セクシャル・ハラスメントの理論と実務

2015 年 11 月 5 日 ロイヤリング議事
講師:弁護士 山浦美紀先生
議事録作成者:前田龍輝
「セクシャル・ハラスメントの理論と実務」
Ⅰ 講師自己紹介
私は、弁護士の山浦美紀です。平成 8 年に大阪大学法学部に入学し、平成 12 年、今か
ら 15 年前に卒業しました。その翌年の平成 13 年に旧司法試験に合格し、大学院にも行っ
ていたので平成 14 年 3 月に大阪大学大学院法学研究科修士課程を修了しました。大学、
大学院ともに、池田辰夫先生の民事訴訟法のゼミに在籍したりして、ご指導を受けました。
その後一年半の司法修習を経て、大阪弁護士会に弁護士登録を行いました。就職した事務
所は北浜法律事務所という大阪で 2 番目に大きな法律事務所で、今では弁護士が約 90 名
在籍しています。そこで 11 年修行をさせていただいた後、今年から鳩谷・別城・山浦法律
事務所という法律事務所に合流しました。専門は企業側の労働事件で、残業代の請求や、
問題社員の解雇等を扱っています。北浜時代は、特にリーマンショックの時には倒産事件
をたくさん扱っていました。
平成 21 年から大阪大学の非常勤講師をしており、ロイヤリングは今年で 6 回目です。
毎回セクシャル・ハラスメントを扱っています。コンプライアンス経営が言われるように
なって、そのネックになるのがハラスメントです。企業内でハラスメントに対する問題意
識も高まっています。私も、ここのところ毎月 3 回から 4 回は企業の研修に行っており、
ハラスメントの話題は企業の人も非常に注目しています。皆さんも企業の新人研修などで
ハラスメントについて非常に口すっぱく言われると思います。自分がしないように、そし
て自分が管理職になってから部下にさせないように、研修を受けると思います。
今回は、ハラスメントのなかでもセクハラとマタハラについて扱います。皆さんが就職
するときにも役に立つようなお話をさせていただきたいと思っています。私は女性という
こともあって、セクハラに関しては多くの裁判・交渉をやってきました。官公庁、学校、
企業からセクハラ研修の依頼も多いです。そうした研修を行っていたということが、リス
クヘッジとなるからです。また、会社の社外通報窓口も多く経験してきました。現在も週 1
回、大阪地方裁判所民事調停官の仕事もしています。今、弁護士は就職難であると言われ
ていますが、弁護士業界は今、弁護士の仕事を増やそうとしています。中でも、企業内弁
護士(インハウスロイヤー)の数もここ数年で急激に増えています。企業内弁護士ですと、福
利厚生が充実しており、出産や育児もしやすいので、法律事務所に勤めてから企業に移籍
する人も増えています。
Ⅱ ハラスメント
今は昭和の時代ではありません。周りの意識も変わっています。仕事は、性的な会話や
行動なしでも成り立ちます。ですので、仕事中の性的な言葉や会話は、迷ったらやめるの
が原則です。
セクハラと他のハラスメントの違いは、完全になくせるかどうか、迷ったらやめられる
かどうかの違いです。セクハラは完全になくすことができる類型で、パワハラは業務上不
可避的に発生しうるものです。その他アカハラ等(セクハラとパワハラの融合)もありますが、
アカハラの裁判例で多いのは医学部で、次に、理系や音楽といった専門の上下関係がはっ
きりしている学部です。
Ⅲ セクハラ
1 セクハラとは
(1)定義
「相手方の意に反する性的言動」と定義されることが多い。
(2)男女雇用機会均等法における「セクハラ」概念
男女雇用機会均等法第 11 条第 1 項では、「事業主は、職場において行われる性的な言
動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受
け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労
働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要
な措置を講じなければならない。
」ということが定められています。
では、何がセクハラなのか。11 条の文言の解釈を行っていきます。
ア 職場
まず、
「職場」とは、
「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所」を指し、
「当該労
働者が通常就業している場所以外であっても、当該労働者が業務を遂行する場所」につい
ては、
「職場」に含まれます。つまり、オフィス以外であっても仕事をする場所すべてを指
します。具体的には、取引先の事務所、取引先と打ち合わせをするための飲食店、このよ
うな飲み会の場所でもセクハラは起こりやすいです。もちろん、就業時間外の昼休みのラ
ンチの場合も含まれます。出張先のホテルや部署の飲み会も多いです。次、移動中の交通
機関もよくおこります。例えば、タクシーの中や新幹線の車内、顧客の自宅です。職場と
いう概念の広さについて、覚えておいていただければと思います。
イ 労働者
正社員はもちろん、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規社員、派遣社員も
該当します。特に、正社員以外の人々がセクハラの対象となりやすいです。何年も一緒に
働くことになる正社員だと気まずいが、非正社員であれば後腐れもないからです。また、
「頑
張ったら正社員にしてあげる」という口実を使う事によって、「いやだ」と言えない環境に
追い込む場合もあります。
ウ 性的な言動
(ア)性的な内容の発言
性的な内容の発言にあたるのは、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報を意
図的に流布すること、性的な冗談やからかい、個人的な性的体験談を話したり、聞いたり
すること等です。例えば、
「昨日と同じ服だよね?昨日彼氏の家に泊まったの?」「最近太
ったんじゃない?」
「スリーサイズは?」といった発言です。また逆に、上司が、女性社員
が痩せたことを心配して「最近痩せたんじゃない?」ということがよくありますが、前置
きもなしに言うと「自分の体ばかり見ている」ととられてしまう場合もあるので注意が必
要です。
「胸が小さいね」のように、胸や腰、お尻といった性的な意味合いのあるからだの
部分に言及することも NG です。
東京都議会の議員さんの発言が問題となったように、結婚や出産に言及することも、ま
さにセクハラです。また、女子だけ殊更「~ちゃん」付けで呼ぶこともセクハラに含まれ
ます。また、これは裁判例ですが(和歌山青果卸売会社事件・和歌山地裁平成 10 年 3 月 11
日判決)、
「おばん、ばばあ、くそばばあ」こういったこともアウトです。これも裁判例(千
葉セクハラ(A設計会社)事件・千葉地裁平成 11 年 1 月 18 日判決)ですが「子持ちばばあ」
「おばさん」 もセクハラに当たります。女性の年齢を中傷するような言葉はだめです。
(イ)性的な行動
性的な関係を強要すること、必要なく体に触れること、わいせつな図画を配布すること、
強制わいせつ、強姦です。ここで強姦と書いていますが、強姦というのは、見知らぬ人同
士よりも知り合い同士の間で起こるケースの方が多いようです。また、強姦の被害者は、
抵抗すれば殺されるかもしれない、という心理が働き、その場では抵抗しないこと、強姦
の被害にあったことを恥ずかしさからなかなか警察に言えないことも一般的に理解できる
といわれています。ですので、
「抵抗しなかった」という抗弁は成り立たないこともありま
す。強姦や強制わいせつというのは、一般の人が思っているよりも起こりやすいのです。
被害者の証言だけが有力な証拠となり立件される場合もありえます。
では、具体例を見ていきます。性的な関係を強要することの例では嫌がっているのをわ
かっていながら、
「飲みにいこうよ」と毎日さそうこと。必要なく体に触れることの例では、
「肩がこっているね」と肩を触ること、
「手相を見てあげよう」と言って手を触ること、自
分の筋肉を触らせること。スポーツ新聞や雑誌のグラビア写真などが掲載されているペー
ジを広げて読むこと、女性従業員を個室の執務室に呼びつけて隣に座らせる、なども該当
します。個室に2人きりになったりすると、逆に、何もしていないのに女性に「キャー」
と叫ばれたりするリスクもあります。また、普通の企業では、自分の私物はオフィスの机
回りに置いてはいけないという決まりがあるところもあります。
エ 類型
セクハラには、2 つの類型があります。
1 つ目は、対価型ハラスメントです。職場において行われる労働者の意に反する性的な言
動に対する労働者の対応(拒否や抵抗)により、その労働者が解雇、降格、減給等(労働契約
の更新拒否、昇進・昇格の対象からの除外、客観的にみて不利益な配置転換等)の不利益を
受けることです。
2 つ目は、環境型セクシャルハラスメントです。労働者の意に反する性的な言動により
労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等その
労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じることです。具体的には、事業所
内において、上司が、労働者の腰、胸等にたびたび触ったため、その労働者が苦痛に感じ
て、その労働意欲が低下していること、です。また、同僚が、取引先において労働者に係
る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため、その労働者が苦痛に感じて仕事
が手につかないこと、です。また、抗議しているにも関わらず、事業所内にヌードポスタ
ーを掲示しているため、その労働者が苦痛に感じて仕事に専念できないこと、です。ヌー
ドポスターでなくても、パソコンでアダルトサイトを閲覧することも含まれます。
2 違法性の判断基準
今まで、セクハラにあたる行為をみてきましたが、実際の裁判になった時には、すべて
が違法になるわけではありません。金沢セクシャルハラスメント事件では、違法性の判断
基準が示されました。
まず、行為の態様です。そして、行為者の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻
歴の有無、両者のそれまでの関係、当該言動の行われた場所、行動の反復継続性、被害女
性の対応といったことを総合的に判断し、それが社会的見地から不相当とされる程度のも
のである場合には、性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして違法
になる、というふうに判断されています。これはあくまで裁判になった時の基準です。セ
クハラというのは、常に訴えられるリスクがあります。訴えられたことは報道されるが、
裁判の結果はほとんど報道されません。裁判の結果はあまりニュースにならず、敗訴しよ
うが勝訴しようが、マスコミの種になってしまうので、訴えられること事態がリスクなの
です。ですので、常に意識をして、未然に防ぐ必要があるというのがセクハラのみそです。
3 セクハラが行われた場合のペナルティ
(1)セクハラを行った従業員自身に対するペナルティ
ア 刑事責任
登場人物は、被害者、加害者、会社、上司です。被害者の従業員はまず告訴を検討しま
す。罪名で一番重いのは強姦罪です。次に強制わいせつ罪。飲み会で多いのは、準強制わ
いせつ罪・準強姦罪です。お酒を飲ませて、抗拒不能状態にして行うものです。飲み会の
場所で女性を抗拒不能状態にして強姦やわいせつ行為を行うと、準強制わいせつ罪
や準強姦罪で立件されます。また、
「こいつは何人もの女を手篭めにしている」など性的な
発言をした場合には、名誉毀損も成立しえます。面と向かって性的な侮辱をしたときには、
侮辱罪が成立します。
それから、公然わいせつ罪です。皆の中には、お酒を飲むと服を脱ぎたくなる人はいま
せんか。飲み会で友達が脱ぎたがっているときは、おもしろがらずに止めてください。囃
し立てたら、共犯になってしまいます。女性もそうですよ。それから、職場でヌード写真
を広げたままにしているなどの場合は、わいせつ物陳列罪になることもあります。
イ 損害賠償責任
次に、民事上の損害賠償責任を説明します。被害者の従業員と加害者の従業員には契約
関係がないので、加害者に対して損害賠償する場合には、民法 709 条、不法行為責任を追
及することになります。通常、加害者だけを訴えることはまずないので、このケースはお
まけみたいなものです。損害の内容ですが、例えば被害者がうつ病になってしまった場合
は、就労不能期間の逸失利益や治療費、それで賄うことができない精神的苦痛は、慰謝料
を請求します。
慰謝料は、強姦罪など身体的苦痛を伴うものだと高くなり、1000 万円近くになります。
言動だけでも数十万円になることもあります。また、懲戒処分(解雇や降格、減給、戒告な
ど)も課せられます。
(2)セクハラを行った従業員の管理職に対するペナルティ
ア 損害賠償義務
例えば、加害者に注意をしなかった上司なども、損害賠償を請求されます。この場合も、
契約関係はないので 709 条を根拠にします。
イ 懲戒処分
管理職に対しても、上司としての監督義務を怠ったということであれば、懲戒処分が課
せられることがあります。
(3)雇用主(会社)に対するペナルティ
ア 損害賠償義務
ここは雇用契約があるので、契約上の責任も追及できます。債務不履行責任も請求でき
ます。まず、715 条不法行為責任。次に、415 条、安全配慮義務・職場環境調整義務違反
をもとに、債務不履行責任を追及することについて説明します。安全配慮義務違反という
のは、今は労働契約法 5 条に定められています。職場環境調整義務とはセクハラがおこら
ないようにする義務もあるし、事後適切な対応をする義務もあります。この義務違反をす
ると、安全配慮義務・職場環境調整義務違反を利用とする不法行為責任の追及をされてし
まいます。
イ 行政指導
男女雇用機会均等法に違反した場合、報告の徴収並びに助言、指導及び勧告(男女雇用
機会均等法第 29 条)
、公表(男女雇用機会均等法第 30 条)、過料(男女雇用機会均等法
第 33 条)といったメニューがもうけられています。
ウ レピュテーションリスク
会社が最も避けたいのが、レピュテーションリスクです。特に、エンドユーザーや一般
市民に直結する企業であると、ダメージが大きいです。学校でセクハラがおこってしまう
と、入学する生徒が減り、入学金が減り、偏差値も下がってしまうというケースも考えら
れます。
4 セクハラと労災
労災とは、労働災害です。労災がおこると、保険給付がなされます。セクハラで精神障
害を発病した場合でも、労災に該当すると厚生労働省が発表しています。
(1)事例 1:上司から身体接触を含むセクハラを継続して受けたことにより、うつ病
を発病したとして認定された事例
【状況】A さんは、B 社のある支店で経理事務に携わっていたところ、入社後約 1 年半
が経過した頃から、事務室で 1 人になったときに上司である C 課長に胸やお尻を触
られる、抱きつかれるというセクハラを受けるようになった。A さんは、会社に相談
すると職場に居づらくなるかもしれないと思い、相談せずに仕事を続けていた。その後も、
C 課長によるセクハラは、約 6 ヶ月ほど続き、A さんは耐え切れず、本社の相談窓口に相
談したところ、C 課長は他の支店に異動となった。しかし、この相談を契機として他の上
司・同僚からいわれもない誹謗中傷を受け、抑うつ気分、不眠などの症状が生じた。その
ため、精神科を受診したところ、
「うつ病」と診断された。
【労災認定の判断】
①「うつ病」は認定基準の対象となる精神障害である。
②上司である C 課長から、胸やお尻を触られる、抱きつかれるというセクハラを継続して
受けていたことが認められ、また、会社の相談窓口への相談後に、他の上司・同僚から誹
謗中傷され、職場の人間関係が悪化したことからも、心理的負荷「強」の具体例に該当し、
総合評価は「強」と判断される。
③業務以外の心理的負荷、個体側要因はいずれも顕著なものはなかった。
【労災認定】認められた。
(2)事例 2:派遣先の社員から身体接触のない性的な発言を長期間にわたって受けたこと
により、適応障害を発病したとして認定された事例
【状況】派遣労働者の D さんは、E 社の工場で製造業務に従事していたところ、同じ職
場の F 主任から女性の生理現象などの内容を含むセクハラ発言を日常的に受けていた。D
さんは、最初は、F 主任が冗談で言っているのだと思い、聞き流していたが、その後、約 1
年以上にわたって同様の発言が続いた。そのため、D さんは、セクハラの被害を受けたこ
とを E 社と派遣元の G 社の人事担当者にそれぞれ相談し、他の部署への配置換えの希望
を伝えた。しかし、E 社、G 社ともに対応は難しいとして D さんの希望を認めず、D さ
んに対して何ら配慮や対処を行なわなかった。このような状況下、D さんには、吐き気、
不眠、食欲不振などの症状が生じ、診療内科を受診したところ「適応障害」と診断された。
【労災認定の判断】
①「適応障害」は認定基準の対象となる精神障害である。
②身体的接触は伴わないものの、同じ職場の F 主任から性的な発言を継続して受け、また、
会社がセクハラを把握していたにもかかわらず、何も適切な対応がなされなかったことか
ら、心理的負荷「強」の具体例に該当し、総合評価は、
「強」と判断される。
③業務以外の心理的負荷、個体側要因はいずれも顕著なものはなかった。
【労災認定】認められた。
最近は、セクハラによる精神障害も労災認定されるように、細かく基準が定められていま
す。
5 男女均等な採用選考ルール
(1)男女雇用機会均等法
続いて、これから皆さんが就職するときに、気をつけてほしいことをお話します。就職
活動のとき、男子にだけパンフレットを送るなど男女で差を設けている場合、男女雇用機
会均等法違反(「性別を理由とする差別の禁止」(法 5 条)
「間接差別の禁止」(法 7 条))に
なります。
(2)具体例
それでは、具体例をお話します。
ア 採用計画・募集
以下のような採用計画を立てることは違反です。
例えば、男性のみ or 女性のみを対象として募集活動をする、募集要項を男子校または女
子校にのみ配布する、学校に推薦を依頼する際、男女を限定する、募集にあたって男女で
異なる条件を設定する、女性は未婚、子供がいない、自宅通勤に限るなど、業務に必要が
ないのに、身長体重を制限する(警備員であっても、単なる出入者のチェックだけの業務に
体力要件を課す)、業務に必要ないのに、
「全国転勤に応じられること」を条件とする、など。
イ 情報提供
募集要項や会社案内の資料送付について男女差を設ける、資料請求があっても、女子に
は送らない、どちらかの資料送付を遅くする、資料の内容を変える、募集要項や就職情報
誌に、男女いずれかを募集する職種を表示する、
「ウエイター」「ウエイトレス」「○○レデ
ィ」
「○○ボーイ」
、
「男のための職場」「女性向きの職種」
、イラストや写真で一方の性に偏
った職場を強調する、などは違反です。
ウ 会社説明会、セミナー
会社説明会やセミナーの案内を男女どちらかにしか送らない。
男女で説明会の内容や場所を変える、「男性は少ない」「女性はすぐやめる」
「これは
男性の仕事」といった説明をする。
エ 採用試験
男女どちらかにしか試験を受けさせない、男女の試験の形式や応募書類が異なっている、
面接の質問で「子供が生まれたときの就業意思の確認」をするなど、男女で質問をことさ
ら変える、といった行為は違反です。
オ 選考及び内定者の決定
「男性だから」
「女性だから」という基準で採否を決定する、男女どちらかの選考基準を
厳しくする、といった行為は違反です。
(3)違法とならない場合
業務上一方の性でなければならない職務(芸術・芸能分野、守衛・警備員等防犯上の理由、
宗教、風紀、スポーツ競技等)は、認められています。また、ポジティブアクションの取り
組み(職場の女性の割合が 4 割を下回っている区分における募集採用にあたって、女性に有
利な取り扱いをすること)も許されています。
最近は裁判所でも、非常に女性が増えていることを実感します。
6 セクハラの判断において注意を要する事例
最後に、事例を見ていきたいと思います。
(1)事例①:
「女性が受け入れていた」との抗弁はかなり困難です。
・横浜セクシャルハラスメント事件
加害者は、
被害者が 20 分間もの間、
抱きつかれて無理やりわいせつ行為をされたのに、
逃げるとか悲鳴を上げることをしなかったのが不自然であるという主張を行ったが、裁
判所は、
「職場における性的自由の侵害行為の場合には、職場での上下関係による抑圧や
友好的関係を保つための抑圧が働き、これが、被害者が必ずしも身体的抵抗という手段
をとらない要因として働くことが認められる」「(被害者が)事務所外へ逃げたり、悲鳴
を上げて助けを求めなかったからといって、・・・不自然とはいえない。」と主張を排斥
した。
・学校法人甲音楽大学事件
加害者は、
加害者が 20 分間もの間、
抱きつかれて無理やりわいせつ行為をされたのに、
逃げるとか悲鳴を上げることをしなかったのが不自然であるという主張を行ったが、裁
判所は、
「職場における性的自由の侵害行為の場合には、職場での上下関係による抑圧や
友好的関係を保つための抑圧が働き、これが、被害者が必ずしも身体的抵抗という手段
をとらない要因として働くことが認められる」「(被害者が)事務所外へ逃げたり、悲鳴
を上げて助けを求めなかったからといって、・・・不自然とはいえない。」と主張を排斥
した。
・X社事件
社会経験もそれなりにある昭和 44 年生まれの女性社員に対し、既婚の上司が関係を迫
り、8 ヶ月間の性的関係を含む 2 年間の男女関係があったことについて、退職した当該女
性社員はセクハラであると主張したのに対し、上司は合意の上での不倫関係であると反
論したのに対し、裁判所がセクハラを認定した。 原告女性社員が入社直後から、被告上
司はドライブや居酒屋に誘うようになり、その後月に 1 回程度ラブホテルで性行為等を
する関係が 8 ヶ月程度続き、原告が拒絶したあとも、上司の性的な接触行為が続き、原
告は体調不良で休職後、被告会社にセクハラの申告と損害賠償請求を行い、休職期間満
了で退職している。
被告女性社員からは、高価な贈り物をし、誤解させるような言動もあった事案である
が、女性側の供述が一貫して不合理でなければセクハラを認める傾向にあると言える。
これはかなり際どい事例でした。男性側は、いわゆる不倫の抗弁を主張しますが、不倫
の場合、男性の側は証拠を残していないことが多いのです。対して、女性の側はよく覚
えている。
不倫だったとしても、セクハラに該当しうるとした裁判例です。
・熊本バドミントン協会役員事件(熊本地裁平成 9 年 6 月 25 日判決)
バドミントンの選手Xは、バドミントン協会の会長Yに強姦され、その後もYから結
婚を真剣に考えてる等と言われたことや、要求を拒めば、バドミントン選手としての将
来が閉ざされるかもしれないと考えて性関係を続けた。慰謝料 300 万円認容。セクハラ
によくあるのが、「相手はいやがっていない」「相手はむしろ好意を持っている」と思っ
てしまうことです。この考えは大間違いです。表立っていやそうな反応をできることは
むしろ、稀です。平成 25 年国家公務員ハラスメント防止週間標語で、「親しみを 込め
たつもりは 自分だけ」というものが最優秀作品に選ばれました。よくできているなあと
思ったので、紹介させてもらいました。
(2)事例②:女性から男性へのセクハラも成立する。
今まで、男性から女性へのセクハラを取り上げてきましたが、男性から女性へのセクハ
ラもありえます。
・日本郵政公社(近畿郵便局)事件(大阪地裁平成 16 年 9 月 3 日)
部下Y(男性)が、局内の浴室を利用し、上半身裸で体を乾かしていたところ、上司
X(女性)が入ってきて、Yに近づき、じろじろ見ながら、
「何してるの。なぜお風呂に
入っているの。
」など質問した。
→Yは休職した。郵政公社はXの行為を認識したあとも適切な対応をとらなかったとし
て、慰謝料 10 万円。
・日本郵政公社(近畿郵政局)事件(大阪高裁平成 17 年 6 月 7 日)
Xの行為について、職務である防犯パトロールの一環であり、国賠法上違法であると
か雇用契約上の義務違反があるとはいえず、セクハラに該当するとの評価はあたらない
として、第 1 審判決取消。
↓
「同性間」のセクハラも成立する
(男女雇用機会均等法施行規則等の改正により明示、平成 26 年 7 月 1 日より施行)
(3)事例 3:ついうっかりは許されない
【事案】
A男(男性 50 歳管理職)は、よくできる部下B子(35 歳)の将来のことを常に気にかけ
ている。B子は、結婚しており、3 歳の子どもを保育所に預けながら働いている。非常に優
秀であり、計画中のプロジェクトチームの主任に推薦したいと考えているが、しかし急に、
2 人目の子どもを妊娠し、産休・育休を取得するか否かが気になっていた。A男は心配にな
り、
「君、育休とったりしないよね?」と聞いた。
↓
業務上の必要性があれば、尋ねること自体は違法ではないのですが、何の脈絡もないとき
にいきなりこのような発言をすることは、あまりに不用意です。
「自分はもう不要なのでは。」
との誤解を招いてしまうので、出産・育児・産休についての発言は、状況によってはセク
ハラに該当します。
(4)事例 4:
「職場」の概念は広い。プライベートだからといって許されない。
・Y市役所事件(横浜地判平成 16 年 7 月 8 日)
上司Yは、歓迎会や暑気払いの場で、部下Xに対し、「早く結婚しろ」「子供を産め」
「結婚しなくてもいいから子供を産め」
「言葉のセクハラだけで、体のセクハラがないの
は、自分に魅力がないからか、おれたちに理性があるからか考えろ」などと言い、私費
参加の課長宅でのバーベキューパーティ(時間外職場外の私費懇親会、原則全員参加、
職員の親睦を深める目的)で、写真撮影の際に、Xを自分の股の間に座らせ、「不倫しよ
うよ」といった。他市との懇談会の席で、「うちにいいのがいるから」と述べた。
この行為につき、裁判所は、慰謝料 120 万円を認容しました。これは、Y 市役所も訴
えられたのですが、職場の概念は広いということが分かります。
(5)事例 5:酔っていたでは許されない
【事案】
A男(男性 56 歳管理職)
、部署の忘年会を企画した。忘年会には、部署の全員が参加
した。A男は、酒に弱く、少し飲んだだけですぐ寝てしまう体質であった。忘年会でも、
開始後 1 時間で寝入ってしまった。次の日、部下のB子から、
「昨日、忘年会のとき、C
男(同僚)が肩を抱いてきたり、キスしたいと顔を近寄せてきたりした。
」との申告を受
けた。A男は寝入っていて、全く、そのときの状況が思い出せない。
皆さんの中にもお酒が強い人、弱い人がいると思います。この事案の上司は、上司失
格ですよね。皆さんは今、学生だからよいのですが、会社に入ったら、自分がお酒を飲
んだらどうなるかというのを知っていないといけないのです。社会人になってから、何
か粗相をしてしまうと自分の一生を棒に振ってしまう可能性があります。今は、
「飲めな
い」ということが通用する時代です。自分のお酒の許容量は、ぜひ知っておいてくださ
い。
Ⅳ マタハラ
マタハラは最近ホットワードとなっており、新聞にもよく載っています。
1 マタハラとは
(1)定義
マタニティハラスメントの略。妊娠・出産・育児等を契機として、就業上の不利益を受
けること。
(2)マタハラの根拠となる条文
男女雇用機会均等法 9 条の 1 項から 4 項までに規定されています。また、育児介護休業
法 10 条でも、育休をとっても不利益を課してはいけませんよと規定されています。
2 事例 広島中央保健生協事件(最判平成 26 年 10 月 23 日)
最近、男女雇用機会均等法 9 条に関する訴訟提起が相次いでいます。1 つ、最高裁の判例
が出ました。
広島中央保健生協事件は、去年の今頃に判決が出た裁判例です。
【事例】病院に雇用され、副主任の地位にあった理学療法士である女性が、労働基準法
65 条 3 項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して、副主任を免ぜられ、育児休業の
終了後も副主任に任ぜられなかったことから、病院に対し、男女雇用機会均等法 9 条 3 項
に違反する無効な者であるなどと主張して、管理職(副主任手当:月額 9500 円)の支払及
び債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案。
【第 1 審及び第 2 審】第 1 審及び第 2 審は、女性側が敗訴しました。女性の同意を得た
うえで、病院の人事配置上の必要性に基づいて副主任にしなかったということが認められ
ました。
【最高裁】最高裁は、以下のように言いました。
「女性労働者につき妊娠中の軽易業務へ
の転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として禁止される。特段の事情があ
るときのみ許される。
」やっぱり、1 回下げたものをもう 1 回あげてというときは、あげな
いといきませんよと。その特別の事情の立証責任を使用者側に課したということで、画期
的な判決ですね。女性を降格させた業務上の必要性の有無やその内容や程度が十分に明ら
かではないとして、病院側が敗訴しました。だから副主任に戻してあげなさい、その間の
差額については払ってあげなさいという結果になりました。
この判決以降、産休・育休明けの人に不利益課してはいけませんよ、不利益を課すなら
その合理性は使用者側が立証しなさいよ、という運用がされています。使用者側としては、
妊娠、出産で軽易な業務にした人は、再び戻れるようにしないといけませんよ、というこ
とを明確に判示しました。
このように、マタハラに関しては今後も裁判例が増えていくのかな、と思います。
Ⅴ 最後に
私はこういう労働事件をたくさん扱っていますが、皆さんも 3 年生になって労働法を履
修したり、司法試験で労働法を選択したりする機会がありますが、労働法では裁判例の分
析といったものが中心になります。
労働法を勉強しているというのは、弁護士になってからとても有益になります。労働法
や倒産法をとっていると、企業を入った時にも役に立つと思います。また、労働法の理論
は明快で、あとは裁判例を覚えていくというふうに、労働法はとても勉強しやすいですの
で、もし迷ったら労働法を勉強してみてください。
以上