ウィリアム・バードの楽譜出版 ──声 楽 曲 集『 詩 編 、ソ ネ ッ ト 、悲 し み と 敬 虔 の 歌 曲 集 』と『 く さ ぐ さ の 歌 』に 焦 点 を あ て て ── 能登原由美 ウィリアム・バードは、作曲家として数多くの優れた作品を残したばかりでは なく、国王から与えられた楽譜の印刷と出版に関する独占的権利によって、楽譜 出 版 活 動 が よ う や く 浸 透 し 始 め た 16 世 紀 終 わ り の イ ン グ ラ ン ド の 楽 譜 出 版 活 動 に 大 き な 影 響 力 を 持 っ た 。本 稿 は 、バ ー ド の 2 冊 の 曲 集 、 『 詩 編 、ソ ネ ッ ト 、悲 し み と 敬 虔 の 歌 曲 集 Psalmes, Sonets, and Songs of Sadnes and Pietie 』(1588、以 下『 詩 編 』 と 略 )と 『 く さ ぐ さ の 歌 Songs of Sundrie Natures 』 (1589、 以 下 『 歌 』 と 略 ) の出版を通して、バードの楽譜出版活動に対する姿勢を明らかにし、バードが当 時のイングランドの楽譜出版活動において果たした役割を論じたものである。 考察の方法として、2冊の曲集のタイトル・ページや序文の内容から、バード の編纂の意図を探った。その結果、これらの曲集には2点の共通する特徴がある こ と が 明 ら か と な っ た 。 そ れ は 、 バ ー ド が 1) 曲 集 の 多 様 性 を 強 調 し 、 2) 音 楽 愛 好家を意識していたことである。ここから、バードが2冊の出版にあたって、音 楽 愛 好 家 を 対 象 と す る 幅 広 い 楽 譜 受 容 者 の 獲 得 を 狙 っ て い た こ と が 窺 え る 。実 は 、 このようなバードの狙いが、楽譜出版活動がリスクの大きな事業であった当時の イングランドにおいて、初めて出版を成功させることのできた大きな要因であっ た 。イ ン グ ラ ン ド で は 、こ れ ら の 曲 集 が 出 版 さ れ る 1580 年 代 末 に 至 る ま で 楽 譜 出 版活動は低迷していたが、経済の発展と共に楽譜を受容できる潜在的な層は拡大 していた。一方、音楽愛好家の間ではイタリア音楽の流行が見られた。2冊の曲 集には、このような新しい楽譜受容者や音楽愛好家の嗜好が反映されていたので あ る 。こ の よ う に 、 『 詩 編 』と『 歌 』の 出 版 に は 、楽 譜 受 容 の 場 を 捉 え た 巧 み な 編 纂によって、幅広い楽譜受容者を獲得しようとしたバードの積極的な出版姿勢を 見ることができる。
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