「木によるものづくりと教育効果∼「生きる力」を育む木によるものづくり∼」 山下晃功氏 島根大学教育学部教授 私は今までの先生方とちょっと趣が違います。実は私、職人のような教師です。ノコギリを持っ てカンナを持って、そして若い学生諸君を、小学生を、あるいはおじいさんを、おばあさんを、若 いお母さんをと、まさに老若男女を相手にしながら学校教育、それから社会教育という場でものづ くり、もちろんものづくりには鉄もあれば、ガラスもあれば布もある。あると時は野菜もあれば、 いろいろなものづくりがありますが、基本的には木を使ったものづくり、木工教室といわれていま すが、それを25年ぐらいやらせていただいています。 最初は半信半疑でやってまいりましたが、やはり木によるものづくりは社会にインパクトを与え るなあと日に日に強く思っているところです。私の経験則に基づいたお話をさせていただきますの で、多少サイエンスから逸脱することをお許しいただきたいと思います。 私、若い学生さんを相手にしております。今の若い学生さん、なんであんな座り方をするのか、 なと情けない言葉遣い、服装をするのかといわれます。しかし私は、本当はいいものを持っている と思います。今の社会的に憂ることを、ちょっと希薄な現象ということで3つほどまとめてみまし た。 3つの希薄現象、第一は人と人のコミュニケーションの希薄化。人と人がなかなかお話が出来な い。よく言われます。隣近所とお話も出来ない。今の学生もなかなかあいさつができません。私ど も教師を養成しております。 教育実習で学校に行きます。 たくさんの子どもたちを前にして学生が、 どう子どもたちに話しかけていっていいのか分からなくて棒立ちで、しゃべる言葉も棒読みで、何 かアシモ君がしゃっべっているようになってしまいます。学生だけではありません。大人の社会で もこれが蔓延していると思います。 2つ目はものと人の関わりの希薄化、私たちの生活はテレビ、車、冷蔵庫、電子レンジ、いろん なものが溢れておりますが、それとの関わりはどうなんだろう。私の子供の頃のおもちゃといえば ブリキのおもちゃでした。縁側で走らせていると壊れる。おかしいなと、ブリキのおもちゃの裏側 を開けて中の仕組みを見る。こんなものかというような関わりがあった。ところが今はむやみやた らと裏のふたを開けてはいけません。感電死する恐れあり。大体こんな具合です。理科離れと言う ことがいわれます。科学技術離れ、私たちの身の回りには科学技術がいっぱいなんですが、見ては いけない、開けてはいけない、触れちゃいけない。そんなことをしていて理科離れが起きないはず がない。僕はそう思っていまして、やはりそういう科学技術をもっと身近に持っていくためには、 ものとの関わりを親密にしていく必要があると思っています。 3番目、住まい、これとの関わりはどうでしょう。昔の木造住宅、私も昭和20年の生まれです。 よくおやじ、お袋から「さあ、きょうは大掃除だよ。障子紙を張るよ」と。大掃除だというような ことで、家の中のいろんなところを見ました。触りました。そういう関わりが非常に深かったわけ です。私流に言わせれば住まいとの関わりはビジネスホテル化ではないかなと思っています。カー テンも開けない、窓も開けない。テレビのスイッチをつけ、エアコンをつける。だんだんビジネス ホテルに我が家がなっている。こんなことでいいのかと。ということで、この3つの希薄化現象を 憂いているわけです。 憂いてばかりいてもいけません。何とか解決しなければいけません。解決する方法、これは独断 と偏見になるかもしれません。人と人とのコミュニケーション、体を動かして何かをすることによ るのが一番いいと思います。私、こうして壇上から皆さんと接しております。皆さんは座ったまま。 視線がこちらに向いているだけ、非常に関わり、私は人間好きで関わりたいんですけど、関われな 1 い。そうではなくてやはり人の地が出てくる、このものづくり、ノコギリで切っている。ちょっと した踏み台を作っている。何か戸を直している。そういう姿を誰かが見たときに何か変わったこと をやっているね、と言ういうふうに話しかけられやすいシチュエーションがありますね。私は、そ のものづくりを中心とした身体運動、肉体労働というのは、そういう人と人を引き付ける、話のき っかけを作ってくれるいいものではないかと思っています。 それからものと人の関わりをより親密にするためには、メンテナンスする、手入れをする、こう いうような関わりを持っていかないと、ものとの関係はいい関係になっていかないように思えてな りません。 住まいとの関係、今掃除機で掃除はします。でもそれ以上の掃除はなかなかない。私、この間、 子どもを叱りました。お前、窓ガラスぐらい拭けよと。拭けといってもなかなか拭かない。われわ れのころといったら窓ガラスを拭くというのは、1年に2、3回はやらされました。 まあ、そういうようなことから日曜大工、家庭工作、ちょっとこの戸の開け閉めがおかしいので じゃあ戸車を替えようかというようなこと、それからここにちょっとした踏み台があったらいいね というような住まいの中のものづくり、修理、メンテナンス、こういうものを入れていくことによ って住まいが、もっともっといいものになっていくんじゃないかなと思っています。 じゃあ、いまいったようなことを解消していくために、皆さん、幅広く何をしてもらったらいい のかと考えていったときに、やはり老いも若きも男性も女性も、国民各層幅広く楽しく、しかも実 用的に楽しめるものは何かといったら、 やはり僕は木によるものづくりだと思っています。 金属を、 鉄板を使って何かやれといったってやれませんよ。ガラスもいい材料です。でもガラスで何かやれ といいても幅広くやるというのは難しいものだと思います。木によるものづくりこそ、今まで言っ た社会現象を克服するきっかけになるように思えてなりません。 そういう中できょうは木の良さをるるご説明いただきましたが、木がものづくりの材料としてど うしていいのか。私はどちらかといいますと学校教育の先生を養成する立場におります。ですから 教材とでもいっておきましょうか。 教育材料といって木が何でいいのか。6つほどにまとめてみました。ものをつくるためには形が 変わっていかなければなりません。切ったり、削ったり、穴を開けたり、丸めたり、いろいろなこ とが出来る身近な材料としては、私は木がナンバーワンだと思っています。2番目、身体発達段階 に応じて学習できる。老いも若きも、園児、児童、青少年、大学生、成人、老人、すべてにわたっ て。 最初から大きな家を作れと言ってもそれは出来ません。幼児は幼児なりにちょっとしたおもちゃ でいいのです。小学生ぐらいになってきますと、おもちゃに毛の生えたようなもの、中学生ぐらい になるとちょっと身近な実用品、大学生、高校生位になってきますと大きなもの、ログハウスいい じゃないかとか、成人になってくるとガレージをつくろうやと。いろいろなものを作るバリエーシ ョンが段階ごとにすべて存続するんです。ガラスや金属でそんなことがありますか。私はないと思 っています。 それから年輩の方にも、今私たちがやっているのは「ろくろ」です。縁側に小型のろくろを置い て茶卓を作ってみる。お椀をつくってみる。これは老人の方にもとても人気のあるものです。それ から材料が身近なところで簡単に入手できる。 4番目、多様な木工作品の制作が可能である。5番目、実用強度がある。実用的ということはと ても大事なキーワードだと思っています。ここに理科の先生がいらっしゃったらごめんなさい。理 科で科学が、サイエンスが好きになるように、いろんなものづくりをやります。あれはおもちゃで あっておもちゃはある年齢を過ぎると大体ごみになっていってしまうんです。出来上がったものを 家に持ち帰って大切にしなさいといっても理科でやったものはなかなか末永く、一生持っていると いうものは非常に少ないんです。それに比べると身近な本立て、木箱、恐らくこの中にもこれは小 2 学校で作ったんだよ、今でもあるんだよという方がおられると思いますが、実用強度があって、実 用的というところが実に木の良いところだと思っています。 6番、最近の環境問題で新しい価値が出てまいりました。循環型社会を体系的に、気軽に学べま すよと。これは言わずと知れたところです。 こんなような良さがあります。これは木自体にあれだけの良さがあるということです。先ほど私 より以前に4人の先生がいろいろ木の良さをいっていただきました。そういう良さと同時に今のよ うな良さも十分に持っているなと。次は木によるものづくり、手を動かし、体を動かしてものを創 り上げていく。こういう活動がどういう意義があるかということです。形となって表現できる。 実は私、魔の金曜日と呼んでいますが、朝からずっと夕方まで授業が詰まっています。その中の 大半は何かといいますと、大学生にものづくりをさせております。一般教養で、定員22名です。 自分の好きなものを作れといって作らせております。ぼちぼち学期末が近づいて来ました。完成に 近づいています。形が見えています。そうすると学生は次の授業があるだろう、帰りなさいといっ ても帰っていかないんですよ。 「いいのかい」と聞くと「次の時間はたくさん出席しているから1回 くらいさぼってもいいんです」と。これは私にとってとても嬉しいんです。形が見えてくるといこ とは、やはり学んだことが形となって見えてくるということで、これはまさにわくわくどきどきの 世界だと思っています。それから体を動かす。もちろんどんな形に、どういう機能を持たせてやる かという、肉体的で、頭脳的で、しかも文化的な活動ではないかなと思います。 昨年のノーベル化学賞受賞の田中耕一さんが小学校4年のとき、こういう作文を残しているそう です。 「自分の頭で考え、自分の足で歩き、自分の手で作ることの必要性は、どんなに進歩した未来 でも同じことだ。自分の考え、心はいつまでも僕のものでありたい」 。実はこれが、きょうの副題で もあります「生きる力」 、自分で問題を見つけ、自分でその解決法を見つけ、自分でその問題を解決 していく、そういうような力を養いなさい。それが生きる力だよと。何と、今の教育の大きな目標 であることを田中さんは小学校4年生のときにもう既にいっておられる。と同時に、きょうの私の テーマであります「手でつくろう」ということが表現されておりましたので、最後の締めというこ とで、これを使わせていただきました。 3
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