2015年 8月 1日 パーマの日 「歯が命」の日 2日 バービーの日 3日 くるみパンの日(毎月) 4日 橋の日 宮崎「橋の日」実行委員会が制定。郷土のシンボルである河川と、そこに架かる橋を通して、ふるさとを愛する心と河川の 浄化を図るのが目的。日付は語呂合わせで、8と4で「橋(はし)」と読む。 5日 発酵の日 日本の古くからの食文化である味噌や醤油などの発酵食品の良さを広めようと制定された。 6日 平和記念日(広島市) 7日 自分史の日 8日 歯並びの日 屋根の日 9日 ソフトウェアバグの日 10日 アメリカンフライドポテトの日 11日 ガンバレの日 12日 最高気温の日 2013年のこの日、高知県四万十市江川崎で41度を記録した。2007年8月16日に埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で 記録した40.9度を超えて日本観測史上最高気温となった。 13日 怪談の日 14日 廃車リサイクルの日 15日 すいとんで平和を学ぶ日 16日 電子コミックの日 17日 パイナップルの日 18日 約束の日 ビーフンの日 19日 俳句記念日 20日 誕生記念筆の日 21日 パーフェクトの日 22日 金シャチの日 名古屋城天守閣の「金のしゃちほこ」をさらに多くの人に知ってもらおうと制定された。金のしゃちほこにまつわる人や品物 を紹介した記念イベントも行われる。 23日 不眠の日(毎月) 24日 バニラヨーグルトの日 25日 チキンラーメン誕生の日 26日 パパフロの日 父親の育児参加の促進を図る目的で、パパと子どもが一緒にお風呂に入ることを応援しようと、化粧品メーカーが制定し た。この日となったのは、語呂合わせから。 27日 「男はつらいよ」の日 ジェラートの日 28日 テルミンの日 29日 焼きふぐの日 30日 EPAの日 テルミンはロシアで発明された世界初の電子楽器のこと。テルミンをとおして 生活と文化に潤いと発展をもたらすことが目的。 31日 野菜の日 ※記念日は毎月同じ日が同じ記念日となっている場合があります。 ブックリスト 13日 怪談の日 「怪談」をエンターテインメントとして確立した稲川淳二氏が、自身の怪談公演20周年を記念して制定した。 書 名 著者名 出版社 出版年 所蔵 怪談、奇談(角川文庫) ラフカディオ・ハーン/著 角川グループパブリッシング 2009 年 市立・他 怪談累ヶ淵(光文社文庫) 柴田 錬三郎/著 光文社 1992 年 他館 怪談部屋(ふしぎ文学館) 山田 風太郎/著 出版芸術社 1995 年 他館 怪談 牡丹燈篭(岩波文庫) 三遊亭 円朝/著 岩波書店 2002 年 市立・他 怪談 阿刀田 高/著 幻冬舎 1998 年 怪談実話集(河出文庫) 志村 有弘/著 河出書房新社 2007 年 市立・他 怪談実話系(MF文庫) 京極 夏彦/著 メディアファクトリー 2008 年 他館 江戸まぼろし草子 海野 弘/著 河出書房新社 2003 年 市立 怪談徒然草 加門 七海/著 メディアファクトリーダ・ヴィンチ編集部 2002 年 市立 怪談狩り 市朗百物語 中山 市朗/著 KADOKAWA 2014 年 他館 怪談 黄泉からの招待状 「小説新潮」編集部/編 新潮社 2012 年 他館 怪談の心理学 中村 希明/著 講談社 1994 年 市立 他館 5日 発酵の日 日本の古くからの食文化である味噌や醤油などの発酵食品の良さを広めようと制定された。 書 名 著者名 出版社 出版年 所蔵 発酵食品の科学 第2版 坂本 卓/著 日刊工業新聞社 2015 年 市立 すべてがわかる!「発酵食品」事典 小泉 武夫/監修 世界文化社 2013 年 市立 主婦の友社 2013 年 他館 PHP研究所 2011 年 市立・他 免疫力が上がる!発酵食のすべて 糀屋本店の塩麹レシピ − 浅利 妙峰/著 発酵食品を使った美味しい鍋レシピ − 世界文化社 2012 年 市立 発酵食品食材&使いこなし手帖 − 西東社 2012 年 市立 幸書房 2011 年 市立・他 池田書店 2011 年 カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン カルピス社員のとっておきレシピ 佐藤 清隆/著 − 他館 塩麹と発酵食のレシピ 白澤 卓二/著 アスペクト 2011 年 市立・他 乳酸菌 健康をまもる発酵食品の秘密 小崎 道雄/著 八坂書房 2002 年 しょうゆが香る郷土料理 日本醤油協会/編 農山漁村文化協会 2007 年 市立・他 日本の食を科学する 酒井 健夫/編 朝倉書店 2008 年 他館 市立 図書館の本棚 6日 平和記念日(広島市)/9日 ながさき平和の日/15日 終戦の日 ○『戦中戦後を歩いた学童達 記憶をたどる手記』 同世代友栄会 2012 年 引用 毎日 イモイモ 堪え忍ぶ生活は戦中、戦後を通して、ずっと続きました。特に食糧不足は深刻で、誰も空腹をかかえていまし た。食べられる物は何でも口に入れました。庭に植えてある柿の実は兄弟の標的で、まだ 渋いうちにかぶりつく程、甘い物に飢えていました。 幸い、私の家には畑が少しありましたので農作物を作りました。米は陸稲、いつも不作、 麦類についても収穫は微々たるもので、すぐ食べつくしてしまいました。ところが、サツマ芋 だけはよく育ってくれました。我が家の主食になってしまったのです。甘いサツマ芋はたま に食べる分にはおいしいのですが、毎日、サツマ、サツマではうんざりしてしまいます。・・・ 一里の登校路に感謝 ・・・私には姉が三人おり、その姉達が協力して弟の面倒をみたり、家の中の事をしっかりとやってくれました。で も当時は戦中の食糧難で何でも配給の時代でしたので十分な食事を作るのが大変だったみたいです。主食は 殆ど麦飯か、さつま芋です。学校で食べる弁当も毎日さつま芋でした。その芋も時期が過ぎ無くなると今度は苗 床の苗を取った種芋を食べた事もありました。恐らく今では豚の餌のようなものでしょう。けして美味しくなかった けど食べ盛りの私は夢中で食べた事を思い出します。 高尾山の空が真っ赤にそまって 終戦で一番嬉しかったのは戦争に負けて悔しかった事より、電灯から黒い布が外され、家中がパッと明るくなっ た時、その時の感動は忘れられない。日は定かではないが、終戦間際だったが、八王子が空襲に会い市街地が 真っ赤に燃え、高尾山の向こうの空が赤く染まって見えたのが印象深いものであった。夏の日の昼間、ギュウ、 バリ バリとものすごい音が響き、与瀬の駅が機銃掃射され、駅から約二百メートル近くも離れている我が家に いたのに、家が攻撃され、自分が撃たれたと思い、あわてて押し入れに飛び込み、布団の中に潜り込み震えて いたのが一番怖くて死ぬかと印象深く残っている。 この郷土資料は、相模原市内及び近隣にお住いで戦中戦後を過ごした方々が、手記を寄せて一冊の本にま とめられているものです。 参考 一般社団法人 日本記念日協会ホームページ(http://www.kinenbi.gr.jp/) 発行 相模原市立図書館 2015 年 8 月 1 日(第 60 号) 〒252-0233 相模原市中央区鹿沼台2丁目13番1号 TEL 042-754-3604
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