ていとうとう 抵当湯(傷寒論)

傷寒・金匱方剤解説 188 てー2
方剤名
傷寒論・金匱要略条文
音順
てー2
抵当湯
生薬構成 および製法・服用方法
読み および解訳・その他
水蛭(鹹平)1.8g・虻虫(苦微寒)2g・桃仁(苦平)2.4g・大黄(苦寒)3g
上の 4 味を末として、水 200mlを以て煮て 120mlとなし、滓を去り 40mlを温服する。
もしも 40mlを服用して下らない者は、時間を置いて(4、5 時間)再び 40mlを温服する。
弁太陽病脈証併治中第六第 101 条(傷寒論)
「太陽病 6、7 日、表証乃ち在り、脈微にして沈、反って結胸せず。其の人発狂する者は熱下焦に在るを以て、少腹当に硬満すべし。小便自
利する者は血を下せば乃ち癒ゆ。然る所以の者は太陽隨経、瘀熱裏に在るを以ての故也。抵当湯之を主る。
」
すなわ
かえ
あ
もっ
まさ
くだ
しか
ゆえん
つかさど
乃 ち、反って、在る、以て、当に、下せば、然る所以の、 主 る
解訳 太陽病で 6、7 日経って、表証が相変わらずあり、脈を診てみると微かで沈んでいて、胸に熱が結ぼれずに、病人が気狂いの様
になる者は、熱が下焦にあるのである。そうすると当然下腹部が硬くなって、一杯に張っているはずである。それで小便がよく
出る者は、下血すると癒えるのである。こうなった理由は、太陽にある邪が経に随って滞りを生じて、瘀熱が裏にあるためであ
る。この様な場合には、抵当湯が主治する。
太陽病に罹って 6、7 日経って、もし表邪が存在すれば脈は浮のはずである。脈は微、脈沈は、表の邪熱は残っているけれど
も、大半は裏に入ったことを意味する。その場合には、胸中に熱が結ぼれて結胸を起こすはずであるのに、結胸を生ずる程の
体力が無い。そのために内に入った邪熱は、上焦、中焦には無く、また痰飲と結び付くことも無く、太陽の経脈を伝わって下
焦に入り、邪熱が下焦で血と結び付いて、瘀血証(太陽蓄血証)となったもので、下焦の瘀血のために少腹鞕満が現われる。
また瘀血による濁熱が上衝して、少陰の心を乱すと「心は血を主り、神を主る」作用が失調して、煩躁して、心神攪乱となり
発狂するようになる。下焦の瘀血(畜血)であり、蓄水では無いので小便はよく出る。この場合の瘀血は久しく結ぼれたもの
であるために、少腹鞕満や発狂などが現われているもので、少腹鞕満や発狂などの病状の程度は、熱が膀胱に結する桃核承気
湯証に比べて重い。故に抵当湯を用いて瘀を破り、熱を瀉して治すのである。
水蛭・虻虫は、虫類の破血薬で、性峻猛で充分に瘀血塊を破る。桃仁・大黄は、活血化瘀の作用を助け、陳旧血を除いて新
血を生じ、血熱を清瀉する。
抵当湯(丸)証
腹が張る、小便自利、大便が硬くて黒い、忘れっぽくなる、食欲は旺盛、口乾、月経不利などの症状があって、精神異常を
来たしたもの。
参考
太陽表証の邪気が、太陽の経脈を伝わって裏の下焦(膀胱)に入り、下焦で水と結ぼれると、膀胱の気化作用が失調して太
陽蓄水証となり、小便不利、口渇が現われる。この場合は五苓散・猪苓湯を用いる。同じく下焦で血と結ぼれると、瘀血と
なり、瘀血による瘀熱が上衝して心を攪乱するので、発狂状態を呈する太陽畜血証になるが、この場合は、膀胱の気化作用
は障害されないので小便自利となる。この場合は、軽症であれば桃核承気湯、症状が重ければ抵当丸・抵当湯を用いる。但
し抵当丸の方が抵当湯より作用が穏やかである。
抵当湯証
新古方薬囊によれば「下腹張りて、小便が近く、然も小便の出がよく、病人の気持ちが多少おかしくなり、つまらぬ言を口走っ
たり、或いは喋る事に前後のつじつまが合わぬ様なことがあったりする者。或は甚だ忘れっぽくなりて要領を得ず、或は無暗に
怒ったり、又は悲しんだりする者、忘れっぽくて大便の色黒き者、無暗に大食をしたがり幾ら食っても喰い足りない者。口や唇
のよく燥く者。腹が余り張っても居ないのに甚だ腹満を訴へる者など、本方の使用せんとする時の参考に供せらるべし。
」と記
されている。
抵当丸証
新古方薬囊によれば「熱のある病気を患っている内、急に下腹に張りを覚え、そして小便の出が反対に良くなった者、之は下腹部
に血が滞るとこういう證を生じ、其の滞った血が此の証を発した者が、則ち抵当丸を用ふるの證ということなり。或は月経が数
ヶ月も滞り、下腹部が張って苦しみ、小便の出が反って多い者もあり、本方は前の抵当湯より、病が一段軽きものと見て差し支
へ無かるべし。故に本方を用ふる場合、抵当湯の条文<弁太陽病脈証併治中第六第 102 条(傷寒論)>をよく読んで参考に供
せらるべし。
」と記されている。
弁太陽病脈証併治中第六第 102 条(傷寒論)
「太陽病、身黄、脈沈結、少腹硬く、小便不利する者は無しと為す也。小便自利、其の人狂の如き者は血証たるやあきらか也。抵当湯之を主
る。
」
つかさど
まさ
おう
かえ
まさ
くだ
主 る、応に、応ずべし、反って、当に、下すべし、
解訳 太陽病であっても、身体が黄色を帯び、脈が沈んで結である(結は動きが悪いという意味であろうといわれている。即ち沈んで
渋がっている)
。そして下腹部が硬く、小便の出の悪いものは、血の原因でその様になっているのでは無い。小便の出が良くて、
病人が狂人の様であるものは、血証であることが明らかであるから、抵当湯が主治する。
太陽蓄血証の重症の脈は、沈、微であるが、本条の脈は、沈、結にもなる。沈は、裏を表し、結は、気血が凝結して殆ど流れ
なくなった状態で、渋っている遅脈であり、下腹部鞕(満)がある。もし下腹部鞕(満)があって、小便不利で、黄疸を起こ
す場合は、瘀血(蓄血)の原因でそうなっているのでは無い。湿邪が尿から出ないで溜まり、肝胆の疏泄(気の流れ)を障害
したもので、これには、湿熱発黄と寒湿発黄がある。太陽蓄血証の重症では、下腹部鞕(満)の他に、黄疸が見られることも
あるが、これは下焦の瘀熱が上昇して、肝胆に影響して肝胆の疏泄(気の流れ)を障害して起こった瘀血(蓄血)発黄で、小
便自利して、湿の溜まりは無い。瘀血(蓄血)黄疸は、溶血性黄疸に相当し、黄疸の色は暗黄色で、尿の色は変化しない。こ
の条文では、瘀血が主に肝胆の方に影響して、心神を乱すことは少ないので、精神異常は軽くて済む。故に本条では「発狂者」
では無く、
「狂の如き者」になっている。瘀血証の瘀血発黄には、抵当湯を用いる。
参考 黄疸の治療法
湿熱黄疸には、茵蔯蒿湯・茵蔯五苓散を用いる(瀉下退黄法)
。
傷寒で湿熱が裏に欝積して生じた黄疸には、麻黄連軺小豆湯を用いる(解熱退黄法)
。
酒黄疸には、梔子大黄湯を用いる(清化退黄法)
。
寒湿黄疸には、茵蔯四逆湯を用いる(温化退黄法)
。
瘀血黄疸には、抵当湯を用いる(逐瘀退黄法)
。
瘀血のある慢性肝炎、肝硬変で黄疸のあるものには、抵当湯 +茵蔯五苓散とすればよい。
瘀血のある慢性肝炎、肝硬変で腹水、浮腫がある時には、抵当湯 +真武湯または苓桂朮甘湯とすればよい。
弁陽明病脈証併治第八第 58 条(傷寒論)
「陽明の証、其の人喜忘する者は必ず蓄血有り。然る所以の者は本久しく瘀血有るが故に喜忘せしむ。屎は硬しと雖も、大便反って易く、其
の色必ず黒きは、宜しく抵当湯にて之を下すべし。
」
しばしば
しか
ゆえん
もと
し
いえど
かえ
くだ
喜 忘する、然る所以の、本、屎は硬しと 雖 も、反って、下すべし
解訳 病状が、陽明の証を現している人が、たびたび物忘れをするものは、必ず身体に留められている血がある。その理由は、元々陽
明の証を現わす前から、古い瘀血が少腹にあるからである。だからよく物忘れをする。この場合には、大便が硬いけれど気持ち
よく排便する。そしてその色は必ず黒い。何がよいかと言えば、抵当湯が一番よいのである。
弁陽明病脈証併治第八第 79 条(傷寒論)
「病人表裏の証無く、発熱 7、8 日、脈浮数の者と雖も之を下す可し。もし已に下し脈数解せず、合熱する時は則ち消穀善飢し、6、7 日に至
るも大便せざる者は瘀血有り。抵当湯に宜し。
」
さく
いえど
くだ
べ
すで
げ
すなわ
数、 雖 も、下す可し、已に、解せず、 則 ち
解訳 普通の場合、脈が浮、数であれば、病邪が表にあって熱が表に集まっているので、下してはいけないはずであるが、病人で表証
も裏証も無く、熱を発して 7、8 日経っている場合は、陽明腑実証に傾いており、腹満、腹痛、便秘があるはずであるので、脈
が浮いて数の者であっても、下しをかけてもよいのである。もし前に下して、脈の数が治らず、陽明胃熱証となると、よく穀物
を消化して腹がすくのである。下してから 6、7 日になっても大便の出ないものは、瘀血を伴う陽明畜血証であるから、抵当湯
を用いるとよい。
参考 若し下して、熱の脈の数が取れないで下痢が止まらない場合には、熱が胃から腸に下降し、深く入ってしまって血熱が
生じ、血が腐敗して膿(粘血便)や血の混じった大便が出るようになる。これは血と熱との協熱下痢で、この場合は、
白頭翁湯を用いるとよいと思われる。
婦人雑病脈証併治第二十二第 14 条(金匱要略)
つかさど
また
」
「婦人経水利せざるは抵当湯之を 主 る。亦男子膀胱満急し瘀血有る者を治す。
解訳 婦人の経水(月経)が思う様に出ないものには、抵当湯が主治する。また男子で膀胱が張って詰まって、瘀血があるものを治す。
抵当湯の水蛭・桃仁で血の乾きを潤ほし、水蛭・虻虫で瘀血の塊を破り、血の滞りを良くして、大黄で裏熱を瀉下により取り
去る。