2011年6月2日ロイヤリング講義 講師:弁護士 藤木 邦顕 先生 文責 亀之園 直幸 少年事件と子どもの権利 ― 導入 私は、大阪大学に1976年に入学し、1980年に卒業しました、弁護士の藤木邦顕 です。本日のテーマは「少年事件と子どもの権利」ということで、できるだけ現実の事 件に則して、弁護士が「少年事件」 「子どもの権利」にどう関わっていくのか、というこ とをお話したいと思います。今日は「第1.少年事件編」「第2.子どもの権利編」とい う流れで話を進めていきます。なお、今回取扱う「事例」は架空のものですが、わりと 現実的に起こっている事例に近いものです。 第1 少年事件編 1.次の事例について検討します。設問に答えてください。 【事例】 少年A(男 16 歳)は、少年B(男 18 歳)と共謀の上、平成 22 年 4 月 1 日午後 11 時 ころ、大阪市北区西天満 3 丁目 1 番 1 号付近の路上において、同所を原動機付き自転車で 通行中の被害者X(男 27 歳)に対し、原動機付き自転車で2人乗りをして追跡しながら、 「しばくぞ。止まれ。 」等と申し向け、さらに同人がおびえて原動機付き自転車を停止させ たところ、少年Aが被害者Xの顔面や腹部を手拳で殴打するなどの暴行を加えて、同人所 有にかかる現金 3 万円を取った。 これは「刑事事件」の事例ですが、刑事事件には①事件開始の段階(被害者が警察に駆 け込む…etc)、②逮捕の段階があります。弁護士が関与するのは②の段階からです。 設問1.少年Aについて成立する犯罪としてどのような罪名が考えられますか。 先生:刑事事件の出発点である「罪名」について考えていきましょう。できれば条文の 根拠付きでの解答が望ましいですね。 学生1:強盗罪。 学生2:強盗致傷罪。 学生3:わかりません。 学生4:危険運転? 先生:道交法違反まで考えれば確かに「危険運転」も含まれます。でもXとの関係で成 立する犯罪を考えると? 学生4:もうありません。 先生:では、これまであげられた罪名の根拠条文は? 学生1: (強盗罪について)236条1項です。 先生:続けて、強盗致傷の条文は? 学生1:240条です。 先生:そうですね。強盗と強盗致傷の違いは怪我の有無です。 さて、この236条付近に設問に関する罪はないでしょうか? 学生5:傷害罪。 先生:この事例の場合傷害罪だけが成立するのでしょうか?傷害プラス何かがあるので はないでしょうか?別の章ではどうでしょう? 学生6:窃盗罪。 先生: 「窃取」とはどんなことを指すのでしょう? 学生6:他人の占有を奪うことです。 先生:そうですね。その「奪い方」も問題になるのですが、 「殴って奪った」場合は? 学生6: 「窃取」ではありません。恐喝罪ではないでしょうか? 先生:強盗と恐喝の区別はポイントになってきます。簡単に言えば、強盗よりも程度の 弱いものが恐喝です。少し詳しく説明すると、相手の反抗を抑圧する程度の暴行 脅迫がなされるものが「強盗」 、完全に相手の反抗を抑圧することができなくとも 相手の自由を制限する程度でなされるものが「恐喝」です。怪我についての評価 も、 「奪う」行為が強盗ならば強盗致傷、恐喝ならば恐喝+傷害と違いがでてきま す。 少年審判は刑罰を科すものではないのですが、「罪名」はその後の手続のスター ト地点として考慮しておく必要があります。その際、弁護士はできるだけこの「罪 名」が軽いものになるように活動しなければなりません。例えば本件では、少年 はバイクを「停止」させた上で財物奪取に及んでいるので、 「運転中」にそのまま ひったくる強盗の場合よりも罪は軽いとして、恐喝+傷害のケースとして考えて いくのです。 六法の「少年法」3条を開いてください。ここでは「審判に付すべき少年」に ついて記載されています。 「審判に付すべき少年」には、①犯罪少年(20歳未満 で犯罪を犯した者) 、②触法少年(14歳未満であり「犯罪」とは呼べないものの、 法に触れる行為をした者) 、③虞犯少年(これから犯罪を犯す虞のある少年)とい う3つのパターンがあります。 成人の場合、何ら法に触れる行為をしていないにもかかわらず裁判に付し刑罰 を科すことは人権侵害にあたり憲法違反とされるが、少年の場合は、審判の目的 が刑罰を科すことではなく、 「少年の保護」を目的としているため、パターン③「虞 犯少年」を審判に付すことも合憲とされます。しかし、罪を犯していなくても捕 まる可能性があるというこの点は少年法の厳しいところでもあります。但し多く の事件はパターン①「犯罪少年」のケースです。 設問3.少年Bについて、どのような犯罪が成立しますか。 先生:この設問は省略して話を進めます。共犯については、AB両方が直接に手を出し ていれば双方に「共同正犯」 、片方(A)が手を出しもう一方(B)は知恵を貸し ただけというような場合には双方に「共謀共同正犯」が成立します。 2.家庭裁判所の調査 AB双方が家裁送致された(捜査段階へ以降)後の話をしていきます。「少年法」におい て弁護士は、家裁送致前は「弁護人」、送致後は「付添人」と呼ばれます。本件のように 2人の少年がいる場合、それぞれの少年に別々の「付添人」がつくことが一般的です。 これは、2人の少年の意見の食い違いに対処し、利益相反を生み出さないようにするた めです。 【少年Aの言い分】 「原付を運転していたのはBで、僕は後ろに乗っていました。 Bが「あいつ、やったろうぜ。 」と言って被害者を選びました。追跡を開始したときに はお金をとるつもりはなく、単なるやかり(路上で因縁をつけて、脅迫を加えるだけ) のつもりでした。被害者が原付を止めたところ、Bがすぐ後ろに原付を止め、いきな り被害者を殴り出しました。Bが被害者を殴ったので驚きましたが、Bが被害者に「金 を出せ。 」と言ったので、お金を取るつもりなのだとわかりました。 「自分もお金が欲 しかったので、被害者に「はよ出せよ。」といいました。被害者を殴ったのは、Bだけ で自分は殴っていません。取ったお金のうち、1 万円をBが自分にくれました。2 万円 はBがもって帰っています。 Bから渡された 1 万円はゲームや飲み食いに使いました。 」 【少年Bの調書の要旨】 「原付を運転していたのは僕です。 追跡を開始したときに、お金を取るつもりはなく、単なるやかりのつもりでした。原 付を止めて被害者の様子をみたところ、かなりおびえていて、弱そうなやつやなと思 ったので、ついお金を取ろうと思って被害者を殴りました。以前にも同じように別の 友達と一緒に通行人にやかりをしているうちにお金を取ったことがあったので、今回 も同じように取れると思いました。自分が「金を出せ。」と言ったところ、Aも「はよ 出せ。 」と言っていたので、Aもお金を取ろうしたことはわかっているはずです。お金 を実際に取ったのは自分です。1 万円札が 3 枚だったので、そのうち 1 万円をAの分け 前にして、残りの 2 万円を自分が彼女とのデート代に使いました。」 これらを見ると、本件ではABの主張はおおむね一致しています。 設問4. (ABの主張をそのまま信じるとして)ABの言い分をもとにすると、それぞれ にどのような犯罪が成立しますか。 学生7:Aには強盗の共謀共同正犯、Bには強盗罪が成立すると思います。 先生:共謀共同正犯とはどういうものでしょう。まずABが一緒になって殴る・盗むとい う行為をする場合が「共同正犯」の事案です。そしてAは指図をし、実行に移した のはBであるという場合が「共謀共同正犯」の事案です。ここで、片方(A)が「共 同正犯」なのに、もう一方(B)はそうではない、ということはありえません。 さて、Aについて強盗致傷罪が成立するでしょうか? 学生8:この場合Bについて恐喝罪と傷害罪が成立します。そして、実際に殴っていない Aには恐喝罪のみが成立します。 先生:その考え方も十分に成り立ちます。A は B が殴ることまでは考えていなかったとす れば A に傷害罪は成立しません。 本件を強盗致傷のケースと考えると、A にも B にも強盗致傷が成立することになり ますが、恐喝+傷害のケースと考えると、このように A には傷害罪が成立しないと いうことにもなりえます。ここに、それぞれの少年に付添人をつけるメリットが表 れてくるのです。 少年が家庭裁判所に送致されたあと、検察官の役割はなくなります。通常の刑事事件の 場合は、検察官は起訴を維持し、被告人を「有罪」にもっていくために立証活動を続けま す。 そして、 「当事者主義」と「予断排除」の原則が貫かれるため、裁判は、検察官が起訴をし て、弁護人(+被告人)が防御をし、最後に裁判官が判断を下すという構造をとっていま す。しかし、家庭裁判所では、検察官は立証活動を行わず、裁判官はあらかじめ検察官が 家裁送致時に送った調書に目を通し(cf.起訴状一本主義ではない)、付添人の主張がこれに 反しないかという確認作業を行うのみです。これは、家庭裁判所が「刑罰」を科すことを 目的としておらず「当事者主義」 「予断排除」を貫く必要がないからです。また、成人の刑 事事件では「1年以上」の時間がかかることが通常であるが、少年事件では原則「4週間」 で決着をつけなければならないという制約があるのも、こうした違いを生む要因となって います。 3.家庭裁判所の重要な役割 家庭裁判所の調査官は、少年の経歴・環境を調査し、意見を述べる役割を担います。 【少年の家庭環境・事件までの経歴】 少年は、4 人兄弟の 4 番目で、犯行現場近くの大阪市北区西天満 3 丁目 3 番地で生 まれ、現在も同所に少年の自宅がある。少年は、地元の公立中学を卒業した後、いっ たんは、塗装工として働いたが、仕事先の人間関係がうまくいかず、その後はとび職 などをしていたが、前件で保護観察になった後には、次兄の勤める会社で鉄筋工のア ルバイトをしていた。次兄の勤める会社は、自宅近くである。 少年の父母は、少年が幼いときに離婚しており、父とはそれ以来連絡がない。その ため、これまでは少年の長男が父親代わりになっていた。 本件の 3 ヶ月前に母が再婚し、兄 3 人はいずれも独立していたので、少年と母が暮ら て していた自宅に再婚相手とその連れ子(男 9 歳)が入って、4 人で暮らしていた。しか し、少年は、母が再婚したころから、地元の不良仲間のところを泊まり歩くようにな った。 少年には母方の祖父母がおり、いずれも 70 歳を超えているが、淡路島で農業を営ん でいる。以前、次兄が少年事件を起こしたときに、祖父母が次兄を淡路島の祖父母方 に引き取って無事試験観察を終了させたことがある。 少年Aの経歴 平成 6 年 3 月 3 日生まれ 平成 21 年 3 月 大阪市立西天満中学を卒業 中学では不登校気味 平成 21 年 4 月 塗装工として西天満塗装有限会社に就職したが、1 ヶ月でやめた。 平成 21 年7月 3 日 恐喝事件により、逮捕 平成 21 年 8 月 19 日 前件審判、保護観察となる。 平成 21 年 9 月 次兄の会社で働くようになる。 平成 22 年 1 月 母再婚 4 人暮らしとなる。 平成 22 年 4 月 1 日 本件事件 【親族の意見】 母;少年Aは、保護観察中なのに夜中に外出することがあり、注意しても聞かないの で、「悪いことだけはしないで。」と言っていたが、警察から逮捕されたという連絡 を受け、またやったのかと失望した。もう面倒見切れないので少年院に入れられて も仕方がないと思ったが、先日鑑別所に会いに行ったら、自分のしたことについて 後悔しているようだったので、もう一度自宅に引き取ってやりたい。被害弁償をし なければならないということはわかるが、夫はトラックの運転手で仕事が不安定な ために、借金もしている。自分はパートで食べていくのが精一杯で、お金が出せる かどうかわからない。 母の再婚相手;少年Aはワルで、何度注意しても聞かない。できれば家に帰ってき ほしくない。うちの子どもに悪影響があっては困る。帰ってきたときに自分が面倒をみれるか不安だ。 祖父母;少年の受け入れることにはやぶさかではないが、自分たちも高齢であるので どこまでがんばれるかわからない。少年Aとはしばらく会っていないので、うまく やっていけるかどうかわからない。 長兄;少年は地元の不良仲間から影響を受けている。東京に引き取ってもよいが、1 年 前に自分が東京に移ってから少年Aとは会っていないので、今少年Aが考えている ことがわからない。彼の就職先を見つけられるかどうかもわからない。 次兄;少年は、まじめに仕事をしていた。やればできる子だと思う。今後はもっと少 年と話しをするようにして、様子について注意して見ていってやりたい。 次男の勤務先の社長;仕事ぶりはまじめであったので、少年が再就職を望むのであれ ば、受け入れても良い。会社の寮には少し空きがあるので、寮に住んでもらうこと も可能である。 三男;少年とは時々会っていたが、このような事件をおこすとは思わなかった。少年 が自宅に居づらいのであれば、自分の勤務先に住み込みで働けないか、お願いして みる。 三男の勤務先の社長;まじめに働くなら、勤めさせてもいいが、どんな子が知らない ので不安がある。寮はあるので、三男と一緒に住めばいい。 →なぜこのように親族のことも調べるのでしょうか。これには2つの理由があります。一 つは少年を取り巻く環境を調査するため、もう一つは少年の面倒を見てくれる人はいな いかを調査するためです。 【検察官の意見】 担当した検察官は、次のような意見をつけて少年A、Bを家庭裁判所に送致しました。 「少年Aは、前件で保護観察決定を受けたが、まもなく年長者を含めた地元の不良少 年らとの交遊を再開している。母親は少年の深夜徘徊につき、適切な指導を行うこと なく放任しており、監護能力に欠ける。再非行の可能性はきわめて高い。本件は被害 者が無抵抗であることにつけ込み、遊興費を得るために犯罪をエスカレートさせたも ので、きわめて悪質である。 」 こうした状況の中で、次の手をどうするのか。これを考えるのが家庭裁判所の仕事です。 実際の打つ手(処理方法)としては、①審判不開始、②不処分、③知事又は児童相談所長 送致、④保護観察・少年院送致、⑤検察官送致、の5パターンがあります。本件で問題と なるのは「パターン④」 「パターン⑤」でしょう。 設問.あなたが家庭裁判所調査官だったとすれば、本件についてどのような意見を出しま すか。 学生 11:できるだけ保護観察という軽い処分にすべきだと思います。 先生:検察官の言うように、前件を考慮すれば、検察官送致からの起訴という処分が妥当 なのではないですか? 学生 11:「調査官」という立場としては「パターン④」の処分を主張します。 学生 12:少年の家庭環境・友人環境を考慮すると。少年院送致が妥当なのではないでしょ うか? 先生:いずれの意見もありえます。仮に保護観察処分にするとすれば、どのような条件で、 誰のもとに置いておくのが良いでしょうか? 学生 13:一度失敗していることから、母のもとではいけない。次兄・勤務先社長のもとに 置いておくのが妥当であると思います。 先生:確かに、次兄+社長のもとであれば保護観察処分もありえます。しかし、この場合 でもやはり「罪名」がひっかかってきます。重い罪を犯しており、被害弁償もでき ていないという状況のもとでは「試験観察」という手段が取られる可能性がありま す。これは、試験期間後に再審判を行い、問題がなければ引き続き保護観察を行い、 問題が生じた場合には少年院送致がなされるという制度です。 4.まとめ 少年事件報道がなされると世間一般では「法が少年に甘いから少年は好き勝手をするのだ」 という声があがります。しかし、統計上少年事件発生件数は減っており、凶悪犯罪も減っ ています。このような「少年法批判」はショッキングな事件のみに着目した結果なのです。 少年は法制を意識して罪を犯すわけではないですし、少年事件の原因は家庭環境等、もっ と別のところにあると考えます。 第2 学校における子どもの人権編 【事例】 相談者(母) ;私の長男は小学校 6 年生です。中学は私立へやろうと思って、塾へ行かせ ています。うちの長男には、仲良しの5人の男子の同級生がいたのですが、そのうちの「ひ ろし君」が、うちの長男と他の 4 人からいじめられたと言って、 「ひろし君」のお父さんが、 学校に乗り込んで校長先生に談判しているのと、私ら 5 人の親にも慰謝料を払えとすごん でいます。 どうしてそうなったかというと、 「ひろし君」に「このメールをおまえから 5 人に送らな いと暴力団員に連れて行かれて山に埋められる。 」というチェーンメールがきたらしくて、 「ひろし君」がうちの長男をふくめて仲良しグループの 5 人に送ったんです。それでうち の子らが怒って、靴かくしをしたり、こづいたりして、軽いけがをさせてしましました。 けがはたいしたことないのですが、ひろし君のお父さんが怒ってしまって私ら 5 人の親に 「謝れ。 」とか、「治療費と慰謝料払え。」などと言ってきているんです。もとはといえば、 「ひろし君」が変なメールを回したのが原因じゃないですか。こっちが謝ってほしいくら いなのに、治療費や慰謝料を払わなければいけないんでしょうか。 こうした事例に対しては、学校に対しても、いじめた側に対しても、 (自殺問題となると話 は別ですが)いたずらに民事事件にしない(=対立関係を作らない)という姿勢を貫きま す。これは争っている間に状況が変わることがほとんどだからです。親同士が争っている 間にいじめていた側の子どもが不登校になってしまったという事例も多くあるのです。今 の子どもたちの状況に着目して、子どもたちが、どうしたら元の状態に戻って成長してい けるのかということが活動の中心であり、弁護士の役割はここにあると感じます。 以上
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