アトピー性皮膚炎:病態と外用療法の新たな趨勢 講 演1 アトピー性皮膚炎の多様な病態: 角層バリア障害/フィラグリン遺伝子変異 から内因性アトピーまで 名古屋大学大学院医学系研究科皮膚病態学分野 教授 秋山 真志 先生 角層のバリア機能障害は、アトピー性皮膚炎(AD)の病態・発症因子を考える際に重要である。角層バリアに 機能 不全があると外 界からの異 物の 侵 入 が 容 易になるため、外来アレル ゲンに対する感 作が成 立しやすく、 ADの発症へとつながる。 フィラグリンは角層の水分保持やバリア機能に重要な蛋白であり、フィラグリンの遺伝子変異は、ADの発症 因子となることが示されている。さらに、フィラグリンの遺伝子変異に起因するバリア機能障害による経皮感作 の亢進は、アトピー性疾患発症・増悪の重要なリスクファクターであると同時に、食物アレルギーの発症にも関係 する可能性が示唆されている。 の観点からも角層のバリア機能に注目が集まっている。 角層の役割とフィラグリン フィラグリンは角質細胞の細胞質内を満たす主要な蛋白 表皮の表層にある角層は、外界に対するバリア機能の9割 であり、顆粒層においてはフィラグリンの分 解産物が保湿因 を担っているといわれる。角層がバリアとして機能するために 子としても働くことから、フィラグリンはバリア機能の形成や は、①角質細胞の細胞質内がフィラグリンやケラチン、それらの 水分保 持に重要な役割を果たしている。このフィラグリンを 分解産物などにより満たされていること、②角質細胞のセルエ コードする遺伝子( ンベロープとよばれる細胞膜が丈夫であること、③角層の細 ることが、2006年にSmithらによって明らかにされた2)。尋常性 胞間隙が脂質により十分に埋められていること、が必要であ 魚鱗 癬とA Dとの合併が多いことはよく知られており、尋常 る。この3条件を満たすことにより、内側からの水分蒸発を阻 性魚鱗癬とADの患者がいる家系では 止(Inside- outside barrier)するとともに、外界からのダニ ているため 、 や花粉などの侵入を防ぐ(Outside-inside barrier)といった、 ついて検討が行われた。その結果、アイルランド人のAD患者 バリアとしての機能を発揮している。 の56%に さらに、角層下部に存 在する細胞の間では、細胞間接 着 れたメタアナリシスによれば、ヨーロッパ人では健常人の7.5% 構造であるタイトジャンクションが 形成され、物質の通 過を に 防いでいるが、2 0 0 9年、ランゲルハンス細胞はタイトジャンク 高率である4)。これらの報告により、 ションを越えて樹状突起を伸ばし、アレルゲンを捕獲してい 癬の原因であり、かつADの重要な発症因子でもあることが ることが 報 告された 1 )。この知見より、アレルゲン侵入阻 止 明らかとなった。 図1 3) )の変異が尋常性魚鱗癬の原因であ 変異が認められ 変異がAD発症に関係している可能性に 変異が認められた 3)。さらに、2009年に発表さ 変異が認められるのに対して、AD患者では21.6%と 変異は尋常性魚鱗 AD発症のメカニズム(仮説) 〈表皮角層バリアが正常な皮膚〉 〈フィラグリン欠損による角層バリア障害を持つ皮膚〉 アレルゲン アレルゲン 外界 角層 角層 真皮 バリア障害 抗原提示 細胞 A D 抗原提示 細胞 表皮 感作成立 真皮 正常バリア 感作不成立 表皮 喘息・アトピーマーチ 外界 秋山真志 : 日本医師会雑誌 2010 ; 138 (12) : 2536-2537. より改変 「ADはTh2」という概念は、内因性ADには当てはまらない。 変異に関連する疾患・症状 内因性ADの発症メカニズムを現状でのデータから推測す 以上の知見をもとに、日本人のAD患者を対象に 変異の スクリーニングを行ったが、ヨーロッパにて同定された 変異 ると、角層バリアは正常であり蛋白アレルゲンの侵入は防ぐ ものの、金属アレルゲンやハプテンなどの小分子の場合には、 は認められなかった。そこで、日本人の尋常性魚鱗癬家系を解 皮膚を透過してTh1優位の応答を引き起こしている可能性が 析することにより、日本人特有の 考えられる12)。この可能性を証明するためにはさらなる詳細な 変異がある可能性につい て検 討したところ、ヨーロッパ人には認められない日本人特 異的な2つの 変異が見出された。その後、日本人あるい はアジア人に特異的な 同定された 変異が5つ、また、ヨーロッパ人で 変異が日本人でも1つ報告され、現在、日本人 において8つの 変異が同定されている5 -8)。この8つの 変異の知見をもとに、日本人のAD患者を調べてみると、27% に 検討が必要である。 変異が認められた 8 )。 また、欧米人では 変異と気管支喘息あるいはAD合併喘 息との相関があることが報告されている 4)。そこで、日本人の気 管支喘息患者137例について調査を行ったところ、AD合併例で は22.2%と、高率に 変異が認められるのに対して、AD非合 併例では5.8%と、健常人(3.7%)と差がなかった。さらに、気管 支喘息患者全体における 日本人において、 変異は8.0%にとどまることから、 変異はアトピー性喘息の重要な発症因子 ではあるが、喘息一般とは相関しないことが示唆された9)。 今後の予防治療への展望 角層のバリア機能に障害があると、アレルゲンに感作され やすく、炎症 細胞の浸潤が引き起こされてA Dが 発症する。 炎症があると痒みが増し、掻破行動からバリア機能を悪 化 させる。このような悪循環を断つためには、炎症を抑えバリア 障害も改善する2段構えの治療戦略が必要である(図2)。現在、 われわれは 変異を乳幼児期にスクリーニングし、変異を有 する乳幼児に対してバリア機能を補う治療やアレルゲン曝露を 減らすといった育児指導を行うことにより、ADの発症を予防で きるかどうか検討をしている。 図2 新知見に基づいたADの治療戦略 2段構えの治療戦略 変異がADを引き起こすメカニズムとして、図1に示す仮 説が提唱されている。角層バリア機能が健全な皮膚では、アレ ルゲンが侵入できず感作は成立しない。しかし、 変異によ り角層のバリア機能に障害が生じると、アレルゲンは容易に角 バリア機能障害 掻破行動 層に入り込み、 抗原提示細胞に提示され、 感作が成立した結果、 アレルゲン感作 ADが発症し、 喘息・アトピーマーチへと進行していく10)。 さらに、ピーナッツアレルギー患者71例を対象に の関係を調査した報告では、 変異と 変異が12例(16.9%)で認め られ、ピーナッツアレルギーのない人における 痒 み 変異の割合 炎症細胞浸潤 (3.7%)よりも高かった11)。食物アレルギーにおける経皮感作の 重要性については十分なデータは得られていないものの、少な くとも一部の食物アレルギーについては、 変異による角層 抗炎症外用薬 (ステロイド外用薬など) バリア機能の障害が関係している可能性が示唆される。 また、ADは外因性と内因性に分けることができるとされ、 秋山 真志氏 提供 変異によるADは外因性ADの典型ともいえる。一方、内因 性ADはADとして分類することに議論があるものの、表1の ような特徴を有するとされる。免疫学的には、内因性AD患者 ではIFN-γ陽性のTh1細胞の割合が高く、Th2細胞誘因性 ケモカインであるCCL17/TARC濃度が低い 12) 。したがって、 表1 外因性ADと内因性AD 外因性AD 内因性AD (アレルギー性AD) (非アレルギー性AD) ▶AD全体の80%を占める ▶AD全体の20%を占める ▶IgE高値(環境アレルゲン、 食物アレルゲンに対する ▶IgE正常値(アレルゲン 特異的IgE:無) 特異的IgE:有) ▶比較的発症年齢が高い ▶乳児期、幼小児期に発症 ▶比較的軽症 ▶重症例あり ▶ ▶ ▶金属アレルギー:高頻度 変異:高頻度 変異:低頻度 アトピー性疾患 発症、増悪 引用文献 1) Kubo A, et al. : J Exp Med. 2009 ; 206(13) : 2937-2946. 2) Smith FJ, et al. : Nat Genet. 2006 ; 38(3) : 337-342. 3) Palmer CN, et al. : Nat Genet. 2006; 38(4) : 441-446. 4) Rodríguez E, et al. : J Allergy Clin Immunol. 2009 ; 123(6) : 1361-1370. 5) Nomura T, et al. : J Allergy Clin Immunol. 2007 ; 119(2) : 434-440. 6) Nomura T, et al. : J Invest Dermatol. 2008 ; 128(6) : 1436-1441. 7) Nomura T, et al. : J Invest Dermatol. 2009 ; 129(5) : 1302-1305. 8) Nemoto-Hasebe I, et al. : Br J Dermatol. 2009 ; 161(6) : 1387-1390. 9) Osawa R, et al. : J Invest Dermatol. 2010 ; 130(12) : 2834-2836. 10) 秋山真志 : 日本医師会雑誌 2010 ; 138 (12) : 2536-2537. 11) Brown SJ, et al. : J Allergy Clin Immunol. 2011 ; 127(3) : 661-667. 12) Kabashima-Kubo R, et al. : J Dermatol Sci. 2012 ; 67(1) : 37-43.
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