ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術とは

ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術とは
手稲渓仁会病院 泌尿器科
限局性の前立腺がんに対する標準的な根治療法として手術による前立腺の全摘出
が標準的な治療法として確立し、推奨されています。従来行われている開腹による前
立腺全摘術は手術時間2〜3時間、出血量はほぼ自己血輸血で対応できる範囲の全身麻
酔下手術であり、前立腺癌根治療法のスタンダードとし全世界で広く行われてきまし
た。しかし腹部の創の大きさが約12~15cmと大きいため術後の痛みが強いこと、手術
中の出血量が比較的多いこと、尿道と膀胱をつなげることが技術的に難しいこと、術
後の尿失禁や 男性機能障害(勃起障害)の発現率が高いこと等の克服すべき問題点
もはらんでいます。
これに対してロボット支援前立腺全摘術は、米国で開発された手術用ロボット「ダ
ビンチS」を用いて腹腔鏡手術で前立腺全摘術を安全かつ高精度に行うもので、これ
は腹部に径0.5~1.2cmほどの穴(ポート)を6箇所開け、おなかを炭酸ガスで膨らまし
(気腹といいます)、この穴から鉗子や内視鏡などの手術機器を入れて体外から操作
をする手術です。
一般の腹腔鏡手術では、ポートから長い棒のような鉗子とよばれる手術器具を気腹
したおなかの中に挿入して手術しますが、執刀医が長い鉗子を体外から操作するため、
メスや剪刀の動き・縫合などの操作に制約があり、前立腺全摘術を行うにはさまざま
な制約がありました。
「ダビンチS」によるロボット支援手術は、ポートからロボットのアームがおなか
の中に入り、執刀医は離れた操作部から自由自在に体の中のロボットアームを動かし
て腹腔鏡下手術を進めるものです。ここで重要なことは、手術で行われる摘出範囲や
内容は従来の開腹手術と全く同様であり、ロボットアームは医師の手指の動きに従っ
て忠実かつ正確に患者様の体腔内で医師の動作を再現するもので、ロボットが自動的
に動いて手術を遂行するわけではありません。また、この手術は手術用ロボットの専
門的訓練をうけた資格のある医師のみが行うことができます。
この手術の特徴は、医師が手術をするときにみる内視鏡画面が3Dで立体空間表現さ
れ、30倍の視野拡大能力があり、鉗子の動きも細密で、腹腔鏡鉗子よりも動きの自由
度が高いため、きめ細かな作業性・視認性と深部到達性の高さが得られます。
米国ではロボットによる前立腺全摘手術が安全性・確実性の面で従来の腹腔鏡下手術
や開腹手術より優れていることが証明され、米国では2011年までに全土で1400台以
上が導入され、これまでに10万例以上の手術に用いられ、とくに前立腺癌の根治手術
である前立腺全摘手術においては現在はその90%がダビンチによるロボット支援腹
腔鏡下手術で施行されるようになっています。またヨーロッパ諸国やアジアでも韓
国・シンガポールなど、医療先進国では急速に導入が進んでいたのですが、日本でも
2009年に厚生労働省の薬事承認(医療機器としての使用認可)が得られて以来全国で
導入が進み、北海道内でも2011年11月から当院で最初の手術が開始されました。2012
年4月からは健康保険の適応認められたため、現在は保険診療で手術をうけていただ
くことが可能になりました。
【その特徴】
* 傷が小さいため術後の痛みが少なく回復が早い:多くの人が手術翌日に自力で歩
くことができ、手術翌日から水分や食事をとることができます。
* 出血量が少ない:腹腔鏡手術は開腹前立腺手術の難点であった出血量が、有意に
少ないことが知られています。この手術法で自己血以外の一般の輸血する確率は
5%未満です。
* 症例によっては前立腺周囲に走行している神経血管束を温存することが可能にな
りますので、術後の尿失禁がより少なく男性機能(勃起機能)の温存がはかりや
すくなることが期待されます。(これらの成績は研究中なので実証はまだされて
いません)
* 前立腺癌の治癒率(治療成績)に関しては、長い期間の結果がまだ出ていないの
で確定的ではありませんが、開腹手術に比べて同等またはそれ以上と考えられて
います。
daVinci Sを用いたロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術の実際
【適応】
転移のない前立腺癌が適応で、根治手術として癌が前立腺の外には出ておらず、完
全に治癒できる可能性がある時に行います。従来の開腹による手術の癌根治性と機
能温存の精度を向上し、安全性を高めることが可能になると考えています。
【手術の手順】
1. 腹部にポートを設置(径5-12mm、6カ所)
2. 設置したポートに手術ロボット・ダビンチSを装着(ドッキング)
3. 前立腺前面を剥離し膀胱との間を離断。
4. 精嚢の剥離と精管の切断
5. 前立腺と直腸前面との間を剥離
6. 尿道切断し前立腺を精嚢と一塊に全摘除
7. 閉鎖神経周囲のリンパ節郭清
8. 膀胱尿道吻合し手術を終了(手術時間は概ね約3-6時間を予定しています)
【本手術の危険性】
開腹による前立腺全摘除術でおこりうる危険性や合併症としては、手術中の出血、
感染症(手術創、術後の呼吸器感染等)、直腸を含む周辺臓器の損傷(人工肛門造設お
よび開腹手術の可能性)また、術後には尿失禁、吻合部狭窄および吻合部不全、尿瘻
や性機能不全があります。
稀にみられる重篤な合併症として深部静脈血栓症による肺梗塞や輸血の合併症
も有りえます。
これらの開腹手術による危険性や合併症、後遺症はロボット支援腹腔鏡下前立腺
全摘除術でもおこると考えられます。しかしロボット手術により、より高精度の手
術が可能となることによって合併症や後遺症の程度や頻度は少なくなるものと期
待されています。(しかしまだ実績の積み重ねが少ないので長期成績の解析や実証
はこれから行われることになります)
【本手術の施行に支障がある場合】
①頭低位の体位や気腹圧の影響により脳圧や眼圧が上昇しやすいため、次の疾患が
ある方はこの手術をうけていただくことができません。
* 緑内障のある方
* クモ膜下出血や未破裂脳動脈瘤のある方
②次に該当する方はこの手術が可能かどうかについて担当医師にご相談下さい。
* 下腹部や骨盤内の大きな手術をうけている方
* 高度の肥満、非常にやせている方、または骨盤の変形のある方。
【手術時の合併症】
*出血
骨盤内は血流が豊富なため、300〜500ml程度の出血が予想されます。多くの場合、
あらかじめ貯めていただいた自己血で対応します。万一予想以上の出血があった
場合のために同種血輸血の準備もします。
*周囲臓器損傷
3~4%程度の頻度で直腸、尿管を損傷することがあります。通常手術中に修復で
きますが、直腸の損傷ではごくまれに一時的な人工肛門が必要になることがあり
ます。
*感染症
通常手術後2~3日は発熱します。発熱が持続する場合でも一般的には抗菌薬の投
与で軽快します。また感染などにより傷が開くこともあります。10%程度の頻
度で起こります。
*深部静脈塞栓症・肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)
手術中、血管内(特に足の血管)で血の固まり(血栓)ができ、それが肺へ飛ん
で肺の血管を詰まらせる病気です。万一静脈塞栓が疑われた場合、血栓を溶かす
薬を投与します。発症するのはきわめて稀ですが程度によっては命に関わること
もあります。
【手術後の後遺症】
*尿失禁
尿道カテーテル抜去直後には、ほとんどの方が尿もれ(尿失禁)を経験します。し
かしおよそ9割の方は術後1〜3ヶ月以内に改善し、一日一枚程度の尿パッドで管
理できる状態におちつくことがほとんどです。
*性機能障害
原則として両側の勃起神経は前立腺といっしょに切除しますが、癌の浸潤が限られ
患者さんの希望がある場合、勃起神経の温存を目指すことも可能です。
*万全の注意を払って手術を行いますが、実際の手術では上記以外にも予想し得な
い合併症が起こることがあります。万一そうした合併症が起こった場合でも速や
かに適切な対応をとらせていただきます。
【ロボット支援腹腔鏡手術の短所、合併症】
腹腔鏡手術では、開放手術より手術時間が長めになります。
また、腹腔鏡手術では、操作が難しい場合や、出血、他の臓器の損傷などのために
開放手術に変更しなければならないことがあります。腹腔鏡では手術が難しいと考え
られるときには、すぐに開腹して開放手術に切り替えることが、安全に手術を終える
ために大切です。しかしこのような場合でも患者様にとっては初めから開腹手術を行
った場合とほぼ同程度の手術侵襲で手術が終了できると想定されます。