No.612 のシュレーゲルによる。二人は有名なシーボルトらが長 崎・出島から送り続けた様々な標本に基づき、幕末の混 乱くすぶり始めた日本から遠く離れたオランダで、ヨー ロッパにはない魚に次々と名前を付けていった。日本で はとっくに知られていたブリに初めて名前をつけたとい うのはおかしな話だが、当時、科学の中心だったヨーロッ パへ最初に報告したという意味だから仕方がない。魚だ けでなく、ほ乳類や鳥類、植物など多くの日本の生き物 がシーボルトらを通じてヨーロッパへ知られることと なった。 ﹁○○の中の○○﹂は存在する ﹁国際動物命名規約﹂に従えば、江戸時代の長崎で採集 され、テミンクとシュレーゲルにより新たな学名ととも に報告された 1 匹のブリこそが﹁ブリの中のブリ﹂とな る。残念ながらこの標本は紛失しているが、シーボルト に付き従った日本画家・川原慶賀の手による緻密なスケッ チ を 見 る こ と が で き る。 ま た、 後 生 の 研 究 者 に よ っ て、 1947 年に代わりの﹁ブリの中のブリ︵干物のようだ が・・・︶ ﹂が指定され、今もオランダ・ライデンの博物 館に存在している。ちなみに、同様の理由により、マア ジの中のマアジ、マイワシの中のマイワシ、ヒラメの中 のヒラメなど多く魚たちが同じ博物館に保管されている。 男 の 中 の 男 は い ざ 知 ら ず、 生 物 に は﹁ ○ ○ の 中 の ○ ○ ﹂ が間違いなく存在する。 20 Otsuchi ⑬男の中の男? 私の知り合いに﹁男の中の男﹂を自認するものがいる。 意味がわからないので詳しく聞いてみたが、やっぱりよ く わ か ら な か っ た。 し か し、 生 き 物 に は﹁ ○ ○ の 中 の ○ ○﹂と呼ぶべきものがいる。例えば、魚屋でよく見かけ る﹁しょっこ﹂。いわゆるブリの子供だが、﹁ブリの中の ブリ﹂はオランダ・ライデンの自然史博物館にいる。私 の知人のように﹁自称﹂でも、意味不明でもなく、世界 中の科学者が認める正真正銘﹁ブリの中のブリ﹂である。 学名には基準となる1個体の標本が ア 山 中 の 先 住 民 が、 そ こ に 生 息 す る 138 種 の 鳥 の う ち 1 種 を 除 き、 す べ て を 正 確 に 区 別 し て い た こ と か ら も わ か る よ う に、 人 間 は 目 に 入 る も の を 自 然 と 区 別 す る。こうして有史以来、ヨーロッパを中心に地球上の生 物は﹁分類﹂され続けてきた。しかし、バラバラの﹁分 類﹂は非常に扱いにくい。そこで百年近い議論の末、よ うやく 1961 年になって﹁国際動物命名規約﹂なる決 まり事ができた。細かいことは抜きにして、重要なのは 1700 年代中ごろから広く用いられてきた方法に従っ て動物に名前︵学名︶を付けること。その際、名前の基 準 と な る 1 個 体 を 指 定 し、 体 の 大 き さ や 形 な ど 詳 細 な 特徴を公表した上で、将来にわたってその標本が保存さ れるようにすることである。つまり、動物の名前︵学名︶ にはすべて、その基準となる 1 個体の標本が存在するの である。これこそ、まさに﹁○○の中の○○﹂であろう。 幕末期にオランダで命名 TEL 0193-42-2111 FAX 0193-42-3855 〒 028-1192 岩手県上閉伊郡大槌町上町 1-3/ 印刷 ㈱東海印刷所 ブリに最初の学名が付けられたのは 1854 年。当時、 ライデンの博物館館長だったテミンクと脊椎動物研究者 広報おおつち8月5日号 青 山 潤 1967 年 神 奈 川 県 生 ま れ。専門は魚類の生態学。 研究の傍らエッセーも執 筆。「アフリカにょろり旅」 (講談社)で第 23 回講談 社エッセイ賞受賞。他に「う なドン」「にょろり旅・ザ・ ファイナル」(いずれも講 談社)などがある。 なんのことやらと思われるかもしれないが、この理由 は 現 在 の 分 類 学 上 の ル ー ル に あ る。 パ プ ア ニ ュ ー ギ ニ 知の歴史を積み重ねるヨーロッパの博物館(ベルリン)の標本庫内部。ここ にも多くの「○○の中の○○」が所蔵されている。分類学者の渡邉俊さん(日 本大学)は、日本の施設との違いに圧倒されたという。今、目の前を泳いで いる魚も、百年先、二百年先の科学にとっては貴重な標本となるのである。
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