しなやかに強く 新しい旅立ちに向けて

〈エッセイ〉
しなやかに強く 新しい旅立ちに向けて
湯木 恵美
松の木の根元に、福寿草が咲いているのを
見つけて、
「わあ∼」と思わず声を上げてし
まいました。冬の間は、雪や枯れ葉に覆われ
て、そこに花があったことなんて正直忘れて
いましたが、一年ぶりに見た瞬間、そこにあ
るのが当たり前のように思い出されました。
土から上がる湯気は、冬に枯れた草や落ち
葉の香りを含んでいるけれど、それはすっか
り肥やしになった柔らかい土の香りでした。
時折、山に残る雪を撫でた冷たい風が吹い
てもきますが、それでも昼間の柔らかな日差
しがほっこりと体をゆるませ、日陰に固まっ
ていた雪も徐々に溶け出すこの時季は不思議
たため、取材という形で何度かお邪魔させて
で、ぬかるんだ土を避けながら花の芽を見つ
いただくことがきっかけになったのですが、
けて歩き、クワクするのも本当ですが、言い
自分を含め、あまりに知られていない現状に
知れぬ不安と、寂しさを感じるのもまた事実
大変驚きました。
のように思います。
この軽井沢学園は、軽井沢にある児童養護
出会いの季節であり、別れの季節でもある
施設であり、主に近親者からの虐待により保
からなのでしょうか。会社内の移動や転勤も
護され、家族と離れて暮らす子どもたちが生
多く、各学校では、卒業式が行われています。
活している施設です。現在、2歳から18歳ま
私もこの春、4人の高校生と、ひとりの小
で、50人もの子どもが生活していますが、地
学生の女の子の新しい出発に立ち会わせても
元の方々でさえ、どういった施設であるかあ
らいました。とっても嬉しいことなのに、心
まり知らない場合もあるようです。
配と、もう会うこともないような気がする中、
知られていないということはとても不安で
それを感じながらも、元気に手を振ってくれ
あり、福祉の目が行き届かない原因にもなり
た子どもたちの笑顔を忘れることができませ
ますが、何より知ってもらうことにより起こ
んでした。
る優しい気持ちの連鎖は、子どもたちやそこ
で働く職員の方の励みや勇気にも繋がるよう
私たちは昨年の秋に「軽井沢学園を応援す
に思いました。
る会」という会を立ち上げました。
友人数人に話をしたところ、やはり知らな
長年の友人が、こちらの施設の職員であっ
い人が大半であり、知ると同時に、大変に関
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を進めていきました。ただ、私たちはニュー
スレターを製作するにあたって、ひとつだけ
決めごとをしました。それは「学園の子ども
たちが読んでも、力になるものであること」
です。
フリーペーパーのようにどこにでも置くと
いうことはせず、傷を持ちながらも、元気
いっぱい暮らしている子どもたちがいること
を、後ろ盾のないまま社会に出ていく子ども
たちのことをお話しつつ、手から手を経て広
がるよう心掛けていくつもりではありました
が、学園の子どもが、どこで目にするかは分
心を示してくれました。そしてすぐに施設の
かりません。だから隠すのではなく、何時、
見学と、職員の方からの直接の説明を受け、
子どもの目に触れても良いものを作ろうとい
稀に見る行動力の持ち主である彼らは、すぐ
うコンセプトを持って、軽井沢学園を応援す
に動き出してくれました。驚きとともに、大
る会のニュースレター「ストリートパズル」
変にありがたく嬉しかった。しかしその力の
は生まれました。
源は、私たちを珍しそうに、それでもキラキ
ストリートパズルという語源もそれを意味
ラした笑顔で迎えてくれた子どもたちの存在
するものです。施設で生活しているからと
だったのだと思います。
いって、決して特別な子どもではなく、
「家
私たちは、まず初めにニュースレターを作
族と離れて暮らしている、その過程がある」
ろうと思いました。
「軽井沢学園を応援する
ということ以外は、流行に敏感であり、お
会」の会員になっていただいた方に、2千円
しゃれが大好きな普通の子どもたちです。同
の年会費を収めていただき、その方々に年4
じ時代を生きる沢山の人の中にいる、同じ時
回お届けするものです。
代の子どもたちなのです。
製作費は、掲載広告で賄い、会費としてい
デザインや形式は、大竹財団さんが発行し
ただいたお金は、すべて子どもたちの為に使
ておられる、こちらのニュースレター「地球
われるようにしようと、広告を載せて下さる
号の危機」を、かなりお手本にさせていただ
企業を募り、制作費に充てました。
きました。
このニュースレターを手にしたことにより、
内容も、各方面の方々に、年代を超えて原
家族と離れて暮らす子どもたちのことを、ま
稿をお寄せいただくように心がけました。そ
たご自分の周りの地域の子どもたちのことを、
れは童話や俳句、子どもを持つ主婦の方の気
他人のこととして境界線を引くのでなく、考
持ち、大学生の社会への意気込みなどいろい
えるきっかけにしてもらえたらと思い、制作
ろです。もちろん、その中に混じって、軽井
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沢学園の子どもたちの様子もありますし、施
設職員の方の思いを綴ったページもあります。
職員の方の講演会や、仲間によるチャリ
ティーコンサート等を行いつつ、少しずつ会
員数を増やしていきました。そんな中、少し
だけ問題が起きました。会員になってくだ
さった方から「どうしてもっと子どものこと
を載せないのか」という問い合わせを、数件
いただくようになったのです。
これには正直、迷いが生じてしまいました。
「もっと子どもの様子が知りたい」という意
見は、施設の子どもたちのことを知った今、
心配するお気持ちも手伝っての、無理からぬ
湯木 恵美
ことだと思うのです。もう少し、施設の子ど
ストリートパズルは、最初の決めごと通り、
ものことに触れたページ数を増やそうか、他
沢山の方面の、沢山の方に支えられている会
のコーナーを削ろうかという意見も出始めた
であることが、はっきりわかるものでなくて
ころ、学園の保育士さんが、小さな子どもを
はなりません。
そして学園の子どもたちも、
同
寝かしつける時、
「ストリートパズル」に掲
じ時代を頑張って生きている、同じ時の子ど
載されている童話を使ってくださっていたこ
もであるんだと、元気になり力にしてくれる
とを知りました。また、手にとってくださっ
ようなニュースレターでなければなりません。
た方が、掲載された主婦の方の、子どもを育
ほんの些細なことで、どうしてこんなにも
てる過程における迷いを綴った記事に感銘し
すぐに揺れてしまったのか。不慣れであるの
て、自分だけじゃないんだと、元気になった
が理由なのか、発足時のメンバー以外の方の
と言ってくださったり、多くの方に読んで欲
意見に驚いたのか、それにしてもたったの半
しいので、会社の観覧コーナーに置いたとこ
年です。まったくお恥ずかしい話でしたが、
ろ話題となっているが、良かっただろうか?
よたよたと手探りな私たちの会は、なんとか
と問い合わせをいただいたりもしました。と
また最初の方針を貫くことで歩き始めました。
ても嬉しいことでしたし、いずれ学園の子ど
お陰様で、会員数も増えつつあります。
もたちも、何らかの経緯で読むことになるの
「自分にはこんなことが出来るけど、どうだ
は明白だと思いました。私たちは、自信を
ろうか」と、暖かい申し出もいただけるよう
持って、彼らに手に取って欲しいし、それを
になり、現場で働く職員の方々に相談しつつ
読んだ感想を、勇気と力に変えて欲しいと、
進めています。
改めて思いました。
これからも、思いもよらない問題が起きる
しなやかに強く 新しい旅立ちに向けて
かもしれません。そんな時は前向きに、少し
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でも子どもたちや職員の方のプラスになるよ
う、対処できたらいいなぁと思っています。
なんと言っても私たちは、
「軽井沢学園を
応援する会」なのですから。
長い日本の春はまばらで、あったかい季節
の訪れを同時に感じることは難しいのですが、
心を温める話題の伝達に場所は問われません。
日本国内を網羅したタイガーマスクの
ニュースは表向き下火になっているようです
が、着実にあちらこちらで芽を出し始めてい
るようです。
「自分以外の人の痛みに目を向ける」この当
た4名の子どもと、お母さんの元へ帰れるこ
たり前のようであって、忘れられがちであっ
とになったひとりの女の子の5名を送る会で
たことが、今また少しずつ思い出され、考え
した。
て直され始めているように思いました。
帰り際、いつまでも手を振ってくれている
子どもの後ろには、本当の家族の代わりにな
ご招待いただいた「軽井沢学園を卒園する
り、ずっと支えてきた職員の方々の泣き笑い
子どもたちのお別れの会」は、笑いの渦の中、
のような笑顔がありました。
あっと言う間の時間でした。
しなやかであって欲しい。強くあって欲し
児童養護施設にいられるのは高校3年生で
い。そしていつかまた、元気に頑張っている
ある18歳までであるため、今年高校を卒業し
姿を、必ず見せて欲しいです。
「地球号の危機」ニュースレター No.3
70
2011年 3月20日発行
発 行 財団法人 大竹財団
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