短腸症候群とビタミンA Short bowel syndrome and vitamin A

12 号(12 月)2014〕
トピックス
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短腸症候群とビタミンA
Short bowel syndrome and vitamin A
ビタミン A は生体においてさまざまな生理作用を持
らのビタミン A 吸収において中心的な役割を担ってい
つ微量栄養素であるが,ヒトをはじめとする動物はビ
ると考えられている.
タミン A を合成することができないため食事から必要
先天的や後天的な腸疾患により広範囲の腸管切除が
な量を摂取する必要がある.腸管からのビタミン A の
避けられないことがあるが,このような患者ではタン
吸収機構を図 1 に示す.摂取されたレチニルエステル
パク質,脂肪,炭水化物,無機質,ビタミンなどといっ
は小腸内腔でトリグリセリドリパーゼや小腸ホスホリ
た様々な栄養素の吸収不良が起き短腸症候群と呼ばれ
パーゼの働きでレチノールに変換されたのち,小腸の
る.短腸症候群であっても腸管から栄養を摂取するこ
吸収上皮細胞に取り込まれ,細胞内レチノール結合タ
とが望ましいが,重症例においては電解質異常や腸炎
ンパク質(CRBP)II と結合する.CRBP II と結合した
を容易におこすため経腸栄養が困難であり経静脈栄養
レチノールはレシチン:レチノールアシル基転移酵素
を余儀なくされる.しかし,過剰な経静脈栄養は肝障
(LRAT)によりエステル化され,生成されたレチニル
害の原因となり,これが肝不全に進行すると致死的で
エステルがカイロミクロンに組み込まれリンパ管を経
ある.ところで,生体内では腸切除による腸管内吸収
由して大循環にのって肝臓に運ばれ貯蔵される.カイ
面積の減少を絨毛の細胞が増殖し,絨毛の長さと太さ
ロミクロンはもっとも密度が低く大きさが最大のリポ
を増すことで補おうとする反応(腸管順応)が起こるこ
タンパク質粒子であるが,その表面に apolipoprotein
とが知られている.腸管順応がうまくいくかどうかは
(apo) A-I,II,IV や apo B-48 などのアポリポタンパク
短腸症候群患者の管理や予後に大きな影響がある.本
質が結合している.
稿ではこれまでに行われてきた腸切除モデル動物のビ
CRBP II は空腸粘膜の可溶性タンパク質のおよそ 1%
タミン A の吸収と代謝に関連にした研究について,筆
を占めるタンパク質で,腸管に豊富に存在し,腸管か
者らの成果も含めて紹介する.
図 1 小腸におけるビタミン A の吸収と輸送
APOA4:apolipoprotein A-IV,APOB:apolipoprotein B,CM:カイロミクロン,CRBP II:細胞内レチノール結合
タンパク質 II 型,LRAT:レシチン:レチノールアシル基転移酵素,RAL:レチナール,RE:レチニルエステル,
ROL:レチノール
トピックス
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〔ビタミン 88 巻
Takase ら 1)は,ラットにおいて空腸のバイパス手術
よるレチニルエステル生成量が上昇した.しかし,レ
後の残存小腸にて CRBP II タンパク質が上昇すること
チノール添加後の長時間培養によって細胞内のレチニ
を報告した.その報告では,吻合部の上側に相当する
ルエステル濃度が上昇してくると,CRBP II はむしろ
近位空腸では細胞あたりの CRBP II 発現量が増加して
レチニルエステルの生成量を減少させた.短小腸モデ
いた.一方,吻合部の下側に相当する近位回腸では細
ルラットにおいて小腸のレチニルエステルを定量した
胞あたりの CRBP II 発現量は変化せず,細胞が増殖す
ところ,対照群に比して短小腸ラット空腸におけるレ
ることで単位長あたりの CRBP II 発現量が増加してい
チニルエステル量が有意に低かった.また,短小腸ラッ
た.同時に,空腸において apo B タンパク質が上昇し
トは対照群に比べて体重の減少傾向を示したにもかか
ていたことから,レチノールの吸収上昇に伴って脂肪
わらず,単位重量当たりの肝組織に含まれるレチニル
をはじめとした脂溶性分子全般の吸収亢進が起こって
エステル量には有意な差がなかった.これらの結果か
2)
いる可能性が示唆された.さらに,Goda ら は食餌に
ら, 短 小 腸 と い う 条 件 下 で は 吸 収 不 良 を 補 う べ く
含まれる長鎖脂肪酸トリアシルグリセロールにより
CRBP II が発現上昇し,LRAT と協調することでエス
CRBP II mRNA の発現が誘導されることを見出した.
テル化の効率を高め腸管でのレチニルエステル吸収を
これを受けた研究にて,Suruga ら 3)は腸管での CRBP
促進し,さらに apo A-IV 遺伝子の発現が上昇すること
II の発現制御が長鎖脂肪酸やその代謝産物をリガンド
で産生されたレチニルエステルの腸管からの輸送を亢
とするペルオキシソーム増殖剤活性化レセプター
進させている可能性が示唆された.
(PPAR)αと RXR のヘテロ二量体による転写制御に
以上紹介したように,腸切除モデル動物のビタミン
て行われると報告している.
A の吸収,輸送,貯蔵機構などとその生理的意義や腸
Rubin ら 4)は,70%小腸切除後 48 時間のラットの残
管順応との関係が徐々に明らかとなってきている.こ
存 回 腸 に お い て apo A-IV や fatty acid binding protein
(FABP)2 の遺伝子発現が上昇していること,また術
れらの成果を短腸症候群患者の栄養管理と,将来的に
は積極的な治療戦略に結び付けていきたい.
後 1 週間でも apo A-IV 発現の上昇が継続していること
を報告した.同じ研究グループの Dodson ら 5)は同様
Key Words:vitamin A, short bowel syndrome, cellular reti-
のラット短腸モデルを用い,サブトラクション法によ
nol-binding protein II, lecithin:retinol acyl-
る網羅的スクリーニングによって上記の apo A-IV や
transferase, apolipoprotein A
FABP2 に 加 え,CRBP II や ileal lipid binding protein
(ILBP)の 遺 伝 子 発 現 が 上 昇 す る こ と を 発 見 し た.
1
ILBP は現在では FABP6 と呼ばれており,抱合胆汁酸
に強く結合し胆汁の腸肝循環に関与すると考えられて
6)
Department of Pediatric Surgery, Akita University Graduate
School of Medicine, 1-1-1 Hondo, Akita 010-8543, Japan.
2
7)
Department of Cell Biology and Morphology, Akita Uni-
いる .さらに,Wang ら は短腸ラットモデルに徐
versity Graduate School of Medicine, 1-1-1 Hondo, Akita
放性レチノイン酸製剤を用いて持続的にレチノイン酸
010-8543, Japan.
に暴露させたところ,腸陰窩の深さと腸絨毛の長さが
Taku Hebiguchi1, Yoshihiro Mezaki2
増加したことから,レチノイン酸に腸切除後の腸管順
1
秋田大学大学院医学系研究科小児外科学講座
応を促進する効果があると報告した.これらのレチノ
2
秋田大学大学院医学系研究科細胞生物学講座
イン酸による腸管順応促進効果は,細胞増殖促進,ア
蛇口 琢 1,目崎 喜弘 2
ポトーシス抑制,細胞の運動性促進,腸陰窩粘膜固有
層のコラーゲン産生促進などによるものであるとして
いる.
筆者ら 8)が作成した 75%小腸切除短小腸ラットモデ
文 献
ルにおいても,CRBP II や apo A-IV の遺伝子発現が上
1)Takase S, Goda T, Shinohara H (1993) Adaptive changes of intes-
昇していることが確認された.CRBP II の発現上昇が
tinal cellular retinol-binding protein, type II following jejunum-
小腸吸収上皮でのレチニルエステル生成に与える影響
を調べるため,培養細胞 HEK293T に LRAT 単独,な
いしは CRBP II と LRAT 両方を強制発現させレチニル
bypass operation in the rat. Biochim Biophys Acta 1156, 223-231
2)Goda T, Yasutake H, Takase S (1994) Dietary fat regulates cellular
retinol-binding protein II gene expression in rat jejunum. Biochim
Biophys Acta 1200, 34-40
エステルの生成量を比較したところ,レチノール添加
3)Suruga K, Mochizuki K, Kitagawa M, Goda T, Horie N, Takeishi
10 分後の時点で CRBP II の共発現下において LRAT に
K, Takase S (1999) Transcriptional regulation of cellular retinol-
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binding protein, type II gene expression in small intestine by di-
istered retinoic acid has trophic effects in the rat small intestine
etary fat. Arch Biochem Biophys 362, 159-166
and promotes adaptation in a resection model of short bowel syn-
4)Rubin DC, Swietlicki EA, Wang JL, Dodson BD, Levin MS (1996)
Enterocytic gene expression in intestinal adaptation: evidence for
a speci¿c cellular response. Am J Physiol 270, G143-G152
drome. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 292, G1559G1569
8)Hebiguchi T, Mezaki Y, Morii M, Watanabe R, Yoshikawa K, Mi-
5)Dodson BD, Wang JL, Swietlicki EA, Rubin DC, Levin MS (1996)
ura M, Imai K, Senoo H, Yoshino H (2014) Massive bowel resec-
Analysis of cloned cDNAs differentially expressed in adapting
tion upregulates intestinal expressions of cellular retinol-binding
remnant small intestine after partial resection. Am J Physiol 271,
protein II and apolipoprotein A-IV mRNAs and alters intestinal
G347-G356
vitamin A status in rats. Int J Mol Med, in press
6)Zwicker BL, Agellon LB (2013) Transport and biological activities of bile acids. Int J Biochem Cell Biol 45, 1389-1398
7)Wang L, Tang Y, Rubin DC, Levin MS (2007) Chronically admin-