序 章 終活診断士とは 序 章:終活診断士とは? 1. いま、なぜ終活診断士なのか? 少⼦⾼齢化という社会構造の根幹に関わる脅威に対して、⽇本全体が⽴ち向かおうと努⼒してい る。⽇本は 1970 年に⾼齢化社会、1995 年に⾼齢社会、2007 年にはついに超⾼齢社会に突⼊した。 5 ⼈に 1 ⼈が 65 歳以上、9 人に 1 人が 75 歳以上という社会において、従来にはなかった問題への 対策が必要とされている。 2009 年頃より「終活(終焉活動)」というキーワードのもと、エンディングに関するありとあら ゆる分野で「⼈⽣の終わりのための活動」が⾏われるようになってきた。経済産業省でも、安⼼と 信頼ある「ライフエンディング・ステージ」創出に向け、様々な⾓度から研究が重ねられている。 終活が社会の中で必要とされてきた経緯について、社会的構造の変化、医療の発達、高度情報社 会という 3 つの背景が考えられよう。 ❖終活盛況 3 つの背景 社会構造の変化 少⼦⾼齢化が進み、人類史上初めてともいえる人口の自然減少と超高齢化の併存する日本では、 ⼈⼝動態の急激な変化や核家族化による住環境の変化など、社会構造そのものが大きく変容するな かで、従来であれば地域社会や親族のサポート、つまり地縁・血縁で解決が図られてきたエンディ ング期の諸問題が、本⼈や限られた家族、近親者だけで解決することを迫られるようになり、今ま でにない新たな問題が⽣じている。 これは単なる「縁」が薄くなったということだけでなく、元来、そうした縁の上に蓄積されてき たはずの「知」が失われていることを意味する。その結果、いざというときに「どうしていいのか わからない」 「誰に相談したらいいのかわからない」という困惑のなかで右往左往することにもなり、 場合によっては、誤った情報に踊らされたり詐欺や事件に巻き込まれることにもなりかねない。 ⾼度情報社会 誤った情報を元にした強引な勧誘や詐欺事件など、高齢者をターゲットとした犯罪は増加の一途 を辿っている。ここには判断力や思考力の低下という、高齢者にまつわる身体的衰えのほかに、情 高齢化社会・高齢社会・超高齢社会 高齢化社会:65 歳以上の人口の割合が 7%超の社会 高齢社会 :65 歳以上の人口の割合が14%超の社会 超高齢社会:65 歳以上の人口の割合が21%超の社会 (WHO の定義) 日本の 2013(平成 25)年の高齢化率は 25.1%。4 人に 1 人が高齢者という社会になっている。 このまま推移すると 2060 年には 2.5 人に 1 人が 65 歳以上の高齢者となると見込まれている。 4 序 章:終活診断士とは? 報格差の問題が横たわっている。インターネットの普及に伴い、⽣活者が触れることができる情報 が爆発的に増えていることは間違いないが、情報を取り出すデジタル端末機器を操作できる ・ でき ないという大きな格差が存在する。 また、情報量の増加により⽣活者に提⽰される選択肢も多様化している一方で、⾃分にとって最 良の選択肢を選ぶために必要な情報を、必ずしも適切に得られているとは限らない。情報の海のな かで、何が正しいのか、何が自分にとって最良なのかという判断は、非常に困難なものとなっても いる。⽣活者⾃⾝が⾃分にとって必要な情報を引き出すための能⼒であるリテラシーを社会全体で ⾝につけることが急務になっている。 医療の発達 1950 年の日本人 0 歳児の平均余命は男 58.0 歳、女 61.5 歳だったが、2000 年にはそれぞれ男 77.7 歳、女 84.6 歳(いずれも厚生労働省「簡易生命表」より)と、50 年間で飛躍的に伸びている。 その背景には⾼度な衛生管理と医療の発達がある。⽇本は世界でも有数の医療⼤国であり平均寿命 の⻑さも 1、2 を争っているが、平均寿命と健康寿命にはキャップがあり、すべての⼈が最後まで ⾃分らしく幸福であり続ける天寿を全うしているとはいえないのが現状である。 2010(平成 22)年度における平均寿命と健康寿命は男で 79.55 歳と 70.42 歳、女で 86.30 歳と 73.62 歳であり、男で 9.13 年、女で 12.68 年の差が生じている。この差はすなわち日常生活に制限 のある「不健康な期間」を意味する。2001(平成 13)年と 2010 年の健康寿命を比べると男女と も 1 年ほど延びている。しかし、その間に平均寿命はそれを上回って延びており、不健康な期間が 延びている。 ⾝体能⼒・認知能⼒が衰えてからの余⽣を⻑く過ごす⼈が増えたことにより、従来にはなかった 介護や医療の問題が⽣じるだけでなく、治療期間の⻑期化によって本⼈だけでなく家族にも、体⼒ ⾯・⾦銭⾯・精神⾯など多くの部分で負担が増えていくことになる。 国民の健康づくりの一層の推進を図り、平均寿命の延び以上に健康寿命を延ばす(不健康な状態 になる時点を遅らせる)ことは、個人の生活の質の低下を防ぐ観点からも、社会的負担を軽減する 観点からも、いまや重要な課題となっている。 ❖ QOL の向上を求めて ライフエンディング・ステージの QOL 超⾼齢社会とともに、 「⽼い」と「死」が個⼈もしくは最⼩単位の核家族では解決できないリス クとなりつつある社会状況を背景に、しかし、誰にもいつかは訪れる人生の終末期について、そし て遺族らの生活の再構築について、国民一人ひとりの QOL(Quarity of Life:人生や生活の質)の 維持や改善を図ることは、喫緊の課題ともなっている。 経済産業省では 2011(平成 23)年 8 月 10 日に、安心と信頼のある「ライフエンディング・ステー 5 序 章:終活診断士とは? ジ」の創出に向けて~新たな「絆」と生活に寄り添う「ライフエンディング産業」の構築~と題す る報告書( 「平成 22 年度報告書」 )を取りまとめ、ライフエンディング・ステージにおいて、国民 一人ひとりがその状況に応じた適切な対応を受けるため、ライフエンドとその後のサポートをシー ムレスに(継ぎ目なく)提供することなどを担うサービス産業のネットワークが必要であるとして いる。 医療・介護 関係者等 介護支援 専門員 (ケア マネージャー) 訪問介護員 医師 (ホーム ヘルパー) 人生の終末に位置づけられる時期 介護福祉士 地域包括支援 センター その後の遺族等による生活の再構築の時期 生前準備 家族等による看取りプロセス (介護や日常生活のサポート)等 死別 臨床心理士 カウンセラー 死亡 本人のライフエンドにおける QOL(Quality of Life)の維持・改善等 関係機関・ 関係者 公益法人等の 非営利組織 本人が生前 望んでいた葬送 行政関係・ 非営利組織 地方自治体 本人が生前 望んでいた財産分与等 消費者センター 消費者団体等 葬儀や各種手続の実施、 遺品の整理・回収、 看取り後の生活 財産処分、遺産相続等 家族 (遺族)等 ファイナンシャル プランナー 保健所 シームレスに(継ぎ目なく)提供 本人 ソーシャル ワーカー 看護師 公証役場 (公証人役場) 公認会計士 税理士 金融機関 保険会社 弁護士 司法書士 行政書士 宗教関係者 葬祭関連 サービス業者 (霊柩車、遺影写真、 湯灌・納棺サービス) 葬祭業者 宗教関係者・ 葬祭関係者 経済産業省「安心と信頼のある『ライフエンディング・ステージ』の創出に向けて」(2011 年 8 月)より これまでも、ライフエンディング ・ ステージに持ち上がるであろう諸問題に対して、さまざまな 分野の専門家が、それぞれの専門立場から関わってきた。それは医療 ・ 介護関係者であり、行政で あり、士業をはじめとする専門職であり、宗教 ・ 葬祭関係者などである。しかし、それぞれに専⾨ 特化はしていても、専⾨家同⼠が連携して包括的に⽣活者が抱えているさまざまな問題に対して⽀ 援ができているとはいえない。 終活の応援団=終活診断士 そこで、これまで終活に関わる機会が多かった専門職の人材に、専門分野以外の終活知識を広く 備えてもらうことで、エンディング期の生活者をシームレスにサポートできる終活の応援団として 創設されたのが、終活診断⼠である。 終活診断士は専門分野のほかに広く終活関連の知識を有し、ワンストップで生活者のエンディン グ期における QOL の維持向上をサポートし、また、終活診断⼠同⼠が連携して⽣活者を⽀えるシ ステムを構築する。 終活診断⼠の役割についてもう少し具体的にいえば、エンディング期を迎える生活者は、死に向 う不安の中で QOL を維持しつつ、自分らしい葬送や財産分与等についての意志決定などの準備に 6 序 章:終活診断士とは? 取りかかる。一方、家族も介護や日常生活のサポートをしつつ看取りのプロセスを準備し、死後は 葬儀や各種手続、遺品の整理、遺産相続などを経て、生活の再構築が始まる。その過程で生活者も 家族も数多くの不安や悩みを抱えることになる。そういった生活者のリスクとストレスを「マネー」、 「ルール」 、 「カラダ」 、 「ココロ」 、 「ケア」、「クヨウ」の 6 つのジャンルの知識を総合してマネジメ ントすることで、多くの生活者が実りある終活を行うことができるよう活動するのが終活診断士で あり、診断士の質の維持向上を目指し、生活者の安心と信頼を確保するために資格を認定するのが 終活診断士資格認定制度である。 ❖ QOL とは何か WHO の定義では、QOL とは「一個人 マズローの欲求の 5 段階 が生活する文化や価値観の中で、目標や 期待、基準、関心に関連した自分自身の 自己実現 の欲求 人生の状況に対する認識」となってる。 QOL の維持向上という場合、満足感や 承認の欲求 幸福感、あるいは豊かさや快適さなどと いう概念で語られることも多い。 所属の欲求 ただ、ここで扱う QOL は単にそれら を目指すものではなく、たとえば生きが 安全の欲求 いとか、健康であること、達成感なども 含むものであり、その範囲は、今回この 生理的欲求 テキストで取り上げる 6 つのジャンルの すべてにまたがっているといってもいい だろう。 人の欲求に段階があるとしたマズローは、これを 5 段階に理論化した。この欲求が満たされてい るかどうかは、まさに QOL の達成度を表すものであると考えることもできる。 ①生理的欲求:食事、睡眠、排泄など、生命維持のための根源的な欲求 ②安全の欲求:身体的、経済的安全を求める欲求 ③所属の欲求:誰かに受け入れられたい、所属したいという欲求 ④承認の欲求:他者から尊敬されたい、認められたい欲求。さらには自分自身への自己信頼感 などを得たいと思う欲求。 ⑤自己実現の欲求:自分の能力、可能性を発揮し、創造的活動を行い、自己を成長させたいと 思う欲求 QOL を語る際には、表面的な欲求にとらわれず、こうした面からのアプローチも不可欠である ことを学んでほしい。 7 序 章:終活診断士とは? 2. 終活診断士の役割 ❖ 3M(3 つのマネジメント) 終活診断士が行うマネジメントとは具体的には以下の 3 つである。 ・ 「リスク」マネジメント ・ 「ストレス」マネジメント ・ 「セルフ」マネジメント リスクマネジメント リスクマネジメントとは、生活者が漠然と抱えているエンディング期の不安、悩みといったリス クを「見える化する」ことである。見える化することで生活者本人が適切な判断をしやすくなるこ とが期待される。 カラダの不安で明らかなように、具合が悪いのであれば診療を受けて原因を突き止めてから治療 に取りかかることで、健康を取り戻すことができる。ここでいう「原因を突き止めて」ということ が見える化することにほかならない。 マネーについても、エンディング期に必要となる生活費の不安なのか、自分が死んだ際の葬儀費 用の不安なのか、死んだ後の遺産相続の不安なのか、それらを総合した不安なのか、さまざまな不 安が存在する。それぞれファイナンシャルプランナーや税理士、保険会社の専門家らが持つ知識を 総動員して生活者個人個人の老後資金の状態を見える化したり、遺産、遺言などについては弁護士 や司法書士の力を借りることで、すこしでもエンディング期の “ 気がかり ” を軽減し、人生の終末 期での QOL を高めることをサポートする。 ただし、上記のような横断的な判断、対処、アドバイスを終活診断士 1 人で解決することが求め られているのではない。詳しくは後述するが、たとえばカラダに関する医学的対処、ルールに属す る法律手続、マネーにおける資産運用などについて、終活診断士という立場でアドバイスや代理行 為をすることは法律で禁止されている。それぞれ医師、弁護士や司法書士、会計士や税理士などの 職掌であり、これらの資格を持たない場合、そうした行為は違法となる場合がある。終活診断士は 生活者の悩みや不安をいつでも受け止める立場におり、そこで聴き出した悩みや不安を的確に診断 して、解決できる専門化につなげる窓口となることである。 ストレスマネジメント リスクを見える化すればするほど、近づきつつある「死」への恐怖感が現実のものとなってきて、 それが生活者の大きなストレスになってくる。そのストレスをマネージメントすることも、終活診 断士の大きな役割である。おもに死別による喪失によって様々な感情が湧き上がることを抑え込ん 8 序 章:終活診断士とは? でいる状態を「グリーフ」という。 「死」に携わる終活診断士として「グリーフ」の状態にある生 活者をサポートすることも重要なポイントとなるが、これについては後述する。 セルフマネジメント こうしたリスクマネジメント、ストレスマネジメントを有効かつ適切に行い、生活者からエンディ ング期を託す信頼を得るためには、終活診断士自らが厳格なセルフマネジメントを行う必要がある。 先に挙げた職掌を越えた違法なアドバイスなどはもちろんだが、接している生活者の情報を他の 生活者に漏らさない守秘義務の遵守が課される。 さらに多くの生活者のグリーフサポートを行うことで、終活診断士自身が生活者との距離感がわ からなくなり、的確な判断ができなくなることもある。 職に対し熱心であるほど起こり得る「燃え尽き症候群―バーンアウトー」にならないため、また、 継続した生活者への支援を続けるためにもグリーフサポートの意味を深く理解し、自身の心の状態 にも気を配っておく必要がある。 ❖終活診断士の対人行動規範 終活診断士は対人援助にかかわるものであるが、「職」ではなく、それぞれの専門職(士業、保 険関係・ファイナンシャルプランナー、医師・看護師、福祉・介護関係、葬祭ディレクターなど) に付加的に認定を受ける「資格」だ。前項の 3 つのマネジメントを提供するにおいて、守るべき規 範がある。 終活診断士のサポート規範 終活診断士は、いつも生活者の絶対的な味方であるという姿勢が重要である。なぜなら、人が人 を援助するという関係の中では、サービスや技術を提供すること以上に、感情的な部分、ココロの 支えとなることが求められるからだ。ココロを開いてもらえるような関係性を築くことができなけ れば、表面的なサービスの提供に終始し、生活者の真の不安、悩みを解決するストレスマネジメン トにはつながらない。最悪の場合、終活診断士との対人関係そのものがストレスとなってしまうこ ともある。 終活診断士の教育規範 終活診断士は終活の広い知識を有し、生活者に終活の教育支援を行う。 ここで重要なのは、生活者の学習の動機づけを高めることに留意するということである。終活は 医療、介護から経済、法律、そして心の問題まで多岐にわたる。終活診断士は幅広い知識を有して いるが、それをそのまま提供することが求められているのではない。終活の主体はあくまで生活者 9 序 章:終活診断士とは? 本人であり、生活者が自主的に学んでリスクの克服に対処していくように導くことが目的である。 また、誰にも通用する模範解答はないことも知っておく必要がある。 終活診断士の管理規範 これは、日本社会のルールの中でよりよく生活ができるようリスクを察知し、生活者が自己管理、 自己判断できるようにサポートすること。ここで大事なのは「生活者が」という部分である。多様 なライフスタイルのなかで、自分の生き方を決めるのは生活者自身である。終活診断士は、生活者 が自身の判断に基づいてエンディング期の QOL 向上を目指せるよう環境を整えることが肝要であ る。 終活診断士はワンストップで生活者のリスクマネジメント、ストレスマネジメントができること が求められているが、それは 1 人の終活診断士がすべての問題解決を抱え込むことを意味してはい ない。終活診断士は他の専門家、専門分野が異なる他の終活診断士と適切なネットワークを形成し、 その窓口として生活者が豊かな生活を享受できる環境づくりに寄与することが求められている。 10 序 章:終活診断士とは? 3. 信頼の構築が QOL 向上実現の鍵 終活診断士はエンディング期のお金の話や家族関係の問題など、プライベートな問題にまでかか わる必要があるため、生活者の QOL 向上実現のサポートをするには、生活者との関係に大きな「信 頼」がなければ成り立たない。生活者との間に築くべき「信頼」とはどういうことなのか、きちん と定義しておく必要があるだろう。 ❖信頼とは? 「信頼」 とは、辞書的には「信じて頼りにすること」だが、対人援助職の立場から見れば、信頼とは「そ の人の人間性とその関係性の結果と成果で生まれた信認関係である」と定義できる。 信認関係とは「一方が他方を信認し、あるいは他方に依存し、他方は、自らに依存している相手 方に対しその利益を図る義務を負うような関係一般」 (樋口範雄『フィデュシャリー[信認]の時代』 有斐閣)で、一般的には医師と患者や、弁護士と依頼人の関係がそれに当たる。医師が患者に効果 的な治療を施すには、患者が医師を信頼し重要な秘密を委ねるという信頼関係の強化は不可欠であ ること、弁護士が依頼者の利益を守るためには、依頼者が偽りなく自身のプライベートな情報を開 示することが必要であることを見れば明らかであろう。 現代社会では、信認関係はさらに広く解釈され、代理人、後見人、投資運用者、年金管理者、保 険会社なども受認者とされており、受益者に対して守秘義務や情報提供義務などを負い、受益者の 需要を満たす高い倫理性が要求される。終活診断士も、当然に同様の倫理観が必要となる。 信頼の段階 多くの場合、信頼は一朝一夕に築かれるものではない。「人間性とその関係性の結果と成果」を 経てはじめて築かれるものであり、またそれは以下のような段階を経て信頼は強固なものになる。 信頼関係ステップ ステップ 認識度合い 呼ばれ方 心理状態 第 4 ステップ キャラクターまで認知 愛称・呼び捨て 来てほしい 第 3 ステップ 顔と名前が一致 個人名 来てもいいよ 第 2 ステップ 会社名で認識 会社名 来ても来なくても支障なし 第 1 ステップ 誰かわからない まったく知らない 来なくてもいい 着実にステップを上り、生活者と信頼関係を築くには、7 つのルール、7 つのフェイズを理解し ておくと良いだろう。 11 序 章:終活診断士とは? ❖信頼を構築するための 7 つのルール スタンフォード大学経営大学院のロデリック . M . クラマー教授の論文「信頼の科学−適度な信 頼に関する 7 つのルール−」は、生活者との間に信頼を築くための基本的な考え方として参考にな る。7 つのルールとは、 ①おのれを知る ②小さく始める ③免責事項を明文化する ④強力なシグナルを送る ⑤相手のジレンマを理解する ⑥人物だけではなく役割も考慮する ⑦警戒を怠らず疑問を抱くことを忘れない というもので、以下それぞれについて終活との関連で考察してみよう。 ① おのれを知る 自分自身のコミュニケーション方法を振り返るということ。 ロデリック教授によると、人はすぐ信頼をするタイプとまずは疑うタイプの 2 タイプに分類でき るという。自分自身がどちらのタイプであるのかを知り、自分のコミュニケーションスタイルがど のようなものであるかを把握することが第1のルールになる。 人間関係を作るときに、ほとんどの人が自分の成功体験をベースにしたステレオタイプを持って いる。それはすなわち、終活診断士が自分の思い込みで生活者の心情やニーズを決めつけることに つながりかねない危険性を示唆する。自分のコミュニケーションスタイルを知ることで、これを回 避することが重要である。 ②小さく始める コミュニケーションの量と質を考慮する。情報はたくさんあればいいというものではない。聴き たいことに的確に答えるというキャッチボールが必要である。 人間関係を構築する初期段階では、いきなり大きな信頼を得ようとするのではなく「小さい」約 束や「小さい」信頼からはじめることが重要。初めの小さな信頼や、信頼を想定した行為を積み重 ねることで、確固たる信頼の構築につながる。 ③ 免責条項を明文化する 「免責事項を明文化」するということは、終活診断士がどんなことをするのかを明文化すること。 12 序 章:終活診断士とは? 終活診断士の活動は、生活者の問題を解きほぐし原因を突き止め解決への道のりを探すという一 連のカウンセリングにある。その透明性・正当性がしっかりと論理的に説明できることが重要で、 同時にどのように関係を解消できるかを明示することも必要である。 免責事項をしっかり伝えることで安心感を得られるだけでなく、積極的に終活診断士と関係を持 つような動機づけにもつながる。 ④ 強力なシグナルを送る 生活者の絶対的な味方であることを伝えること。 ほとんどの人が人間関係はうまくいって当たり前と考えている。積極的に表現しなくても、信頼 できる人であるとわかってもらえているという誤解がある。これをロデリック教授は「信頼ギャッ プ」と表現している。相手のことを「察する」であるとか、「奥ゆかしさ」などが良しとされてい る日本において特に「信頼ギャップ」は起こりやすい。相手のニーズを察することは大切ではある が、信頼関係を構築し発展的なものにするためには、しっかりと自己表現を行うことが不可欠だ。 ⑤ 相手のジレンマを理解する 悩みを抱えた生活者は、終活診断士に問題を解決してもらいたいと考えている。でも、こんなこ とを相談していいのだろうか、こんなことを話してもいいのだろうかというジレンマを抱えている。 そんな生活者と信頼関係を構築するには「共感」が必要となる。まずは専門家としての知識や経 験を通した思考はいったん置いておいて、徹底して相談者の感情や思考に集中し、理解しようとす ることが必要となる。この段階で生活者が期待しているのは解答ではなく、「この人は私の抱えて いる問題に真剣だ」という信頼である。 ⑥人物だけでなく役割も考慮する 信頼を構築するためには、個人的な関係が最も重要であることは多くの研究で強調されているが、 個人的なつながりだけが高次元の信頼関係をつくるものではない。個人的な関係が信頼構築を阻害 することもある。 信頼構築の初期段階においてはその人物の「役割」が重要になる。具体的かつ強制力のある役割 を持つことが個人的な信頼よりも説得力がある。つまり、専門家であること、専門的な教育をされ ていること、その教育機関そのものに信頼性があることが、高度な信頼を創造するきっかけとなり うる。 ⑦ 警戒を怠らず疑問を抱くことを忘れない これは常に自分自身に問いかけることである。慣れてしまっていないか、受認者と受益者の関係 を守れているかということを常に問いかける必要がある。ひとたび「信頼感を得た」ことで契約な 13 序 章:終活診断士とは? どが進むと、人は再度確認をしたり疑いを持つことがなくなる。継続的な関係を構築するためには 相手の言動や気持ちの変化に対して常に注意を払い、「自分は受認者として信頼に応えているだろ うか」と、疑問を持ちつづけることが必要になる。 ❖信頼関係の構築のための7つのフェイズ 実際に信頼関係を構築するための具体的なアクションプランとして示唆に富むのが、グリーフサ ポートの第一人者である橋爪謙一郎氏の「信頼関係の構築のための7つのフェイズ」だ。これは、 信頼関係を築くまでにどんなプロセスで進んで行くのかを理解するためにわかりやすくそのプロセ スを分解したものである。 以下に、それぞれのフェイズを見ていこう。 フェイズ1:相談者を支援する人間関係を始める 信頼関係をより良くするためにはスタートが肝心である。第一印象というものは二度と取り戻 すことができないからである。人は初めの 1 分で好き嫌いを判断するということを肝に銘じる。 丁寧なあいさつ、清潔感のある身だしなみは当然であるが実際にできているのだろうか? フェイズ2:相談者との支援関係を構築する 関わりをスタートさせるためには、まず相手の状況、問題を把握し、安心感を与えて不安感を 取り除く。相手を支援したい気持ちを示し、把握した状況に対して、今何をする必要があるか についてアドバイスする。そして、相手の問題や質問に対して、関心と配慮を持って返答する。 フェイズ3:相談者が自分たちにどのような選択肢があるのか理解できるように支援をするため に、さまざまな探求をし、援助をする さまざまなコミュニケーションスキルを使って話しを聴き、相談者の視野を広げ、選択肢が色々 あることを一緒に探る。ここで重要なのが「聴く」ためのスキルで、その人の本当の感情を探 ることに集中し、相互理解をめざす。 フェイズ4:話をまとめ、スケジュールを立てること 聴き取った相談内容を要約しまとめ、自分の理解度を確認する。誤りがあれば修正する。作業 の流れを時系列に並べてスケジュール化したり、かかる経費の見積りを出すなど可視化して、 相談したプランがどのようになるかを明確にすることによって安心感を与える。提案されたプ ランに対して相談者が結論を下せるように援助することが重要だ。相談者と共に、相手の思い を満たすようなその人らしいプランを作っていく。 14 序 章:終活診断士とは? フェイズ5:計画を実行に移し、行動をおこす 相談したことによる心地よさ、満足感を体感してもらい、相手がこのプランに対してどのくら い価値を見出しているかを測る。修正ができるように余地を残す。そして、プランを実現する ために、地域やあなたのネットワークを駆使して提供可能な手段や支援策をまとめていく。 フェイズ6:依頼の完了 相談者にプランが実行完了した達成感を味わってもらい、一つの区切りを作る。終わってみて の感想や、どのように時を過ごしたかなどを共有し、相手がプランを実行する過程において、 自分で決断を下したり行動できたのは、相談者が頑張った結果であることを伝える。つまり、 あなたは相談者がプランを実行完了することでやり遂げた感覚を持てるように支援するのであ る。 フェイズ7:依頼後のフォローアップ 相談された内容が完了したとしても、支援や援助が続いていくことを伝えることで、絶対的な 安心感を提供する。そのことによって、より人間的なつながりを深めることができる。 この 7 つの一般的な支援のプロセスにおける順序は、以下の5つの要素を取り入れるために構成 されている。 ①援助する人間関係を発展させること ②相手に依頼されていることに関してどのような選択肢があるか共に探すこと ③相手が自ら下した判断がどのような目的のために行われたのかについて理解を深めること ④計画を実行するための支援 ⑤依頼の完了後も支援を継続すること 相談者がどのような支援を必要としているのかが、フェイズの順序と長さを決めるのであって、 必ずしもこの順番になるわけではなく、全てが必要なわけでもない。相談者の様々なニーズと要望 によってこのフェイズを変化させて対応することが重要である。 15 序 章:終活診断士とは? 4. 終活診断士の対人援助の実際 終活診断士は、エンディング期の生活者の QOL の向上を図ることが使命である。その方法に画 一的な方法はない。生活者一人一人に固有の問題があり、固有の解決策がある。それらは終活診断 士が生活者と信頼関係を築く過程で、徐々に明らかになってくるものである。 では、具体的にどのように明らかにしていくのか? 問題は生活者自身が知っている。つまり、 信頼関係を構築した上で、生活者自らに語ってもらうことが最も的確な情報源となる。問題の在処 を語ってもらうためには、生活者に共感してよい援助関係を結び、「この人は私の抱えている問題 に真剣だ」という確信を持ってもらうことが必要だった(7 つのルール:⑤相手のジレンマを理解 する) 。その際のアクションとして欠かせないのが、適切な「接し方」と「聴く」スキルである。 ❖バイステックの原則 アメリカのキリスト教カトリック教会の神父、フェリックス .P. バイステックがまとめたケース ワークの際の基本的な態度・行動原則にバイステックの原則がある。終活診断士が目指す対人援助 の現場でも、福祉や介護の現場と同様にコミュニケーションによって相手の問題点を聴き(教え てもらい) 、気持ちにより添うことで解決策を探っていくために、この原則が有効である。ここで は植田寿之氏のまとめに沿って見ていこう(植田寿之『対人援助職の燃え尽きを防ぐ』創元社 2010 年) 。これは 7 つにまとめられている。 ①プライバシーに留意することで安心を与える(秘密保持) 苦しい心の内を他人に話すことは勇気や思い切りが必要だ。相手にとって後ろめたい過去や心の 傷を聴くこともある。むしろ、それが原因で何らかの葛藤や不安を抱えて、過度な防衛規制を働か せているとすれば、それを聴く必要がある。しかし、家族に知られたくないことで苦しんでいるか もしれない。プライバシーを必ず守ることを言葉や態度で示して安心感を与えることが重要だ。ま た、これは終活診断士個人だけでなく、生活者にかかわるネットワーク全体、組織全体も同様であ ることを示す。もし、ある情報を相手の家族などに知らせる必要があるときは、必ず相手の了解を 得る。 ②感情に応答することで自分の気持ちへの気づきをもたらす(意図的な感情表出) 不安や葛藤などを抱えてマイナス思考になっている相手は心の中で混乱を起こしている。人は誰 でも、一般論ではなく、自分の気持ちを聴いてほしいと思っている。あなたがその気持ちにしっか り応えると、相手は安心感を得、さらに自分の気持ちを話してくれる。気持ちを表現することがで きると、相手は、改めて自分の気持ちや置かれている状況に気づく。そうすると、状況は変わって いないのに、自分自身で見通しがつかめる。これを意図的にもたらすためにも、しっかり相手の気 16 序 章:終活診断士とは? 持ちに応えていく。 ③援助者自身の感情や価値観を脇に置く(統制された情緒的関与) 話を聴いている際に、終活診断士が個人的な感情や価値観を表すことで、相手の気持ちが遠ざか るケースが多い。問題はあなたの感情ではなく、相手の感情、気持ちであることを常に最優先に考 える。 聴き手にも感情がある。その感情は今までの人生で培った価値観によって左右される。ときには、 相手や相手の話に登場する人物に激しい怒りを感じることもある。それが、つい態度や言葉に表れ ると、相手の側から相手の気持ちを理解することが難しくなる。 対人援助の仕事では、援助者自身の感情がどこから来ているのか、自分はどんな価値観を持って いるのかをよく知っておく必要がある。そして、相手の気持ちを理解できるようにそれらを脇にお く。何らかの形であなたの気持ちを伝えることになっても、相手にとってもっともよい伝え方は何 か、どこまで伝えるかを吟味する。 ④一般論で片づけない(個別化) 同じような状況、同じような体験、同じような経緯というのは対人援助をしていくうちに数多く 出会う。しかし、 「このケースはきっとこうだ。こうすればいい」と考えてしまいがちなのだが、 相手が違えば同じ状況でも違う感情が生じることを理解する。 これは経験を積めば積むほど陥りやすい落とし穴だ。客観的に見ると同じような状況であっても、 相手によってみな気持ちや状況の中味が違う。たとえ、まったく同じ場面を体験していたとしても、 抱えている人生の違いから気持ちの中味が違う。それぞれみな独自固有の気持ちや状況を抱えてい るということだ。相手は自分の話に耳を傾けてほしい。他人のことではなく、自分のことを理解し てほしい。一般論で片づけてしまうと、相手は「この人は私のことを全然理解しようとしてくれな い」と感じてしまう。 ⑤あるがままを受け止める(受容) 葛藤や不安を抱えている相手を目の前にすると、終活診断士のあなたは、「いったいどうしろと いうの!」と感じてしまうだろう。しかし、相手がもっとも辛いのは、「どうしていいいのかわか らない」ことなのだ。その気持ちをあるがままに受け止める。相手は、なぜそのように考えたり、 感じたり、 行動したりするのかを理解してほしい。とがめられたいと思っている人はいない。とくに、 「どうしたらいいのかわからない」状態の相手は力を失っている。あなたに受け止められて、あな たとの関係に安心できて、自分の存在意義を感じて、初めて力を取り戻していく。 あるがまま受け止めることは、あなたとは違う相手の人生、個性、生き方を相手の側から理解す ることにつながる。あなたと違っても拒否しない。自分の気持ちはともかく相手の気持ちを理解し 17 序 章:終活診断士とは? ようとする「共感」の態度に似ている。決して同情ではない。 また、あるがままに受け止めるとは、無理難題を聞き入れることではない。無理難題をいわざる を得ない相手の気持ちを受け止めることだ。 ⑥決して裁かない(非審判的態度) あるがままを受け止めることは、決して裁かないことにもつながる。 日常的に誰もが自分の価値観から「自分はあんなことはしない」「こうするべきなのに」と他人 を裁きたくなることがよくある。これを伝えてしまうと、相手は裁かれている気分になる。人は誰 でも、葛藤や不安を抱え、混乱しているときほど、裁かれたくないものだ。「あなたが裁きたくな る態度をなぜ相手は取ってしまうのか」を理解することが大切だ。次に、「あなたはなぜ相手の態 度を裁きたくなるのか」と自分を振り返る。それがわかれば「どうすれば相手を理解できるか」と 考えることになり、自ずと裁かなくてもすむようになる。 ⑦あくまでも側面からの援助を行う(自己決定) 問題解決するのは終活診断士ではなく、生活者本人であることを肝に銘じる。終活診断士は生活 者が自分で適切に自己決定し、問題解決できるように寄り添うだけである。いかに寄り添うのか。 たくさんの選択肢を並べて「さあ、どれにしますか」というのでは相手は辛い。相手は「どれを選 んでいいのかわからない」からだ。相手が自分の気持ちや置かれている状況をきちんと振り返り「そ れならどうすればいいか」を自分で決めることができるよう援助する。 ❖聴くスキルの重要性 聴くスキル 5 つのポイント 日本語の「きく」には、「聞く」「訊く」「聴く」があり、それぞれ意味が異なる。「聞く」は聞こ えてくるままに耳にすること。 「訊く」は矢継ぎ早に質問をしてその答えを待つこと、問いただす こと。 「聴く」は漢字が「耳」だけでなく「目」や「心」も含んでいるように、全身をアンテナに して語る人の気持ちを受け止めようとすること。対人援助の現場でいう「きく」は当然「聴く」で ある。バイステックの原則を実際にコミュニケーションを取る際の「聴く」スキルとしてまとめる と、次の 5 つがポイントとなる(植田寿之 前掲書)。 ①「話す」のではなく「聴く」 「上手く話さなくても大丈夫」 「この人は私のことを笑わない」「この人は私を批判しない」とい う安心感があれば、人はいくらでも話すことができる。相手にこうした安心感を与える要項な技術 が、 「話すのではなく聴く」ということ。相手の話につられて自分の経験を話したり、自分の気持 ちを話したり反論したりすることは、いい結果には繫がりにくい。終活診断士が話すのは「そこは 18 序 章:終活診断士とは? もう少し詳しく」「どんな気持ちでしたか?」など、相手に話を促すようにするとよい。 ②上手に「うなづき」や「相づち」をする 相づちやうなづきも同様で、言葉ではなく態度で相手への関心を伝え、話を促す効果がある。た だし、 タイミングを間違えると、 「この人は適当に相づちを打っているだけだ」と感じられてしまう。 これは話を聞いていないときに起こる。大切なのは話の流れに逆らわないこと。つまり、あなたの 気持ちを相づちとして返さないということだ。話す主人公はあくまで相手。「聴く」という姿勢を 崩さないことが重要だ。 ③「言い換え」「感情の反映」「要約」「繰り返し」を行う 言い換える、感情の反映(気持ちを表す言葉を返す。「不安でしかたがないんですね」など)、要 約、繰り返しも、相手への関心を示すとともに、話すことを励ますテクニックである。 これを繰り返していくと、ときに相手がふと自分で解決策を提示することがある。つまり、解決 策を自分で考え、整理することを導くこともできる技術である。 ④主観的な答えを返すときは気をつける 場合によっては「あなたはどう思う?」などと質問されることもある。その場合は主観的な答え を返さざるを得ないが、なるべく短くし、相手が話をするように促す。 ⑤相手の愚痴を積極的に聞き、忘れる 愚痴は積極的に聞いて小出しにさせることで、激しい感情の爆発を抑える効果がある。これを積 極的に聴くことで感情の爆発を抑えることができる。愚痴を積極的に聴くことは辛いと思われるだ ろう。しかし、それは聴き方によって変わってくることを覚えておきたい。 相手の愚痴はあなたとは関係がない。あくまで相手の気持ちであってあなたの気持ちではないの で、決してその愚痴をあなたの気持ちと関連させないことが重要だ。また、愚痴の対象となってい る人をかばわないこと。カウンセラーの東山紘久氏によれば、愚痴の聴き方は「避雷針」と同じと いうことだ。つまり、落ちてもらうための設備だということ。これがあるために建物自体には被害 が及ばない。 あなたが愚痴を自分の気持ちと関連させて反論する、あるいは愚痴の対象となっている人をかば うと、今度はあなたが愚痴の対象となってしまう。愚痴というよりはあなたへの「抗議」だ。そう なればあなたの心が打撃を受ける。かといって、愚痴に同調すると、対象となっている人あるいは 援助者としての自分自身の良心に後ろめたさを感じる。 したがって、ただ相手がどのような状況からどのような気持ちになっているのかを聴く。そして 避雷針が雷を地面に通してしまうように、忘れることがもっとも重要だ。 19 序 章:終活診断士とは? 5. 老いとグリーフに対するケア ここまで、終活診断士が留意すべき「信頼」構築と、それに基づく「実践」について見てきた。 生活者のエンディング期の QOL の維持向上を目指すときに、たとえばファイナンシャルプランナー や弁護士、税理士、医師などの専門家の力が必要なことは明白だが、さらに終活診断士だからこそ 求められる資質がある。それが「老いに対する理解」と「グリーフの状態にある人へのサポート」 である。 ❖老いへの理解 老齢期とは エリクソンの「心理社会的発達理論」によると、人の発達段階は、乳児期から成熟期(老齢期) まで 8 つの段階を経るといい、 「終活」を行う時期である老齢期、すなわち人の生涯を完結する時 期は、今までの自分のライフワークや生活を総合的に評価し直すという営みを通して、自分の人生 を受け入れて、肯定的に統合していく時期であるとしている。統合性を獲得することができれば、 心理面の安定が得られ、人間的な円熟や平安の境地が達成される。しかし、この課題に失敗すると、 後悔や挫折感を経験することのほうが多くなる。すなわち、自分の人生を振り返って絶望を感じる ことになる。 「終活」とはこの統合性を取る活動、という側面がある。わかりやすくいえば、統合性とは「よかっ た」という感情が、少しでも「後悔や絶望」より上回るための活動といえる。その点で、終活診断 士が老齢期にかかる相談者、生活者に対して心得るべきことの一つは、この統合性を取る手伝いを することとなる。 人は誰でも老いていく。しかし、誰もが老いを理解しているとは限らない。老いてみないとわか らないことも多い。今回の終活診断士認定においては「老い」への理解、アプローチも要件とした。 それは、老いへの理解なしにエンディング期の生活者と信頼を構築すること、心情に共感すること、 エリクソンの発達段階と課題 段階 年齢 導かれる 要素 成功 乳児期 0-1.5 歳 希望 信頼 不信 母親 早期児童期 1.5-3 歳 意志力 自立性 恥、疑惑 両親 遊戯期 3-6 歳 目的性 自発性 罪悪感 家族 学齢期 6-12 歳 適格感 勤勉性 劣等感 地域、学校 青年期 12-20 歳 忠誠 自我同一性 約割拡散 仲間、ロールモデル 初期成人期 20-40 歳 愛 親密さ 孤独 友だち、パートナー 成人期 40-60 歳 世話 生産性 停滞 家族、同僚 60 歳 - 英知 自我統合 絶望 人類 成熟期(老年期) 20 心理的課題 不成功 主な関係性 序 章:終活診断士とは? そして最初に提示したリスクマネジメント、ストレスマネジメント、さらには自身のセルフマネジ メントをすることができないからだ。 そこで、老いの問題は直接的には「カラダ」の章で「運動機能の低下」「内臓機能の低下」「認知 機能の低下」を扱い、「ケア」の章で「介護」や「終末医療」などに触れる。さらに「ココロ」の 章では「老齢期のココロの問題」と「グリーフ」について触れる。 ❖グリーフとは エンディング期とは端的にいえば、 「ending」の「-ing」とあるように死に向かっていく時期であり、 死を身近に感じ、それに対峙していく時期である。また、QOL 向上のために問題やリスクを見え る化するからこそ、死に対する恐怖感が具体的にもなってくる。 とはいえ、人は死に対してその恐怖感から、死そのもの、あるいは死に準じるもの、連想させる ものについては無意識のうちに避ける傾向がある。 グリーフについては「ココロ」の章で詳しく触れることになるので、ここでは簡単に触れておこ う。おもにグリーフとは、 「死別によって湧き上がる様々な感情を表に出すことができずに閉じ込 められた状態」を指す。そのほかにも離婚、健康の喪失、親密な関係の崩壊、所有物の喪失によっ ても同じような状態になることがある。 グリーフを体験すると、心のみならず、身体、人間関係、精神に対して影響を及ぼし、感情・心 理状態・体調や思い、行動などに変化があらわれる。 感情的に影響を受けると、悲しみ、絶望感、罪悪感、怒り、無感覚、無関心、そして感情の変化 や起伏が激しくなるなど、精神的に様々な体験をする。 身体面では、免疫力が低下して病気になりやすくなったり、持病が悪化したりすることもある。 また、自立神経系の症状(頭痛や動悸、息切れ、睡眠に関する症状等)なども表れる。 また社会的な影響を受けると、人間関係の変化、コミュニティからの孤立、支援を提供する源の 喪失、疎外感、孤立感、信頼感の欠如など、死別前と比べて周囲の人との関係性が変わってしまう ことが多い。 さらに、生きがいや生きる意味を見失ったり、宗教観にも変化が表れる。 グリーフの状態から、感情を表に出したい時に自分らしく表現できた状態を「モーニング」と呼 ぶ。死別体験者は、グリーフとモーニングの状態を行ったり来たりしながら、悲しみと折り合いを つけていくことができるようになるが、一人きりでその作業をすることはとても難しいことである。 このプロセスを歩む生活者に寄り添って温かく支えていくことが「グリーフサポート」である。 「終活」周辺に関わっていると、このグリーフの状態にある生活者からの相談もある。私たちが 21 序 章:終活診断士とは? できるグリーフサポートとは、 「終活診断士」としての活動を通じて、その方が「自分の心の箱」 に感情を閉じ込めたままではなく、表に出すことができるように安全な場を提供し、安心できる人 間関係を築いて支援することであるといえよう。 このように、今からの社会情勢を思えば、高齢者の「終活」を手助けするものはただ一つについ て援助すればいいというものでなく、総合的に、まさしく統合性を取るために「マネー」、 「ルール」、 「カラダ」 、 「ココロ」 、 「ケア」 、 「クヨウ」の 6 つのジャンルにおいての援助が必要となることが理 解できる。そのすべての根幹が「生活である相談者とあなたとの間の信頼」なのである。 22 序 章:終活診断士とは? 6.QOL の維持・向上へのあくなき挑戦 ❖スーパービジョンという考え方 スーパービジョンとは スーパービジョンとは、 「対人援助を行う施設や機関において、スーパーバイザーによって行わ れる専門職としての援助者を養成する過程」(植田寿之『対人援助のスーパービジョン』中央法規) である。心理療法士やソーシャルワーカー、ホームヘルパー、看護師など対人援助職者(スーパー バイジー)が、熟練した指導者(スーパーバイザー)から定期的に助言・示唆などを受けることで、 福祉、介護、教育などの現場で専門家としての高い水準を維持することが目的である。 専門職を養成するスーパービジョンに欠かせないのが、 「支持的機能」、 「教育的機能」、 「管理機能」 の 3 つの機能である。以下にこの 3 つの機能について述べてみよう。 支持的機能 対人援助の現場では、常に「はたしてこれで良かったのだろうか?」「もっとこうすればよかっ たのではないか?」などの葛藤が生じる。利用者との関係、利用者の言葉や行動に悩み、自分の属 する組織の方針と現場で求められる対応の違い、さらには同僚や他業種との関係がストレスとなる こともある。さらにいえば、対人援助職を目指す人は人を相手にすることの喜び、相手の役に立つ ことに意義を見いだしている人も多い。その理想と現場の現実との狭間で問題を抱えてしまうケー スもある。こうしたストレスは、利用者との関係を悪化させたり、自分自身への責めとなってさら にストレスを増大し、ついにはバーンアウト(燃え尽き症候群)へと繫がり、身心の異常を訴え、 バランスを欠いた行動を起こし、最後には職を離れることにもなる。 自分自身に行うストレスマネジメントは限界があるため、スーパービジョンでは、スーパーバイ ジーである援助者がスーパーバイザ−に受け入れられ、心理的な支援を受けながら専門職として成 長していくプロセスとして支持機能を重視している。 教育的機能 対人援助の現場はさまざまな個性をもつ人への対応であり、決まり切った対応策や模範解答はな いといえる。そこには座学で学ぶ知識、技術だけでなく、広範囲な知識、技術を経験と統合して実 践的な知識、技術として磨いていく必要がある。 これには現場で学ぶこと、経験あるスパーバイザーに学ぶことなど、さまざまなケースでの学び があるが、スーパーバイザーが第一段階として取り組むのは、スーパーバイジ−の学習の動機づけ を高めることだ。その上で知識や技術、さらにはそうした専門職として必要な価値を伝えることに なる。 23 序 章:終活診断士とは? 管理的機能 対人援助は組織やチームで行われる。その際に、援助者が能力を発揮しやすい組織環境をつくり、 (増やす)また組織の方針や理念に沿った実践が行われるよう、これらを周知徹底するのがスーパー バーザーの役割である。この時、組織の方針や理念をただ決まり事として強制するのではなく、そ の方針や理念が何を目的とし、何を目指すものなのかを明確にする必要がある。 これら 3 つの機能は独立して働くのではなく、時に関連し、時にどれかが優先されながら、全体 として調和を取ることで、質の高い専門職としての人材を養成していく。 個人の研鑽とスーパービジョンの導入 対人援助職の養成に関わるスーパービジョンを見てきたが、今後、終活診断士に関しても専門養 成の課程が必要となってくると思われる。 終活診断士の認定は始まったばかりである。この制度が根付き、生活者のエンディングステージ がより豊かなステージとなるよう、終活診断士が果たせる役割は大きい。 質の高いエンディング期のサポートを提供できる人材として終活診断士が社会で認知を受けるた めには、自らの専門分野を磨くとともに、本テキストの内容を発展更新していく必要がある。 さらには、日本クオリティオブライフ協会が各種研修会などを通して、終活診断士へのスーパー ビジョンを提供していきたい。 今後そのような研修・研鑽の機会を適宜、案内していく予定である。 24
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