わかりやすい悪性腫瘍の話 膀胱がん 2015.2.3 膀胱がんとは 膀胱は、腎臓でつくられ腎盂(じんう)から尿管を通 って運ばれた尿を一時的にためておく袋の役割をもっ ています。 内側は移行上皮という細胞でおおわれています。これ は、機能に応じて伸びたり縮んだりと形が変化する粘 膜です。膀胱がんのほとんどは、この移行上皮の細胞 ががん化したものです。 尿路がん(腎盂、尿管、膀胱)の中で、膀胱がんが最 も死亡数が多く、7割以上を占めます。 泌尿器図(男性) 罹患数でも膀胱がんが最も多く、尿路がん全体の約半数を占めます。 年齢別にみた膀胱がんの罹患率は、男女とも 60 歳以降で増加し、40 歳未満の若年では低 いです。また、男性のほうが女性より膀胱がん罹患率が高く、女性の約 3~4 倍です。 罹患率の国際比較では、膀胱がんは欧米白人で高く、日本人を含む東アジア系民族では、 本国在住者、アメリカ移民ともに低い傾向があります。発生の危険要因として喫煙が明 らかになっています。 膀胱がんは大きく次の 3 つのタイプに分けられます。それぞれ性格がかなり違い、治療 法も異なってきます。 1.膀胱がんの種類と症状 上皮内がん 表在性がん 浸潤性がん 粘膜 粘膜下層 筋層 漿膜 ① 上皮内がん がんが膀胱の表面に隆起せず、粘膜に沿って悪性度の高いがん細胞がばらまかれた 状態になっているのが、上皮内がんです。上皮内がんはほかのがん種では早期のが わかりやすい悪性腫瘍の話 膀胱がん 2015.2.3 んに分類されることもありますが、膀胱の場合は悪性度が高く、しっかり治療しな ければならないがんです。 ② 表在性がん 膀胱表面の粘膜にとどまっており、膀胱の筋層には広がっていないがんのことを表 在性膀胱がんといいます。カリフラワーかイソギンチャクのように表面がぶつぶつ していることが多いです。 がんは、膀胱の内側の空洞に向かって出ています。浸潤(がんが周囲に広がること) や転移することはあまりありません。膀胱がんの多くがこのタイプです。 ③ 浸潤性がん 膀胱筋層まで広がった膀胱がんを浸潤性膀胱がんといいます。がんの表面がきれい なカリフラワー状ではないことが多いです。こぶのように盛り上がったものから、 膀胱の粘膜の下に根を張るように広がって発育し、粘膜がむくんで見えるものまで さまざまです。膀胱の壁から外側に広がりやすく、転移もしやすいがんです。 膀胱がんの最初の症状としていちばん多くみられるのは、肉眼でもわかる血尿です。 膀胱がんの約 8 割は、自分で尿を観察してわかる肉眼的血尿によって発見されてい ます。この血尿は痛みを伴わない=無症候性 であることが特徴です。膀胱に尿が 溜まるにつれ、膀胱の壁が伸びて膀胱が拡張します。膀胱内にできたがんは、伸び 縮みすることができないため、膀胱が拡張するときに引き伸ばされたがんは、破れ たり引き裂かれるため出血が起こるのです。ただし、血尿が見られたからといって、 必ず膀胱がんというわけではありません。血尿の約半数は、「膀胱炎」「尿道炎」 などの尿路感染症、「尿路結石」「前立腺肥大症」など良性の病気が原因です。 血尿の色や血尿が出るタイミング: 明らかに真っ赤でトマトジュースのような尿の場合もあれば、見た目では必ずしも 赤くなく、色が濃い 程度でも血液が混じっている場合があります。また、排尿中 は赤く見えなくても、白い便器に当たると赤く見えることもあります。 がんのできた部位による血尿の出方 尿管 ① 膀胱の出口付近…最初だけ濃い色の 血尿 ③ ② ② 出口から離れた底部…最後に濃い色 ① 膀胱 の血尿 ③ 上部や横…最後まで濃い色の血尿 尿道 わかりやすい悪性腫瘍の話 膀胱がん 2015.2.3 血尿は、排尿の度に同じように出るわけではありません。血尿が出たり出なかった りすることもあれば、しばらく出ないこともあります。再び血尿が出たときにはが んが進行しているということもありますので、1 回で終わったからといって、油断は 禁物です。 また、排尿時に痛みを感じたり、下腹部に痛みが起こることもあります。膀胱炎 と似た症状ですが、抗生物質を飲んでもなかなか治らないのが特徴です。 がんが広がり尿管口をふさぐことで尿管・腎盂が拡張するために背中の鈍い痛みが 現れることもあります。早期の表在性がんは、多くの場合、治癒が期待できます。 浸潤性のがんの治療成績も向上してきています。症状が続くときには早めに受診す ることが膀胱がんの早期発見につながります。 2.膀胱がんの検査と診断 膀胱がんが疑われると、膀胱鏡検査、尿細胞診検査、超音波(エコー)検査を行いま す。がんの広がりを調べる検査としては、CT、胸部 X 線撮影、骨シンチグラフィー MRI、排泄性腎盂造影(DIP) 、膀胱粘膜生検などがあります。 表在性乳頭状がん 浸潤性膀胱がん 国立がん研究センターの膀胱鏡画像 ・尿細胞診…顕微鏡で尿中のがん細胞の有無を調べます。 ・膀胱鏡検査…尿道から膀胱鏡を入れて、膀胱内の様子をチェックします。 ・超音波検査…膀胱に尿を溜めた状態で検査します。がんが隆起しているものはこの検 査でわかります。 ・CT、胸部 X 線、骨シンチグラフィ―、MRI …治療前に転移や周辺の臓器への広がり を調べます。 ・排泄性腎盂造影(DIP)…腎盂や尿管にもがんが発見されることがあります。尿路のが んは、いろいろな場所へ多発する特徴があります。膀胱がんがあるときには、約 5%に 腎盂や尿管にもがんがあると言われます。これは造影剤を点滴して行います。まれに ですが、造影剤にアレルギーのある方がいますので、特別な注意がいる検査です。 ・膀胱粘膜生検… 膀胱がんの確定診断には生検が必要です。下半身麻酔をして わかりやすい悪性腫瘍の話 膀胱がん 2015.2.3 病変部を内視鏡手術で切除することで、組織を採取し、それを顕微鏡で見てがん細胞が あるかどうか確認します。がん細胞がある場合には、病期と異型度を判定します。 異型度とは、がん細胞の形や大きさ、細胞間のまとまりなどをもとに悪性度(がんが広 がりやすいか?転移しやすいか?)を表現したものです。グレードとも呼ばれます。 3.病期(ステージ) 病期とは、がんの進行の程度を示す言葉で、英語をそのまま用いてステージともいい ます。説明などでは、 「ステージ」という言葉が使われることが多いかもしれません。 0〜4 の病期に分けますが、ローマ数字が使われます。病期は、がんがどのくらい深く 入りこんでいるか(深達度:Tis〜T4)、リンパ節や別の臓器への転移があるかどうか で決まります。膀胱がんでは前述した異型度も問題になります。画像診断と膀胱粘膜 生検による組織検査の結果に基づいて診断した病期と異型度によって治療方法が決ま っていきます。 国立がん研究センター「がん情報サービス(小冊子)」より わかりやすい悪性腫瘍の話 膀胱がん 転移 2015.2.3 リンパ節や他の臓器に リンパ節または他の臓器 転移を認めない に転移がある 深さ・広がり 膀胱内の内側の粘膜に 0 Ⅳ Ⅰ Ⅳ Ⅱ Ⅳ 筋層の半分を超えている Ⅱ Ⅳ 筋層を越えて膀胱壁の外 Ⅲ Ⅳ Ⅲ Ⅳ Ⅲ Ⅳ Ⅳ Ⅳ とどまる(上皮内がん、 表在性がん) 膀胱の粘膜下層に達して いる 筋層の半分にとどまって いる 側に出ている 筋膜を越えて膀胱壁の外 側に出ている 前立腺、子宮、膣に及ん でいる 骨盤壁または腹壁まで浸 潤している 日本泌尿器学会/日本病理学会 編「膀胱癌取扱い規約」(第 3 版) 」金原出版より 膀胱がんの治療 膀胱がんは、病期と異型度に基づいて治療方法が決まります。 次に示すのは、膀胱がんの病期と治療方法の関係を表す図です。膀胱がんでは、手術(外 科治療) 、放射線治療、抗がん剤治療(化学療法)、BCG(ウシ型弱毒結核菌)あるいは抗 がん剤の膀胱内注入療法が標準治療です。 臨床病期 0期 Ⅰ期 手術治療 手術治療 手術治療 (経尿道的膀胱 (経尿道的膀胱 (膀胱全摘除術+ 抗がん剤治療 腫瘍切除術) 腫瘍切除術また 尿路変更術) (+手術療法[膀 BCG/抗がん剤 は膀胱全摘除術 (+抗がん剤治療) 胱全摘術+尿路 膀胱内注入 +尿路変更術) 手術不可能な場 変更術]または BCG/抗がん剤 合は抗がん剤治 放射線治療 膀胱内注入 療/放射線治療/ 緩和ケア Ⅱ期 Ⅲ期 緩和ケア 国立がん研究センター「がん情報サービス(小冊子)」参照 Ⅳ期 わかりやすい悪性腫瘍の話 膀胱がん 2015.2.3 1.外科的治療 膀胱がんの外科的な治療は大きく分けて2つの方法があります。ひとつは、腰椎麻酔を 行って膀胱鏡で腫瘍を観察しながらがんを電気メスで切除する方法(経尿道的膀胱腫瘍 切除術:TUR-BT) 、もうひとつは、全身麻酔下に膀胱を摘出する方法(膀胱全摘除術) です。 ① 経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-BT) 一般に、表在性の膀胱がんにこの術式が適応となります。膀胱内に特殊な膀胱鏡を入 れて内視鏡で確認しながら、電気メスでがん組織を切除する方法です。手術時間は1 時間程度です。手術後膀胱を安静に保つ目的で、自然に尿を体外へ誘導するために、 膀胱内に管(カテーテル)を留置します。通常翌日に抜去しますが、状況によっては 数日間留置します。浸潤度の高いがんでは、完全に切除することが困難で、この治療 法では不十分です。 ② 膀胱全摘除術 がんの浸潤度が高く、TUR-BT で不十分な時にはこの手術が必要です。全身麻酔を行 い、骨盤内のリンパ節の摘出(骨盤内リンパ節郭清)と膀胱の摘出を行い、男性では 前立腺、精嚢(せいのう) 、女性では子宮を摘出します。また、尿道も摘除することが あります。 膀胱を全摘した場合には、腹部にストーマという尿の出口を作り、そこにパウチと いう袋を付けて尿を溜める方法以外に尿路変更術によって尿路を確保します。 これを回腸導管造設術と言います。小腸の一部を利用して、これに左右の尿管をつな ぎ、尿を導く管にします。この導管を腹部の皮膚に縫い付けて尿を出す出口にします。 他に、自排尿型新膀胱造設術もあります。小腸を縫い合わせて袋を作り、これを尿道 につなぎます。ストーマはなく、手術前と同様に尿道から尿を出すことができます。 本当の膀胱程ではありませんが、排尿機能が残るので、尿道を摘出する必要がないと きは考慮される方法です。ただし、女性では術後の排尿機能が安定しないことが多く、 術式を選択する際には注意が必要です。また、膀胱がんは、尿道にがんが再発するこ とがあるので、その危険性が高いと判断された場合にはこの方法は使えません。 2.放射線治療 放射線にはがん細胞を死滅させる効果があるので、がんを治すため、またはがんにより 引きおこされる症状をコントロールするために使われます。放射線治療の適応となるも のは基本的に浸潤性の膀胱がんです。膀胱の摘出手術では尿路変更が必要となるデメリ ットがあるため、あえて放射線治療や、放射線治療に化学療法をあわせて治療し、膀胱 を温存することもあります。温存療法は全ての施設で行っているわけではないので、セ カンドオピニオンをとるのもよいでしょう。しかし、病巣周囲の正常組織にも放射線の 影響が及ぶため、膀胱が萎縮し尿が近くなったり、直腸より出血したり、皮膚のただれ わかりやすい悪性腫瘍の話 膀胱がん 2015.2.3 が生じることがあります。また、転移した病変のコントロールに放射線治療が選択され ることがあります。 3.化学療法 転移のある進行した膀胱がんは化学療法の対象になります。使用する抗がん剤は、1種 類ではなく、通常2種類以上です。M-VAC 療法(メソトレキセート、ビンブラスチン、 アドリアマイシンあるいはその誘導体、シスプラチンの4剤の組み合わせの治療)が、 現在膀胱がんの治療に最もよく行われる化学療法です。2004 年に入りすべての薬剤が膀 胱がんの治療薬として保険に認可されました。近年、タキソールやゲムシタビンといっ た新しい抗がん剤が、副作用が少ないために使用されることが増えてきました。治療中 は副作用として、吐き気、食欲不振、白血球減少、血小板減少、貧血、口内炎などがお きることがあります。また、転移がない膀胱がんでも、筋層以上に浸潤している時には、 術後の再発や、遠隔転移の予防に術前、あるいは術後に化学療法を追加する場合があり ます。 4.膀胱温存療法 1. (東京医科歯科大学の治療例) 筋層に浸潤した膀胱がんの標準治療は、根治的膀胱全摘除術+尿路変更ですが、後述する ように様々な問題点があること、膀胱がんの患者さんは高齢者が多く、さまざまな合併 症を有しているため、手術侵襲の大きなこの手術が適さない例も少なくありません。 こうした背景から、筋層浸潤膀胱がんに対する、膀胱温存療法の試みがなされています。 膀胱全摘除術+尿路変更の問題点として下記のような現状があります。 ・患者さんへの身体の負担が大きい…感染症や腸閉塞など手術に関連した合併症率は 30%、死亡率は 1~3%。永続的な性機能障害や長期の消化器症状も認められます。 尿路変更では、QOL(生活の質)の面で様々な問題があります。 回腸導管では、ストーマによるボディイメージの変化に加えて、集尿袋などの装具 の管理を生涯行う必要があります。回腸導管は、長期的にはストーマ、および皮膚 のトラブル、尿管導管吻合部狭窄、腎機能低下、尿路結石、尿路感染などといった 合併症が報告されています。一方、新膀胱はストーマがなく自分で排尿できること が利点ですが、夜間の尿失禁が約 30%に認められ、排尿困難が男性で 10%、女性で 50%に認められ、時には自分で排尿できないため、自己導入が必要になることもあ ります。 新膀胱は、もともと小腸であったため、粘膜から尿の再吸収があり、血液の電解質 異常、代謝性アドーシス、腎機能低下を起こすこともあります。 腹腔鏡下手術、ロボット支援手術などの低侵襲の手術もありますが、尿路変更に伴 う問題の解決にはなっていません。 わかりやすい悪性腫瘍の話 膀胱がん 2015.2.3 これまで試みられた温存療法の中で、経尿道的膀胱腫瘍切除術、化学療法、常用量 放射線療法の三者の併用が最も効果が高いとされており、5 年生存率は、50~60%と、 膀胱全摘除術と同等であると報告されています。この治療法の問題点は、10~30%の 患者さんにおいて、残した膀胱に筋層浸潤がんが再発することです。 このとき膀胱全摘除術ができればよいのですが、常用量の放射線量を当てた場合に組 織が障害されているため、手術リスクが高くなり、手術の合併症、死亡率が増加する と言われています。また、筋層浸潤がんの再発は、全摘除を行っても半数が亡くなっ てしまうと報告されています。また、骨盤リンパ節への再発が 15~20%程度比較的高 頻度で起こることです。 東京医科歯科大学では、経尿道的切除+低用量化学放射線療法と、膀胱部分切除を 組み合わせて行っています。膀胱の部分切と共に、リンパ節の廓清(切除)を行い、リ ンパ節への転移を防ぎ、放射線療法の線量を 40 グレイに下げて抗がん剤の量も減ら し、両方の効果を発揮させて治療します。治療成績については、直接病院へお問い 合わせください。 膀胱温存療法 2.(大阪医科大学の治療例) がん細胞への血流を遮断し、カテーテルを用いて、抗がん剤を動脈内に直接注入す します。腫瘍細胞が低酸素状態になり、静脈内投与に比較して 30 倍以上の高濃度の 抗がん剤を局所的に送ることができ、さらに放射線増感作用のある高濃度のシスプ ラチンとの放射線治療の相互作用で、高齢者や全身状態が良好でない患者さんにも 根治が望める治療法です。治療成績は、大阪医科大学人泌尿器科のホームページを ご覧ください。 参考文献:国立がんセンター がん情報サービス「膀胱がん」 NHK テレビテキスト 「今日の健康」 ライフライン 21「がんの先進医療」㈱蕗書房 編集:㈱長野メディカルサポート
© Copyright 2024 Paperzz