【パラダイム】 「IN」の知識と「OF」の知識 北海道大学公共政策大学院 院長・教授 宮脇 淳 政策議論が活発化している。志木市や市川市の予算編成への住民参加など、地方自治体を中心に政策評価 や政策形成過程に住民等外部者の参加を促進する取り組みが進められている。また、公共サービスに関する行 政と地域の協働も拡大しており、従来に比べ政策議論が地域そして住民に身近なものとなりつつある。従来、政 策議論は行政と政治の専門領域と位置づけられ、経済社会の専門化・縦割り化が進む中で、地域や住民から次 第に遠い存在となっていた。そのことが、本来、開かれた存在であるべき「公」たる行政や政治の存在を閉鎖的な 体質に変質させ、一方で住民等の行政依存を強め、政策への無関心、受益と負担の乖離を生む原因となってき た。また、国と地方の関係では、国が政策議論の大半を独占し、地域は国が決定した政策を執行する主体として の性格を強めてきた。こうした国そして行政・政治が独占してきた政策議論を開かれた存在とすることは、限られ た資源を有効に活用し、且つ多様化するニーズに地域が応えていく上で必要不可な課題となっているのである。 政策議論への住民等の参加は、これまでの縦型、上下関係を基本とした縦割りの政策議論、政策執行を、水 平型の政策議論、政策執行に変え、より多彩な視点から地域政策を考え問題提起する「場」を広げている。こうし た「場」は、情報共有や官民連携が進むほど活発化する。しかし、活発化することと、その「場」で政策が形成され 執行されることとは別問題である。なぜならば、政策を考え、政策を執行し、政策を評価するには、「IN」の知識に 加え、「OF」の知識が不可欠だからである。 「IN」の知識とは、さまざまな経験、勉強等によって培われた知識であり、これまでの閉鎖的な行政等の知識に 新たな角度と資源を提供するものである。住民参加等でまず政策議論に対して新たに供給されるのは、「IN」の 知識である。しかし、「IN」の知識だけでは、問題提起はいろいろ行われても、問題解決のための政策を積み上げ ることはできない。なぜならば、様々な視点による課題だけが累積し、課題を解決するための手段とその手段を 適切に執行するための「OF」の知識が提供されないからである。 「OF」の知識とは、政策を形成し、政策を適切に執行する知識を意味する。この「OF」の知識こそ、行政、政治 そして国に独占されてきた領域の中心である。如何に新たな視点からの問題提起があっても、それを理想に向け て近づけていく手段たる政策形成・執行をめぐる知識がなければ、理想は現実のものとはならない。予算編成等 への住民参加は、「OF」の知識の共有を進める重要な手段である。 コンピューターにたとえれば、「IN」の知識がアプリケーションであるとすると、「OF」の知識はOSである。OSが なければ、いくら多彩で質の良いアプリケーションが提供されても、政策というコンピューターは機能しない。 公共政策学を学ぶ必要性はここにある。これまで行政等に独占されてきた政策に関する「OF」の知識を如何 に住民等地域に開放するか、そのことが、地域の政策議論を高めると共に、地方自治の質を高める上で不可欠 な課題である。そして、公共政策の思考や理論を地域にとって「OF」の知識から身近な「IN」の知識に転換できた 時、行政も地域も次の協働の新たなステージへと移行することができる。 「PHP 政策研究レポート」(Vol.8 No.92)2005 年 5 月 1
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