【基調講演:ロボットトラクタ、ICT等先端技術を用いた新たな農業機械化体系】 北海道大学大学院農学研究院教授 野口 伸氏 今日は、①日本農業の現状と情報化・ロボット化への期待、②土地利用型農業におけるロボッ ト技術、③ICT(情報通信技術)とGPS(全地球測位システム)とロボットとを掛け合わせ た次世代の農業技術、の3点についてお話し致します。 1 農業のIT化を政府が推進 日本農業の現状は、農家戸数の減少や高齢化・担い手不足等の顕著化、また食料自給率はカロ リーベースで 39%と先進諸国で最低であり、これは危険水域だと言われています。このような中 で、昨年6月7日の閣議決定で科学技術イノベーション総合戦略が出され、政府として「IT・ ロボット技術等による農林生産物の生産システムの高度化」と、2030 年までの工程表が示されま した。日本再興戦略の中でも戦略市場創造プランでIT・ロボット化技術等による農林水産物の 生産高度化が明記されています。さらに先端技術や農産物を輸出展開することが世界最先端IT 国家創造宣言の中で触れられております。このようなIT・ロボット化技術は政府としても推し 進めていくことになっています。 2 世界の先端技術の状況 IT・ロボット化技術が今どこまで進んでいるのか。世界においては、ガイダンスシステムや オートガイダンスシステムというのが欧米を中心に既に普及しています。ガイダンスシステムは トラクタ前部にインジケーターがついていて、目標の経路に沿って走るための指示をしてくれる アシストシステムです。オートガイダンスシステムというのは、完全に手離し運転ができるシス テムで、たとえばトラクタのディスプレイで生産物価格や天気予報などを見ながら農作業をする ということが行われている。最近では北海道でもこういった技術が急激に普及しています。 3 耕うんから収穫まで自動化 北海道大学の私の研究室では、土地利用型農業におけるロボット技術を研究しており、GPS (全地球測位システム)センサや車両の方位・姿勢を測定する姿勢角センサを組み合わせて、完 全無人で作業ができるシステムを開発しています。たとえば、自動トラクタやコンバインで耕う ん・代かき・整地・播種、さらには収穫作業が無人でできます。ユニークなのは除草や農薬散布 などの管理作業もできることで、人間が苗を植えた圃場で作物を傷つけずに、約5cm の誤差で作 業できます。 他の例として、追随対象の人間に非接触で追従する運搬作業車があります。これは距離画像と テクスチャ(画像)を撮影する3次元カメラと、画角を確保するためのパン(水平)方向制御ユ ニットを備え、決められた距離を保ってついていくものです。ダミー(他の)人間がいても、追 従すべき対象の背丈・大きさ・服の色などを画像認識して追従対象についていきます。 まだ開発段階ですが、大区画水田で農薬や除草剤散布を行うロボットボートを開発しています。 風の影響を受けるので風速計やGPSが付いており、目標経路を正確に動いて、除草剤を散布す るものです。 一方、日本農業の低コスト化を進めるためにはICTやロボット化が重要だということで、農 林水産省の研究開発プロジェクト「革新的低コストプロジェクト」に参画しています。5年間プ ロジェクトの4年目であり、大学・独立行政法人・企業のコンソーシアムでロボット農業の研究 開発を実施しています。具体的な目標はGNSS/GISに基づく統合型農作業ロボットで、マ ルチGNSS(GPSに代表される衛星測位システム)やGIS(地理情報システム)を活用し て全ての農作業をロボットが行うものです。ロボット作業管理システムでこういった作業をマネ ージし、計画を立てる、作業時をモニターする、作業履歴を自動的に記録するというような大き なシステムを目指して研究開発を進めています。種や苗、肥料の補給は現地担当者がフォローし、 履歴などの情報は流通業者に対しても提供するというシステムになります。 4 有人・無人トラの協調作業実用化へ こういった技術を2~3年後に全て実現するのは、実際には難しい。そこで当面は、ロボット 農業実現に向けた課題とプロセスとして、①個別技術実用化、②安全性向上、③低価格化、とい う3つの切り口から推進しております。 個別技術実用化において、現在目指しているのは「有人トラクタとロボットトラクタの協調作 業システムの開発」です。これは1人でトラクタを2台動かし、前方では無人ロボットトラクタ が整地作業を行い、後方では有人トラクタがドリル播種作業を行うようなものです。これによっ て2倍の作業能率が実現でき、ロボットの監視を兼ねることで安全性が担保され、ロボットを人 間がトレースすることで作業の高精度化が図れるシステムになり、42%の労働時間が削減できる と計算されました。後方のトラクタは、前方車両を遠隔操作でき、現場の状況で車速や耕深を調 整できるようにする。さらにモニターで前の車両の前後左右がみられるようにしてあります。 5 レーザースキャナで障害物検出 次に安全性の問題です。1つの技術はレーザースキャナで、前方 270 度、30mの距離の中の異 物を検出できるものです。上下に首を振るので大小の物体が検出でき、これを前・後に着けるこ とでトラクタの全方位が監視できます。例えば走路の前後を危険領域に設定して、ここに障害物 が来たらすぐ止まる、左右部分を警戒領域としてスピードを落とす、警報を鳴らすといったエリ ア別の対応を設計できるわけです。 さらに安全性を高めるため、ぶつかった時の衝撃被害が小さくなるよう、バンパーにテープセ ンサを設置したバンパースイッチや近接センサを開発しています。何かがぶつかったときの非常 に小さな力でエンジン回転を落とし、バンパーが変位すると自動的に止まる機能もついています。 このようにレーザースキャナ、ぶつかったときのテープセンサ、バンパー変位の3段階で止まる ようになっています。しかし、これでも 100%安全とは言えない。安全性の問題は技術的にも検 討が必要ですが、安全基準やルールが必ず必要なので、作る側と使う側で合意を形成していくこ とが重要かと思います。 6 準天頂衛星を活用した農業技術を輸出 次に低コスト化の問題です。これについては①ロボット農作業体系の低コスト化、②日本特有 のインフラを活用してグローバルマーケットを使う、という考え方についてお話しします。 1つめについては、耕うん・移植・収穫といった異なる機械・作業機で、同時に機械を使用し ない場合は、GNSSの受信機とコントローラーをトラクタ・田植機・ボート・コンバイン等に 付け替えて汎用利用するのがトータルで最も安くなります。プラグインすれば動く機能を各種農 業機械につけることで、ロボット作業化がかなり安くなると考えます。 2つ目については準天頂衛星の活用です。これは2010年にJAXAが打ち上げたもので、 今「みちびき」1機が上がっています。GPSの場合は4機から受信できないと位置がとれませ んが、準天頂衛星は常にほぼ真上にあり、安定しているため、ビルの谷間などでも高精度な位置 情報を受信できるというメリットがあります。さらに準天頂衛星の軌道が8の字を描いているこ とから、軌道上の地域はアジア・オセアニアを含めてこのサービスを受けることができます。準 天頂衛星は4年後に4機体制になり、24 時間体制でサービスが受けられるようになります。 現状のGPSに代表されるGNSSでは、衛星数が十分ではないので、ナビゲーションとして は信頼性と安定性が不十分です。また、現状で無人トラクタなどを誤差2~3cm の精度で走らせ るためには、高い精度を持つRTAGPSを使う必要があり、その場合は補強信号を外から取ら ないといけない。基準局をユーザーが設置してそれで使うか、携帯端末を使ってネットワーク型 にするか。後者の方法の場合は携帯電話を使うわけですが、畑の中だと電波が弱く、携帯が使え ないところではロボット走行ができません。その点準天頂衛星はGPSの代わりとして有効です。 必ず真上にありますから、測位できないという可能性が低くなる。補正信号も上から落としてく るので、携帯がつながらなくても良く、農業用にメリットがあります。準天頂衛星システム利用 によるロボットトラクタの夜間作業の実験では、3ha の圃場を 46 行程走らせて、ほぼ5cm の誤 差で7時間で耕うんしました。さらに、ヤンマーと共同で行ったロボットコンバインによる収穫 作業では、準天頂衛星を利用して 6.8ha の水田をほとんど刈残し無しで収穫できました。高精度 であり、このロボットコンバインはオーストラリアからも関心が寄せられています。 また、アジア・オセアニア地域は腕のいいオペレータの数が足りないので、こうした技術に非 常に高い関心を持っています。経済産業省の準天頂衛星を利用した新産業創出研究会がまとめた 資料によると、アジア・オセアニア地域における準天頂衛星システムのもたらすIT農業市場は、 2020 年予測で約 5000 億円と見込まれています。中国が入ればもっと大きくなり、非常に大きな マーケットが期待されているわけです。こうした国々に日本独自のインフラである準天頂衛星の 技術をアプリケーションパッケージとして海外展開することは十分可能性があるわけです。また、 これら以外でも世界中で農業ロボット技術の需要は高く、新産業になる可能性があります。 7 G空間情報を活用したスマート農業開発へ 次に、ICT×ロボットによる次世代の農業技術について説明します。これはG空間プロジェ クト社会実証事業として、関係機関と連携して政府や自治体に提案させていただいています。同 事業は統合型農業情報システムとスマートロボットの2つに分かれ、前者は農業環境情報システ ムと先端農業支援システムに分けられます。この3つのサブシステムをリンクすることで大きな シナジー効果を発揮させたいと考えています。この事業内容は、地理空間情報の利用により熟練 農家の知識・知恵をデータとして保全・活用すること、農業のICT化を推進して農業の魅力を 高め若い世代の新規就農を促進すること、農業労働力不足を準天頂衛星を利用した高精度ロボッ トにより解消すること、ICT×ロボット農業に精通する人材を育成し先端農業技術をアジア・ オセアニア地域に普及すること、地域活性化総合特区を活用して北海道において「ICT×ロボ ット農業特区」として社会実装すること、となっています。 農業環境情報システムがどういうものかというと①人工衛星などリモートセンシング技術を用 いて低コストで良質なG空間情報を収集、②土壌管理、作物栽培、病虫害や流通販売など営農に 関するデータベースを構築、③気象情報、作物栽培情報、収穫予測情報などと合わせてデータ解 析することで作業に役立つ情報を地域農家に配信するサービスを展開、となっています。今、様々 な高度で衛星や無人航空機などが飛行していますが、それらにセンサーをつけて情報を収集し、 蓄積していく。それをデータとして解析することによって作物の栽培情報、病害虫情報などを得 て農家に配信する。これはすでに、北海道の根室町など先進農業地域では実際に活用されていま す。これを規格化・標準化して横展開していくことが重要です。 さらに次の展開は現地固定観測システム。これは現地で実際にセンサーネットワークを活用し て気象情報や圃場情報、画像データなどをとるもので、こういうものが海外や国内の一部でサブ システムとして使われています。衛星画像については、作物・土壌・気象データベースと組み合 わせることによって、例えば小麦の収量予測マップや子実タンパク含量マップを作ったりできる。 こうした地理空間情報を使って、その地域の農業環境情報サービスセンターから農業者に情報を 提供するというシステムを実現できるわけです。 8 営農ノウハウをデータ化 次の先端農業支援システムです。これは先の農業環境情報システムで得られた情報と、他の作 業履歴などの情報を組み合わせて、従来の経験と勘に基づく「暗黙知」の農業から、データに基 づく「営農知」の農業への改革を実現するもので、G空間情報により、減少する熟練農家の知識・ 知恵をデータとして保全活用するものです。抽出された営農ノウハウは新規就農などの人材育成 プログラムの教材としても活用できます。ここで想定する対象作物は米・麦・大豆といった非常 に重要な作物ですが、こういったものについては、公共財として国がある程度ノウハウを管理す る必要があると考えます。ただ、こうした営農ノウハウは地域に根差しているので、その地域で データをとって解析して地域に落とし込むことが必要です。 それを実際にどう実現するか。生育情報や作業履歴情報などのビッグデータから、G空間情報 として営農ノウハウを取り出す技術が今あるのかということですが、それはすでにテレマティク スという技術として欧米を中心に実用化されています。これはトラクタや作業機械の農作業履歴 などの情報を自動的に吸い上げてデータベースに落とすもので、トラクタやコンバインがCAN BUS仕様になっていて、さらにISO11783やGNSSシステムが整備されるとテレマテ ィクスの活用ができます。これはすでに米国で使われていて、フリートマネジメントと呼ばれま す。農機の盗難防止や農作業履歴の自動収集と管理、農機メンテナンスに使われ、モニターの地 図上でどこでどの農機がどういう作業をしているか、機械がどんな状態なのかが全部わかるよう になっています。さらにこうした情報はディーラーも共有することができます。 9 営農判断や作業を支援するシステム ではこれらの技術を使ってどういう農作業をしていけばいいのか。熟練生産者が行う農作業履 歴などの情報を自動的に農業環境情報データベースに吸い上げて管理し、クラウドで解析します。 そうしたノウハウに気象情報や生育情報、圃場情報などと組み合わせて解析することで、どんな 営農をすればよいか、スマートフォンやタブレットPCなどを通じて生産者へ営農アシストを行 います。農業に慣れてない人でもすぐ労働生産性をあげることが可能になるのです。 さらに、これをロボットにも連結します。先端農業視線システムで得られたノウハウをロボッ トと組み合わせて、スマートロボットとして少し賢くする。いつどんな作業を行うか、どんな効 果があったかをある程度ロボットが認識して、人間の判断支援を行うようになる。データから最 適時、最適量を判断して、ロボットによってPDCAができるようになります。 こうした全体システムを考えておりまして、この社会実装へのロードマップとして、平成 26~ 28 年度には地域実証試験を推進、準天頂衛星システム4機全てが整備される 29 年度からは北海 道で「ICT×ロボット農業特区」として社会実装、30 年度からはアジア・オセアニアへの海外 展開を進めつつ、32 年度からは「農地集積バンク」などで農地の集積が進行する過程で全国展開 を推進する―という内容で提案しております。 まとめとしましては、①就業者人口減少と高齢化が進む日本農業において自動化・ロボット技 術の導入は不可欠である、②準天頂衛星は農業ロボットの高精度・低価格測位センサとして有望 である、③アジア・オセアニア地域へ農業技術パッケージとしての海外展開も期待でき、我が国 の農機業界のビジネスチャンスである、④G空間情報を高度に活用することで抽出できる営農ノ ウハウによって熟練農家の減少による農業技術の消失を防止するとともに新規就農が期待でき、 ロボットのスマート化にも寄与する、ということが言えるかと思います。
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