同じ EJU を基準とするこ とで公平性を確保するという利点もある。第二に 2 年間の授業量を大幅に増加し、教科は 約 1.8 倍、日本語は約 1.6 倍の授業数となった。 授業量の増加に伴い学生の負担も増えたが、AAJの学生は柔軟に対応している様子が見 受けられた。実際に、非常に大変だけれどもこのチャンスを逃してはいけないと前向きな 声も聞こえた。しかし、学業に疲労し勉学についていけない学生が増えたという教員から の報告もあった。 一方AAJの教員も、期待された成果を出そうと必死に努力をしている。しかし、教師不 足に直面する中で新カリキュラムを維持するためには、何らかの補助策が必要であると訴 えている。提案としては、第一に、マラヤ大学予備教育部から自由になり 1 年次前半も日 本留学に向けた授業を実施できる環境を整備すること。第二に、学生の定員を削減して一 人あたりのケアを向上させること。第三に、教員を増加して教員一人あたりの学生数を減 少させることである。 また EJU が採用され指導範囲が拡大したことに関する苦労も聞かれた。第一に、マレ ーシアと日本のカリキュラムが異なるため、その整合性を合わせるために双方のカリキュ ラムの違いを研究し、何をどのように変更するべきかを把握する必要性が生じている。対 策として、現在AAJでは定期的に現地の高校を視察するプログラムを実施している。第二 に、留学生が日本でどのような問題に直面しているのかAAJにフィードバックがないので、 具体的なカリキュラムの方向性が定められないという。また、日本語教育と教科教育の適 正バランスを考える際にも、大学からのフィードバックが必要であるという声があった。 - 21 - II. 大学教育段階 1. 大学・学科の選考 文部科学省試験に合格して日本への切符を手にした学生は、本人の希望、試験の結果、 AAJ内の競争率、先生のアドバイス等を考慮して、大学・学科希望を文部科学省に提出す る。このように学生の意向が尊重される選考方法がとられているが、その一方で、日本の 大学の情報が不足しており、非常に曖昧かつ短絡的な理由で希望大学・学科を決めている 学生も多いという現状がある。 学科選択では、「電気電子学科を希望したが、実際にこの学科で何ができるのかは全く わからなかった」など、十分な情報を得ないままに専門分野を決めたという意見も少なか らずあった。この対策については、「各学科に入学した先輩をAAJに招いて、学科の紹介 をしてほしい」という学生の意見や、「持ち回りでも各大学から教員を派遣し、大学紹 介・学科紹介をして、どういった勉強をしてそれが将来どう役に立つのか説明するべき」 という大学側の意見があった。必要な情報を提供し、本当に興味のあることを勉強しても らうことが、学生のモチベーションを高めるために必須であろう。 大学選択では、勉強したい分野の学科があることを最低条件にした上で、後は「先輩が いる」「田舎で雪がある」「物価が安い」などの理由で大学を選んでおり、大学の特色や 比較優位、専門分野における大学のランクなどを考慮して決めたという意見は少数であっ た。その原因は、大学情報が乏しく「どこの大学にしていいか基準がない」「ある分野で どの大学が優れているのか分からない」という状況にあると指摘された。大学のパンフレ ットや HP を参照する環境はあるが、「パンフレットでは詳しいことは分からない」「英 語版の大学 HP はあまり充実しておらず役に立たなかった」という意見が多かった。 このように大学の情報が不足している中で、学生はAAJ教員が推薦した大学をそのまま 希望することが多い。しかし、教員が大学の情報をどの程度把握しているかは定かではな いため、今後の人生を決める重大な選択に対して学生ができる限り主体的な決断ができる ように、十分な情報を提供することが求められる。 図16:第一希望の学部・ 学科を専攻した学生の比率 図17:第一希望の大学に入学 した学生の比率 その他の 学科 6.5% その他の 大学 29.5% 第一希望 の学科 93.5% - 22 - 第一希望 の大学 70.5% この問題に対しては、「日本の大学で勉強している先輩から、直接話を聞く機会がほし い」という要望が多く、具体的には「 1 大学 1 人係りを決めて、夏休みにAAJで、もしく はチャットを活用して、AAJの学生に自身の大学を紹介してもらう」という提案があった。 また、大学側にも積極的な広報活動が期待される。というのも「留学フェアに参加して 直接話を聞いた大学を希望して入学した」という学生も多く、直接大学関係者と話すこと で大学の情報、留学のイメージ、大学への親近感を得たという話も聞くことができたから である。しかし現実的には、「予算に限りがあり、現地に広報活動に行ける国は限られて いる」など資金的制約に直面する大学が多い上、「今後はベトナムやタイへの働きかけを 重視する」など、戦略的に広報を行う大学もあり、マレーシアでの留学フェアに毎年参加 する大学は少ない。 コラム2:受け入れ希望に対する大学の対応 マレーシア人留学生の入学希望を受けた大学の多くは、成績を勘案して毎年数名ず つ入学許可を出している。しかし中には、文部科学省試験は合格しているものの成績 が低く、どの大学も受け入れを躊躇する学生もいる。実際に一度入学を断ったが、他 の大学でも受け入れが決まらず、また入学依頼が戻ってくるケースも あるという。こ うした中、「 AAJ をぎりぎりのラインで卒業した生徒を、無理やり留 学させるのは、 本人にとっても大学にとっても不幸なことである」という意見もあり、そもそも AAJ の勉強についていき、日本の大学でもやっていける学力とやる気のある学生だけを予 備教育の段階で選抜すべきだとする提案もあった。この背景には、 AAJ を卒業した学 生は全員留学させたいとするマレーシア側の思惑と、日本の大学についていく最低限 の学力を有してない学生は入学させることができないという大学側の意向がある。 2. マレーシア人留学生の受け入れ需要・方針 マレーシア留学生を受け入れるにあたって、大学側には、①学生数の確保、②大学の国 際化の促進、③日本人学生の異文化理解、というメリットがあるという。第一に、全入時 代と呼ばれる中で、留学生の受け入れが学生数の確保につながるという点を多くの大学が 認識している。第二に、全学生数における留学生の割合を増加させることが、大学の国際 化を促進する一つの手段になっていると認識する大学が多かった。第三に、「異文化の人 間が一緒になっていることの日本人学生への影響力ははかりしれない」というように、日 本人学生にとって多文化を知る良い機会になっていると指摘する大学も多かった。実際に、 「長年マレーシア人留学生を受け入れているので、大学内でのムスリムに対する違和感が なくなっている」と指摘する声もあるなど、マレーシア人学生の受け入れにより、日本人 学生がイスラム教を理解する絶好の機会になっているという面も報告された。 こうしたメリットを認識した上で、留学生の増加を前向きに捉え、基本的に受け入れを 歓迎するという意向を示す大学が多かった。特にマレーシア人留学生については、「長年 受け入れており、学生の性格や質もわかっているので、受け入れやすい」「大きな問題を 起こさない」など、他国の留学生に比べても受け入れやすいという意見が多く聞かれた。 - 23 - 一方で、受け入れはするものの、学科に 1-2 名ずつというように人数をコントロールし ている大学も多かった。留学生のバランスを保つことが第一の理由であるが、マレーシア 人留学生が固まりやすいことを懸念してそうした措置をとる大学も若干あった。受け入れ 希望数を超える学生の応募があった場合は、基本的に成績で決めるという対応が各大学に 共通した意見であった。 なお質の高い留学生の確保という観点からは、今後はベトナムやタイの学生に注目して いるという大学も複数あり、「マレーシアへの留学フェアへの参加はあまり効率的ではな い」という意見も聞かれた。こうした留学生の争奪戦が激しくなる中で、日本のライバル はシンガポールやオーストラリアであるという。 3. 大学での学業 ( 1 )教育への満足感 日本留学を手にした学生たちにとって、実際の日本での学業はAAJでの厳しい勉強に耐 えた価値のあるものだったのだろうか。留学生や卒業生に対して大学教育の満足度を聞い てみると、専門性の高い授業や実験に対する満足感が高く、「期待したものに近い勉強が できており満足している」という声が多かった。 一方若干ではあるが、「日本の大学の内容は専門性が低い」という全く逆の声も聞かれ た。その理由の一つは、「マレーシアでは専門性の高い分野をすぐに教えるが、日本の大 学は基礎から教える」という両国のシラバスの違いにあり、その結果「学部レベルで専門 性を追求できず不満を感じる」という意見が複数あった。この背景には、修士課程修了が 当然となっている日本の工学部のカリキュラムが修士課程修了を見込んだ編成になりつつ あり、学部レベルでは基礎で終わってしまうという傾向がある。また大学によっては日本 技術者教育認定機構 (JABEE: Japan Accreditation Board for Engineering Education) の 認定を受けるために、学部レベルでは基礎を重点的に教授するカリキュラムに改革してい る所もあり、学部レベルで高い専門性を要求する大学は減少傾向にあるとの印象を受けた。 こうした中、大学教員からは「修士課程への進学を可能にする奨学金の制度の拡大が必要 である」という意見が頻繁に出された。 そのほか日本の大学教育に満足できなかった理由として、「言葉の問題によって理解力 が落ちるので暗記に偏る傾向がある」「過去問だけ勉強すれば単位が取れるので、全体的 に勉強しなくなる」といった意見が出されたが、これらは本人の問題であろう。また大学 によって、英語教育の貧弱さ、教員や TA の不足、 PC の不足などへの言及があった。 ( 2 )学業姿勢 マレーシア人留学生に自身の学業姿勢を評価してもらうと、がんばって勉強していると いう声が多い。その意見を裏付けるように、大学側からも総合的には「一生懸命勉強して いる」「モチベーションも高い」「学問に情熱を持っている」と高評価を与える意見が多 - 24 - かった。しかし、授業はまじめに全部参加するが、「勉強に熱心というわけではない」と いう否定的な声も複数聞かれた。 例えば授業では、「少人数だと前で聞いているが、 4 人程度集まると教室の後ろで固ま る」など、勉学に対して積極性が足りないという 19 。さらに、授業を履修したのにも 拘わらず最終試験を受けなかったり、レポートを提出しない場合に付与される「外」とい う成績が多いこと、読めないからという理由で教科書を買わない学生もいるということな どから、学業においてはあきらめやすく、物事に挑戦するという意識が希薄であるという 印象を持つ教員が複数いた。また一部の教員からは、マレーシア人留学生を叱ったところ 「家に閉じこもって出てこなくなった」という話があり、打たれ弱く一度躓くと立ち直り が難しいという特徴があると述べていた。 図1 8:大学 での授業出席率( 自己 評価) 人数 80 人数 80 75 70 70 60 60 50 50 40 40 30 30 20 20 12 10 4 1 0 0 10 図19:授業でのデ ィスカッショ ン参加頻度(自己評価) 47 23 8 11 3 0 91-100% 81-90% 71-80% 61-70% 60%以下 いつも参加 よく参加 時々参加 あまり参加しない ( 3 )学生の成績 大学の成績のことを本人に尋ねると多くの学生・卒業 生が、「まあ大丈夫」「成績はさほど良くはないが単位 は取れている」レベルだという。彼らの中には「本人の 努力にもよるが、優や良を取ることは非常に難しい」と いう実感がある上、とりあえず単位さえ取れていれば問 題ないと考える者が多いようで、成績の良し悪しを気に する様子は見られなかった。 図2 0 : 学生・ 卒業生の大学で の 平均成績( 自己評価) D (60点以上) 12% A (90点以上) 5% 60点未満 1% B (80点以上) 25% C (70点以上) 57% マレーシア人留学生を担当している指導教官の個々の 意見を聞くと、彼らの成績を高く評価する声が多かった。しかし、実際にはマレーシア人 留学生の成績に対する印象は大学によって大きく異なる。例えば、マレーシア人留学生の 多くがトップレベルの成績を残している大学では「非常に良い優秀な学生が多い」と評価 19 ア ン ケ ー ト 調 査 に よ る 授 業 参 加 の 自 己 評 価 で は 、 授 業 の 出 席 率 が 90 % を 超 え て い る と い う 回 答 が 80 % 見 ら れ た 。 し か し 、 デ ィ ス カ ッ シ ョ ン に つ い て は 、 「 時 々 参 加 す る 」 「 あ ま り 参 加 し な い 」 が 75.2 % を 占 め て お り 、 積 極 性 が 足 り な い こ と を 学 生 本 人 が 自 覚 し て い る と い う 結 果 が 出 て い る 。 ( 図 18 及 び 図 19 参 照 ) - 25 - 参加しない される一方で、優秀なマレーシア人は稀であるという大学では、「可」が多く何度も同じ 授業を履修してやっと合格しているマレーシア人が多いという。このように大学によって 学生の質が二極化している印象があるが、マレーシア人留学生全体の学業成績を把握して いる留学生課担当者の意見を平均するならば、「全体でいうならば中の下くらい」「全体 的に悪い」というレベルであるという。 図2 1:大学の成績に対す る自己満足度 とても満足 4 28 2 あまり良くない 9 10 8 どちらともいえない 21 多少不満 10 良い 31 どちらともいえない 人数 0 6 とても良い ある程度満足 不満 図22:大学の成績に対す る大学教員の評価 0 悪い 20 30 40 人数 0 2 4 6 8 10 12 ( 4 )学業成績不振の理由 担当教員や留学生課からの話によると、単位を取りこぼしたり、単位取得の最低ライン となる「可」という成績を連発するようなマレーシア人留学生にはある決まったパターン が見られるという。それは、 1-2 年での基礎専門科目の取りこぼしや理解不足が響いて、 徐々に成績が落ちていく形である。特に 1-2 年次に必修や選択必修の数学を落としたり、 ぎりぎりで合格したりする学生が多いという。この背景には、工学部のカリキュラムは積 み上げ型なので、基礎科目の理解が足りないと、その後の授業を理解することが困難にな るという点がある。教員からは「基礎科目を落とした学生は次の年に基礎と応用を平行し て履修することになるが、授業理解の観点からは無理」であるという話もあった。また、 「工学部のカリキュラムはタイトなので、 1-2 年で単位を落とすと 3-4 年次に授業が詰ま って大変になる」という問題もある。実際に、取得できなかった必修単位を次の年に履修 しようと思ったら、他の必修と重なってしまい留年した学生もいた。しかし、基礎専門科 目を落とす傾向はマレーシア人学生に限ったことではなく日本人学生にも見られるという。 留学生が 1-2 年次の基礎専門科目に苦労する理由はいくつかある。まず留学生特有の問 題として日本語能力があり、「 1 年次には先生の話す日本語や板書が早くて理解できない のでは」と大学側も話している。また教員の話によると、マレーシアと日本のカリキュラ ムが異なることにも原因があり、特に数学ではマレーシアでは取り上げない内容があり落 ちこぼれる可能性が大きい」という。また、「基礎科目が何のために必要な授業なのかわ からずに暗記中心になるため、基礎習得がおろそかになる」という意見もあり、大学側が - 26 - 基礎授業の意味合いを周知させる努力をするべきだという話があった。 では実際に単位を落としている留学生はどのように考えているのだろうか。機械専攻の 学生に必修科目を落とした原因を聞いたところ、日本語は理解できても「どうしてこの答 えになるのかわからない」「先生に何を聞いていいのかもわからなかった」など、根本的 な理解力に問題があったという。また化学専攻の学生からは、「覚える量が多い授業であ り、日本語で覚えても自分の言葉でピンとこなかった。言葉の理解だけで、内容を本当に 理解できていなかったことが単位を落とした原因」と述べていた。こうした問題を克服す るために必要なことを聞くと、「結局は自分の努力次第。努力が足りなかったことを認識 している」「 1-2 年次の数学を落とす傾向は、日本人も同じである。日本人ですら大変な ので、マレーシア人留学生はそれ以上の努力が必要になる」という自己反省的な意見が出 された。 また成績が悪い理由を大学教育と照らし合わせて分析してもらったところ、「試験」と 「授業の理解」の両面に問題を抱えているという。試験に関しては、論文形式の試験に苦 手意識があるようで、論述試験の比重が大きい場合は「可」が多くなってしまうという。 この問題は教員も認識しており、「理解していてもそれを時間内に日本語で書くことに慣 れていない」という。逆に言うと、理解はしているので「日本式の答案の書き方を教えれ ば、成績も改善する」という。 また授業の理解にも問題がみられる。その原因を学生に聞くと、①日本語の問題、②教 員の問題、を挙げる者が多かった。第一に、日本語の問題があり、特に「専門のことを日 本語で覚えることが難しい」という意見を満遍なく聞くことができた。第二に、「教員が 日本人と留学生を区別して教えてくれないことに不満を覚える」という意見が多数あった。 「言語のハンデを配慮してくれない先生が多い」という意見には、留学生だから優遇して ほしいという甘えが見られる。 図23:授業理解が困難、十分でないと感じる頻度 学生・卒業生 大学教員 いつも感じる 全く感じない 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% よく感じる 時々感じる - 27 - あまり感じない コラム3:勉強で分からないときに誰を頼るか 「勉強で分からないことがあったときに誰に相談するか」という質問に対しては、 多 様な回答を得ることができた。最も多かった回答はマレーシア人の先輩であり、学 業面で頼りがいがある上、母国語で相談できることが要因となっている。また、学科 の友達という声も多かったが、「同学年の友人に聞いてもわからないことが多い」と いう意見も聞かれた。その他チューターに聞くという意見も多かった。一方で「先生 は最後の手段である」という声があるように、教員にはあまり相談しない傾向がみら れた。その理由としては、「先生に聞いても日本語がわからないことが多い」など学 生自身の日本語能力の問題や、 「『 何でこんなことを聞くんだ』という態度で対応さ れる」など、教員の態度の問題に言及があった。教員に相談しにくいため、「先輩マ レーシア人、友達、それでだめならインターネットを使って英語で調べる」という学 生もいた。 ( 5 )教科知識 成績も芳しくなく留年する学生が若干出ている東方政策プログラムの学生たちであるが、 彼らの学業の問題を教科知識と日本語能力の双方から、もう少し分析してみたい。教科知 識については「特に数学が難しいと感じる」という意見がよく聞かれたほか、大学教員か らも、数学の授業で最低合格ラインである「可」を取る生徒や、単位を落とす生徒が多い という話を聞いた。前述したように、 1-2 年次での基礎専門科目の理解度がその後の学業 の成否に大きく影響することを考えるならば、数学の強化が必要だと考えられる。学生か らも、「数学が少し足りないと感じた。AAJでもっと数学を強化してほしい」という要望 が寄せられた。一方、「物理や化学は知識を覚えれば大丈夫」という意見もあり、相対的 に数学の必要性を感じている学生が多かった。なお、日本語と数学どちらを優先するべき かという問いに対しては、意見が分かれた。 図2 4 : マレーシ ア 人留学生の教科知識の評価 ( 学生・ 卒業生の 自己評価と大学教員の評価) 学生・卒業生 大学教員 50% 40% 30% 20% 10% 0% 十分 ある程度十分 どちらともいえない 少し不十分 不十分 ( 6 )日本語能力 日本語能力も学業の成否に影響する要素となる。特に日本の環境に慣れる準備期間のな いまま大学の授業が始まるため、最初は日本語による授業に困難を感じる学生が非常に多 い。しかし、「日本語は 1-2 年の頃は苦労しているが、 4 年になるともう大丈夫」という 教員の意見があるように、学生たちは時間の経過と共にその困難を克服している。 - 28 - 学生・卒業生 大学教員 図2 5 : マレーシア人留学生の日本語能力の総合的評価 ( 学生・ 卒業生の自己評価と大学教員の評価) 50% 40% 30% 20% 10% 0% 十分 ある程度十分 どちらともいえない 少し不十分 不十分 日本語の何が難しいかという質問に対しては、多様な回答が得られた。読みについては、 専門以外の分野だと「教科書 1 ページ読むのに 30 分くらいかかる」という意見に皆同調 していた。特に「漢字が難しい」「専門用語を日本語で覚えることが大変」という意見が 共通していたほか、崩し文字や癖字に慣れておらず「先生が黒板に書く文字が読めない」 という苦労も聞かれた。 リスニングでは、「最初はまったく聞き取れなかった」など、来日当初に困難を感じる 学生が多い。特に、AAJ教員の話す日本語と実際の日本人の話す日本語のスピードの違い に驚いたという意見が多かった。また地方では、「方言に慣れるのが大変だった」という 意見も多く聞かれた。しかし、リスニングは「 1 年程度でなれる」という学生が多い。多 くの学生が、テレビがリスニングの訓練になると述べていた。 書くことに関しては、かつての卒業生からの苦労話が比較的多かったが、近年の学生は コンピューターの使用に慣れている影響もあり、書くことにあまり問題意識を感じていな いようであった。教員からも「日本語でのレポートは見事」という意見があった。しかし、 コンピューターが使用できない論述式の試験の際は、時間が足りなくなるなどの困難を感 じるという意見が出された。 図26:マレー シア人留学生の日本語能力に対す る大学教員の評価 リスニング 40.7% 29.6% スピーキング 51.9% 18.5% ライティング 20% 十分 7.4% 55.6% 11.1% 0% 14.8% ある程度十分 14.8% 14.8% 11.1% 40% 60% どちらともいえない - 29 - 7.4% 22.2% 80% 少し不十分 100% 不十分 ( 7 )大学教育への適応 大学での成績が良いか悪いかは別として、多くの学生が「大学の授業には 1 年程度で慣 れる」と述べている。この背景には、 1 年程度で大学教育のシステム、授業のとり方、勉 強の仕方に慣れるということがある。大学教育への適応促進については、「授業の取り方、 勉強の仕方、宿題やテストのやり方を友人などに教えてもらうことで、大学の授業のコツ は 1 年ほどでつかめる」というように、日本人の友人から学ぶことが重要であるという。 また、友人を作ることは日本語能力の向上に最も効果的であるという共通した意見もある。 つまり、日本人の友人を多く作ることが、日本語能力を向上させ、かつ大学教育への適応 を促進するための重要な要素になっていると考えられる。 コラム4:かつてのマレーシア人留学生との比較 ( 大学教員の意見 ) かつての AAJ 卒業生と今日の学生の違いを教員や留学生課に聞いたところ、昔の方 が責任感のある学生が多かったとの意見を聞くことができた。具体的には「昔の方が 国を背負っている感があり、留年に責任を感じて悩む人、帰国後に何をするか真剣に 悩む人が多かった。今の学生は単位を落としてもあまり悩まない」という。 また近年の学生は勉強に困るとマレーシア人の先輩を頼ることが多いが、かつての 学生は自分の力で問題を打破していたという。例えば「わからないことがあると、学 校やサークルの友達はも ちろんのこと、夜間学校の学生にも自分から声をかけて教え てもらっていた」「教科書が難しくてわからない時は、マレーシアから教科書を取り 寄せたりしていた」など、他に頼るべきマレーシア人がいない中で、必死に問題を打 開していた姿がある。 4 .大学のサポート 大学側は留学生の学業・生活支援制度を設けている。例えば、オリエンテーション、日 本語クラスの実施、相談ボックスの設置、相談教員制度、交流会イベントなどを行ってい るという大学が多かった。しかし自発的に参加・相談にくるマレーシア人留学生は少ない とのことである。このように消極的なマレーシア人留学生の学業をサポートする方法とし て、優秀なマレーシア人の先輩に頼んで数学のフォロープログラムを設けたり、「 Peer Support 」を実施して日本人学生と組ませたりする大学もある。 そのほか最も代表的な留学生支援として、同じ大学・学部に在籍する先輩が、一般的に は 1-2 年次のみ、個別に学業・生活の指導・助言を行うチューター制度がある。「一番大 変な 1 年生を乗り越えることができれば、後の学年は楽になるはずである」という学生の 意見に応えるように、 1-2 年次にチューターをつける大学が多い。実際にチューターが役 に立ったという意見も多く、「 1 年時にチューターをつけたほうが良い」という意見が共 通していた。 その一方で「チューター制度はあまり役に立たなかった」という意見も多数あった。そ の理由は、「 4 年生や院生がチューターについても、留学生 1 年生が直面する困難がわか らない」というものである。この問題に気づいた大学の中には、チューターを 2-3 年生に 切り替えた所もある。その他、「チューターには遠慮してしまうため、勉強の相談ならば - 30 - 友達の方が聞きやすい」という意見もあった。 履修計画の支援として全ての大学で実施されているのがオリエンテーションである。し かし、オリエンテーションを受けたのにも拘わらず「何の授業を履修していいかわからず、 1 年次から専門の授業をとってしまった」という学生もいた。多くの場合、同じ学部学科 のマレーシア人の先輩が授業の選択や履修の仕方を教えてくれるようだが、一部先輩のい ない学科に入った学生に上記のような問題が見受けられた。 また、イギリス留学のプログラムからの示唆として、マレーシア人留学生専門のコンサ ルタントの活用が指摘された。日本では学業・生活面での相談窓口は、駐日マレーシア大 使館になっているが、相談しにくいという意見が多かった。コンサルタントの活用は学生 の学業・生活をフォローする可能性はあるが、同時に卒業生からは「相談窓口がないこと が、自立の精神の育成に貢献していると感じる面もある」という意見も出された。 5 .マレーシア人留学生に期待するもの 大学側がマレーシア人留学生に期待するものとして、第一声に出てくるものは、「どう いう人材になりたいのか、それに向けてどういう知識を学びたいのか、目的意識を明確に してきてほしい」というものである。その言葉には、将来像をある程度もって勉強すれば モチベーションも高まり学業にも身が入るはずという期待が込められている。同様に「日 本のどの大学どの学科で勉強したいという意識を持ってほしい」という要望も多かった。 ただし、日本人でも明確な目的意識を持っている学生は稀であるという現状もある。また、 専門分野や大学の特色に関しては「大学の中身を十分に説明してこなかった」と認識する 大学もあり、AAJに大学教員を送って大学の中身を説明する必要性を唱える教員もいた。 さらに、マレーシアの国費奨学生であることを自覚して、「国を変えていく気迫、国の発 展に貢献しようとする意志をもってきてほしい」という意見も複数出された。このように 大学側は、マレーシア人留学生に対して、留学に対する「目的意識」や「使命感」を求め ている。 学力の面では、「数学や物理など、基礎学力をもう少し強化してきてほしい」という意 見があった。基準としては「日本の高校生レベルの学力を身につけてきてほしい」という 目安が出された。なお若干ではあるが、日本語能力を求める声もあった。また、同胞であ まり固まらずに日本人の友達を作ってほしいという願いも聞かれた。 6. 日本人の友人とのコミュニケーション 日本人の友人を作ることが日本での学業・生活への適応の鍵となるが、日本人の友人を 作ることに困難を感じている学生も少なくない。「学科の友達が多い」と答える学生も多 いが、その関係を詳しく聞くと「挨拶程度の仲」ということが多い。中には、「シャイで あるため、留学生と多く付き合っていた」「友達はみなマレーシア人。頼るのもマレーシ ア人」という学生もいた。この問題の根本的な原因はマレーシア人留学生の意識にあると - 31 - 考えられるが、同時にグループを作りがちな日本人側の問題も指摘されている。そこで、 下記に、留学生や卒業生の経験に基づく日本人の友達を作るためのポイントを紹介する。 図27:大学時代の親しい 日本人の友人数 0人 1.1% 図28:大学外での日本語の使用頻度 いつも使う 20 よく使う 1-3人 25.8% 4-6人 24.7% 10人以 上 34.4% 7-9人 14.0% 36 時々使う 28 あまり使わない 7 全く使わない 1 0 10 20 30 40 人数 ( 1 )寮生活 「同じ寮に住むことによって、日本人の友人が多くできた」とあるように、寮生活は日 本人の友人を作り、日本語を上達させる良い機会となる。しかし一方で十分な寮が設置さ れていない大学も多く、マレーシア人留学生は先輩の協力でアパートを借りて、何人かで 共同生活をする学生も少なくない。これは学業のみならず生活面でもマレーシア人同士で 固まることを助長する結果となっている。 ( 2 )サークル サークルや部活は日本人の友人を作る機会になる上、「部活の友人は兄弟のようで、外 国人という壁がなくなる」というように、その友人関係は親睦の深いものになる傾向があ る。しかし、サークル活動に参加するマレーシア人留学生は思った以上に少なく、「入部 していたけどやめてしまった」という学生も多かった。皆口々に「勉強が忙しくなったか ら」と述べていたが、日本人との関係を築くことに困難を感じたという学生もいた。 ( 3 )交流会 留学センター等が主催する交流会への参加が、多くの友人を作る契機になったと述べる 学生も多かった。こうした中、「マレーシア人留学生が積極的に日本人の友達を作れるよ うに、イベントを計画するなどしてほしい」という要望もあったが、その一方で留学生課 からは「マレーシア人学生は交流行事にあまり積極的に参加はしない」という声が複数あ った。交流事業に参加しない理由を聞くと、「授業が忙しい」ということであった。 ( 4 )ホームステイ 日本人家庭へのホームステイも、日本人と交流する絶好の機会となっている。ホームス テイのアレンジは、「自分でホストファミリーを探した」という者もいれば、「留学生セ - 32 - ンターに紹介してもらった」という学生もいる。ホームステイ先の日本人が、卒業後にマ レーシアを訪問したという話も複数あり、長期的な交流のきっかけになっている。 ( 5 )マレーシア人の少ない大学・学科 マレーシア人留学生が少ない大学 ・ 学科に所属する学生のほうが、日本人の友達が多く、 日本語も流暢である傾向があるという。その理由は、マレーシア人同士で固まらないとい う点のほかに、「留学生は1人しかおらず、なるべく日本人と友達になるように努めた」 など、日本人の友人を作ろうとする自発的努力を促すという側面がある。 現在では 1 大学に在籍するマレーシア人留学生の人数も増加しており、現役学生からは 「人数を少なくしてほしい」という要望が多かった。しかし「マレーシア人留学生は多い が、学科ごとに分散されているので、日本人の友達が沢山できている」という報告もある ことから、 1 大学の人数が多くても学科で分散させれば、大学内では基本的に別行動にな り、日本人の友人ができやすくなるようである。 ( 6 )男子学生が多い環境 マレーシア人女子留学生が抱える問題として、同じ学科に女性が少ないため友達ができ にくいという報告があった。その極端な例が、 PPKTJ を通じて高専に入った女子学生で あり、「女子留学生が一人だけ彼らに混じって友人を作るのは難しく、ほとんど友達がで きなかった」という。聞き取りをした高専卒業の女子留学生・卒業生は日本語が流暢でな い傾向があり、このことからも、マレーシア人女子留学生は日本人女子学生が多い学科・ ゼミに入ったほうが、友人を作りやすく、コミュニケーション能力も向上しやすいと考え られる。 7. 日本での生活について 勉強に対する問題点や意見は多かったが、生活に関する意見は少なく、マレーシア人留 学生の多くが日本の生活に柔軟に適応している姿が明らかになった。特に先輩を中心とす るマレーシア人留学生グループが組織されており、良くも悪くも「わからないことは、先 輩が色々教えてくれる」環境が、彼らの生活を容易にしている。一方で、頼ることのでき る先輩がいない時代に留学した卒業生からは、「生活のことは全て自分でやったので自立 心がついた」といった意見が出された。 ( 1 )食環境 イスラム教徒が日本で直面する問題として食環境があり、ハラルフードは「週一回留学 生会館で買えるだけ」「インターネット注文している」など、食材の調達に苦労する学生 も多い。しかし基本的には先輩が食糧入手方法を教えてくれるため、多少の苦労はあるも のの食環境に大きな困難は見られなかった。また、国際的な都市である神戸や、留学生の - 33 - 多い都市などでは、「専門のレストランや食糧店があるので問題ない」という。 ( 2 )住環境 住まいは寮もあるが数が限られているため、アパートを借りる留学生が多く、中には生 活費を節約するために複数のマレーシア人留学生が同じアパートで共同生活をするという ケースも複数あった。大学が保証人になる制度が整備されている所が多く、アパートを借 りることはさほど難しくはないという意見が多かった。また新入生に対しては来日後すぐ に入居できるように先輩がアパートのアレンジをしている。 ( 3 )宗教環境 宗教については、大学構内にお祈りできる場所がないという問題が多かったが、空き教 室や屋上を利用するなど柔軟に対応している。専用の部屋を設けるように要請する学生も いるが、「開放できる教室がない」「あるグループの学生だけを優遇できない」という大 学側の事情もあり実現は難しいという。また、人間関係では「日本人からは宗教的な差別 を一切受けなかった」「お祈りしたいというと、みんな協力的であった」など肯定的な意 見が多かった。「飲み会ではお酒を注ぐことを強いられた」など、日本人のイスラム文化 に対する理解不足も指摘されたが、逆に「日本人はイスラムのことを純粋に質問してきて くれたので色々教えてあげた」など相互の理解を深めている様子である。 一方イスラム教のお祈りに対して、若干の問題を感じている大学教員は多い。具体的に は「お祈りのため研究室からいなくなることが多く、長い実験ができない」「学会中でも お祈りで抜けてしまう」といったもので、日本人の理解が必要であるという。 ( 4 )生活費 奨学金は地域によって若干の差はあるものの、「生活するのに十分な額が支給されてお り、遊び過ぎなければ生活費には困らない」という共通の意見が聞かれた。一部かつての 学生からは、「経済不況によって奨学金が大幅にカットされた」「奨学金の支給が遅れた 時は食糧の確保に苦労した」という話があったが、そうした例外を除き生活費に問題はな い。 大学側からは「マレーシア人留学生は国費留学であり奨学金も十分なので、資金的な苦 労がない分、もう少し学業をがんばってほしい」という意見が複数寄せられた。この背景 には「中国をはじめアジア諸国からは私費留学生が多く、彼らは食費を切り詰めて一生懸 命勉強している」という事実がある。 ( 5 )アルバイト 奨学金が十分に支給されていることもあり、アルバイトをするマレーシア人留学生は必 ずしも多くない。どちらかというと、かつての学生にアルバイト経験者が多い。アルバイ - 34 - トを探すことは難しくなく、先輩の紹介、留学生課の紹介、自ら応募する等様々であり、 その仕事内容も「マレー語と英語の先生」「コンビニ店員」「温泉掃除」「荷物の梱包」 など多岐に及んでいる。一方で、アルバイトが忙しくなって勉強が疎かになってしまう留 学生のケースも聞かれ、一部教員からは「十分な奨学金を支給されており、アルバイトの 時間があるなら勉強してほしい」という意見もあった。 日本でのアルバイト経験者が共通して口にすることは、アルバイトを通じて大学以外に 日本人の知り合いを持つこと、日本で就労体験を持つこと等のアドバンテージである。実 際に「アルバイトは年上の日本人と接する貴重な機会となり様々なことを教わった」「ア ルバイトを通じて、日本の仕事のやり方を覚えることができた」など、教科書以外から学 べるよい機会だという声が多かった。マレーシア国内大学に比べてインターンシップ制度 が充実していない日本の大学で勉強するマレーシア人留学生にとって、アルバイトは勤労 精神や労働倫理など日本文化を習得するための一手段となっている。 (6)日本のイメージの変化 来日してからの日本のイメージの変化を聞いてみると、テレビや新聞などメディアから 事前に情報を手に入れられることもあり、期待していたとおりの国であったという回答が 多かった。その中でもいくつか共通した意見を紹介するならば、宗教的差別がなかったこ とへの好感を伝えるものが多かった。その他、日本のサービスの高さや、人々に対する親 切心、マナーの良さを実感したなど、日本に対する好意的な意見が多く聞かれた。 しかし、日本の悪い部分を指摘する卒業生もいた。第一に、「思った以上に西洋化して おり、昔の規律や伝統を忘れている」など、日本人が日本の良き価値を失っていることが 指摘された。第二に、日本人がマレーシアのことを全く知らないことが挙げられた。この 事実にショックを示した学生もいたが、一方で積極的に交流を図り「マレーシアのことを 色々教えてあげた」という学生もいる。第三に、外国人を特別視することが指摘された。 特別な目で見られることに対して、「国際化と言われているが、日本人の考え方はまるで 国際化していない」という厳しい意見もあった。 コラム5:就労体験の重要性 アルバイト経験者の多くが、「アルバイトを通じた就労体験が、卒業後に日系企業 で働く際に役立っている」と述べている。日系企業での働き方や仕事のやり方など 「日本で実際に働いてみないとわからないことが多い」という実感を持っているよう だ。この経験を踏まえて、彼らの多くが「可能ならば 1 年程度日本で仕事をしてから 帰国するのが好ましい」と考えている ほか、就労機会を与えるためにも「 3-4 年次に 企業インターンシップを組み込むべき 」という意見が多く出された。 インターンシップに関しては、日系企業側も同様の意見を持っている。その背景に は、マレーシア国 内の大学では企業インターンシップ制度が普及しているので、就職 するとインターンシップの経験がない日本留学生はスタートから出遅れるという事実 がある。 - 35 - 8 .卒業後の進路 卒業後の進路については、日系企業に就職を希望する者が非常に多く、その他に進学を 希望する者、若干ではあるがマレーシア企業を希望する学生もいた 20 。日系企業を希 望する理由には、「賃金が高い」「日本語を活かせる」「日系企業は技術力が高い」とい う意見が多かった。日系企業への就職を希望する学生には、「最初は日本で働きたい」と いう希望を持つものが多いが、近年はすぐにマレーシア支社に配属させる企業が増えてい る。 就職希望者の多くが、外国人対象の就職フェアや、東京で行われるマレーシア人を対象 としたキャリアフェアに参加しており、また大学からの推薦で就職先を見つける者もいる という。日系企業から内定をもらうことはさほど難しくはないという。 また、研究を進めるために日本の大学院への進学を希望する者も少なくないが、奨学金 がネックになっている。優秀な成績を残して文部科学省国費留学生に切り替わっている者 には奨学金が継続するが、人事院の奨学金は学部レベルで終了してしまう。よって、大学 院に合格したものの、奨学金がないため帰国せざるを得ない学生も少なくない。教員側か らも「優秀な学生に限って奨学金を継続させるプログラムを作ってほしい」という意見が 複数出された。 こうした現状の中でも、進学するための資金を得る方法はいくつかある。第一に、奨学 金を節約すると共にアルバイトを行い自力で資金を貯めるという方法である。実際にこの 方法で進学したという学生もいた。第二に、マレーシアの大学が提供する奨学金に応募す る方法がある。修士課程修了後にマレーシアに帰国しその大学で数年間仕事をすることを 条件に奨学金を出す大学あり 21 、その規約に基づいて奨学金を得たという学生が若干 名いた。また、一定期間派遣社員として勤めることを条件に留学資金を一部支援してくれ る企業に勤めるという学生もいた。 ア ン ケ ー ト 結 果 で は 、 就 職 先 希 望 は 、 「 マ レ ー シ ア の 日 本 企 業 に 就 職 」 が 40.9 % で 最 も 多 く 、 「 日 本 で 、 日 本 企 業 に 就 職 」 の 12.9% を 併 せ る と 53.8% で あ っ た 。 次 い で 、 「 日 本 の 大 学 院 に 進 学 」 が 11.8 % と な っ て い る 。 21 Kolej Universiti Kejuruteraan & Teknologi Malaysia (University College of Engineering & Technology Malaysia) 20 - 36 - III. 就労段階 1.日本留学生の就職状況 大学 3 年 - 4年次になると、マレーシア人学生も他の学生と同様に就職活動を行う。ほ とんどの学生が日系企業を志望するが、その理由は「日本で勉強してきたので、最初は日 系企業で働きたい」「マレーシア国内企業に比べると日系企業の方が給与水準が高い」と いったものである。 就職過程については、「各企業の担当者が大学にリクルートに来て直接オファーをくれ た」「担当教授の知り合いがいる企業での就職を勧められたので、面接を受け入社した」 というケースも若干あるものの、多くの場合は、日本国内で開催される日系企業を中心と するキャリアフェアに参加して内定をもらっている。今も昔もマレーシア人エンジニアへ の需要は高く、「就職は簡単だった」という声が圧倒的に多かった。「留学フェアで内定 をもらえずに帰国した」という者も若干いたが、彼らも「帰国後、新聞の求人を見て日系 企業での仕事をすぐに見つけた」という 22 。 このような売り手市場の中で、複数の日系企業から内定をもらう学生が多いが、彼らが 企業を選ぶ基準は、「第一に給与水準、第二に家族に近い勤務地」であり、企業の業種や 将来性を考慮する者は極めて少なかった。家族を重視する彼らの中には「家族の近くで働 くために、日系企業の内定を断って帰国した後、人材紹介会社を通じて他の日系企業に就 職した」という卒業生もいた。また、「先輩のいる企業の方が安心するため、先輩がいる 企業を希望した」という意見も複数あり、就職過程においても、良くも悪くもマレーシア 人の同郷を優先する意識が見られる。 なお日系企業に勤めている卒業生からは、日本語を活用して仕事ができることや、能力 次第で設計や開発部門の仕事ができる点などに満足しているという声を聞くことができた。 その一方で、日系企業では日本人が優遇されており昇進が遅いといった批判もあった。ま た、日系企業で身につけた勤労精神や働き方は他の組織では通用しないという意見もあり、 「日本留学の経験は、日系企業でしかアドバンテージにならない」という考えを持つ卒業 生も少なくない。 コラム6:日本留学マレーシア人の雇用需給の現状(在マ人材紹介会社の分析) 日系企業は、日本人とマレーシア人労働者の繋ぎ役を求めており、役割という意味で日本留学 者の需給はマッチしている。また、日本経済の復調や日本人学生の減少の影響で、マレーシア人 留学生の就職は完全な売り手市場となっている。従来の企業が積極的な採用を実施する上、マレ ーシアに関係のない日本企業も人材不足を補うためにマレーシア人留学生の採用に乗り出してい る。英語ができるマレーシア人留学生は日本人理系学生より評価が高いという。さらに、欧米企 業も日本人顧客への対応強化のために日本語を話すマレーシア人を求めている。こうした中、日 本で開催される留学生向け就職フェアに参加できない日系中小企業は人手不足に陥っている。 22 アンケート結果でも、すべての人が「卒業後に仕事を得るためにかかった期間」は 「 0-3 ヶ 月 」 と 回 答 し て お り 、 卒 業 前 ま た は 、 卒 業 し て 間 も な く 就 職 先 を 決 め て い る 。 - 37 - 2.就職・仕事面における日本留学のメリット・デメリット (1)日本語 日系企業に勤める卒業生およびその上司に日本留学のメリットを聞くと、口をそろえて 日本語だと言う。具体的には、日本人との対人コミュニケーション、本社とのメールのや りとり、日本語で書かれた図面やマニュアルの理解、本社研修への参加等おいてアドバン テージになっているという。さらに、「日本人上司から直接指導してもらえる」ことや、 「日本人上司の持つノウハウなど日本語でないと理解できない部分もある」ことなど、日 系企業に勤めるにあたって日本語能力は非常に重要であるという共通認識があった。この ように日本語能力のメリットを存分に活かしている卒業生たちからは、「実際に働いてみ ると、やはり日本人とは仕事をしやすいと感じる」という実感を聞くことができた。 役割という面では、「日本人とマレーシア人との繋ぎ役」として、相互のコミュニケー ションや風通しを良くする役割を日本留学生が担っているという。注意しなければならな い点は、彼らが担う役割は単なる通訳ではないという点である。第一に、彼らの伝えるこ とは「日本で学んだ専門知識を生かした、技術や製造プロセスに関する専門的な通訳であ る」という。ある企業では、「一般的な言語通訳を採用したことがあるが、専門知識がな いため、言葉の通訳はできても意味の通訳はできなかった」という。第二に、彼らは日本 人の考え方を理解しており、「上司の言葉の裏にある意図を自ら読み取った上で伝達して いる」という。この背景には「日本人上司は細かい指示を出さない」という問題があり、 そのため日本人の考え方を理解している卒業生が上司の指示を読み取って、その指示をマ レーシア人労働者に伝達しているという。 一方、日本語ができるゆえの苦労も多いという。例えば、「日本語ができるため、色々 な仕事を過剰に任される」「日本語が理解できるため、日本人上司に一人怒られる」とい う話が複数あった。しかし、こうした苦労がありながらも「日本語を使って働いているこ とは、非常に評価されている」と感じている卒業生が多い。かつての日系企業では、日本 人上司とマレーシア人労働者の間に入る中間管理者の不在が大きな問題になっていたが、 その需要を見事に埋めて、日系企業のボトルネックを取り除く原動力となっている東方政 策プログラム卒業生には、高い価値が認められている。 このように日本語能力の高い卒業生は重宝されているが、企業のグローバル化によって 英語が使用言語として採用されている日系企業も複数あり、日本語能力の優位性は薄れて いく可能性もある。特に日本に留学した卒業生の多くが英語能力の低下を実感しており、 国内大学卒業生や欧米留学生との競争で不利になると予想される。また、コンピューター の普及が目覚しく、「日本語の知識よりもコンピューターのスキルを重要視する」という 日系企業もあった。 (2)専門知識・技術 日本の大学で習得した専門知識・技術については、工学系の卒業生の間では仕事の基礎 - 38 - として役に立つという意見が多かった。一方、社会学系の卒業生からはあまり役に立たな かったという意見が多いが、一部会計など実務に関連する分野では「大学で学んだことが、 そのまま使える」という意見を聞くことができた。しかし「大学で学ぶものと仕事で学ぶ ものは根本的に異なる」という認識が卒業生・雇用者双方にあり、仕事に必要な技術は仕 事で身につけることが基本であるという。なお、こうした実情を踏まえて、日系企業の雇 用者からは、「技術を習得するためには長い期間が必要で、大学で学ぶだけではその国の 技術を習得したことにならない。よってマレーシア政府と企業が手を組んで留学プログラ ムを立ち上げてはどうか」との示唆があった。 また、大学で習得した専門知識や技術が必ずしも役に立たないもう一つの理由として、 「日系企業では色々な部署に配属される」という意見があった。部署異動には「色々な部 署で仕事を覚えるため、企業の全体を知ることができる」というメリットがある一方、 「関心の薄い仕事もしなければならない」というデメリットも指摘された。ちなみにマレ ーシア企業では専門性を重視するため、大学で専攻した専門分野との適正が重要視される という。 コラム7:日系企業における日本留学生と他国への留学生の比較 専門性に関しては、欧米留学者よりも日本留学者の方が高いとする企業もあれば、 「電気・電子分野では日本留学生の専門性が高いがコンピューター関連分野では欧米 留学生のほうが高い」など、分野による違いに言及する企業もあった。また技術力に ついては、日本留学生は入社後の技術習得のスピードで英国留学者生に負けるという 意見があった。しかし、これらについては各企業によって印象が異なる上、個人の技 術に起因していると考えられるため、一概 にどちらが勝るとは言い難い。 また仕事のスタイルにも多少の差異が見られるようで、欧米留学生が合理的なやり 方を望み、自分に関係のない仕事はアシスタントに任せる傾向があるのに対し、日本 留学生は会社のマニュアルや規則を重視するということである。 (3)日本文化、日本人の考え方の理解 卒業生によると、日系企業に勤めるにあたって最も重要な要素の一つが、日本文化・日 本人の考え方の理解であるという。卒業生が日本文化、日本人の考え方を理解しているこ とのアドバンテージは次の 4 点に大別される。 第一に、「日本人上司の指示をすぐ理解できる」という点がある。前述したように、日 本人上司の言葉の裏にある意図を読み取り、その指示を正確に理解することができるのは、 日本人の考え方を理解している日本留学生だけであるという。 第二に、日本人の仕事に対する責任感の理解が挙げられる。卒業生の多くが、「日本人 の上司の責任感・マインドセットを理解している」と述べており、事実「国内大学卒業者 が避ける残業」を厭わないで一生懸命に働く姿勢を持っているという。 第三に、日本人の細かい部分まで物事を追求する姿勢への理解がある。例えば「品質管 理」において不良品を出してはいけない理由を現地職員に理解させることは困難だという - 39 - が、日本留学生はその理解が早いという。業務を効率的に遂行するためには企業内で共通 認識を持つことが重要であり、日本留学生はこの点でアドバンテージを持っている。 第四に、時間厳守の習慣の理解が挙げられる。一般的なマレーシア人にとって「日本人 が時間を厳守してあくせく働く姿は、あせっているだけのように見える」というが、日本 留学生には日本人の時間を守る気持ちが分かるという。 上記のような「日本人文化、日本人の考え方の理解」は日本留学生が広く身につけてい る要素であるが、仕事における日本人文化の理解には留学時代のアルバイト経験が非常に 役立ったという意見が多く出された。「アルバイトを通じて日本の会社での働き方を学ん だ」という声は多く、具体的には、年配の人との接し方、問題発生時の対処の仕方、日本 の会社の経営形態の理解などを得ることができたという。こうしたアルバイト経験者の多 くが、「アルバイト経験があったからこそ、日系企業の仕事にすぐに慣れることができ た」と述べており、日本における就労体験が日本の勤勉性や労働倫理等の習得に寄与して いることがわかる。しかし、アルバイトは勉強に支障を来たす可能性もあることから、イ ンターンシップなど、日本における就労機会の提供をプログラムの一部として位置づける ことを検討する余地があると示唆される。 図29:日本留学が就職や仕事でのアドバンテ ー ジになっ ていると感じるか (卒業生と雇用者の印象) 卒業生 雇用者 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% とても強く感じる 強く感じる 多少感じる あまり感じない 全く感じない 3.日系企業上司による日本留学生の評価 日系企業の日本人上司の話を聞く限りでは、東方政策プログラム卒業生の評価は高い。 その理由としては、卒業生が日本語を理解していることはもちろんのこと、日本人の考え 方を理解しているので、日本人が言いたいことを正確に伝えることができる点が挙げられ た。また「業務上の改善を自己責任で進めており、業務に貢献している」という意見もあ り、仕事の進め方や、何かをやり遂げようとする努力、責任感を評価しているということ である。このような性質は、個々人の特徴とも捉えられるが、他のマレー系職員に見られ る「おおらか、焦らない、緊張感がない」という短所が「日本に留学した職員には見られ ない」ことから、こうした点は留学の成果ではないかという意見があった。 一方で、日系企業ではマレー系、中国系、インド系を区別する傾向は全くないが、マレ ー系職員はインド系、中国系の職員と比べると甘えがあると感じるとの意見があった。東 - 40 - 方政策プログラムの卒業生にはそうした点は見られないという意見もあるが、日本に私費 留学をした中国系の職員と比べると、後者の方が優秀であるという指摘もあった。また、 全般的に東方政策プログラム卒業生を評価する声が多いが、専門性や技術習得の面で否定 的な意見を持つ雇用者もいたことも確かである。そのほか、卒業生の能力以前に日本の大 学システム自体に疑問を感じる雇用者もおり、日本の大学を卒業した者の質を疑問視する 声もあった。 また、マレーシアの労働市場の特徴として「転職をする傾向が強く、日本留学生も日系 企業を渡り歩く人が多い」という意見が多数あった。転職の最大の理由は給与上昇であり、 人材紹介会社の話によると「転職時に 10 %程度の賃金上乗せを要求する労働者が多い」 という。その他、日本語ができることが直接職員の評価につながらないことや、日系企業 は年功序列が基礎にあって昇進が遅いことなどを理由に転職をしてしまう職員が多いとい う。一方、日系企業側は「評価の高い人が昇格する」パフォーマンスベースをとっており、 日本語能力以上にやる気や積極性を評価しているという。こうした評価基準において、積 極性に欠けるマレー系マレーシア人は他の留学生に比べて昇進が遅いという意見もある。 また、契約で職員を採用する欧米企業に比べて、終身雇用制度をとる日系企業では、新卒 に対する初任給は低くならざるを得ないという日系企業側の事情も聞くことができた。あ る日系企業では以前 30 名いた東方政策プログラムの卒業生が現在 10 人になっており、 このような人材流出を解消するため、「①長く勤めるための補助金を考えること、②退職 金の工夫」などが必要だという。 図30:卒業生の業務姿勢に対す る雇用者の満足度 80% 60% 40% 20% 0% とても満足 ある程度満足 どちらともいえない 多少不満 不満 コラム8:ジョブ・ホッピングの現状(在マ人材紹介会社の話) エラー! マレーシア国内大学卒業者の初任給は RM1,500 程度であるが、日本留学者が日系企 業に勤める場合の初任給は RM2,300 程度である。 2-3 年たつと RM2,500 程度になって おり、その時点で転職を求める者は RM2,800 程度の給与を条件とする傾向がある。こ のように高い給与を求めて 2-3 年で転職をするマレーシア人労働者が多い中で、社内 で教育しても仕方がないという企業の意見も多い。しかし最近は、長期的展望に立っ て社内の教育文化を作ろうとする日系企業も現れている。具体的には、人 材のローカ ル化を図るため新卒を積極的に採用し、一から企業文化を育てていこうと試みる日系 企業があるという。 - 41 - 4.日系企業における日本留学生雇用の需要 日系企業における日本留学経験を持つマレーシア人労働者の需要については、卒業生は 概ね優秀であり、日本人上司と現地職員を繋ぐパイプ役として必要な人材であるとの観点 から、「今後も採用したい」「需要は増える」という意見が多かった。例えば、ある日系 企業では「日本との関係が強く、日本人になじみやすい職員を募集」しており、人材紹介 会社から東方政策プログラムの卒業生を推薦されて実際に採用したという話があった。ま た、マレーシア国内で日本留学生の需要が非常に高く、「日本留学生を採用するのは難し い」との発言からも雇用需要の高さが伺える。ただし、前述したように「日本留学の経験 はあったほうがよいが、必ずしもメリットになっていない」という指摘もあることから、 需要がどの程度今後伸びていくかは予測できない。 また最近は、研究・開発を担うことができる人材が求められ始めている。というのも、 近年は現地開発を実施しないと消費者のニーズに合った製品を製造することが難しくなっ ている一方で、日系企業における研究・開発の現地化は遅れているからだという。また、 現地で研究・開発を行わないと、労働者のモチベーションが下がり、現地労働者を繋ぎと めることが難しくなっているという話もあった。こうした中で、日本留学者の中でも、研 究・開発のできる専門性を備えた人材への需要が伸びると考える企業が多い。 5.卒業生の日本との関わり 東方政策の目的の一つに日本・マレーシア関係の促進が挙げられるが、卒業生の中には 両国関係の強化に貢献していると感じている者も少なくない。例えば、「日本とマレーシ アの交流の架け橋となっているのが、東方政策プログラムの卒業生である」という強い自 負を持っている学生が多数おり、「私たちが日本におけるマレーシア人のイメージを代表 している」という意識を持って、文化交流サークルや地域の公民館・学校などで、日本人 にマレーシアの社会や文化を教える活動を行った卒業生も多い。 また、日系企業に勤めることで両国関係の促進に貢献していると感じている卒業生が数 多くいた。「マレーシア支社の成長を請け負ってきた」「マレーシア人顧客の窓口になっ ている」という意見からは、日系企業とマレーシア人の接点として日系企業の成長に大き く貢献している様子が伺える。さらに、ベトナムや中国への企業移転が進む中で、「日マ レーシア関係を保ち続けるのは、日本留学生の役割だと感じる」という意見もあった。そ の他、自営業を営む卒業生からは、現在でも「日系企業で勤めた経験やネットワークを活 用している」という意見が多く、日系企業を離れても日本との繋がりを最大限に利用して いる者も多かった 23 。また、「副業で日本語の先生をしている」「マレーシアの大学 親 し い 日 本 人 の 数 を 聞 く と 、 60 % 以 上 (22 名 中 14 名 ) の 卒 業 生 が 「 0 人 ~ 3 人 」 と 答 え ており、マレーシアに帰国すると日本人の友人とのつながりは薄くなる傾向がある。しか し 、 「 10 名 以 上 」 と 答 え る 卒 業 生 も 約 20 % お り 、 一 部 の 卒 業 生 は 帰 国 後 も 日 本 人 と の 関 係 を維持している。 23 - 42 - で日本研究を推奨する仕事についている」など、マレーシア国内で日本のことを広める活 動をしている卒業生もいた。 6.東方政策プログラム同窓会 (ALEPS) の現状 東方政策プログラムの同窓会組織である ALEPS の活動に参加する卒業生は思った以上 に少なかった。その理由は、①忙しくて参加できる時間がない、②卒業生間のビジネスを 支援する性格を有しており参加しづらい、③人数が非常に多いため必要な友達とは個人の ネットワークを使っているという点にある。 第一に、卒業後に 1-2 度参加するが「仕事が忙しくなり、案内が届いても参加しなくな る」という傾向がみられた。アンケートでは、 ALEPS の活動に参加したことがある卒業 生は 22 名中 16 名を占めたが、多くの卒業生が日系企業に勤めており、残業など仕事が 忙しいことを理由に、現在は ALEPS のイベントに参加していないと述べていた。 第二に、同窓会がビジネス機会を得るための場になっており、一般の卒業生には閉鎖的 に感じられるという意見が多数あった。そうした実情を踏まえて、「もっと卒業生ありき のものにしなければならない」という意見があり、一案として「 ALEPS とは別にユース 組織を作ってみてはどうか」という示唆があった。 第三に、「人数が多すぎるため、イベントが企画されても集まりにくい」という現状が ある。また、ほとんどの学生が大学や地域別のネットワークを使ってかつての友人と連絡 をとっているため、「 ALEPS に参加しなくても昔の友人とのつながりは維持できる」と 述べていた。 上記のような状況を考えると、 ALEPS の役割や機能を再考する必要性があるだろう。 卒業生からは、「AAJの学生に対するホームステイプログラムを企画して、そのアレンジ を ALEPS に任せてみる」など、予備教育と ALEPS の連携強化の提案があった。また、 卒業生名簿を作成するべきという意見も多かった。 7.東方政策への示唆 (1)東方政策プログラムの社会的インパクト 卒業生に東方政策プログラムを存続させる理由を尋ねると、「日本語を学び、日本の文 化を学ぶことはマレーシアの学生にとって大きな利益となる」など、学生自身に与える影 響を評価する声がまず挙がる。しかし、マレーシア社会・経済への東方政策プログラムの 貢献も理解しており、マレーシアの発展のためにも本プログラムは必要であるとの意見も 多かった。 第一に、 2020 年までに先進国入りを目指すマレーシアにおけるエンジニアの需要が高 い点が挙げられた。「農業国から技術発展国に移行するための国家目標『 Vision2020 』 を達成するためには技術力の高い人材を育成する必要があり、その一環として工学系人材 の育成を目指す東方政策プログラムは続けていくべきである」という意見があった。この - 43 - 点については、人事院も日本からの技術移転は引き続き必要であり、継続して学生を日本 に送り出したいということである。 第二に、日本経済の停滞を反映して日本留学の妥当性が問われる中で、逆に「日本の失 敗から学ぶことも多い」という点が指摘された。当プログラムの目標は日本の成功から学 ぶことにあるが、「同時に日本の失敗から学ぶことも重要であり、そのためにも日本への 門戸は開き続けねばならない」という意見があった。 第三に、日本・マレーシア両国の友好的な関係を築く面からも、日本との人的交流を維 持する重要性が唱えられた。卒業生からは、資金や言語の問題を考えると、マレーシア人 が東方政策プログラムに頼らずに日本に留学することは至難であり、「当プログラムが終 了すると日本への留学者は激減する」という意見が出された。一方で、日系企業からも、 「東方政策プログラムはマレーシアと日本の国家間の友好関係のためには良い」、「マレ ーシア社会におけるインパクトを考えたとき、東方政策プログラムは非常に優れたプログ ラムである」という評価がされた。 図31:日本留学がマレー シアの将来や両国関係に今後の有益と思うか (卒業生の評価) 20 18 15 10 3 5 1 0 0 少しそう思う あまり思わない 全く思わない 0 人数 非常にそう思う そう思う (2)日本留学を後輩に勧める理由 日本留学を後輩に勧める理由は、大きく 3 つに分けられる。第一に、エンジニアとして 日系企業に就職する際のアドバンテージが挙げられる。卒業生からは、「工学部に入りた い人、日系企業に勤めたい人には推薦できる」「日系企業に勤めたいならば、日本留学は 非常に効果的な選択である」という共通した意見があった。 第二に、異なる文化・考え方の学習が挙げられた。卒業生の間では「日本の技術も魅力 ではあるが、それ以上に日本の生活・文化を勉強できることが日本留学の醍醐味である」 という意見が共通していた。また、欧米留学に対する比較優位を日本文化に求める声も多 く、「技術の高さという面では、その他の先進国と大きな違いはない」けれども、「欧米 でなく日本に行ったほうが、良い人間になって帰ってくる可能性が高い」という意見もあ った。 第三に、異文化環境で生活することで自立心・精神的強さを獲得できるという点が挙げ られる。欧米と比較すると日本にはマレーシア人学生が少ないため、問題があれば自分で 解決せざるを得ず、自立できるという意見があった。ある学生からは「自立心や精神的強 - 44 - さを得るためには、日本に来てよかった」という実感を聞くことができた。 上記のように日本留学には多くの魅力がある一方で、日本留学の厳しさを経験した卒業 生からは、「日本で勉強したいという思いだけなら日本留学はやめたほうがいい」「どん な状況でも絶対にがんばれるという自信を持っている人間だけが行くべきである」という 意見も出された。また、そうした厳しさを理解せずに留学する学生が多いという話を踏ま えて、「日本に行ってからの厳しさを事前にAAJの学生に教えたほうが良い。遊びにいく のではないということを肝に銘じさせるべきである」という示唆があった。 図32:日本留学によっ て人生がより豊かになったと感じるか (卒業生の自己評価) 11 12 9 7 6 3 3 1 0 0 人数 とても強く感じる 強く感じる 多少感じる あまり感じない 全く感じない (3)今後の東方政策プログラムのあり方について 自然科学系が中心となる現プログラムに対しては、「総務や会計などもあるので、文系 があってもいいのではないだろうか」という示唆があった。特に一部の雇用者からは、日 本人の精神や考え方を学ぶという観点からは文科系もあったほうが良いという話があった。 この点については、帝京マレーシア日本語学院で社会学系プログラムへの受け入れが始ま ったことを伝えたところ、その改正に賛同する声が多く聞かれた。また、「技術力を比較 したときに、大学卒業生と高専のみ卒業した者に差が見られない」という意見もあり、大 学学部レベルに入学させる意味を再考する必要性も指摘された。さらに、入学大学につい ても「技術力や専門性を考えた際に、国立大学ならどこでも良いというスタンスではなく、 もっとレベルの高い大学に入学させるべきである」などの意見が出された。 そのほか、奨学金の返済義務がないことに対する問題意識も寄せられた。現在人事院で は、 1 年のみ留年を認め、 2 年留年した者については奨学金の全額返金を義務付けている。 しかし、 4 年で卒業できるにも関わらず、 1 年間奨学金を多くもらうために意図的に留年 する学生もいるという指摘もある。アメリカ、イギリス、オーストラリア留学の奨学金に は返済義務があるため、それらの奨学生は帰国後まじめに働く傾向があると報告されてお り、学生に甘いといわれる日本留学奨学金のあり方を再検討する余地がある。 また、企業の意見として「大学院の奨学生を増やす」「実社会を学ぶ機会を作る」とい う示唆があった。例えば、現在人事院の奨学金は大学院を視野に入れていないが、本調査 で訪問した企業の中には、日本の大学院へ留学させる奨学金制度を独自に持っている企業 - 45 - もあった。その奨学金制度には、夏休みに日本国内の企業の視察旅行と発表会が組み込ま れており、留学生に実社会や異文化を学ぶ機会を提供しているという。このように、一部 企業では、大学院レベルの教育と実社会を学ぶことの重要性が唱えられており、政府に頼 らず独自にプログラムを組んでいるという状況がある。 また、「日本留学生の需要が非常に高く、留学者の人材確保に四苦八苦している」ため、 東方政策プログラムの人数枠を拡大してほしいという意見もあった。日本留学生の需要は 非常に高く、雇用需給の観点からは本プログラムの妥当性は高いと考えられる。 8.後輩へのアドバイス 今後日本に来るマレーシア人留学生へのアドバイスを卒業生に聞いたところ、「日本人 との交流を積極的に取るべき」という意見が最も多かった。というのも、「せっかく日本 に来たのに、マレーシア人で固まっていては意味がない」「日本社会に浸かり、日本人と 交流しないと、日本で生活したという実感が乏しくなる」という卒業生の経験があるから である。日本人との交流を深めるためには「なるべく早く日本人の友達を作ったほうがい い」というが、 2 年 3 年になるにつれ友人を作ることが難しくなるので、オリエンテーシ ョンなど「最初が肝心」であるという。具体的には「テレビの話をしたり、 CD を借りた いなどと、ネタを用意して日本人に話しかけるのが良い」「サークルに入るのが良い」と いうアドバイスがあった。アルバイトについても日本で就労経験を積む良い機会になるの で、「学業の障害にならない程度に、積極的に行うべき」という意見が多かった。 また初期に留学した卒業生からは、先輩やマレーシア人の友人を頼りすぎている近年の 留学生に対して、自立を促す意見が多数寄せられた。「最近の学生は先輩を頼りすぎてい る」「今の学生は固まりすぎであるうえ、やる気も若干落ちていると感じる」という意見 があった。これらは、マレーシア人同士で固まらずに一人で問題を解決したからこそ、自 立心や精神的な強さを身につけることができたという卒業生の経験に基づく意見である。 - 46 - 第3章 結論と提言 1.聞き取り調査結論 (1)卒業生の進路とプログラムのインパクト 本プログラムの最大の成果は、卒業生が日本留学を通して日本語並びに日本の文化ある いは労働倫理をはじめとした日本人の考え方を習得し、マレーシアに帰国して職場で活か していることである。このような日本人の考え方や理念がマレーシア人にどのくらい根付 いているかという点においては本調査からは明確に言うことはできないが、卒業生本人か ら、「仕事に対する責任感や残業を理解している」「細かい部分まで物事を追求する姿勢 が身についている」「仕事においてスピードを重視するようになった」「時間厳守の習慣 ができた」といった変化を実感する声が聞かれたほか、上記の点については日系企業の上 司からも高く評価されている。特に、日本企業では、品質管理の面で他の企業に比べて厳 しいなど特徴があり、卒業生がその点を理解し、これらについて理解が薄い他のマレーシ ア人に対して、日本人の働き方を伝達しているということであった。この観点から本プロ グラムを見ると、 1981 年に当時のマハティール首相が目指した、「日本の労働倫理・経 営哲学の成功の経験に学ぶ」という「東方政策プログラム」のプロジェクト目標は概ね果 たされているといえるのではないだろうか。 また、卒業生たちは「日本語」および「日本人の考え方の習得」によって、日系企業の 上司から厚い信頼を受けており、非常に重宝されていた。特に、かつては日本人上司とマ レーシア人労働者の間を取り持つ中間管理者の不在が問題であったが、その役割を東方政 策プログラム卒業生が果たしているという。事実、日系企業に東方政策プログラム卒業生 の今後の需要を聞いたところ、現在雇用しているような優秀な卒業生ならば、需要は高い ということであった。このように、役割という面で東方政策プログラム卒業生の需給は適 合しており、転職を繰り返す傾向が強いマレーシア人に対する批判はあるものの、日系企 業が当プログラムから多大な恩恵を享受していることが明らかであろう。また、日本の労 働倫理を身につけたエンジニアが毎年 100 名超輩出されていることを考えると、マレーシ ア経済への貢献も少なくないと考えられる。 さらに卒業生の日本語能力も当プログラムの大きな成果となっている。実際、聞き取り 調査に応じてくれたAAJ学生、留学生、卒業生との会話はすべて日本語で行われた 24 調査員の質問に対して英語で補足をする場面もあったが、特に卒業生の場合は始終流暢な 日本語での応答となり、日本語能力の不足を感じさせなかった。これは、AAJで 2 年、そ して日本で 4 年、計 6 年あるいはそれ以上の年数日本語あるいは日本人と触れ合って培わ れた本プログラムの賜物といえる。ちなみに、聞き取り調査に協力してくれた卒業生は、 主に日系企業(現地工場)の職員で、その他に、在マレーシア日本国大使館、クアラルン アンケート調査結果では、日本語検定 2 級については、合格時点はわからないものの、 ほとんどの留学生と卒業生が合格している。 24 - 47 - 。 プール日本文化センター、 JETRO などの日本関係の組織、およびマレーシア政府官僚で あった。他に、起業をして自分の会社を持つ卒業生もいたが、彼らも起業する前に勤めて いた日系企業で積んだ経験やネットワークを駆使しており、日本との関わりがビジネスチ ャンスを得る機会になっている傾向が窺える。 東方政策プログラムのこうした影響を考えるに、人的交流・文化交流もちろんのこと、 日本の価値観の伝達、雇用需要の充足、マレーシア経済への貢献など、文化・経済両面で 日マ関係の強化に貢献したというに難くない。 (2)留学生の成績評価 留学生の成績については、文句の付け所がないといった評価を受ける学生がいる一方で、 成績は下位であるという評価を受ける学生も見受けられた。調査員が訪問した 12 大学で 得た情報を総合的に見ると、全体的に中の下の位置ではないかと推測される。この点につ いては、基礎学力はさることながら、日本人に比べて日本語の記述能力が乏しい留学生に とって、記述式試験の比重が高い授業については好成績を収めることは難しいという意見 があった。他の留学生と比べたとき、やはり、漢字圏である中国や韓国からの留学生の方 がこの点で有利であるという話を聞いた。ただし、そうしたハンディキャップを乗り越え て優秀な成績を残す学生もおり、結局は「本人の努力次第」という声が学生自身から出さ れていることも事実である。 (3)後進への助言 第一に、AAJでの勉強に真摯に取り組むべきだという助言が数多く出された。これは AAJでの勉強も大変だが、大学での勉強はそれ以上に大変であるという卒業生の実感によ るものである。AAJでは日本語で授業が行われているものの、教員は外国人に教えている という意識で授業を行っており、日本人学生と同じ授業・試験を同じ基準で受ける大学で の学業に最初は多かれ少なかれ困難や戸惑いを感じるという。よってAAJでの勉強に真剣 に取り組み、大学の授業で直面する困難や戸惑いを少しでも緩和させることが重要だとい う。 第二に、マレーシア人同士で固まらずに、「日本人と積極的に交流すべき」という意見 が多い。この意見には、「日本社会に溶け込んで、日本人と交流しないと、日本で生活し たという実感が乏しくなる」という卒業生の実感を踏まえるものである。特に日本人の友 人を多く作ることの重要性を挙げる者が多く、積極的なアプローチが肝心であることは当 然として、サークルやアルバイト、交流イベントへの積極的な参加をアドバイスしている。 また、マレーシア人同士で固まらずに日本人に混じって自立した生活を送ることで、自立 心や精神的な強さを身につけることができるという意見も多かった。 - 48 - (4)卒業生ネットワークのあり方について 卒業生に先輩、同輩、後輩との音信を聞くと、各々が大学や地域別のネットワークや個 人的ネットワークを持っており、頻繁ではないものの連絡を取っているという。一方で東 方政策プログラム全体の同窓会組織として ALEPS があるが、その活動に参加する卒業生 は思った以上に少ない。その理由は、①忙しくて参加できる時間がない、②卒業生間のビ ジネスを支援する性格を有しており参加しづらい、③人数が非常に多いため必要な友達と は個人のネットワークを使っているという点にある。 ちなみに ALEPS が卒業生情報の保有・管理を行っていると理解している卒業生が多か ったが、 ALEPS には一部の卒業生のメーリングリストがあるだけで、卒業生リストなる ものは存在しない。 ALEPS でもリストの作成を長年の課題として認識しているが、 ALEPS と連絡をとっている卒業生が少ない上、マレーシア人が転職を頻繁にすることが 障害になっているという。 上記のような状況を考えると、 ALEPS の役割や機能を再考する必要性があるだろう。 卒業生や企業側の提案としては、留学中の先輩をAAJに招いたり、企業で働く卒業生を大 学に招くなどの人的交流のアレンジを ALEPS に任せるなど、 ALEPS と予備教育機関・ 大学との連携強化を望む声があった。 また、日本の大学関係者からは、日本・マレーシア両国関係の促進に向けた卒業生ネッ トワークの活用方法について若干の言及があった。例えば、日本の大学がマレーシアに同 窓会を設立して、大学の海外拠点設置の足がかりに活用するという意見があった。また大 学がマレーシア企業との産学連携を実現するために、その大学の卒業生ネットワークを活 用したいという意見も出された。 - 49 - (5)東方政策プログラム改善に向けた提案・示唆(聞き取り調査で得た意見より抽出) 予備教育段階への示唆 提案・示唆 得られる効果 学生の選抜、入学時期について 工学部限定のプログラムであることを周知する 日本側が独自の選抜試験・面接を実施する 学生の定員削減 学生の入学時期を 1 回にする 1 年次終了時に進学適正試験を実施する 適正のある学生の選抜 学力、やる気、適正のある学生の選抜 学力、やる気、適正のある学生の選抜/効率的な授業 成績低迷学生の回避/効率的・効果的な授業 成績低迷学生の回避 授業(カリキュラム)について 1 年開始時から教科教育を日本語で実施 日馬カリキュラムの整合性の研究 カバーされていない範囲の数学も教授 数学の授業時間増加 日本語の授業時間増加 論述(答案の書き方)の授業強化 会話の授業の強化 日本人の会話スピードへの適応強化 崩し字や癖字に慣れるような授業の工夫 日本事情のクラスに実践的な内容を導入 カリキュラム面でマラヤ大学から離脱する EJU の情報獲得、研究 カリキュラム内容の充実のための大学教員、留学生からのフィードバックの確保 効率的・効果的授業の実施 効率的・効果的授業の実施 大学での成績向上/留年の回避 大学での成績向上/留年の回避 大学での成績向上/留年の回避 大学での成績向上/留年の回避 コミュニケーション能力の向上 コミュニケーション能力の向上/大学での成績向上/留年の回避 大学での授業理解の向上 日本への適応促進 教員不足の解消/効率的・効果的な授業の実施 効率的・効果的授業の実施/成績向上 効率的・効果的授業の実施/大学での成績向上/留年の回避 教員について 教員の派遣期間を延ばす(派遣システムの再考) 外国人に日本語で教科を教える専門家の雇用 教員の英語・マレー語能力の向上 教員現地雇用権を日本側に移す 教員の増加 効率的・効果的授業の実施 効率的・効果的授業の実施 効率的・効果的授業の実施 教員不足の解消 教員不足の解消/効率的・効果的な授業の実施 - 50 - 日本の大学・学部選択について 大学情報の充実 大学教員を招いた説明会の実施 主体的な大学選択 主体的な大学選択 日本での学業・生活へ適応のための事前的方策について 日本の大学の履修システムの周知 日本への渡航時期を早める 短期ホームステイの実施 ペンパル等、日本人の友人を作る機会の提供 文部科学省試験終了後 2 ヶ月の有効活用 留学中の先輩との交流機会の提供 留年の回避 日本語能力の向上/日本への適応促進 日本語能力の向上/日本への適応促進 日本語能力の向上/日本への適応促進/モチベーション向上 大学での成績向上/日本への適応促進 モチベーション向上/主体的な大学選択 日本の大学への学生の派遣について 受け入れ大学の多様化、派遣学生の分散 レベルの高い大学だけを対象とする 自立心・精神的強さの獲得/日本人の友人の増加 卒業生の専門性・技術力の向上 大学教育段階への示唆 提案・示唆 得られる効果 学生の成績向上の方策について 定期的に大使館の担当官が派遣大学を訪問する(地方にも) 各大学にプログラム担当官を 1 名任命する(モニタリング) 大学間におけるマレーシア留学生の受け入れ・指導に関する情報共有環境の整備 成績や取得単位に最低基準を定める 基礎授業の必要性を周知させる チューター制度の充実(2-3 年生を任命する) 学科レベルでの学業相談ミーティングの実施 コンサルタント・相談窓口の設置 学生の学習状況の把握向上/問題の早期発見 学生の学習状況の把握向上/問題の早期発見 指導の質の向上/学生の成績向上 学生の成績向上/留年率の低下 学生の成績向上/留年率の低下 学生の成績向上/留年率の低下 学生の成績向上/留年率の低下 学生の成績向上/生活適応力の強化 学業以外の問題解決の方策について お祈りの場所の確保 日本人に対するイスラム教学習イベントの実施 1 学科に在籍するマレーシア人を分散させる 生活適応力の強化 日本人との交流促進/イスラム教への理解の普及 日本人との交流促進/自立心・精神的強さの獲得 - 51 - 交流イベントの充実 他大学マレーシア人との交流機会の設置 卒業生との交流機会の設置 日本人との交流促進 モチベーションの向上 モチベーションの向上 就労機会について アルバイトの推進 インターンシップの制度化 職業倫理・勤労精神の獲得/日本の働き方の学習 職業倫理・勤労精神の獲得/日本の働き方の学習 就労段階への示唆 提案・示唆 企業から需要人材に関する大学へのフィードバック 本社勤務・研修の充実 企業独自の奨学金(修士課程)の設立 長期就労に対する補助金の工夫 退職金の工夫 得られる効果 雇用需要に見合う技術者の採用 卒業生の技術力の向上 卒業生の技術力の向上 転職の抑制 転職の抑制 その他(政策・方針など) 提案・示唆 学問分野の再考(文系など) 割合を限定して奨学金対象を他民族にも拡大する 応募書の留学先希望を一国だけにする 大学情報を一括して AAJ に送るシステムの構築 奨学金をローンにする 大学院への奨学金継続 AAJ 学生、卒業生の情報を大学側に伝えるシステムの構築 得られる効果 雇用需要への対応を強化/日本文化・習慣を身につける学生の排出 マレー系学生の競争への慣れを促進/学業成績の向上 AAJ 学生の適正、やる気の向上 主体的な大学選びの実現 学生の成績向上/留年率の低下 卒業生の専門性向上 指導の質の向上/学生の成績向上 - 52 - 2.提言 本プログラムは、マレーシア経済や人造りにプラスの影響を与えたほか、日本企業に与 える好影響による日マ経済関係強化、ひいては日本語・日本文化の普及を含め、日マ関係 増進に大きく貢献した。この調査結果から、東方政策プログラムは是非とも継続されるべ きと考える。さらに効率的なプログラムの運営を進めるため、再検討の余地がある点につ いて以下に提言として述べる。 (1)ステークホルダー間の情報共有とモニタリングシステムの構築 本調査の対象となる東方政策プログラムでは学生がマレーシアでの予備教育、日本の大 学教育、卒業後の就職という過程を通過すると共に、日本語教員、大学教員、企業の社員 等、多くの人々が関わっている。聞き取り調査を通して明らかになったことは、関係者相 互の情報の交換や情報のフィードバックが不十分なため誰も全体像をつかんでおらず、そ れぞれが全体を把握することなく与えられた役割を近視眼的に遂行する傾向が見られると いうことである。例えば、日本の大学教員から学生の能力や予備段階の教育に関する要望 等の、現地教員へのフィードバックはほとんどなく、卒業生が就職した企業の上司のコメ ント等の大学教官へのフィードバックもほとんどない。こうした中で、大学関係者からは 「東方政策プログラムは学生を送るだけで後は放置している感が強い」など、関係者の連 携不足を指摘する厳しい意見が出された。また各関係者の意思疎通が欠如している現状に おいては、プログラムの実際的な責任者が誰であるのか明確な答えがないという指摘もさ れた。 この問題を解決しプログラムの質の向上を図るためには、関係者が状況を把握できるモ ニタリングシステムの構築が有効だと思われる。例えば日韓プログラムのように、各大学 に一人プログラム担当者を任命し、マレーシア人留学生の受け入れや支援に関する大学間 協議を定期的に開催することで、参考になる実践例( Good Practice )等を共有できる環 境を整備するべきであろう。またその協議を踏まえて学生の能力や予備教育への要望を定 期的にAAJ教員にフィードバックすると共に、AAJ側の事情や意向も大学側にフィードバ ックしてお互いの問題意識や期待を共有することで、留学生受け入れの需給バランスを改 善していくことが望まれる。また、学生の多くが短絡的な基準で志望大学を決めているこ とを踏まえて、日本の大学・学部学科情報を一括してAAJ学生に授け、周知させるシステ ムの構築も期待される。 さらに、日系企業の雇用者が日本留学経験者の何を評価しているのか、そうした情報を 大学側、AAJおよび学生のリクルートを担う人事院にフィードバックするメカニズムを構 築することで、本プログラムの実質的な成果と目標の一貫性を高めることが期待される。 どういう学生を作っていくのか、どういった貢献を期待するのかといった本プログラムの 目標をきちんと議論し、それが日系企業等で具現化されていることが確認されれば、本プ ログラムの推進力は大幅に向上すると思われる。 - 53 - (2)プログラムの認知度の向上 東方政策プログラムの質を高めるための一つの方法として、日本および日本留学プログ ラムの魅力を広く周知させ、より優秀な学生を集めることが期待される。人事院の奨学金 プログラムの選考は SPM の成績を中心とする能力主義に基づくものであるが、学生の多 くが欧米留学を第一希望にするため、日本留学プログラムの学生の能力は相対的に劣ると いう指摘がある。欧米留学と比較して日本留学の人気が低い理由には、言語の問題や歴史 的つながりの弱さなどが挙げられるが、同時に日本および日本留学プログラムがあまり認 知されていないという背景もある。実際に、長年の実績にもかかわらず、本プログラムの 認知度は思った以上に低く、人事院からオファーをもらうまでその存在を知らなかったと いう学生も少なくなかった。そこで、日本および日本留学プログラムの魅力を伝える広報 活動を強化し、日本留学プログラムの地位を相対的に高めることで、これまで以上に優秀 な学生が東方政策プログラムに応募する環境を創出することが可能になるのではないだろ うか。 (3)日本留学に対する学生の適正の重視 東方政策プログラムの質を高めるためのもう一つの方策として、AAJに入学する学生の 適正を高めることが考えられる。具体的には、AAJ入学段階での学生の選抜に関して、学 生の質を懸念する声があることを人事院に伝え、可能ならば対話をもって日本側の意向や 要望を考慮してもらえるよう、これまで以上に積極的に働きかけることが望ましい。とい うのも、日本においてマレーシアの評価を下げないためにも、AAJの勉強に耐えることが でき、「日本の大学の基準に見合う学生だけを送るべき」という意見がAAJ教員および大 学側双方から出されているからである。例えば、理工系が中心となる現プログラムにおい ては、 SPM の総合成績だけでなく、数学的な素質を重視する必要があるという。 さらに、日本留学への熱意も重要な要素だと考えられる。日本留学を希望していないの にAAJに入学した学生の中には、「せっかくの機会を無駄にしないように取り組んだ ( 組 む ) 」という前向きな思考を持つ学生がいる反面、戸惑いがあるまま留学する学生も少な くない。このように、学生の選抜に際して日本側の意向や要望をこれまで以上に積極的に 伝え、適正のある学生を選抜することにより、明確な目的意識と高いモチベーションをも って勉学に励み、優秀な成績で大学を卒業できる学生が増加し、ひいてはマレーシア人留 学生の評価を高めることができると思われる。 (4)各段階における到達目標の設置 留学生の質の向上を図るためには、学生が通過する各段階に到達目標を設定することが 望ましい。例えば、日本の大学での進級時にきめ細かく目標を設定し、それを達成した後、 次のステップに入る様に工夫することを提案したい。 現プログラムの懸念事項の一つである、大学におけるマレーシア人留学生の成績を改善 - 54 - するためには、大学 4 年間の間に到達目標を複数設定することが効果的だと考えられる。 例えば、「単位をとることだけに集中し成績をおろそかにしている」という問題を解決す るためには、大学の成績を最高点4.00として点数化する世界標準的な成績評価手法である GPA (Grade Point Average) 等を利用して、大学在学中の各段階において到達しなければ ならない成績基準を設けることが有効だと思われる。現行では駐日マレーシア大使館が学 生の単位数をチェックしているが、基本的に学生の来日後は卒業するか留年するまで特別 な対処はないという。こうした状況が学生の成績不振を助長している面がある。また理工 学部では基礎専門科目を理解していないとその後の専門科目の理解が困難になるという側 面があるため、 1-2 年次の頃から学生の成績に目を配ることは非常に重要になる。 (5)学問領域、学問レベルの検討 現行の東方政策プログラムは、学部レベルの自然科学系(主に工学部)分野が中心とな っているが、マレーシア経済の発展に伴いより高度な技術・人材が求められており、多様 化するニーズに柔軟に対応するためにも、学問領域および学問レベルの検討が望まれる。 日本留学を希望する学生の中には、工学部を希望していないが、日本に留学したかった のでこのプログラムに応募したという者もおり、理系が不得意にもかかわらず工学部に進 む学生もいることが明らかになった。すでに帝京マレーシア日本語学院の学生には社会科 学系の門戸が開かれるなど、社会の需要に柔軟に適応する傾向も見られるが、東方政策プ ログラム全体に占める社会科学系の割合は少ない。よって、各学問分野への需要を定期的 に見極めるとともに、日本留学生にマレーシア社会でどのように活躍してほしいかという 期待を明確にした上で、学問領域および募集人数を検討・調整することが望まれる。 さらに、大学教員や日系企業関係者などから、技術習得のためには大学院への留学が望 ましいとの示唆があった。大学教員からは、エンジニアとして国家の発展に寄与するため には修士レベルの専門性が必要であるとする意見が多数寄せられた。日系企業からは、研 究・開発部門の人材をローカル化するためにも、高度な専門性を持った技術者の需要が高 いという意見があった。また、人事院も東方政策プログラムを通じた日本からの技術移転 を継続する必要性を認識しており、大学院留学の可能性に言及していた。このように各関 係者が大学院留学の必要性を感じており、マレーシアの発展を見据えた人材育成戦略の一 つとして、東方政策プログラムの学問レベルを大学院レベルに拡大することが望ましいの ではないだろうか。 また大学側の事情として、日本の工学部のカリキュラムは修士課程を見込んだ編成に変 わってきており、ある程度の専門領域は修士課程でないと学習できない環境になりつつあ るという。こうした状況を踏まえると、工学系分野での日本留学からマレーシアが便益を 得るためには、大学院進学を念頭に置く必要があると思われる。各大学には成績優秀によ って大学院進学を許可された留学生が若干名いるが、彼らの多くが奨学金の問題に直面し ている。この現状を踏まえ、成績優秀者に限って修士課程まで奨学金を延長するプログラ - 55 - ムの変更が各方面から期待されている。 ただし、本調査で明らかになった日本留学のメリットである「日本人の考え方を学ぶ」 という観点からは、学部留学も引き続き行うことが効果的であると思われる。というのも、 「日本人の考え方」は、 20 歳に満たないマレーシア人学生が 4 年あるいは 5 年間日本に 滞在することによって培われるものであるという報告があったからである。 - 56 -
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