Lab.Clin.Pract.,20(1):17-22(2002) 最近の話題 微 生 物 細菌感染症における診断と治療の進歩 慶応大学医学部中央臨床検査部 小 林 芳 夫 は血液中から菌を検出する疾患ならびに病態を示 1.はじめに した.血液培養検体から検出される菌はこのいず 臨床検査医学領域の最近の話題のうち微生物関 れかの疾患あるいは病態から検出される菌である. 係のそれを取り上げる. 筆者の敗血症は図1に*を付した所に位置付けら れる.しかし臨床上敗血症は疑われるが菌陰性例 2.SIRS の概念の導入 に遭遇することはしばしばであり,図1を理解し 古来敗血症は定義困難であると指摘されてきた たうえで受け入れるべきであろうと考えている. が SIRS の概念により定義された敗血症の診断基 表1に示したように SIRS には重症度を加味して 準が提出された.従来の敗血症の定義は筆者が指 重症敗血症(severe sepsis),敗血症性ショック 1) 摘してきた ように血液中に菌の存在が不可欠で (septic shock),多臓器不全症候群に伴う低血圧 あったが,本規準では血液中に菌の存在は必ずし 症 (hypotension multiple organ dysfunction 1) も必要とされない.SIRS は全身性炎症反応症候 syndrome)などが定義されている .これらは日 群(systemic inflammatory response syndrome)の 常診療でしばしば遭遇するものであり,重症度の 略 で あ る . こ れ は American College of Chest 分類に関しては納得可能であるが,ともすれば菌 Physician/Society of Critical Care Medicine の 陰性の敗血症例の増加につながることに注意を払 member によって定義づけられたものであり,こ いたい.敗血症を論ずるに際して今後はどの定義 の 定 義 に 従 え ば , sepsis す な わ ち 敗 血 症 は , に従うかを明らかにすべきであろう. 2) SIRS の原因が感染症による場合と定義される . この定義に従えば血液中に菌の証明を必要とされ 3.新しい血中菌検出方法 ず,従来筆者が主張してきた定義と矛盾する1). 新しい血中菌の検出方法として DNA プローブ 改めて筆者の定義を図1に示した.すなわち図1に 法が開発された.本方法は細菌培養検査を施行せ 図1 血液中から菌を検出する病態 − 17 − Lab.Clin.Pract. (2002) 表1 ACCP/SCCM Consensus Conference の定義 ず非放射性の DNA プローブを用いた DNA-ハイ 感染症:本来無菌である組織に微生物が定着あるいは 侵入したことに対する炎症性反応によって定 義される現象 菌血症:血液中に菌が存在する状態 全身性炎症反応症候群:重篤な臨床的損傷に対する全 身性炎症反応 以下の 2 つ以上によって反応は明らかとなる。 体温>38℃または<36℃ 呼吸数>20/min または Paco2<32 Torr 心拍数>90/min 白血球数>12,000/mm3,<4,000/mm3 または 桿状核球>10% 重症敗血症:臓器不全,脱水または低血圧症を伴う敗 血症 脱水や循環不全には乳酸アシドーシスや,乏 尿または低血圧を伴うであろうが,これらは 必須ではない。 敗血症性ショック:適切な輸液療法にもかかわらず臓 器不全,脱水または低血圧症を伴う敗血症, 強心薬,昇圧薬投与中で,測定時低血圧でも ない患者 低血圧:収縮期血圧低下<90mmHg またはほかの低血 圧の原因なしに通常血圧の最低値より> 40mmHg の低下 多臓器不全:ホメオスターシスが治療なしでは保てな ブリダイゼーション法により血液中にある細菌を いような急性疾患患者にみられる臓器不全 (文献1)より引用改変) 検出する方法である3)4).In situ hybridization 法 (ISH 法)と呼ばれるもので,大野らにより開発さ れ扶桑薬品においてキット化されたものであり、 原理および手技は図2,3に示した3)4) .本法の特 徴は SIRS の概念を導入し白血球に貪食された細 菌を検出することを目的としたものであり,血液 培養の必要がなく迅速性と言う観点から見れば培 養方法に比較して優れた検査であるといえるもの である.患者検体を使用した多施設検討試験もす でになされている5)が十分な例数であるとはいい がたく,さらに検討が必要である.しかし,本キ ットが市販され,保険適応も遅ればせながら獲得 したことを考えれば,今後は広く使用されその臨 床的有用性に関して高い評価が与えられるものと 考えられる.筆者の定義の敗血症と SIRS の定義 による敗血症との掛け橋になると期待し得る検査 法である.表2に敗血症を疑わせる臨床症状検査 所見を示した。 4.抗菌薬の開発 これまでの抗菌薬は, β - ラクタム系抗菌薬, それもセフェム系およびカルバペネム系抗菌薬の 図2 DNA で感染細菌の種類を調べる方法 患者から採血した血液中には白血球で貪食された細菌の DNA が残っている.その白血球の細胞膜を酵素で壊 し,アルカリ処理で細菌の DNA に相補的な DNA プローブを作用させ,hybridization を行う.DNA プローブ は,薬品の作用で紺色に発色する.細菌の DNA を複数の DNA プローブで調べると,感染した細菌を同定す ることができる.(文献 4)5)より引用改変) − 18 − 細菌感染症における診断と治療の進歩 NBT : 4-nitro blue tetrazolium chloride, BCIP : 3-bromo-4-chloro-3-indolyl phosphate 図3 血液検体を用いた in situ hybridization 法の操作手順(文献 5)より引用) 図4 マイクロライド系抗菌薬の化学構造式(文献 8)より引用改変) 表2 敗血症を疑わせる臨床症状検査所見 開発であったが,2001 年に入り,マクロライド 系抗菌薬であるazithromycinが市販された.本薬 1.急に高熱を発する. 2.急激な解熱がある. 3.解熱がみられたのに頻脈がみられる. 4.呼吸促拍,頻脈がみられる. 5.白血球数が増加する,あるいは減少する. 6.血小板数が減少する. 7.血圧が低下する. 8.乏尿がみられる. 9.関節痛,筋肉痛を訴える. 剤は,これまで本系統の薬剤が化学構造式上 14 員環,16 員環であったのに対して,15 員環とい うまったく新しい化学構造式を有しており(図4), 抗菌力は従来の薬剤と優劣はないが,細菌内への 透過性に優れ,抗菌力から予想される以上の臨床 効果が期待でき,抗菌スペクトルに関しても,従 10.顔面が苦悶様で,なんとなく重篤な感じがする. 来のマクロライド系抗菌薬のそれに加えてインフ ルエンザ菌およびMoraxella catarrahrisにまで拡 大されている6)∼8).また,その投与方法,投与量 − 19 − Lab.Clin.Pract. (2002) も 1 日 1 回 2 錠,3 日間投与に限定されていると で第三世代セフェム系薬の使用量と有意に相関す いう特徴を有している.抗菌スペクトルの拡大と ることを報告している 10) .なお,CAZ resistant いう点からみれば, β - ラクタマーゼとペニシリ Klebsiella pneumoniae は基質拡張型β -ラクタマー ン 系 抗 生 物 質 の 合 剤 で あ る piperacillin ゼ(ESBL)を産生することが多く,これらの酵素 (PIPC)/tazobactam(TAZ)が市販されたことも, に有効な β - ラクタマーゼ阻害薬配合抗菌薬が, 話題の一つにあげられよう.米国インディアナポ 病原菌の定着や感染を防止したと推察している. リスにある Methodist Hospital of Indiana におい また,英国の University College London Hospitals ては,最終日標を 1)抗菌薬使用の改善,2)抗菌 の 血 液 内 科 で の glycopeptide-resistant Entero- 薬耐性菌の減少,3)メディカルスタッフ全員の関 coccus sp.(GRE)大発生制御への取り組みは,院 係改善,4)患者の転帰のモニター,5)抗菌薬消費 内感染対策に加え,使用抗菌薬をプロスペクティ 量の減少とし,具体的活動としては,第三世代セ ブに変更することである11).すなわち好中球減少 フェム系薬 imipenen(IPM),Vancomycin(VCM) 時 の 発 熱 患 者 へ の 第 一 選 択 薬 を , CAZ か ら の使用制限とペニシリン系薬の使用の推奨が耐性 PIPC/TAZ へ変更することによる GRE 保菌者の 菌に及 ぼす影 響を 調査し た結 果,1998 年に は 推移を調べている.その結果,グリコペプチド系 1994年に比較して,PIPC などに耐性の Serratia 薬の使用量は変えずに CAZ を PIPC/TAZ に変更 marcescens や Acinetobacter sp. の 消 失 や Entero- することで,GRE 保菌者は有意に減少したが, bacter sp.の減少に加え,とくに米国では臨床上 再び CAZ に戻すと,院内感染対策は従来どおり 重視されている VCM 耐性腸球菌(VRE)や,本邦 続けたものの,GRE 保菌者が増加したことを報 でもみられているメチシリン耐性黄色ブドウ球 告している11).これら一連の論文は抗菌薬の使用 菌(MRSA)の出現率が低下したことを報告して と耐性菌の出現が密接に関連していることを示し 9) いる .−般的に,第三世代セフェム系薬は腸球 ており,非常に興味深いものである.なお,本邦 菌には抗菌活性をもたず,黄色ブドウ球菌には抗 においても文献12)において,日米双方の市中肺 菌 活 性 が 弱 い た め , こ れ ら の 使 用 が VRE や 炎診療ガイドラインを中心に議論が進められてい MRSA の定着を助長したものと推察している.ま るが,司会の松本慶蔵博士は,残る 3 人の出席者 た,第三世代セフェム系薬はグラム陰性菌の β - とともにペニシリン系薬の見直しを自身の豊富な ラクタマーゼの誘導能が高いので脱抑制型の耐性 経験から肯定的に述べている12).いうまでもなく 菌をつくりやすいが,第三世代セフェム系薬の使 セフェム系薬に比較してペニシリン系薬は抗菌ス 用制限はそれらの選択力の解除となり,耐性菌が ペクトルが狭域であり,セフェム系薬に取って代 減少したものと推察している.次に,米国ブル わるためには,スペクトルの拡大が必要となるこ ックリンにある Veterans Affairs Medical Center とは議論の余地はない.このために広域ペニシリ で は , MRSA , Ceftazidime(CAZ) − resistant ン系薬としてPIPC,ticarcillin(TIPC)が採用され, Klebsiella pneumoniae,CAZ−resistant Pseudomonas ペニシリナーゼに対する安定性を求めて,これら aeruginosa などをターゲット菌とし,第三世代セ とべニシリナーゼ阻害薬の合剤であるPIPC/TAZ フェム系薬,clindamycin(CLDM),VCMなどの とTIPC/clavulamic acid(CVA),およびこれら 2 ターゲット薬の使用は感染症専門医の承認を必要 薬剤と比較すると広域とはいいがたいが とするという対策を講じた結果,ターゲット薬の ampicillin(ABPC) と sulbactam(SBT) の 合 剤 で あ 使用は有意に減少し, β - ラクタマーゼ阻害薬配 る ABPC/SBT が 開 発 さ れ て い る . 本 邦 で は 合抗菌薬の使用が有意に増加した.ターゲット菌 TIPC/CVA が販売を中止し,ABPC/SBT は残る 検出患者数は,MRSAとCAZ−resistant Klebsiella ものの,頻用されているとはいいがたく,新たに pneumoniae で有意な減少がみられ,多回帰分析 PIPC/TAZ が市販された.Infection Control Doctor − 20 − 細菌感染症における診断と治療の進歩 図5 肺炎球菌に対する Linezolid の MIC(µg/ml ) 本菌株に対する PCG の MIC 0.032∼32≦(µg/ml ),測定法はいずれも E-test (慶大中検微生物 清水) (ICD)協議会による認定という感染症専門医制度 る前処理と 3%小川培地による培養が広く用いら も発足しており,PIPC/TAZ の今後の臨床的評価 れてきたが14),菌の検出までに約 4 週間,同定・ を行うことは,ICD の重要な役割となろう.欧米 感受性試験にさらに 3∼4 週間と長い時間を要し で MRSA 感染症に引き続き大きな問題となって た.しかし,米国の Center for Disease Control いる VRE は,幸いにも本邦では頻発していない and Prevention(CDC)は“ 染色結果は 24 時間以内 が,隣国の韓国では急激に増加しているとの報告 に,検出および同定結果は 15 日以内に,感受性 もあり13),本邦におけるアウトブレイク対策が必 結果は 30 日以内に報告されることが望ましい”と 要である.このような状況において,VRE に有 した勧告を出している15).AIDS 患者における抗 効な抗菌薬 Linezolid が本邦でも承認された意義 酸菌感染症の増加や多剤耐性結核菌の増加16)17)と は大きい.Linezolid はまったく新規の合成抗菌 いった状況を考えると,遺伝子検査が普及したと 薬であり,既存の薬剤とは作用機序が異なるため, はいえ分離培養検査の高感度化,迅速化が求めら 他剤とは基本的に交叉耐性を示さない.注射と内 れてくる.最近,抗酸菌の全自動培養検査装置 服の両方があり,腎機能・肝機能に代謝が影響さ BACTEC MGITTM960が開発された17).このシス れないなど使いやすい点も特徴である.欧米にお テムは,液体培地(ミドルブルック7H9)を使用し いては VRE のみでなく MRSA や肺炎球菌にも適 た用手法の MGIT システムを自動化したもので, 応をもっており,本邦においても適応拡大が待た 検体を接種 した mycobacteria growth indicator れるところである.肺炎球菌に対する本剤の抗菌 tube(MGIT)を装置にセットするだけで,判定終 力の自験例を図5に示した.抗 VRE 抗菌薬とし 了まで自動的に菌の増殖がモニタリングされる. ては,これに加えてQuinupristinとDalfopristin 合 MGIT は16×100mm の試験管に 7ml の変法ミド 剤の知見が終了し近い将来市販予定である.また ルブルック7H9 ブロスと 110µ l の蛍光性インディ Terithromycin も治験が開始される予定である. ケーター(Tris4,7-diphenyl-1,10-phenanthroline ruthenium chloride pentahydrate)を入れたもので, 5.結核について 検体接種前に発育促進薬の OADC と抗生物質混 新しい抗結核薬は開発されてはいないが,結核 合試薬 PANTA を添加する.蛍光性インディケー 菌を含めた抗酸菌培養検査には,この感度および ターは試験管底部の酸素透過性シリコンに埋め込 迅速性という観点からは進歩がみられる.抗酸菌 まれており,微生物の発育によってブロス中の溶 の分離培養法として,わが国では 4%NaOH によ 存酸素が消費されると,pH が酸性に傾き365nm − 21 − Lab.Clin.Pract. (2002) 開−抗菌力, 一般細菌−. 臨床と微生物, 27, のトランスイルミネーターで蛍光が観察される. 793(2000) BACTEC MGITTM960 は,この変化を蛍光強度 として自動的に 60 分ごとに連続モニタリングし, 7) 渡辺 彰: マクロライド系抗生物質の新しい展開 − 成 人 内 科 領 域 − . 臨 床 と 微 生 物 , 27, アルゴリズムから陽性と判断した時点で陽性チュ ーブの存在を示すランプの点灯とともに,アラー 815(2000) 8) 岸本寿男: マクロライド系抗生物質の新しい展 ム音が鳴るシステムである.筆者らの検討では, BACTEC MGITTM960 による抗酸菌培養システ 開−非定型菌−. 臨床と微生物, 27, 801(2000) 9) Smith DW: Decreased antimicrobial resistance after changes in antibiotic use. Pharmacotherapy, 19(8Pt2), 129S(1999) ムは小川培地や工藤 PD 培地に比べ検出率が高く, 迅速であること,MGIT セット後は全自動で培養 および判定が行われることから,その有用性は高 10) Landman D, et al.: Reduction in the incidence of methicillin-resistant Staphylococcus aureus and いと考えられた18).またさらに PCR 自動測定装 Ceftazidime-resistant 置 COBAS AMPLICOR®を組み合わせることで, Klebsiella pneumoniae following changes in a hospital antibiotic formulary. Clin. Infect. Dis., 28, 1062(1999) より迅速な抗酸菌検査が可能と思われた. 11) Bradley SJ, et al.: The control of hyperendemic 6.おわりに glycopeptide-resistant Enterococcus spp. on a haematology unit by changing antibiotic usage. 細菌感染症の診断と進歩に関して,最近の進歩 について筆者の経験をもとに簡単に述べた. J. Antimicrob. Chemother., 43, 261(1999) 12) 松本慶蔵, 他: ペニシリン系薬の見直し. 化療の 領域, 16, 2068(2000) 文 献 13) Yunsop C, et al.: Present situation antimicrobial 1) 小林芳夫: 敗血症−SIRS の診断基準・重症度−. resistance in Korea. J. Infect. Chemother., 60, 189(2000) 内科, 85, 1404(2000) 2) American College of Chest Physicians/Society of 14) 財団法人日本公衆衛生協会: 結核菌検査指針. Critical Care Medicine Consensus Conference ' 厚生省監修, 東京, (1979) Definition for sepsis and organ failure and 15) Doern GV: Diagnostic mycobacteriology-Where guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. Crit. Care. Med., 20, 864(1992) are we today?J Clin. Micro. bio., 134, 1873 3) 大野典也: DNA を使った画期的な細菌検査法. 16) 藤野忠彦: 抗酸菌感染症と HIV. 臨床と微生物, (1996) Newton, 19(12), 12(1999) 24, 15(1997) 4) 松久明生, 他: In situ hybridization による敗血症 17) 森 享: 結核症・非定型抗酸菌症. 臨床と微生物, 診断の臨床的有用性. Bio. Clin., 14, 97(1999) 25, 319(1998) 5) Shimada J, et al.: Clinical trial of in situ hybridi- 18) 清水香代子, 他: BACTEC MGITTM による抗酸菌 zation method for the rapid diagnosis of sepsis. J. Infect. Chemother., 5, 21(1999) 6) 宮崎修一: マクロライド系抗生物質の新しい展 − 22 − 培養検査の検討. 臨床と微生物, 28, 555(2001)
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