ヨルダンでの2年間

ヨルダンでの2年間
加藤義重(元 産総研所属、現 産総研嘱託)
私は「ヨルダン カラク地方の排水の灌漑用水への適合性」という大きなテーマを抱えてヨルダンへ行きま
した。カラクは首都アンマンから 125kmのところにあります。カラク県は人口およそ 17 万人、カラク市はお
よそ6万人で大多数がイスラム教徒で占められています(約 90%)。そして、残りの人口の殆どがクリスチャ
ン(10%)と考えられます。カラクは標高約 950m という山岳気候に位置しますが、一年は乾季と雤季に大きく
分けられます。乾季はおよそ4~11月で、雤季は12~3月です。乾季は暑く、時には40℃以上になります。
ただし、乾燥しているので、日陰に入れば涼しくなります。そして乾季には雤は一滴も降らず、空は雲一つな
い晴天の毎日です。冬を中心とする雤季は時として大雤となりますが、人々には道路に側溝を設けようという
考えはないようです。山岳都市であり、坂ばかりの町であり、そのせいで、大雤が降ると、道路は滝と化し、
水は低い部分に溜まり、道路は歩けない箇所が沢山できます。また、大雪が降ったら歩けなくなり、私の行く
前年は各会社が一週間ほど休みになったと聞きます。そのカラク市の南部に国立のムタ大学があります。
ここでは、特に印象に残っている気候のこと、死海、ラマダン、冠婚葬祭、等を紹介し、仕事のことは、
当日ゆっくりお話ししたいと思います。
カラクから車で1時間ほどのところに有名な“死海”があります。死海沿岸では大規模なカリ工場アラブ・ポ
タッシュ・カンパニーが生産を続けています。死海はイスラエルとヨルダンの国境に位置しています。湖水の
塩分が海水の10倍と極めて濃く、水面は世界で最も低く、海面下にあります。面積は琵琶湖よりも一回り小
さく、周辺には聖書に関連した史跡が多く存在します。カラクから死海に行くと標高差から 1、000m以上を下
ることになります。死海の周辺にも人々は沢山住んでいますが、地下水は塩水です。私たちの研究の一つは塩
水でも育つ野菜を探すこと及び野菜を塩水に慣らす目的で、野菜の塩水による生育度を観察・研究しました。
イスラム教の国にはラマダンと言う断食月があり、一ヶ月断食します。と言っても何も食べないわけでは
ありません。朝の日の出前に朝食を、夕方日没後に夕食を食べて良いことになっています。昼間は飲食は一切
できません。タバコも喫えません。水が飲めないと言うのはきついと思います。ラマダン期間中は共同トイレ
に入るとミネラルウオーターの空瓶が沢山捨ててあります。我慢できない人たちが飲んだのであろうと考えられます。ラ
マダン期間中は午後になると人々はお腹が空いて、喉が渇いて、いらいらして午後3時過ぎには喧嘩する人が
多く、交通事故も増えるそうです。その時間帯には外出しないようにと、注意を受けたことがあります。ラマ
ダンは大陰暦に沿ったもので、毎年時期が 10 日ずつ早くなる。従って、いろんな季節にラマダンがやって来る
ことになります。われわれのヨルダン赴任の時がラマダンだったので二年間で計三回のラマダンを経験しまし
た。
ラマダンを難行苦行の宗教的行事のように、語ってしまいましたが、実はそうではなく人々
はラマダン明けを待ちわびて、どんちゃん騒ぎをするのが楽しみにしているのです。ラマダン明
けには繁華街には買い物客が溢れるほど集まってきます。大きな声で楽しそうに語らったり、丁
度、日本の年末年始の風景のようです。ラマダンの最中でも、原則として、日が暮れれば食事を
とっても良いことになっていますが、実際は夕方5時を過ぎれば皆食べ始めます。つまり、5時
前には町のレストランは長蛇の列ができます。子供達も5時が待ち遠しくて長蛇の列の周りで大
騒ぎをしています。ラマダンの最中でも苦行明けの夕方が楽しみなのです。
この国では結婚式や葬式では男女は同席しません。男は男、女は女のグループを作ってお喋りをしていま
す。歌ったり踊ったりも、男同士、女同士です。子供の時は男の子・女の子は一緒に遊びますが、小学校の中
学年頃から遊ばなくなり、女性は被り物で顔を隠すようになります。成人の男性・女性は並んで歩いても隣に
座ってもいけないので、バスに乗ると男性列、女性列となります。初めは、知らなかったので、私は女性の隣
に座り、叱られてしまいました。失敗は沢山あります。この国の人間はどっちかと言うと、穏やかな人が多い
と思います。
「ベドウイン支援のための排水の浄化・灌漑用水化」構想
ベドウインの支援の為の「排水の浄化・灌漑用水化」構想を述べてみますが、この構想はベド
ウインのみならずヨルダン全体の利益になるものと考えます。
まず、ベドウインに灌漑用水を提供し、砂漠を開拓した土地を与え定住してもらい、農業と
牧畜を行ってもらいます。水源は排水で、年当たり
1.カラク地方のリン鉱山からの400万m3
2.カラク市から80万m3
3.ムタ大学から30万m3
4.カラク病院 発表なし
5.未処理のまま捨てられる水 これはかなり多いと考えられます
カラク地方の排水を全部合わせておよそ 1000 万m3/年と推定されます。
ヨルダンの降水量はおよそ 100mm/年です。しかし、これは全国及び年間平均ですが、実際
は、 雤期(12~3 月)のみの降水量で、雤期でも余り降らない地方もあり、あくまでもすべての
平均値です。因みに日本の降水量は 1,700mm/年です。
しかし、私の経験からいうと雤季のカラクの雤量は半端ではありません。雤が降ったら水没
する道路が沢山出てきて、水はなかなか引きません。ダムを作って雤季の雤を溜めておくことが
できれば、発電もできるし農業にも使えるし、家庭の水不足も解消できると考えられます。しか
し、誰もダムを造り水を貯めて、利用しようという考えの人はないようです。ついでながら、こ
の国には道路に水捌け用の側溝を作ろうという考えもないようですが、側溝を造って水を集め、
人の住まない土地にダムを造り、水を溜めることを考える必要があると考えます。
まず、ベドウインのために農地として開墾する土地は、アル・ヒサ鉱山の近くの砂漠地帯1
km×1kmおよそ 100 万m3を考えていました.これは東京ドームよりも少し小さい。因みに東
京ドームは 124 万m3です。
試験的に、ここにおよそ 50 人程のベドウインを定着させて、酪農・放牧を始めてもらいます。
酪農にも放牧には、もっともっと土地と水が必要であり、カラク地方の排水だけでは足りません、
雤季の降水を溜めておく雤水溜めとダムを作れるかどうかにこの構想の成否はかかっていると言
えます。
当分の間は上記の1~4の排水で始め、徐々に雤水溜めとダムを築いて耕地を大きくしてゆ
くのが良いと考えます。
日本の農業用水総量は 549 億トンと言われます。日本の場合、1kgの米には 3.6 トンの水が
必要でありトウモロコシ 1.9t、小麦は2t、大豆は 2.5tといわれています。従って、これらは
カラクの排水の灌漑化だけではいくらも作れません。
ヨルダンの年間降雤量の平均は 83.6 億m3、日本の降水量は 1、718m3 でおよそヨルダンの降
水量は日本の20分に1です。人口は日本の 20 分の 1.土地は4分の1です。日本に負けないだ
けの天の恵みがあり有効に生かせば、ベドウインだけでなく国として作物を、もっともっと生産
することが可能と考えられます。上記のようなトウモロコシ、小麦、大豆等の生産も十分可能と
考えられ、まず、ベドウインの定着から始め、国全体の盛り上がりにもって行くことがヨルダン
の為にも、良いのではないかと考えられます
「ベドウインとの出会い」
私は,かねがねベドウインの生活を知るために彼らに会い、生活環境を見たいと思っていま
した。機会があり連れて行ってくれる人がありました。
町の中心地を離れた砂漠にテントを5張り張って遊牧生活を送っている一家でした。夕方訪
ねた理由は、明るいうちは働き手達は、羊や牛を連れて水や草をさがして歩き回っているので、
帰ってくるのは夕方であろうと考えたからです。私が訪れた時も日暮時に羊たちを連れて帰って
来ました。一番大きなテントには大きな囲炉裏が作ってあり、枯れ木などがくべられていた。住
んでいたのは夫婦と2人の息子夫婦とその子供達の計 12人でした。囲炉裏の周りは座る順序が
きまっていて父親,長男、次男,子供達。女性達は忙しく食事の用意に立ち働いていました。囲炉裏
の光が明るくて,他に照明は必要がないほどでした。しかし、別のテントには、発電機やテレビ
があり、外には車がありました。世間で思っているほどの貧乏生活をしているわけだはないよう
です。毎日、夜明けと共に起き、日暮とともに食事をして寝る。極めて健康な生活を送っている
ようです。子供たちの学校のことを訪ねると、年のうち何か月かは学校に行くと言っていました。
最小限度の読み書きができれば十分と親は言っていました。
簡単な料理を少々ごちそうになりました。子供達は皆元気ではつらつとしていました。案内
してくれた人は、子供たちに小遣いをあげてくれというので6人の子供達に1ドルずつあげまし
た。私たちがヨルダンで行おうとしていた「ベドウインに決まった土地を与え、灌漑用水を供給し、
農業や牧畜の仕事ができるようなれば、幸せだろうと」考えたのは、はたして正しいのかどうか疑
問をいだいてしまいました。ベドウインのためになるのかどうか。彼らは今の生活で満足いてい
ると見受けたからです。