1-1 1. はじめに 1.1. 大学の学びの現状 アメリカの高等教育研究者である

1. はじめに
1.1. 大学の学びの現状
アメリカの高等教育研究者であるマーチン・トロウは著書「高学歴社会の大
学: エリートからマスへ」(天野郁夫,喜多村和之訳,東京大学出版会,1976)
において、高等教育の性質の変化と該当年齢人口に占める大学在籍率とを関連
づけ、高等教育システムの段階を、1) エリート型(15%以下)、2) マス型(15~50%)、
3) ユニバーサル・アクセス型(50%以上)、の3段階に分類した。
平成 22 年 8 月 5 日公開の、文部科学省/平成22年度学校基本調査の速報に
よると、大学の学生数は、前年度より 3 万 2 千人増加して、255 万 9 千人と過
去最高となった。このうち女子は 107 万 8 千人で、その占める比率(42.1%)
も過去最高である。また、平成 22 年 3 月の高等学校卒業者数 107 万 1 千人のう
ち、大学等(大学学部、短期大学本科、大学・短期大学の通信教育部、大学・短
期大学の別科、高等学校専攻科、特別支援学校高等部専攻科)への現役の進学率
は、前年度より 0.5 ポイント上昇して、54.4%と過去最高となった。
文部科学省
平成22年度学校基本調査(速報)
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日本における大学進学率の変遷を鑑みると、1960 年以前がトロウ・モデルの
エリート型、1960~2010 年の 50 年間がマス型、そして 2010 年からがいよいよ
ユニバーサル・アクセス型の時代に対応するのであろう。1960~2010 年の拡大
期も一辺倒に大学進学率/在籍率が上昇したわけではなく、細かくみると、1)
1960~1970 年代中旬の拡大期(15~30%)、2) 1970 年代中旬~1990 年頃の調整期
(約 30%から微減)、3) 1990 年前半~2010 年の拡大期(30%~50%)の時期があ
る。これらは、第1次および第2次ベビーブームによる 18 歳人口の急激な変化
や、日本の高度成長期、さらにはバブルの崩壊とそれに引き続く失われた10
年など、多くの要因が関連している。こうした変化のなかで、18 歳人口がピー
クを迎えた 1992 年以降、子どもの数は急激な減少を続けている一方、大学の数
は平成 22 年段階で 778 校(国公私立合計)と、10 年前の平成 12 年度(649 校)
と比べても 130 校以上も増加しており、日本における高等教育システムはユニ
バーサル・アクセス時代に突入した。
1.2. インターネット時代の学びと図書館の役割
「情報リテラシー」という言葉はすでに一般化している。リテラシーとは本
来、
「読み書き能力」という意味だが、
「情報」の「読み書き能力」、つまり、
「コ
ンピュータを操作して、目的とする作業を行い、必要な情報を得ることができ
る知識と能力」とされている。インターネットの普及とともに、ほとんどの人
が持つようになった携帯電話は、今では音声通話以外にネット端末として利用
されることが多くなってきた。それにともない、スマートフォンの普及も加速
している。このような状況下では、あふれかえる情報から必要なものを的確に
セレクトし整理する能力、まさにリテラシーの能力が以前にも増して求められ
るようになってきている。そのような能力の習得は、学習が「知の伝達」から
「知の創造/構築」へと変化してきていることの現れでもある。
大学図書館は、図書や雑誌など紙媒体の資料を収集し、整理し、提供するこ
とで学術研究を支援してきたが、インターネット時代の到来により、あるいは
大学のユニバーサル化により、その役割は大きく変わることとなった。ネット
ワーク環境が整えば、わざわざ図書館に出向かなくてもいつでもどこからでも
インターネットにアクセスして手軽に情報が入手できるようになったのである。
その結果、来館者は減少し、図書館という「場所」がどのように機能すべきか、
図書館員は危機感を抱くこととなる。
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また、大学のユニバーサル化により入学する学生が多様化したことから、双
方向、少人数制といった授業形態の変化、個人からグループへと学生自身の学
習スタイルにも変化がみられるようになった。
これらの変化にあわせて、大学図書館のサービスに対する姿勢も転換期を迎
えたように思われる。これまではどちらかというと利用者を図書館で「待ち」、
利用者からの要望に過不足なく的確に答えることが重要であった。しかし最近
は、図書館から積極的に働きかけるという意味での「攻め」の姿勢が強くなっ
てきているといえるのではないだろうか。その例としては、機会をみつけては
さまざまな場面で図書館サービスをアピールする、教員と連携して情報リテラ
シー講習会を実施する、図書館の利用案内が授業の一コマとして組み込まれる、
あるいは図書館をイベント開催の場とするといったことがあげられるであろう。
学生への学習支援サービスも「攻め」の姿勢から生まれたといえるのではない
だろうか。
もともと図書館職員はサービス精神が旺盛である。調べ方がわからない、探
している資料が見つからないといったレファレンスを受けると、嬉々として調
査にあたる。あまりにはりきり過ぎて利用者である学生がしらけてしまうこと
もあるほどである。しかし、真摯にサービスを提供しようという図書館職員の
熱意は伝わり、
「困ったときには図書館に行けば案内が受けられる」という意識
は持ってもらえるようである。その結果、図書館には多彩な要望が寄せられ、
期待に答えたい図書館職員からは改善計画が出てくるという相乗効果が見られ
ることになる。もちろん、図書館が常に理想的に運営されているわけではなく、
入館者数の減少、読書離れ、スペースの不足、書庫スペースの狭隘、人手不足
によるサービスの低下などなど悩みは尽きない。ただ、利用者に最善のサービ
スが提供できるよう心をくだくばかりなのである。
短期大学の教育は「研究」よりはむしろ「学習」に重きがおかれていること
もあり、図書館にも短期大学らしい役割が求められている。その点からも、学
習に必要な支援がすべて図書館で受けられるという新しいサービス「ラーニン
グ・コモンズ」
「インフォメーション・コモンズ」の機能や考え方は、利用者に
は容易に受け入れられるであろう。ただし、図書館がめざすサービスの方向性
が利用者に正しく届き、ねらい通りに利用されるかどうかについては、図書館
運営において試行錯誤を重ねてゆく必要があると考えている。
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1.3. PBL とは
PBL(Project/Problem-Based Learning)とは、和訳すると「課題/問題解決
型学習」という意味である。元々は 1960~1970 年代、日進月歩する医学・生物
学の成果に対応するために米国において始まった医学教育の取り組みが起源と
される。
その背景として、近年では、医学系のみならず理工系など様々な分野で高度
な専門知識が必要とされるだけでなく学際化によって知らなければならない分
野も多岐に渡るようになった。しかし、従来のように講義・演習を主体とし、
学問体系を基礎から積み上げながら指導する伝統的な教育方法では、教育内容
の高度化・多岐化に対応することが難しく、学生も本来の目的を見失い学習意
欲も低下するという結果となりつつあった。
その一方で、インターネットの普及によって、伝統型の教育において重要な
位置を占めていた事実的な知識や体験情報等の取得という知識伝達的な学習作
業は飛躍的に容易になった。このような知識伝達の低コスト化によって、大学
教育を取り巻く環境が、ボトムアップ的な事実を積み重ねながら知識を体系づ
ける教育手法のみに頼る状況から、目的に応じて必要な知識・技術を取捨選択
しつつ知識を体系づけるトップダウン的なアプローチが可能な状況へと変化し
ていった。
このような大学を取り巻く変化の中で、具体的な課題を設定し、その課題を
解決するという目的に向かって学生を指導することで、学生は主体的に積極的
に問題に取り組み、その中で、知識を体系的に身につけるための方法を修得さ
せるという教育手法が PBL である。
典型的な実施方法としては、学生は少人数のグループに分かれ、グループご
とに与えられた課題について、メンバー同士がコミュニケーションしながら主
体的に取り組んでいく形態をとる。課題を具体的なものとすることで、学生の
学習意欲を高め、積極的に課題へ取り組ませることで、従来の講義・演習では
修得が難しい問題発見・解決能力などの実践的な力を身につけることが可能と
なる。ただし、PBL だけでは構築が難しい知識体系もあるのは事実である。そ
のような知識体系については、既存の講義・演習などの科目を通じて身につけ
る必要があり、従来型の講義・演習と PBL の有機的な連携がこれからの大学教
育において求められていると思われる。
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