アメリカの新帝国主義 ――PNAC を通して

久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
アメリカの新帝国主義
――PNAC を通して――
山中 麻里江
序章
第1章
アメリカの外交政策
第1節
孤立主義
第2節
新帝国主義
第2章
PNAC
第1節
PNAC の発足
第2節
9.11 同時多発テロと PNAC の主張
第3節
マニフェスト
第4節
PNAC のヨーロッパ諸国への見解
第3章
ウィリアム・クリストル
第1節
PNAC の会長ウィリアム・クリストルとその主張
第2節
国連への見解
第3節
アメリカの世界の中での役割
終章
序章
アメリカは冷戦終結後、世界唯一の圧倒的な経済力と軍事力を持つ超大国へと成長した。世界ではグロ
ーバリズムとそれに伴う経済的相互依存が深まっていく傾向が強まり、関心も政治から経済へと移行してい
った。このような環境変化に対応して、超大国アメリカも冷戦時代のような軍事的・政治的パワーを前面に押
し出す外交ではなく、自由資本主義経済の拡大に一層力を入れるなど、経済色の強い外交政策へと転換
させていった。今日では、イラク、北朝鮮問題といった「悪の枢軸」が問題になり、ハードパワーとソフトパワ
ーの両者で対立しているように見られる。アメリカはこれらの問題に対し、「アメリカ主導の民主主義と資本
主義の拡大による新しい世界秩序の構築」によって世界が安定するという理念が、一貫して見られ、これら
をアメリカが主導となって軍事力を使うことによって、世界に広め、解決しようとする姿勢が最近では強く見
受けられる。とくに 9.11 同時多発テロ以降のアメリカの外交政策は以前にも増して、民主主義の重要さ、そ
してアメリカ単独でも行動する強硬な姿勢を他国へ見せている。
この論文の目的は上記のような状況の中で、現ブッシュ政権の関係者と深くかかわり、政策決定に多大
な影響を及ぼし、イラクや中国に対する強硬策を求めるなど、政権の単独行動主義を思想的に下支えして
いるアメリカの新世紀プロジェクトProject for the New American Century1(以下 PNAC)というシンクタ
ンクに焦点を当てながら PNAC の国防や外交政策、ヨーロッパ諸国へ対する思想や考え方を通してアメリ
カの姿や外交政策をより明らかにするとともに、今後の国際社会のあり方とその中におけるアメリカのあるべ
き姿を提案する。PNAC は、外交・安全保障問題の研究所として 1997 年に発足した新しいシンクタンクで
438
アメリカの新帝国主義
あり2、構成は共和党保守派、タカ派によって成り立っているワシントン DC にある政策集団である。
先に述べたように、冷戦終結後、アメリカは圧倒的なパワーを持つ世界唯一の「超大国」となり、他国はア
メリカに追従する形をとるまでに至っている。しかし、国連などの国際機関が存在する中でそれらの決定を
差し置いてまで自国の利益を追求するような新帝国主義を発揮し、PNAC がいまのような力を発揮するま
でには、それらを引き起こした出来事やそれまで水面下で起きていたことがあるに違いない。これらを
PNAC の思想や理念、政権との関係を通して明らかにする。そして、新帝国主義が現ブッシュ政権で力を
発揮するまでの過程や背景を探り、今後の新帝国主義の行方も提案していきたい。
アメリカの新帝国主義やネオコン、それらを支えるシンクタンクに焦点を当てた先行研究は最近多く出版
されている。その中でも代表的な先行研究はローレンス・F・カプラン、ウィリアム・クリストル著の「ネオコンの
真実∼イラク戦争から世界制覇へ∼」がある。著者のローレンス・F・カプランは民主党左派から共和党に移
籍した、ネオコンの支柱的論客の一人である。そして、ウィリアム・クリストルはウィークリー・スタンダード
(The Weekly Standard)誌の編集者であり、PNAC の理事長を務めるネオコンの代表的若手指導者で
ある3。この本は昨年 2003 年 6 月に出版されたばかりのものであり、ネオコンの視点からイラク戦争やアメリ
カの外交を考察し、結論ではアメリカの使命までをも結論づけている。この先行研究はアメリカの抱える外
交問題を考察しているが、著者からも分かるように、ネオコンの思想が非常に色濃く反映されているもので
ある。
日本の文献では財団法人・日本国際問題研究所の「米国政治:共和党右派とその支持勢力」という報告
書の中の第 4 章に高畑昭男の「ブッシュ政権の外交と単独行動主義(ユニラテラリズム)」というものがある。
これは日本で 9.11 同時多発テロ後初めてアメリカの単独行動主義に焦点を当て、かつ PNACというシンク
タンクについても触れているものだと思われる。他には宮崎正弘の「ネオコンの標的」がある。これはアメリカ
の外交でリーダーシップを発揮しはじめたネオコンを誕生過程から具体的な人脈と金脈、関連のシンクタン
ク、宗教諸団体とのからみ、そして対ヨーロッパ、対中国、対中東政策のこれからを、ネオコンを通して見て
いる今年 2003 年に出版されたものである。また、論文では松尾文夫の「ブッシュ政権と新帝国主義の台頭
―伝統的保守派との『綱引き』」がある。これはブッシュ政権と PNACとの関係や PNAC の立案者であるウ
ィリアム・クリストルについても簡単に触れられている。
これら上記の先行研究が存在する中でこの論文は PNACという一つのシンクタンクに絞ってアメリカの新
帝国主義やネオコンが外交政策にどのように現れ、PNAC という団体がどのような団体であるかということを
考察し、その中でもウィリアム・クリストルに焦点を当ててアメリカにおける新帝国主義の中で彼がどのような
役割を担っているかを明らかにする点で異なる成果が得られると思っている。学説史的にはまだ新しいもの
であり、PNAC という団体が設立されてからまだ 6 年しか経っていない。また、9.11 同時多発テロを受けて
アメリカの外交政策が PNAC の思想を以前より受け入れやすくなったことと国民もこのような左派の考えに
対して以前より明らかにオープンになり、アメリカの外交政策の特徴は明らかに変わってきたことが分かる。
このような時代背景の中で新しい外交の流れを分析することができるのではないかと思う。
資料は PNAC のホームページ、フォーリンアフェアーズのホームページ、ウィリアム・クリストルの手がける
ウィークリー・スタンダード誌の外交コラムなどの一次資料を読み進め、二次資料として新帝国主義につい
て取り上げている書籍を参考にした。この論文はアメリカ研究の論文として、ネオコンや PNAC というアメリ
カ外交の流れの中での新参者を対象に書き上げるものであるので、日本語でのこのような研究がまだあまり
なされていないことに意味が見出せることを確信していると同時にそこが難しさでもあると思っている。
439
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
第1章
第1節
アメリカの外交政策
孤立主義
この章ではまず、アメリカの外交政策の流れを見ていきながら、どのように現在の単独主義外交にたどり
着いたかを明らかにしたい。まず、第二次世界大戦までアメリカの政治を覆っていたのは孤立主義であり、
他の国々で何が起ころうとアメリカ人は国際政治に関心を持とうとはしなかった。もともと孤立主義がアメリカ
の外交スタイルの一つになっていった背景には、アメリカ社会の政治、経済、宗教などの理由における違い
があるにしても、旧世界での苦境や抑圧を逃れて新大陸に渡ってきた人々によって形成された国家である
という特徴があった。そして、この中で新しいアイデンティティを発掘しなくてはならなかった。そこで探し当
てたものが「自由」、「平等」、「機会均等」といった旧世界では享受しえなかった「民主的価値」であった4。
そして、これら新しい価値を求めるとなれば、当然の成り行きとして旧世界の諸価値と訣別することになる。
かくして、アメリカが精神面においても旧世界との関係を切断し、「孤立の道」を歩もうとしたのである。このよ
うに建国期から現実的要請と精神的理念が合体して打ちたてられた孤立主義の対外姿勢はその後、第 2
次世界大戦まで継承されたのである。
しかし、これを転覆させたのは真珠湾攻撃だったのである。そして、当時のルーズベルト大統領は日本の
真珠湾攻撃を知っていたのにもかかわらず故意に放置し、この攻撃によってアメリカ人の怒りを組織化する
ことで孤立主義を容易に転換させたのである。そして、第 2 次世界大戦後のアメリカは孤立主義から自由と
反共のために国際協調路線に傾いていったのである。このようにして第 2 次世界大戦後のアメリカは国際
連合の設立など、国際協調を図っていったのである。
そしてアメリカは冷戦時代、抑止と封じ込め政策に頼っていた。しかし、今日「ならず者国家やテロリスト
の目標からして、アメリカは過去のように相手の攻撃に対して反撃するというやり方にもはや依存できない」
状況になった。そして、アメリカは「それがわが国に届く前に、アメリカに危害を加える者の脅威を見つけ出
し、破壊せねばならない」という先制攻撃政策への政策に変えた。これは、冷戦時代までは二極構造だった
世界が一極構造へと変わり、アメリカが単独行動を発揮できるようになった背景がある。アメリカはこのように、
孤立主義から国際協調主義へと移行し、冷戦時代を経て現在に至っているが、その後どのようにして新帝
国主義へと傾いていったかを次節で明らかにしていく。
第2節
新帝国主義
第 1 章 1 節でも述べたように、アメリカ外交において新帝国主義が顕著に現れたのは最近のことである。
以前の共和党はとくに 1960 年 70 年代に比べたら、今日の共和党は非常に保守派傾向にあるといえる。
新帝国主義は共和党の中でもタカ派の主張であり、アメリカの世界におけるパワーを過大評価し、アメリカ
の民主主義を、軍事力を利用してでも広めようとするのが特徴であるといえる。また、現在の新帝国主義者
は大局的にレーガンの保守的思想を継承しているといえる。
また、この新帝国主義が生まれた背景には、アメリカの世界における「唯一の超大国」というポジションが
脅かされてきた背景があるのではないかと考える。むろん、アメリカのハードパワーにおいてのパワーで右
にでる国家はない。だが、9.11 同時多発テロのような「国家」を主体としないものとの新しい形の戦争によっ
てアメリカの国際社会の中でのポジションが揺るぎないもので信じてきたアメリカ人にとって、外交政策の方
向転換を必要とするまでの決定的なダメージであったのあろう。
また、ここで新帝国主義者の経済に対する考えもみておきたい。アメリカは同盟国であれ、自国の経済を
440
アメリカの新帝国主義
守るためには相手の通貨が犠牲になろうが、それがインフレを招こうが、バブル経済を招こうが、突然に政
策を変更し、単独で経済を作り上げていくのである5。経済と国民の関係で言えば、景気がよく、生活が安
定していればアメリカ国民は政権の現状維持を選び、生活保守の行動をとるのである。このことから分かる
ように、アメリカ人の生活が安定していなかったことが原因としてその反動で PNAC を筆頭とする新帝国主
義者が現ブッシュ政権での力を持つようになり、世論の支持も得ることでイラク戦争のような単独主義を象徴
するような行動にでることができたのではないかと考えられる。
次の章では、このような背景の中やアメリカの特質から起こった対外政策の変化について、とくに PNAC
に焦点を当てながら見ていくこととする。
第2章
PNAC
第1節
PNAC の発足
PNAC が結成された当時、アメリカは民主党のクリントン政権下にあり、アメリカの弱腰外交に対する批判
としてネオコンが集結したのであった。PNAC は当時のアメリカ外交と防衛政策が流動的で一貫性がなく、
保守派はそれに対して何もしていないと批判した。そのような状況をアメリカが自国の利益やルールを優先
し、世界においてリーダーシップを発揮できるような世界に変えることを目的としたのである。また、PNAC
はレーガン政権時のような強靭な軍隊、確固たる外交政策、そして世界におけるアメリカの責任を受け入れ、
果たすことができるリーダーを求めていると書いている。このようなアメリカの外交姿勢がネオコンに火をつ
け、ウィリアム・クリストルによって発足に至ったのである。しかし、PNAC は発足からすぐに力を持ったわけ
ではない。発足当時は共和党の極右派として極端な理念や目標は人々には相手にされなかったのである。
たとえば、PNAC は 1998 年1月 26 日に大統領教書を前に、クリントン大統領へサダム・フセインの排除を
求める書簡6 “Letter to President Clinton on Iraq”を送っている。このことによってイラク解放法が議会
で成立しているが、民主党クリントン政権の下ではフセインの排除が現実になることはなかった。そして、
2001 年 9 月 11 日に同時多発テロをきっかけに PNAC に注目が集まるようになったのである。そこで、続く
第 2 節ではその 9.11 を契機として、アメリカでのPNAC の影響力がどのように変わっていったかを見ていく
ことにする。
第2節
9.11 同時多発テロと PNAC の主張
まず、9.11 同時多発テロ以前の 2000 年 9 月に PNAC が出したレポートについてみていく。このレポート
は”Rebuilding America’s Defenses∼Strategy, Forces and Resources For a New Century”(アメリ
カの防衛の再建∼新世紀のための戦略、力、と手段)というタイトルで、アメリカが国際社会において世界的
な帝国を築き上げるために果たすべき目標を主に下記の 5 つにまとめたものである。これを通して、PNAC
がどのような考えのもとに結集されたかを明らかにしたい。
1) 南ヨーロッパ、東南アジア、中東に軍隊を常置すること
2) アメリカ軍(陸、海、空、海兵隊)を最新式にするとともに、戦闘用航空機、潜水艦、陸での移動
手段の機能を高めること
3) ミサイルの世界的防御システムを発展、そして配置し、空間の戦略的支配を発達させること
4) インターネットを使ったアメリカへの攻撃を阻止するため、サイバースペースの世界的な場を完
441
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
全にコントロールすること
5) 国の防衛費を GDP の 3%(現在)から 3.8%に引き上げること7
そして、9.11 の同時多発テロ後にブッシュ大統領が公表した”National Security Strategy of the
United States of America” と PNAC が前年に公表した”Rebuilding America’s Defenses”を比較し
てみると、箇所によって非常に似ており、同じ言い回しや表現があったほどなのである。その上、驚くべき事
にブッシュ大統領はアメリカの翌年の防衛費を 3790 億ドルと提案し、これはちょうどアメリカの GDP の
3.8%に当たる金額なのである。つまり、PNAC の”Rebuilding America’s Defenses”の 5 つ目の目標が
そのまま現実となったということである。
また、9.11 同時多発テロ以前の PNAC は現段階でのアメリカにとっての脅威は力(パワー)が弱ってきて
いることと、世界におけるアメリカの役割と立場に関して多少混乱し、見失っている点である、National
Interest 誌の中で述べている8。しかし、このようなアメリカの脅威も9.11 同時多発テロ後に変わったといえ
る。なぜなら、このレポートには、「変換の過程はきっと長く、革命的な変化を伴ったとしても、壊滅的で触発
的であり、現代の真珠湾攻撃みたいなものだろう」とも述べており、まさに 9.11 同時多発テロがその転換点
となったからである。アメリカが今その変換を遂げているのであり、この変換を経て、PNAC は数年ほど前ま
で政界において力を保持していなかったにもかかわらず、現ブッシュ政権は PNAC の主張していたネオコ
ンの理念や政策を受け入れるまでにいたったのである。また、クリントン政権時には採用されなかった、
PNAC のイラクのフセイン政権を潰すべきだという主張も、9.11 テロ後に「イラク戦争」という形で実際のアメ
リカ外交に影響を及ぼしたのである。
第3節
PNAC のマニフェスト
この節では PNAC の設立時の主な主張を見ていく。PNAC はアメリカの新世紀プロジェクトと名前の通り、
アメリカによる新しい世紀の構築を目指しているものである。ここで、PNAC は 1997 年 6 月 3 日に設立の
声明文が採択されており、結成時のマニフェストにて、団体の行動目的を以下の 4 つにまとめた。
1) もし我々が、今日における自らの地球規模での責任を果たし、そして我々の将来に向けて軍備を
改善増強しなければならないのならば、我々は防衛力の効率化を図るために国防費を大幅に増
強する必要がある。
2) 我々は、民主的な同盟諸国との絆を強化し、自由陣営の利益、価値観に敵対する体制へ挑戦す
る必要がある。
3) 我々は、国外で政治的・経済的自由の大義を増強していく必要がある。
4) 我々は、我々の安全保障と繁栄と原理原則を歓迎するような国際秩序の維持拡張をしていくうえ
で、アメリカだけが勝ち得た唯一無比の役割を果たしていくという責任を引き受ける必要がある9。
このようなネオコンの極端な姿勢やパックス・アメリカーナ的思想は当時、それほどまで注目は集めなかっ
たのである。しかし、現ブッシュ政権の外交政策や軍事費増強には PNAC の主張が少なからず通っている
ようである。これは9.11 同時多発テロという理由に加えて、PNACの署名者に由来するのである。PNACの
マニフェストの著名者の 18 人の中の 10 人が設立 3 年半後にブッシュ政権の高官入りを果たした。現ブッ
442
アメリカの新帝国主義
シュ政権の中枢ラインのチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、ウォルフォビッツ副国防長官がまさ
にそうなのである。このようにして、PNAC は現ブッシュ政権との深い関わり合いが伺えるが、もちろん政権
において PNAC の署名者ばかりがいるわけではない。共和党政権であることには変わりないが、パウエル
国務長官のように、戦争は最低限におさえ、なるべくなら武力行使を避けた解決を見出そうとする国際協調
主義を主張する、いわゆる中道派も存在する。それでは、なぜその中道派を差し置いて新帝国主義が注目
を集め、アメリカの外交政策に影響を及ぼすことができたのであろうか。
それは、PNAC の主張は極右派として偏っているが、その中にアメリカ的性格が見出せるところもあるか
らではないだろうか。たとえば、「アメリカは、世界で最も正義を重視する道徳性の高い国なので、圧倒的な
軍事力を使って世界を民主化していく義務がある」という考え方に基づいていることも考えられる。しかし、こ
のような PNAC の主張に対しての批判も挙がっている。PNAC の描くアメリカの世界戦略の構図が、アメリ
カ自身を危うくする可能性があると指摘する記事がフォーリンアフェアーズ誌にも掲載されている10。
このようにして、アメリカによる世界秩序構築、一極支配の恒久化、同盟・友好国をも含めた競合相手の
登場阻止など PNAC とブッシュ政権は密接に結びついており、PNAC の外交政策がアメリカの外交政策
やその決定過程に及ぼす影響は多大であるといえる。
第4節
PNAC のヨーロッパ諸国への見解
次に PNAC の見解をヨーロッパとアメリカを「パワー」に焦点を当てながら比較することでより明らかにして
いき、これを通してなぜアメリカが「パワー」の行使をそれほど躊躇すべきではないと考えているのかを明ら
かにしていく。まず「パワー」においての違いは、ヨーロッパはパワーから離れつつあり、パワーよりも秩序や
法律、多国間交渉や協調に向かっているのに対して、アメリカは国際法や秩序を全面的に頼ってはおらず、
セキュリティや国防などの権力に重きを置いているのが現状である11。このように大西洋を挟んだアメリカとヨ
ーロッパの違いは大きく、国においての物事の優先順位、脅威とは何か、挑戦の定義、外交政策を決定す
る過程において明らかに方向性を異にしている。PNAC の言い分は、アメリカはヨーロッパよりも外交に対し
て、短気であるということが挙げられる。アメリカ人は基本的に、世界を「善」と「悪」に分けてみているのに対
して、ヨーロッパ人はそれよりも複雑な構成図を見出している。また、新帝国主義者たちは問題を解決し、脅
威を取り除くことを強く望んでおり、このことによってアメリカが国際関係の中おいては単独行動主義に傾い
てきている。国連などの国際機関を通じて行動したり、多国間で協力したりしながら同じ目的を達成すること
に重点を置いておらず、それらの機関外で行動するべき場合やそのほうが便利かつ効率的な場合はアメリ
カの思うように行動するので単独行動主義や帝国主義といわれるのである。たとえば、9.11 同時多発テロ
後のイラクへの攻撃を開始する際、アメリカは「国連の容認が得られれば尚良いが、なくても単独で開始す
る」と言ったのがよい例である。
次にこのような違いが生じた背景や原因についてみていく。まず、ヨーロッパとアメリカの文化や価値観の
違いが根本にある。しかし、ヨーロッパ人が考える現在の「平和的解決」の概念は最近生まれたものであろう。
なぜならば、ヨーロッパは第一次世界大戦を経験しており、そのころとは全く違った外交政策への考え方が
あったことが示唆できる。ヨーロッパは 18−19 世紀には「パワー」を保持していたが、今ではアメリカと立場
が逆転している。つまり、「パワー」を持っている国家はパワーを重視し、パワーで問題を解決しようとする一
面を持っており、「パワー」に権力や栄光を見出すのである。しかし、それに対して現在のヨーロッパは以前
よりパワーを保持していないためにそれほどパワーを重視しない考え方に変わったといえよう。このようにし
443
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
て、アメリカとヨーロッパ間では「パワー」に対する概念的な違いがあり、それゆえ「脅威」にたいする考え方
にも違いが必然的に生じるのである。世界的脅威や自国に対する脅威への認識はヨーロッパとアメリカでは
大きく異なる。世界で唯一のスーパーパワーとなったアメリカは軍事力や国防にかかわる問題に関心があり、
それらの問題を脅威と考える傾向が強いが、ヨーロッパ諸国はそれらの問題よりも貧困や飢餓、民族紛争と
いった軍事力では解決できない問題を脅威と認識している12。このような考え方に対して、ヨーロッパのほう
がアメリカよりも脅威や危険にたいする免疫が強いのだ、という議論がヨーロッパ人の言い分である。ヨーロ
ッパは第一次世界大戦やナチスの脅威を間近で経験してきたが、逆にそれらを経験したからこそ臆病にな
っている面もあるといえる。ヨーロッパはアメリカがすぐに問題を解決したがるというが、問題解決のための
「パワー」を保持しているものが保持していないものよりも、問題を解決しようとするのは当たり前である。そし
て、やはりヨーロッパの弱さがこれらの最大の原因だと考えられる。
だが、ヨーロッパがアメリカより「パワー」が劣るからと理由だけでアメリカの単独主義的外交政策に反対す
るわけではもちろんない。アメリカというスーパーパワーが単独で行動するということは世界の他諸国がアメリ
カの傘下に入るということを意味しかねないし、もしそうであれば非常に危険な事態を引き起こすかもしれな
いからである。アメリカは「パワー」を保持しているという事実だけでも世界において帝国主義を発揮しやす
い立場にいるため、ヨーロッパがせめてもの塞き止めにならなければならないというのが、ヨーロッパの役目
でもあるように思う。
しかし、今後もアメリカは「パワー」を追及し、その反面ヨーロッパは「パワー」の行使や増強からさらに遠の
いていくだろう。今後、アメリカとヨーロッパの間で問題が起きるとすれば、それはアメリカが他国の主張を聞
かなくなってしまい、ヨーロッパがアメリカに対してより批判的になったときに懸念すべき問題となるであろう。
だが、ヨーロッパとアメリカという「西洋」という枠でくくることのできる地域の中で亀裂が大きくなると 21 世紀
的問題である、飢餓、貧困、病気や民族紛争、環境問題など「パワー」だけでは解決できない問題が山積
みなのも事実である。このような問題を国際社会の一員として解決するためには、一国単独では不可能で
ある。そして上記のような PNAC の主張するパックス・アメリカーナの実現と「パワー」への過信は多国間の
強調を遠ざけるとともに世界的問題の解決をも遠ざけているのではないだろうか。アメリカが世界的スーパ
ーパワーであることは否定できない事実である。しかし、そのようなスーパーパワーであり、世界をリードする
立場にいるからこそ他国の立場を大きく脅かさないように配慮しつつ、安定と国益を模索する戦略に立ち返
るべきであるのではないだろうか。このようにして生まれた溝は埋めるのに時間がかかるだろう。しかし、この
溝を後押しするかのように PNAC はアメリカのパワーをさらに確固たるものにしようと主張しているのである。
第3章
第1節
ウィリアム・クリストル
ウィリアム・クリストル会長と主張
この章ではウィークリー・スタンダードの編集者であり、PNAC の立案者であるウィリアム・クリストルに焦点
を当てながら、前節で述べたアメリカのパワーについてさらに詳しい主張をみていく。ウィリアム・クリストルは
アービング・クリストルを父に、ゲルトルード・フィンメルハブ女史を母に持つ。父のアービング・クリストルは
1920 年生まれの 83 歳という高齢ながら今もなお保守派評論家として「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙
などで論陣をはる有名なユダヤ系の知識人であり、現在は AEI(American Enterprise Institute)の主
任研究員として勤めている。彼は、新帝国主義に命を吹き込んだ人物とまでいわれている。しかし、彼はも
ともと新帝国主義者であったわけではない。元はトロッキストであり、その後は民主党リベラル派に転向した
444
アメリカの新帝国主義
が、1970 年代に共和党系保守派に転じたのである。母のゲルトルード・フィンメルハブ女史は有名なビクト
リア王朝文学の研究者で、かつニューヨーク市立大学で教鞭をとっている13。このような両親を持ったウィリ
アム・クリストルはそのまま父の新帝国主義的思想を受け継いだ。しかし、彼もまた 1976 年までは民主党員
であり、その後左派の行き過ぎに嫌気が差して共和党に方向転換したのである。1995 年にウィークリー・ス
タンダードを創刊するまでは1994年大統領選挙で共和党を勝利へと導いたストラテジーを立てた“Project
for the Republican Future”を率いていた。また、レーガン政権時の教育長官であったウィリアム・ベネット
の首席補佐官やブッシュ政権時のクエール副大統領の下でチーフスタッフとして務めた経験もある14 。
1985 年にワシントンに移ってくるまではペンシルバニア大学やハーバード大学のケネディスクールで政治
を教えていた経験もある。このようにして、政権との関わりも深めながら、1997 年に PNAC を設立したので
ある。そして、彼はフォックス・ニュースの政治番組“Special Report with Brit Hume”に毎回出演するな
どメディアにも多数出演し、新帝国主義を唱えている。
ここでさらに詳しくウィリアム・クリストルのアメリカの外交に対する見解を考察する。ウィリアム・クリストルは
前章でも述べたアメリカとヨーロッパの違いに加え、アメリカ人がヨーロッパ人に民主主義と法の支配をもた
らすために戦うと断言している。このように、彼はアメリカの力を外(外国)に積極的にあてているのが特徴的
であるといえる。また、国連や一部のイスラム諸国、重要な同盟国の支援を得て、アメリカが占領軍をリード
するような啓蒙された国際的帝国主義を実現すれば、対テロリスト対策は大きく改善される、とも述べてい
る15。たとえば、イラクを例にとってみると、フセイン政権を打倒することで、アラブ地域で初めての民主主義
国家を樹立することが可能になり、サウジアラビア、ヨルダン、エジプトまで、独裁政権の圧制のもとにあるア
ラブ世界に希望の灯をともすという歴史的な価値をもつことになる、とアメリカの民主主義を非常に積極的
に推し進め、それが世界におけるアメリカの使命であると考えている。2003 年 10 月 10 日に創刊されたウィ
ークリー・スタンダードでは 870 億ドルがイラク戦争で「良く使われた」(well spent)と述べている。これはす
でに使われた金額であり、現ブッシュ政権が議会にイラク戦争のコストとして申請したものである。そして、イ
ラクの政権がイラク国民の手に戻り、イラク国民が自国を統治することを目的としているが、それを達成する
ためには現在、寛大かつ積極的なアメリカの働きかけとアメリカ兵の駐留が必然なのだ、と述べている16。
第2節
ウィリアム・クリストルの国連への見解
次にウィリアム・クリストルのアメリカの世界における役割について国連への見方を通して考察したい。彼は
国連をアメリカよりも高い道徳的権威を見なすのは大いに奇妙だと述べている17。国連は結局、単なる主権
国家の集合体に過ぎず、参加国の政治体制で差別をつけずに扱うので専制国家も民主主義国家も同じほ
ど歓迎されると述べている。国連がこのような形をとっていることによって、専制国家たちは自分たちの利益
を得るためにまたは計画を遂行するために不満を訴えたりすることで国連を利用することができるのである。
さらに、平和と戦争の問題について国連の加盟国の中で役割を果たすのは安全保障理事会のメンバーだ
けである。そして、この安全保障理事会の5 カ国の中で成熟した民主主義国家なのはアメリカ、フランス、そ
してイギリスだけなのであり、この 3 国もまた自国の地政学的目的のために動いているのである。このような
理由から国連はアメリカよりも世界においての権威があるとは認められないのである。
ここで、安全保障理事会のメンバーのとくにフランスと中国の言動を、イラク戦争を例にとってみることに
する。フランスは「シラク大統領が戦争行為についての国連の権威の不可侵を声高に宣言」18し、国連武器
査察団についての論議が行われる中、アフリカのアイボリーコースト地域のフランスの権益保護のためと題
445
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
して 1000 名に上るフランス軍が介入していたという事実がある。これは自国のことを棚にあげ、自国の利益
だけを追求しようとしているいい例ではないだろうか。次に中国はどの国にも自国の国境内では自由に独
自の政策を実施する権利があると長年にわたって主張してきている19。これは非常に勝手であり、そんなこ
とを言ってしまったら、それぞれの諸国で何が起ころうとも周辺諸国や地球規模での協力や協議は意味を
なさなくなってしまうではないか。このように、フランスや中国の安全保障理事会での反応を考察する限り、
ウィリアム・クリストルの主張する国連軽視も正統なものであるかもしれないのである。
第3節
アメリカの世界の中での役割
このような中でウィリアム・クリストルは、9.11 同時多発テロ後に起こった事件を含めても、アメリカの対外
政策の基本目的は変わっていないと考えている。逆にブッシュ政権の対テロ戦争はアメリカの伝統的基本
戦略の枠内にしっかり納まるものだと見ているようである。クリストルの視点からすると、ブッシュ政権を批判
する論者たちは、国際社会でのアメリカはグローバルな規模で卓越した地位を求めるべきでないという考え
は空想に過ぎないのである。すでにアメリカは世界中でも空前の軍事力と影響力を持つ地位を獲得したこ
とは事実である。過去の歴史の尺度で計った国力ではアメリカの地位は古代ローマ帝国が地中海世界に
君臨して以来他に比べるものもない高みにあるのかもしれない。アメリカの軍事力の規模は、戦争遂行能力
と短時間の間に世界のどの地域の紛争にも介入できる展開能力の両面で他の全ての国々の追随を許さな
い20。同時に、自由な資本主義と自由貿易というアメリカ経済を律する原則は、世界中で富の増殖のベスト
モデルとして広く受容されており、アメリカ自身が国際経済秩序の中心的地位を占めていることも否定でき
ない。リベラルな民主主義というアメリカの政治生活を律する諸原則はまた、世界の諸大陸と異文化地域に
拡散し、多くの国々では自国の専制的統治形態を廃止、修正して、個人の権利と自由に関するアメリカ的
諸原理を受け入れるか、そうでなければ、少なくとも形式的承認を与えているのである21。
さらに、過去の時代の帝国主義列強とは異なり、もしアメリカがパックス・アメリカーナの世界を構築したと
しても、それは植民地的征服や経済的強大化を目指したものでない。むしろ、今日の世界秩序を支えてい
るのはアメリカの利他的な影響力であり、もちろんそれは、アメリカの国力によってつくりあげられたものであ
るが、この秩序はまたアメリカの諸価値は真に普遍的なものであるとの認識とこれは世界各国によって受容
されているという事実に支えられているのではないだろうか。従って、世界で唯一の超大国アメリカが国際
社会の、民主主義に味方し、人権を保護し、侵略に抗し、武器拡散に反対する、このような行動規範を守る
ならば、アメリカに挑戦する勢力の成功は不可避的にこれらのアメリカが創造した規範を弱体化させるだろ
う。そして、もしアメリカが今のアメリカの世界的地位から身を引くとすると、程なく起こる混乱の波頭は、間違
いなくアメリカまで届くだろうとクリストル氏は見ている。そして、たとえイラクの脅威が消滅したとしても、アメリ
カの強力で積極的役割を世界で果たす使命からアメリカが解放されないのである。つまり、現存の危険を
考慮し、さらに地平の彼方には未知の危険が確実に待っていることを考えると、この責務から一時的にでも
解放されることはあり得ないというのである22。
このようにして、アメリカは世界の警察官、あるいは保安官であるだけでなく、同時に灯台であり案内人で
なくてはならない、というのがウィリアム・クリストルの考えるアメリカの世界における役割である。これはアメリ
カが直面している現実であり、新しい脅威の出現を防止し、阻止するのを目的とし、問題のある地域に本格
的に火がつく前に兵力を現地に展開し、国益への脅威が現実の危機にまで発展する以前に阻止できるよ
うな政策を展開していく必要がある。これに対する批判として、「超大国たるものは、すべての地域紛争から
446
アメリカの新帝国主義
一定の距離を置く立場をとる方が、信頼度が高く、効果的な役割を果たすことができる」とあるが、このような
態度をアメリカがとった場合、新帝国主義者からすると、まさに彼らの背景と目的にある、アメリカという超大
国が超大国でなくなってしまうという恐れが現実になってしまうと考えているようである。すなわち、ウィリア
ム・クリストルはアメリカの指導力が目指す道筋を示し、アメリカの軍事力でそれを援護し、アメリカの理想の
伝播を最終目的としているのだ23。
そして、アメリカの世界的役割を「脅威」を通して考えてみたい。今日では脱国家的脅威によって安全保
障の概念が変わってきているといえる。たとえば、国際的なテロリストに対して、抑止は十分な保護ではあり
えない。なぜならば、ある国家がテロリストを援助していることが立証される場合を除いて、報復先を明らか
にすることが難しいからである。このように、国家の枠組みを超える脅威が増大するにつれて、国内問題と
国際問題を区別する基準で国家を捉えることに疑問が生じるだけでなく、国家にとって安全保障と防衛の
観念が拡大しつつあるのである。そして、新たな脅威の大部分は強大な軍事力では対応しきれないもので
あろう。このような考えに基づいて、テロリストやテロ行為に対するアメリカの武力行使を正当化する考えに
PNAC の主張は基づいているのである。
終章
この論文ではアメリカの外交政策における新帝国主義についてPNACを通して考察してきた。PNACの
署名者と現ブッシュ政権とのかかわり、PNAC の会長を務めるウィリアム・クリストルに焦点をあて、彼の世界
におけるアメリカの役割についての見解を明らかにしてきた。このような背景の中で現ブッシュ政権は強硬
な外交政策を推し進めてきたとともに国連軽視や単独行動主義を取ってきたことが明らかである。新帝国主
義者たちの自国の役割の認識とヨーロッパ諸国や国連に対する考えからアメリカのパワーや軍事力、そし
て国際社会において多大な影響力を行使しうることを分かっており、それを行動に移すことを継承している。
そしてそこから PNAC の主張するアメリカの立場や役割を確立していく主張である。しかし、今後も PNAC
を筆頭とする新帝国主義がアメリカにおいて力を保持するかは定かではない。一部にはもうすでに新帝国
主義の時代は終わったとする見方24もあるが、イラクの戦後経営やアメリカとヨーロッパ諸国との溝、それぞ
れの問題がどのようになるかによって新帝国主義への評価や影響力が変わってくるであろう。事実、ブッシ
ュ大統領が 2003 年 5 月1日に「終戦宣言」をした後のアメリカ兵の死者はイラク戦争時に出た 114 人を大
きく上回る150 人に上っている。これは、現ブッシュ政権が新帝国主義に基づいてイラク戦争に踏み切った
後の結果があまり好ましくないことを示唆している。だが、これに対し、現ブッシュ政権の強硬な外交政策か
らサダム・フセインを拘束できたことも事実であろう。このような結果が得られたので PNAC への風あたりは
弱くなったが、フセインを拘束するために本当に先制攻撃が必要であったかはやはり定かにすることはでき
ないだろう。このようなことから、今後の新帝国主義、及び PNAC のアメリカ外交政策における影響力は衰
退していく余地を大いに含んでいるのではないだろうか。
ウィリアム・クリストルもアメリカの世界におけるリーダー的役割を強く主張しており、今後の中東地域での
アメリカの民主主義的価値を軍事力によって拡大していくことを唱えている。現ブッシュ政権における外交
戦略とアメリカの軍事力の差が開き、アメリカは軍事費を増大させ、軍事力や新たな武器に投資するべきで
あると述べている25。そして、新帝国主義が今ほど政権と議会で力を持たなくなったとしても唱え続けるであ
ろう。しかし、これはテロという 21 世紀的問題を解決していかなければならない今日であるからこそ現ブッシ
ュ政権において影響力を持ちえているのである。また、アメリカ国内の経済が不安定になったり、内政的問
447
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
題が起きたりすると、国民の関心が外(外国)へ向きにくくなることが考えられる。このように、ウィリアム・クリス
トル氏の主義主張の影響力も新帝国主義と同様に不安定なものなのだろう。
そして、前節でも述べたように今日圧倒的なパワーと、テロという脅威の到来が、アメリカの帝国主義の誘
惑を大きくしている。だが、正統性もなく、戦後国際秩序の規範や制度を無視してパワーを思うままに行使
すれば、いずれ敵意にみちた国際環境が出現し、アメリカの国益を確保するのも難しくなる。これは、イラク
戦争における国連軽視の考えからフランスやドイツとの溝ができてしまったことでも明らかである。いずれに
せよ、強引な新帝国主義主導の現ブッシュ政権の外交政策の成否はイラク戦後経営にかかっていることは
否定できない。フセインを拘束したという最大の目標が達成されているにしても、イラクの復興への失敗、撤
退は許されない。そうなると、ネオコンの信用は失墜し、ブッシュ政権は内部分裂する。そして、ネオコン景
気はバブルにしか過ぎなくなることも考えられる。
そして、最後に今後の国際関係、アメリカのあるべき形を提案したい。アメリカの帝国主義的大戦略はリ
ーダーシップの実践というよりも、むしろたんなる軍事パワーの行使に過ぎないのではないだろうか。なぜな
らば、アメリカの対外政策に見られる国連軽視、ヨーロッパとの溝、9.11 同時多発テロによってアメリカの軍
事力行使からはそうだと見出すことができる。勢力均衡を重視する多国間主義を再評価し、成熟した大国と
なるには、他国の立場を大きく脅かさないように配慮しつつ、安定と国益を模索する戦略に立ち返るべきで
ある。しかし、そのような真の大国となるには、政権の交代まで必要になってくるのかもしれない。
http://www.newamericancentury.org/
http://www.newamericancentury.org/
3 http://www.state.gov/s/p/of/cal/23927.htm
4五十嵐武士 「覇権国アメリカの再編」(東京大学出版会、2001 年 7 月 16 日)57 頁
5 宮崎正弘「ネオコンの標的」 (二見書房、2003 年)151 頁
6 http://www.newamericancentury.org/iraqclintonletter.htm
7 http://www.newamericancentury.org/RebuildingAmericasDefenses.pdf
8 the national interest spring 2000
9 http://www.newamericancentury.org/statementofprinciples.htm
10 フォーリンアフェアーズ・ジャパン編・監訳 「ネオコンとアメリカ帝国の幻想」(朝日新聞社、2003 年 7 月)
11 Robert Kagan “Of Paradise and Power- America and Europe in the New World Order-“ Alfred A.Knopf
New York, 2003.
12 同上
13松尾文夫 「ブッシュ政権と新帝国主義者の台頭―伝統的保守派との「綱引き」」(財団法人 日本国際問題研究所、
2003 年 2 月号)7 頁
14 http://www.newamericancentury.org/williamkristolbio.htm
15 http://www.newamericancentury.org/iraq-20030929.pdf
16 ウィークリー・スタンダード誌 10 月 10 日号
17 ローレンス・F・カプラン、ウィリアム・クリストル 「ネオコンの真実 イラク戦争から世界制覇へ」(ポプラ社、2003年6
月)183 頁
18 同上 182 頁
19 同上
20 同上 234 頁
21 http://www.newamericancentury.org/iraq-20030929.pdf
22 http://www.weeklystandard.com/Content/Public/Articles/000/000/003/672tvqvd.asp
23 http://www.newamericancentury.org/iraq-20030825.pdf
24 http://www.amconmag.com/06_16_03/buchanan.html
1
2
448
アメリカの新帝国主義
25
http://www.weeklystandard.com/Content/Public/Articles/000/000/003/672tvqvd.asp?pg=2
【参考文献】
<一次資料>
*
ボブ・ウッドワード『ブッシュの戦争』日本経済新聞社、2003 年
*
フォーリンアフェアーズ・ジャパン編・監訳『ネオコンとアメリカ帝国の幻想』朝日新聞社、2003 年
*
ローレンス・F・カプラン、ウィリアム・クリストル『ネオコンの真実 イラク戦争から世界制覇へ』ポプラ社、2003 年
*
Project for the New American Century, Kagan, Robert “Power and Weakness”
*
Robert Kagan “Of Paradise and Power- America and Europe in the New World Order-” Alfred A.Knopf
New York, 2003.
*
http://www.asianaffairs.com/ (asian affairs HP)
*
http://www.foreignaffairs.co.jp/
*
http://www.newamericancentury.org/ (PNAC HP)
*
http://www.nytimes.com/ (New York Times HP)
*
http://www.senate.gov/ (米国議会 HP)
*
http://www.state.gov/ (国防省 HP)
*
http://www.un.org/ (国連 HP)
*
http://www.washingtonpost.com/ (Washington Post HP)
*
http://www.weeklystandard.com/ (ウィークリー・スタンダードHP)
*
ProQuest のデータベース (ウィークリー・スタンダード記事)
<二次資料>
*
有賀貞、宮里政玄『概説アメリカ外交史』有斐閣、1998 年
*
五十嵐武士『覇権国アメリカの再編』東京大学出版会、2001 年
*
久保文明『G・W・ブッシュ政権とアメリカの保守勢力―共和党の分析―』財団法人日本国際問題研究所、2003年
*
五味俊樹、滝田賢治『現代アメリカ外交の転換過程』南窓社、1999 年
*
ジョセフ・S・ナイ『国際紛争 理論と歴史』有斐閣、2002 年
*
田原牧『ネオコンとは何か アメリカ新保守主義派の野望』世界書院、2003 年
*
藤原帰一『デモクラシーの帝国』岩波新書、2002 年
*
星野俊也「共和党外交の思潮と行動―保守主義の逆説―」(米国内政:共和党―現状と・動向―)財団法人日本
国際問題研究所、2001 年 3 月
*
高畑昭男「ブッシュ政権の外交と単独行動主義(ユニラテラリズム)」(米国政治:共和党右派とその支持勢力)
2002 年 3 月
*
松尾文夫「ブッシュ政権と新帝国主義者の台頭―伝統的保守派との『綱引き』」財団法人日本国際問題研究所、
2003 年 2 月号
*
宮崎正弘『ネオコンの標的』二見書房、2003 年
*
財団法人産業研究所「ブッシュ政権の外交政策形成過程」米国新政権における対外政策とその形成過程に関す
る調査研究、2002 年 2 月
*
Nye, Joseph S. Jr. “The Paradox of American Power” Oxford University Press,2002
*
http://www.amconmag.com/ (The American Conservative の HP)
*
http://www.foxnews.com/ (フォックス・ニュース HP)
*
http://www.roadtopeace.org/
449
久保文明研究会 2003 年度卒業論文集
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山中麻里江
今まで入ゼミ論文、三田祭論文とずっと内政を勉強してきた私は卒論のテーマを決めるとき、内政にしようか外交にし
ようかとっても迷いました。なぜなら、3 年次にゼミで読んだ古矢旬著の「アメリカニズム」やリプセット著の「アメリカ例外
主義」でアメリカは軍事的にも経済的にも超大国だが、違う視点から見てみるとアメリカだけ例外的であるという見方が
面白いと思い、アメリカを外から見てみるという外交の側面から勉強してみることにも興味が湧いたからです。またせっ
かくアメリカ政治のゼミに入ったことだし、最後に外交に挑戦してみようと思ってこのテーマに決めたというのももう一つの
理由です。このテーマを選んだことによって結果的に良くも悪くも外交の楽しさと難しさを学んだと思います。また、この
テーマは現在進行形のものであったので、随時、情勢や状況が変わるのでそれも難しかった点だったと思います。しか
し、外交は内政と違い、アメリカ政治を勉強する中で世界の中でもアメリカというものを形どることができ、それを通してア
メリカの姿を知ることができたのだと思いました。
正直、このテーマは比較的新しいものであるということもあり、資料が少なかったので書き進めていくうちにどのように
論証、考察していくのかと、自分の中で不安になることもありました。しかし、2 回の中間報告や他のゼミ生からのコメント、
そして先生からのコメントやご指導のおかげで自分なりの方向性を見出す事ができたような気がします。最後にゼミの 2
年間の集大成の卒論を書き終えることができたのもそのようなみんなのおかげでした。私の論文に付き合ってくれみん
な、どうもありがとうございました!
山中麻里江君の論文を読んで
【小池和雄】
PNAC という新しい共和党保守派の団体を取り上げて現在のアメリカ外交政策を見るというのはとてもいい着眼点だ
と思う。現ブッシュ政権に多大なる影響―その中でも最たるものかもしれない―を与え、良くも悪くも現在のアメリカを主
導しているネオコンという思想、そしてその牽引役であるのは PNAC に他ならないと本論文を読んでいて感じた。
またアメリカの伝統的な外交主義、そして現在の外交主義を提示した上で、その背景にある PNAC という団体とその
設立者であるウィリアム・クリストル氏に焦点をあててこれからのアメリカ外交政策のあり方、大きく見たアメリカのあり方と
いうものを考察していく論文としては甚だ明快で、わかりやすい内容になっていると思われる。孤立主義の説明、そして
台頭してきている新帝国主義の説明、PNAC の馴れ初めなどとても読みやすく、勉強になる論文であった。
ひとつ言わせてもらえばこれはタイトルのように新帝国主義を説明する論文ではなく、現在のアメリカの主流ともなっ
ている新帝国主義の思想を考察して、これからのアメリカの外交政策を模索することを目的とした論文ではないだろうか。
それは山中さんも目的にそのように書いてある。タイトルが PNAC を通して見るアメリカの新帝国主義となっているが、
それよりも一歩進んだところに山中さんの研究はあるのではないかと私は感じた。
またこれからのアメリカ外交主義のあり方を提示するにあたって、全体的に見た時に新帝国主義の考え方を中立的
に見切れていない、というようにとれる。この論文の結論としては新帝国主義は軍事的解決に帰結するだけなので、そう
ではなく本当の意味でのリーダーシップをとれる国にアメリカはなるべきだ、と述べてあったと思うのだが、途中までは新
帝国主義寄りの意見が多く結論だけさらっと覆されると拍子抜けしてしまうかもしれない。全体的にもう少し客観的に
PNAC という団体を分析できればもっといい論文になると思う。
最後に文法的なミステイクをいくつか。
序章の終わりにある、一次資料、2 次資料という言葉はどちらかに統一した方がいいと思われる。その後に出てくる第
2 次世界大戦という言葉もそうだがどちらかといえばこの場合は漢数字を使った方がよい。第 2 章第 2 節の終わりの部
分、新しい段落で「また∼述べられている」と記してあるのだが、誰が、どこで述べたか、ということが不明確である。第 2
章第 2 節の最後の一文にある「PNAC は、」という文章は「PNAC の」と直した方が良さそうである。第 3 節の設立趣旨
の(2)では少々変な改行になってしまっているので、これも改善する。第 4 節 4 行目「強調」→「協調」。最後に第 3 章
第 1 節、このような両親をもったのは、アービング・クリストルではなく、ウィリアム・クリストルである。
この論文への私の関心は極めて高い。ぜひさらに磨きをかけて研究を完成させていただきたい、と切に願う次第であ
る。
【喜久山顕悟】
山中さんの論文は、イラクや中国に対する強硬策を求めるなど、政権の単独行動主義を思想的に下支えしている
Project for the New American Century というシンクタンクに焦点を当てながら PNAC の国防や外交政策、ヨーロッ
パ諸国へ対する思想や考え方を通してアメリカの姿や外交政策をより明らかにし、今後の国際社会のあり方とその中に
おけるアメリカのあるべき姿を提案しており、現在のブッシュ政権の思想を知る上で重要なヒントを得ることのできる論文
でした。
特に PNAC というひとつのシンクタンクに絞ってアメリカの新帝国主義やネオコンが外交政策にどのように現れ、
PNAC という団体がどのような団体であるかということを考察し、その中でもウィリアム・クリストルに焦点を当ててアメリカ
における新帝国主義の中で彼がどのような役割を担っているかを明らかにしている点が非常に興味深かったです。
ただ以下に何点か改善したほうがよいと感じたことを挙げたいと思います。
450
アメリカの新帝国主義
まず論文の体裁に関して、文字数が不足しているように見受けられます。内容を膨らませたほうがよいと感じたのは
PNACという組織についての第 2 章です。PNAC はクリントン政権下に発足しその後9.11 テロを契機に影響力を強め
たことは本論文から理解できました。しかし PNAC の現在の構成要員はどれくらいなのかを詳しく調べるとより厚みが増
すのではないでしょうか。また PNAC のネオコン的主張が通ってきている背景を議会のやりとりに焦点を当てて調べて
みるとより面白い論文になるのではないかと感じます。これが 1 つ目です。
2 つ目に内容に厚みを持たせるとよいと感じたのは、第3章のウィリアム・クリストルに関する章です。クルストルが実際
にどのように議会に働きかけているのか、実際の活動内容があれば具体的に示すとより読み手の理解が深まるのでは
ないかと思います。
結論として、「強引な新帝国主義主導の現ブッシュ政権の外交政策の成否はイラク戦後経営にかかっていることは否
定できない」とした上で、「真の大国となるには、政権の交代まで必要になってくるのかもしれない。」と今後のアメリカ政
治を示唆している点に私も同感します。本論文に触れたことで、自分自身今後のアメリカの動向を観察する上でより深
みのある見方ができることができそうです。
最終稿提出まで約 2 ヶ月ですが、2 年間のゼミの集大成となる卒業論文を書き上げられるようにお互い頑張りましょ
う!
【小原康平】
現在のアメリカ合衆国政治を理解するにあたって、隆盛を極める共和党勢力、特に保守的な思想を打ち出すタカ派
勢力の政治的理念と実質的影響力を理解することは非常に重大な意義を有すると思います。その意味において、この
タカ派勢力を代表する PNAC の主張と活動を通して現ジョージ・W・ブッシュ政権の政策を検証する本論文の手法は
極めて有効的であったと言えるでしょう。本論文においてはまず、アメリカの建国期からの外交政策を概観し、その伝統
的性格と近年の外交政策の到来に至った経緯を論じています。これを踏まえた上で PNAC の組織としての歴史経緯と
主張を分析し、最後に PNAC の会長であるウィリアム・クリストルに焦点を絞った議論を展開しています。全体としては
わかりやすい章立てで議論が展開されており、1章から 2 章にかけての議論の展開は論理の飛躍もなく自然であったと
言えるでしょう。2 章での PNAC についての研究では詳細な記述があり、組織全体の理解に足る内容でした。3 章では
会長であるクリストルの生い立ち、思想、そして国際連合などに対する発言などがつぶさに記述されており、文献の有
効活用の様子がよく表れていました。参考文献に関しては、一次資料によく目を通しており、現在進行形の論題である
だけにインターネットなどを利用したタイムリーな資料を多く利用している点は特筆に値します。
改善点をあげるとすれば、まず論文全体の構成に少し難があると言えるのではないでしょうか。本論文における第一
義的な目標が PNAC を通して共和党保守派の活動を分析することにあることを考えたとき、2 章と 3 章における議論は
この点において重複する言及があることを指摘せざるを得ません。まずは組織としての PNAC の主張とウィリアム・クリス
トルの主張との間の関連性を明確に示す必要があるでしょう。クリストル個人の思想と活動が、PNAC に具体的にどのよ
うな影響を与えているのか、より詳細な解剖を行う必要があると感じます。また PNAC の具体的な成果に関しては本論
文の最も核心的な点であるだけに、その「主張」「マニュフェスト」などの理念とは分離した章立てによる議論の展開が必
要かと思われます。
各章の改善点ではまず第 1 章において、第 1 節の孤立主義に関する記述に具体性が欠如しているように思いました。
建国期から現代に至るまでの外交政策を一括して論じるには、時系列的にいくつかの項を設けた順序立てが必要かと
思われます。第 2 節は新帝国主義が如何なる特徴を持っているのか、箇条書きにするなどのわかりやすさがあると良い
でしょう。第2 章では、PNAC の発足に関しての記述に際し、「ネオコン」「レーガン主義」などの重要な背景についての
言及が冒頭にあると良いでしょう。また9.11 テロを契機に PNAC で如何なる変化もなかったのか、具体的に見ていく余
地が残されているように思います。3 章では国連に対する見解だけでなく、クリストルの主張をより詳細な争点ごとにまと
める必要があるでしょう。これが PNAC と如何なる関連性を持ちうるのか、明確な記述があれば 2 章と 3 章、更には論
文の主題ともより強固な繋がりが生まれるはずです。
最後に、終章では PNAC について何がわかったのか、当初の仮定との比較検証をより詳細に論じる必要性があるで
しょう。アメリカの保守派勢力に対する総合的な研究が明確に示された論文構成となっているだけに、以上の改善によ
って理論が更に安定感を増すのではないでしょうか。
451