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「詩人空海・ことばに宿る魂」 : 日本的な美とは何か

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「詩人空海・ことばに宿る魂」
環境情報学部 4年
脇本厚司
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<日本的な美とは何か>
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5年度秋学期岡田隆彦研究会
はじめに
空海はその生涯のうちに全面的に把握することが困難であるほどの広汎多彩な社会
的あるいは文化的な活動を、密教の本質にもとづいて行った。彼の生涯を一通り振り
返ったとき、そこから特に自をひくと思われる特徴が浮かび、上がってくる。それは、空
海と彼自身が放ったことばとの深い深い結びつきである。それは彼がことばというも
のの持つ力、それは時としてなにものにも勝る強烈な光せを放ち、またそれは深く生
命の本質にまで突き刺さってくるものであるということを誰よりも敏感に感じとり、そ
れを我がものとし密教の本質としてとらえることを、また全人的行為の底流にある精
神の発現として駆使することを生涯を通して行ったということからもうかがえるので
ある。このレポ}トでは空海がその生涯において行った多彩な活動を顧みたとき、そ
こから読みとることのできる空海のことばの軌跡、さらにはそれが奇跡となり、それ
がことばに宿った魂の持つ生命に対する深い本質とどの様に密接にかかわり合ってい
るのかを、彼の文筆活動を中心に据えて見てみたいと思うのである。
『三教指帰 Jと『秘密憂茶羅十住心論 J、『秘蔵宝鎗 j を中
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それではこれから具体的に彼の生涯を見据えつつ、彼のことばにおける偉業の形跡
を辿ってゆきたいと思う。空海は宝亀 5年 (774年)に四国讃岐多度郡で生まれた。
父はこの地方の豪族の佐伯直田公、母は阿刀氏である。まず空海はこうした両親の間
に生まれ、教育を受けることのできる境遇にいると言うことが重要で、あろう。つまり
幼年時代から教育的な環境に恵まれていたと言うことである。
15歳の時、母方の叔父にあたる阿万大足に就いて学び、ついで大足にともなわれ
て京にのぼり、かれから論語・孝経・史伝など、および文章を学んだ。さらに 18歳の
酉浄成
時、大学の明経道に入学し、同郷讃岐出身の岡田牛養から佐氏春秋などを、味j
について毛詩・尚書を学び、また経史、仏書を研究した。このような文章を中心とし
た学聞を進めてゆくことは、後々の彼の文章におけるおびただしいまでの引用などを
見ればわかるように、空海の壮大な思想形成における文章の基礎を準備するのである。
それから 24歳の延暦 16年 (797) に至る間に、たまたまある一人の沙門から
「虚空蔵求問持法Jを授かった c これは「この真言百万遍を唱えれば、一切教法の文義
を暗記することができる」と説かれているものである。空海は大学を中途退学し、四
国の難所や近畿地方の古来の宗教的聖地を巡り歩き、言語に絶する修行を重ねたので
ある。こうした修行により得た肉体的感覚からくる厳しい精神の獲得、そしてそこか
ら導き出される彼の肉体と精神の不可分な要素を含んだ「ことばJは、そのころの思
想遍歴の自己体験をつづり、仏道に入る決意の表明として掲げられている彼の処女作
f
三教指帰 Jに集約されるのである。
これは 24歳の延暦 16年 (797) 12月 l日に完成したものであって、ドラマ
風に儒教・道教・仏教の三教を比較し批判しながら、宗教としての仏教の優れている
l
ゆえんを力強くすさまじい勢いをもって説いている O ここにおいては後に展開する密
教思想、の影響は認められていないが、これは空海のその後の生涯の方向を運命づけた
出家の書であり、またわが留における最初の総合的な思想批判書として注目すべき価
、
値のある作品である。そしてここに彼の後年における主著『秘密受茶羅十住心論 j と
その精髄を要約した「秘蔵宝鎗jにおいてみられる総合批判の精神の集大成の萌芽が
見受けられるのである。つまりこうした批判精神を携え求道する態度の原型が『三教
指帰 j に著されているのである。
『三教指帰 j は『文選jおよび『ネし記jの楽記などを範にとり六戦時代に流行した
四六勝健体の文章でつづってあり、日本人の作品としては日本漢文学史上における最
高峰と称されている本格的な漢文である。この作品におけることばの勢いというもの
はその文章のレトリックと切っても切り放せない関係にあるものである O その該博な
知識に後ろだでされてなされるおびただしい数の引用や、至極単純ながらもそれゆえ
人を納得させるに足る筋道を辿り、われわれはその空海のもつことばの世界に圧倒さ
れながらも引き込まれてゆく。ここで感じられるものは単に煩悩として否定しさるこ
との出来ない性欲の嫁きである。そこには空海のやむにやまれぬ性欲の光が燦然と輝
いているように思われてならない。それはただ単に余りに余った性欲をぶつけている
というようなことや、抑え切れぬ性欲の発露であるといったようなことではなく、の
ちに密教の体系の中に肯定的に吸収されることになる生命の根源的な力としての性欲
である。この作品にはそうした後の空海独自の密、教体系の前思想的な形にならないも
のが漂っているのは確かだろう。
では『秘密受茶羅十伎心論 j と、その精髄を要約した『秘蔵宝鎗j をみてみること
にしたい。われわれの心は限りなく展開し発展してゆく可能性を持っていることが知
られ、心の住するところは無量無数であるといい、仮にそれを十綱にまとめて示した
ものが十住心であると空海はいい、この体系は内なる心の世界の発達と外部の現象的
な思想体系の発展とのこの 2つが照応しているところに特徴を持つ。そしてそこで人
間の精神のさまざまな発達段階と、それにともなう人間の存在の多様なあり方は、宇
宙生命の秘密を見ることの出来る白からみると、すべて宇宙の霊格大日如来によって
説かれたものであり、そのどれもが第十住心の現象的な展開の諸相として、第十伎心
の内に包容されるものであり、それは真言密教に当たるのである c 真言の教えでは第
一住心の段階の人間が至高の自覚に到達することによって人間性を完成させることが、
究極の理想目標とされている。つまり即身成仏である。ここでは体のはたらき(身密)
と言葉のはたらき(語密)と心のはたらき(意密)を最高度に発揮するところに、宗
教的な人格が成就されるのである。
さてここまで見てきて、仏教における生命観というものを考えてみると、そこでは
生きとし生けるものすべての存在が平等であるとし、神々すらも迷いの輪廻の世界に
住するものであり、自覚的人間こそ至高に尊貴なものとするのである c 密教はそうし
た生命の神秘を芸術的表現によって象徴化し、全人格的行為によって宗教の世界に上
昇さるものである。そうしたものの結品とでもいうべきものが受茶羅で、あることは明
らかなのであるが、そうした生命の神秘を象徴するものが『秘密受茶羅住十心論 j に
おいて韻を踏んだ詩としてことばによってあらわされているのを見逃しではならない。
2
それはただ十心の各段階をまとめるといったかたちで著されているだけではなく、空
海自身が思想、と精神の苦悩とともに必然的に選択した生命の神秘の象徴的な表現なの
ではないだろうか。つまり生命の神秘というものを詩という言語芸術のかたちをとっ
て宗教の世界に昇華させたのではないだろうか。
『声字実相義 j から
そうしたことのみならず、空海のことばへの追究は f
声字実相義 Jにおいてもなさ
れている。そこで空海は「大日経 j からとられた韻文体の経文の解釈において顕教的
な解釈とは別に、密教的解釈を行い、そこで 1つ 1つの名、 1つ lつの成立、すな
わち句に、名に無限の意味を含んでいて、諸仏菩薩が無量の身雲を起こして、三世に
わたって、永遠に、 1つ lつの字義を説いても、なお、尽くすことが出来ない。まし
て、凡夫などにはとても理解できない意味を含んで、いる。 Jとしている。つまり空海は
大日経の多くの仏の語る言葉すなわち真言が「声」であり、そこに説く阿字などの字
門は「字」であり、諸尊の四相が「実相 Jであり、大日経の部分や全体だけではなく、
一字の中に声字実相の義を見るのである O
r
さいごに
真言は秘せられた言葉つまり秘密語である。真言密教は、このような秘密の言葉を
通じて仏世界に入ろうとする宗教である。こうした秘められた言葉を単に理解したり
認識するのではなく、その中に自らの生命の結-実を見出す、つまり宇宙に遍在してい
る大なる生命の真実相をあらわにみることが究極の目標である。それは観念的に行わ
れるのではなく、実に実践的に行われるのである。仏教の道を目指す決心の書として
の『三教指帰 jを著したやむにやまれぬ生命力の横溢が、様々な実践的行動によって展
開され、そうした軌跡の結品としてのみならず空海独自の批判精神を持って著された
『秘密受茶羅住十心論 Jとその精髄の要約としての f
秘蔵宝鎗 jへの流れは多様な広が
りを見せながらも、一本の図太い矢で貫カ亙れているのである。そうして自らの生命を
余すところなく生き続けた一人の人間のことばには生命の神秘をあらわす魂が宿って
いるのである。
参考文献
-渡辺照宏、宮坂宥勝著『沙門空海 j ちくま学芸文庫、 1993年
・宮坂宥勝著
f
密教世界の構造 j ちくま学芸文庫、 1994年
・福永光司責任編集
・梅原猛著
f日本の名著 3
最澄
空海 j 中央公論社、 198.
3
年
f
空海の思想について j講談社学術文庫、 1980年
3
<日本的な美とは何か>
「詩人空海・ことばに宿る魂 J
1996年 3月 24日
初版発行
著者
脇本厚司
監修
岡田隆彦
発行所
湘南藤沢学会
〒2
52 神奈川県藤沢市遠藤5322
TEL
P
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*本論文は研究会で優秀と認められ
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