青森臨産婦誌 症 例 腹腔鏡下卵管切除後に血中 hCG の再上昇を来した卵管妊娠症例 弘前大学医学部産科婦人科学教室 福 井 淳 史 ・ 藤 井 俊 策 ・ 水 沼 英 樹 A Ca seofPer s i s tentEc top i cPregnancya f terLaparoscop i cSa l p ingec tomy At sush iFUKUI, ShunsakuFUJ I I, Hi dek iMIZUNUMA Depar tmentofObs tetr i csand Gyneco l ogy, Hi rosakiUniver s i tySchoo lofMedi c ine ながら性交のタイミング指導を 6 ヶ月間行う は じ め に も妊娠にいたらず,平成 7 年 6 月 6 日に当科 近年,子宮外妊娠に対する保存手術が数多 を受診した。 く行われるようになるとともに,術後の尿中 診察所見 あるいは血中hCG の低下が遷延したり,あ 身長:151 cm,体重:40 kg る い は 再 上 昇 す る い わ ゆ る persistent 外陰部所見:正常 ectopic pregnancy(PEP)の報告例も少なか 内診所見:子宮は正常大,付属器は正常 らず認められるようになってきた。PEPは, 乳房:正常 卵管切開術や卵管開口術などの子宮外妊娠に 検査所見 対する保存的手術の後に,子宮外妊娠が持続 末梢血・生化学一般:正常 して起こっている状態と定義され,開腹手術 基礎体温: 2 相性 の場合で 3 ∼ 5 %,腹腔鏡手術の場合で 3 ∼ HSG:子宮腔容量は 4.0 ml,前傾前屈で形状 20 %に認められると報告されている 1)2)。私 は正常。両側卵管の通過性は認められるもの たちも今回,卵管妊娠に対する腹腔鏡下卵管 の,左卵管采周囲癒着あり。造影剤注入時に 切除術後に血中hCG の再上昇を来したPEP 腹痛,抵抗が認められた。 の症例を経験したので,若干の文献的考察を 精液検査:総精子濃度 40 × 106/ml,運動率 加え報告する。 50 %,奇形率 63 % 性交後試験:正常 症 例 LH-RH test:基礎値;LH : 12.8 mIU/ml, 患者:32 歳,店員 FSH : 7.7 mIU/ml,反応;LHの過剰反応が認 主訴:挙児希望 められPCO pattern 月経歴:初経 12 歳。月経周期:34 日型,整 TRH-test:正常 順。持続期間:7 日間,過多月経(+) ,月経 月経血培養:陰性 困難症(+) 子宮内膜日付診:正常 妊娠分娩歴: 0 妊 0 産 家族歴・既往歴:特記すべきことなし 発症までの経過 現病歴: 8 年間の原発性不妊を主訴として前 検査結果より卵管性不妊の診断にて卵管通 医を受診し,クエン酸クロミフェンを投与し 水治療を施行。平成 7 年 7 月 10 日を最終月経 ― 44 ― 第 17 巻,2002 年 青森臨産婦誌 図 1 術前経腟超音波断層法像 右卵管膨大部(子宮外妊娠部) 左卵管水腫 図 2 腹腔鏡所見 として妊娠が成立した。妊娠周期の卵管通水 では腹痛が強く 5 ml しか注水できなかった。 腹 腔 鏡 所 見 その後,8 月 22 日(妊娠 6 週)に腹痛と性器 腹腔内出血は少量のみで,右卵管膨大部が 出血があり来院。その際頸管内より胎嚢様の 約 2 cm 大に腫大しており未破裂であった。 組織が脱出しているのが認められ,また腟内 右卵管は峡部から膨大部にかけて卵巣との間 にも出血が認められた。経腟超音波断層法に にフィルム状の癒着を認めた。左卵管は膨大 ても子宮内に胎嚢は認められず,また両側附 部で水腫を形成していた。左卵管膨大部から 属器にも異常腫瘤は確認できなかったため不 末梢は卵巣を包み込むように癒着しており, 全流産の診断にて子宮内容除去術を施行し, 卵管采部は確認できなかった(図 2 ) 。 子宮外妊娠も念頭におきながら経過観察する 右卵管間膜を卵管に沿って癒着組織を含め こととなった。8 月 25 日(妊娠 7 週)の経腟 て子宮側まで切離し,エンドループをかけて 超音波断層法(図 1 )にて右附属器に卵黄嚢 卵管峡部を結紮し卵管を切除した。切除した を伴う胎嚢を確認し,右卵管妊娠の診断にて 卵管は穿刺部位を約 10 mm に拡張した後に腹 腹腔鏡下卵管切除術を施行した。なお,子宮 壁外へ引き出したが,その際卵管采から組織 内容除去術で得られた検体の病理組織検査で の一部が腹腔内へ落下した。これを把持鉗子 は脱落膜のみで絨毛は認められなかった。 を用いて除去を試みたが一部しか回収できな ― 45 ― 第 17 巻,2002 年 青森臨産婦誌 図 3 摘出標本 図 4 治療経過と hCG の推移 かった。腹腔内を洗浄した後,通色素試験を 行ったが,右卵管切除断端と左卵管からの色 退院後の経過 素の流出は認められなかった。 術前後の血清hCG 値の推移を図 4 に示す。 摘出組織の肉眼所見を図 3 に示す。肉眼 手術後いったん低下したhCG 値は術後 2 週 上,子宮外妊娠部は約 2 cm であった。病理組 間目でhCG = 1,381 IU/L, β-hCG = 2,338 織検査では摘出卵管内に多数の絨毛を認め IU/L と再上昇が認められた。さらにその 6 た。またトロホブラストの異型増殖はなく, 日後に hCG = 3,510 IU/L,β-hCG = 2,476 悪性所見は認められなかった。その後,患者 IU/L とさらに上昇が認められたため絨毛の残 は術後経過良好にて術後 4 日目に退院となっ 存ないしは続発変化が考慮され MTX 20 mg を た。 5 日間筋肉内投与した。その後順調にhCG, および β-hCG 値は低下し,術後 47 日目に は正常レベルまで低下した。 ― 46 ― 第 17 巻,2002 年 青森臨産婦誌 表 1 子宮外妊娠卵管保存手術の適応 1. 腫瘤径が 7 cm を超えないもの( 5 cm 以下が望ましい) 2. 挙児希望のあるもの 3. 子宮外妊娠部が未破裂であるもの 4. 胎児心拍の認められないもの 5. 子宮外妊娠を反復していないもの 6. 妊娠週数が 10 周未満のもの 性は否定された。PEPの際はその治療と子 考 察 宮外妊娠部を特定するためにも second-look 近年,経腟超音波断層法の普及により,未 laparoscopy の施行が望ましいとする報告 6) 破裂の状態で子宮外妊娠が発見されることが もある。また,今回我々が行ったようにPEP 多くなってきた。このため子宮外妊娠の保存 に対して MTX 治療を行った後に腹腔内出 療法が行われる機会も増加している。保存療 血を起こした症例も報告されている。 法は大きく手術療法と薬物療法に分けられる PEPの診断に際しては,hCG 値の推移を が,保存的手術の適応として表 1 のようなも もとにいくつかの基準が提唱されている。 のがあげられる 3)4)。妊娠週数は 10 週未満と Vermesh ら7)によれば,PEPでは術後 6 日目 されているが,これは妊娠週数が進むにした 以降に血中 β-hCG 及び progesterone が上 がい着床範囲が広範囲となり,温存する卵管 昇し, 12 日目までに β-hCG が術前値の 10 % 総長が 4 cm 未満となる可能性が高く,卵管切 以下にならないときはPEPとしてよいとし 開,卵管切除の範囲が全卵管の 6 割以上とな ている。また Lundorff 8)らによれば,術前血 り卵管形成後の妊孕性を著しく低下させる可 中hCG 値が 3,000 IU/L 以上の例では追加治 能性があるためである。 療を必要とした頻度が高いとし,さらに術後 PEPは,卵管切開術や卵管開口術などの保 7 日目のhCG 値が 1,000 IU/L 以上の場合に 存的外科手術を行った後にも,子宮外妊娠が はPEPの頻度が高いとしている。一方,術 持続的に起こっている状態と定義される。そ 後 7 日目における尿中hCG の減少率が 50 % の原因としては,当初の手術では血塊と胎芽 未満の時には,PEPとして追加治療をした方 の成分を取り除いているだけで,絨毛成分は がよいとする報告 9)もある。 卵管の手術部位よりも子宮側に存在するた 最後にPEPを予防するための今後の対応 め発生とする説,腹膜への残存絨毛の移植 であるが,初回手術時には子宮外妊娠部を特 により発生するとする説などが報告されて 定した上で十分な絨毛組織を除去すること, いる 1)5)6)。今回の我々の症例では保存的手術 子宮外妊娠部摘出の際にはバッグなどを使用 が行われなかったため厳密にはPEPにはあ し絨毛組織の腹腔内撒布が起こらないように てはまらないが,臨床的にはPEPと同じ状 することが必要であると思われる。さらにPEP 態となった。その原因としては,切除部位よ と診断された後には,子宮外妊娠存続部を特 りも子宮側に絨毛が残存した可能性,卵管摘 定するためにも second-look laparoscopy を 出の際に腹腔内に落下した組織が腹膜や腸管 施行することが望ましいと思われる。 に生着してしまった可能性が考えられる。ま 文 た,絨毛の悪性化などの続発変化も考えられ るが今回の症例は病理学的に否定的であるこ と,また MTX 投与後に急速なhCG の低下 献 1. David B. Seifer et al.: Persistent Ectopic Pregnancy Following Laparoscopic Linear Salpingectomy. Obstet Gynecol. 1990; 76: がみられたことなどにより結果的にその可能 ― 47 ― 第 17 巻,2002 年 青森臨産婦誌 1121-1125 2. David B. Seifer et al.: Comparison of Persistent Ectopic Pregnancy After Laparoscopic Salpingectomy Versus Salpingostomy at Laparotomy for Ectopic Pregnancy. Obstet Gynecol. 1993; 81: 378-382 3. 吉田英宗,深谷孝夫:子宮外妊娠の診断法,産婦 人科の実際,1996;45:405-409 4. 明楽重夫,村田知昭,茆原弘光他:子宮外妊娠の 卵管保存療法,産婦人科の実際,1996;45:423-428 5. Richard J. Stock: Persistent Tubal Pregnancy. Obstet Gynecol. 1991; 77: 267-270 6. Harry Reich et al.: Peritoneal trophoblastic tissue implants after laparoscopic treatment of tubal ectopic pregnancy. Fertil Steril. 1989; 52: 337-339 7. Michael Vermash et al.: Persistent tubal gestation: patterns of circulating β- human chorionic gonadotropin and progesterone, and management options. Fertil Steril. 1988; 50: 584-588 8. 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