激動の時代の花生産に今必要なこと

2010.2.16 中国四国花き振興協議会
激動の時代の花生産に今必要なこと
宇田 明
1.花産業の現状
(1)同床異夢-生産者に応援団はいない-
私たちの身の回りは輸入品で占められている。これはもはや特別なことではない。
「花だ
けが国産にこだわる理由がない」は、花産業にかかわる生産者以外の共通した認識である。
生産を川上、小売りを川下とする花産業が協力しあうことは当然であるが、描いている
夢は生産者とそれ以外では異なることを理解しなければならない。そのためには、今起こ
っている現象を生産者の視点で見つめよう。
(2)外国は 48 番目の国内産地
国内で消費される切り花の 19%は外国産である。洋ランや葉物のように圧倒的に輸入が
主力である品目は別にしても、
スプレーギクで 37%、カーネーションで 36%、バラで 18%、
輪ギクで 4%を輸入が占めている(図 1)。さらに、輸入品は安かろう悪かろうではなく、
国産よりボリュームがあり、高品質で高単価で取り引きされているものが多い。
花店、消費者は国産にこだわりがなく、
「国産品が欲しい」というお客は 3%にすぎない
(図 2、平成 21 年度JFTD白書)
。その結果、今や全国の花市場での入荷量、金額の1位
は外国で、輸入なくしてわが国の切り花消費はなりたたない。
重要なことは、輸入が増えて打撃を受けているのは生産者だけであるという現状である。
生産者に味方はいない。
国産
輸入
12
4%
10
0.4
数
8
量
36%
(
)
億
本
6
9.9
4
37%
2.2
2
18%
0.8
1.7
2.8
6%
3%
3.9
3.5
0.1
1.7
0.0
1.1
カーネーション
バラ
ユリ
トルコギキョウ
0
輪ギク
SPギク
図1 国内生産量と輸入量(2008年)
注 国産は農林水産統計、輸入は植物検疫統計
(3)ラテン化した日本人
日本人の感性は独特ではない。わび、さびは死語である。今や日本人の好みは、
「デカイ」、
「ドハデ」である。バラ、トルコギキョウ、ダリア、ラナンキュラス、カーネーション・・、
いずれも巨大輪化をめざしている。人気の色彩は極彩色や暗赤色で、日本人はラテン人に
なった。花の染色、ラメ入り、プリザーブドフラワーなどはもっとも日本人が毛嫌いした
ものである。
それぞれの花が自信をなくしている。バラのようなバラは輸入品である。シャクヤクみ
たいなバラ、ツバキみたいなバラ、バラのようなトルコギキョウ、バラのようなラナンキ
1
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99%
100%
80%
61%
60%
40%
40%
30%
27%
22%
20%
12%
6%
3%
0%
に
境
環
さ
や
い
し
品
商
色
さ
定
指
を
る
れ
ち
持
日
る
す
品
商
・品
目
品
の
種
定
指
鮮
よ
が
度
い
花
節
季
あ
の
感
る
花
値
き
引
希
商
(新
品
少
)
品
産
国
品
図2 消費者からどのような要望がありますか「よくある」の回答数(H21 JFTD白書)
ュラス。「○○みたい」がキーワードである。
しかし、それが消費者ニーズであり、現実であるとすれば、生産者は「デカイ」、「ドハ
デ」をめざさなければならない。
とはいえ、その先にあるのは「上品」、「清楚」、「やさしい」、「しなやか」などの和花で
あろう。
2.花産業の誤解
(1)消費拡大が目的ですか?
英国の切り花消費は 15 年で3倍に伸びたといわれている。スーパーマーケットで日持ち
保証販売をはじめたことで、消費が伸びたそうである。では、その結果、英国の花の生産
者はどれだけ儲かったのか。バラ御殿が建ったのか。
英国では花の消費は伸びたが、花の生産者は壊滅した(今西 2009)
。すなわち、オランダ
から安くて品質の良い切り花が輸入され、それを日持ち保証販売をしたから消費が伸びた
だけである(図 3)
。消費拡大の利益を英国生産者は得ていない。
日本もそうなりそうである。流通やマーケティングの人々はそれでよいのである。
誤解してはならないことは、生産者にとって、消費の拡大は手段であり、目的は生産者
が儲かることである。そして地方の崩壊を防ぐことである。
オランダからの輸入
消費金額
50
600
45
500
40
消
35
費
額 30
(
輸
入
400 額
( ー
ユ
25
300
ー
20
200
)
ロ
百
万
ユ
15
)
ロ
10
100
5
0
0
91
92
93
94
95
96
97
98
00
01
02
03
04
05
図3 英国の切り花消費金額と輸入量の推移(今西 2009)
2
06
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(2)花を買ったことがない世帯は6割?
2010 年 1 月 27 日日本農業新聞「切り花意外に買っていた」
農水省花き産業振興室は、総務省家計調査によると「1 年間に切り花を買う世帯は 4 割し
かいない」と永年公表してきたのは誤りで、
「月に 1 回以上切り花を買う世帯は 4 割」と訂
正した。6 か月間に 1 度でも切り花を買ったことがある世帯は 8 割もあった。
これまでの花き振興方針(2005、2010)では、花を買ったことがない 6 割の世帯に花を
買ってもらう活動を基本としてきた。それに対して今西(2009)は自らのアンケート結果か
ら、リピーターをターゲットにすることの重要性を指摘していたが、はからずも今西の指
摘の正しさを証明することになった。
3.今をどうのりきるか
未来を考えることが崇高で、今にこだわることが卑近ではない。今日が儲からなければ
花生産に明日はない。
(1)儲けるにはどぶ板選挙
①生産者-市場-花店の連携
花を作り、売る行為は選挙で票を集めるのと同じである。イメージ選挙で風が吹けば大
きな力になる。しかし、それは政党(行政)の仕事で、候補者である生産者がやることで
はない。抽象的な活動で花は売れない。生産者は具体的などぶ板選挙に徹しなければなら
ない。
鉢花は完成品に対して、切り花は素材(部品)である。部品メーカーがエンドユーザー
(消費者)に消費宣伝しても意味がない。部品メーカー(切り花生産者)が宣伝、売り込
む相手は、完成品メーカー(花店)である。
花店との具体的な営業活動に力を入れよう。花店の業態はさまざまでる。産地に必要な
花店を仲介するのが市場の役割である。
完成品
鉢物
完成品
花店
消費者
未加工
素材
切り花
完成品
花店
消費者
花束、アレンジメ
ント、ラッピングな
ど加工、仕上げ
図4
鉢物は完成品であるが切り花は素材である
②市場が売りやすいように、花店が買いやすいように
花市場では実体ではなく、情報で取り引きされている。そうでなければ年間 60 億本の切
り花を 150 の小さな市場で流通させることができない。
大都市市場ではせり販売より web 販売が主力である。web 販売では、金曜日に販売され
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る花は水曜日の午後に、確定出荷情報が届いた産地から上場される。情報が早い産地ほど
早くから上場されるので、有利に販売できる。さらに、大都市市場では地方へ転送される
ので、着荷が早いほど有利である。
鮮度が重視される反面、大多数の花は早い出荷情報と着荷が求められている。
(2)生産コストの削減
日本が目標にしてきたオランダの花生産は壊滅した。季候がよく、人件費が安いアフリ
カ、南米諸国からの輸入に敗北したことと、企業経営であるが故に、厳密な経営試算によ
り儲からなくなると撤退するのは当然の帰結である。
わが国の農業はオランダと対極的な持続的家族経営である。家族経営で、どんぶり勘定
であるから、現在もなんとか持ちこたえている。とはいえ、生産費までどんぶりであって
はならない。暖房経費はもとより、種苗経費、出荷経費、むだを削減しよう。
かっこよさと金儲けは両立しない。中身の花が中心で、栽培施設、荷姿などはかっこよ
くなくてよい。日本の花経営は種苗費と流通経費が飛び抜けて高い。
(3)育種なくして成長なし-産地育種-
日本の種苗会社の育種力が低下し、オランダ企業への依存度が高まっている。オランダ
企業は世界をターゲットに種苗を販売し、日本だけの販売はない。海外に種苗、品種を依
存していては、輸入と差別化できない。また、日本の消費者の要望にも応えられない。
品目間で激しく競争している現在、育種力が劣る品目は衰退する。
産地育種、生産者育種が重要である。現在人気の花、ダリア、ラナンキュラス、アジサ
イ、オキシペタラム・・・は生産者育種である。
100
100
100
79
75
育
種
力 50
・
%
25
31
23
20
0
0
輪
ク
ギ
゙キ
コキ
トル
ョウ
ギ
SP
ラ
バ
ST
ク
ST
シ
ネー
カー
ョン
ネ
カー
SP
ョ
ーシ
ン
エ
オリ
リ
ルユ
ンタ
図5 主な切り花の育種力(2007)
70
57
60
51
50
(
50
占
有 40
率
27
)
% 30
20
15
13
10
0
輪ギク
バラ
カーネーション トルコギキョウ
図6 上位3品種占有率(2008)
4
オリエンタル
LA
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(4)日持ちか鮮度か
①本当に日持ちは重要か
経済活動としての花産業を理解することはむつかしい。バラではもっとも日持ちが短い
ローテローゼが 20 年以上消費量1位であること、日持ちがもっとも短いダリアの人気を考
えると、現状では日持ちのよさと消費は結びついていない。しかし、スーパーマーケット
などの無人花束販売では商品の価値のひとつが日持ちであることは間違いがない。
②「日持ち」と「鮮度」との混同
花店などでは日持ちと鮮度が混同されている。
「日持ち」
:生けてから観賞価値を失うまでの日数
「鮮度」:切り花には科学的な定義がない。一般的には、見かけ上のみずみずしさ。
この定義では、1 週間前に採花、成田でリパック、水つけ輸送をされた輸入品のほうが、
ダンボール横詰め出荷の国産より鮮度が高いと判定される。
野菜の鮮度は収穫後の時間が重視される。切り花も同様の考え方が広まりつつある。
表1 日持ちと鮮度の区別
状態
日持ち
鮮度
いけてから観賞
価値を失うまで
判定
進行
日数
一方通行
見かけ上のみず 主観、目視、
みずしさ
手触り
回復可能
③日持ちをどのように計るか
生けた切り花の観賞価値の有無は主観である。主観は人により大きく違う。そういう状
況での日持ち保証では消費者とのトラブルになる。そこで、26 品目について観賞価値の有
無、日持ちの計り方を画像でマニュアル化した(土井ら 2006)
。今後、品目を増やしていく
予定である。
④日持ち保証システム
誰が誰に日持ちを保証するか、ふたつの流れで実践が始まっている。
A:生産者が市場、花店に保証
例 常陸野カーネーション組合の 13 日間日持ち保証
B:花店が消費者に保証
例 サンクスの難波駅コンコースでの 5 日間保証販売(失敗)
スーパーマーケットヤオコーの全品目 5 日間保証販売(実施中)
花市場
日
り持
花ち
のが
生長
産い
切
リ
フ
日持ち試験依頼
日持ち試験結果
報告
出荷品に日持ち
日数表示
ァ
生産者
レ
ン
ス
テ
ス
ト
日持ち日数を考
慮して買い付け
小売り
消費者
速
や
か
な
販
売
後
処
理
剤
使
用
情報提供
図7 日持ち保証システムのイメージ(農林水産省 2004に追加)
5
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⑤誰が日持ち保証をしたがっているか
専門店はのれんが信用であり、日持ち保証は必要ない。無人の花束販売をするスーパー
マーケットおよびそれを納入する量販店が日持ち保証を志向している。
⑥ユニクロのLMSと切り花のLMSは同じか
ユニクロのLMSはサイズが違うだけで品質はまったく同じである。
切り花のLMSはサイズが違うだけでなく、質も違う。MSはLを目指して生産したが、
日当たり、肥培管理、芽の整理など栽培管理に失敗した商品である。体内にため込んだ同
化養分が少ない。
量販店がスーパーマーケットで販売するのはこのMSである。スーパーマーケットやマ
ーケティングの人たちはユニクロのLMSと切り花のLMSは同じと誤解している。
常陸野カーネーション組合が日持ち保証しているのは秀、優までで、良は対象外である。
これは生産者として当然の判断である。
⑦MS生産
生産者の DNA には高品質生産しかない。しかし、消費は多様化し、カジュアルな花の供
給が求められている。この部分も輸入が担いつつある。単価が安くとも採算に合う経営と
生産技術の確立が緊急の課題である。
⑧日持ちより鮮度
量販が日持ちを追求する対極に、青山FMのように鮮度を重視する専門店がある。朝採
りイチゴや朝採りイチジクがあるのに、鮮度が命の切り花になぜ朝採りがないのかという
消費者の疑問に応えなければならない。
朝採りを阻んでいるのは市場の流通システムである。大量の花を短時間にさばくために、
朝採りとは逆の2日前、3 日前出荷が定着している。流通の効率化のなかで、朝採り品や採
花日表示品をどのように取り扱うかが花市場の課題である。
⑨採花日表示
大都市市場では web 販売に対応するために、産地からの出荷時間がどんどん早まってい
る。それに対抗して採花日表示で鮮度の良さをアピールする市場、生産者、産地がでてき
ている。近郊産地にとって、採花日表示は遠隔地大型産地との差別化を図る簡単で、有効
な手段である。
⑩ボトリチス対策
流通過程での日持ちの制限要因は本来の老化ではなく、ボトリチスである。市場でのク
レームのほとんどがボトリチスである。切り花の保管、貯蔵、輸送中のむれとともに、産
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地の冷蔵庫、選花場、市場、花店でのボトリチス感染と発症はきわめて多い。
花の流通での問題はエチレンではなくボトリチスである。産地のハウスでの殺菌、除湿、
冷蔵庫、選花場の殺菌、輸送トラック、市場、花店での殺菌など川上から川下まで連続し
た対策と病理技術者の援助が必要である。
(4)環境は儲かる
農業にとっての「環境」とは、持続性の高い農業生産方式(平成 11 年施行)の土づくり、
化学肥料・農薬の削減である。これらに地球温暖化対策として炭酸ガスの削減が加わる。
環境にやさしい生産、生活はだれもがのぞむ理念である。しかし、理念が広く普及する
には実利がなければならない。環境に国自身が実利を求め、環境ビジネスを日本産業の柱
にしようとしている。
花産業でも環境にやさしい花は儲かるようになってきた。消費者はある価格までなら、
環境に優しい花を買いたいとの意識が芽生えはじめている。
儲けるためにはまず環境にやさしい花づくりを実践しなければならない。それは生産履
歴の記帳と開示からはじまる。いつでも市場、量販店などの求めに応じて、生産履歴を提
示できる体制がいますぐに必要である。
農薬削減は法律遵守のみを主張する公的研究者だけでは困難である。生産者の知恵、経
験を活かす総合的防除技術の開発が必要である。
次ぎに、環境にやさしいことをどのように、市場、花店にアピールするかである。現在
のエコファーマーは内向きの認証で、産地以外では誰も理解していない。
環境=農薬ではない。炭酸ガスの削減は消費者まで巻き込む大きな活動である。必要以
上に大きなボリュームは炭酸ガス削減に反する。これまで短茎多収は生産者の一方的な都
合であったが、今は炭酸ガス削減の大きな手段である。
おわりに
遠くの神様より地元の氏神様
産地を守り、発展させるのは東京の大先生ではない。生産者とともに産地で生活をして
いる営農指導員、普及員、研究員、役場職員、地元の種苗店、資材店などである。しかし、
産地に役立つ技術者は一朝一夕には生まれない。産地が技術者を育て、技術者が産地を維
持し、発展させる。この危機を乗り切るのは、生産者と技術者の力が融合した総合力に優
る産地である。
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