鉄鋼業界では世界規模のM&Aも有力な選択肢

ア ナ リ ス ト の 眼
鉄鋼業界では世界規模のM&Aも有力な選択肢
【ポイント】
1. 国内需要が伸び悩むなか、我が国の鉄鋼メーカーは輸出を拡大してきた。
2. 日本メーカーは高級鋼で利益を稼ぎ、汎用品での競争を回避してきた。
3. しかし原料コストが上昇する一方でこれを販売価格に転嫁できず、利益を出せない
構造になりつつある。
4. この構造問題を解消するために、今後は世界レベルでの産業集約が必要である。
1.国内の鉄鋼需要は頭打ち
第 2 次大戦後、我が国の鉄鋼各社は復興需要を追い風に急激なペースで粗鋼生産を拡大させ
てきた。終戦直後の 1947 年には 110 万 t であった粗鋼生産量は、国内需要が牽引する形でわ
ずか 9 年後の 1956 年には 1,100 万 t と 10 倍になり、1972 年には遂に 1 億 t を突破した(図
表 1)
。
このように幾何級数的に増加を続けた粗鋼生産であったが、オイルショックをきっかけとし
て高度経済成長期が終わるとその伸び率は鈍化し、70 年代以降は 1 億 t 前後で横ばいとなって
いる。この間、内需と生産の需給ギャップを埋める役割を果たしたのは輸出であった。特にバ
ブル景気が終焉を迎えた 90 年代以降、国内の需給ギャップは拡大の一途を辿り、それに呼応
して鋼材の輸出比率も上昇して行った(図表 2)
。
図表1.粗鋼生産量と見掛消費量
140,000
120,000
(千t)
図表2.鋼材の輸出比率(粗鋼換算)
(千t)
需給ギャップ(右目盛)
粗鋼生産量
見掛消費量
100,000
80,000
45
50,000
(%)
40
35
40,000
30
30,000
25
20
60,000
20,000
15
40,000
20,000
0
1947 1952 1957 1962 1967 1972 1977 1982 1987 1992 1997 2002 2007
(年度)
(資料)日本鉄鋼連盟資料より富国生命投資顧問作成
10,000
10
5
0
0
1947 1952 1957 1962 1967 1972 1977 1982 1987 1992 1997 2002 2007
(年度)
(資料)日本鉄鋼連盟資料より富国生命投資顧問作成
2.高級鋼で稼ぐ日本メーカー
90 年代以降の大手 5 社の利益率の推移(図表 3)を見ると、おおよそ 3 つの段階に分けられ
る。すなわち利益率が安定的に推移していた 90 年代、急上昇した 2000 年代前半、および急低
下した 2000 年代後半以降である。
90 年代の国内鉄鋼メーカーは輸出を拡大し、かつ安定的に利益を確保していた。これを可能
にしたのは国内各社の「技術」である。図表 3 を参照すると、汎用品の製品マージン(熱延鋼
板価格-原料コスト)は 90 年代に入り一貫して下落していることが分かる。一方で、国内大
アナリストの眼
手 5 社(現在は 4 社)の同期間の営業利益率は、概ね 2~6%の範囲で安定的に推移している。
つまり、国内鉄鋼メーカーの利益率と汎用品マージンは必ずしも連動していない。
実は鉄鋼には様々な種類があり、一口
図表3.大手5社の営業利益率と汎用品マージンの
に「鉄鋼」と言っても製品毎の付加価値
推移
は大きく異なる。中でも自動車や造船な
(円/t)
(%)
70,000
20
どに使われる鋼材は高級鋼と呼ばれ、品
65,000
18
営業利益率
質要求が高い分、製造できるメーカーも
汎用品マージン(右目盛)
60,000
16
少ない。日本の鉄鋼各社はその高い技術
55,000
14
50,000
12
力を武器に、この高級鋼で利益をあげて
45,000
10
いる。90 年代、輸出を拡大する中でも海
40,000
8
外品との競争にさほど晒されず、汎用品
35,000
6
のマージン変動とも無縁でいられたのは、 4
30,000
25,000
2
高級鋼の市場が寡占化されていたことが
20,000
0
大きい。
91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11
(年度)
その後、2000 年代に入ると鉄鋼業界は
(資料)日本鉄鋼連盟資料、各社開示資料より富国生命投資顧問作成
(備考)2011年の利益率は会社予想値
いよいよ大増益時代に突入する。この時
期は高級鋼、汎用品を問わず利益率が大幅に上昇しているが、背景には新興国を中心とする世
界的な需要増加があった。
日本、中国、米国の粗鋼生産量(図表 4)を見ると、2000 年代に入ってから中国の粗鋼生産
量が急拡大していることが分かる。中国では経済発展と共に鉄鋼需要が拡大を続けており、90
年代に日本や米国とほぼ同規模だった粗鋼生産量は、2011 年には 6.8 億 t に達した。これは全
世界の粗鋼生産量の実に 46%を占めている。一方、高級鋼の需要を占う自動車の生産台数もこ
れら新興国の経済発展を受けて順調に増加した(図表 5)
。国内鉄鋼メーカーは元々持っていた
技術に加え、こうした需要面での追い風を受けて利益を拡大して行った。しかしながら 2000
年代後半に入ると、こうした心地よい事業環境は大きく崩れてしまう。
図表4.各国の粗鋼生産量
700,000
(千t)
図表5.日系自動車メーカーの生産、輸出台数
24,000
(千台)
(千台)
23,000
600,000
500,000
中国
22,000
日本
米国
生産台数
輸出台数(右目盛)
19,000
300,000
18,000
200,000
17,000
16,000
100,000
15,000
14,000
0
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11
(暦年)
(資料)World Steel Association資料より富国生命投資顧問作成
6,500
6,000
21,000
20,000
400,000
7,000
93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
(暦年)
(資料)日本自動車工業会データより富国生命投資顧問作成
(備考)生産台数は、国内生産・海外生産の合計
3.鉄鋼原料は資源メジャーが独占
改めて図表 3、4、5 を見比べると、大手 5 社の利益率低下は自動車生産の減少より前に始ま
っている。また、中国の粗鋼生産が拡大する中でも汎用品マージンは低下し続けている。これ
らの利益率低下をもたらしているのは、実は需要減少ではなく、「原料コストの高騰分を販売
価格に転嫁できない」という業界固有の構造問題と考えられる。
図表 6 は鉄鋼の主原料となる鉄鉱石、原料炭の価格推移である。2000 年代半ばに入ると、
5,500
5,000
4,500
4,000
3,500
3,000
アナリストの眼
それまで 1t あたり 50 ドル前後だった原料炭の価格は急激に上昇している。鉄鉱石についても
ほぼ同時期に、それまでの 20 ドル程度の水準から一気に高騰していることが分かる。
図表 7 は世界の鉄鉱石生産量と、それに占める上位 50 鉱山のシェアの推移である。2000 年
代半ば以降、これら大型鉱山の全生産量に対する割合は実に 5 割を超えている。また、資源採
掘業のプレイヤー数は更に寡占化が進んでおり、現在、資源メジャー3 社が全世界の鉄鉱石の
80%を生産している状況である。こうした資源メジャーによる鉱山や炭田の権益独占が進む一
方で、鉄鋼メーカーはある程度集約化が進んだ 2010 年時点でも、粗鋼生産量上位 5 社の全生
産量に占める割合は 18%に過ぎない。原料価格の上昇は単なる需要増加によるものだけでなく、
このような市場寡占度の違いによる価格交渉力の差が大きいと思われる。
図表7.鉄鉱石生産量、および上位50鉱山の
生産量シェア
図表6.原料コスト
(ドル/t)
(ドル/t)
350
140 2,000
300
120
(百万t)
1,800
1,600
原料炭
250
100
鉄鉱石(右目盛)
(%)
上位50鉱山の生産シェア(右目盛)
上位50鉱山の生産量
全世界の生産量
55
50
1,400
200
80
150
60
100
40
50
20
400
0
200
1,200
45
1,000
800
0
35
2000
2004
2005
2006
2007
(暦年)
(資料)JOGMEC「金属資源レポート」より富国生命投資顧問作成
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
(年度)
(資料)各種資料より富国生命投資顧問作成
一方、販売面ではこれら原料コストの上昇を
製品価格に転嫁しづらい状況にある。高級鋼を
主体とする国内鉄鋼メーカーの顧客は自動車メ
ーカーや造船業など円高に対する感応度の大き
い業態が多いため、販売価格の交渉でもこれが
大きく影響する。特に 2000 年代後半からは円
高が大きく進行した(図表 8)
。すなわち、原料
仕入れにおいては価格交渉力の強い資源メジャ
ーの値上げ要求を受け入れざるを得ない一方、
原料コストの高騰分を転嫁できない状況に追い
込まれている。
40
600
2001
2002
2003
2008
図表8.ドル円の月足
130
(円/ドル)
120
110
100
90
80
70
2005/04
2006/04
2007/04
2008/04
2009/04
2010/04
2011/04
(月次)
(資料)各種情報端末より富国生命投資顧問作成
4.世界レベルでの産業集約が必要
上述のような構造問題を解消するためには、以下の対策が必要と考えられる。
① 独自に資源権益を獲得する
② 規模拡大により価格交渉力を向上する
①については資金やノウハウなどの面から資源メジャーに対抗することは困難かもしれない
が、②については十分可能と思われる。これまで、資源メジャーが国境を越えた再編を繰り返
す中で、我が国鉄鋼各社の再編はあくまで国内メーカー同士の話が中心であった。しかしなが
ら価格交渉力や需給調整能力を獲得する手段として、世界規模での M&A はひとつの有力な選
択肢となるだろう。
(富国生命投資顧問(株) アナリスト 八木 啓行)