気候変動に関する意思決定 ブリーフノート

2010 年 8 月 30 日発行 気候変動に関する意思決定ブリーフノート
気候変動に関する意思決定
No.8
No.8
ブリーフノート
(2010 年 8 月 30 日発行)
本紙は、環境研究総合推進費 E-0901 の成果や議論をお知らせするための情報誌です。
1.国際動向
目
次
1.1 AWG ボン会合(Bonn Climate Change Talks
2010 June) の概要(久保田泉:国立環境研究所)
(1) はじめに
2010 年 5 月 31 日から 6 月 11 日までの 2 週間、ボン
において、将来枠組みに関する 2 つの特別作業部会会
1.国際動向
1.1 Bonn Climate Change Talks 2010 年 6 月の概要
1.2 Bonn Climate Change Talks 2010 年 8 月の概要
1.3 適応基金に関する議論の動向
合
(AWG-LCA 第 10 回会合及び AWG-KP 第 12 回会合)
が開催された。
今回は、コペンハーゲン会合後、実質的な議論をす
2.EU
欧州連合排出枠取引無償割当配分規準の検討状況
る初めての会合であった(4 月の AWG 会合では、今
後の交渉の進め方について話し合われた。「気候変動
に関する意思決定ブリーフノート」6 号(2010 年 6 月
8 日発行)参照)
。
本記事では、今次 AWG 会合の成果を紹介する。
(2) AWG-LCA 第 10 回会合の成果
コペンハーゲン会合までの AWG-LCA テキストは、
分量も多く、ブラケットだらけであった。4 月の AWG
会合にて、争点を整理し、交渉可能な文書にする必要
性が指摘され、COP によって行われた作業(これに、
コペンハーゲン合意も含まれるとの理解)を踏まえ、
また、会合後の各国の追加的意見提出を経て、5 月に
議長テキスト(FCCC/AWGLCA/2010/6)が公表された。
今次会合では、この議長テキストを基に議論が進め
られた。各国の発言は、2 分以内とされ、共有のビジ
ョン、MRV 等、イシューごとに議長が予め準備した
具体的な質問(たとえば、先進国の削減約束及び行動
(3) REDD の多面的な評価の必要性
の MRV につき、
「MRV 全体の枠組みの中で、先進国
の報告において、どのようなトピックが対象とされる
べきか」等)に応えるかたちで行うこととされた。こ
れにより、淡々と意見交換が展開していった。
今回、大きな注目が集まったのが、MRV であった。
先進国側は、主要途上国による排出削減の確保を目指
していることから、一方、途上国側は、先進国が排出
削減と資金・技術支援の両方の「責任」を果たすよう
求めるため、MRV への関心が高い。国別報告書の提
出頻度、報告事項・情報の先進国と途上国間での差異
化、レビューのあり方、先進国による支援についての
MRV をどの場で議論するか、などについて議論が行
われた。
1
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今次会合最後の全体会合にて、議長は、議長テキス
トの改訂版(http://unfccc.int/files/meetings/ad_hoc_
working_groups/lca/application/pdf/awg-lca_advance_dr
No.8
る各国見解の提出を求めること。
上記③の第 1 約束期間と次期枠組みとの間に空白が
生じた場合の対処方法については、条約事務局に対し、
aft_of_a_revised_text.pdf)を示した。これに対する途上
(i)この空白が生じないことを確保するための法的オ
国の反応は極めてネガティブで、バランスがとれてい
プションの確認・調査、(ii)この空白が生じた場合の法
ない、途上国提案にあった重要な項目が落ちていると
的帰結とその示唆の確認、の 2 つを内容とする報告書
いったコメントが相次いだ。次回会合でも、また、何
を作成するよう求め、これを次回会合にて検討するこ
を議論のベースとするか、ということから話を始めな
とになった(2010 年 7 月 20 日付でこの報告書が公開
ければならなくなった。
されている。FCCC/KP/AWG/2010/10)
。
(3)
AWG-KP 第 12 回会合の成果
今次会合では、①先進国の削減目標(先進国全体、
(4) おわりに
11 月末から始まる COP16/CMP6(カンクンにて開
各国)と、②その他の事項(吸収源、市場メカニズム、
催)までに、2 回の AWG 会合が予定されている。1
対象ガス)
、③法的事項、の 3 つのコンタクトグルー
回は、8 月 2 日~6 日にボンで、もう 1 回は、10 月 4
プが設置され、議論が進められた。
日~9 日に天津(中国)にて開催される。
これまでと変わらず、議定書下の作業、すなわち、
今次会合でも、争点は基本的には変わらず、打開策
次期枠組みにおける議定書締約先進国の排出削減目
は見出せないままであった。かねてから問題となって
標に関する議論だけが突出することを警戒する先進
いる、両 AWG の作業の一本化については、両 AWG
国と、AWG-KP で議定書締約先進国のリーダーシップ
の「共通の場」(common space)の設置に関する議論
を見せるよう求める途上国及び長期目標に関する作
があった。これまで、途上国は、一丸となって、両 AWG
業が AWG-KP の作業に含まれることを警戒する大規
の作業を別々に進めるよう主張してきたが、今回、一
模排出途上国との対立が顕著であった。
部の途上国が、AWG-KP 会合において、先進国の削減
また、各国の排出削減の誓約から数値目標への変換
目標については、AWG-LCA との間に「共通の場」を
についても議論があった。議定書締約先進国は、排出
設けて議論を進めるよう提案した。この提案は、多数
削減の誓約を既に提出している。各国とも、2020 年時
の途上国の反対に遭い、また、その後の AWG-LCA の
点での目標を示していることから、これを議定書第 1
場において、米国が「条約の議論と議定書の議論とを
約束期間の数値目標の表し方(約束期間の平均の基準
一緒に行うことはできない」と反対の意を表明したた
年に対する割合で表記する)に変換する必要がある。
め実現しなかったが、今後も、この議論の動向に注目
会期終盤、条約事務局が作成した、議定書締約先進
していく必要がある。
国の排出削減の誓約を京都議定書と同様の表現方法
に変換した表(5 年の約束期間(2013 年~2017 年)の
1.2 AWG ボン会合(Bonn Climate Change Talks
場合と 8 年(2013 年~2020 年)の約束期間の場合。
2010 June) の概要(田村堅太郎:地球環境戦略研究機
起点も、第 1 約束期間の数値目標とした場合と現在の
関(IGES) )
排出量とした場合とがある)が議場にて配布されたが、
合意文書には盛り込まれなかった。
2010 年 8 月 2 日~6 日、ドイツ・ボンにて、国連気
候変動枠組条約(UNFCCC)及び京都議定書(KP)の
上記①については、主に、以下 3 点につき合意され
下での特別作業部会(AWG)
(AWG-LCA 第 11 回会合
た。(i) 次回 AWG-KP 会期中(2010 年 8 月)に、附
及び AWG-KP 第 13 回会合)が開催された。本年末の
属書Ⅰ国の削減幅に関するワークショップを開催す
第 16 回 UNFCCC 締約国会議(COP16)及び第 6 回
ること、(ii)先進国の中期目標に関する文書を改訂する
KP 締約国会合(CMP6)において 2013 年以降の気候
こと(この作業のため、先進国に対し、関連する新た
変動の国際枠組みのあり方についての議論の結果を
な情報の提出を求めた)
、(iii)上記ワークショップで対
報告することを目指して、COP15 以降、3 回目の開催
象とすべきトピック、招聘すべき機関/専門家に関す
となる AWG であった。COP16・CMP6 までには次回
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AWG(10 月、中国・天津)しか残されておらず、そ
懸念が示された。しかし、第 2 章(適応)における適
の成果が注目された。しかし、条約作業部会
応専門の組織の設立(パラ 7)や気候変動インパクト
(AWG-LCA)では、各国から様々な発言がなされ、
への損害補償(Loss & Damage)
(パラ 8)に関する必
会合後、事務局より新たな交渉テキストが作成された
要性については、先進国と途上国の間での立場の違い
が、COP16 に向けて議論が収斂するというよりは、む
は引き続き埋まらなかった。また、適応専門の組織と
しろ拡散する傾向が見られた。また、議定書作業部会
資金メカニズムとの関係を明確するために、適応 DG
(AWG-KP)においては、最終日に新たな議長テキス
と資金・技術・キャパビル DG との合同会合が開催さ
トが配付されたが、内容面での絞り込み等の進展はあ
れた。途上国側からの発言としては、適応に関する専
まり見られなかった。
門組織についても適応プロジェクト支援の機能を有
(1) AWG-LCA
する組織とするべきとの意見が多数を占めたが、米国
AWG-LCA では、1) 共有ビジョン及びレビュー、2)
やEU等からは技術的・科学的な助言をする機能にと
適応、3) 緩和、4) 資金・技術・キャパビルについて
どめ、既存組織を活用した枠組みを求める発言が続い
のドラフティング・グループ(DG) が立ち上がり、会
た。損害補償については、リスク管理、保険、補償、
合 前 に 回 付 さ れ た 議 長 テ キ ス ト 第 二 版
復興の機能を併せ持つ国際気候保険ファシリティの
(FCCC/AWGLCA /2010/8)をベースとして、各 DG で
設立が途上国より提案された。パラ 7、8 はそれぞれ
該当するパラグラフ毎の読み上げが行われることと
先進国と途上国の主張を反映した二つのオプション
なった。各 DG では、各国がそれぞれの立場から新規
が併記される形となった。
文言の追加や、既存のテキストに対して不同意を意味
緩和 DG では、バリ行動計画の章立てに沿って、先
する括弧かけを行い、修正箇所が次々と議長テキスト
進国の緩和目標・行動、途上国の緩和行動、REDD+
に反映され、その分量も膨れ上がった。以下に、各
(森林減少・劣化からの排出削減及び森林管理等によ
DG での議論の概要を記す。
る炭素蓄積量の増加)、セクター別アプローチ、様々
共有ビジョン及びレビューDG では、当初取り扱う
なメカニズム、対応措置についての議論が行われた。
予定であった議長テキスト第二版の第一章パラ 1~12
先進国の緩和目標・行動については、先進国は議長テ
(共有ビジョン)とパラ 68~71(レビュー)のうち、
キスト第二版の第1章パラ 14(コペンハーゲン合意と
パラ 1~7 まで議論したところで時間切れとなり、残
同じ内容)を支持したのに対し、途上国はパラ 14 で
りの部分は次回 AWG に持ち越しとなった。共有ビジ
はなく、歴史的責任や排出債務(emission debt)とい
ョンにおける温度目標では 2 度に加え、1 度、1.5 度と
った考え方を含むパラ 15 以降を支持するなど、対立
いう厳しい目標や、当初テキストには含まれていなか
が鮮明化した。その他にも、基準年の設定や京都議定
った濃度目標(350ppm)が途上国より追加された。世
書との関係、MRV(測定・報告・検証)や比較可能性
界全体での長期削減目標(2050 年)についても、一部
等について様々な意見が出された。
の途上国からは 100%以上削減という極端な提案がな
途上国の緩和行動に関しては、途上国からは、MRV
された。また、様々な公平性の概念(共通だが差異あ
関係の個所を削除、NAMA(国内の適切な緩和行動)
る責任、歴史的責任、累積排出量、カーボンスペース、
を先進国からの支援を受けたものに限定する発言が
大気への平等なアクセス等)が提案された。それに対
相次いだ。
一方、
アンブレラ・グループからは MRV/ICA
し、先進国からは、首脳間で合意に達したコペンハー
に関する詳細な提案がなされた。他にも、NAMAs の
ゲン合意に基づいた 2 度の温度目標を維持するべきで
タイプや範囲、緩和メカニズムなど多岐にわたる提案
あり、コペンハーゲン交渉の再開にならないように求
がなされ、該当箇所のテキストは3倍以上に膨れ上が
める意見が出された。
った。
適応 DG では、議長テキスト第二版に対する全体的
REDD+の関するパラは、コペンハーゲン合意の該
なコメントとして、先進国・途上国から、第1章(包
当箇所をベースとしたもので、対立点は多くないと目
括的事項)における適応の文書が少ないことに対する
されていた。しかし、サウジアラビアやボリビアが新
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たなテキストの挿入及び市場メカニズムやオフセッ
セッションでは、途上国から、先進国の「歴史的責任」
ト機能についての削除を求め、議論は難航した。セク
を根拠に、コペンハーゲン合意に基づいて附属書Ⅰ国
ター別アプローチでは主にバンカー油についての意
が表明した排出削減約束は不十分であり、目標を大幅
見が出され、UNFCCC の諸原則を ICAO(国際民間航
に引き上げるべき(90 年比 40-50%減等)等の主張が
空機関)や IMO(国際海事機関)の取り組みに適用す
展開された。技術的ルールの影響については、余剰
ることを求める意見や国際運輸セクターの目標設定
AAU キャリーオーバーの扱い方(現状維持からキャ
を UNFCCC が行うか否かについての意見対立がみら
ップ等による制限等を含む)や LULUCF ルール(現状
れた。対応措置に関しては、産油国が新フォーラムの
維持から利用制限もしくは禁止を含む)等が議論され
設置や新たな資金支援、特別な配慮に関する記述を大
た。また、次期約束期間の数・長さ、基準年等につい
量に挿入し、テキストの分量は増大した。
ても議論され、様々な意見が表明された。
資金・技術・キャパビル DG では、資金メカニズム
LULUCF に関しては、1) 不可抗力(自然攪乱等に
のガバナンス(1 章パラ 60、3 章パラ 9~14)に関す
より生ずる非人為起源の排出への対処方法)、2) 伐採
る議論に焦点が当てられた。途上国は、新たな組織を
木材製品(HWP)、3) 森林経営参照レベルについて
設立するというオプションを支持する発言を行った
の意見交換が行われた。議論の進展や各国の意見を踏
のに対し、先進国は既存の機関を活用するというオプ
まえたノンペーパーとしてまとめられた。
ションを支持し、合意には至らなかった。最終日には、
法的事項に関しては、京都議定書の約束期間の間の
新規資金のスケールアップ(3 章パラ 2)に関しての
空白期間(ギャップ)がもたらす法的影響についての
議論が行われた。途上国提案である先進国の GNP1.5%
議論が中心となった。ギャップがもたらす影響を問題
を途上国支援に充てるという案に対し、先進国は非現
視し、さらなる分析を求める国、問題視しつつも、法
実的であるとの指摘を行った。しかし、ボリビアは同
的事項に関するさらなる検討に時間を割く必要はな
6%(内訳として、適応に対し 3%、緩和に対し 1、技
いとする国、問題は限定的だとの共通理解を得つつ更
術開発・移転に対し 1%、森林関連に対し 1%)を途
なる法的検討を続けようとする国など、見解の違いが
上国支援に充当すべきと発言し、更にサウジアラビア
浮き彫りとなった。
は 6%に炭素隔離貯蔵(CCS)向けに 2%を追加すべき
柔軟性メカニズムにいては、CCS や原子力の扱い、
とした。技術に関しては、技術メカニズムと資金メカ
地域的偏在への対応、CER の割引規定、補足性等が議
ニズムの関係、技術専門委員会の報告機能及び知的財
論されたが、新たな合意やオプションの削除等はなく、
産(IPR)が主要議題とされたが、十分な議論の時間を割
これまでの各国の主張が繰り返され、特段の進展はな
くことができず終了した。
かった。
以上の修正点を反映した、新たな交渉テキスト
上記議論で出された意見を踏まえ、AWG-KP 議長
(FCCC/AWGLCA/2010/14)が事務局より作成された。
は新たなテキストを作成し、会合最終日に配付した
(2) LCA-KP
(FCCC/KP/AWG/2010/CRP.2)。
LCA-KP では、
主に、
1) 附属書 I 国の削減目標規模、
(3) 今後の展望
2) 森林等吸収源(LULUCF)、3) 法的事項、4) 柔軟
AWG-LCA におけるテキストの読解は全て終了した
性メカニズム等についての議論を行った。附属書 I 国
わけでなく、多くのパラが次回会合に回されることと
の削減目標規模の議題では、まず、インセッション・
なった。仮に次回 AWG の早い段階で、第一読解が終
ワークショップが開催され、附属書I国による削減プ
了したとしても、多様なオプションやブラケットが付
レッジの水準と削減規模、技術的ルール(LULUCF や
いて、ハイレベルでの交渉が可能な交渉テキストとは
柔軟性メカニズム)の附属書I国の排出量削減への影
程遠い状態となると可能性が高い。一方、AWG-KP の
響、各附属書Ⅰ国が掲げる排出削減約束の透明性をい
議長テキストは、AWG-LCA のそれと比較すると、オ
かに高めるかにつてのパネルセッションが開かれ、
プション等がある程度簡潔にまとまっているが、内容
様々なプレゼンテーションが行われた。その後の交渉
面の絞り込み等の進展はあまりみられていない。この
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ような停滞を打開するためには、先ずは各国が相互信
についての議論が行われてきた。主要な論点としては、
頼を高め、また、政策実施に自信を深めることで、よ
(i)適応基金管理体制の構築(とりわけ、地球環境ファ
り建設的な議論を行える環境を作りだすことが一助
シリティ(GEF)の同基金の運営への関与のあり方)、
となろう。そのためには、先進国は積極的な中期削減
(ii)適応基金資金への途上国による直接のアクセスを
目標を打ち出すと同時にコペンハーゲン合意で約束
認めるか否か、が挙げられる。
した早期資金の拠出を着実に実施することが求めら
(i)については、条約下の資金メカニズムの実績のあ
れる。一方、途上国は気候政策の開発計画への主流化
る GEF に管理を担わせるべきとする先進国と、これま
(mainstreaming)を進めると同時に、報告・モニタリ
で GEF への不信感(プロジェクト審査等にかかる時間
ング等の透明性を高める国内制度の整備を行ってい
の長さ等)を募らせてきた途上国との間で意見が対立
くことが求められる。
した。2 年に及ぶ交渉の結果、CMP3 にて、適応基金
理事会を新たに設置し、同理事会が適応基金の管理・
1.3 適応基金に関する議論の動向 (久保田泉:国
監督を行うこと、また、暫定的に、GEF が適応基金理
立環境研究所)
事会事務局に、世界銀行がトラスティとなることに合
(1) はじめに
意がなされた。2011 年に、この暫定的な体制につき、
適応基金とは、マラケシュ合意(2001 年)により、
京都議定書締約国である発展途上国の具体的な適応
プロジェクトやプログラムへの資金供与を目的とし
て、京都議定書下に設置された基金である。
本記事では、適応基金に関する議論の動向を紹介す
レビューが行われることになっている。
(ii)については、CMP3 において、一定の条件の下で
認めることに合意がなされた。
また、2010 年 7 月までに、10 回の適応基金理事会
が開催された。適応基金理事会において、これまでの
る。
CMP 決定を具体化するかたちで、「適応基金の運用方
(2) 適応基金の法的根拠と特徴
針及びガイドライン」(http://unfccc.int/files/cooperation
京都議定書第 12 条 8 項は、
「この議定書の締約国の
_and_support/financial_mechanism/adaptation_fund/applic
会合としての役割を果たす締約国会議は、認証された
ation/pdf/afb_operational_policies_guidelines.pdf)が策定
事業活動からの収益の一部が、運営経費を支弁するた
された。概要は以下の通り。
めに及び気候変動の悪影響を特に受けやすい発展途
・支援対象は、具体的な適応に限定する。
上締約国が適応するための費用を負担することにつ
・少額プロジェクト案(100 万ドル未満)の手続を簡
いて支援するために用いられることを確保する」と定
素化した。
めている。マラケシュ合意により、この「収益の一部」
・適応基金の資金へのアクセスの様式を定めた。適応
は、CER の 2%とされた。このほか、各国及び各種団
基金の資金利用にあたっては、受益国 1 か国につき、
体からの任意拠出を資金源とする。
実施機関(Implementing Entity: IE)を 1 団体指定する
適応基金の特徴としては、
以下の 3 点が挙げられる。
必要がある。実施機関については、①国内実施機関
第1は、気候変動枠組条約下の他の資金メカニズムと
(NIE)
(途上国が適応基金の資金にダイレクトアクセ
は異なり、主要資金源を先進国の任意拠出に依存して
スする場合)と、②国際実施機関(MIE)
(途上国が国
いないことである。このため、途上国の期待が非常に
際機関に適応基金からの資金の執行を依頼する場合)
高く、また、他の市場メカニズムへの拡大も話題にの
の 2 つがある。実施機関の下、執行機関(Executing
ぼった。第 2 は、同基金には、CDM クレジットがた
Entity)が事業を執行する体制となっている。
まっていく仕組みであるため、この現金化作業が必要
その他の主な論点としては、以下のものが挙げられ
であることである。
第 3 は、
途上国の強い要望により、
る。
資金への直接アクセスへの道を開いたことである。
①NIE を認証するうえでの受託者責任基準
(3) CMP 及び適応基金理事会における議論の状況
②適応基金理事会の法人格と本部ホスト国
議定書発効以来、CMP において、適応基金管理体制
③初期の支援優先順位
5
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No.8
変化委員会が全会一致で支持する投票を行ったとこ
図 1 適応基金へのアクセスの様式
ろである。
今後 3 ヶ月間、
欧州議会で異論がなければ、
この規則は決定する。
トラスティ
指示
適応基金理事会
ただし、オークションで初期配分を行うと企業の負
担が増え、生産が欧州連合域外に移転し、温室効果ガ
国際実施機関
(Multilateral
Implementing
Entity: MIE)
途上国実施機関
(National
Implementing
Entity: NIE)
スの排出も域外に移転してしまう、いわゆるリーケー
ジが懸念されたため、リーケージの可能性がある産業
部門にはアロワンスの無償初期配分を続けることに
なっている。2009 年の 1 年間は、アロワンスを無償で
執行機関
執行機関
執行機関
執行機関
*締約国は、途上国実施機関(NIE)または多国間実施機関(MIE)を指定する。
資金の流れ
プロジェクト案の
提出及び契約
プロジェクト案の
構築及び監視
直接アクセスの
様式
初期配分する産業部門を確定するのに費やされた2。そ
の結果、2013 年以降排出枠取引が対象とする排出量の
25%、造業の排出量の 77%を無償初期配分することに
なった。発電施設は、リーケージの懸念がないので、
ほとんどがオークションによる初期配分の対象であ
る。
出典:Operational Policies and Guidelines for Parties to Access
Resources from the Adaptation Fund, p.7, Figure 1。
2012 年までについては、各加盟国が国内のアロワン
スの初期配分を提案して、欧州委員会がそれを審査し
ていたが、2013 年以降については、欧州委員会が各国
(4) おわりに
議定書発効からの約 5 年で、ようやく適応基金の運
営の基盤ができてきた。プロジェクト間でどのように
優先順位をつけて、限りある資金をどのように配分す
るかについては、議論が始まったばかりである。途上
国間の利害が対立するところであり、交渉は相当難航
することが予想される。CMP や適応基金理事会におけ
る議論の動向を引き続き注視すると共に、影響・適応
研究との協同も進めていきたい。
*参考資料
適応基金理事会 website:http://www.adaptation-fund.org/
の各施設への初期配分を決めてしまう。欧州連合全体
として発行するアロワンスの量はすでに決まってい
る。無償初期配分は、生産量あたりの排出量の基準値
(これをベンチマークと呼ぶ)によって行われる。た
とえば、セメント 1 トン当たり何トンの CO2 排出量と
いうものである。ドイツに立地する施設であろうと、
ルーマニアに立地する施設であろうと、同じ産業部門
に属するなら、共通のベンチマークでアロワンスが初
期配分される。無償で初期配分するアロワンスの総量
が決まっているので、ベンチマークと実績生産量の積
の和がそれを超えた場合は、部門横断的な補正係数を
用いて、初期配分量を削減する。ベンチマークによる
2. EU
欧州連合排出枠取引の無償割当配分規準の検討状況
(新澤秀則:兵庫県立大学)
欧州連合は 2005 年から域内で排出枠取引を開始し、
2013 年以降は改正して継続することを決定している1。
2013 年以降は、アロワンス(排出枠)を原則オークシ
初期配分は、生産量に比例して初期配分量を決めるこ
とによる非効率性の問題点を抱えている3。しかしベン
チマークによる無償初期配分は排出集約度の小さな
施設に有利で、実績排出量に応じて無償初期配分する
グランドファザリングよりは相対的によい方法とし
て採用された。
昨年から今年にかけて、このベンチマークの検討が、
ョンで初期配分する。そこでオークションの方法につ
いて検討が進められている。2010 年 7 月 14 日に、欧
州委員会が提案したオークション規制案に対し、気候
1
浅岡美恵編著『世界の地球温暖化対策』学芸出版社,2009
年。
炭素リーケージの危険がある部門のリストは,2010 年 1 月 5
日の官報に公表された。
3 新澤秀則「京都議定書対国際均一炭素税」環境経済・政策学
会編『地球温暖化防止の国際的枠組み』東洋経済新報社,2010
年。
2
6
2010 年 8 月 30 日発行 気候変動に関する意思決定ブリーフノート
欧州委員会で行われている。2012 年までのアロワンス
No.8
する施設の数。
の初期配分で、すでにいくつかの加盟国がベンチマー
②から④に関して、コンサルタントは、ひとつの生
クによるアロワンスの初期配分を行っている。そのよ
産物についてひとつのベンチマークを提案している。
4
うな経験を元に、今議論が行われている 。
ベンチマークが決まると、それは国際交渉にも影響
つまり、②から④に関して、いずれもベンチマークを
差異化するべきではないと提案している。これを 1 生
を及ぼすであろう。なぜなら、ベンチマークは、欧州
産物 1 ベンチマークの原則と呼んでいる。
この提案は、
連合の各産業が、どれくらい努力しなければならない
指令の原則(b)と(c)に照らして妥当である。1 生産物 1
5
かを示すからである 。
改正された排出枠取引指令(2009)の第 10a 条に、
ベンチマークに関する基本原則がある。まず(a)ベンチ
ベンチマークの原則によって、排出量の多い技術や原
料を使っている場合は不利になるが、そのことが排出
削減のインセンティブになるからである。
マークは、各国共通で事前的にする。また、(b)最も効
原則(d)を実現するには、データが必要である。そこ
率的な技術、代替物、代替的な生産プロセスなどを考
で欧州委員会は、生産量と排出量、エネルギー使用量
慮して、温室効果ガスの排出を削減するインセンティ
の調査を行った。しかし調査で直ちに正確なデータが
ブを与えるものでなければならない。(c)投入物に対し
得られるとは思えない。ベンチマークに関するステー
てではなく生産物に対して計算する。さらに、(d)ベン
クホルダー会合の資料を見ると、欧州委員会がさまざ
チマークは、最も効率のよい上位 10%の施設の平均値
まな方法でデータの検証を行っている様子がうかが
とする。すでに決まっている基本原則はこれだけなの
える。
で、論点はたくさんある。欧州委員会は、エコフィス
などのコンサルタントに検討を依頼した。
ベンチマークの具体的な数値の第 1 次案として、20
セクターについて 52 の生産物ベンチマークがステー
まず①生産物の分類をどれほど細かくするかであ
クホルダー会合で発表された。すべての生産物に関し
る。②同じ生産物でも生産技術が異なる場合に、別の
て、ベンチマークを設定することは困難で、いくつか
ベンチマークとするかどうか。③新規施設と既存施設
の工夫がある。ベンチマークに関して秋には投票が行
のベンチマークを異なるものにするか。④原料の質が
われ、欧州議会による 3 ヶ月間の点検の後、2010 年末
異なる場合に、ベンチマークを異なるものにするか。
に最終決定する予定である。新規施設や閉鎖施設にい
ベンチマークの厳しさは、原則(d)で決まっている。
かに配分するかは、アロケーションルールとして検討
しかし生産物の分類が粗いと、排出集約度の分散も大
されている。
きくなり、それにひとつのベンチマークが適用される
と、ベンチマークの実質的な厳しさが増す。①に関し
て、コンサルタントは 4 つの基準に基づいて決めるこ
とを提案している。第 1 に、排出集約度の差異が 20%
ある場合に、別の生産物と見なして別のベンチマーク
を設定する。第 2 に、あるセクターにおける総排出量
のある生産物グループの排出量のシェア。第 3 に、排
出枠取引の総排出量に対するある生産物グループの
排出量のシェア。第 4 に、ある生産物グループを生産
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議論の進行は、ベンチマークのウェブサイトでおおよそわか
る。
(http://ec.europa.eu/environment/climat/emission/benchma
rking_en.htm)
5 日本の自主行動計画の目標との比較が可能である。また、
2013 年以降の国際的枠組みとして日本が一時期主張していた
セクターアプローチは、国全体の排出量目標ではなく、産業部
門ごとのベンチマークそのものを国際的な約束として目標に
しようというものであった。
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2010 年 8 月 30 日発行 気候変動に関する意思決定ブリーフノート
No.8
気候変動に関する意思決定ブリーフノートについて
本ブリーフノートは、環境省環境研究総合推進費E-0901(旧H-091)「気候変動の国際枠組み
交渉に対する主要国の政策決定に関する研究」の研究成果や、研究活動における議論を世の中に
いち早く、定期的に周知することを目的として発行されています。内容に関して、あるいは本研
究課題に関するお問い合わせは、課題代表者の亀山康子(独立行政法人国立環境研究所)にお願
いいたします。なお、内容に関するすべての責任は、上記代表者にあります。
〒305-8506 茨城県つくば市小野川 16-2 独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター 温暖化対策評価研究室
電話:029-850-2430 ファックス:029-850-2960
Eメール:ykame@nies.go.jp
URL:http://www-iam.nies.go.jp/climatepolicy/index.html
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