A.9.2 プリオン病

A9.2
プリオンタンパク質には少なくとも 2 つのフォームがある。一つは通常型、細胞に存在す
る PrPc であり、もう一つは病気を誘導する PrPSc である。その過程については詳細に解明
されていないのだが、PrPSc は PrPc を多くの PrPSc へと変換する。新たに変換されたプリ
オンは、ついには他の通常型まで変換してしまう。通常、体は PrPSc がたくさん蓄積してしま
う前にそれを排除する。しかし、PrPSc が凝集して細胞機構がそれをうまく排除できなくなる
と、結果、発病する。プリオン病は様々な方面から人や動物を苦しめる。多くの場合、この病
気は「弧発性」のものである。すなわち目立った理由もなく、自然に発症するのである。弧発
性 CJD は人において最もよく見られるプリオン病である。プリオン病はまた、プリオンをコー
ドしている遺伝子に生じた変異によって発症する場合もある。すなわち多くの家系において
CJD は遺伝することが知られている。今日まで、PrP 遺伝子について、30 以上もの変異が
見つかっており、これにより遺伝性 CJD が発症する。更にプリオン病は、例えば牛のプリオ
ンを消費した場合など、感染によっても生じうる。
世界中で牛のプリオン病に関する注意が喚起された。これは BSE が大流行した後のこと
であるが、BSE の流行によりイギリスの牛肉業界は 1980 年代中頃から荒廃し始めた。全く
新しい考えがプリオン研究から生じたが、それにより研究者や社会は全く異なる考え方を持
たなければならなくなり、また、流行への対処が難しいものとなった。最終的に研究者はプリ
オンが牛から肉骨粉を介して伝染することを突き止めた。肉骨粉は羊や牛、ブタ、鶏などを
工業用途に加工・精製したもので、飼料に加えられているものである。高熱処理により通常
の感染源は除去されているものの、PrPSc は生き残り、感染牛へと乗り移ったのだ。
感染した牛が他の牛に食用として使われたことで、BSE はイギリス中の牛に広まり始め
た。そして感染した牛の数は 1992 年に最高で 37280 頭に到達した。イギリスの専門家は
1989 年にいくつかの飼料については使用を禁止し始めたのだが、この共食いとも言える飼
料について厳しい規制により BSE を管理し始めたのは、ようやく 1996 年になってのことだっ
た。昨年は 612 例の違反が見つかった。イギリス全土ではこれまえ 180000 頭の狂牛病が見
つかっており、疫学的調査の示すところでは、更に 1900000 頭もが見つかっていないものの
感染していると考えられている。
多くの人にとって、この規制はあまりに遅すぎた。イギリス政府は当初、反対の見解を表
明していたにも関わらず、狂牛病が人へと感染しうることが証明された。1996 年 3 月、the
National CJD Surveillance Unit の研究者が報告したところでは、10 代・青年層のイギリス人
11 人が変異型 CJD により亡くなったとのことである。これらの若い患者では、脳における
PrPSc の沈着パターンが典型的な CJD 患者で見られるものとは大きく異なっていた。
私も含めて多くの科学者はそれまで考えられていた BSE と vCJD との関係性について、
当初疑念を抱いていた。その後私は多くの研究の重要性に基づいて、考えを改めた。これ
らの研究の一つに、遺伝子操作により、少なくともプリオンの観点から狂牛病と似た症状を
示すマウスを使ったものがある。このマウスは、牛の PrP 遺伝子をゲノムに挿入したもので
あった。するとマウスは BSE に感染した牛、あるいは vCJD 患者からのプリオンを注射した
後およそ 9 ヶ月後に、病気を発症したのだった。そしてその病気は牛由来のプリオンだろうと
vCJD 患者由来のプリオンだろうと同じようなものであった。
どれほどの人が vCJD を引き起こすプリオンを保持しているのか、誰も分からない。疫学
的モデルによれば、3~40 人程度しか vCJD を発症しないだろうと考えられているが、これら
のモデルはおそらく間違っている仮定に基づくものである。例えば、vCJD が影響するのは
特定の遺伝的構成の人だけである、といった仮定が使われている。プリオンは非常に潜伏
期が長いので、最終的な vCJD 患者数や、患者が同じような遺伝子構成を持つかなどを理
解するには、時間がかかるだろう。
vCJD 患者では、PrPSc の凝集が見られるが、これは脳だけではなく、扁桃腺や虫垂など
のリンパ系でも見られる。このことは、PrPSc がどこかで血流に入り込むことを示唆してい
る。動物実験から、プリオンが血流を介して感染動物から健康な個体へと伝染することが示
されている。このような結果を受けて多くの国々は献血に関する規制を厳しいものへと変更
した。
このような規制によって、断続的な血液不足に陥るが、規制はもっともなことに思われる。
昨年 12 月イギリスで亡くなった 15 人の vCJD 患者のうち 1 人が、後に vCJD を発症した患
者から輸血を受けていた、と発表された。犠牲者は亡くなる 7 年半前に輸血を受けていた。
犠牲者がプリオンを含む食物から感染した可能性もあるが、年齢から考えるとそうではない
と思われる。犠牲者は 69 歳で、典型的な vCJD 患者が 29 歳であるのに対し極めて高齢で
あった。したがって、vCJD はプリオンに汚染された牛肉を食べた人に限ったものではない、
と見るのが妥当と思われる。
1)
【解答例】
プリオンには通常の PrPc と病気を引き起こす PrPSc との 2 つのフォームがあるが、前者から
後者への立体構造変換が、後者によって促される。通常、後者は大量に蓄積される前に細胞
内の機構により排除されるが、それがうまく排除されない場合、病気が発症する。ほとんどの
場合、病気は孤発性のものである。また、プリオンタンパクをコードする遺伝子に変異が起き
た場合でも、発病する可能性がある。加えて、牛のプリオンを消費することによって発病する
とも考えられている。
2)
【解答例】
プリオン病は、感染した牛から作られた肉骨粉を家畜用の飼料として利用したことにより広
まった。通常の病原菌は高熱処理により除去できるが、変異型プリオンは除去できず、感染
した牛から作られた肉骨粉を食した牛が感染し、それによってイギリス中に広まった。
3)
【解答例】
牛のPrP遺伝子を持つ遺伝子改変マウスに、BSEを発症した牛のプリオン、あるいはvCJD
を発症した人のプリオンを注射したところ、どちらにおいてもこのマウスは9ヶ月後に病気を発
症したということ。
4)
vCJDの消費によるものだけではない。PrPScは脳だけでなくリンパ系においても蓄積する。
このことは、PrPScが血流により体内に入ることを意味する。また、動物実験の結果からもプリ
オンが血液を介して移ることが分かっている。
5)
【解答例】
1996年3月の発表で、11人のvCJD患者のPrPSc沈着パターンが、典型的なCJD患者のもの
とは大きく異なっており、また、遺伝子改変マウスを用いた実験の結果等を知って、考えを改
めた。
6)
【解答例】
BSEを発症した牛を食べないこと。
肉骨粉を飼料として用いないこと。
vCJD患者からの輸血を受けないこと