米国住宅市場の賃貸需要と持家の取得環境

国 内 外 経 済 の 動 向
米国住宅市場の賃貸需要と持家の取得環境
【ポイント】
1. 米国では、住宅バブル崩壊後に賃貸需要へのシフトが生じ、足元で住宅市場が回
復基調となるなかでも持家比率の低下が続いている。
2. 人口動態面は世帯数が増加しやすい環境にあり、住宅需要の押上げ要因となる。
3. 相対的な費用面の比較でも持家の魅力は増しているほか、政策面の後押しもあっ
て、持家取得環境は改善しており、今後は賃貸住宅だけでなく、持家に対する需
要も徐々に持ち直していくだろう。
住宅バブル崩壊から低迷が続いた米国住宅市場は、昨年から労働市場の回復基調が鮮明
となるなか、ようやく本格的な回復を見せ始めている。住宅着工については住宅バブル崩
壊前の水準には及ばないものの、集合住宅を中心に増加基調が続いている。一方で持家世
帯は緩やかに減少し、持家比率は低下傾向が続いている。本稿では、住宅市場の回復状況
や持家の取得環境について確認した上で、先行きの動向について考えてみたい。
1.賃貸需要へのシフトとともに堅調に増加する住宅着工
米国 の住 宅 市場 は緩 や かに 回復 し て
いる。住宅着工件数は、住宅バブル崩壊
により年率 50 万戸程度まで大きく落ち
込んだ後、2011 年頃から緩やかな増加基
調となっている(図表 1)。2015 年に入
(年率万戸)
250
図表1.住宅着工件数の推移
(%)
50
住宅着工件数全体に占める
集合住宅(2戸以上)の割合(右目盛)
住宅着工件数(全体)
200
40
150
30
100
20
ると寒波の影響で落ち込む局面もあった
が、振れを伴いながら水準を切り上げ、
住宅バブル期の同 200 万戸を超える水準
集合住宅(2戸以上)の
住宅着工件数
50
10
には及ばないものの、2015 年 8 月には
同 112.6 万戸まで増加している。
住宅着工の内訳を確認すると、特に集
合住宅の伸びが顕著であり、直近の 3 ヵ
0
1995
0
1997
1999
2001
2003
2005 2007
(月次)
(資料)米商務省資料より富国生命作成
12
(%)
2009
2011
2013
2015
図表2.空き家率の推移
月移動平均では 40 万戸超と 1989 年以来
の水準である。また、住宅着工件数全体
10
に占める割合は 30%を超え、2008 年頃
8
を上回る占率まで高まっている。集合住
6
宅の着工は、厳密に言えばいわゆる分譲
4
空き家率(貸家)
6.8
空き家率(持家)
マンションなども含まれるものの、この
背景には賃貸住宅への需要シフトがある
とみられる。
2
1.9
0
1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011 2014
(四半期)
(資料)米センサス局資料より富国生命作成
国内外経済の動向
一方、ストック面に目を向けると、空き家率は、持家で 2.9%、貸家で 11.1%まで上昇
したが、足元では上昇する前の水準まで低下しており、ストック面での過剰感は薄く、当
面の着工の動向は需要面がカギを握っている(図表 2)。以下ではこれまでの住宅市場の動
きを整理しつつ、需要面に焦点を当てて住宅の取得環境についてみていきたい。
2.人口動態面では世帯数は増加しやすい環境
住宅着工の動向は世帯数の動向に大きく左右するため、その動向を確認しておきたい。
米国では一般に 25~34 歳が世帯形成する時期と言われるが、ジェネレーション Y とも呼
ばれるベビーブーマー世代の 2 世世代(1975~1989 年生まれ)がその年代に順次該当し
ていることから、近年その各年齢層は増加傾向にある(図表 3)。そのため、人口動態面で
は世帯数が増加しやすい状況にあるはずだが、リーマン・ショックによる雇用・所得環境
の悪化により、独立せずに親と同居する若年層が急増したことで世帯形成の勢いが削がれ、
世帯数の伸びは人口の伸びを総じて下回る状況が続いてきた(図表 4)。
図表3.年齢層別人口の変化
図表4.世帯数と人口の伸び率の推移
(前年比、%)
(百万人)
3.5
24
2011年
2012年
2013年
3.0
2014年
23
世帯数伸び
2.5
22
人口伸び
2.0
1.5
21
1.0
20
0.5
19
0.0
-0.5
18
1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013
(暦年)
20~24歳 25~29歳 30~34歳 35~39歳 40~44歳 45~49歳 50~54歳 55~59歳
(資料)米センサス局資料より富国生命作成
(資料)米センサス局資料より富国生命作成
ただし、足元の世帯数の動向については変化がみられ、2014 年は世帯数の伸びが人口の
伸びを上回っている。高齢化による単身世帯の増加も主な要因と考えられるが、雇用環境
が改善するなか、滞ってきた若年層の世帯形成が進んでいることも要因の一つになってい
るとみられる。若年層の親との同居割合についても、依然高い水準ながら 2014 年には小
幅低下している。こうした若年層のボリュームが拡大していることにより、今後も着実に
世帯数の増加が続き、住宅着工を押し上げる要因となるだろう。
図表5.住宅ローン貸出基準の変化
3.住宅ローン貸出基準と持家比率低下
(「厳格化」-「緩和化」、%)
近年 世帯 形 成が 滞っ た 背景 には 住 宅
100
ローン貸出基準の厳格化も一因となった
80
(図表 5)。米国の住宅市場では 1990 年
60
代の規制緩和に歩調を合わせ、金融機関
40
が住宅ローンへの融資を増やしたことな
20
どを背景に、本来家を買うことが難しい
0
信用力の低いサブプライム層なども家を
-20
持つことができるようになった。その後
-40
サブプライムローンなど行き過ぎた融資
↑厳格化
全体(~2007年1Qまで)
プライムローン
サブプライムローン
↓緩和化
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015
(四半期)
(資料)FRB資料より富国生命作成
(備考)2007年1Q以降はローン種別ごとのデータのみ、サブプライムローンはデータがない期間がある
国内外経済の動向
が問題となり、過剰な借入による住宅ロ
図表6.持家・貸家世帯数と持家比率の推移
ーン返済の行き詰まりや、金融機関の住
宅ローン貸出基準が 2007 年から 2009
(百万世帯)
80
年にかけて厳格化されたことのほか、住
70
(%)
75
宅価格下落の経験を通じた下落リスクか
らの購入敬遠もあって、持家離れが広が
80
持家世帯数
持家比率(右目盛)
60
70
り、需要は賃貸住宅へシフトしていった。
50
世帯数の状況を持家、貸家の別でみてみ
40
60
ると、持家世帯は 2006 年頃をピークに
30
55
緩やかな減少傾向にある一方で、貸家世
帯の増加基調が鮮明となっている(図表
6)。これにより、持家比率は 2000 年代
65
貸家世帯数
20
50
1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011 2014
(四半期)
(資料)米センサス局資料より富国生命作成
半ばにかけて 69.2%まで上昇した後、一転して低下傾向が続き、足元は 63.5%と 1990 年
代前半の水準まで低下している。
ただし、足元ではプライムローンの貸出基準は小幅ではあるが緩和方向にある。また、
住宅購入のハードルを下げるべく、連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)、連邦住宅金融抵当
公庫(フレディマック)は、2014 年 12 月に、初めて住宅を購入する人向けに住宅ローン
の頭金の最低水準を従来の 5%から 3%へ引き下げる制度を始め、米連邦住宅局(FHA)
は 2015 年 1 月より住宅ローン保険料を 0.50%引き下げている。こうした政策も 2015 年
入り後の住宅取得を支える要因となっており、金融、政策面からみた持家取得環境も改善
傾向にある。
4.費用面からみても持家取得環境は相対的に良好
米労働省の家計調査を用いて、持家世帯、貸家世帯の費用面の負担についてみてみたい。
持家にかかる住宅関連費用(元利金の返済、資産税、リフォーム費用等)は 2009 年から
2012 年にかけて、住宅価格と金利の低下を背景に水面下で推移している(図表 7)。一方
で、家賃は住宅価格が下落するなかでも上昇傾向が続いている。これらを映して、それぞ
れの世帯の所得に対する住宅関連費用負担率の差は拡大しており、相対的に貸家世帯の負
担が高まっている(図表 8)。これも持家取得の誘因となろう。
図表7.家計の住宅費用の推移
(前年比、%)
14
12
10
貸家世帯の家賃負担
持家世帯の住宅関連費用
図表8.家計の所得に占める住宅費用の推移
(対税引き後所得比、%)
28
貸家世帯の所得に占める家賃負担割合
26
持家世帯の所得に占める住宅関連費用の割合
24
8
22
6
20
4
拡
大
18
2
16
0
14
-2
12
-4
10
-6
1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014
(暦年)
(資料)米労働省資料より富国生命作成
(備考)持家世帯の住宅関連費用は元利金、資産税、リフォーム費用等
1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014
(暦年)
(資料)米労働省資料より富国生命作成
(備考)持家世帯の住宅関連費用は元利金、資産税、リフォーム費用等
国内外経済の動向
5.利上げの影響を考える
米国では今後利上げが見込まれるが、金
利の動向は住宅市場に影響を与える。直近
図表9.住宅取得能力指数の推移
(指数)
240
(%)
20
NAR住宅取得能力指数
220
18
200
S&Pケース・シラー住宅価格指数
16
3 回の利上げを振り返ると、2004 年 6 月に
180
利上げを開始した局面では目立った長期金
140
12
120
10
利の上昇がみられず、住宅市場への影響は
100
8
限定的であったが、1999 年 6 月、1994 年
14
160
80
6
60
4
1 月にそれぞれ利上げを開始した局面では
40
住宅ローン金利が上昇し需要が抑制された。
0
0
1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 2015
(資料)NAR、S&P資料などより富国生命作成 (月次)
今後の利上げ局面では、利上げペースは緩
30年固定住宅ローン金利(右目盛)
2
20
慢なものとなり、長期金利の上昇も緩やかになると想定しており、住宅市場への影響は限
定的と考えている。ここでは、NAR(全米不動産協会)住宅取得能力指数を用いて、金利
上昇の影響を考えてみたい。同指数は実際の所得が住宅取得に最低限必要な所得(頭金は
住宅価格の 20%、ローン返済額が所得の 25%以下との仮定に基づき計算)をどの程度上
回っているかを表すものであり、住宅ローン金利の低下や住宅価格の下落、所得の増加に
よって上昇する。同指数は、低下要因となる住宅価格上昇が続くなかでも、2015 年 7 月
時点で 151.2 と高い水準を維持している(図表 9)。
図表 10 では実際の所得を現状から一定とし、金
図表10.住宅取得能力指数の試算
住宅価格
利上昇あるいは住宅価格上昇の影響でどの程度、
指数が変化するか試算している。住宅ローン金利
が 1%上昇した場合、現状から 134.6 へ低下する。
128.2 へ低下するが、それでも 1990 年代の平均
(124.9)を上回り、過度な金利上昇がなければ
住宅取得環境は良好さを維持できるとみられる。
一方で、今回留意すべき点として学生ローン問
ー
また、同時に住宅価格 5%の上昇が生じた場合は
住
宅
ロ
ン
金
利
現状
5%上昇
現状
151.2
144.0
10%上昇
137.4
0.25%上昇
146.7
139.8
133.4
0.50%上昇
142.5
135.7
129.5
0.75%上昇
138.5
131.8
125.9
1.00%上昇
134.6
128.2
122.3
1.25%上昇
130.8
124.6
119.0
1.50%上昇
127.4
121.3
115.7
(資料)NAR資料より富国生命試算
(備考)現状は2015年7月のデータ、
所得を固定し住宅価格、金利変動を加味した指数変化
題が挙げられる。大学の学費高騰により学生ローン残高は増加傾向が続いており、卒業後
もローン返済負担が重いことや、デフォルトによる信用度の低下により住宅ローンを借り
ることができず、住宅購入を諦める者も多いようである。民間の学生ローンは変動金利が
中心であるため、利上げによって過度な金利上昇が生じれば返済負担は更に高まり、若年
層のマインドを更に冷やす可能性がある点には留意が必要だろう。
6.まとめ
米国の住宅市場は賃貸住宅を中心に回復し、持家比率は低下が続いている。空き家率は
低水準にあるなどストック面でのだぶつきがみられないなか、今後の住宅着工件数の動向
は需要面がカギを握る。人口動態面ではベビーブーマー2 世世代が住宅の一次取得者層に
該当する年代となっており、世帯数は増加しやすい環境が続き住宅需要を当面押し上げる
要因となるだろう。また、家賃と住宅費用の相対比較でも持家の魅力が増していると考え
られるほか、政策面の後押しもあって、持家取得環境は改善しており、今後は賃貸住宅だ
けでなく、持家に対する需要も徐々に持ち直していくだろう。
(財務企画部
大野 俊明)