日本経済新聞 電子版 15.12.7 残業 残業した時間「ためて休む」 ドイツ先進職場の働き方 労働生産性は日本の 1.5 倍 ドイツの1人当たりの平均年間労働時間は日本より350時間ほど短い。そ れなのに1時間当たりの労働生産性は日本のほぼ1.5倍という。いったいドイ ツの人たちはどんな働き方をしているのか。ここ一番という勝負どころではと ことん働き成果をあげながら、休息をしっかり取る。そんな働き方が定着して いるドイツの先進職場を訪れた。 繁忙期はとことん働き、家族との時間も大切にしている 独ボッシュのバイヤーさん(写真左、フォイヤバッハ) 「残業で働いた時間は口座に貯蓄しておき、後で休暇として使います」。ドイ ツ南部のシュツットガルト中心部から車で北西に15分ほどにある独ボッシュ のフォイヤバッハ工場。自動車部品などの顧客営業部門でプロジェクト・マネ ジャーとして働くダビット・バイヤーさん(38)は自らの働き方をこう説明 する。 口座とは「労働時間貯蓄口座(ワーキング・タイム・アカウント)」を指す。 残業や休日出勤など所定外の労働時間を従業員が社内口座に積み立て、後で有 給休暇などに振り替えられる仕組み。残業代でもらう代わりに有給休暇に振り 替え、繁忙期を避けて休む人が多い。ドイツでは従業員250人以上の事業所 の約8割に普及し、デンマークなどにも広がっているという。 バイヤーさんは今は繁忙期で、普通に働いていても口座に労働時間がたまる。 余裕のある時期になったら「娘たちと過ごしたり、長期休暇に充てたりする」 という。休んでも「給料が減らないから安心して休める」。 管理職自ら率先して労働時間貯蓄制度を利用する独ボッシュ・フォ イヤバッハ工場のローランド・ビューラー人事担当副部門長 口座に積み立てられる時間数や休暇に振り替えられる清算期間などは勤務先 や雇用契約の内容によって違う。ボッシュのフォイヤバッハ工場では通常18 0時間まで貯蓄でき、 「育児や介護のほか、資格を取る勉強や旅行などに充てる 人がいる」とローランド・ビューラー人事担当副部門長は説明する。 とはいえ有給で休む権利をもらっても、実際に休めなければ働き損になって しまう。そうならないためにどんな工夫をしているのか。同社のIT(情報技 術)システムを統括する女性シニア・マネジャー、シューレ・ドアンさん(36) は「フレックスタイムや在宅勤務などを皆が利用することが前提。時間や場所 に縛られた従来の業務の進め方を見直すことが重要だ」と強調する。 管理職自らが率先して柔軟な働き方をする職場では「互いに気兼ねなく休め るし、多様な働き方が当たり前になる」と販売担当のボス・ミヒャリーナさん (38)は話す。 独ダイムラー本社では経営幹部を除き、ドイツ国内で働く約17万人の従業 員が労働時間貯蓄口座を持つ。中でも、育児などで時間に制約のある働き方し かできない女性社員には、労働時間貯蓄制度はキャリアを諦めず幹部を目指す 切り札になっている。 フレックスタイム勤務で仕事と育児を両立する独ダイム ラーのヤーウスさん(写真右、シュツットガルト) シュツットガルトの本社で海外向けバンを商品化するプロジェクトのマネジ ャーとして働くウスレム・ヤーウスさん(34)は総合職だが「毎週金曜は休 み」という。2012年に転職してきた当初はフルタイムで働いていたが、第 2子を産み1年間の育児休業を経て3月に復職してからはフレックスと短時間 勤務を組み合わせて週4日働く。残業することがあったとしても、フルタイム で働く人のように口座に労働時間がたまる。 ダイムラーでは「仕事で成果を上げたいし、育児もちゃんとやりたい」とヤ ーウスさんのように短時間勤務で働く女性社員は3割を超える。同社のチー フ・ダイバーシティー・オフィサー、ウルズラ・シュワルツェンバルトさんは 「若い世代ではワークライフバランスを重視する男性が最近増えている」と柔 軟な働き方を人材獲得策としてもさらに浸透させる方針だ。 経済協力開発機構(OECD)によると、ドイツの1人当たりの平均年間総 実労働時間は1371時間と日本(1729時間)より350時間ほど短い。 労働時間1時間当たりの生産性は60.2ドルと日本(41.3ドル)のほぼ1. 5倍に相当する。米オンライン旅行会社の調査では、有給休暇の平均付与日数 はドイツが30日、日本が20日。しかもドイツが全部取るのに対し、日本は 12日の消化にとどまる。 日本では週40時間、1日に8時間を超えてはならないという労働時間の制 限がある。労使合意に基づく届け出があれば残業を認められ、雇用主は割増賃 金を支払う。今の制度でも残業時間を有給休暇に振り替えられる仕組みはある が、月60時間を超えた場合に限られる。 慶応義塾大学の鶴光太郎教授は「より一般的な制度にすべきだ。労働時間貯 蓄制度は働き方の柔軟性を高め、働く人たちが気兼ねせず自発的に有給休暇を 取ることにつながる」と指摘している。(編集委員 阿部奈美) ◇ ▼労働時間貯蓄制度 職場で定めた労働時間と、残業時間を含め実際に働い た時間の差を勤務先の口座に積み立て、後から従業員が有給休暇などに振り替 えて利用できる仕組み。不況下でもレイオフ(一時解雇)を避けながら生産調 整できる点などが受け、1990年代後半にドイツの製造業で普及し始めた。 有給休暇などに振り替えられる清算期間や貯蓄できる労働時間は個別の企業 や協約によって違う。1年以内に残高時間を清算する「短期口座」と数年単位 の「長期口座」がある。月単位で清算する場合、その月に働いた時間が所定労 働時間を下回っても、不足した労働時間が職場で定めた上限時間内なら翌月以 降に繰り越して清算され、賃金を支払う。ドイツ労働市場・職業研究所(IA B)の調べでは従業員250人以上の事業所の導入割合(2012年)は80% に達した。 日本経済新聞 電子版 15.11.24 残業 残業シェアのススメ 助け合い意識根付かせる 残業を減らし、働きやすい職場をつくるにはどうしたらいいのだろうか。助け合いの 意識や仕事自体を分け合う「残業シェア」を試みることで、うまく回り出している企業の 姿を追った。 「以前勤めていた会社はみんなが残業するのが当たり前になって、疲れ切っていた。 私もこんな生活では結婚や子育てをするのが難しいなと感じていた」。化粧品販売の ランクアップ(東京・中央)の西岡愛さん(38)はかつて広告代理店の営業として働い ていた。6年前、ランクアップへ転職した。入社後に出産し、現在は2人の育児をしな がら管理職として働く。 午後5時、帰り支度をするランクアップの従業員(東京都中央区) 同社の定時は午前8時半から午後5時半だが、大半の社員は5時に帰る。「業務が 終わっていれば定時の 30 分前に退社OK」。これがルールになっている。時短勤務を 利用しなくてもフルタイムで働く子育て中の社員が多いという。 ルールを決めたきっかけは東日本大震災だ。夜道が暗く電力不足だからとサ マータイムを導入、午後5時に帰っていいことにした。3カ月ほどたって戻そ うとしたら、 「定時と比べてたった 30 分の違いだが、5時帰りの生活が楽しい。 どうかサマータイムを続けてほしいと訴える社員の声が多かった」と岩崎裕美 子社長(47)は話す。 「仕事が早く終わってネイルサロンに行けるようになった」 「余裕をもって食 事を作ることができ、子どもと一緒に過ごす時間が増えた」 残業をゼロにするために、残業した社員を毎月の会議で発表し、上司がなぜ 残業したのか理由を聞く。来月も続く場合には、なぜ残業しなければならない か洗い出し、仕事を切り分けて他の人に振ったり、アウトソーシングしたりす る。 事務作業が減り、製品開発や広告宣伝のアイデアを生み出す時間が増えた。全 体の労働時間が減ると業績が悪くならないか不安はあったが、好調を維持して いる。 「妊娠・出産のある女性が一生働ける会社にするには、社員みんなが早く 帰れるのが一番」と岩崎社長は話す。 建設コンサルタント大手のパシフィックコンサルタンツ(東京・千代田)は 2010年から残業を減らすワークライフバランスプロジェクトを始め、先進 的な働き方改革をする都の「東京モデル」企業に選ばれた。油谷百百子広報室 長は「建設コンサルタントの業界には残業をいとわない社員が多い。ウチも残 業時間を管理しようなんて意識はほぼなかった」と話す。ところが労働組合が 残業を減らせないかと社内で講演会を開き、会社も本腰を入れるようになった。 始めたのが残業削減の見える化だ。 「本日は 17 時に帰ります」。毎日、社員一 人ひとりがその日の退社時間を机の上に大きく示すボードを作った。抱えてい る仕事が多い社員は「HELP」マークを掲げる。社員は互いの繁忙状況を把 握できるので、忙しい人には周囲から声をかけやすく、チームワークで残業を 減らす意識が高まった。 同時に残業を減らして業績を上げた部署には報奨金を出す表彰制度を設けた。 上下水道部事業支援室は社員一人ひとりの仕事量を把握共有する施策で昨年 度、表彰を受けた。2週に1度、全員参加の工程会議を開き、進捗状況や次に やるべきことを各人が分かるように徹底した。ミスが起きたら共有し、作業を 分担して助け合える。前場勇一郎室長は「ウチの部署は発注の始まる夏場から 工期が集中する3月まではとにかく忙しい。この時期の残業は減らせない分、 繁忙期以外は全員午後5時退社を徹底している」と説明する。 コンサルタントの仕事は案件ごとに内容が異なり、どうしても高度な分析が できるベテランの引き受ける量が多くなりがち。「残業を減らす取り組みをきっかけに、 社内では案件の工程と中身を分析して似た手法を探り、若手が十分対応できる作業 の割合を増やそうとしている。どう効率よく振り分けられるか、業務の因数分解を進め たい」と油谷広報室長は話す。 労働時間管理に詳しい、日本能率協会総合研究所(東京・港)の組織・人材 戦略研究部の広田薫主幹研究員は「残業を減らすにはコミュニケーションが大 切。上司なら部下がなぜ残業が必要か確かめる機会をつくるだけでも大きい」 と話す。 広田さんが勧めるある自治体の例はこうだ。残業する人はその日に『カエル バッジ』を上司からもらう必要がある。7時までなら青、9時までなら赤。バ ッジを渡す時に上司は残業する理由を聞き、 「本当に必要? 赤じゃなくて青で いいのでは?」と会話するきっかけにする。 「バッジの発行数を職場の人数より 少なくして、だれに必要なバッジを渡すべきか管理職には残業の優先順位をつ けるのに役立つ」と広田さん。 ノー残業デーは「早く帰るため、作業を別の日に振り分けるだけという例が 目立つ。同じ量の仕事をどうしたら消化できるか試みる日にしたい」と広田さ んは話している。
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