狂犬病:WHO概況報告書 更新2015/9

狂犬病:WHO 概況報告書
2015 年 9 月更新
Rabies: Fact Sheet N°99
Updated September 2015
(仮訳)鹿児島大学名誉教授 岡本嘉六
訳注:「ASEANの狂犬病撲滅戦略」が2015年3月に加盟国によって調印された。
本文は世界狂犬病予防デーに向けたキャンペーンの一環として改定されたと思
われ、内容は最後の「WHOの対応」に力点が置かれている。他方、狂犬病制御
世界連盟(Global Alliance for Rabies Control)は、年間で約59,000名、毎日160
名が狂犬病で死亡していると今年4月に発表しており(160 people die of rabies
every day, says major new study)、以前の約5万人より増えたように見える。
これは、正確な死亡統計がなく推定値であるためで、ワクチン使用量から判断
できる曝露後予防接種を受けた者が1500 万人以上に達する事実だけで狂犬病
の脅威を十分に物語っている。
●
●
●
●
●
●
鍵となる事実
狂犬病は、150 以上の国や領域で発生しているワクチンで予防可能なウイ
ルス性疾患である。
犬は、狂犬病によるヒトの死亡の大半の感染源である。犬の予防接種によ
って狂犬病の撲滅が可能である。
この感染症は、アジアとアフリカを中心に毎年、数万人の死亡を引き起こ
している。
狂犬病が疑われる動物によって咬まれる者の 40%は、15 歳未満の子供達で
ある。
狂犬病が疑われる動物と接触後直ちに石鹸と水で傷を洗浄することで救命
が可能になる。
毎年、全世界で 1500 万人以上が病気を防ぐため咬傷後のワクチン接種を
受けている。これによって、毎年数 10 万人の狂犬病による死亡者を防い
でいると推定される。
狂犬病は、臨床症状が始まった後は、ほとんど常に致命的となるウイルス性
疾患である。ヒト症例の 99% 以上においてイヌが狂犬病ウイルスを伝播する。
狂犬病は、咬傷や引掻き傷、一般的に唾液を介して、家畜と野生動物に感染し、
人々の間に広がる。
狂犬病は、南極大陸を除く全ての大陸に存在するが、ヒトの死亡の 95%以
上はアジアとアフリカで発生している。
狂犬病は、ヒト用ワクチンや免疫グロブリンが容易に利用できないか、入手
できない場所で、死亡がほとんど報告されることない貧困層や脆弱な集団の無
視された病気である。それは、主に遠く離れた農村地域で発生し、5~14 歳の
子供達が最も頻繁に犠牲者となっている。
狂犬病の曝露後予防処置(PEP)の平均費用は、毎日の一人当たり平均収入
が 1~2 ドルしかないアフリカで 40 ドル、アジアで 49 ドルを要することから、
貧しい人々にとって壊滅的な支出となり得る。
予防
イヌにおける狂犬病の撲滅
狂犬病はワクチンで予防できる病気である。イヌの予防接種は、ヒトにおけ
る狂犬病を防ぐための費用対効果の最も高い戦略である。イヌの予防接種は、
狂犬病に起因する死亡を減らすだけでなく、咬傷患者に治療の曝露後予防処置
(PEP)の必要性もなくする。
ヒトの予防接種
安全で効果的な同じワクチンが、曝露前予防接種に使用できる。曝露前予防
接種は、とくに自転車、キャンプ、ハイキングなど地方において屋外で多くの
時間を過ごす旅行者、曝露の重大なリスクがある地域での長期旅行者や駐在員
に対して推奨される。
曝露前予防接種は、生の狂犬病ウイルスやその他の狂犬病関連ウイルス
(lyssaviruses) を扱う実験室労働者、専門的にそれらを移動する活動に従事
している者、あるいは狂犬病発生地域でコウモリ、肉食動物、およびその他の
哺乳動物と直接接触する者など特定の危険度の高い職業の人に対しても推奨さ
れる。子供達は、動物と遊ぶことが多く、より重度の咬傷を受け、咬まれたこ
とを報告しないことがあるためリスクがより高いと考えられ、リスクが高い地
域に住むか、そこを訪れる場合に曝露前予防接種を検討する。
症状
狂犬病の潜伏期間は 1~3 ヶ月であるが、1 週未満から 1 年以上まで変化す
ることがある。狂犬病の初期症状は、発熱と頻繁な痛み、あるいは咬傷部位の
異常または原因不明のうずき、チクチクとする痛み、灼熱感である。ウイルス
が中枢神経系を介して広がるとともに、中枢神経系を介してと脊髄の進行性で
致命的な炎症が起きる。
2 種類の病型がそれに続く。狂騒型の狂犬病では、過度の行動、興奮行動、
恐水症および時には空気恐怖症の兆候を示す。数日後、心肺停止によって死亡
する。
麻痺型の狂犬病は、全てのヒト症例の約 30%を占めている。この病型の狂
犬病は、狂騒型と比べて症状は激しくなく、一般的に経過が長い。筋肉が徐々
に麻痺し、咬まれたまたは引掻かれた部位から進行する。麻痺型の狂犬病は、
しばしば誤診され、病気の過小報告に繋がっている。
診断
臨床症状の発現前にヒトの狂犬病感染を診断できる検査法はなく、恐水症や
空気恐怖症の狂犬病固有の兆候がない限り、臨床診断が困難な場合がある。ヒ
トの狂犬病は、感染組織(脳、皮膚、尿または唾液)についてウイルス全体、
ウイルス抗原または核酸の検出を狙った様々な診断技術によって、生存中また
は死後に確認することができる。
伝播
ヒトは一般的に、感染した動物に深く咬まれるか、引掻かれたことで感染す
る。イヌは、狂犬病の主要な保有動物であり、伝播者である。イヌは、アジア
やアフリカにおけるヒトの狂犬病死亡の原因となっている。
コウモリは、アメリカ大陸においてほとんどのヒト狂犬病死亡例の感染源で
ある。コウモリの狂犬病は、最近、オーストラリアと西ヨーロッパでも発生し、
公衆衛生上の脅威として浮上している。キツネ、アライグマ、スカンク、ジャ
ッカル、マングースおよびその他の野生肉食動物への暴露に続くヒトの死亡は、
きわめて希である。
ヒトの粘膜または新鮮な皮膚の傷との直接接触によって感染物、通常は唾液
が侵入した時にも感染が起きることがある。咬み傷によるヒト・ヒト感染は理
論的に可能だが、これまでに確認されていない。
希ではあるが、ウイルスを含むエアロゾルの吸入、感染した臓器の移植によ
って狂犬病に感染することがある。狂犬病に感染した動物に由来する生肉やそ
の他の組織の喫食は、ヒトへの感染源とならない。
曝露後予防処置(PEP)
曝露後予防処置(PEP)は、狂犬病の感染を防ぐために狂犬病への曝露直後
に開始される咬傷被害者の治療を意味する。それは以下のことからなる。
● 曝露後できるだけ早く傷の局所治療を開始する
● WHO 基準を満たしている強力かつ効果的な狂犬病ワクチンの計画
的投与
● 指示された場合、狂犬病免疫グロブリンの投与
狂犬病暴露後すぐの効果的な治療は、発症や死亡を防ぐことができる。
傷の局所治療
これには、石鹸と水、洗剤、ポビドンヨードまたは狂犬病ウイルスを殺すそ
の他の物質を用いた最小 15 分間の即時かつ徹底的な傷口洗浄を含む傷の救急治
療が含まれる。
推奨される曝露後予防処置(PEP)
狂犬病の疑いのある動物との接触の重大性に応じて、次表の曝露後予防処置
を推奨する。
表:接触の区分および推奨される曝露後予防処置(PEP)
狂犬病が疑われる動物との接触の区分
曝露後予防処置
区分 I:動物に触れるか餌を与えたか、健康な皮膚
なし
を舐められた
区分 II:皮膚を直にかじられる、出血のない小さな 即時の予防接種と傷の局
引っかき傷や擦り傷
所治療
区分 III:単一または複数の皮膚を貫通する咬傷や引 即時の予防接種と狂犬病
っかき傷、傷のある皮膚を舐められた、舐められて 免疫グロブリンの投与お
唾液で粘膜が汚染された、コウモリとの接触
よび傷の局所治療
狂犬病を発症するリスクがあると査定された区分 II と III の全ての曝露は、
曝露後予防処置(PEP)を必要とする。このリスクは、次の場合に増加する。
● 咬んだ動物が、既知の狂犬病の保有動物または媒介動物である
● 動物が病気に罹っているように見えるか、異常行動を示している
● 傷や粘膜が、動物の唾液によって汚染された
● 挑発されていないのに咬んだ
● 動物が予防接種されていない
発展途上国において、予防を開始するかどうかを決定する時に、疑われる動
物の予防接種状態だけを考慮してはならない。
組織は、接種量を減らし、それによって細胞培養ワクチンの費用を 60% 〜
80%まで節約する PEP の皮内接種法の広範な使用とともに、イヌにおける狂犬
病撲滅を通したヒトの狂犬病予防を推進し続ける。
WHO の対応
WHO は、FAO、OIE および狂犬病制御世界連盟(Global Alliance for Rabies
Control)と密接に連携して、常在国におけるこの永続的な人獣共通感染症を克
服するため注意を喚起し、関与していく。
WHO によって率いられる Bill & Melinda Gates 財団のプロジェクトの一
環として、プロジェクトが進行しているフィリピン、南アフリカおよびタンザ
ニアにおいて長足の進歩が達成されている。新しい領域や国への狂犬病プログ
ラムの持続と拡大に向けた鍵となる事項が、小さく開始され、成功と費用対効
果を証明しており、地域社会の関与を確保している。
イヌとヒトの狂犬病ワクチンの備蓄は、それらの国々における狂犬病撲滅活
動に触媒効果があった。
イヌによって伝播される狂犬病は、チリ、コスタリカ、パナマ、ウルグアイ、
アルゼンチンの大半、ブラジルの São Paulo 州と Rio de Janeiro、メキシコの
大部分およびペルーを含む多くのラテン アメリカ諸国で撲滅されている。
WHO 東南アジア地域の多くの国は、2020 年までの地域的撲滅の目標に合
わせて撲滅キャンペーンに乗り出した。バングラデシュは 2010 年に撲滅プログ
ラムを開始し、イヌの咬傷の管理、イヌの集団予防接種、無料のワクチン利用
の増加を通して、ヒトの狂犬病死亡を 2010 年~2013 年の間に 50% 減らした。