海外トピックス イタリアにおける高速鉄道新規参入後の諸問題 さ とう れい こ 佐 藤 麗 子 調査研究センター主任研究員 はじめに って出資・設立した民間会社の NTV が,2012年 に高速鉄道の運行事業に新規参入した。その結果 世界各地の高速鉄道が運行されている国々では, イタリアの高速鉄道は,イタリアにおける既存の 対抗輸送機関である高速鉄道と航空が,中長距離 支配的企業である FS のグループ会社で,NTV 区間でモード間競争を繰り広げシェアを争ってい の参入以前から高速鉄道を運行していたトレンイ る。イタリアでも2009年12月に,トリノ~サレル タリアと,新規参入の NTV との2社運行体制と ノ間の高速鉄道新線が全線開通し,鉄道所要時間 なった。 が大幅に短縮した区間では,航空から高速鉄道へ NTV にはフランスの SNCF が資本参加してい の旅客転移が発生した。 るものの,民間事業者による高速鉄道への新規参 さ ら に2012年 4 月 に は, 民 間 会 社 の Nuovo 入・競合は,ヨーロッパでも初の事例ということ Trasporto Viaggiatori(以下,NTV)がイタリア国 で注目を集めた。 内の高速鉄道運行に新規参入し,高速鉄道の唯一 の運行事業者であった旧国鉄系のイタリア鉄道 2.既存事業者による差別的取扱いの問題 (以下,FS)と,同じ線路上・同じ区間で競合する こととなり,鉄道事業者同士による同一モード内 EU の運輸政策では,鉄道部門において上下分 での競争も行われることとなった。 離・オープンアクセスにより参入を自由化するこ 他国に先駆けて高速鉄道に競争を導入したイタ とを目指している。これにより独占的市場に事業 リアの経験は,今後のヨーロッパの競争市場にお 者間競争を導入し,運賃の低下や効率的な新サー ける先行事例となるかもしれない。そこで本稿で ビスの導入につながると見込んでいる。競争導入 は,イタリアで新規参入後2年を経過する中で, にあたっては,参入するすべての事業者に平等な どのような問題が出てきたかについて紹介する。 アクセスを保障することが必要であり,インフラ 保有事業者は運行事業者に対して,鉄道インフラ 1.イタリアの競争の特筆点 への公正かつ非差別的なアクセスを提供しなけれ ばならないとされている。しかしながら,特定の ヨーロッパでは,フランス,ドイツをはじめと 列車運行事業者とインフラ保有事業者が同じグル して,高速鉄道を運行する国は複数存在するが, ープ会社に属する場合,公正で非差別的な取扱い フランチャイズ事業者が運行するイギリスを除き, が必ずしも保障されない可能性がある点が指摘さ 高速鉄道はそれぞれの国の旧国鉄を引き継ぐ事業 れている。この点は,現在議論が進められている 者によって運行されている。 EU の第4鉄道パッケージにおいても,グループ このような中イタリアでは,起業家が中心とな 会社の形態を巡って争点となっている。 130 運輸と経済 第 74 巻 第 8 号 ’ 14 . 8 表 高速鉄道輸送人員の推移 FS(トレンイタリア) (単位:人) 増減 2011年 2012年 2013年 25 , 000 , 000 40 , 000 , 000 42 , 000 , 000 5 . 0% 6 , 200 , 000 55 . 0% 48 , 200 , 000 9 . 5% NTV - 合計 25 , 000 , 000 4 , 000 , 000 44 , 000 , 000 (2012年対2013年) 備考 運行路線の拡大に よる増加分を含む 出典:各社のプレスリリースをもとに作成 イタリアにおいても,既存事業者のトレンイタ 規制局が差別的取扱いを認定していないことを理 リアと,インフラ保有事業者の RFI は同じ FS グ 由に,反トラスト当局の決定を取り消す判決を ループに属する会社であり,新規参入事業者の 2014年3月に下している。 NTV は,FS による差別的取扱いがあったとして, 複数回にわたり異議を申し立てている。 3.価格競争による事業収益への影響 具体的には,① NTV にラッシュ時の運行権が 配分されなかったり,メンテナンス施設の利用を NTV 参入の結果,それまで独占状態にあった 認めないなど,鉄道インフラへのアクセスに対し FS との競争が発生したことによって,競合する て妨害があり,NTV が利益をあげられないよう 両社が利用者獲得のためにプロモーション運賃を に強いられた,② FS のグループ会社が管理する 設定するなど価格競争が生じ,高速鉄道の運賃は 駅で,NTV が広告を出せなかったり,十分な販 平均30%低下したとされる。また,誘発需要の発 売活動を行うことができないなどの差別的取扱い 生も含めて,高速鉄道の利用者数は表のとおり増 や妨害があった,③ NTV が停車する駅のマネジ 加した。 メントに非効率があった,等の点である。 運賃低下は競争導入の目的の一つを達成したと これらについては,FS の差別的取扱いは認定 して評価されているが,利用者獲得のための運賃 されていないが,NTV が停車しないミラノ中央 値引き競争は両社の事業収益に影響を及ぼしている。 駅も含めて,NTV に対してもトレンイタリアと NTV は2013年に輸送人員620万人,売上高2億 同様の駅広告の掲示を認めること,また自動券売 4 , 600万ユーロを計上したが,7 , 700万ユーロの損 機やインフォメーションデスクの設置など,旅客 失が発生している。参入当初 NTV は,2014年ま サービスに必要最小限の設備の利用を認めるよう でに収支均衡を目指すと表明していたが,このよ に,FS に対して改善命令が出された。 うな状況の中で現在では,目標達成は不可能と予 なお FS グループがかつて,都市間輸送に参入 想されている。 した後に経営不振で撤退した新規事業者のアレー NTV では収益改善のために,メンテナンスを ナウェイズに対して,参入障壁にあたる差別的取 行うアルストムや車内ケータリングサービスのイ 扱いをしたとして,反トラスト当局は FS グルー ータリーといったサプライヤーとの契約を平均 プに罰金30万ユーロを課すことを決定した。 15%カットし,2016年までに6 , 800万ドルの経費 しかしその後,FS グループの上告を受けたラ 節減を達成することで利益を計上できる経営体質 ツィオ州地方行政裁判所は,当該案件は反トラス にすることを望んでいる。 ト当局の管轄ではなく,インフラ・運輸省傘下の 一方の FS は,2013年の純利益が5億ユーロに 鉄道サービス規制局の管轄であり,鉄道サービス のぼったと発表している。ただし,FS では事業 海外トピックス 131 運輸調査局 部門別の収支は公表していないため,高速鉄道部 EU は施策として国際旅客輸送の市場開放を進 門が利益を計上しているかについては明らかでは めており,ヨーロッパの他の国や国際区間の高速 ない。旧国鉄時代から地域輸送を担っていた FS 鉄道においても,今後競争が行われる可能性はゼ は,非採算部門の地域輸送事業を補填するために, ロではない。その際,上記で紹介した問題は,今 2012年に年間76億ユーロの補助金を国から受給し 後他国においても同様に争点になり得ると考えら ており,これはヨーロッパ諸国平均の2倍の水準 れる。 とされる。 地域輸送のために支給された補助金については, 他の目的に転用することは認められていない。し かしながら FS が事業別の区分会計を公表してい [参考文献] [1]‘Autorità Trasporti avvia Procedimento per adottare Misure di Regolazione necessarie a ないため,高速鉄道の価格競争で安くなった運賃 garantire condizioni di accesso eque e non を補填するために,内部補助によって FS の補助 金が使われているのではないかと,NTV の側で は疑念を抱いている。 discriminatorie alle Infrastrutture Ferroviarie’ : the FS Group has abused its dominant position NTV は参入後,ローマにおいては中心駅のテ to promote Trenitalia by hindering NTV. ルミニ駅ではなく,高速鉄道のハブ駅として整備 Procedure resolved in view of reports received されたローマのティブルティーナ駅とオスティエ ンセ駅を停車駅として使用してきた。オスティエ by the competitor’ : launches-investigation-to-find-out-if-the-fs- トランなどの集客施設が地域の活性化にも資する group-has-abused-its-dominant-position-to- こととなったが,ティブルティーナ駅は整備工事 promote-trenitalia-by-hindering-ntv-procedure- 中に発生した火災の影響で,駅完成後も商業施設 いなかった。この点についても NTV は,駅のマ resolved-in-view-of-reports-received-by-thecompetitor.html [3]‘ F S (S t a t e R a i l w a y s) G r o u p a b u s e d i t s dominant position to hinder Arenaways’ ネジメントに非効率があったと申し立てている。 なお NTV は,利用者の利便性を考慮して,参 入当初は運行していなかったテルミニ駅に,2014 年6月から乗り入れを開始し,上下1日2本ずつ 停車するようにしている。 おわりに http://www.agcm.it/en/newsroom/pressreleases/ 2058 -a 443 -rail-transport-antitrust- ンセ駅には高級食材店イータリーが入居し,レス の入居が遅れ,駅としての十分な機能を果たして http://www.autorita-trasporti.it/comunicato- 17 / [2]‘Antitrust launches investigation to find out if access to the passenger rail market’ : http://www.agcm.it/en/newsroom/pressreleases/ 2008 -a 436 -rail-transport-fs-staterailways-group-abused-its-dominant-position-tohinder-arenaways-access-to-the-passenger-railmarket.html [4]‘L’ Antitrust alle Ferrovie:più spazio alla pubblicità di «Italo»’ , Corriere della Sera(電子 版), 2014年3月12日付記事 高速鉄道への新規参入によって,イタリアでは 競争の発生の結果として利用者には運賃低下とい [5]‘Fs, Il Tar annulla le multe per abuso di posizione dominante chieste da Arenaways’ , la Repubblica(電子版),2014年3月28日付記事 う便益をもたらしたが,一方で事業者間の係争の [6]‘Trenitalia vs. Italo, in privato si tratta per la 発生や,事業収支に価格競争の影響があらわれて tregua’ , l’ Espresso(電子版), 2014年3月31日付 いることなどを紹介した。 132 運輸と経済 第 74 巻 第 8 号 ’ 14 . 8 記事
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