2013年5月24日 第290回定期演奏会 解説 音楽学者 白石美雪 ■ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 ニ⻑調 作品 61 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はメンデルスゾーンやブラームスとともに3本の指に入る名作だが、ほ かの2作に比べると、際⽴ってシンフォニックな構造を持っている。例えば、冒頭にいきなりティンパニの連 打する単純なモチーフは、全曲を通じて基本動機として作品の構成に関わっていく。このように、華麗なヴ ィルトゥオージティを主眼とする独奏協奏曲とは一線を画した構築性は、がっしりとした形式を重んじるドイ ツ・オーストリア音楽の伝統を感じさせる。 その一方で、この協奏曲には革命期のフランス音楽から受けた影響も色濃く表れている。先に触れた冒 頭のティンパニは⾏進曲の性格を曲に与えているが、こうした⾏進曲の特徴をもつ第1楽章はイタリアのヴ ァイオリニスト、ヴィオッティがフランス音楽へ持ち込んだ要素で、クロイツェルやロードのヴァイオリン協奏曲で 展開された。さらに独奏楽器の入りが遅らされていることや、第2楽章から休みなく終楽章に入るなど、そ のほかにもフランスの協奏曲との類似点は多い。 ベートーヴェンがこの曲を書いたのは、ちょうどフランスの社会に憧れ、移り住もうと考えていた時期にあた る。おそらくピアノとはちがって不慣れだったヴァイオリン協奏曲の書き方を、彼は憧れのフランスの作曲家た ち、ヴィオッティやクロイツェル、ロードのヴァイオリン協奏曲から吸収したのだろう。しかし、フランス流に妙技 を披露する装飾は抑えられていて、その意味ではハイドン、モーツァルトの流れを受け継いでいる。つまり、 オーストリアの伝統を基盤としながら、そこへフランス革命期のヴァイオリン音楽から学んだ書法を重ね合わ せることで、ベートーヴェンは独自のスタイルを完成させたのである。 第 1 楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポは、オーケストラによる⻑い主題提⽰ののちに、独奏ヴァイオリンが優 美な即興風の音型で登場する。主要主題を管楽器のアンサンブルが担っているのも効果的。鮮やかな 転調を楽しませる。 第2楽章ラルゲットは変奏曲で、独奏ヴァイオリンは木管楽器の奏でる主題の間を縫うように、装飾的 に絡み合う。リズム・モチーフは付点リズムの連打へと変形されている。主題の提⽰と3つの変奏、再現の のち終結部となる。 続けて演奏される第3楽章はロンド。伴奏音型として同音を連打するリズムが使われているのが印象 的。カデンツァに続く大胆な転調によるクライマックスがじつに鮮やかだ。 ※掲載された曲目解説の許可のない無断転載、転写、複写は固くお断りします。
© Copyright 2024 Paperzz