刑法各論の基礎 25 memo/notes 個人的法益に対する罪 人の自由に対する罪(1) 07 行動の自由・意思決定の自由 法益主体 = 個 人 ⇒ 人の生命・身体に対する罪 人の自由に対する罪 生活の平穏に対する罪(プライバシーに対する罪) 名誉・信用に対する罪 財産に対する罪 到 達 目 標 □逮捕監禁罪の保護法益は何か。どういう事例において保護法益が問題となるのか。 □逮捕監禁罪は、状態犯か、それとも継続犯か。また、逮捕行為と監禁行為は、どのような関係に立つのか。 □被害者に行動能力・意思能力は必要か。 □被害者に身体活動を拘束されていることについての認識が必要か。 □逮捕監禁罪における被害者の承諾は、犯罪の成立にどのような影響を与えるのか。 □脅迫罪・強要罪の保護法益は何か。 □脅迫の対象は、自己または親族に限定されるのか。 □法人に対して、脅迫罪の成立が認められるか。 □略取誘拐罪の保護法益は何だと考えられるのか。 □略取行為の意義、誘拐行為の意義を整理しなさい。 1.自由に対する罪の類型 自由:人間としての自然的・社会的生活にとって不可欠な要素。 ①移動の自由:逮捕監禁罪(刑法 220 条-221 条) ②意思の自由:脅迫罪(刑法 222 条)、強要罪(刑法 223 条) ③行動の自由:略取、誘拐及び人身売買の罪(第 33 章:刑法 224 条-229 条) ④性的自由:強制わいせつ罪(刑法 176 条)、強姦罪(刑法 177 条)ほか ⑤社会活動の自由:信用毀損・業務妨害罪(刑法 233 条・234 条の 2) 2.逮捕監禁罪(刑法 220 条-221 条) 【設例】Xは、13 歳の少女Aを姦淫しようと考え、入院中であるAの母親Bのところへ連れて行って やると騙してAを自動車に乗せた。途中で、病院とは別の方向へ進んでいることに気付いた Aが、車を止めて降ろしてくれと再三にわたりXに頼んだが、Xはその要求を無視して自動 車を疾走させた。しばらくして、目撃者の通報により行われていた検問でXの運転する自動 車は停車させられ、Aは救助された。 Xの行為について何罪が成立すると考えられるか(なお、特別法違反の関係を除く。)。 2.1.保護法益(自由の意義) 人の身体活動の自由。人の身体的移動・行動の自由を保護。 (a)現実的自由説: (b)可能的自由説(判例・通説) : 2.2.法的性質 継続犯。逮捕監禁行為が確実に人の身体の自由を拘束したと認 められる程度の時間の継続を必要とする(大判昭和 7 年 2 月 29 日・刑集 11 巻 141 頁) 。 刑法各論の基礎 26 memo/notes 2.3.客体 人=行為者以外の自然人。 (1)行動能力(行為能力の要否) 【設例】Xは、生後 2 か月の乳児Aが寝ている部屋をそっと施錠して、Aを閉じ込めてしまった。X の行為は逮捕監禁罪を構成するか。 行動能力(行為能力)=単純に行為する能力 ≠民法上の行為能力。 事実上の行動能力があれば本罪の客体となる。 (2)意思能力の要否 【設例】Yは、熟睡しているBが寝ている部屋を外から施錠して出られなくしてしまった。しばらく してBが目を覚まし、部屋から出られなくなっているのを知って、「出してくれ」と大声で 叫んでドアを叩いた。Yの行為は、どの時点から逮捕監禁罪を構成するか。 (a)意思能力不要説(判例・通説:曽根威彦) : 被害者に意思能力は不要(京都地判昭和 45 年 10 月 12 日・ 刑月 2 巻 10 号 1104 頁) 。 (b)意思能力必要説(有力説:川端博・前田雅英) : 被害者には意思能力が必要。 (3)身体活動を拘束されていることについての認識の要否 【設例】行為者Xは、13 歳になるAを母親Bのところへ連れて行ってやると騙して車に乗せ、途中で 様子が変なことに気づいたAが停止を要求したにも関らず、これを無視して疾走した。Xの 罪責はどうか。 (最二小決昭和 33 年 3 月 19 日・刑集 12 巻 4 号 636 頁参照) (a)認識不要説(判例・通説) : 最二小決昭和 33 年 3 月 19 日・刑集 12 巻 4 号 636 頁 (b)認識必要説(有力説:西田典之・前田雅英) : 2.4.逮捕監禁罪(刑法 220 条) (1)逮捕・監禁の意義 逮捕:人の身体を直接に拘束して自由を奪うことをいい、その 方法の如何を問わない。自由の束縛は、多少の時間継続 することが必要である。 ①有形的方法: ②無形的方法: 監禁:人の身体を間接的に拘束してその身体活動を奪うことで あり、人が一定の区画された場所から脱出することを不 能または著しく困難にすることをいう。 ①有形的方法: ②無形的方法: 刑法各論の基礎 27 memo/notes ※逮捕と監禁の関係:逮捕行為後の監禁行為は包括一罪。同一 構成要件内の行為態様の違い。 (2)逮捕監禁行為の違法性( 「不法に」の意義) (a)違法要素説(通説) : 違法性の一般原則を注意的に規定したもの。 (b)構成要件要素説(藤木英雄) : 適法行為による場合には、 「不法」ではないので構成要件該 当性が否定される。 (3)逮捕監禁の承諾 【設例】接客婦として雇い入れた被害者Aが逃げ出したので、行為者Xは、これを連れ戻そうと考え て、入院中である被害者の母親Bのもとに行くのだと騙して、あらかじめ自宅まで直行する よう言い含めて雇ったタクシーに乗り込ませ、自分もこれに乗り込んで自動車を疾走させ た。Xの罪責はどうか。 (最二小決昭和 33 年 3 月 19 日・刑集 12 巻 4 号 636 頁参照) 逮捕監禁行為に対する被害者の承諾に瑕疵がある場合。 行為の適法性を基礎づける事実を誤信した場合には正当化事由 の錯誤の問題。 (a)本質的錯誤説(判例・通説) : (b)法益関係的錯誤説: (4)罪数 人を逮捕し、 引き続いて監禁した場合には単純一罪が成立する。 複数人を逮捕・監禁すれば、被害者各人について犯罪が成立し 観念的競合の関係。 2.5.逮捕監禁致死傷罪(刑法 221 条) 【設例】行為者Xは、海を見に行こうと騙して被害者Aをオートバイの後に乗せて疾走していたが、 途中で様子が変なことに気づいたAが停止を要求して暴れたため、オートバイから転落し、 頭部を強打して死亡した。Xの罪責はどうか。 逮捕監禁罪の結果的加重犯である。死傷結果が、逮捕監禁行為 自体から、または逮捕監禁の手段としての行為から発生したこと が必要である(手段性説) 。⇔機会説? 3.脅迫罪(刑法 222 条)・強要罪(刑法 223 条) 3.1.保護法益 (1)脅迫罪の保護法益 (a)意思決定の自由に対する危険犯(判例・通説) : 害悪が相手方に知らされれば既遂に達する。脅迫罪の成立 には、現実に恐怖心が生じたことまでは必要ない。 (b)個人の私生活の平穏または法的安全感(有力説) : (2)強要罪の保護法益 意思決定の自由または意思実現の自由。 刑法各論の基礎 28 memo/notes 3.2.脅迫罪(刑法 222 条) (1)脅迫の意義 脅迫:一般通常人を畏怖させる程度の害悪を告知する行為。 ①脅迫の対象:自己(1 項)または親族(2 項)の生命・身体・ 自由・名誉・財産(限定列挙) 。 (a)限定説(判例・通説) : 自己(被害者本人)と親族に限定される。 (b)拡張説: 内縁関係にある者や法律上の手続を完了していない養 親子関係にある者も「親族」に含まれる。 ②害悪の内容:客観的に、人を畏怖させるに足りる程度のもの。 現に恐怖心を生ずることまでは不要(危険犯) 。害悪の発生が 何らかの形で行為者によって可能なものとされうること(告 知者の左右し得る害悪) 。 ③告知の方法:言語によるほか、動作で脅すことも含まれる。 (2)脅迫の客体 自然人。法人については、意思決定の自由または意思実現の自 由を認めることができない(大阪高判昭和 61 年 12 月 16 日・高刑 集 39 巻 4 号 592 頁) 。 3.3.強要罪(刑法 223 条) 脅迫または暴行を用いて、他人に義務のないことを行なわせ、 または権利の行使を妨害する行為を内容とする犯罪である(刑法 223 条 1 項・2 項) 。 (1)法的性質 結果犯(⇔危険犯:脅迫罪) 。 ∴未遂罪を処罰(刑法 223 条 3 項) 。 (2)強要行為 ①脅迫・暴行:脅迫または暴行を手段とする。脅迫行為による 場合が典型。暴行行為も含む(広義の暴行) 。 ②「義務なきこと」と「行なうべき権利」:法的義務があって も脅迫・暴行をもってその履行を強制することは許されない。 (3)未遂罪 ①暴行・脅迫が未遂の場合を含む(判例・通説) 。 ②脅迫罪との区別。故意が強要罪であれば、強要罪。 ③脅迫を加えたところ、被害者が哀れに思って義務なき事を行な った場合。 (4)罪数関係 逮捕や監禁、強制わいせつ、強姦、恐喝、強盗などの犯罪が成 立する場合に、その過程で強要行為が行なわれても、強要罪は独 立に成立しない(法条競合) 。 刑法各論の基礎 29 memo/notes 4.略取誘拐罪(刑法 224 条-229 条) 略取誘拐罪(拐取罪)は、暴行・脅迫または欺罔・誘惑を手段 として、人を現在の生活環境から離脱させて、自己または第三者 の実力支配内に移す行為を内容とする犯罪である。 4.1.保護法益 (a)被拐取者の自由(木村亀二・佐伯千仭・香川達夫・内田文昭・前田雅英) : もっぱら略取または誘拐される者、すなわち被拐取者の自 由を侵害することである。 (b)被拐取者の自由+保護環境における安全(井田良) : 被拐取者の自由に加えて、保護された環境における安全も 含まれる。 (c)人的保護関係の侵害(小野清一郎) : 自由の侵害を伴うが、より基本的なのは人的保護関係の侵 害である。 (d)被拐取者の自由及び親権者等の保護監督権(判例・通説: 団藤重光・藤木英雄・平野龍一・川端博) : 被拐取者の自由が保護法益であるが、被拐取者が未成年 者・精神病者である場合には、親権者等の保護監督権(監 護権)も法益に含まれる(大判明治 43 年 9 月 30 日・刑録 16 輯 1569 頁) 。 4.2.略取・誘拐の意義 略取および誘拐は、いずれも、他人を現在の保護されている生 活環境から不法に離脱させて、行為者または第三者の実力的支配 内におく行為である。略取と誘拐は手段を異にする。 略取:暴行・脅迫を手段とする。 誘拐:欺罔・誘惑を手段とする。 参考文献(より詳しく学びたい人の為に) □松原芳博「(ロー・クラス 刑法各論の考え方 6)自由に対する罪(1)」『法学セミナー』57 巻 4 号(2012.04)148-154 頁。 □松原芳博「(ロー・クラス 刑法各論の考え方 7)自由に対する罪(2)」『法学セミナー』57 巻 5 号(2012.05)110-116 頁。 □佐伯仁志「(刑法各論の考え方・楽しみ方 6)逮捕・監禁罪」『法学教室』360 号(2010.09)100-108 頁。 □山口厚「自由に対する罪(犯罪各論の基礎 4)」『月刊法学教室』203 号(1997.08)74-81 頁。 □山中敬一「行動(精神)の自由に対する罪(リレー連載・刑法各論 5)」『法学セミナー』37 巻 10 号(1992.10)98-103 頁。
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