解答のヒント 今回のテーマは「人工知能と人間」です。記事は、将棋ソフトのコンピューターが昔と 今では比べものにならないくらい強くなっているという話題から始まっています。そして、 近年人工知能が飛躍的に進歩していることを指摘し、最後に「コンピューターはできない が人間にできること」を見つめ直してはどうかと提案しています。 <人工知能が用いられている場面> それでは、人工知能についてもう少し具体的に見ていきましょう。記事の中に「最近、 コンピューターがプロ棋士と互角の勝負を繰り広げている」とありますが、それについて は新聞やニュース番組などで知っている人も多いでしょう。ただし、人間とコンピュータ ーがボードゲームで戦うのは今に始まったことではありません。1997年には、チェス の世界王者がコンピューターに負けたということが話題になりました。チェスは高度な思 考力が要求されるゲームですが、今からおよそ20年前に、実はその知的なゲームで人間 がコンピューターに負けていたのです。 もっと身近なところでは、みなさんがお持ちのスマートフォンにも人工知能が使われて います。スマートフォンに向かって声で用件を伝えると、機械が音声を認識して天気や位 置情報などを教えてくれるのです。また、記事の中では「車の自動運転」について触れら れていましたが、これもすでに部分的に実用化されています。車が道路の横幅や車間など を感知して自分の位置を把握しながら走行するのです。今後は音声認識技術も加わること で、車に目的地を告げれば自動で連れて行ってくれるようになるかもしれません。 さらに、コンピューターによる自動翻訳も見過ごすことはできません。これは日本語を 入力すれば直ちに外国語に変換してくれるという機能です。翻訳は本来人間の知的な営み の一つですが、それが今ではそれなりに高い精度でコンピューターが行えるようになりま した。今後、翻訳技術の精度がもっと向上したとしたら、日本の外国語教育にどのような 影響が及ぶのでしょうか。 もう一つだけ例を紹介しましょう。みなさんの中にはネット通販を利用した経験がある 人も多いでしょう。ネット通販でものを買うと「あなたにお勧めの商品」が自動的に示さ れます。それが可能なのは、ネットでの購入履歴から、その人の好みや関心を人工知能が 分析しているからです。 <人工知能の仕組み> 人工知能が用いられている場面をいくつか紹介しましたが、そもそも人工知能はどのよ うな仕組みで動いているのでしょうか。一口に人工知能の仕組みといってもその全てを説 明することはできませんので、ここでは一例として人工知能が行う「機械学習」について 紹介します。 先ほど、ネットでの購入履歴からその人の好みや関心をコンピューターが割り出すと述 べましたが、その際には履歴のデータが重要になります。つまり、コンピューターは大量 に蓄積された過去のデータから一定の法則やパターンを見いだしたうえで、最適な一手を 打ち出すのです。別の例で言えば、ボードゲームの場合、プロのプレイヤーの指し手を大 量に記憶することによって、徐々にコンピューターは強くなります。また、翻訳技術の場 合なら、原文と翻訳(対訳)のデータを大量に記憶することで、 「 この場合はこう訳すとう まくいく場合が多い」と学習し、次第に自然な翻訳ができるようになるのです。さらに、 記事で触れられた「小説執筆」についても同様で、構成や筋書きといったプロットを大量 に記憶させ、そこから人物の性格や行動のパターンについてある程度把握していくことで、 次第に物語が書けるようになると言われています。このように、大量に蓄積されたデータ から一定の法則を導き出そうとする過程を機械学習と呼びますが、人工知能はそれを通し て様々な分野で応用されているのです。 <コンピューターはできないが人間にできること> 次に、記事の最後で述べられているこのテーマについて考えてみましょう。一見すると、 コンピューターは芸術的な営みや、人間とのコミュニケーションなどが苦手ではないかと 思われがちです。しかし、先ほど述べたように、機械学習によって、コンピューターは小 説執筆にも取り組み始めています。音楽についても同様で、人間が心地よくなる音楽をコ ンピューターに大量に覚え込ませれば、気持ちのいいメロディーやコード進行のパターン を人工知能が見いだして、ある程度まともな曲を作れるようになるかもしれません。 また、最近ではコンピューターが人間と自然なコミュニケーションを行えるようにもな ってきています。実際介護の現場では、高齢者が小型のロボットと対話することで、認知 症の改善などに役立っているという例も報告されています。人間と話すよりもロボットの 方が気楽でいいというのです。 こうしてみてくると、 「コンピューターにはできないが人間にできること」を見つけるの はなかなか難しいことが分かります。しかし、それでも考え抜くところから独創的なアイ デアが生まれてくるのです。私が「人間にしかできないこと」というテーマで思いついた のは、 「自分を疑う」ということです。人工知能は人間とは違って自分自身を疑うことがで きないのではないか、と考えてみました。 例えば、先ほど車の自動運転技術を紹介しましたが、この精度が向上すればするほど、 タクシーやバスの運転手の仕事が奪われる可能性が高まります。翻訳技術の向上にしても、 それが外国語教育に及ぼす影響ははかりしれません。しかし、当の人工知能は、そうした 社会的に大きな影響を及ぼす自分の存在について何の疑問も抱きません。なぜなら、そも そも人工知能は、過去のデータやあらかじめ組み込まれたプログラムの枠内で判断・行動 するからです。言い換えれば、人工知能はそうしたデータやプログラムを前提としてはじ めて機能するのであり、その前提を対象化して捉えることはできないのです。 このような人工知能に対して、人間の知性は自己自身を対象化して捉えることができま す。例えば、みなさんは毎日学校に通って勉強をしているわけですが、なぜ勉強しなけれ ばならないのかと思ったことがあるでしょう。コンピューターであれば、勉強する、テス トを受ける、いい点数を取るという目的やプログラムが設定されれば、脇目もふらずに直 進するだけですが、人間の知性は自分の思考や行為を対象化し、それらの意味や価値を疑 うことができるのです。 では、自己自身を疑うことにどんな意義があるのでしょうか。繰り返しますが、人工知 能は「知能」を持つとはいえ、自己自身のあり方に疑問を抱くことはありません。だから こそ、人間の側が、人工知能を進歩させようとする自分たちの行為を疑い、その行き過ぎ や危険性などを慎重に判断していく必要があるのです。現在様々な職業において人間がコ ンピューターに取って代わられようとしていますが、このような意味で、人間の知性が本 来人工知能に取って代わられることはないのです。 ただし、いま「本来」という言葉を使いましたが、多くの情報が溢れ、時間的にもゆと りを持ちづらい現代社会において、人々は自らの知性をあまりはたらかせることができて いないのではないでしょうか。人工知能の問題に限らず、地球規模での資源の枯渇や環境 汚染が叫ばれている今日、人類は長期的な視点から自分たちの生き方や価値観を見直す段 階にきています。これまでコンピューターは人間の知的レベルを目指して進歩してきまし たが、人間が自己自身の生き方や価値観に無頓着のままでいると、次第に人間の方がコン ピューターに近づいてしまいます。それは人類にとっても地球にとっても危険な状態です。 したがって、今後の人工知能の可能性については未知数の部分が多いものの、人工知能が どれだけ発達しようと、人間は自らを疑う精神を保持し続けなければならないのです。 <解答例の構成について> 今回の解答例は以上の流れに即して書かれています。第一段落では問題提起とそれに対 する自分の考えを端的に示しています。第二段落・第三段落では第一段落を受けてコンピ ューターの「知能」と人間の「知性」についてそれぞれ具体的に検討しています。第四段 落・第五段落では人間の知性の意義や価値を説明し、説得力を高めています。自分で答案 を書く際の参考にしていただければと思います。おつかれさまでした。 (篠原 圭佑)
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