2007・33 - 神戸大学大学院経営学研究科 神戸大学経営学部

2007・33
管理会計システムの導入がもたらす組織変革プロセスの研究
(株)飯田におけるABC導入の質的研究
松尾 貴巳
大浦 啓輔
新井 康平
管理会計システムの導入がもたらす組織変革プロセスの研
究:(株)飯田における ABC 導入の質的研究
松尾
大浦
新井
貴巳
啓輔
康平
<論文要旨>
本論文の目的は, ABC システムの導入によって,組織構成員の解釈のあり方にどのような経
時的な変化が生じたのかという組織変革プロセスを解明することにある.具体的には,1997 年
に ABC に基づく利益管理システムを導入した株式会社飯田を分析対象とし,その導入プロセ
スにおける組織成員の行為や解釈をインタビュー調査によって明らかにしている.分析には,
「解凍」・「変化」・「再凍結」という伝統的な組織変革モデル(レビンモデル)を再構成した新
装レビンモデル(Isabella, 1990)を採用し,ABC の導入プロセスを検証した点に本論文の意義
がある.加えて,理論的あるいは技術的に優れていると考えられる管理会計システムの導入が
いとも簡単に実施されるのではなく,組織構成員がどのように戸惑い,苦悩し,拒否反応を示
し,そして各自がそれをどのように受容していったのかというプロセス自体をありのままに記
述するために,質的な研究方法を採用した点に本論文のもう一つの意義がある.
<キーワード> ABC(活動基準原価計算),導入研究,組織変革,質的研究
A Study of Organizational Change Process: Implementing ABC
in the Wholesale Company
Takami Matsuo
Keisuke Oura
Kohei Arai
Abstract
The purpose of this paper is to the clarification of the organizational change process what change took
place in the way of the interpretation of the organization member in consequence of the implementation
of the ABC system. We analyzed that Iida Ltd. where the profit management system based on ABC was
introduced in 1997, and the organization member's behavior and interpretation in the implementation
process are clarified by the interviews. The Conceptual Model by Isabella(1990) that renew Lewin
Model, a traditional organizational change model "unfreeze", "change", and "re-freeze" is adopted and
verified in the analysis. Additionally, another meaning of this paper is in the point to have adopted a
qualitative research method to describe the implementation of the management accounting system
thought to be theoretically and technically excellent is not executed very easily, furthermore, how the
organization member were puzzled, suffered, and rejected, and each one received it in the truth.
Key Words
ABC,(Activity-based costing), Implementation study, Organizational change, Qualitative research
1
1.はじめに
ABC/M( 活 動 基 準 原 価 計 算・ 管 理 )を は じ め ,管 理 会 計 技 法 と し て 優 れ て い る と い わ
れる革新的な管理会計システムは,その有用性に関する研究者たちの主張にもかかわら
ず ,実 務 で の 導 入 に は 困 難 が 伴 う こ と が 多 い( 谷 ,2004).様 々 な 管 理 シ ス テ ム を 成 功 裏
に導入するための要因を探求し,あるいは導入が失敗する要因を探求し,管理会計実践
に有用なインプリケーションをもたらそうとした一連の研究は「管理会計システムの導
入 研 究 ( implementation study of management accounting systems)」 と 呼 ば れ て い る .
本論文は,国内外で進展してきた導入研究の一つに位置づけられるだろう.既存の導
入研究が導入の各ステージにおける成功/阻害要因の変数間の関係に注目してきたのに
対して,本論文では,これら導入ステージにおける組織成員の「行為」に注目する.よ
り具体的にいえば,本論文の研究目的は,質的な研究方法を採用することによって,実
際の管理会計システムの導入とこれに対する態度や解釈といった一連の組織成員の行為
がどのような対応関係にあるのかを明らかにする,ということである.この研究目的を
達成するために,本論文では次のように議論を進める.まず,本節の残りでは先行研究
をレビューし,残された課題としてシステム導入における質的な記述の必要性を指摘す
る.第 2 節では,本論文で採用する分析枠組みを述べる.第 3 節では,具体的な研究方
法が示され,第 4 節では調査結果が明らかにされる.第 5 節では調査結果についての議
論が行われ,第 6 節では本論文のインプリケーションと限界を示す.
以下では,既存の導入研究についての簡単なレビューを実施し,本研究が解決を目指
す 研 究 課 題 を 明 ら か に す る 1.
そ も そ も 導 入 研 究 は 1980 年 代 か ら 行 わ れ て き た の だ が ( 例 え ば , Shields and
Young(1989),加 登 (1989)な ど ),こ れ ら が 一 つ の 研 究 領 域 と し て 認 識 さ れ た の は ,JMAR
( Journal of Management Accounting Research) の 1995 年 号 に 掲 載 さ れ た 3 本 の 論 文 の 貢
献 が 大 き い と い え る ( Anderson,1995: Shields,1995: Swenson,1995). こ れ ら の 研 究 は 「 経
験 的 研 究 方 法 の 今 日 的 役 割 」 を 明 ら か に す る 上 で の 例 示 と し て 上 埜 (1997)に 引 用 さ れ て
い る よ う に ,後 の 管 理 会 計 研 究 に 重 要 な 影 響 を 与 え る こ と に な る .ま た ,そ れ と 同 時 に ,
こ れ ら 3 本 の 論 文 が 示 し た 導 入 研 究 の 方 法 は , 梶 原 ・ 窪 田 (2004)が 主 張 す る 導 入 研 究 の
三 つ の タ イ プ と 一 致 し て も い る . 導 入 研 究 の 三 つ の タ イ プ と は , Shields(1995)の よ う な
「 導 入 の 促 進 / 阻 害 要 因 の 解 明 」, Anderson(1995)の よ う な 「 導 入 プ ロ セ ス の 解 明 」, そ
し て Swenson(1995)の よ う な 「 導 入 成 果 の 評 価 」 と い う タ イ プ の 研 究 で あ る .
本論文の研究目的にとって注目すべきは,
「 導 入 プ ロ セ ス の 解 明 」型 の 研 究 で あ る .こ
のタイプに属する研究は,いずれも導入プロセスをいくつかのステージに区分している
点 が 特 徴 的 で あ る . 例 え ば , GM に お け る ABC の 導 入 プ ロ セ ス を 経 時 的 に 調 査 し た
Anderson(1995)は , 導 入 ス テ ー ジ を 「 開 始 」,「 採 用 」,「 適 応 」,「 受 容 」 と い う 各 段 階 に
区 分 し て 分 析 し た . ま た , Krumwiede(1998)は ABC の 導 入 ス テ ー ジ 毎 の 促 進 / 阻 害 要 因
を明らかにしようとしたサーベイ研究であるが,
「 開 始 」,
「 採 用 」,
「 分 析 」,
「 受 容 」,
「制
度 化 」,「 統 合 シ ス テ ム 化 」 と い う 各 段 階 を 設 定 し て い る . こ れ ら , 導 入 段 階 の 設 定 と ,
各段階において導入に影響を与える要因の探求こそが「導入プロセスの解明」に関する
2
既存研究の特徴であるといえる.
既存研究が依拠してきたステージ区分は,主に情報システムに関する導入プロセスの
分 析 枠 組 み で あ る が ( 例 え ば , Kwon and Zmud, 1987; Cooper and Zmud, 1990), そ の
起 源 は Lewin(1947)で 提 唱 さ れ た 組 織 変 革 の 分 析 モ デ ル ( 以 下 , レ ビ ン モ デ ル と 略 称 )
に 求 め ら れ る . レ ビ ン モ デ ル と は , 変 化 の 過 程 を 「 解 凍 (unfreezing)」,「 変 化 (change)」,
「 再 凍 結 (refreezing)」 と い う 三 つ の 段 階 に 区 分 す る 分 析 モ デ ル で あ る . Lewin が 提 唱 し
た 古 典 的 な 分 析 モ デ ル 以 降 も 多 く の 組 織 的 な 変 革 に つ い て の 研 究 が 蓄 積 さ れ た が 2 ,そ の
多 く は Lewin の 提 示 し た コ ン セ プ ト に 基 礎 を お い て い た ( Isabella, 1990).
Anderson(1995)や Krumwide(1998)に 代 表 さ れ る 「 導 入 プ ロ セ ス の 解 明 」 型 の 既 存 研 究
は,情報システム導入研究から導かれた研究成果をもとに,導入に影響を与える変数の
特 定 を 意 図 し て い る 3 .つ ま り ,こ れ ら の 研 究 は 、導 入 プ ロ セ ス の 観 察 を 通 じ て ,導 入 ス
テージの移り変わりを明らかにすること自体に目的があるのではなく,それぞれのステ
ージに関して,それまでの先行研究から抽出された変数が,組織に対するシステムの導
入にどのように影響を及ぼしているかを明確にすることにある.経営学全般の研究方法
論 に 強 い 影 響 を 与 え た Numagami(1998)や 沼 上 (2000)の 分 類 に 従 え ば ,「 変 数 シ ス テ ム 」
という立場にたって導入研究を実施しているといえる.これら研究の目的は,より一般
化の高い変数間の法則を発見し,その法則をシステム導入に有効に活用しようというも
の で あ る .し か し ,ABC/M と い う 固 有 の 管 理 会 計 シ ス テ ム の 導 入 プ ロ セ ス の 解 明 に お い
ては「
, 変 数 シ ス テ ム 」型 研 究 と は 異 な る ア プ ロ ー チ を 採 用 す る 意 義 も 存 在 す る .つ ま り ,
導入ステージの変化を規定している「行為者の意図や解釈」の記述を通じて,導入ステ
ー ジ の 移 り 変 わ り 自 体 を 分 析 し ,導 入 プ ロ セ ス を 検 討 す る ア プ ロ ー チ で あ る .ABC/M の
導 入 を「 情 報 シ ス テ ム の 導 入 」と し て 捉 え る の で は な く「 ABC/M の 導 入 」と い う 固 有 の
管理技法として捉え,その導入プロセスにおける状況の構成を深く探索することにも,
管 理 会 計 シ ス テ ム の 導 入 プ ロ セ ス の 研 究 上 意 義 が あ る と い え る .ま た ,
「行為者の意図や
解 釈 」 は ABC/M の 認 識 や 行 動 の 分 析 に 通 じ て い る と い う 点 で , 導 入 成 果 の 評 価 を 考 察
するうえでも有意義であると考えられる.
本論文の研究目的においては,変数システム間の関係を明らかにする量的研究方法よ
りも質的研究方法がより重要となるだろう.量的研究は数量的に検証可能な変数にのみ
注目するという点で現実をあまりにも簡略化してしまうのであるが,それ故に簡略化は
常 に 質 的 研 究 に よ る 複 雑 化 に よ っ て 補 完 さ れ る 必 要 が あ る ( 沼 上 , 2000, pp.238-239)。
な お ,管 理 会 計 研 究 に お け る 質 的 な フ ィ ー ル ド ス タ デ ィ の 方 法 論 上 の 要 点 は ,Ahrens and
Chapman(2007)に ま と め ら れ て い る .彼 ら に よ れ ば ,管 理 会 計 研 究 に お け る 質 的 な フ ィ ー
ルドスタディは「フィールドというドメインにおいて,質的な方法論を採用することに
よってデータを収集した研究」と定義されている.そして,研究ドメインとして選択さ
れた「フィールド」とは,研究者が特定のリサーチサイトや行為者と密接に関連できる
「 コ ン タ ク ト ゾ ー ン ( contact zone)」 と 捉 え ら れ て い る . 本 論 文 で の 質 的 な フ ィ ー ル ド
ス タ デ ィ も , 以 上 の よ う な 定 義 を 満 た し て い る と い え る 4.
本論文では,導入された管理会計システムに関係する行為者がどのような意図や行為
そのものを展開していったのかを把握することにより,導入/阻害要因のような変数の
3
関係ではなく行為の連鎖としての導入プロセスを明らかにすることを目指す.主要な研
究対象は,導入ステージそのものというよりは,各導入ステージを通じた行為の連鎖で
あ る .そ の た め に は ,Anderson ら が 主 張 す る ス テ ー ジ モ デ ル の 枠 組 み に 則 っ て ,か つ 行
為者の意図や行為そのものを分析可能な枠組みを採用する必要がある.以下の第 2 節で
は ,こ れ ら 条 件 を み た す Isabella(1990)に よ っ て 提 案 さ れ た「 新 装 レ ビ ン モ デ ル 」の 概 要
を明らかにする.
2.分析枠組み
本 節 で は , 前 節 で 指 摘 さ れ た 管 理 会 計 シ ス テ ム , 特 に ABC/M の 導 入 研 究 に お け る 質
的研究の必要性という残された課題を解決するために,本論文で採用する理論的な分析
枠組みを提示する.
Shields and Young(1989)や 加 登 (1989)に よ っ て 会 計 シ ス テ ム 利 用 の 「 障 害 要 因 」 の 問 題
が提起されたことが契機となり,管理会計研究において会計システムの導入や実施にお
け る 組 織 的・行 動 的 側 面 が 注 目 さ れ は じ め た .90 年 代 以 降 ,国 内 外 で 展 開 さ れ た 導 入 研
究では,一連の導入プロセスを複数のステージに区分し分析するという,ステージモデ
ル を 採 用 し て い る 点 に 特 徴 が み ら れ る( Anderson,1995; Krumwiede,1998).こ の よ う
に導入プロセスをいくつかのステージに区分することは,管理会計システム導入という
経 時 的 か つ 複 雑 な 現 象 を 分 析 す る た め に 有 用 な 一 つ の ア プ ロ ー チ で あ っ た( 梶 原・窪 田 ,
2004).
先行研究の残された課題であり,本論文における研究課題でもある,会計システムの
導入における行為の連鎖としての組織成員たちの解釈過程の経時的な変化を明らかにす
るために,本論文では,マネジャーの組織変革におけるイベントの解釈過程について多
く の 導 入 研 究 が 採 用 し て き た レ ビ ン モ デ ル と 関 連 付 け て 再 構 成 し た Isabella(1990)に よ
る 「 新 装 レ ビ ン モ デ ル 」 5を 分 析 枠 組 み と し て 採 用 す る .
新装レビンモデルの概要は,以下の表 1 の通りである.このモデルでは,レビンモデ
ルによる組織変化の 3 段階プロセスは,マネジャーの解釈の段階の移行期と捉えられて
い る . こ こ で は マ ネ ジ ャ ー の 解 釈 の 段 階 と し て 「 予 期 ( Anticipation )」,「 確 定
( Confirmation)」,「 頂 点( Culmination)」,「 事 後( Aftermath)」の 4 段 階 が 想 定 さ れ て い
る.以下では,これら新装レビンモデルの各解釈の移行期を整理する.
一つ目の段階である「予期」は,正式な変革の発表以前の断片的な噂などでマネジャ
ーたちが変革についての予想をする段階である.二つ目の段階である「確定」は,マネ
ジャーたちが変革を事実として認識しているものの,思考の方法が従来の延長に過ぎな
い段階である.レビンのいう変化のステージにありながら,何らかの認識の変更を促す
イベントが発生するまでマネジャーたちは変化したシステムを従来の考え方から理解し
ようと努めるのである.これに対して,解釈変化を促すようなイベントが発生して以降
は,三つ目の段階である「頂点」へと移行する.マネジャーは従来とは異なる認識の方
法により,現象を解釈し再構築しようとするのである.その後,マネジャーたちの解釈
4
の段階は四つ目の段階である「事後」へと移行する.全体として組織に生じた変化につ
いて事後的に内省し,マネジャーたちは変革そのものの評価を行ったり,勝者と敗者を
判断したりする.
表 1: 新 装 レ ビ ン モ デ ル に お け る マ ネ ジ ャ ー の 解 釈 の あ り 方
変化の過程
解凍
変化
未解決問題の発表
イベントの発生
再凍結
解釈の
派生的な問題の発生,
キッカケ
時間的な経過
「このイベントは自身に一
「このイベントは自身の仕
「このイベントは全体とし
体どのような意味があるの
事に一体どのような意味が
てどのような意味を持つの
か」
あるのか」
か」
個人化の
キッカケ
|
解釈の
予期
段階
解釈のもと
|
|
確定
頂点
事後
従 来 か ら の 説 明 ,過
噂,雑多な情報,
となった現
繰り返しの主張,
結果,勝者と敗者,
象徴化
イベントの功罪
去の同様のイベン
観察
実
トの参照
解釈の方法
収集
標準化
進行につれて考え
思考の方法
再構築
評価
修正された考え方
従来どおり考える
る
批判的に考える
を用いる
出 典 : Isabella(1990), p.32 の Figure.1 よ り .
「 新 装 レ ビ ン モ デ ル 」を 採 用 す る 意 義 と し て 以 下 の 2 点 で あ る .1 点 目 は ,Lewin(1947)
の分析レベルがグループのレベルだったのに対して,新装レビンモデルは,本論文の研
究課題の解明のために必要となる個人レベルの分析を実施するためのフレームワークが
提示されていることである.そして 2 点目は,導入ステージの移行について分析可能で
ある,ということである.後者の意義については,アプリオリにステージ区分がされて
いる分析枠組みに依拠してきた点に既存研究の限界がみられることに起因する.なぜな
ら,管理会計システム導入において,導入プロセスのステージが「なぜ」あるいは「ど
のように」変化していくかについての明確な答えは従来の分析枠組みからは明らかにさ
れないからである.それに対して,本分析枠組みはステージ変化の根拠を組織構成員の
解釈の変容に求めることが可能となる.
もし,新装レビンモデルがある程度の一般性をもっていたとしたら,管理会計システ
ムの導入プロセスにおいても,このモデルに従うようなマネジャーの解釈の経時的な変
化が観察できると考えられる.本論文では,先行研究ではほとんど分析対象とならなか
っ た ABC 導 入 に お け る マ ネ ジ ャ ー の 会 計 シ ス テ ム か ら 提 供 さ れ る 情 報 に つ い て の 解 釈
の変化を,これら新装レビンモデルに基づいて探索することとする.これは,変数記述
システムとしての既存の導入研究とは異なり,管理会計システム導入に直面した個人の
5
行為の変化を探求するという行為記述システムとしての導入研究に他ならない.
3.調査デザイン
本研究の出発点は,管理会計システムの導入に伴う組織変革のプロセスにおいて,組
織構成員がどのような認識や解釈の変化あるいは行動の変化を経験しているのか,とい
う 行 為 の 連 鎖 が 解 明 さ れ て い な い と い う 問 題 に あ る .調 査 対 象 企 業 は ,近 年 ABC が 導 入
されており,かつ,ある程度そのシステムが定着している企業が望ましい.そのため本
調 査 で は , 1997 年 に ABC に 基 づ く 利 益 管 理 シ ス テ ム を 導 入 し た 近 畿 地 方 の 酒 類 卸 売 業
最 大 手 の 株 式 会 社 飯 田 ( 以 下 , (株 )飯 田 と 略 称 ) に お け る 導 入 プ ロ セ ス を 対 象 と し た イ
ンタビュー調査を実施した.
本 調 査 は ,2006 年 8 月 21 日 に (株 )飯 田 の 取 締 役 社 長 で あ る 飯 田 豊 彦 ,常 務 取 締 役 の 杉
本眞佐樹,管理部スタッフの林寛之そして本論文執筆者の一人である松尾貴巳の間で研
究 に つ い て の 初 回 の 打 ち 合 わ せ を 行 っ た .そ の 後 ,9 月 13 日 よ り 共 同 執 筆 者 で あ る 大 浦
啓輔,新井康平を加えてインタビューを実施した.インタビューの主要な情報提供者は
以下に述べる 9 名であり,それぞれ1時間〜3時間程度のインタビューを実施した.ま
た,客観的なデータ収集を行うために出来る限り多くの調査協力者が必要となる.その
ため,各支店におけるインタビュー時には,支店長個人に対するインタビューに先立っ
て ,営 業 担 当 者 全 員( 各 支 店 毎 に 7,8 名 )を 対 象 と し た 情 報 交 換 の 場 を 設 け .1 時 間 程
度 の 聞 き 取 り を 行 っ た . そ し て , 2007 年 の 5 月 11 日 に は 部 長 ク ラ ス の 社 員 数 名 を 対 象
に 調 査 結 果 の 内 容 確 認 と 意 見 交 換 を 行 っ た 6.
な お , (株 )飯 田 で は 1997 年 に ABC に 基 づ く 利 益 管 理 シ ス テ ム が 導 入 さ れ た .そ の た
め ,以 下 の 表 2 に は ,イ ン タ ビ ュ ー 現 在 の 所 属 だ け で な く ,1997 年 の 導 入 時 点 で の 所 属
も記載している.
表 2 のように,本調査では研究者が何度も調査対象企業に赴き,組織の多様な階層に
属するスタッフからの聞き取りを行なうことによって,調査データの客観性を保持する
ことに努めた.インタビュー方法は,事前にある程度の質問項目を決めて行ったが,場
合によっては情報提供者の語りに合わせて自由に聞き取りを行うという半構造化インタ
ビューの形式を採用した.これは,研究者がインタビュイーを誘導することなく,彼ら
の語りを重視することによってインタビュー内容のバイアスを回避することを意図して
い る ,な お ,社 長 以 外 の 各 イ ン タ ビ ュ ー は 全 て 飯 田 豊 彦 代 表 取 締 役 不 在 の 場 で 行 な っ た .
ま た ,イ ン タ ビ ュ イ ー の 1997 年 の 導 入 当 時 の 役 職 を 考 慮 し て ,導 入 当 時 か ら 現 在 に か
けての利益管理システムの導入の節目の時期に関する項目,その当時のシステムに対す
る 認 識 を 問 う 項 目 ,そ し て 現 在 の 営 業 活 動 に お け る 情 報 シ ス テ ム の 利 用 に 関 す る 項 目 等 ,
情報提供者のタイプに合わせたいくつかの質問項目を準備した.とりわけ,聞き取りに
際しては客観的なデータ収集を行うために,研究者の中立的な立場を遵守した上で,利
益管理システムの導入経緯に関する時期やタイミングについては慎重に問うようにし,
出来る限り公式の内部文書や業務日誌などを参照してもらうようにその都度依頼した.
6
表 2: イ ン タ ビ ュ ー の 概 要
インタビュー時
導 入 当 時 (97 年 )の
の所属
所属
取締役社長
氏名
常務兼経営企画部長
飯田 豊彦 氏
聞き取り実施日
06/8/21,9/28,12/28,07/2/13,
5/17
相談役
常務
清水 雅也 氏
06/10/18
常務取締役
業務企画スタッフ
杉本 眞佐樹 氏
06/9/13,28,12/28,07/2/13,5/17
営業部員
中村 光男 氏
06/10/18
支店物流担当
柳岡 浩二 氏
06/10/18
河南支店
中西 博 氏
06/10/18
村尾 京一 氏
06/11/8
芝池 吉通 氏
06/11/7, 07/5/17
林 寛之 氏
06/8/21,10/18,12/28,07/2/13,
流通営業部
部長
飯 田 物 流 (株 )
南大阪支店
奈良支店
北大阪支店
本社
支店長
支店長
支店長
管理部スタッフ
支店長
八尾営業二部
部長
八尾営業一部営業部員
―
5/17
なお,研究者は,前節で述べた本分析枠組みを事前に想定してインタビュー調査を行
な っ た わ け で は な い .2006 年 9 月 13 日 お よ び 28 日 に お け る 飯 田 豊 彦 代 表 取 締 役 社 長 あ
る い は 杉 本 眞 佐 樹 常 務 取 締 役 へ の 聞 き 取 り 調 査 か ら , 同 社 に お け る ABC 導 入 が 1997 年
当初から組織に受け入れられたわけではなく,その実施は多くの困難と労力を伴うもの
であったことが確認された.しかし,それは本研究課題にとって直接的な証拠とはなり
得ないため,引き続き各部門および支店マネジャーに対する調査を依頼した. 次節で述
べ る 分 析 結 果 は ,こ の よ う な 方 法 に よ っ て い っ た ん イ ン タ ビ ュ ー デ ー タ を 収 集 し た 上 で ,
本分析枠組みに照らして再構築したものである.
4.分析結果
本 節 で は , 第 2 節 で 示 し た 分 析 枠 組 み で あ る 新 装 レ ビ ン モ デ ル に 基 づ き , (株 )飯 田 に
おけるインタビュー結果を整理し,分析する.
4.1. 導 入 フ ェ ー ズ 1 「 予 期 」: 1996 年 以 前
(株 )飯 田 に お い て ABC に 基 づ く 利 益 管 理 シ ス テ ム の 運 用 が 開 始 さ れ た の は 1997 年 で
あ る が ,1996 年 以 前 の ABC 導 入 に 至 る 経 緯 を 導 入 プ ロ セ ス の 第 1 フ ェ ー ズ と す る .1996
年 ま で (株 )飯 田 に お い て は , 利 益 管 理 に 関 す る 管 理 会 計 実 務 は 全 く 実 践 さ れ て お ら ず ,
各支店内には利益といった概念さえも無い状態であった.社内の誰も原価情報を持って
お ら ず ,営 業 担 当 者 に と っ て は ,と に か く 得 意 先 別 の 売 上 数 量( ハ コ 数 、石 高 )、扱 い 件
数などが重要であり,原価情報がなくとも個人の勘と経験だけに頼ったセールスを行っ
7
ていた.伝統的な酒類事業特有の免許制度やリベート制によって、数量を稼げば利益が
ついてくるという経営環境の中にあったためである.
業 績 の ピ ー ク は 昭 和 48 年 だ っ た と 思 い ま す よ . 後 に も 先 に も 臨 時 ボ ー ナ ス
が 出 た の が こ の 時 だ っ た .80 年 代 は 楽 で は な か っ た で す け ど ,そ れ ま で は 取 り
扱 い 件 数 や 売 上 だ け を 管 理 す る だ け で や っ て い け て い た .免 許 制 度 で 守 ら れ て
いたから胡坐をかいて商売をやっていて・・・当時は,キリンビールをまわせ
る か ど う か が 重 要 で ,キ リ ン の シ ェ ア が 減 少 し て き て 値 崩 れ が 起 き て き て い た
けど,自社製品の長龍なども売上がよく,業績には問題がなかったですね.
(常務取締役:杉本眞佐樹氏)
し か し , 1980 年 代 後 半 か ら 90 年 代 に か け て , 酒 類 卸 業 界 を 取 り 巻 く 経 営 環 境 は 一 変
し た . ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト や 大 規 模 小 売 店 舗 (GMS), コ ン ビ ニ エ ン ス ・ ス ト ア ( CVS),
デ ィ ス カ ウ ン ト ・ ス ト ア (DS)と い っ た 新 た な 業 態 が 発 展 す る こ と に よ っ て 急 速 に 価 格 競
争が激化し,いわゆる「酒屋さん」といわれるような規模の小さな一般小売酒販店の生
き残りは困難を極めた.同時に,卸売業界も大手食品総合卸による業界再編が加速し,
それまで地域ごとに特化し住み分けを行っていた酒類卸業の競争力も低下してきた.
こ の よ う な 経 営 環 境 の 変 化 の 影 響 を 受 け た の は ,(株 )飯 田 も 例 外 で な か っ た .90 年 代 ,
一部の経営層は、それまでの収益管理に対して危惧をいだき始めていた.
10 億 く ら い の 利 益 が 出 て 当 た り 前 や っ た の が ,平 成 5 年( 1993 年 )頃 か ら 利
益を大きく減らした.経営会議で利益の報告ができず,当時は 2 月決算で 5 月
にならんと利益がわかりまへんでしたので,常務取締役営業本部長として危機
感は感じてました.
(相談役:清水雅也氏)
数量、売上至上主義から脱却し,利益志向型組織へと転換するという目的の下で,企
業 と し て の 生 き 残 り を か け た 経 営 革 新 の 中 心 と し て ABC に 基 づ く 利 益 管 理 シ ス テ ム の
導入が提案されたが,当初は方向性さえまとまらない状態であった.
本 部 会 議 の な か か ら 売 上 高 だ け の 管 理 で は ま ず い と い う 話 が 出 て き た .で も ,
方向性がわからんかった.経理はなんやねん.いや,経理はなんやねんといわ
れても経理は悪いんやない.営業マンの値引きが(どうなっているのか)わか
ら へ ん .・・・な ん も わ か ら ん や な い か .こ ん な ん で ど う し て 方 向 性 が 決 め て い
け る ? ( と い う 状 態 ).
(常務取締役:杉本眞佐樹氏)
多 く の 経 営 革 新 が そ う で あ る よ う に , (株 )飯 田 に お け る 利 益 管 理 シ ス テ ム の 導 入 プ ロ
ジェクトも企画当初から多くの困難があった.当時は 初代社長のころから会社に仕え、
8
営業スタッフ(セールス)から絶大な信頼を得ていた卸事業本部長である清水常務が卸
売事業全体を統轄していた.個人別に売上目標が与えられるといった目標管理などの制
度はなく,扱い件数や売上数量の大きさや大口のお得意様を任されることこそが優秀な
営業マンの証だという風土があった.そのため,営業において利益や原価といった概念
の重要性は相対的に低かった.
96 年 当 時 は ,
「 原 価 な ん か 知 ら な く て よ ろ し い 」と い う 売 上 至 上 主 義 .
(営業
担 当 者 が ) 原 価 を 知 り た い と 言 え ば ,「 知 っ て ど な い す ん ね ん . 知 っ た ら 値 引
き す る だ け や ろ 」 と .・ ・ ・ そ の 当 時 , 飯 田 豊 彦 ( 当 時 32 歳 ) の ( 利 益 志 向 へ
の 転 換 と い う )主 張 を み ん な が 聞 く ん か と い う と ,ま ぁ 聞 か な い で す よ ね .帰
っ て き た “ お ぼ っ ち ゃ ま ” が な に も ん や と .「 な ん か 頭 が こ え て て 偉 そ う や け
ど,商売できるんか,どれほどキリンビールでやってきたかわからへんけど,
ま だ 苦 労 も し ら ん や ろ 」み た い な 感 じ で す よ ね .一 方 ,清 水 と い う 人 間 (当 時 の
常 務 , 59 歳 )は , 創 業 者 に 面 倒 見 て も ら っ て 、 こ こ ま で ず っ と た た き 上 げ て き
た , 絶 大 な る 信 頼 の あ る 人 間 .・ ・ ・ 我 々 か ら す る と 神 様 み た い な 存 在 . 清 水
常 務 は , 典 型 的 な 営 業 で あ っ て 「 親 の か た き 」,「 血 の し ょ ん べ ん 」 の 世 界 . か
た や , 飯 田 豊 彦 は ,「 血 の し ょ ん べ ん が 1 週 間 続 け ば 人 は 死 に ま す . 仕 組 み で
勝つことを考えましょう」というタイプ.
( 常 務 取 締 役:杉 本 眞 佐 樹 氏 )
ABC を 実 際 に 導 入 す る ま で に は ,彼 ら 2 人 を 中 心 と し た 激 論 が 交 わ さ れ た と い う .清
水 常 務 も 当 時 の (株 )飯 田 の 経 営 状 態 に 対 す る 危 機 感 を 持 っ て い た た め に 抵 抗 を 示 す と い
う こ と は な く ,常 務 会 の 仲 介 も あ っ て 一 定 の 理 解 を 示 し た .た だ ,清 水 常 務 は ,
「短期的
に見れば利益を損ねているかもしれないが,それは結局長期的にみれば取引先との力関
係やリベートの面で利益を生んでいるんだ」といった考えを持っていたのもまた事実で
あった.
元々商売は利益が肝心ですからね.
( 利 益 管 理 の 提 案 が あ っ た と き )利 益 が 大
事っちゅうことについては全然違和感はありまへんでした.ただね,商売は駆
け引きで,売ってもらってなんぼの世界.商売は手の内見せたら負けやと言い
ま す や ん .先 に 値 段 を 決 め て ガ ラ ス ば り に し て ,売 れ ん か っ た と き に ど う な る .
ビールの中身はどこも同じやのに(先に値段を提示すると)同業他社に裏をか
か れ て し ま う .・ ・ ・( 利 益 は 大 事 だ が ) 飯 田 と し て メ ー カ ー に 対 す る 交 渉 力 を
維持するためには量は大事やった.
( 営 業 に も )量 が 大 事 や っ ち ゅ う こ と を 意 識
させとかんと先細りしてしまうわけです.
(相談役
清水雅也氏)
当 時 , (株 )飯 田 の 卸 事 業 全 般 を 扱 う 卸 事 業 本 部 に は , 営 業 企 画 , 商 品 企 画 , 業 務 企 画
の三つの企画部門があり,利益管理システムは企画部門スタッフと本部会議との間で議
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論 し て 作 り 上 げ ら れ た .実 際 に ,ABC に 基 づ く 利 益 管 理 シ ス テ ム 導 入 の 推 進 を 担 当 し た
のが,当時の経営企画部長の飯田豊彦(現取締役社長)と,業務企画スタッフの杉本眞
佐樹(現常務取締役)の2名である.
ABC の 仕 組 み に つ い て ,も と も と の 考 え 方 は 飯 田 社 長 に も ら い ま し た .フ レ
ミング,スーパーバリュー,ナッシュフィンチで講義受けて・・・毎日,ツイ
ン の 部 屋 で し た か ね .毎 日 毎 日 9 日 間( 社 長 と )べ た で 一 緒 ,毎 日 議 論 で す わ .
スーパーバリューで私が質問するのにかぶせて社長が質問して,コーディネー
ターの人が困るくらいもめるんですわ.帰ってからもずっと議論でしたね.
(常務取締役:杉本眞佐樹氏)
こ の よ う な 経 緯 を 経 て ,(株 )飯 田 に お け る ABC 導 入 プ ロ ジ ェ ク ト は 発 足 し た .ABC シ
ステムは,コンサルタントによる支援を得ず,欧米企業の調査や文献などを参考に組み
上げられた.主に,社内にある多種多様な帳票類の中からコストドライバーを抽出し,
出来る限り正確なコストの推定を繰り返し,システムの骨格を作り上げていった.
4.2. 導 入 フ ェ ー ズ 2「 確 定 」: 1997-1999 年
(株 )飯 田 に お け る ABC に 基 づ く 利 益 管 理 シ ス テ ム は ,1996 年 に「 管 理 会 計 の 提 言 」と
いう社内公式文書によって公開され,翌年以降,新たな利益管理システムに基づく予算
管 理 が 実 践 さ れ た .ま ず ,1997 年 に 予 算 編 成 を 開 始 し ,1998 年 か ら 実 際 に 予 算 制 度 を 運
用し始めた.
「 管 理 会 計 の 提 言 」の 提 出 以 後 ,杉 本 氏 は 各 支 店 を 回 り ,新 し い 利 益 管 理 シ
ステムについての説明と説得に奔走したが,営業現場である各支店ですんなりと受け入
れ ら れ た わ け で は な か っ た . 一 部 の 支 店 を 除 き , ほ と ん ど の 支 店 に お い て は , (株 )飯 田
の経営状態についての危機感はなく,逆に従来の営業スタイルからの変更に対する危惧
の方が強かった.
96 年 以 前 に つ い て は 恥 ず か し な が ら 危 機 感 は ま っ た く な か っ た で す ね . ( 当
時 は ま だ )あ る 程 度 売 上 を あ げ れ ば 利 益 は つ い て く る と い う 意 識 が あ っ て・・・
利益重視という風になるということでコスト部分にメスを入れられるという
意 味 で ,と ま ど い は あ っ た と 思 い ま す .相 手 が い る と い う 中 で 競 争 が で き る の
か と い う こ と で 一 番 危 惧 が あ り ま し た ね .・ ・ ・ 理 屈 で は い く ら で も 説 明 で き
る ん で す よ .あ ま り 利 益 を 重 視 し た ら ,売 り 負 け し て し ま う ん じ ゃ な い か と い
う危惧はありましたね.
(南大阪支店支店長:中西博氏)
(当時の率直な感想としては)ピンとこなかったですね、正直なところね.
当時はまだ売りをすべて追及されてましたし.
(奈良支店支店長:村尾京一氏)
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( 当 時 の 考 え 方 と し て )売 り が 中 心 ,販 売 あ り き と い う も の が 強 か っ た の で ,
み ん な が 一 斉 に 変 化 が 起 き た と は 限 ら な か っ た .利 益 を 確 保 し な け れ ば い け な
いという人も,そうじゃない人もいっぱいいた.
(流通営業部部長:中村光男氏)
上記のように各支店長の間で,利益管理システムに対する認識や理解の程度について
は大きな格差がみられた.利益に対する認識が進んでいたマネジャーは、逆にシステム
の導入に際して理解を示し,改善案を思索する姿勢がうかがえた.
( シ ス テ ム 導 入 当 初 の 利 益 の 予 算 は ) 正 直 大 雑 把 な も の で し た ね .・ ・ ・ 売
上 高 と か 石 数 高 と か は す っ と 書 け た ん で す け ど ね ・ ・ ・( 当 時 は ) メ ー カ ー に
値 段 を 言 う な ,無 理 を 言 う な と い う 風 潮 が あ り ま し て .導 入 し た 時 点 で( シ ス
テ ム に 対 し て ) 共 感 し た 部 分 は あ り ま し た ね .・ ・ ・( 上 司 に は ) 売 上 が メ イ ン
や な い ん や と し ょ っ ち ゅ う 言 わ れ て い た か ら で す ね .で も( 当 時 は )具 体 的 に
利 益 が い く ら あ が っ て い る か は わ か ん な い じ ゃ な い で す か .・ ・ ・ 5 年 前 に 異
動 し て き て 感 じ た こ と は 仕 入 れ 値 引 き ,販 売 未 収 金 ,仕 入 れ 未 収 金 が ほ と ん ど
取 れ て い な い . 赤 字 が 3 年 続 け ば (支 店 を )潰 そ う か な と 言 わ れ て い た . 未 収 金
や 物 流 の 仕 方 を 改 善 す れ ば す ぐ に 黒 字 に も っ て い け た の に ,と に か く ボ リ ュ ー
ム を 追 い か け た り ,営 業 は 価 格 交 渉 と い う よ り は 人 柄 な ど に よ っ て 決 め る 雰 囲
気があったため,やっぱり,その売上重視という視点から脱出できなかっ
た .・ ・ ・( 取 引 先 が 赤 字 だ か ら 切 る と 言 っ て も ) 昔 か ら の 付 き 合 い だ か ら , と
いう,ぬるいところがいっぱいありましたね.
(北大阪支店支店長:芝池吉通氏)
ABC の 運 用 が 開 始 さ れ る よ う に な る と , (株 )飯 田 に お い て は ,優 良 な お 得 意 先 と 考 え
られていた取引先ほど赤字店舗であることがしばしば判明するようになった.このよう
な シ ョ ッ キ ン グ な 事 象 に 対 し て ,営 業 現 場 だ け で な く ,経 営 層 の 間 で も ABC に 対 す る 抵
抗が生じた.
ある役員に泣いて言われたのは,
「君は我々が今までやってきたことは間違い
だと言うんかね!!」と.2億も買ってくれていて,役員がこぞって挨拶にい
くような代々続くお得意先が赤字だと!?「我々がやってきたことは間違いだ
と い う ん か ね ! 」 と ( い う わ け で す ).( 今 ま で は ) そ う い う 世 界 だ っ た ん で す
ね .( そ れ に 対 し て は )「 い や , 経 営 と い う 観 点 で み て く だ さ い 」 と ( 言 う し か
な か っ た ).
(常務取締役:杉本眞佐樹氏)
新しい利益管理システム導入後の数年間は,暗中模索の状況だったといってよい.実
際 ,導 入 さ れ た ABC シ ス テ ム も 完 璧 な 状 態 で 導 入 さ れ た わ け で は な く ,毎 年 シ ス テ ム の
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変更が加えられた.その多くは,コストドライバー毎の単価設定に関わる部分であり,
現場からの意見を取り入れ納得性を高めるとともに,望ましい利益をあげるために政策
的に単価の改訂が行われた.ただし,単価の改訂は,予算の作成前に全支店長を対象に
した支店長会議の中で要望を出してもらった上で決定し,予算年度がスタートすれば1
年間はルール変更を認めなかった.
(単価設定等の)作業を1個1個積み上げていく.どの項目一つとってみて
も,すべからくもめる事柄ばっかりなんですよ.これを納得しない人たちに納
得できるように放していく.宣教師みたいなもんですね.
(常務取締役:杉本眞佐樹氏)
ABC 導 入 後 数 年 間 , 多 く の 抵 抗 に あ い な が ら , そ れ で も 頓 挫 せ ず に 変 革 の 道 を 歩 み
続 け る こ と が で き た の は , ト ッ プ の 強 力 な 推 進 力 が あ っ た か ら で あ る . ABC 導 入 の 推
進者の一人である杉本氏は,
「 こ こ ま で や っ て 来 れ た な と 思 う の は ,我 々 は ,飯 田 豊 彦 の
『 印 籠 』を も ら っ て い る よ う な も の で ,錦 の 御 旗 を も っ て や れ た か ら 」そ し て ,
「営業部
員が集まる場所で,清水常務(当時)に全体としての方向性を語ってもたえたから」だ
という.
豊 彦 常 務( 当 時 )は 時 間 を く れ ん か っ た .96 年 の 全 体 会 議 で「 売 上 を の ば し
な が ら 利 益 管 理 を す る の が 私 ら の 役 割 .そ う で な い と あ な た 方 の 将 来 は 無 い よ .
そ れ が で き ん か っ た ら 営 業 か ら 立 ち 去 れ ! 」と ト ッ プ ダ ウ ン で 言 い ま し た .
・・・
営業からは恨まれたかもしれんが、誰も私には歯向かえんかった.弱音をはく
人間にはとことん話し合ってフォローした.
・・・当 時 は え ら そ う な こ と 言 う て
ま し た け ど ね ,私 自 身 金 額 に な っ た だ け で カ ル チ ャ ー シ ョ ッ ク を 受 け ま し た わ .
私の頭の中にはまだ数量がある.未だにハコ数で言うことがありますよ.
(相談役:清水雅也氏)
清水常務にとっては納得できない側面もあったのかもしれない.しかし,このような
ト ッ プ の 変 革 へ の 揺 る ぎ な い 姿 勢 が (株 )飯 田 の 変 革 に は 不 可 欠 で あ っ た .そ し て 1999 年
にこれまで支店別,個人別であった限界利益データを取引個店別に集計可能になったこ
と を き っ か け に , 次 第 に (株 )飯 田 の マ ネ ジ ャ ー や 営 業 マ ン に 浸 透 し て い く こ と に な る .
4.3. 導 入 フ ェ ー ズ 3「 頂 点 」: 2000-2002 年
導入の第 3 ステージは,従来の思考が修正され新しい解釈が根付く段階であり,レビ
ン モ デ ル に お け る 「 変 化 」 か ら 「 再 凍 結 」 へ と 移 行 す る プ ロ セ ス に 該 当 す る . (株 )飯 田
においては,既存の伝統的な売上至上主義から,新たな利益重視の営業方針あるいは企
業経営のあり方へその解釈が変容していくプロセスを指す.
99 年 く ら い か ら 各 支 店 間 で 利 益 額 や 利 益 率 の 比 較 を さ れ る よ う に な っ て か
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ら ,利 益 重 視 と い う 考 え 方 に 積 極 的 に 切 り 替 わ っ て い き ま し た ね .今 ま で 売 上
で上位にランキングされていたような営業マンが利益でみた時にランクが回
に 下 が る と い う よ う な こ と も あ り ま し た ね .「 俺 は 4 年 間 ナ ン バ ー ワ ン や 」「 自
分 は 優 秀 や 」と 思 っ て き た 営 業 マ ン が 利 益 で み る と( 12 人 中 )8 位 や 9 位 に な
ると・・・そういった営業マンは面白くなかったでしょうね.他のメンバーが
「 や っ ぱ り 売 上 よ り 利 益 や で 」と い う 考 え 方 に な っ た の は そ う い う の を 見 て か
らでしょうね.
(南大阪支店支店長:中西博氏)
第 3 ステージでは,現場のマネジャーレベルにまで利益重視の新しいシステムに対す
る理解が浸透していく.前年度までの導入の第 2 ステージにおいては,過去の経験や過
去 の 信 念 に と ら わ れ て い た マ ネ ジ ャ ー も 新 シ ス テ ム に 対 す る 理 解 を 示 し ,ABC に 基 づ い
た 利 益 管 理 シ ス テ ム は 組 織 に 定 着 す る よ う に な っ た .し か し ,支 店 ご と に ABC シ ス テ ム
の使いこなしや取り組みの積極性には差異が見られる.
2001 年 か ら 2002 年 く ら い は 利 益 を 重 視 す る よ う に 営 業 を 方 向 付 け る こ と に
し た . マ ン ネ リ 化 を 防 ぐ た め に 配 置 転 換 し た り し た こ と も あ っ た .( 従 来 の 売
上 至 上 主 義 の 営 業 の 方 へ は )納 得 し て も ら う と か で は な く て ,言 い 方 は 悪 い で
す が 軍 隊 的 な 会 社 で す か ら ,わ か る ま で 言 い 続 け る と い う 手 法 で い っ て し ま い
ま し た ね .当 時 は ,問 屋 が 潰 れ て い っ た 時 代 な ん で ,値 引 き 交 渉 が 比 較 的 受 け
入れられやすかった.規模や価格,パワー関係を加味して,直球でいったり,
選 別 し て 交 渉 を し て い っ た の が よ か っ た の で は な い か .別 に 赤 だ か ら と い っ て
( 取 引 先 を )切 っ て い っ た こ と は な く て ,取 引 を 集 約 す る こ と で 黒 に し て い っ
た.そして,交渉の材料としてコスト情報は重要だった.
(北大阪支店支店長:芝池吉通氏)
当初から抵抗感の少なかった北大阪支店では,支店長が積極的に方向付けを行い,支
店長自ら繰り返し主張することによって、また、支店長自ら利益管理データに基づく営
業資料を作成することによって営業マンの行動を望ましい形に変えていった.それに対
して,利益管理システムの重要性は理解してはいるが,自ら積極的に組織の行動を変え
よ う と い う 姿 勢 で は な く ,必 ず し も ABC 情 報 を 有 効 に 活 用 で き て い な い 支 店 も 存 在 す る .
( シ ス テ ム が 組 織 に 定 着 し た の は ) 2000 年 く ら い か ら や と 思 い ま す . 2000
年 頃 か ら 2001 年 頃 に か け て , 利 益 に つ い て 本 部 長 か ら 叱 責 さ れ る な ど し て 営
業 現 場 に も 現 在 の 利 益 管 理 シ ス テ ム が 普 及 し て い き ま し た .当 時 は 利 益 と い う
面 で は 厳 し か っ た か ら .そ れ ま で は 仲 良 う 一 緒 に が ん ば ろ う や み た い な 感 じ で
し た か ら ね .た だ ,個 店 利 益 が 出 る よ う に な っ た の で 納 得 せ ざ る を 得 な か っ た .
き ち っ と 数 値 で で る よ う に な っ た か ら 理 解 せ ざ る を 得 な か っ た で す ね .2000 年
の 予 算 か ら 限 界 利 益 の 細 部 に 至 る ま で 検 討 し ま し た が ,こ の 段 階 で は 重 点 目 標
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と し て 売 上 伸 ば し ま す と か ,利 益 が ん ば り ま す と か ,配 送 を 考 え ま す と か 一 応
書 い と る わ け で す よ .た だ ,き ち っ と 進 捗 を ね ,チ ェ ッ ク し な が ら や っ て き た
かといえばできてなかったわけです.目標あげっぱなし・・・途中のすり合わ
せ が 抜 け て ま し た .作 業 と し て ,年 の 始 ま り は ,つ い で に 利 益 目 標 が あ っ て と
いう感じでしたね.
(奈良支店支店長:村尾京一氏)
各支店長に対するインタビューから新しい利益管理システムが組織に普及し定着した
時 期 は 2000 年 前 後 で あ る こ と が う か が え る .取 引 先 と の 交 渉 や 選 別 に 関 し て コ ス ト 情 報
の重要性を認識するという形で利益重視という新しい解釈のあり方に変化が生じたとい
う 支 店 も 存 在 し た .利 益 管 理 シ ス テ ム に よ っ て も た ら さ れ る ABC 情 報 に 対 す る 解 釈 の あ
り方がトリガーとなり,個人の勘と経験のみに頼っていた従来の営業スタイルから,デ
ータに基づいた提案営業を行うなどの行動の変化をもたらしたといえよう.
4.4. 導 入 フ ェ ー ズ 4「 事 後 」: 2003 年 以 降
導入プロセスの第 4 のフェーズは「事後」の段階である.この段階では,組織的な一
連の変化が全体としてどのような意味を持つのかについて改めて検討することによって,
組織変化の結果や派生的問題についての解釈を行う.そして,その結果について組織構
成員が事後的に評価を下し,その成果についての勝者と敗者が明らかとなるのがこのフ
ェーズである.
(株 )飯 田 に お い て , 利 益 管 理 シ ス テ ム の 導 入 が 同 社 の 業 績 に ど の 程 度 の イ ン パ ク ト が
あったのか,その効果についての彼ら自身検証は行っていないものの,導入推進者であ
った杉本氏をはじめ同社の社員によれば,システム導入の成否について肯定的な意見が
支配的である.
DS( デ ィ ス カ ウ ン ト ス ト ア ) に 対 し て , 曜 日 配 送 等 を 実 施 す る よ う に な っ
た 2005 年 度 か ら 利 益 を 確 保 す る よ う に な っ た . DS と の 交 渉 で , 利 益 管 理 が
な か っ た ら 真 っ 赤 っ か だ っ た と 思 う . 2000 年 頃 に は 一 般 酒 販 店 が 疲 弊 し , 10
年 前 に 比 べ て 4 分 の 1 程 度 に 減 っ て い て ・ ・ ・ 2004 年 度 以 降 は , 競 合 の 卸 と
比 較 し て ,(株 )飯 田 は 利 益 を 確 保 で き て き た .相 手 は ま だ ど ん ぶ り 勘 定 で や っ
てますからね.我々は,個店別利益管理で見ていますから,馬鹿げた競争は
もう止めや,と.馬鹿げた値引きについては,はっきりとノーといえるよう
に な っ て き た の が 2004 年 .利 益 を 確 保 す る た め の ロ ッ ト ,ボ リ ュ ー ム ,商 品
についての情報が活用できるようになり・・・利益管理がなければかなり苦
しい状況になっていたのは間違いないでしょうね.
(南大阪支店支店長:中西博氏)
導 入 当 初 は ,変 化 に 対 す る 不 安 や 危 惧 を 持 っ て い た 支 店 長 や 営 業 担 当 者 も 2000 年 以 降
は概ね利益管理システムに対して明確な成果を実感し,同業他社に対する競争優位性を
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認識するほどに至っている.さらに,この段階においては営業の第一線で活躍する営業
担当者から利益管理システムの操作性や運用方法などについてボトムアップでの改善提
案がなされるようになってきた.
ABC の 効 果 に つ い て は 正 直 わ か ら な い . た だ , や れ て い な か っ た ら 酷 い 目
に あ っ て い た だ ろ う な ,と .現 状 で は ,飯 田 社 長 も 私 も あ ま り ABC に 対 し て
関 与 し て い な い .本 当 は 毎 年 毎 年 ル ー ル 変 更 し て い か な け れ ば な ら な い の に ,
かまっていられないわ,という状態.今後も取り組みや評価の仕方を変えな
い と い か ん な ぁ .2003 年 頃 に は ,ABC の 単 価 設 定 方 法 に つ い て 現 場 か ら 修 正
依頼が来るようになった.
(常務取締役:杉本眞佐樹氏)
このように,第 4 のフェーズでは組織変化に対する解釈として事後的な評価だけでな
く,派生的な問題について自発的な発言や要求等,よりよい営業スタイルの確立に向け
た批判的な発言がみられるようになったことも,このステージに特徴的にみられた現象
である.
5.ディスカッション
本 論 文 で は , 組 織 構 成 員 の 組 織 変 化 に 対 す る 解 釈 の あ り 方 を 一 つ の 視 点 と し て , (株 )
飯 田 に お け る ABC に 基 づ い た 利 益 管 理 シ ス テ ム の 導 入 プ ロ セ ス に つ い て 新 装 レ ビ ン モ
デルの枠組みを用いて分析してきた.ここでは,改めて分析枠組みに照らし合わせてイ
ン タ ビ ュ ー 結 果 を 整 理 し た い ( 表 3 ).
組織変化プロセスの第 1 フェーズは,
「 予 期 」の 段 階 で あ る .こ こ で は ,ト ッ プ マ ネ ジ
メントを中心として従来の営業のあり方や,今後の経営のあり方に対する危機感や問題
意識が,組織変革の必要性を認識させていた.そのため,飯田における利益管理システ
ムは,強力なトップの推進力を伴って実施された傾向にあるといえよう.しかし,この
時点においては,トップと現場の間に新システム導入に対する解釈のあり方が異なって
いる点に注意が必要である.すなわち売上至上主義からの脱却の必要性についての解釈
に相違やコンフリクトが少なからず見られたことも第 1 フェーズである「予期」の段階
の特徴である.
次に,第 2 フェーズの「確定」の段階では,新しい利益管理システムの骨格が形成さ
れ,組織に公表される.従来売上を伸ばしていた取引先が実は赤字店舗であったという
よ う な イ ン パ ク ト の あ る 現 実 に 直 面 す る こ と に な る が , (株 )飯 田 に お い て は 従 来 か ら の
売上中心あるいは販売ありきといった考え方が根強かったため,各支店の方針が一斉に
変化をもたらしたわけではなかった.一部の支店では,決められたフォーマットに従っ
て結果を出すといった形式的な実務に終止しており,この段階での思考は,いまだ従来
か ら の 考 え 方 や 過 去 の 現 象 を 手 が か り と し て い た .こ の こ と は ,(株 )飯 田 が ABC の 導 入
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後すぐに利益志向型の組織へと変革したわけではないことを示している.
表 3: 分 析 結 果 の ま と め
変化の過程
解凍
変化
再凍結
未解決問題の発表
イベントの発生
解釈の
派生的な問題の発生,
キッカケ
時間的な経過
「このイベントは自身に一
「このイベントは自身の仕
「このイベントは全体とし
体どのような意味があるの
事に一体どのような意味が
てどのような意味を持つの
か」
あるのか」
か」
個人化の
キッカケ
1997 年 以 前
1997-2000 年
2001 年 以 降
「 管 理 会 計 の 提 言 (1996)」
予 算 制 度 の 運 用 (1998)
管理会計システムの
「 予 算 編 成 ( 1997)」
利 益 重 視 の 業 績 評 価 (1999)
現場への普及
|
|
|
(株 )飯 田 の
場合
解釈の
予期
確定
頂点
事後
1996 年 以 前
1997-1999 年
2000-2002 年
2003 年 以 降
ハ コ 数 ,売 上 至 上 主
ABC シ ス テ ム の 採
支店間の業績比較
導入結果の主観的
義 へ の 危 惧 ,酒 類 業
用 ,予 算 編 成 ,予 算
の 開 始 、利 益 重 視 の
評 価 ,営 業 現 場 へ の
界の環境変化
管理の開始
業績評価の受容
普及
現 場 へ の 説 得 活
「トップ営業マン」
肯 定 的 な 全 体 評
動・経 営 層 の 強 い 意
の 失 墜・繰 り 返 し の
価・ユ ー ザ ビ リ テ ィ
志・営 業 現 場 の 戸 惑
教 育 活 動・コ ス ト 情
へ の 不 満・勝 者 と 敗
いと不満
報の有用性の認識
者の明確化
繰り返しの主張,
結果,勝者と敗者,
象徴化
イベントの功罪
段階
(株 )飯 田 の
場合
ABC 構 築 の た め の
情 報 収 集・危 機 感 の
希 薄 な 営 業 現 場・売
上 か 利 益 か ,と い う
激しい議論
解釈のもと
従来からの説明,
噂,雑多な情報,
となった現
過去の同様のイベ
観察
実
ントの参照
解釈の方法
収集
標準化
進行につれて考え
思考の方法
再構築
評価
修正された考え方
従来どおり考える
る
批判的に考える
を用いる
第 3 の フ ェ ー ズ は ,「 頂 点 」 で あ る . 利 益 管 理 シ ス テ ム に よ っ て 提 供 さ れ る ABC 情 報
がトリガーとなり,上記のような従来の考え方が次第に修正され組織構成員の行動の変
化 を 引 き 出 し て い っ た .こ れ は ,利 益 管 理 シ ス テ ム に よ っ て 提 供 さ れ る ABC 情 報 が 実 務
16
上どのような意味をもつのかについて,それぞれ現場で思考するようになったことによ
っ て ,ABC に 基 づ く 利 益 管 理 シ ス テ ム に 対 す る 解 釈 の あ り 方 が 再 構 築 さ れ ,組 織 に 定 着
していくプロセスを示している.
最後に,第 4 のフェーズである「事後」の段階においては,一連の組織変革に対する
組織構成員の評価や批判的な意見が提出された.トップや支店長,そして現場の営業担
当者も利益管理システム導入は概ね成功したという認識を抱いており,その一方で新た
な問題点の指摘やさらなる組織変革の必要性がみられた.
以 上 よ り ,ABC 導 入 に お い て も 新 装 レ ビ ン モ デ ル で 整 理 さ れ て い る よ う に ,組 織 と し
ての変化も,それが個人化され組織成員の認識や行動の変化に至るまでは一定のラグが
生じること、またその変化は,きっかけとなる事象に対して新装レビンモデルで説明さ
れているような段階の過程を踏むことが確認された.
6.おわりに
本 論 文 で は ,(株 )飯 田 に お け る ABC に 基 づ い た 利 益 管 理 シ ス テ ム の 導 入 プ ロ セ ス に つ
いて,行為の連鎖としての組織構成員の解釈のあり方の変化を分析してきた.分析に用
いた新装レビンモデルは,組織構成員の解釈を一つの視点として再構成された枠組みで
あ る . こ れ は , 従 来 の 「 解 凍 」・「 変 化 」・「 再 凍 結 」 と い う 組 織 変 化 プ ロ セ ス の 中 で , 組
織構成員の解釈の変化を経時的に捉えるのに十分な説明力を有するものであった.この
枠組みを用いて分析を行ったことによる既存研究に対する貢献およびインプリケーショ
ンは以下の 3 点に整理できよう.
第 1 点 は ,既 存 研 究 の 限 界 の 克 服 と い う 貢 献 で あ る .ABC 導 入 プ ロ セ ス に 関 し て ,既
存 研 究 は 多 様 な ス テ ー ジ モ デ ル を も ち い て 説 明 的 な 研 究 結 果 を 提 示 し て き た が ,「 な ぜ 」
あるいは「どのように」導入ステージが変化するかについては十分な検討がなされてこ
なかった.本研究の第 1 の貢献は,導入ステージの変化の根拠を組織構成員の解釈のあ
り様に求めることによって導入ステージの変化のプロセスを説明したことにある.
第 2 点 は , 管 理 会 計 導 入 と い う 実 践 に 対 し て の 貢 献 で あ る . ABC の よ う な 管 理 会 計
システムが導入されてからその効果を発揮するためには,個人レベルでの解釈の変化を
伴う必要があることが明らかになった.通常,新装レビンモデルが指摘するように,シ
ステムの導入から解釈の変化には時間的なラグが存在する.このような時間的なラグの
存在と,個人レベルで解釈の変化を促すイベントの存在は,実践的にも重要なインプリ
ケーションを持つ.
第 3 点は,本論文が採用したリアリティを追求した行為記述的な方法による,研究方
法 論 上 の 貢 献 で あ る .ABC 導 入 に 関 わ る 組 織 変 化 プ ロ セ ス に つ い て 個 人 に 焦 点 を あ て て
記 述 す る こ と に よ っ て ,ABC に 基 づ く 利 益 管 理 シ ス テ ム の 導 入 の 実 態 を あ り あ り と 分 析
することに成功した.導入研究に限らず既存の管理会計研究は,管理会計システムに関
連する人々のリアリティや行為に関する記述を軽視してきたといえる.しかし本論文で
は ,質 的 フ ィ ー ル ド ス タ デ ィ を 採 用 し 行 為 の 連 鎖 を 記 述 す る 立 場 を 採 用 す る こ と に よ り ,
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既存の「変数システム」としての管理会計研究に対して,補完的な研究成果を提供でき
たのである.
最 後 に ,本 論 文 の 限 界 と さ ら な る 研 究 の 展 開 可 能 性 を 述 べ て 本 論 文 を 締 め く く り た い .
まず,本調査がレトロスペクティブなインタビューであることには一定の限界がある.
この問題に対処するために,インタビュー時には多様な組織階層のメンバーとしてトッ
プマネジメントから支店長・営業担当者を対象とすることによって,出来るかぎり客観
的なデータの収集を行った.また,当時の経営会議資料,通達書類,個人が保管してい
た資料など客観的事実資料によってインタビュー内容の整合性を確認した.今後,さら
に本研究テーマについてより深い知見を提供するには,本論文の限界をふまえ,実際に
生起している変化プロセスについて経時的なフィールド調査を実施することが必要とな
るだろう.また本論文では,管理会計システムの導入の成否についてはインタビュイー
の主観的な評価に基づいている.既存の導入研究の論点の一つとして導入成果に対する
評価の問題が挙げられるが,管理会計システムの導入の結果,客観的な成果指標にどの
ような影響をもたらしたかについての検討は別途試みている次第である.しかし,これ
らの点を考慮しても本論文で得られた知見の重要性が損なわれるものではない.
[2007.7.20 824]
謝辞
当インタビュー調査は飯田豊彦社長の全面的な支持と社員の方々の協力なしには実現
し 得 な か っ た .と く に ,飯 田 社 長 ,杉 本 常 務 に は 数 度 に 及 ぶ イ ン タ ビ ュ ー に 応 じ て 頂 き ,
林氏にはインタビュー日程の調整をはじめ資料の準備などご尽力を頂いた.また,研究
の目的に理解を頂き,個人のインタビュー内容を本論文のようなありのままの形で公表
することについてご理解頂けた.改めて感謝申しあげる次第である.また,本稿は日本
管 理 会 計 学 会 関 西 中 部 部 会 2007 年 度 第 1 回 大 会 に お け る 自 由 論 題 報 告 を 加 筆・修 正 し た
も の で あ る .報 告 お よ び 執 筆 に 際 し て ,上 埜 進 先 生( 甲 南 大 学 ),上 総 康 行 先 生( 福 井 県
立 大 学 ),加 登 豊 先 生( 神 戸 大 学 ),澤 邊 紀 生 先 生( 京 都 大 学 ),坂 口 順 也 先 生( 関 西 大 学 )
から示唆に富むご質問,ご助言をいただいた.記して深く感謝する.
注
な お 2002 年 ま で に 実 施 さ れ た 欧 米 の 代 表 的 な 導 入 研 究 に つ い て の 網 羅 的 な レ ビ ュ ー と し て は , 梶
原 ・ 窪 田 (2004)を 参 照 さ れ た い .
2 一 連 の 組 織 変 革 の 研 究 は 非 常 に 多 様 な ア プ ロ ー チ で 展 開 さ れ た .代 表 的 な 研 究 は ,例 え ば Boyett &
Boyett(1998)の 第 2 章 に 紹 介 さ れ て い る .ま た 一 方 で ,組 織 変 革 の 理 論 で は レ ビ ン モ デ ル と は 異 な る
「 常 に 変 化 し 続 け る 状 態 」 を 分 析 す る モ デ ル が 台 頭 し て い る と い う 主 張 も あ る (Robbins, 1997).
3 Anderson(1995)は 質 的 な ケ ー ス ス タ デ ィ な の だ が ,
導入プロセスにおける検証可能な変数システム
間の仮説を探索している,という点で,このような限界を抱えている点に注意されたい.
4 し か し , 本 論 文 の 方 法 論 的 定 位 と Ahrens ら の 主 張 す る そ れ は , 異 な っ て い る 点 に 注 意 が 必 要 だ ろ
う.特に,認識論的な前提についていえば,本論文が本質主義的な立場に立っているのに対して,
Ahrens ら の い う 質 的 フ ィ ー ル ド リ サ ー チ は 社 会 的 現 実 を 人 間 主 体 に よ る 構 成 的 な も の に 限 定 し て い
る , と い う 点 で 決 定 的 に 異 な っ て い る . そ の た め , Ahrens ら の 質 的 フ ィ ー ル ド リ サ ー チ は 量 的 研 究
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方 法 の 代 替 的 方 法 と み な さ れ る が ,本 論 文 で は 質 的 フ ィ ー ル ド リ サ ー チ は あ く ま で 量 的 研 究 方 法 の 補
完 的 方 法 で あ る ,と い う 立 場 を と る .な お ,こ こ で の 方 法 論 的 な 議 論 は ,松 嶋 (2006)に お け る 方 法 論
上の対立構図を参照している.
5 こ の 名 称 は Harsey, et al.(1996)に よ る .
6 本 文 に は 社 長 の 発 言 に 関 す る 記 述 が 無 い .そ の 理 由 は ,当 利 益 管 理 シ ス テ ム は 社 長 自 ら 考 案 し 基 本
設 計 を 行 い ,導 入 の イ ニ シ ア チ ブ を も っ て い た こ と と ,社 長 が 導 入 を 進 め た 利 益 管 理 シ ス テ ム に 対 し
て,幹部以下の社員がそれをどのように受けとめたかという観点を中心に記述しているからである.
社長からは全社的にどのように利益管理システムを導入していったかという事実確認を中心にイン
タビューを行なっており,そのプロセスは当時の会議資料などで補足確認をしている.
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