実践事例5 1 研 究テ ーマ 「自画像をテーマとした鑑賞の授業による連携」 2 テ ーマ 設定の 意図 不思議なもので、児童の作品の中に人物が登場すると、画面全体が明るくなったり、 動きが出たりする。人物は、生き生きとした子どもらしい表現を象徴する大事な要素で ある。しかし、何も言わずに自由に人物を描かせようとすると、ほとんどの児童が輪郭 や髪から描き始める。この方法では、絵に広がりが出ず、小さく精彩のない表現に陥り やすい。また、今や児童の生活に密接に関わる漫画やアニメーションの影響から、それ を模倣した個性のない概念的な表現も目立つ。このような意味で、のびのびと自分の思 いを表現できる力や、対象を観察する力を高めることは、小学校の図画工作科における 重要な課題だと考える。そこで、第一に、自分の顔の一つ一つを細部までよく見て自画 像を描くこと、そして第二に、高校生を始めとした、さまざまな自画像の表現を鑑賞す ることに取り組む。4年生のこの時期に、このような学習を経験させることを通して、 漫画的な表現や概念的な表現から一歩脱却させ、これからの人物表現に豊かさを与えた いと考え、本テーマを設定した。 3 調 査研 究の内 容 (1) 「みて・みて・みて!わたしの顔」 (2) 「いろいろな顔を見てみよう」 4 ア 小・中・高合同自画像展を通して イ 名画鑑賞を通して 実 践事 例 (1) 「みて・みて・みて!わたしの顔」 児童の様子を見ていると、表現を楽しんで豊かに描かせたいと思う教師の願いとは 裏腹に、 「人間の顔というのは、こういうものだ」という、かなり固定化されたイメー ジがあると感じられていた。自分の顔を十分に見つめてさまざまな発見すること、そ れが今までの表現から抜け出す第一歩になると考えた。 そこで、次のような取り組みを行った。まず、顔の構成部分(目・鼻・口・耳・眉) のスケッチを行う際、画用紙に印刷された枠の中にそれらを個別に描くという、筒を 通して対象を焦点化して見るような状況を作り出し、一つ一つ十分に観察力を発揮し て描かせるようにした。その後、福笑いを楽しむように、いろいろ試しながら描かれ た部分スケッチを台紙に貼り付けるという、これまで体験したことのない順序と方法 で、遊び感覚と新鮮な想像力を起こさせながら自画像を描かせた。また、大きくのび のびした表現を進めるために、輪郭と髪は目・鼻・口・耳・眉を描いた部分スケッチ を台紙に貼った後に描くことを指導した。 ○題材の目標 【関心・意欲・態度】 自分の顔を部分ごとに分けて描き、想像を広げながら表現することの楽しさを味わ うことができる。 【発想や構想の能力】 部分スケッチやそれらの組み合わせ・配置から、自分らしい自画像の発想を広げる ことができる。 【創造的な技能】 自分の顔をじっくり観察して、細かな部分を大事にしながら、工夫して描くことが できる。 【鑑賞の能力】 自分や友だちの表現のよさや違いを感じ取ることができる。 ○指導計画 (1) 自分の顔を鏡で見ながら、部分ごとに分けてスケッチをする。・・・・・・ 45分 (2) 部分スケッチをはさみで切り取り、いろいろ試した後台紙に貼り付ける。 ・・30分 (3) 必要な線や輪郭、髪などを描き込んだ後、彩色する。・・・・・・・・・・・90分 鏡を見ながら部分スケッチをする児童たち(7月) 完成した児童の作品 (2) 「いろいろな顔を見てみよう」 ア 小・中・高合同自画像展を通して 自画像の制作は、4年生の学年全体(3学級)で取り組み、9月6日・7日に開か れた県立芸術総合高等学校の文化祭における「小・中・高合同自画像展」に、90名 全員の作品を出品・展示した。遠方であったにもかかわらず、各学級3,4名ずつの 児童が保護者とともに足を運び、自分たちの作品と他の小・中・高の作品を鑑賞した。 残念ながら、自画像展に行くことができなかった児童も多くいたため、そうした児童 については、県立芸術総合高校の生徒の作品を8点借り、教室で鑑賞するという形を とった。また、11月には児童一人一人の作品に、高校生のたくさんの好意的なコメ ントが添えられて返却され、一生懸命取り組んだ児童たちにとって、大きな励みにな るとともに、自分たちの絵を新たな視点で見つめ直すきっかけとなった。 高校生の自画像を鑑賞する児童たち(12月) 中学生・高校生の自画像は、小学生とはとてもちがくてすごかったです。どんなとこ ろがすごかったかというと、えんぴつだけでかいてあったからです。同じこさのえんぴ つなのに、かみの毛、はだなどで色がちがうからすごいなと思いました。絵の具を使っ た自画像も、はだの色、目、口、耳、かみの毛、はいけいもどれも色づかいがよくてす ごかったです。 えんぴつだけで表じょうやしわ、かみの毛など細かくかいていてうまいなと思いまし た。全体的に、かげになっているところのうすくかく、こくかくという色分けがすごい なと思いました。 わたしよりうまいほかの学校の絵がたくさんありました。特に、えんぴつでかいてい た人たちがとてもうまいし、どうかくとうまくいくのかも少し分かりました。わたしも あの人みたいに絵がうまくなって、あのうまい絵をかけるようになりたいです。 わたなべさんがとてもいいと思いました。理由は、はいけいが丸くかいてあって顔も とても楽しそうな気持ちがつたわって、わたしは気に入りました。 全体てきに、鼻や服やメガネなど、じっさいうきでている部分を立体的にうきでるよ うにかいていてすごいと思いました。はいけいも、黒のところ、白のところのもようが はっきりしていていいと思いました。歯のはえ方や歯の形もいいと思いました。 みんなとってもうまくて、目やいろいろなところを細かくていねいにやっていて、す ごくはなやかで美しかったです。ここに出てないのでも、すごくうまいのかなと思いま す。私は口をかくのがたいへんでした。 かみの毛が一本一本ていねいにかいてあって、笑ったときの顔のしわなどもちゃんと かいてあってすごいと思いました。 高校生から寄せられた自画像へのコメント(11月) ・一生懸命 かいたのが 、すごい伝 わってき ます。耳がうまくかけていると思います。 ・茶色く大 きな目がい いですね。 顔を大き くかけていてとてもいいと思います。 ・目の色を 、ちゃんと 見てかいた んだなと わかりました。 ・はいけい のピンクと 服の白色が とてもか わいらしい感じがします。 ・まつ毛ま でしっかり 上手にかけ ています ね。 ・紙いっぱ いに顔が入 っていて、 とてもは くがあります。 ・すごく上 手です。目 がパッチリ していま す。 ・くちびる のラインが 、感じが伝 わってき ていいです 。ピンク色 のヘアピン が似合 っています。 イ 名画鑑賞を通して さまざまな自画像の表現のあり方に触れるという観点から、他校の自画像作品以外 に も、パ ブ ロ・ピ カ ソ 、ア ル チ ン ボ ル ド 、ヨ ハ ネ ス・フ ェ ル メ ー ル 、レ オ ナ ル ド・ダ ・ ヴィンチという、児童にとって親しみやすく、またそれぞれ画家の個性がよく出た作 品を鑑賞する機会を設けた。自画像という枠組みからは外れるが、児童たちは自分の 知っている作品もあるということで、意欲的に鑑賞に取り組み、お気に入りの作品に ついて互いに意見の交流をすることができた。 お気に入りの作品を鑑賞する児童たち(11月) 「泣く女」 パブロ・ピカソ 後ろから見ていると、かみの毛の色がうすく見えるけど、前で見ていたらすごくか みの毛の色がこくて、何かの動物に見えました。いろいろな色を使っていてきれいに していたので、すごいなと思いました。 「春・夏・秋・冬」 アルチンボルド 後ろから見たら、人にかざりをつけたかと思ったけど、前で見ると、一つの絵に花 だけで作った人や、やさいで作った人やくだものなどで作った人や木で作った人がい て、とってもおもしろかったです。 「ターバンの娘」 ヨハネス・フェルメール しんじゅのイヤリングが光っていて、きれいでした。ターバンがすごくにあってい て、色白でかわいい顔をしていると思いました。ひびが入っていてかわいそうだと思 いました。 「モナ・リザ」 レオナルド・ダ・ヴィンチ 遠くから見た感じと、近くから見た感じがちがって、はい景の岩や顔の左右の表 情 がちがうところが怖くて、顔にあるかげが顔の表情をもっと不気味にしていて、怖 い けど気に入りました。 4 分 析と 考察 今回、自画像の制作を経験して、児童から「上手に描けてうれしい」 「細かいところま でよく描けた」という声が多く聞かれた。 「自分の顔を一つ一つよく見て描こう」という 教師の提案により、試行錯誤しながら何とか自分らしい自画像を描き切ろうとした結果 だと思われる。また、互いの作品を鑑賞して、肌や髪の毛の色の変化や質感、各部分を ていねいに描けたことを認め合う感想が多く見られた。背景について言及した感想も多 く、児童の絵では、表現・鑑賞双方において、これが重要な構成要素だということを改 めて気付かされた。 研究主題である「自画像をテーマとした鑑賞の授業による連携」については、作品を 通じた交流によって、児童たちが絵に対する関心を確実に深めていくのが感じられた。 児童の感想を読むと、特に次の点に対して関心が集まっていた。まず何と言っても、そ の写実性である。小学校4年生の児童たちにとって、絵の写実性というのは大きな関心 事である。そして彼らにとって鉛筆は、多くの場合下書きをするための道具である。そ の濃淡によって細密に仕上げられた高校生の自画像は、大きな驚きと「ああいうふうに 描けるようになりたい」という憧れをもって受け止められていた。また、自画像の表情 に注目した児童もいた。おどけた顔や大きな笑顔――笑顔にも本当にいろいろな描き方 があった――など、その表情のほんの少しの違いによって、見る者が受ける印象は大き く変わるというのは、自分たちの自画像だけではなかなか発見できなかったことで、こ れは大きな学びにつながったと思われる。 5 成 果と 課題 約半年間にわたって自画像をテーマに表現と鑑賞の活動に取り組んできたが、児童た ちにとって、学ぶことの多い大変有益な時間になった。表現では、児童たちが経験した ことのない方法で制作を進めた。自分の顔なのに、見ているようで、実はあまり見てい なかったということを口にする児童もいた。今回の取り組みでは、本当の意味でじっく り見つめ、一人一人自分らしい自画像を完成することができた。ほとんどの児童が思い 入れを込めて自分自身で満足のできる作品を仕上げることができたのは、大きな成果だ と言える。特に小学校の図画工作科では、児童が意欲をもって楽しく活動することを重 視し、教師の積極的な方向付けよりは、むしろ児童の自由な表現を大事にしようとする 流れがあると感じられる。今回の実践は、それに沿うものではないかもしれない。しか し、児童たちは、専ら自由に発想し、表現することに教師が視点を向けるがゆえに何も 描けない、楽しく活動できない、思い描いていたような美しさにたどり着けないという ジレンマを抱えているのもまた事実である。児童一人一人に目を向け、その力を伸ばす という立場に立つならば、小学校の段階からより積極的に基本的な技能を身に付けさせ、 中学校への橋渡しをすることが必要ではないだろうか。 鑑賞では、9月の合同自画像展という大きなイベントを中心として、互いの作品のよ さにふれあうことができ、小・中・高の連携や交流という目的は、十分に果たされたと 思われる。特に本校の場合は、小学校4年生という一番下の学年に当たり、他校の児童 生徒の自画像作品が大きな刺激になっていた。ここで学んだことが一つのきっかけとな って、児童たちの表現の可能性が広がっていくだろうと感じている。
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