「テトラクロロエチレンによる⽔質汚染調査委員会」報告書 ̶今回の井⼾⽔汚染に関する健康リスク評価̶ 平成25年11⽉20⽇ 1. テトラクロロエチレンの主な毒性1 急性影響経⼝曝露:悪⼼、吐き気、意識の喪失 経⽪曝露:⼀時的なやけど感覚及び紅斑 経気道曝露:悪⼼、意識混濁、呼吸障害、肝障害 慢性影響:呼吸障害、肺⽔腫、肝障害、腎障害、神経毒性など 国際がん研究機関(IARC)による発がん性リスク:グループ2A(ヒトに対してはおそらく発がん 性がある物質) 2. 法的規制2 ⽔質基準値(mg/L):0.01 環境基準値(mg/L):0.01 WHOの⽔質基準(mg/L): 0.04 3. ⾷品安全委員会のリスク評価結果2 耐容⼀⽇摂取量(TDI:Tolerable Daily Intake)は、⼈が⼀⽣涯にわたり摂取しても 健康に対する有害な影響が現れないと判断される体重1kg当たりの1⽇当たり摂取量であ る。⾷品安全委員会では、リスク評価として、テトラクロロエチレンのTDIを算出している。算 出にあたり、ヒトでの疫学調査の結果について評価しているが、信頼性の⾼い調査結果が現 状ではないため、動物実験での結果が基準とされた。マウスの肝毒性と、ラットの体重抑制に 関する無有害影響指標量NOAELの14mg/kg体重/⽇に対して、不確実係数を種差と個 体差各10、曝露期間が必ずしも⼗分でないこと及び発がんの可能性が無視できないことの 両⽅を考慮した不確実係数10を追加適⽤し、1000分の1とした値が耐容⼀⽇摂取量とさ れた。 テトラクロロエチレンの耐容⼀⽇摂取量(TDI): 14 μg/kg 体重/⽇ 1 4. 各疫学調査の結果のまとめ 調査 対象者(人数、性、年齢) 曝露期間と飲料水濃度 手法 影響項目 結果概要 論文 ‘83-‘93年 マサチュー セッツ州ケ ープコッド3 乳がん患者739人(平 均)と対照1085人、女 性、中年以降の女性が 主。 症例対 象研究 乳がん 年齢等補正多変量モデルにおいて、曝露が75%tile以上 で、潜伏期0年オッズ比(95%信頼区) 1.6 (1.1–2.4), 5年 1.6 (1.0–2.6)、7年1.8 (1.1–2.9)、9年1.9 (1.1–3.2)、11 年1.8 (1.0–3.3)。曝露レベルが50%tile、90%tileでは有 意差無し。 ‘83-‘86年 マサチュー セッツ州ケ ープコッド4 曝露群患者36-311人、 対照622-1,158人、ほと んどが50代以降。 60’s-80’s前期 曝露は公共飲料水経由(水道 管コーティング由来) '79年測定値は 低流量管:1.6-7.75mg/L 高流量管:0.015-0.08mg/L 解析では水道管配管状況か ら相対的曝露量を推測 症例対 象研究 大腸が ん、肺が ん、脳腫 瘍、膵が ん 年齢等補正多変量モデルにて、大腸がん、脳腫瘍、膵が んについては有意差検出できず。肺がんで、曝露レベル が90%tile以上で、潜伏期0年オッズ比(95%信頼区) 3.7 (1.0-11.7)、7年6.2 (1.1–31.6)、9年19.3(2.5-141.7)。 曝露が50%tile、75%tileでは有意差無し。 ‘02-‘03年 マサチュー セッツ州ケ ープコッド5 ‘69-‘83生まれの出生前 後曝露群1244 -1326人 と非曝露対照群 760-842人、19-34才。 後ろ向 きコホ ート調 査 学習、注 意、行動 障害 年齢等補正多変量モデルにて、出生前または出生後の 曝露は、学習、注意、行動障害について特に影響は見ら れなかった。 Aschengrau A. Environ Health Perspect. 2003 111:167-73 Paulu C. Environ Health Perspect. 1999 107:265-71. Janulewicz PA. Neurotoxico l Teratol. 2008 30:175-85. ‘06-‘10年 マサチュー セッツ州ケ ープコッド6 ‘69-‘83生まれの曝露群 35人(平均29.8才)と非 曝露対照群28人(平均 30.2才)、 後ろ向 きコホ ート調 査 年齢等補正多変量モデルにて、出生前または出生後の 曝露は、成人後の総合的知能、視空間構成、学歴、運 動、言語能力について特に大きな影響は見られなかっ た。 ‘68–‘85年 ノースカロラ イナ州キャ ンプ・レジュ ン7 曝露母親より6,117人、 非曝露母親より5,681人 の出生児 総合的知 能、視空 間構成、 学歴、運 動、言語 能力 出生体 重、低体 重、早産 ドライクリーニング店由来の 井戸水汚染。曝露期間 は’58-‘85年。飲料水濃度は、 ‘82年で0.076-0.104mg/L、 ‘85年で0.215mg/L。 ‘85年の汚染源の井戸水は 1.58mg/L。 長期観 察研究 2 母の年齢等補正多変量モデルにて、曝露群で子供の平 均出生時体重減少が、全対象者[-26g(90%CI-43~-9)] と35才以上[-130g(90%CI-236~-23)]であったが、95% 信頼区間ではない。出生児低体重(10%tile未満)は、全 対象者でオッズ比1.2 (90%CI:1.0-1.3)でおそらく有意で はない。早産は有意差無し。 Janulewicz PA. Neurotoxico l Teratol. 2012 34:350-9. Sonnenfeld N. Am J Epidemiol. 2001;154:90 2-8. 5. 今回の井⼾⽔摂取によるリスク評価 (ア) 成⼈について ⾷品安全委員会の評価においては、⽔道法⽔質基準値の100%である濃度0.01 mg/L の⽔を体重53.3kgの⼈が1⽇あたり2L 摂⽔した場合、1⽇あたり体重1kgの摂取量は、 0.4μg/kg体重/⽇としている。この値は、TDI14μg/kg体重/⽇の35分の1である2。 今回のリスク評価に当たっては、検出された最⾼のテトラクロロエチレン濃度は0.313mg/Lで あり、その後の測定では急激に減少しており、井⼾⽔の濃度は上下していたことが考えられる が、職員を想定した成⼈については、0.313mg/Lの⽔を継続して飲⽤したと考えて評価す ることとする。 a) 通常のテトラクロロエチレンの摂取状況(⾃然暴露)としては1、 ⼤気からの摂取量:4.4 (μg/m3) × 20 (m3/⼈/⽇) = 88 (μg/⼈/⽇) 飲料⽔からの摂取量:5 (μg /L) × 2 (L/⼈/⽇) = 10 (μg/⼈/⽇) ⾷物からの摂取量:0.0003 (μg/g) × 2000 (g/⼈/⽇) = 0.60 (μg/⼈/⽇) 合計摂取量:98.6(μg/⼈/⽇) 成⼈の体重を平均50kgと仮定して、体重1kgあたりの摂取量(⾃然暴露)を求めると次 のようになる。 吸⼊摂取量:88 (μg/⼈/⽇) / 50 (kg/⼈) = 1.8 (μg/kg 体重/⽇) 経⼝摂取量:(10 + 0.60) (μg/⼈/⽇) / 50 (kg/⼈) = 0.21 (μg/kg 体重/⽇) 合計摂取量:1.8 (μg/kg 体重/⽇) + 0.21 (μg/kg 体重/⽇) = 2.0 (μg/kg 体 重/⽇) b) 井⼾⽔ 0.313mg/L=313μg/L を 1⽇に2L 飲む場合: 経⼝摂取量は(313X2+0.6)/50=12.532(μg/kg 体重/⽇)になるので、 吸⼊量と経⼝量を合わせると、吸⼊1.8+経⼝12.532=14.332(μg/kg 体重/⽇) で、 耐容⼀⽇摂取量をわずかに超える。 井⼾⽔を1Lのむ場合: 経⼝摂取量は (313+5+ 0.60)/50=6.372(μg/kg 体重/⽇)となり、 吸⼊1.8+経⼝6.372=8.172(μg/kg 体重/⽇)で、耐容⼀⽇摂取量を超えない。 井⼾⽔を0.5Lのむ場合: 経⼝摂取量は (313/2+7.5+ 0.60)/50=3.292(μg/kg 体重/⽇)となり、 吸⼊1.8+経⼝3.292=5.092(μg/kg 体重/⽇)で、耐容⼀⽇摂取量を超えない。 3 上記の曝露量推定をもとに、テトラクロロエチレンによる健康影響の恐れはないと考えられる。 (イ) ⼊院患者について ⼊院患者については、井⼾⽔を飲んだとしても、1-2か⽉未満がほとんどと考えられる。調理 で煮沸するとテトラクロロエチレンは取り除かれる。従って、直接飲⽔することが曝露ルートとな る。⼊院患者の⽣⽔の1⽇摂取量はほとんどの患者では多くても1L 以下と推測される。テ トラクロロエチレンの摂取期間が1-2か⽉、飲⽔量は1L 以下であることは⼊院患者にはテ トラクロロエチレンによる健康影響の恐れはないと考えられる。 (ウ) 妊産婦、乳児について 疫学調査の結果では、出⽣体重減少、低体重の増加が⽰唆されている。⺟親の曝露量は 明確ではないが、妊娠期間全体にわたる⻑期の曝露による影響と考えられる。⼊院中の井 ⼾⽔飲⽤により、いかなる健康影響について、どの程度リスクが⾼まるのか、明確な疫学調査 結果はなく、判断は難しいが、妊産婦では⼊院期間は5-6⽇間程度、⽣⽔の飲⽔は妊婦 ではほとんどなく、また、新⽣児、乳児は⽣⽔の摂取はない。幼児では薬の内服の際に1⽇ 20-30cc程度摂⽔することはあるが、⼊院期間は1週間以内である。したがって、⼊院中 のテトラクロロエチレン曝露による健康影響の恐れはないと考えられる。また、他の疫学調査に おいては、テトラクロロエチレンの曝露群における発達への影響は認められておらず、今回の曝 露では⻑期的な健康影響の恐れはないものと考える。 6. 今後の対策 リスク評価では健康影響の恐れはないと考えられる。しかし、慎重を期して⻑期⼊院患者な らびに職員の健康状態について確認を⾏うことが望ましい。 4 参考⽂献 1. 新エネルギー・産業技術総合開発機構. 初期リスク評価書 Ver. 1.0 No. 65 テトラク ロロエチレン; 2006. 2. ⾷品安全委員会. 清涼飲料⽔評価書 テトラクロロエチレン; 2008. 3. Aschengrau A, Rogers S, Ozonoff D. Perchloroethylene-contaminated drinking water and the risk of breast cancer: additional results from Cape Cod, Massachusetts, USA. Environ Health Perspect 2003;111(2):167-73. 4. Paulu C, Aschengrau A, Ozonoff D. Tetrachloroethylene-contaminated drinking water in Massachusetts and the risk of colon-rectum, lung, and other cancers. Environ Health Perspect 1999;107(4):265-71. 5. Janulewicz PA, White RF, Winter MR, Weinberg JM, Gallagher LE, Vieira V, et al. Risk of learning and behavioral disorders following prenatal and early postnatal exposure to tetrachloroethylene (PCE)-contaminated drinking water. Neurotoxicol Teratol 2008;30(3):175-85. 6. Janulewicz PA, White RF, Martin BM, Winter MR, Weinberg JM, Vieira V, et al. Adult neuropsychological performance following prenatal and early postnatal exposure to tetrachloroethylene (PCE)-contaminated drinking water. Neurotoxicol Teratol 2012;34(3):350-9. 7. Sonnenfeld N, Hertz-Picciotto I, Kaye WE. Tetrachloroethylene in drinking water and birth outcomes at the US Marine Corps Base at Camp Lejeune, North Carolina. Am J Epidemiol 2001;154(10):902-8. 5 テトラクロロエチレンによる水質汚染調査委員会 委 員 名 簿 委員長 河 野 陽 一 院長 委員 由 佐 俊 和 副院長 委員 山 縣 正 庸 副院長 委員 國 友 史 雄 内科部長 委員 青 田 孝 子 看護部長 委員 清 水 紀 行 事務局長 委員 西 川 智 久 事務局次長 委員 松 元 祐 至 用度課長 外部委員 能 川 浩 二 千葉大学名誉教授 外部委員 諏訪園 千葉大学大学院医学研究院 環境労働衛生学准教授 靖
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