1 今どき健康学 中村雅美・江戸川大学特任教授 百寿者

今どき健康学 中村雅美・江戸川大学特任教授
日経新聞・2011.5~2013.6
★ 百寿者、たんぱく質多く摂取(2011.5.22.)
日本には 100 歳以上の高齢者はどれくらいいるのだろうか。厚生労働省の統計によると、2010 年
には 4 万 4449 人である。およそ 20 年前の 1989 年が 3078 人であったから 20 年ほどで 15 倍弱に
なったことになる。日本人は他国の人に比べて健康寿命も長いといわれるから、健康な 100 歳長寿
者が増えることは喜ばしいことだ。
100 歳以上の人(百寿者ともいう)が多くなったのは、栄養状態の改善の効果が大きい。人間総合
科学大学保健医療学部長の柴田博教授は「高齢者の栄養状態が悪い(低栄養)と免疫力が下がり、
骨なども弱くなって感染症にかかりやすくなったり、骨折も起こしやすくなる。いろいろなことから高齢
者の低栄養は老化を進める要因になる」と言う。栄養の中でも、特にたんぱく質の摂取が増えたこと
が大きくきいている。
柴田さんがいた東京都老人総合研究所が行った有名な研究がある。それは「百寿者は摂取総カ
ロリーの内でたんぱく質から得るカロリーの割合が日本人の平均よりも高い。しかも、肉などの動物
性たんぱく質も多い」というものだ。長生きする人の食事は低エネルギーだが高たんぱく質だった。
それまでは「健康のためには粗食を」とか「高齢になると野菜中心のあっさりした食事がよい」といわ
れてきたが、その常識を打ち破るもの。これはその後の調査でも補強されている。
老化を遅らせ、介護の必要がない生活をおくるには、筋力をつけるのが一番。それには筋肉のもと
になるたんぱく質を摂ることが最もよい。加えて運動も必要だ。いくらたんぱく質を摂っても運動をし
なくては筋肉がつかないし、骨も強くならない。寝たきりの高齢者は筋肉が弱くなり体を支えきれなく
なる。
ただ、特定の食品成分、栄養がよいといってその食品ばかりを食べてはいけない。必要なのは「偏
りのない食事のバランス、食生活の多様化」である。食品をバランスよく摂っている人ほど生活機能
の低下も少ない。いろんな食品をまんべんなく摂ることが大切だ。
最後に柴田さんがまとめた「高齢者でもこれだけ摂りたい一日の栄養」をあげておこう。肉 60~80g、
魚介類 80~100g、豆腐 3 分の 1 丁(または納豆 1 食)、卵 1 個、野菜 350g、海草類 15gなど。
★ 生活習慣病、睡眠時間も原因に(2011.5.29.)
このコラムと同じ紙面の「知っ得ワード」で、日本大学医学部の内山真教授が不眠症について解説
していた。4 月 24 日付で同教授は「不眠症になると高血圧、糖尿病など生活習慣病にかかるリスク
が増す」と述べている。このことをもう少し詳しく見てみたい。
睡眠と生活習慣病の関係を調査したのは、日本大学医学部の兼板佳孝准教授たち。2007 年 11
月の日本睡眠学会と日本時間生物学会の合同学会で調査結果を発表した。
日本のある職場の男性 2 万 1693 人(地方公務員)について、1999 年と 06 年の健康診断データ
をもちいて、睡眠時間の長短と血圧や血液中のコレステロール値、血糖値などの関係を調べた。睡
眠時間が 5 時間未満を短時間睡眠とし、BMI(ボディ・マス・インデックス)が 25 以上を肥満と定義づ
けた。
その結果、7 年間で肥満になった人の相対危険度は、睡眠時間が 5 時間以上の人を 1 とすると短
時間睡眠の人は 1・21 であった。99 年に BMI が 25 未満であった人が 7 年後に短時間睡眠にな
1
る度合いを 1 とすると、BMI25 以上の人が 7 年後に短時間睡眠になる相対危険度は 1・18 であっ
た。両方の結果から、睡眠時間が短いと肥満になりやすく、肥満であると睡眠障害を起こして短時間
睡眠の危険度が増すといえる。男性だけの調査だが。
では、どれくらいの睡眠時間が適切なのだろうか。年代によって異なるが、6~7 時間が妥当といわ
れる。兼板准教授らは別に、弘前大学医学部と共同で青森県のある町に住んでいる 20 歳以上の男
女 1062 人を健診し、そのデータを解析して睡眠時間と糖尿病との関係を調べた。
すると、睡眠時間が 6 時間未満の人と睡眠時間が 8 時間以上 9 時間未満の人の糖尿病の有病率
はほぼ同じ。9 時間を超える人はこれらの人よりはるかに有病率が高かった。糖尿病の有病率が最
も低かったのは、睡眠時間が 6 時間以上 7 時間未満の人で、次いで 7 時間以上 8 時間未満の人
であった。睡眠時間が短くても長くても糖尿病になる危険が高まるといえる。
生活習慣病はこれまで食生活や運動、飲酒、喫煙の習慣などと絡めて論じられてきた。これらに加
えて、睡眠も見逃せない重要な因子であるといえる。
★ 子どもに正しい眠りの教育(2011.6.5.)
古い話で恐縮だが、主に小・中・高校の教師、生徒向けの科学誌「Science Window(サイエン
ス・ウインドウ)」の 2008 年 3 月号を読んでいたらおもしろい記事が目についた。「少年少女よ、よく
眠れ!」というものである。睡眠に関する特集だ。
その中に体内時計に関して書かれた項があった。体には一定のリズムがある。このリズムを調節し
ているのが体内時計である。体内時計の周期は約 24 時間である。一日に合わせてぴったり 24 時間
ではなく、少し「大まか」である。
体内時計は体のたくさんの細胞に存在するが、その中枢は脳にある視交叉(こうさ)上核と呼ばれる
ところにある。脳にあるのは各細胞の時計を調節しているいわば標準時計の役割をしている。
これが日光、すなわち朝の光によってリセットされ、一日が始まるのである。昼夜がある地球に合わ
せて、昼と夜では体の働きを違うようにする。昼は体温を上げ交感神経を活性化するなど活動的に
(一方、夜は体温を下げ副交感神経活性化して休息モードになるのである。休息、すなわち睡眠の
時間に入るとまもなく成長ホルモンの分泌が増え、体の修復などがされる。
この体内時計が狂うとどうなるだろうか。明るい昼は覚醒、日の光がささない夜は睡眠という体にリ
ズムが狂うので、体温調節、ホルモン分泌など神経系、消化器系をはじめとして体に変調を来す。
覚醒と睡眠が規則正しくないと、体のリズムががたがたになる。
現代社会は昼夜の区別がつきにくくなっている。例えばコンビニエンスストアなどは夜も煌煌(こうこ
う)と明かりをつけて体は昼と間違えそうだ。「24 時間都市」と称して夜も人々は活動する。また睡眠
時間を短くする誘惑もある。テレビは深夜までやっているし、つい時間がたつのを忘れてゲームなど
に没頭することも多い。睡眠不足になる原因はたくさんある。日本人、とくに子供の睡眠環境が悪い
ことはよく言われることである。
これらを打破し健康を守るためには、昼夜の区別をしっかりつける社会をつくると同時に、睡眠の
意義などを教え、体のリズムを維持するためにきちんと規則正しく睡眠をとる「睡眠教育」を進めるこ
とが重要なのではないだろうか。
★ 不眠症は「うつ病」のサイン(2011.6.12.)
不眠とうつ病の関係が注目されている。うつ病は心の病であり、気分が落ち込むなど精神的な症
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状が注目されがちだが、実際は食欲の減退や体重減少、頭痛、疲労・倦怠感など体の不調を伴うこ
とが多い。うつ病が発見されるのは、多くがこうした体の症状の変化だ。このうち、9 割以上の人は不
眠になる。
不眠は睡眠不足と違う。必要な睡眠時間が確保できない状態で「睡眠時間はたっぷりある。ただ
眠りたいのに眠れない」こと。不眠が続くと日中の仕事にも障害が出て不眠症になる。これがうつ病
のサインだ。
うつ病の人のほとんどは不眠に悩む。自殺の背景因子として最も大きいのはうつ病だ。日本は「自
殺大国」で、毎年 3 万人以上の人が自殺している。不眠を早く見つければうつ病の早期発見もでき
る。こう考えて 5 年前から始まったのが静岡県富士市を中心にした「富士モデル事業」である。
静岡県精神保健福祉センターの松本晃明所長が「うつ自殺を止める――〈睡眠〉からのアプロー
チ」(ちくま新書)という本を出した。松本さんは精神科の医師で同事業の旗振り役。事業のキャッチ
フレーズは「お父さん、眠れてる?」と「2 週間以上の不眠はうつのサイン」の 2 つ。うつ病対策として
身近で誰もが気づく睡眠をあげた。
娘(あるいは息子)からこう聞かれたとき、それまで閉ざしていた心が開くのではないだろうか。「もし
眠れないなら医師に相談しましょう」と言われた方が「うつ病の疑いがあるから精神科の医師のところ
に行きなさい」と言われるより、心の負担もずっと小さくなるだろう。
「睡眠キャンペーン」でうつ病啓発を進め、かかりつけの医師や精神科の医師、行政機関の職員な
どのネットワークをつくり、誰もが手軽に相談できるようにした。医師をゲートキーパー(門番)役として
精神科医につなぐ。睡眠を手がかりにうつ病の兆候を見つけるのは家族や(職場の)同僚だ。それ
を医師に相談し専門医を紹介する。
同事業が始まって 5 年、その成果は徐々に上がり、全国的にも広がる。最近は富士市への視察も
多い。身近で誰もがわかる「睡眠」を切り口にうつ病対策に取り組んだのが功を奏した、といえるだろ
う。
★ 体内時計、朝の光で調整(2011.6.19.)
時間生物学という分野がある。生物がもつ体内時計、睡眠と覚醒のリズムを研究する学問である。
1995 年に日本時間生物学会が発足し、多くの生理学者、睡眠学者、分子生物学者などが、昼夜を
分かたず研究している。その 1 人、熊本大学発生医学研究所の粂和彦准教授が「時間の分子生物
学」(講談社現代新書)という本を出している。この中から「人間を含めた動物はなぜ眠るのだろうか」
ということを見てみよう。
断眠実験で動物に睡眠をとらせないようにすると衰弱して多臓器不全で数週間以内に死んでしま
う。睡眠は人間を含む動物が生きていく上で必須である。しかし、これだけでは「なぜ…」に対する答
えは出ない。体を休めるために眠るのだと長い間言われてきた。しかしエネルギーの使用量をみると、
眠るより目を閉じて静かに横になる方が少ないから、休息だけのために睡眠をとるのではないことが
推測できる。
睡眠に入ると成長ホルモンの分泌が高まる。ホルモンは体の成長にかかわり「寝る子は育つ」とい
われる。ホルモンは体の修復などにも関係し、睡眠は異物を防ぐ免疫系の賦活にもつながる。断眠
実験でも体でまず障害を受けるのが免疫系である。「動物はなぜ眠るのだろうか」には成長ホルモン
の分泌と免疫系の働きに解くカギがありそうだ。
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前にも書いたが、体内時計の周期はおよそ 24 時間で中枢は脳にある。昼行性の動物(人間も)の
場合、日光で体内時計から覚醒信号が出て目を覚まさせ、夜になると覚醒信号が弱まり眠気が増す。
これをほぼ 24 時間周期で繰り返す。
体内時計が狂うとどうなるか。真っ暗で時間を知る手がかりがない環境でも体内時計が出す覚醒
信号の強弱で、睡眠―覚醒のリズムが維持される。しかし、脳の体内時計の中枢を破壊して環境変
化のない場所に動物を入れると、このリズムが崩れる。睡眠の量も増える。これは体内時計が覚醒信
号を送ると考えられる。
体内時計をリセットするのは朝の光である。だから強い光を当て体内時計を少し調節できる。ただ、
これも一日 4 時間ほどが限度。普通は 1~2 時間だろうか。この範囲なら体内時計をずらすことも可
能だ。このことを上手に利用して、さわやかに眠りから覚めることを心がけたい。
★ 口内の粘り、歯周病の原因(2011.6.26.)
日本人の 70~80%がかかっているといわれる歯周病(歯肉炎、歯周炎などの総称)。主に歯ぐき
の炎症で悪化すると、歯を支える歯ぐきがだめになり、歯がぐらぐらして抜け落ちる。この歯周病の主
な原因はデンタルプラーク、すなわち歯垢で、これは細菌が集まった「バイオフイルム」と呼ばれる。
バイオフィルムはヌルヌルとしたもので、台所や風呂場の排水口でよく見られる。加湿器などで肺
炎の原因になるレジオネラ菌がバイオフィルムを形成する。動物や植物だけでなく、金属やプラスチ
ックなどの無機質でも、表面と水分があれば微生物が層状に集まり、ネバネバした物質を分泌して
固まる。口の中にできる歯垢は口腔バイオフィルムの一つだ。
口腔バイオフィルムは歯周病だけではなく、口臭の主な原因である舌苔や口の粘つき、虫歯など
口内の様々なトラブルの原因になる。清潔にしても口の中には 100 億個近い細菌がいる。歯や歯ぐ
きなどの表面があり、唾液があるからバイオフィルムができる環境がある。何より栄養が豊富な食べか
す(食物残渣)がたくさんある。
よく言われる疑間に「江戸時代に虫歯があったか」がある。答えは「否」である。虫歯はストレプトコッ
カス・ミュータンスという細菌がバイオフィルムを形成して歯の実質を欠損させる。培養実験ではミュ
ータンス菌はシュクロース(砂糖)が無いとバイオフィルムを作れない。江戸時代は一部の人を除い
て砂糖はあまり使わなかったから、虫歯の原因になるミュータンス菌のバイオフィルムができにくかっ
たのだろう。
体には免疫がある。免疫反応は多種多様であるが、主なものとしてはマクロファージ(大食細胞)に
よる異物を非自己、つまり抗原として認識し貪食する。バイオフィルムのヌルヌルは EPS(細胞外多
糖体)だが、これがバリアーになってマクロファージが非自己と認識できなくなる。バイオフィルムは
体の免疫機構をうまくすり抜ける。
口腔バイオフィルムができてもすぐに洗い流せばあまり問題は無い。しかし、高齢者は唾液の量
が少なくなり、口内の洗い流しがあまり働かない。口腔バイオフィルムがたまりやすい。高齢化による
短所がこんなところにも出ている。
★ 口内の粘り、肺炎誘発も(2011.7.3.)
前回、日本人で歯周病にかかっている人は 70~80%にのぼり、これは細菌が集まった「バイオフ
ィルム」によって起きると書いた。実は歯周病になると、歯を失うだけではなく様々な病気の原因にな
ることが知られている。
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東京歯科大学の奥田克爾名誉教授によると「唾液とともに口腔のバイオフィルムが気道に入る誤
嚥性肺炎に気をつけなければならない。特に高齢者は…」と言う。
バイオフィルムは免疫に強い一方、高齢者は免疫力が低下している。だから、就寝中などに口腔
内の細菌(歯周病菌)が唾液と一緒に入ってくると誤嚥性肺炎を起こしやすい。日本は高齢者が増
加しているから、バイオフィルムが体に入るのはゆゆしきことだ。
食べ物や空気などが口から入ると、固形物(食べ物や飲み物)は食道に、空気は気管に振り分け
られる。もし、振り分けがうまくいかず、固形物が気管に行っても普通は咳などで気管から排除される。
しかし、排除機能がうまく働かない高齢者や他の病気にかかって体が弱っている人は誤嚥性肺炎を
起こして命にかかわることにもなる。
口腔内には約 500 種類の細菌がいるといわれる。この一部が歯周病を起こすのだが、これらが唾
液などとともに体に入ると、様々な病気の原因となる。肺炎はその一つである。
脳梗塞や心筋梗塞など血管の障害に口腔内バイオフィルムが深く関わり、糖尿病の悪化も口腔内
のバイフィルムが体内に入るためだろうとされる。口の中のバイオフィルムは歯周病だけではなく、全
身の病気の原因、悪化の引き金になる。
これを防ぐにはどうしたらよいのだろうか。奥田さんは「いつも口の中を清潔にしておくこと」と指摘
する。毎日、歯磨きやうがいを励行することによって口腔内を清潔にしておくことが大切だ。特に寝る
前には…。
寝たきりなどで長時間横になっている場合には口腔内バイオフィルムが体に入ることが多いから、
時折、体を起こしてやることが必要だ。加えて、日ごろから嚥下(飲み込み)機能をつけなければなら
ない。「口の健康は全身の健康につながる」をモットーに、私たちはもう少し口腔内の清潔に配慮す
べきかもしれない。
★ ポリフェノールの合理性(2011.7.10.)
「フレンチパラドックス」という言葉がある。フランスの逆説という意味だ。1990 年代の初め頃から世
界中で広まった。
フランス料理は肉料理が主体だが、それにクリームやバターがたっぷり入ったソースをかける。食
べ物に動物性の脂肪が多いから、当然フランスの人たちは動脈硬化になり、心筋梗塞など心臓・血
管系の病気が多いと予想される。ところがフランス人が心臓病で死亡する割合は他の西欧諸国に比
べて少ないといわれている。脂肪分が多い食事を取っているにもかかわらず心臓病の死亡率が低
い、というのがフレンチパラドックスの由来である。
パラドックスの理由としていわれるのが、赤ワインに多く含まれるポリフェノールだ。実際、フランス
の人たちは赤ワインを多く摂取する。これで日本でも赤ワインブームがおきた。ただ、赤ワインを多く
飲むことによる肝臓病の増加といったマイナス面もある。
ポリフェノールには抗酸化作用がある。植物(食物)に含まれる抗酸化物質としてはビタミン C や同
E などが有名だが、ポリフェノールもそのひとつ。フラボノイド、クマリン、ヒドロキシケイ皮酸などその
構造からたくさんの種類がある。このうちフラボノイドの仲間として知られるのは緑茶などに含まれて
いるカテキンで、大豆などに多いイソフラボンである。また、ヒドロキシケイ皮酸の代表的なものとして
はコーヒーポリフェノールがある。
体の中では活性酸素ができる。活性酸素は細胞にダメージを与え、シミやしわを作るなど皮膚へ
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の悪影響のほか、老化や動脈硬化、糖尿病、がんなどの引き金になるといわれる。活性酸素は常に
できているが、普通はカタラーゼやスーパーオキシドジスムターゼといった酵素や、植物由来の抗酸
化物質が生成した活性酸素を消している。酵素がよく作られ、食事などから植物由来の抗酸化物質
を摂取できる若いうちはいい。それが高齢者になると……。ポリフェノールを取ることは、ある意味で
は合理的なのかもしれない。
2010 年にお茶の水女子大学生活環境教育センターの近藤和雄教授らが発表した調査では、日
本人が飲料から取るポリフェノールとしてはコーヒーの 47%が最も多かった(緑茶は 16%で第 2
位)。
★ コーヒー飲む人、シミ少なく(2011.7.17.)
女性が気にすることのひとつとして、皮膚(肌)の健康がある。いつまでもシミやしわのない若々しい
肌を……というものだ。シミの代表的なものとして日光黒子(ほくろ)や、30~40 代の女性の鼻の下や
額に見られる肝斑(かんぱん)がある。
シミやしわの主な原因は光老化、すなわち日光の中にある紫外線による皮膚の劣化である。紫外
線を受けると体内に活性酸素が発生しさまざまな悪さをする、と考えられる。この活性酸素を消す作
用がある抗酸化物質が重要である。抗酸化物質としては体内の酵素と、体外から摂取する食物由
来のものがある。その代表がポリフェノールである。
お茶の水女子大学生活環境教育研究センターの近藤和雄教授らは 5 月、コーヒーを製造・販売
するネスレ日本と共同で女性の肌の状態とポリフェノール摂取の関連を研究した結果を学会で発表
した。
対象にしたのは 30~60 歳の女性 131 人。喫煙者や服薬をしている人、日焼けを伴うスポーツ活
動者、皮膚疾患を持つ人などは除外した。顔面画像解析装置などを使ってしわやシミの状態と、食
事(コーヒーなどの摂取量など)の関係を調査した。本格的な実験ではなく予備的なものと考えられ
るが、コーヒーポリフェノールと肌の関係を調べたものとしては例が少ない。
それによると加齢とともに肌の張りは低下し、しわやシミ(茶色シミ=内部シミ)は増加するが、コーヒ
ーポリフェノールを多く摂る人は紫外線シミ(メラニン色素によるシミ)が少ない、という結果が得られ
た。
特に、一日に 150mg 以上(2 杯以上)のコーヒーを飲む人では、コーヒーポリフェノールの摂取が
少ない人よりシミは少なかった。またポリフェノールの種類は少し異なるが、緑茶由来のポリフェノー
ルやチョコレート由来のものと比べてもコーヒー由来のポリフェノールが肌に及ぼす影響は大きかっ
た。
コーヒーは普通、焙煎(ばいせん)して用いる。生豆で使うことは少ない。焙煎したコーヒー豆ではコ
ーヒーポリフェノール(クロロゲン酸)は少ないが、ポリフェノール複合物は増えている。従って、クロロ
ゲン酸とポリフェノールの複合物を足した総ポリフェノールの量は変化しないと考えられる。
★ 長寿には「生きがい」が大切(2011.7.24.)
よく言われるように、日本の人口の高齢化は急だ。世界のどこの国も経験したことがない高齢化社
会になりつつある。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2055 年には 75 歳以上のい
わゆる後期高齢者の割合が総人口の 26・5%になるとされている。
高齢化というのは単に歳をとると言うことではない。有名なサミュエル・ウルマン(19~20 世紀の米
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国の実業家で詩人)も「人は年齢を重ねただけでは老いない。理想をなくした時に老いるのである。
(人は)希望がある限り若く、失望ととともに老いる」と言っている。いつまでも若々しくあるためには、
希望や理想をもつことの大切さを謳(うた)っているのだ。
アンチ・エージングという言葉が世の中で使われるようになって久しい。米国生まれの概念で加齢
による様々な肉体的な衰えを防止する老化防止、抗老化ということであり、主に美容の世界を中心
に言われているようだ。
しかし、これはよりよく年齢(とし)をとる、ということとは狙いが少し違っている。むしろ、これからの高
齢化社会においてはウェル・エージングという言葉がぴったりくる気がしてならない。
人間総合科学大学の柴田博教授によれば、ウェル・エージングのキーワードは 3 つある。それは
長寿、QOL(生活の質)の向上、社会貢献である。
長寿は文字通り年齢相応の幸せを享受することであり、単なる延命を狙った「長命」ではない。また、
QOL の向上は生活環境など肉体的・物質的な面だけではなく精神面も含めて日々の生活に満足
感を覚えることだ。そのためには能力と意欲を生かして社会貢献をすることが必須である。いわば
「生きがい」をもつことで幸せな日々を達成することが大切なのである。
よく、年齢を重ねるとともに「円熟味を増す」と言われる。人格はもちろんだが、精神的能力など総
合能力は若い時代とは格段に違うことがよくある。
米国の心理学者エリクソンは人のライフサイクルを乳児期、幼児期初期、遊戯期、学童期、青年期、
前成人期、成人期、老年期の 8 つに分けた。このうち老年期には英知が育つとされる。肉体的衰え
はあるとはいえ、人の総合能力は生涯発達するものだ。
★ 認知症、家族などが早期発見を(2011.7.31.)
加齢とともに心配になるのが認知症である。この割合は 85 歳で約 25%、100 歳で約半数とやはり
怖い。こうした高齢者の心の問題を、特定非営利活動法人(NPO 法人)の「生活・福祉環境づくり
21」が今年発行した「高齢社会の『生・活(いき・いき)』事典」で見てみよう。
年をとると一番困るのが特定の固有名詞を思い出せなくなり、なかなか口から出てこないことだ。と
りわけ人の名前などの場合が顕著だ。「ほら、あの人、あの人のことだよ」などと、自分ではわかって
いるつもりでも名前が出てこない。いわゆる「こ・そ・あ・ど」、これ(こ)、それ(そ)、あれ(あ)、どれ(ど)
で表現することになってしまう。
「顔はすぐに思い浮かぶんだけど…」「(名前が)喉まで出かかっているのだが…」とよく言う。これ
は TOT(Tip of the Tongue)現象と呼ばれ、高齢者ならば身に覚えがある人も多いだろう。いわば
正常な老化の一過程とも言える。
これに対して「認知症」は明らかに病的なものである。脳が広範囲に障害を受けるために起きる。
加齢とともに増える単なる「もの忘れ」と少し違う。認知症の原因にはアルツハイマー型と脳血管型、
レビー小体型がある。認知症が進むと、直前のことも覚えていないことがある。
家族など周りの人が認知症に気がついて、専門医のところに運び込んだときはすでに病状は進ん
でいたということがよくある。これは周りの人に「年齢をとってくると誰でももの忘れがひどくなるのさ」と
いった思いがあるからだろう。しかし正常な老化の一過程としてのもの忘れなのか、また病的な記憶
障害なのかを見分けることが大切だ。
認知症の根本的な治療法はまだないが、薬などで進行を止めることはできる。また認知症の中に
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は正常圧水頭症(水頭症は頭蓋内に髄液がたまり、脳が圧迫を受ける病気)のように早期に発見し、
薬などで治療をすれば回復するものもある。多くの病気と同様、認知症でも早期発見、早期治療が
大切である。
日本は今後も高齢化が進む。認知症をはじめとする記憶障害をもつ人が増えるだろう。そうした人
たちを早期に発見するには、家族だけではなく近隣の人たちの協力が欠かせない。
★ 生体リズムの維持、心も安定(2011.8.7.)
「こころの健康のためにも睡眠など生体リズムをきちんと保つことが大切だ」と言うのは久留米大学
医学部の内村直尚教授(神経精神医学)。私たちをはじめ生物には生体リズムという周期的な機能
が備わる。約 1 日の周期の日周リズムで、眠りや目覚め、体温、交感神経をはじめとする自律神経の
働きなどはこのリズムで動く。
日周リズムは 25 時間周期で働いているが、これは明暗(昼と夜)、通勤・通学などの社会的活動、
運動、食事、温度や夜の人工的な光などの環境によって 24 時間の生体リズムとして調節される。朝
目覚めるときにリセットされる。朝起きると体温や血圧が上がり始め、食欲を刺激するホルモンなどが
分泌されて徐々に活動に適した体制になる。
この点でいえば深夜煌々(こうこう)とあかりをつけるコンビニエンスストアなどは生体リズムを乱すこと
になる。一方、お年寄りなどが朝起きてデイケアセンターに行くことは規則正しい食事と適度な運動
があり生体リズム維持の面から合理的といえる。
こころの健康を保つもう一つの要因は、精神的なストレスをうまくコントロールすること。ストレスは血
圧の上昇や下痢など肉体的な変化をもたらすことが多い。心身症などの“病”にも関与する。ストレス
のコントロールは難しくなく、ある程度年齢(とし)をとると自然に備わる。
特定非営利活動法人の「生活・福祉環境づくり 21」がまとめた「高齢社会の『生・活(いき・いき)』事
典」によると、それは「(相手の言っていることを)受け流す」「(ストレスを)時にはよい刺激と受け取る」
「リラックスタイムで心身をほぐす」「よく笑い、よく泣く」「趣味や仲間をつくる」「他人と比べない」であ
る。要は自分の身の丈を知り、他人と比べて動揺することがなく、巡り合いに感謝することだ。これは
高齢者のこころの健康を保つ秘訣だが、若い人にもいえる。
こころの健康は状況に応じて問題の解決ができること(知的健康)のほかに、自分の感情に気づく
こと(情緒的健康)、他人や社会とよい関係がつくれること(社会的健康)、人生の目的を見つけ主体
的に生きること(人間的健康)がそろって成就することを忘れてはならない。
★ 「7」「8」倍数の年齢と体の変化(2011.8.14.)
テレビを見ていたら、面白いものが目に入った。「女性は 7 の倍数の年齢(とし)に、男性は 8 の倍数
の年齢に体の変化がある……」。薬酒で知られる養命酒のコマーシャルである。
これは、戦国時代から秦・前漢にかけて(紀元前 300 年ころから紀元前後)編さんされたといわれる
中国の古い医学書「黄帝内経(こうていだいけい)」に書かれている。黄帝内経は伝説上の皇帝である
黄帝と、岐伯という人が問答をする形式で書かれている。もとは 2 部 18 巻構成だったが、原著は散
逸し、現在まで伝わるのは 1155 年の南宋時代のものである。
コマーシャルに関連する部分を黄帝内経(その「素問」編)から抜粋する。
「岐伯曰。女子七歳。腎氣盛齒更髮長。二七。而天癸至。任脉通。大衡脉盛。月事以時下。故事
子。三七。腎氣平均。故眞牙生。而長極。……」とある。
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岐伯が言うには女性は 7 歳になると腎気(じんき)が盛んになり、歯が丈夫になり髪もよく伸びる。二
七(14 歳)になると天癸(てんき)が完成し、任脉(脈)が通じ大衡脈も盛んになって、月経が始まると同
時に子供を産むことも可能になる――というのが大意で、これが 7 歳おきに七七(49 歳)まで記され
ている。
腎気とは体の成長や発育などの生命活動に必要なエネルギーをつくり出す物質であり、天癸とは
生殖機能の成熟を促進する物質である。任脈や大衡脈はいずれも生理に関係する。
一方、男性(丈夫)はどうかというと、「丈夫八歳腎氣實髮長齒更。二八。腎氣盛天癸至精氣溢寫
陰陽和。故能有子。三八……」と、8 歳おきに八八(64 歳)まで続く。
中国では、八はめでたい数字といわれるから、女性は 7、男性は 8 の倍数というのは語呂合わせの
ような気がする。しかし、伝統的な中国医学は経験と観察を重視し、黄帝内経(の中の「霊柩」編)の
影響を受けたとされる日本の厄年の風習も体調に変化のある年齢といわれるから、7、8 の倍数は本
当かもしれない。
黄帝内経では女性の七七、男性の八八以上の年齢は已(すで)に老いた年齢の「已老」という。年
齢をとっても若々しい人は養生に気を配るのであろう。養生とは今で言うなら生活習慣病に気をつけ
る、ということになるだろうか。
★ 薬、効力と副作用で 3 分類(2011.8.21.)
前回紹介した「黄帝内経(こうていだいけい)」とならんで中国古代の三大伝統医学書とされるのが「神
農本草経(しんのうほんぞうきょう)」と「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」だ。いずれも漢の時代に成立
したとされる。
「黄帝内経」は中国でもっとも古い医学書で、伝説上の皇帝(三皇五帝)の一人である黄帝と、岐
伯をはじめとする医師との問答形式で書かれている。主に北方で発展し、中国伝統医学の源流にも
なった。鍼灸(しんきゅう)医学では手本とされる。
神農本草経は薬学を志した人なら、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。本草は薬になる植物
や動物、鉱物などを指す。神農は三皇五帝の一人で、医薬の祖として有名で、農耕にも秀でていた
とされる。毎日、本草を探しに山野をめぐり、薬のもととなるものを口にした。毒にあたって下痢をした
とされる。
神農本草経では薬を上薬、中薬、下薬の 3 つに分けている。上薬は「命を永らえる(養命)のに役
立つ薬物。無毒のもの」とされる。現代風でいうなら、副作用がなく、長く飲んで(食べて)も害がない
ものになる。米や麦など毎日口にする食事が該当するだろうか。上薬を「君」ともいい、漢方薬でも、
ハト麦などをあげている。
中薬は「臣」で、「性を永らえる(養性)のに役立つ薬物」。病気を癒やし、体力の回復を狙う。副作
用があるものと少ないものがある。生姜(しょうきょう)や芍薬(しゃくやく)、麻黄(まおう)などがあげられる。
下薬は「佐使」と称し、「病気を治す薬物」だ。即効性は高いが、副作用も比較的強い。漢方薬で
は附子(ぶし)などがあげられるが、現代の医療現場で使われている薬は、神農本草経の分類によれ
ば下薬が多い。
薬のまちとして有名な大阪の道修町には少彦名神社がある。ここは「神農さん」とも呼ばれ、毎年
11 月 22 日と 23 日には道修町に本拠をかまえる薬会社(薬問屋)の幹部が社務所に詰めかける。
「薬の神様」は現代の日本でも生きている。
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傷寒雑病論は漢方医学全般を記したもので、日本の漢方医学にも大きな影響を与えたといわれる。
中国の南方である江南地方で発達したとされている。「黄帝内経」や「神農本草経」と比べると、やや
影が薄い。
★ 健康増進の「魔法の数字」は 3(2011.8.28.)
言い古されたことだが、マジックナンバー(魔法の数字)という言葉がある。よく知られているのが野
球である。セ・パ両リーグの熱戦が大詰めを迎えたとき、「○○チームにマジックが点灯」というあれだ。
これは点灯したり消えたりすることがあるから本当にマジックであるのだが。
マジックナンバーは分野や人により使い方に差があるが、基本的にはほぼ同じ数字のことが多い。
例えば、人間が記憶できる範囲を考えてみよう。それは 3 と 7 になる。3 は一度にすっと頭に入り、い
つでも思い出せること、7 はメモをとらなくても覚えきれる項目の限度ということになる。
講演会などで講師が「今日お話しすることは、次の 3 つのことです」と言うことがよくある。聴衆はこ
の 3 つのこと念頭において話を聞く。これが 4 つや 5 つであると頭が少々混乱して「次は何の話しを
聞くのだったっけ」となる。
7 も同様である。よく講師が「これを詳しく言うと、以下の条件を満たすものとなります」と話して 7 つ
以内の項目を述べることがある。聞いている人は何とか記憶できる。これが 10 あると、メモをとらない
と覚えきれない。郵便番号は 7 桁で、自動車のナンバーも数字だけなら 7 桁である。電話番号は同
一エリアであれば多くの地域は 7 桁以内だが、エリア外は 10 桁になる。これは一度に覚えられるギリ
ギリであろうか。
では、健康を語るときのマジックナンバーはいくつであるだろうか。私は 3 であると思っている。3 つ
のこと頭に置けば健康を増進することは可能だろう。3 つとは休養、栄養、美養(美容ではない)であ
る。
休養は単に「ぐーたら」を決め込むことではない。きちんと運動をすることだ。それも散歩など軽い
運動でよい。続けることが大切なのである。栄養はバランスのよい食事を規則正しく摂ることだ。
それに加えて美養をあげたい。美は美しさと同時に清潔さもあらわす。美しくなることに気を遣い、
身の回りの清潔さに配慮すれば健康の維持・増進にもつながり、生活も充実する。健康を一語で表
す QOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)の向上につながる。一部で言われる「健康のために
は死んでもいい」(?)ということが死語になるようにしたい。
★ 森林に大きな休養効果(2011.9.4.)
前回のこのコラムでは、休養、栄養、美養(重ねて言うが、美容ではない)が健康を語るキーワード
であるということを書いた。
そのひとつである「休養」に関して森林は大きな効果を持っている。森は人々に安らぎを与えるほ
か、フィトンチッドと呼ばれる生理活性物質を樹木から出すなど人間の健康に直結する生理上の効
用がある、といわれている。海外では健康維持のために森林散策が薦められている国がある一方、
日本でも 7~8 年前から「森林セラピー(療法)」が盛んになっている。
森林の健康に与える効果については独立行政法人森林総合研究所や千葉大学環境健康フィー
ルド科学センターの研究がよく知られている。旧知の岩崎輝雄さんもそうした森林散策と健康維持・
増進の関係を探っている一人だ。
その岩崎さんから先日、連絡をいただいた。森林と健康に直接結びつくものではないが、広い意
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味では健康に関連することだろう。寄せてくださった情報は「今こそ福島原発事故放射線防護に森
林地帯の評価と活用を」というものであった。岩崎さんは以前に日本交通公社、日本健康開発財団
などにいたことがある。
3 月 11 日におきた東京電力福島第一原子力発電所の事故は、多くの放射性物質を環境中に飛
散させた。森林も例外ではなかった。樹木の葉などに放射性物質が付着し、森林汚染がおきたとさ
れている。放射性物質は風向きによって飛散の方向や量が決まるといわれるから福島原発事故と関
係がないとされる地域でも、森が放射性物質に汚染されていたという報道もある。
森や山は人が少なく、農地と事情が違って土壌改良による除染も行いにくい。今後は森林に飛散
した放射性物質の総量や地中への浸透などの検討が必要だろう。これらを考慮しても放射性物質を
防護するものとしての森林の効用は高い――というのが岩崎さんの指摘である。理由として、森林に
は汚染物質を捕獲する機能がある、森林は成長時間が長く長期的な汚染に対応は可能――などを
あげる。
岩崎さんの提言は放射性物質防護の手だてとして森林を考えようということだが、そもそも森林に
は「休養」につながる大きな効果があり、放射性物質を取り除く対策が早急に求められそうだ。
★ 笑いはストレス解消にも(2011.9.11.)
「美養」に関して、よく知られたことであるが、認知症の人(特に女性)と化粧との関係を調べたもの
がある。表情が乏しい認知症の人が化粧をすると表情が多様になり、時には笑顔を見せることもある
という。
認知症はなりたくない病気のトップクラス。認知症を防ぐ効果があるといわれる手段に化粧がある。
化粧は「他人から自分はどう見られているのか」など、他人の目を気にする意識を培う。この他人から
見られている、という緊張感が健康の維持・増進にプラスに作用していることが考えられる。実際、高
齢者には男女ともおしゃれに気をつかっている人が多い。
「他人からどう見られているか」はよいコミュニケーションをとるために大切なこと。この他の人と適度
なコミュニケーションをとることが、健康につながるのは以前から知られていた。コミュニケーションを
もつことの第一歩は笑うこと。「笑いと健康」についてはたくさんの調査・研究があり、笑いと健康学会
(本部・東京)などがある。昔から「笑う門には福来たる」といわれるほど笑うことは人々に幸福をもたら
す。同時に、笑うことが健康の維持・増進につながる。
笑いと健康の関係については、まだ解明されていない部分が多い。「よく笑うことで腹筋などが鍛
えられ運動したのと同じ効果がある」「笑いは脳を活性化させる脳波の中のα波が多くあらわれる」
「笑いは免疫細胞である NK(ナチュラルキラー)細胞を増加させ体の免疫力を強化する」など多くの
研究がある。
笑うことで上手にコミュニケーションがとれるようになることが健康につながる。他の人とのコミュニケ
ーションを断った人などは、健康面で少しどうかなということが多い。笑いはコミュニケーションをもつ
ためのよい媒介となる。
笑いはストレスの解消にもつながる。現代の社会では特に精神的なストレスにさらされることが多い。
「笑い飛ばす」ではないが、そうした精神的なストレスも笑いで解消できる。笑いは心の健康にもよ
い。
筆者の知人に笑いのネタを考案している人がいる。「常に笑いのネタを考えていると脳の活性化に
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もなる」と言う。老齢期になっているご本人はがんを克服した経験があるが、今でも健康な生活をおく
っている。
★ おしゃれ、高齢者にも大事(2011.9.18.)
ロンドン・オリンピックの出場権を獲得した女子サッカーの「なでしこジャパン」が、国民栄誉賞をも
らったとき、副賞に広島県熊野(広島市の近郊)でつくられた化粧筆が贈られた。私は健康の面から
(特に女性の)、これは非常によいことだと思っている。
というのも、前回この欄で書いたことだが、化粧は、「自分はどう見られているか」という他の人の目
を意識することによって知らず知らずのうちにコミュニケーションをとっており、健康にとってよいと考
えるからである。現実に、主に認知症になった高齢者を対象にした「化粧療法」が古くから行われて
いる。
「健康」とは何だろうと考えた場合、単に病気になっていない、体にけがや障害がない、というだけ
ではない。「何事も前向きに考えよう」「積極的に生きよう」というこころの問題も大きい。自分を装う
(化粧する)ことは、心の健康を伸ばす手立てにもなる。
とはいえ、高齢者が若い人と同じ化粧法ではダメだ。時々、妙に若々しい化粧をした高齢者を街
で見かけるが、これでは逆効果ではないかと思うことがある。年相応の化粧法があるはずだ。
人間の五感のうちで見る、すなわち視覚情報が重要であることは論を待たない。化粧をはじめとす
る、自分を装うことでは視覚を大切にすることが欠かせない。
視覚で重要なことは色彩を考えること。色はその時の自分の感情などを表す大切なものだが、同
時に自分の気持ちを他の人に伝えるものでもある。色はメッセージ性をもっているし、その意味では
大切なコミュニケーション手段である。特に高齢者は心の健康の維持・増進のためにも、化粧や服
装の配色に気をつかった方がよい。
日本応用老年学会などが編さんした「高齢社会の生・活(いき・いき)事典」によれば、赤は「やる気
や元気の出る興奮色。人目につきやすい」、だいだい色は「親しみやすさ明るさのアピール」などの
意味がある、という。
ところで、色に関しては肌の色などに合わせて、自分固有の色を持った方がよいという意見もある。
その色を化粧や服などに取り入れるとおしゃれをしているというのだ。ある意味納得できることだ。
★ ネット情報、過信しない(2011.9.25.)
「健康常識にダマされるな!」(井上健二著、ソフトバンク新書)におもしろいことが書かれていた。
米国のインディアナ大学の研究チームが、医療関係者らが信じる 7 つの言い伝えについて、医学的
な裏付けがあるかどうかを調べた。その結果、すべて医学的な裏付けがなかったという。
世の中には健康情報が横行・氾濫している。その中から健康に関する正しい情報を得ることは非
常に難しい。常識に目を奪われ、それを信じてしまう。いわば思考停止状態に陥ってしまうのであ
る。
以前、インターネットが急速に普及している時に、米国の医師をインタビューしたことがある。その
人は「インターネットの普及で健康に関する情報を手軽に手に入れることができるようになった」と語
り、「米国の病院を訪れる患者の多くは病気に関して担当医よりも詳しい」と語った。
インターネットが広まった現在では健康や病気に関する情報はネットから――というのは半ば常識
だが、当時は健康情報を手軽に入手できることは驚きだった。しかし、そこには「思い込み」や「間違
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った情報でもかたくなに信じる」という思わぬ副作用もあった。それは現在も変わらない。
医師は続けてこう言った。「ネットに載っている健康情報のほとんどは、どうでもよい取るに足らない
情報だ。それを信じている人が多い」。どれが正しいか見分けることができるかについては「王道は
ない」と答え、「どこが出している情報かということは、情報の正確さをはかる上で参考になる」とも語
った。
がんでいえば、米国立癌研究所(NCI)が出している情報は信頼できるが、民間のクリニックなどは
「ちょっと……」ということになる。それにネット情報の信頼を保証する機関を活用する手もある。いわ
ば、ネットの健康情報の「適」マークで、日本でも認証組織が発足している。
これに加えて、私は情報の提供時期を重視している。健康情報は日々変わる。今まで常識とされ
ていたことが、時間がたつと医学的には「?」とされることも多い。善しあしを判断する手がかりとして
情報の提供時期を気にする。
それにしても、いつの情報かを明らかにしないネットの健康情報がいかに多いことか。
★ 倹約遺伝子、悲観せず(2011.10.2.)
世の中、「ダイエットブーム」だ。女性誌ではやせる特集だと売れ行きがよくなると聞く。ダイエット専
門の健康雑誌もでている。
過度の肥満は糖尿病になりやすいといわれている。2008 年から健康診断時に取り入れられている
「メタボ健診」も糖尿病防止の観点から実施している色彩が濃く、ダイエットブームもこれに便乗して
いるといえるだろう。
日本人は欧米人に比べて太った人は少ないといわれる。ただ、肥満が少ないはずの日本人に糖
尿病は増えている。エネルギー倹約遺伝子、いわゆる「肥満遺伝子」が多いからだ。
数万年前、主に狩猟をして生きてきた人類は飢えが普通だった。久しぶりに得た食べ物からのエ
ネルギーを効率よくため込むため、倹約遺伝子を多くもつようになった、と考えられる。この遺伝子を
多くもつ人が生き残ったことになる。
ただ、現代の先進諸国のような飽食の時代では、倹約遺伝子はかえって仇(あだ)になる。
倹約遺伝子は約 60 種類が知られている。この中で役割の大きなものに「β3 アドレナリン受容体
遺伝子多型」がある。日本人の 3 人に 1 人がこの遺伝子を保有しており(欧米人は 20%未満)、太り
やすい体質にある。飽食の時代、糖尿病が増えるのもうなずける。
でも悲観することはない。太りすぎは食生活と運動、いわば生活様式を整えることで防ぐことが可
能。食べ過ぎに気をつけ、適度な運動をこころがける、といった正しいダイエットは結構だが、ブーム
に便乗した痩せすぎに至るダイエットはいかがなものか。
太りすぎと生活様式との関係を調べた有名な研究に、北米の先住民ピマインディアンヘの調査が
ある。ピマインディアンは日本人よりも倹約遺伝子をもつ人の割合が高いが、米国のアリゾナ州の居
留地に住む人と、メキシコで生活している人を比べると、前者で肥満者の割合が 89%だったのに対
し、後者は 32%だった。
米国のピマインディアンが飽食で運動不足気味なのに対し、メキシコでは厳しい山岳地帯に住み、
毎日働いて体を動かし、伝統的な食生活を守っていることが影響しているらしい。
★ 食事の大切さ、生きる「養生訓」(2011.10.9.)
「食は身をやしなふ物なり。身を養ふ物を以、かへつて身をそこなふべからず」
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よく知られた貝原益軒の「養生訓」の一節だ。この書でも健康に関して食事の大切さを強調してい
る。
300 年ほど前に書かれた「養生訓」は「あれをしてはいけない。食べてよいものはこれとこれ」という
ように、「しては(食べては)いけない」のオンパレードで息が詰まるというむきがあるが、忠実に守っ
ている人も多い。「養生訓」は現代にも生きている。
「晩食は朝食より少なくすべし」。「朝食いまだ消化せずんば、昼食すべからず」と。夕食(晩食)は
消化しにくいから少ないほうがよい。同様に朝食を食べ過ぎたなと思ったら、昼食はほどほどに、と
いう意味だろう。
朝食については以前から賛否両論がある。「栄養のバランスや、一日に摂るカロリーを考えると朝
食を欠かせない」や「塩気の濃い伝統的な朝食は、日本人の大半が朝早くから活動する農業に従
事していたから」という意見など色々だ。ダイエットのために朝食を抜く人もいる。夜遅くまで活動して
いて、朝は遅い現代では朝食を抜く人が増えているというが、軽くてもよいから何か腹に入れておい
た方がよい。朝食を抜くと、何か体に力が入らないような気がするからだ。
大塚製薬が 2011 年に就職した新社会人の男女約 1000 人を対象に、朝食を摂っているかどうか
を調べた結果を報告している。
「平日は朝食を食べる」という人が 84・8%、就活で飛び回っているときでも 61・4%が毎日摂って
いた。もはや習慣になっていることをうかがわせる。
朝食を摂る理由では「朝食を食べないと昼食までもたないから」が 66・1%(男性 55・9%、女性
76・2%)で 1 位だった。
理想とする朝食については、男性は「栄養のバランスが良い」(42・5%)、女性は「腹もちが良い」
(54・6%)がそれぞれトップだった。
朝食を摂る場所は自宅が圧倒的に多いが、中には電車やバスの中という人もいる。朝の電車の中
で駅前のコンビニで買ったと思われるサンドイッチやおにぎりを食べている人が増えている。この人
は前の日夜遅くまで遊んでいたのかなと思うのは私だけだろうか。
★ しっかり朝食、生活の基本(2011.10.16.)
厚生労働省の「国民健康・栄養調査」(2009 年、満 1 歳以上の約 1 万 8000 人を対象)から、朝食
の摂取状況をみてみよう。朝食をほとんど食べない人の割合は男性 10・7%、女性 6%で、20 歳代
(男性 21%、女性 14・3%)、30 歳代(男性 21・4%、女性 10・6%)で高かつた。前回紹介した大塚
製薬の調査での新社会人はまじめで、朝食をきちんと取る人が多かったといえる。
朝食欠食率(調査日に朝食を取らなかった人の割合)は 20 歳代の男性が 33%、女性が 23・2%。
前の年(08 年)では 20 歳代の男性が 30%、女性が 26・2%だったから、男性の 10 人に 3 人、女性
の 4 人に 1 人は朝食を取っていない。
欠食が始まった時期をみると、男性 50・1%、女性 60・7%と半分以上の人が 20 歳以降と答えてい
る。社会人になって毎夜遅くまで仕事が忙しいためだろうか。ここでいう、朝食欠食には食事をしな
かったほかに、栄養素の補給にとどめたり、菓子や飲料のみを食べたりした場合も含まれる。果物と
嗜好飲料だけを取る筆者も「朝食欠食」にあたるかもしれない。
調査結果をみてちょっと気になることがあった。20 歳代の男性では朝食をほとんど食べない人の
割合は、05 年と比べると明らかに減っている(24・6%から 21%に。30 歳代はわずかに減っているが
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ほぼ横ばい。40 歳代、60 歳代、70 歳代では増えている)が、女性は 40 歳代を除いて各年代とも増
えている。特に 20 歳代、30 歳代の朝食を食べない人の割合が増えているのが気になる。無理なダ
イエットと関係があるのではないか。
ダイエットに「朝食抜きダイエット」がある。メタボリック症候群を気にして朝食を抜く男性も増えてい
るというが、特に女性では顕著なような気がする。
ダイエットのために朝食を抜くことには賛否両論がある。ただ、午前中の活動や摂取カロリーのバラ
ンスを考えると、3 度の食事を取った方がよい。朝食 3、昼食 3、夕食 4 の割合が理想という人がいる
一方、朝食に重点を置いて夕食を減らす逆ピラミッド型がいいという人もいる。体内時計を考慮した
時間栄養学の観点から、「いつ」食べるかが重要になってきた。「早起きをして、朝食をしっかり取る」
ことが健康維持にとって大切といえる。
★ カルシウムは若いうちから(2011.10.23.)
若いときからダイエットに一生懸命になるあまりに、1 食抜いたり小食がちになったりする女性がい
る。こうなると、必要な栄養、特にカルシウムが不足する。若いうちはカルシウム不足にはあまり気が
つかないが、20 歳くらいまでの成長期は骨が形成される時期でもあるから、若いときのカルシウム不
足は年齢を重ねてくると、きいてくる。骨折の原因になる骨粗しょう症になる恐れが大きい。
骨粗しょう症は骨がすかすかになり、もろくなる病気だ。骨もご多分に漏れず代謝をし、常に新しい
ものになる。骨吸収(古い骨を溶かす)と骨形成(骨を修復し、新しい骨をつくる)を繰り返す。そこで
カルシウムが重要な働きをする。
加齢とともに腸からのカルシウムの吸収が悪くなり、骨量が低下してくる。ほぼ 30 歳代半ばに骨量
がピークになり、年をとるにしたがって下がってくる。
とくにハ女性ホルモンのエストロゲンは骨吸収を遅くする働きがあり、分泌されないか分泌が少な
いと、骨の破壊の速度が速まる。女性には女性ホルモンの分泌が低下する閉経があるので、この時
期を境に骨量の低下の速度は増し、骨粗しょう症になる率もあがる。
2009 年に出た論文によると、50 歳代後半から女性の骨粗しょう症の有病率は男性の 2 倍以上。
徳島大学ヘルスバイオサイエンス研究部(生体情報内科学)の松本俊夫教授は、骨粗しょう症に悩
む人は 70 歳以上の女性のほぼ半分で、日本では少なくとも男女合わせて 1100 万人の患者がいる
と推定する。
骨粗しょう症は骨折の主要因で、65 歳以上になると、ちょっと転んでも骨折し寝たきりになりがち。
厚生労働省が 7 月にまとめた「2010 年国民生活基礎調査」によると、要介護要因として多いのは
「脳卒中」「認知症」「老衰」「関節疾患」に次いで「骨折・転倒」だった。このすべての背景に骨粗しょ
う症があるというわけではないが……。
若いときからカルシウムの摂取を心がければ骨粗しょう症は予防できる。骨の代謝を考えると、カル
シウムの必要量は約 600mg で、成長期は少し多めにとってもよい。多く含む食品は、豆腐やごま、
大根、牛乳などの乳製品、めざしなどの小魚。喫煙は腸からのカルシウムの吸収を妨げることがある
から避けたい。
★ カルシウムの効果、時間で変化(2011.10.30.)
前回、年をとってから骨粗しょう症になるのを防ぐには若いうちからカルシウムを取るのが大切だと
紹介した。2006 年に公表されたデータでも、思春期(おおむね 10~11 歳)前にカルシウムを多く取
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ると明らかに骨の量が高くなるという結果が出た。若いときにカルシウムをたくさん取ると、年をとつて
も骨がもろくなるのを防ぐことができることを示している。
1 日のうち、いつ取るのがよいのかを知ることも重要だ。カルシウムを多く含む食品として、よく知ら
れているのが牛乳などの乳製品だが、これにも効果を引き出すのに最適な摂取時間があるというの
だ。「時間栄養学」という学問分野で、「何をどれだけ」というだけでなく「いつ」という時間を研究しよう
という。
人間の体には一定のリズムがある。1 日、1 週間、1 カ月などリズムは様々あるが、最もよく知られて
いるのが一日の生体リズムである日周リズム(サーカディアンリズム)だ。この日周リズムにあわせると
効果的な牛乳の摂取法がわかるという。1 日のうちのいつ食事を取ればよいかを調べるのだ。
県立広島大学人間文化学部の加藤秀夫教授(健康科学科)によると、目的別に牛乳の摂取時間
は異なるという。
例えば、便秘を予防し毎日をすっきり過ごしたいと思っている人は、牛乳を朝に飲めば効果的。朝、
牛乳を飲めば胃腸の働きが活発になり、便秘も防げるというわけだ。
同様に、昼に牛乳を飲むとその日の筋肉活動に必要なカルシウムが補給され、活動的な一日が
おくれ、トレーニングをやっている人はその効果も上がるという。
丈夫な骨をつくり大きくなりたいと思ったら夕食時に飲むのがよい。このとき、果物と一緒に取るとよ
り効果的だ。果物にはクエン酸やリンゴ酸が含まれており、これらはカルシウムの骨への沈着(利用)
が促進されるからで、丈夫な骨ができる。
骨は夜つくられるから、骨の元になるカルシウムは夕方に取るのが合理的。思春期を含めた成長
期にはカルシウムを夕方に取った方がよい、という結果もうなずける。同様に若いときに牛乳をはじ
めとするカルシウ厶を含む食品を意識して取るようにしてほしい。
★ 関節リウマチ、薬物療法が柱(2011.11.6.)
女性に多い骨の病気に関節リウマチがある。関節が炎症を起こして骨が破壊される。関節などが
腫れ、そこから激しい痛みが襲う。適切な治療をしないままにしておくと、関節が変形する。自己免
疫疾患のひとつで、原因ははっきりしていない。
国内では推定 70 万~100 万人が悩んでいるが、医師に診てもらっていない「潜在患者」はもっと
多いともいわれている。男女比は 1 対 4 で圧倒的に女性に多い。主に 30 歳代から 50 歳代に発症
するといわれる。
1960 年に日本リウマチ友の会が発足し、啓発活動などをしており、2009 年に会員 8300 人余(有
効回答数)を対象にアンケートを実施した。「最初に痛くなった関節はどこか」という設問には、やはり
手指や手首という回答が多かったという。
現在、関節リウマチを根治させる治療法はないといってよい。このため、寛解(病気が完治している
かどうかがわからないが、症状が少なくなるかあるいはなくなる状態)にまでもっていくのが治療目標
になる。
09 年のアンケートをまとめた「2010 年リウマチ白書」でも「寛解した」が 4・3%、「良くなった」が 26・
8%だった。05 年の同じ調査では「寛解した」が 2・1%、「良くなった」が 19・5%だったから、かなり
治療効果があがっているようだ。
10 年あたりから関節リウマチ治療に関して「T2T」ということがよくいわれる。T2T は(Treat to
16
Target、目標達成に向けた治療)の略で、「炎症を取り除くことが、治療ゴールを達成するために最
も重要である」など、症状の寛解を主目標にして治療しようというものだ。11 年には米国リウマチ学会
と欧州リウマチ学会が共同で寛解の基準をまとめた。
関節リウマチの治療には薬物療法や手術、リハビリテーションなどがある。なかでも柱になるのが薬
物療法で、1999 年からメトトレキサー卜(MTX)が標準薬として最もよく使われている。
また、2003 年からバイオ技術を利用した生物学製剤が登場、寛解の効果が向上した。
ただ、生物学的製剤の短所の一つに薬価がとても高い点があげられる。1 カ月あたり薬代が 12 万
~15 万円かかる。
★ 関節リウマチの早期発見を(2011.11.13.)
関節リウマチは、体に備わっている免疫機構が、外敵ではなく自分自身の細胞や組織を攻撃して
しまう、いわゆる自己免疫疾患のひとつだ。
「朝のこわばり」がこの病気を発見するきっかけ、ということをよく聞く。朝起きたときに手足を動かし
にくいことが時折あるが、これが朝のこわばりだ。「疲れやすい」「何だかだるい」といった症状が関節
リウマチの前兆かもしれない。
痛みや腫れ、骨の破壊などはもちろんだが、関節リウマチで困るのは関節が不具合になることによ
る体の機能障害だ。食事や着替えといった日常生活、多くの女性では家事に支障が出てくる。
機能障害は、たとえ関節リウマチになっても「通常の日常活動はできる」というクラス I から、「すべて
の行動が制限される」というクラス IV まで、通常は 4 段階に分ける。クラス IV は関節の腫れや痛み
によって他人の介護を必要とし、車いす生活を余儀なくされた状態といってよいだろう。
新潟県立リウマチセンター(新潟県新発田市)の伊籐聡診療部長は「早いうちから関節の破壊が
みられます」と、早期発見・治療の大切さを説く。発症から 1 年以内に関節の破壊が進むことがわか
ってきている。
早期に関節リウマチを発見する方法に血液検査と画像検査がある。
血液検査では炎症の指標となるリウマトイド因子(リウマチ因子)や赤血球沈降速度(赤沈)、C 反
応性たんぱく(組織などの破壊があると血液中に出るたんぱく質)の上昇をみることが多い。近年で
は早期発見のために、抗 CCP 抗体(抗環状シトルリン化ペプチド抗体)の陽性の有無を調べること
もある。また、画像検査では X 線撮影や超音波、磁気共鳴画像装置(MRI)などが使われる。
前回紹介したように、治療法には薬物療法や手術療法などがある。薬物療法では生物学的製剤
が続々と登場している。手術療法では炎症を起こした関節の滑膜を切除したり、人工関節に置き換
えたりする。
ただ、薬物療法と手術で関節リウマチ治療のすべてを解決できるわけではない。伊藤診療部長は
「薬物で症状の寛解にもっていくことは大切だが、リハビリテーションで損なわれた機能を取り戻すこ
とを心がけるべきだ」と話す。
★ カフェインで抗ウイルス(2011.11.20.)
コーヒーと健康について考えてみよう。
コーヒーにはカフェインが多く含まれている。このカフェインに、ある種のウイルス(JC ウイルス)の
増殖を抑える効果が期待できるという。
研究をしたのは北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの澤洋文教授らのグループ。論文
17
が 201O 年の 1 月に発表された。
JC ウイルスは健康な人が感染しても何ら症状はでない。病気で免疫力が大きく衰えている人だと、
進行性多巣性白質脳症を引き起こす。このウイルスに感染させて 7 日間培養した人の神経芽細胞
腫に微量のカフェインを添加し、6 日後にはウイルスの感染力がほとんどなくなることを突き止めた。
感染力の目安は赤血球凝集活性で判断した。
カフェインなし(蒸留水のみ)だとウイルスの作用で赤血球凝集が確認されたが、カフェインを添加
することで凝集がみられなくなったという。カフェインが多いコーヒーもひょっとすると同じような効果
があるかもしれないという期待を持たせる。
もっとも、薬品は即効性を旨とするが、食品はずっととり続けないと効果があらわれないが……。
この論文を教えてくれたのがコーヒー研究家の岡希太郎さん。東京薬科大学の教授を務め、定年
を機に「医食同源」の観点からコーヒー研究を始めたという。
岡さんが教えてくれた論文の中に次のようなものもあった。米国立衛生研究所(NIH)の研究グル
ープが 11 年のはじめに発表したもので、1 日 3 杯以上のコーヒーを飲んでいる人は、C 型肝炎の治
療によく使われるペグインターフェロン・リバビリン併用療法の効果が高まるという。
調査対象は過去にペグインターフェロン・リバビリン治療を受けたことがある患者 885 人。うち 752
人がコーヒーを飲んでいたが、1 日 3 杯以上飲んでいる人は明らかに効果がみられた。カフェインの
作用によるものと考えられるが、これよりもずっと強い抗ウイルス作用がある物質も見つかっている。
安易な予測をし結論を導くことはできないが、コーヒーを飲むという日常的な活動によって、健康が
維持できれば、こしたことはない。ただ、岡さんは「コーヒーの飲み過ぎには厳重に注意してほしい」
と語る。
★ コーヒーに脳卒中予防効果?(2011.11.27.)
近年、死亡率が横ばいとはいえ、脳卒中は恐ろしい病気だ。脳の血管が詰まる脳梗塞と、脳の血
管が破れてしまう脳出血などがあるが、この脳卒中の予防にコーヒ亅が効果的かもしれないという。
コーヒーと脳卒中の関係を調べた論文は少なく、はっきりしたエビデンス(科学的証拠)があるわけ
ではない。ただ、コーヒーを飲む習慣のある人は、脳卒中のリスクが下がるという報告がある。
例えば、スウェーデンでの調査ではコーヒーを毎日 1 杯飲んでいる女性は飲まない人よりも脳卒中
になるリスクが 25%低いという結果になった。
スウェーデンの別の調査ではコーヒーと脳梗塞のリスクの関係を調べた。カロリンスカ研究所が
2008 年に 50~60 歳代の男性の喫煙者 3 万人を対象にしたもので、コーヒーを 1 日 2 杯以下しか
飲まない人のリスクを 1 とすると、6~7 杯以上飲む人の脳梗塞リスクは 0・77 だった。
この数字を高いとみるか、低いとするかは議論が分かれるところだろう。「1 日あたりコーヒーを 6~7
杯も飲めないよ」とか「コーヒーをたくさん飲んで胃を悪くすることはないだろうか」などの声が聞こえ
てきそうだ。
現状では、日本にはコーヒーを飲む習慣が定着しているとはまだいいがたい。コーヒーに脳卒中
の予防効果があるらしい、といわれても、どこかよそ事のような気がする。
では、日本人に関係が深い緑茶はどうだろう。
08 年に新潟大学の研究グループが新潟県の十日町周辺の 40 歳代以上の住民約 6300 人を対
象にした疫学調査の結果がある。
18
1 日 2~3 杯の緑茶を飲む男性は、飲まない男性に比べて脳卒中のリスクが 35%にまで下がる。5
杯以上飲む人は 27%にまで下がるという。女性の場合はそれぞれ 58%、67%と男性に比べて脳卒
中リスクに対する緑茶の「効き目」は低かった。
「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」というように、コーヒーや緑茶に脳卒中の予防効果があるらしい
というだけで、がぶ飲みするのは避けたい。脳卒中リスクを下げるのはカフェインの働きによるものと
みられるが、このカフェインをたくさんとると、思わぬ「副作用」が出るからだ。
★ 仲間との食事、咀嚼増える(2011.12.4.)
健康な大人の場合、1 日におよそ 1・5 リットルの唾液が分泌される。草食動物はもっと多く、牛だと
約 100 リットルになるという。
唾液には、でんぷんなどを麦芽糖に分解する消化酵素が含まれている。また、口の粘膜を保護し
たり、リゾチームやペルオキシダーゼなどの酵素によって細菌を死滅したりする作用もある。唾液は
体にとってなくてはならないものだ。
唾液は咀嚼によって、より多く分泌される。かむという動作は食べたものを小さくしたり、すりつぶし
たりするだけでなく、唾液と混ざることにもなる。
咀嚼の回数は時代とともに少なくなっているそうだ。今から 10 年以上も前になるが、神奈川歯科大
学の研究グループが 1999 年に成果を公表した有名な実験がある。
弥生時代、鎌倉時代、江戸時代、戦前(1945 年以前)の食事を再現し、現在の食事との咀嚼回数
を比較した。弥生時代の食事が最も多く、鎌倉時代、江戸時代、戦前、現代と、時代が新しくなるに
つれて少なくなるという結果だった。今の子供たちの回数は、弥生時代の人の 6 分の 1 以下だった。
弥生時代は堅いものを食べる機会が多かったから、よくかんでいたということになるだろう。今は逆
に軟らかいものを多く食べるから咀嚼回数も減るというが、それにしてもこの差に驚く。
かむことで唾液の分泌が促されるだけではなく、骨を頑丈にし筋肉をつけるなど、あごの発達にも
つながる。そういえば、昔の人に比べて現代の若者のあごはほっそりしているような気がする。
咀嚼回数を増やすには 1 人でぼそぼそ食べるよりは気の合う仲間とわいわいやりながら食事をす
るのが効果的だ。
高知県立大学健康栄養学部の佐藤厚教授らによる女子学生へのアンケート調査がある。1 個約
85gのあんパンを 1 人で食べたときと、友人たちと会話を楽しみながら食べたときの平均咀嚼回数を
比較した。
友人たちと食べたときは 1 人で食べたときにくらべて、咀嚼回数は 1・47 倍だった。
味気がない「孤食」よりも、皆と一緒に食事をした方が楽しくもあり、消化にもよいことになる。
★ 「カフェイン中毒」要注意(2011.12.11.)
前々回とその前の回で、コーヒーの健康への効用について紹介した。文末に「飲み過ぎには厳重
に注意してほしい」「がぶ飲みするのは避けたい。思わぬ副作用が出るからだ」と書いたところ、読者
からどのような問題があるのか知りたいと質問が来た。
実はコーヒーの主成分であるカフェインは医薬品に該当する。薬事法で劇薬に指定されている。
薬事法の劇薬の定義は内服で体重 1kg あたり、300mg 以下のものとなっている。例えば、体重が
60kg の人であれば 18g で急性毒性があらわれることになる。この急性毒性は LD50(半数致死量)
で表示される。仮に 100 匹のマウスに飲ませた(注射した)とき、半数の 50 匹が死ぬ量を指す。劇薬
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のほかに毒薬もあるが、毒薬は劇薬よりも 10 倍急性毒性が強いものをいう。
コーヒー1 杯に含まれるカフェインの量は、普通 100~150mg だから、1 日当たりコーヒーを 2~3
杯飲んだとしても、急性毒性が表れる量の 40 分の 1 以下。1 日にコーヒーを 100 杯以上飲まない
限り、何ら問題はないといえる。お茶の目安は番茶が 1 杯 15mg、ほうじ茶は同 30mg だ。高級なお
茶として知られる玉露茶は 1 杯当たり 180mg と、コーヒーよりカフェインは多い。
また、風邪薬など市販薬にはカフェインを含んだものがある。覚醒状態が長く続くことで不眠症に
なったり、常用すると頭痛を起こしたりする。持病の治療で医師にかかっているときは、カフェインを
含んだ薬を処方されることがあるから、コーヒーなどを 1 日に何杯取っているかなどを知らせることが
必要だ。
大きな副作用としては「カフェイン中毒」がある。個人差はあるが、コーヒーから離れられなくなった
ら要注意だろう。顔面紅潮になりやすく、落ち着かなくなり、集中力の低下やけいれんを起こしやす
くなる。悪くすると動悸や不整脈につながる。
やはり、コーヒーは「体によいから」といって一度に大量にとるのは避けたい。カフェインを含んでい
るとはいえ、コーヒーは医師や薬剤師が扱う医薬品ではなく、素人が誰でも簡単に口にすることがで
きる食品なのだから……。薬は「もろ刃の剣」で作用もあれば副作用もある。ほどほどにというわけ
だ。
★ 多様な食材をバランスよく(2011.12.18.)
「薬食同源」という言葉がある。「医食同源」ほど広く知れ渡ってはいないが、要は、食事は体の養
生につながるという考え方だ。
中国古代の医学書(薬学書)としては「黄帝内経(こうていだいけい)」「神農本草経(しんのうほんぞうきょ
う)」「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」の 3 つがよく知られている。この中の神農本草経に「薬食同
源」あるいは「医食同源」の考え方が書かれている。
神農本草経では薬を上薬、中薬、下薬の三つに分けている。このうち上薬というのは「命を永らえ
るのに役立つ薬物」とされる。長期間飲んだり食べたりしても害がなく、体の養生に資するものだ。毎
日口にする食事がこれに当てはまる。昔から食事は健康を支える大切なものとされてきた。薬食同
源、まさに「食は薬なり」なのだ。
漢方では口にできるものは、植物であれ、動物であれ、鉱物であれ、すべて「薬」になる。毎日の食
事も例外ではない。食は健康に維持し、人々の QOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活の質)を高める
重要なものとして位置づけられる。
これをより具体化したものが薬膳だろう。薬膳は病気を持っている人の、いわば「食事療法」として
使われることが多いが、もちろん健康な人が取ってもよい。
かつて、1 日に 30 品目の食材を摂りなさいといわれた。「今日は何品目食べたかな」と考えると夜も
眠れないという人がいて、この数値目標は最近ではあまり耳にしなくなったが、要は多様な食材を、
バランスよく食べることが肝要ということだ。薬膳は多様なものをバランスよく食べることに主眼を置い
たもの。色や香り、味などにも気を配って「食事の楽しさ」を伝えてくれる。
健康に対する食事の大切さは現代に生きている。2000 年から始まった「健康日本 21」では「栄養・
食生活は、生命を維持し、子どもたちが健やかに成長し、また人々が健康で幸福な生活を送るため
に欠くことのできない営みである」とうたっている。
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生活習慣病から逃れ、QOL の向上をはかるためにも、多様なものをバランスよく摂るという薬膳の
教えを毎日の食事に取り入れることが必要だろう。
★ 東洋医学、体のバランス重視(2011.12.25.)
「未病」という言葉がある。「いまだ(未)病気(病)になっていない」を略したもので、病気ではないが
疲れ、だるさなどがある状態をいう。漢方書の「黄帝内経(こうていだいけい)」に記載がみられる。「将来
罹(かか)るであろう病気をあらかじめ治しておく」という考えで、中国の医学(東洋医学)では「未病を
治す」が基本になっている。
病気の前兆を見つけて早いうち(あるいは病気が軽いうちに)に治してしまおうというものだ。いわ
ば前病気の状態である。ちなみに、すでに病気になっていることを漢方では「己病(きびょう)」とい
う。
前回、健康のためにはバランスのよい食事を取るのが最もよい、と書いた。体もバランスを保つこと
が大切で、未病はストレスなどによって体のバランスが崩れた状態を指すといえる。
よくいわれることだが、西洋医学と、中国医学を中心とする東洋医学とは基本的な考えが異なる。
西洋医学は分析的で、病気の原因をとことん追究し、それを取り除くことを主眼とする。薬も効き方は
シャープ。外科手術という考えも西洋医学からは当然出てくる。
一方、東洋医学では体のバランスを重視する。病気になるのは、何らかの理由でこのバランスが崩
れた状態になることと捉える。漢方薬も体のバランスを健康な状態の時に戻すのに重点を置く。未病
の概念もこの流れから生まれてきたようだ。もちろん、手術といった考えはない。
西洋医学が分析的であるなら、東洋医学は総合的といってよいだろう。体質、体力といった言葉が
東洋医学ではよく使われる。QOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活の質)の向上を目指した医学という
ことになろうか。
東洋医学では病気の原因を追究するのは「二の次」ともいえ、西洋医学の視点からだと、非科学的
に映るかもしれない。
しかし、体のバランスを整えるのはある意味では合理的ではないだろうか。体が持つ自然治癒力を
生かし、漢方薬はそれを助ける、という考えは今の生活習慣病の克服にも通じる。
ただ、何でもかんでも漢方や東洋医学、伝統医学で治すというのは少々乱暴な考えでもある。東
洋医学と西洋医学のバランスをとった病気の克服法、健康維持法があるに違いない。
★ 軽い運動で骨の衰え防止(2012.1.8.)
昨年 11 月に、宇宙飛行士の古川聡さんが国際宇宙ステーションから無事帰還したことは記憶に
新しい。宇宙では地上と違って足の骨などにかかる負荷がとても小さい。だから、初期の宇宙飛行
士たちは骨が急速に衰えていくのを経験した。宇宙に 167 日もの長期間滞在した古川さんは、そう
したことを生かして、毎日健康器具による運動を続けて骨の衰えを防いでいたという。
この連載でも骨を強くするために、あるいは高齢者になって骨粗しょう症に悩まないためにも若い
時からカルシウムを摂るように心がけるべきだと書いた。と同時に、適度な運動も骨の健康維持のた
めには必要だ。このことを、骨への負荷がわずかな宇宙生活を経験した古川さんが教えてくれてい
る。
体重の 1~2%を占めるカルシウムは、そのほとんどが骨や歯に含まれている。2010~14 年度の 5
年間にわたって使われる「日本人の食事摂取基準(10 年版)」によると、日本人のカルシウム推奨摂
21
取量は年齢別に決まっており、男性の場合、例えば 1~2 歳で 1 日 430mg、70 歳以上で 722mg
となっており、最も多く取らなければならないのは 12~14 歳の 986mg だ。女性だと 1~2 歳で
412mg、70 歳以上で 622mg となり、やはり最も多いのが 12~14 歳の 804mg となる。
ところが、「09 年国民健康・栄養調査」によると、20 歳以上の成人の 1 日当たりのカルシウム摂取
量の平均は男性で 501mg、女性で 492mg。最も多くとらねばならないとされる 12~14 歳のグルー
プが該当する 7~14 歳では、664mg、622mg とあきらかに摂取不足だった。
運動不足がこれに加わる。骨は負荷や刺激がかかると強くなるからだ。
運動にはウオーキングや散歩などの軽いものがよい。体によいから、骨を強くするからといって、張
り切りすぎるのはよくない。
日光を浴びながらの散歩が理想的だ。光はカルシウムの骨への沈着を促進するビタミン D が体内
にできることが期待できるからだ。
ただ、膝の関節が痛んでいる人や、すでに骨粗しょう症になっている人にとっては散歩はきついか
もしれない。そういう人たちは水中歩行などを試してみるのもよいかもしれない。
★ たばこ、辰年を「断つ年」に(2012.1.15.)
病気の原因の中で予防が可能なものにはいくつかあるが、一番手としてはやはり、たばこをあげた
い。
こう書くと、「何を今更禁煙についていうのか。たばこが健康に悪い影響を及ぼすことは昔から知ら
れている」とか、「たばこは気分転換にいい。何よりも気分がスッとする」という反論がくる。特に後者
は経済ではあらわせない効用ともいえる。
しかし、多くの疫学調査で明らかなように、たばこは呼吸器・循環器病など、いろいろな病気を引き
起こし、また、生活習慣病を悪化させることが知られている。禁煙・分煙を実施する自治体が増え、
病院でも禁煙外来が定着した。女性の関心事である美容にも喫煙は悪影響があることが知られるよ
うになってきた。今年は辰年(たつどし)。語呂合わせではないが、たばこを「断つ年」にしようと(ガムタイプの禁煙補
助剤を販売するジヨンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が、昨年 11 月中旬に全国の喫煙者 316 人を対
象にアンケート調査をした。
316 人のうちの 174 人が禁煙に挑戦したことがある、と答えている。喫煙者も禁煙したいという気持
ちはあるようだ。
喫煙の悪い点としてよくあげられるのは、たばこを吸わない周りの人への影響、いわゆる受動喫煙
問題だ。こうした周りの人の体調不良を含め「健康上によくない」というのが禁煙をする理由の第 1 位
だった。
第 2 位は「経済問題」、税金を含めたたばこの値段だ。「価格がいくらになったら禁煙するか」という
質問には 1 箱 500~600 円というのが最も多かった(37%)。昨年 9 月初めに小宮山洋子厚生労働
相は「喫煙者の 8~9 割が禁煙したいと思っている。たばこの価格を 1 箱 700 円ぐらいに……」と発
言し、物議を醸したが、喫煙者の本音を映しだしているかもしれない。
禁煙に挑んだものの、あきらめた人は多い。理由の第一はやはり「禁煙によるストレス」(65%)、次
いで「禁断症状」(43%)だった。愛知県がんセンター研究所疫学・予防部の田中英夫部長は「たば
こはストレスを和らげる効果があるというが、これは離脱症状が一瞬消えるだけで、かえってストレス
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状態をつくっている」と著書の中で語っている。
★ 喫煙でメタボになりやすく(2012.1.22.)
今回は生活習慣病としてここ数年、とくに注目されることの多いメタボリック症候群とたばことの関わ
りについて考えてみよう。
メタボは主に多くの中年以降の人の健康にとって注意しなければならない症状だ。内臓脂肪型の
肥満が根底にあり、これに高血圧、高血糖、脂質代謝の異常(高脂血)のうちどれか 2 つ以上を併発
している状態を指す。放っておくと、合併症が怖い糖尿病などにいたる。
このメタボと喫煙との間には、どんな関係があるのだろうか。
よく知られたことだが、喫煙によって、メタボになりやすいという研究結果が出ている。
例えば、大阪府立健康科学センターの木山昌彦さんたちが 2008 年 12 月に「厚生の指標」に発表
した、同センターを訪れた約 8900 人を対象にした調査によれば、喫煙はメタボの出現を明らかに高
めている。
喫煙がメタボにつながる仕組みを、かいつまんでいうと次のように考えられている。
たばこが体の脂肪組織から分泌される物質に悪影響を及ぼし、脂質代謝異常を引き起こす。煙に
多い一酸化炭素も血管内皮細胞に悪影響を与える。喫煙によって、「血管いじめ」を続けることで、
メタボになると考えられている。運動不足なども拍車をかけている。
ところで、たばこをやめると太るとよくいわれる。肥満はメタボになる近道。口が寂しくなったり、食事
がおいしくなったりと、ついつい、禁煙するとメタボになりがちになるとされる。
しかし、禁煙による肥満の原因は、一過性の過食にあるようだ。過食が落ち着くと体重の増加は止
まる。ニコチンを少しずつ放出する禁煙補助薬の多くは、この一過性の過食を抑える働きがあるとさ
れる。
過食を防ぐには「よく噛んで食べる」ことが昔からいわれている。国立保健医療科学院の安藤雄一
さんたちが「ヘルスサイエンス・ヘルスケア」誌(08 年)に寄せた文献レビューによると、よく噛んで食
べない、いわゆる早食と肥満とは関連性があった。ただ、直接影響を与える要因かどうかは今後検
討をしなければならないという。
メタボにならないためには禁煙し、早食いを避けることが肝心なようだ。
★ 衰えは足腰から、運動習慣を(2012.1.29.)
「養生の術は、つとむべき事をよくつとめて、身をうごかし、気をめぐらすことをよしとす」とは、18 世
紀初めの頃に貝原益軒が著した「養生訓」の一節だ。この頃から、健康にとっては運動は欠かせな
いとされてきた。
「養生訓」は続けて「つとめるべき事をつとめずして、臥す事をこのみ、身をやすめ、おこたりて動か
ざるは、甚だ養生に害あり」と記している。いたずらにだらだらするのは昔も健康にとって悪いと戒め
の対象になっていたようだ。
適度な運動は、食事と並んで健康を維持する上で重要なものとされている。世の中にたくさんの健
康法があるが、多くは体を動かすことを取り入れている。筆者も何度か中国へ行ったが、田舎町でも
毎朝広場に老若男女が集まって太極拳をしている光景を目の当たりにすると、健康のために体を動
かすのはよいことだなあ、と感じた。
厚生労働省の 2009 年国民健康・栄養調査によれば、「1 回 30 分以上の運動を週 2 日以上実施
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し、(これを)1 年以上継続している」、いわゆる運動習慣のある人は男性で 32%、女性で 27%だっ
た。ここ数年横ばいで、「健康日本 21」の目標が男性では 39%、女性だと 35%だから、これには達
していない。運動の大切さはわかるがついつい……といったところだろう。
体の衰えは足腰からくる。高齢者の歩く速さが落ちるのは、体力や栄養が下がってくるためだろう。
人間の場合、体を動かさないでほっておくと、足の筋肉は年間 1%ずつ減る。また、握力の低下も運
動不足の重要なサインだ。蛇口やドアノブが以前ほど簡単に回せなくなったら、体力が下がってい
ると考えてよい。
運動というと、汗をかきながらを想像しがちだが、決してそうではない。軽めの運動を継続すること
が大切だ。毎日 20~30 分間歩くだけでも効果があり、階段の上り下りもよい。掃除や家事も運動に
なる。
2009 年国民健康・栄養調査をみて気になったことがある。男女とも若い人に運動不足が目立つ。
運動習慣のある人をみると、男性で 60 歳代、70 歳代で「健康日本 21」の目標に達している。一方、
20 歳代から 50 歳代では軒並み平均値以下だ。特に低いのは 20 歳代の女性で、運動習慣のある
人の割合は 12%だった。
★ 適度な運動でストレス解消(2012.2.5.)
健康という場合、体の健康はもちろんだが「こころの健康」も大切だ。このこころの健康を左右する
のが精神的なストレス。仕事でのトラブルや職場での人間関係、家族の悩みや、健康、介護問題な
ど、現代の社会ではストレスのタネは尽きない。
一般的に、ストレスを受けると脳の視床下部が脳下垂体に指令を出し、脳下垂体から副腎皮質刺
激ホルモンなどが放出される。その結果、副腎からカテコールアミン(副腎髄質)やコルチゾール(副
腎皮質)などのホルモンが分泌される。こうしたホルモンは、ストレスホルモンと呼ばれている。
ストレスは体の恒常性(ホメオスタシスと呼ぶ)の乱れを引き起こす。ストレスの感じ方には個人差が
あり、また、場合によっては、ストレスは体にとってよい刺激にもなる。適度なストレスは、健康を維持
する上で、むしろあった方がよいという意見もある。
ただ、度が過ぎると困ったもので、ストレスが長く続くとやはり健康に悪影響を及ぼす。
こころの健康面では、最近、若い世代に増えている「うつ」が代表的。体の健康面ではホルモンバ
ランスの乱れが主な原因となる血圧の上昇や、下痢(あるいは便秘)、肩こりなどに悩まされ、悪くす
ると狭心症や胃潰瘍などにかかる。
ストレスを上手にコントロールするにはリラックスタイムを設けたり、仕事ぶりなどを他人と比べずに、
人のいうことや仕事ぶりなどを軽く受け流したりすることが肝心。その意味では運動もよい。
厚生労働省の調査によれば、ストレス解消のために日常生活で運動しているとの回答が 40 歳代
の男性で 33%、20 歳代の男性で 31%と多かった(女性は 30 歳代、40 歳代が 37%だった)。総じ
て仕事や学業でのストレスにさらされることが多い世代で高かった。
ストレスを受けて副腎髄質からカテコールアミンが分泌され、これがイライラなどの原因となる。適度
な運動はカテコールアミンの代謝を促すことが知られており、ストレスからくるイライラなどを消し去る
働きがある。
運動は体の健康にとってよいばかりではなく、こころの健康にもよいというわけだ。
★ 「聞く」より「聴く」の大切さ(2012.2.12.)
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「気持ちを伝え合う技術」(創元社、2010 年)を読んでいて、ふっと考えた。「聞く」と「聴く」の違い
についてだ。
こころの悩みやストレスを抱えた人たちに積極性をもって生きることなどを助言(カウンセリング)す
ることが大事だが、その第一歩として「聴き上手」になるということがある。著者の榎本博明さんの師
である佐治守夫・元東京大学教授は、「聞く」と「聴く」の違いについて次のように述べている。
「聴く」には相手の気持ちや人間性をわかろうとする、積極的な働きかけがある、と。相手の言いた
いことや感情を理解しようという姿勢がある、という。
これに対して「聞く」は、近くにいれば自然に耳に入ってくるもので相手のことをわかろうとする積極
性はない。カウンセリングの基本は、相手のことを理解しようとする「積極的傾聴」にある。こころの悩
みやストレスを抱えた人たちには、まず「聴く」ことから始めようというのだ。
がんにかかった人たちのところを訪問して、その悩みや現在の気持ちを聴く人がいる。そうした人
を養成する会もあるそうだ。悩みや気持ちを他人に話すとすっきりすることがよくある。そういう仕事だ
ろう。
古くは吉田兼好も「徒然草」で「おぼしきこと言わぬは腹ふくるるわざなれば……」と書いているよう
に、悩みを胸にしまっておき、言いたいことも言わないでいることは、こころの健康にとって悪いし、体
をむしばむことにもなる。
積極的傾聴の基本は相手を尊重する気持ちと相手を理解しようという姿勢、と榎本さんはいう。実
行できるのは、肉親だろう。知人だと、話の中の疑問などをいちいち指摘されたら話し手は気分を害
することにもなる。よほど親しくないと、話し手の気持ちを理解しようとするのは難しい。
見ず知らずの人だと、どうだろうか。案外うまくいくかもしれない。がんの患者を訪問して話を聴く、
というのはこのことを実行しているのだろう。
医療関係者ならばなお良い。白衣の人を前にすると、今の気持ちや悩みを話し、すっきりした気分
になることがよくある。じっくりと人の話を聴くことが、こころの健康にとって必要だということを医療関
係者は肝に銘じてほしい。
★ 震災後のケア、こころから(2012.2.19.)
大きな被害をもたらした東日本大震災からまもなく 1 年になる。震災発生後から、東北地方などで
はたくさんの医療チームが活動しており、時間の経過とともに、医療の重点は体の不調の治療からこ
ころのケアに移ってきた。主に東北各地で「いのちの電話」や「傾聴の会」「精神衛生センター」とい
った組織がこころの相談にのっており、多くの精神医療チームも活躍している。
こころの不調からか大震災が原因とみられる自殺者が増えているという。内閣府の自殺対策推進
室が、昨年 6 月から 11 月までの東日本大震災関連の自殺をまとめている。この期間の自殺者数は
計 49 人(暫定値)、年齢別では 60 歳代が 16 人、50 歳代が 10 人と年配の人が目立つ。
この中で健康問題を理由にしたのが 13 件(複数回答、最も多かった回答は経済・生活問題で 14
件)あった。こころのケアは長期間を要することが多い。今後ますます重要になるだろう。
このこころのケアで最近注目されているのが、漢方を中心とする伝統医学だ。とくに漢方は、いわ
ゆる西洋医学とは考え方の基本が異なることもあり、なかなか「科学的」な医学とは認められないの
が現状のようだ。
漢方では四診、つまり「望診」(顔色や舌の色をみる)、「聞診」(声の調子などをみる)、「切診」(脈
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をみたり、体をさすったりする)、「問診」(患者から痛みや熱があるかどうかを聞き出す)を重視する。
患者の話を聴くことに時間をかける。現代の医療に欠けていることのひとつを補おうというのだ。ここ
ろのケアにとって大切で、健康法にとっても示唆に富む。
東北大学病院漢方内科の関隆志講師によれば、漢方をはじめとする伝統医学は患者の話をよく
聴いて診断するから、こころのケアにとってよい面が多い。また、伝統医学は自覚症状を重視し、診
察に特別な器具が不要であることから、被災地での治療という点でも利点があるという。
震災にあった人たちは、恐怖や喪失感、無力感に襲われることが多い。
こうしたこころの不調は、不眠・疲労につながり、ひいては体の不調をもたらす。話をよく聴いて薬
などを処方する伝統医学が有用であることはいうまでもないだろう。
★ 社会的問題、ストレス起因も(2012.2.26.)
警察庁が 2012 年 1 月に発表した 11 年の自殺者数(速報値)は 3 万 513 人と、10 年より 3・7%
減った。とはいえ、14 年連続で 3 万人を超えた。
仮に自殺で亡くなった人が、亡くなられずに働き続けた場合に得られるであろう生涯所得額を、厚
生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が 10 年 9 月に推計している。対象とした 09 年(この年
の自殺者数は 3 万 2845 人)では(1 兆 9028 億円になる。
自殺の原因は多様で、一言では言い表しにくい。ただ、肉体的あるいは精神的なストレスが大きく
かかわっていることはいえる。
ストレスを受けると脳の視床下部が脳下垂体に指令を出し、脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモン
(ACTH)などが放出され、その結果、副腎からカテコールアミン(副腎髄質)やコルチゾール(副腎
皮質)などのホルモンが分泌される。
これらは体にとって欠かせないが、問題はカテコールアミンにせよ、コルチゾールにせよ、血糖値
を上げる作用が認められていることだ。カテコールアミンは直接血糖値を上昇させる働きがあり、また
コルチゾールは糖の新生を促進することによって、間接的に血糖値を上げている。
ストレスが続くと肥満を招きやすくなり、糖尿病などにつながるメタボリック症候群に陥る。ストレスに
さらされるとやけ食いなど普段と違った食行動をとりがちということと関係があるかもしれない。
よく知られたことだがストレスはこころの健康にも大きな影響を及ぼす。徳島大学大学院ヘルスバイ
オサイエンス研究部の武田英二教授(臨床栄養学)によれば、人間の精神活動には神経伝達物質
のひとつであるセロトニンが大きく関与している。ストレスが長く、かつ繰り返し加わるとセロトニン活
性が高まると同時にセロトニンの分解も進み、分解が合成を上回ると脳内のセロトニンが不足するよ
うになる。
セロトニンが足りないと、キレたり、抑うつ気分になったり、自殺したりすることだってある。セロトニン
には食欲を調整する作用もあるらしい。放っておくと、肥満から糖尿病になると思われる。メタボから、
糖尿病、うつ、自殺……。大きな社会的問題の背後には、心身にかかるストレスの存在がやはり大き
い。
★ 定年後、社会貢献で生きがい(2012.3.4.)
昨年 9 月に総務省がまとめた日本の人口に関する統計によれば、65 歳以上の高齢者の数は推計
で 2980 万人、総人口の 23・3%になる。長寿命社会は今後も続き、・国立社会保障・人口問題研究
所の推計だと、2050 年にはこの割合が 38・8%と、およそ 3 人に 1 人が高齢者と呼ばれるようになる
26
とされている。
高齢者が増えると年金財政や医療保険を圧迫するなど大きな問題を引き起こす。対策は待ったな
しの状態にある。
先日、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」というシンポジウムを聞きに行った。科学技
術振興機構社会技術研究開発センターの研究プロジェクトのひとつで、これからの本格的な高齢社
会の対応策を考えようというものだ。
この中で気を引いたのは、辻哲夫・東京大学高齢社会総合研究機構特任教授(元厚生労働省事
務次官)らによる「セカンドライフの就労モデルの開発研究」だ。多くの企業で定年を迎える 60 歳か
らの、いわゆるセカンドライフを社会に生かそうという試みだ。
定年後のセカンドライフをいかに過ごすか、ということは国によって異なる。主に欧米諸国では定年
後は年金をもらってゆっくりと、と考えるが、日本では健康なら働くということに価値観を置く人が多い。
セカンドライフも「就労」をと考えるのである。
よくいわれることだが、年齢を重ねていくと肉体的には衰えるとはいえ、知識や知恵などの精神的
能力は若い時代に比べてより深くなっている。そうした点を生かそうというのがセカンドライフの就労
だ。ライフステージ、いわば人生の各段階に適合した働き方を作り出そうというわけだ。
こうした「労働」は競争をしている企業社会には向かない。コミュニティや自治体など地域社会が前
面に出てこなければならない。
辻プロジェクトでも、千葉県柏市をモデル地域に選び、東大と柏市、UR 都市機構、地元企業や柏
市民が協働して団地を利用したミニ野菜工場などの「農業」をはじめ、「保育」「食」「生活支援」をキ
ーワードに活動を始めている。
健康で長寿であるためには「生きがい」を持とう。セカンドライフ就労では報酬は少なくてもよい。社
会貢献によって生きがいをみつけ、健康を維持しょう。
★ 「健康院」創設のすすめ(2012.3.11.)
「長生きがリスクと思われない社会をつくろう」――。5 年ほど前に神戸大学に金井壽宏教授を訪ね
たときに聞いた言葉だ。金井教授の専門は経営学で、特にリーダーシップを研究テーマにしている。
が、健康作りについても並々ならぬ関心を持っている。
日本は高齢化社会に向かってまっしぐら、の状態にある。多くの人が蓄えをもつのは「老後の病気
に備えて」という理由が圧倒的だ。高齢になると体の不調を訴えることが増えてくる。このままだと医
療・福祉保険財政が破綻する。今や年をとることがリスクを負う時代になっている。
私たちは病気になると医療機関に行く。病院は文字通り病にかかったときにそれを癒やす場所だ。
確かにありがたい施設だが、病気やけがをしないと世話にならない。もっと、普段から個々人の健康
について気軽に相談にのってくれる所があれば、と誰しもが思うのではないか。
そこで、病院ならぬ「健康院」作りを提唱したい。健康に配慮した食を扱う健康機器メーカーのレス
トランが話題になるなど、ここ何年か「健康ブーム」が続いている。健康に対する人々の関心も高い。
「いつまでも健やかに暮らしたい」と思う人は多い。
「健康院」では、公費で、体によい食や運動をはじめ健康に関する相談にのってくれ、アドバイスも
してくれる。もちろん、健康診断も。要は、体の管理を本人と一緒に考える所といってよいだろう。医
療保険でまかなえば、現在の治療中心の医療・医学から、予防中心の医療・医学への転換が図れ
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るだろう。
ただ、「健康院」に携わる人材がいまのところ少ない。病院にはそれぞれの病気やけがに対応して
くれる専門医がたくさんいるというのに。確かに、「健康院」と称するところがぼちぼち出始めているが、
自社の健康食品を売る「アンテナショップ」的なものも多い。ここで提唱する「健康院」とは似て非なる
ものだ。
もう一つ、「健康院」作りを阻んでいる理由がある。予防医学に力を入れたら、国民医療費がどれだ
け削減できるかというデータがないことだ。医療・医学の世界でいう明確なエビデンスがない。健康を
楽しめる社会作りのために、今からでも遅くはないからそのためのデータを蓄積したい。
★ 逆流性食道炎、増加に 3 要因(2012.3.18.)
QOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活の質)を低下させる代表的な症状に消化器系の不調がある。
食べたものが胃酸とともに食道に逆流する胃食道逆流症(GERD)は、胸やけなど不快な症状をも
たらす。
胃と食道の間には下部食道括約帯(筋)があり、胃酸などが胃から食道へ逆流するのを防いでい
る。GERD は加齢など、何らかの理由で下部食道括約帯の働きが鈍くなると起きる。胃の粘膜(胃
壁)は酸に強いが、食道壁はそれほど強くない。胃の内容物が逆流すると胸やけや胃がもたれた感
じがする。胃や食道が痛んだり、ひどくなると食道に潰瘍やがんを生じたりする。
GERD には食道の内壁がただれるものとそうでないものがあるが、ただれるものはテレビのコマー
シャルなどで知られている「逆流性食道炎」と呼ばれるものだ。
島根大学医学部の木下芳一教授は「逆流性食道炎に悩む人がどれだけいるか正確な統計はな
い。胸やけなどひどい不快感を訴えて医療機関に来る人は増えている」と、この症状を訴える人が
医療の現場ではよくみるようになったという。
木下教授によると逆流性食道炎が増えた理由は 3 つある。
第 1 はヘリコバクターピロリ、通称ピロリ菌の保有率が減ったことだ。ピロリ菌は胃の中に生息する
細菌で、自分の周りの胃酸を中和して強酸性状態の胃でも生きていける。主に公衆衛生、生活環境
が関係し、上下水道が普及した社会では少ないといわれる。日本でも 50 歳代より上の人は保有率
が 60~80%といわれるのに対して、30 歳代以下の人たちの保有率は 10~20%だ。ピロリ菌が少な
くなると相対的に胃酸が増え、逆流性食道炎になりやすくなる。実際に、ピロリ菌の除菌をすると逆
流性食道炎がおきたという例がある。
2 番目は食生活の欧米化が進んだことだ。脂肪分の多い、脂っこい食事を続けていれば、消化の
ため胃酸の分泌も増える。
3 つ目が肥満。太りすぎると胃が圧迫され、胃の圧力(腹圧)が増える。このため逆流がおこりやす
くなる。逆流性食道炎を防ぐには太らないことが肝要だ。
次回は、逆流性食道炎の予防法や、なったらどうするかについて、主に食生活の面からみてみた
い。
★ 脂肪分控え胸やけ防ぐ(2012.3.25.)
逆流性食道炎の自覚症状として、最も多いのが胸やけだ。それも単なる胸やけではなく、食事をし
た後によく胸やけがしたり、胸がむかむかしたり、口が酸っぱくなる感じがすると要注意。口が酸っぱ
くなる感じは呑酸(どんさん)という。筧利夫のテレビ CM によって知られるようになったが、もともとの意
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味は「げっぷ」のことだ。
以前は、逆流性食道炎は日本人には少ないといわれてきたが、最近は増えている。一説によると、
週 1 回以上の自覚症状がある人が約 7 割いると推定されている。島根大学医学部の木下芳一教授
が指摘するように「不快感を訴えて医療機関に来る人は増えている」ということは確かなようだ。
理由はピロリ菌の保有率の低下や、脂っこいものを食べることが多くなった食生活の変化とともに、
肥満だということは前回述べた。女性の場合、「痩せ願望」があるためか、肥満の程度は男性ほど顕
著ではないが、逆に若いときに食事制限をして痩せる努力をするあまり、カルシウムの摂取が不足
することが多い。閉経後の 50~60 歳代では骨がもろくなる危険が増す。骨粗しょう症になると背中
が曲がり、おなかを圧迫して、胃の内容物が食道に逆流しやすくなる。
逆流性食道炎にならないためには何に気をつけたらよいだろうか。
まずは太らないこと。何もまなじりを決して運動を心がけるということではなく、散歩でもよいから日
ごろから体をよく動かす習慣をつければよいだろう。前かがみの姿勢は胃を圧迫するから避けた方
がよい。
毎日の食事はどうだろうか。
脂肪分が多い食事、脂身の多い肉類は少なめにしたい。天ぷらやとんかつもできるなら回数を減
らす。白身の魚肉は消化がよいから薦められる。肉類なら鶏肉がよいかもしれない。
また、胃酸の分泌を増やすコーヒーなどカフェインを多く含むものや、アルコールの摂取は減らし
気味にすることが肝要だ。夜遅く食事を取り、食べてすぐ寝ることは内容物を逆流させる原因にもな
る。
もし、逆流性食道炎と診断されたら、酸味が強い食材、例えばレモンやトマト、酢の物などを避けた
い。酸味によって逆流性食道炎の患部を刺激して痛みをもたらすことが多いからだ。
★ 自治体が音頭、「健康の駅」注目(2012.4.1.)
以前、このコラムで「健康院」を提案したところ、多くの賛同する意見をもらった。そのひとつとして
新潟県見附市の久住時男市長から同市の取り組みについて資料を寄せていただいた。今回はそ
れを紹介しよう。
見附市は新潟県の中部、新潟市のやや南で長岡市に隣接しており、人口は約 4 万 2 千人(2012
年 3 月 1 日現在)の町だ。地方の中小都市の例に漏れず人口はわずかずつだが減少気味で、高齢
化率は 25%を超す。
見附市では「日本一健康なまち」を目指して、08 年 5 月に市立病院の中に「健康の駅」をスタート
させた。健康づくりをうたう施設は多いが、見附市は自治体として早くから取り組み始めており、健康
づくり自治体の草分けでもある。健康の駅開設以来 4 年で、延べ約 1 万 8 千人が利用したという。
健康の駅は、運動用具の器械、各種の測定装置が備わっており、血圧や骨密度、末梢血管の循
環具合などを測ることができる。また、自分の体脂肪率、筋肉率などから内臓脂肪の程度を知る「メ
タボ測定装置」もある。脳年齢測定装置や、1 から 100までの数字を書いた駒を「すうじ盤」の上に置
いていき、かかった時間で脳年齢を推定するこころの健康教室もある。
健康づくりをうたう施設に行って迷うのは、何が健康によいのか、どのようにすれば健康を維持でき
るかなどを気軽に相談にのってくれるかどうかということだ。
見附市は、健康の駅に、保険、医療、介護の窓口を一体化し、こころも含めて健康全般について
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アドバイスする「総合案内人(コンシェルジュ)」を置いた。
こうした病気を予防し、健康な生活をおくることによってどれだけ医療費が減るか、まだ明確な結果
は出ていない。
ただ、運動を続けている人の総医療費(外来用+入院費)はそうでない人よりも少ない、というデー
タも出ているそうだ。
「健康の駅」は、健康に関する情報提供、交流拠点だ。もちろん、相談にものってくれる。健康であ
ることは私たちにとって最も重要なことのひとつ。自治体が音頭をとってやるのは良いことだ。その意
味で見附市の試みに今後も注目していきたい。
★ 健康のための出費は「投資」(2012.4.8.)
「健康にお金を投じることは『費用(コスト)』ではなく、いつまでも健やかな体を作るための『投資』
である」とよくいわれる。要は健康づくりを前向きに捉えようということだ。“健康ブーム”にある日本で
はどうであろうか。
健康寿命、という言葉がある。介護などに頼らず自立した病気やけがにならない日常生活をおくれ
る期間のことだ。世界保健機関(WHO)が 2000 年に健康の新しい指標としてまとめたものだ。
WHO の 10 年の資料によれば、日本は女で 78 歳、男で 73 歳(男女平均では 76 歳)であり、スイ
ス(男女平均で 75 歳)、イタリア(同 74 歳)、アイスランド(同 74 歳)などを抜いて世界一である。
ちなみに米国は 70 歳で第 26 位、お隣の韓国は 71 歳で第 24 位、中国は 66 歳で第 39 位。日
本は世界有数の長寿国であると同時に、世界一の「健康国」でもある。
この健康寿命をもっと延ばそうというのが、厚生労働省が 00 年度から主唱している「健康日本 21」
だ。ここでは運動や食生活といったいわゆる生活習慣を改善することによって病気を予防し、健康寿
命を延伸させようというものである。その一環として、11 年 2 月から企業などを巻き込んだ「スマートラ
イフプロジェクト」がスタートしている。
ここでは運動、食事、喫煙で 3 つのアクションが提唱されている。
例えば運動では、毎日 10 分のはや歩きなどの運動を心がける。運動を無理なく習慣化するので
ある。また、今は毎日 250g の野菜をとっているが、もう 100g 増やして 350g の野菜にすれば、健康
寿命を延ばすことができるだろうという。そして禁煙だ。
時々、テレビで見るのだが、アフリカの人たちにはスリムな人が多い。これは発酵乳を中心とした乳
製品や、植物性の食品をよく摂取することと関係があるかもしれない。それにアフリカの人たちは狩
猟したり歩くなどよく運動をする。「食生活」と「運動」は健康維持に欠かせない。
いつまでも病気をせずに健康であることは、人生の目標のひとつである。私たちはよく、「健康維持
のために、これこれのお金をかけている」と言う。そのお金も費用と捉える向きも多いが、費用ではな
く目標を全うするための「投資」と考えたい。
★ 糖尿病、国際指標に統一(2012.4.15.)
この連載で 2011 年 12 月に「未病(みびょう)」について書いた。中国の古い医薬学書である「黄帝内
経(こうていだいけい)」に記されており、病気とはっきり診断されてはいないが、何となく体の調子が出
ない状態を指す。
1 日付のこのページで「隠れ糖尿病」のことが書かれているように、糖尿病は“立派な”未病と言え
る。生活習慣の変化によって飽食の半面、運動しなくなったことなどが主な原因である。
30
厚生労働省の国民健康・栄養調査の 2010 年版では「糖尿病が強く疑われる人」は 30 歳以上の
男で 17・4%、女で 9・6%だった。02 年版に比べて、それぞれ 3・7 ポイント、2・6 ポイント上がった。
予備軍は 1320 万人いるとされ、糖尿病は今や国民病といえる。
これを少しでも減らそうと、08 年からは生活習慣病を予防する特定健診(通称メタボ健診)で、40
歳以上の公的医療保険加入者は腹囲の測定や体格指数(BMI)を出すことなどが義務づけられて
いる。
糖尿病の指標になるのはヘモグロビンエーワンシー(HbA1c)である。HbA1c は赤血球中にある
酸素を運ぶヘモグロビン(Hb)にブドウ糖が結合したもので、過去 1~2 カ月の血糖値の平均を示
す。
この表記が 1 日から変わった。もっとも、システムの変更なども考慮して特定健診への反映は来年
4 月からになりそうだが。
診療の現場ではこれまで、HbA1c の値は日本では独自の基準で定められてきた(JDS 値)。これ
を国際標準値(NGSP 値)に合致させようというのである。NGSP 値では、JDS 値よりもだいたい 0・
4%高くなる。
したがって、従来 JDS 値では糖尿病が疑われる人は HbA1c が 6・1%以上だが、これが NGSP
値では 6・5%以上になる。
表記を国際的なものにそろえるのは大半の国が NGSP 値を使っており、日本は特殊であることに
加え、投稿論文の数値の整合性もある。「症状は変わらないのに HbA1c の数値が高くなった」という
人や、医療現場の混乱を避ける意味もあって当面は JDS 値も併記するという。
検査数値の上下に一喜一憂する人にとっては、憂鬱な日が続くことになるかもしれない。
★ 健康食品より食事大切に(2012.4.22.)
いま健康食品のブームである。テレビのチャンネルを回せば、健康食品に関する番組があるし、新
聞広告やチラシもこうした商品のオンパレードだ。今回はこの健康食品について考えてみよう。
「民間療法のウソとホント」(文春新書)という本を読んだ。著者の蒲谷茂さんは健康雑誌「壮快」の
創刊にかかわり、その後独立した。民間療法などを少し批判的に見ている。健康雑誌や民間療法、
健康食品の裏側も書いている。
この中で、健康食品にはしっかりしたものもあるものの、多くは「?」と思わざるを得ないというニュア
ンスで記している。私も同感だ。世に出ている健康食品のほとんどは、役に立たないと思う。
最近は、「特定の保健効果」をうたっているようにとれる商品もあり、医薬品と形などが紛らわしいも
のもある。「民間療法のウソとホント」にも書かれているが、医薬品と食品とは成分や品質の点で大き
く異なる。医薬品はより厳しく管理されている。
これに加えて、私は医薬品と食品が決定的に違う点をよく話している。それは、医薬品はある程度
(服用する)リスクを受け入れて使うものであり、逆に食品はリスクはほぼゼロでなければならないとい
う点だ。
何事にもリスクとベネフィット(利益)がある。医薬品はベネフィットがリスクを少し上回れば使う意味
がある。例えば、抗がん剤は副作用というリスクがあっても、がんを治すというベネフィットがあるからリ
スクを受け入れられる。リスクがあるから、医薬品は医師・看護師、薬剤師といったプロが扱う。
一方、食品を扱うのは主婦などのアマチュアだ。リスクを限りなく小さくしなければならない。健康食
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品には、取り過ぎると体に悪く作用するものもある。
また、長い間食べ続けなければ効果が表れにくい。加えて、食品中に含まれるいろいろな成分の
相互作用によってゆっくりと効果を表す。特定の成分だけを取り出した健康食品は大して効果を期
待できない。
ダイエットと称して少量の食事ですます女性も多い。足りない栄養成分を健康食品やサプリメント
で補っているという。こうした商品に頼るのではなく、毎日の食事を取ることが大切だ。
★ そろそろ、脱「健康オタク」を(2012.4.29.)
古い話で恐縮だが、2010 年に民間療法(代替医療)のひとつ「ホメオパシー」が日本で話題にな
った。その後どうなったか、とんと聞かなくなった。
「代替医療のトリック」(サイモン・シン、エツァート・エルンスト著、新潮社)によれば、ホメオパシーを
始めたのは、ドイツの医師ザムエル・ハーネマンで、1796 年に関連する著作を出版した。
ある症状を起こす物質を極端に薄め、その症状に苦しむ患者に与えれば、抵抗力が高まって治る
と説明している。「類似したものは類似したものを治す」という。この物質は植物、動物、鉱物でもよ
い。
マラリアの治療薬の原料を飲んだところ、マラリアそっくりの症状が出た。これがハーネマンがこの
理論を考案するきっかけとなったという。「毒をもって毒を制す」という考え方が背景にある。欧米やイ
ンドでかなり広く利用されているといわれる。
2010 年、ホメオパシーを信奉する助産師が乳児に必要なビタミン K を与えなかった結果、乳児を
死なせた。この事件を契機に日本学術会議がホメオパシーを否定する談話を発表するなど、学界を
巻き込んで賛否の論が渦巻いた。
代替療法を全面的に否定するわけではない。中には合理的な説明ができるものがあり、今の科学
では効果がはっきりしないものもあるだろう。事実、現在使われている医薬品の多くは自然界の動植
物に起源がある。
ただ、多くの代替療法はいわゆるプラセボ(偽薬)効果を狙っているように思える。いわば、実際は
効いていないにもかかわらず、「効いたような気がする」と感じさせるのだ。
現在いわれている「健康法」にも、似た面がないだろうか。健康法の基本はきちんとした食事と適度
な運動だが、毎日励行するのはなかなかつらい。その反動で過剰な運動をしたり、不足しがちな栄
養素を補おうと健康食品やサプリメントに頼ることになったりしがちだ。
「健康オタク」と呼ばれる人がいる。何が何でも健康でなければならない、という考えの持ち主だ。
健康であることはすばらしいことだが、そろそろ、私たちは健康オタクと呼ばれない生活を目指すべ
きだろう。「一病息災」という言葉があるように。
★ 抗がん剤治療、痛みにも対処(2012.5.6.)
私たちは「がん」の恐怖からなかなか逃れられない。日本では、成人の 2 人に 1 人はがんを患い、
死亡原因の約 3 分の 1 はがんだ。
がんの治療には、外科療法、放射線療法、そして抗がん剤を使う化学療法がある。これ以外にも
免疫療法などがあるが、まだ学界からお墨付きを得ているとはいえない。
抗がん剤治療といえば、入院して副作用など体の状態を管理されつつ受けるものだった。最近は
通院しながら外来で治療を受けられるようになった。この背景には、よい抗がん剤が登場したことに
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加え、がんの外来治療を手がける設備が充実したことがある。同時に、体の管理法が進歩したことも
大きい。
とはいえ、口内炎や痛み、しびれなど抗がん剤の副作用が病院以外で出ることもある。医療関係
者による丁寧な説明で、ある程度は対処できるが、痛みが急に出たときなどは対応に困ることも多
い。
そこで、その実態を探り、適切な対応策を作ろうと、看護師を中心とした医療関係者ががんの外来
で治療を受けている人を聞き取り調査をした。2010 年の 12 月と、昨年の 3~4 月の 2 回に分け、
帝京大学付属病院と東京医療センターに通院しているがん患者 198 人を対象に実施した。
それによると、通院しながら抗がん剤治療を受けている人のうち 38・4%が調査時点から 24 時間ほ
どさかのぼる間に「痛み」を感じたと回答した。「しびれ」も 49・5%の人が感じていた。これまでにも同
様の調査が少数ながらあるが、痛みを感じる患者の割合などは大差なかった。
激しい痛みは別だろうが、回答した多くの患者は痛みがあっても「日常生活にはそれほど支障はな
い」と答えている。
また、鎮痛薬などを使っていると回答した人は全体の 20・2%にとどまった。64・5%人が鎮痛薬を
服用してよいかどうか判断に「迷ったことはない」と答えている。
がんは「死に至る病」から「長く付き合う病」へ変わりつつある。外来で抗がん剤治療を受ける患者
がますます増えるのはこれからの流れだろう。この調査は規模は小さいものの、痛みのコントロール
という面で有用な成果であることは間違いない。
★ 脱水、日常から要注意(2012.5.13.)
体の健康状態を左右する要素のひとつに水分がある。人体には、いったいどれくらいの水分があ
るのか。平均して大人では体重の約 60%が水といわれる。
水分の量は年をとるにつれて減る。新生児や子どもでは 65~80%だが、65 歳以上の高齢者は約
50%になる。新生児や子どもは成長する時期にあるからではないかといわれている。
体内にある水分のおよそ 80%が細胞に含まれている。残りの約 20%が血液などだ。細胞にある水
分と、細胞外にあって体内を巡っているものとをあわせて体液と呼ぶ。
体液中には、ナトリウムやカリウム、カルシウムなどプラスの電気を帯びたものや、塩素などマイナス
に帯電したものなどさまざまなイオンが含まれている。これらは体温の調節をはじめいろいろな機能
の調節といった体のバランスをとっている。
体液が急速に失われるのが脱水だ。食事や水分が十分に補給できないときや、激しい下痢や嘔
吐が続くときは、脱水に気をつけなければならない。汗や尿などの形で体外に出る水分は約 2・5 リッ
トルといわれる。脱水は要注意だ。
約 1 時間の通勤で約 200 ミリリットル、8 時間の睡眠で約 500 ミリリットルの水分が失われる計算に
なるという。体から水分が 4~5%失われると体に変調が表れ、10%以上失われると死に至ることもあ
る。
私たちは普通、1 日に約 1 リットルの水を食物からとっている。同様に毎日、約 1・2 リットルを飲料
水から補給している。だから、急激な運動などをして汗を大量にかくと脱水になりやすい。水と同時
にナトリウムやカリウムといったイオンも失われる。汗は体温調節にとって大切なものであるが、汗の
かきすぎは体にとってよくない。
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汗のかきすぎによる脱水を防ぐには、イオン入りの水を補給するのがよい。以前は運動の時は水を
飲まないのが“常識”だったが、今はどんどん飲む。これは合理的な判断だ。ホテルやオフィスなど
乾燥している場所で生活する現代人にとって、水分補給は必須といえそうだ。
脱水を起こした人の救命にはまず、イオン入りの水を点滴する。近年は、これを口から飲ませる治
療法が普及しつつある。次回はこのことについて述べる。
★ 暑い日の運動に“手製”飲料(2012.5.20.)
これから夏に向かって気温が高くなると、熱中症などによる脱水が心配になる。汗のかきすぎはも
ちろん、子供の下痢や嘔吐は要注意だ。体の水分だけではなく、ナトリウムやカリウムといった塩分
(イオン)も失うからだ。
脱水症状を起こして病院へ運ばれると、これまでは点滴で失った水分やイオンを補給していた。今
では、軽度もしくは中程度の脱水なら、口からイオン入りの水を飲ませる「経口補水療法」が一般的
になってきている。
点滴だと針を刺すので医師や看護師が処置しなければならない。一方、経口補水療法なら、やり
方を教われば、母親などが自宅で手軽にできる。「飲む点滴」とも呼ばれ、医療設備の整備が遅れ
ている発展途上国向けに、世界保健機関(WHO)も推奨している。
では、激しい運動などで汗をかきすぎて脱水を起こした場合も、水を飲めばよいのか。答えはそう
ではない。イオンも失っており、その補給も不可欠だ。ではスポーツドリンクを飲めば、ということにな
るが、普通の場合はよいが、急な脱水を起こした場合は違う。やはり経口補水療法が必要になる。
というのも、経口補水液(ORS)は吸収をよくするために、ナトリウムの濃度を少し上げ、糖(ブドウ糖
など)の濃度を低めにしてある。一般のスポーツドリンクは逆になっている。WHO は 1975 年に主と
してコレラの治療向けに ORS のガイドラインを出しており、10 年ほど前には ORS の基準を作った。
日本では 2004 年、消費者庁の特別用途食品・個別評価型病者用食品に大塚製薬の「オーエス
ワン(OS-1)」(商品名)が認可されたのが最初だ。WHO の基準よりもナトリウム濃度が 3 割ほど高く、
小腸から吸収されやすい。
脱水症状が出てからの治療には ORS が適している。では、暑い日に運動をするときに脱水を予防
するにはどうすればよいのか。スポーツドリンクを用意するのも一手だが、やはり“手作り”のものを準
備したい。よく「水に少々の砂糖と塩を加えたもの」といわれるが、水 1 リットルに砂糖を小さじ 4 杯、
塩(食塩)が半杯が目安という。これに重炭酸ソーダ(重曹)を少し加えると、水分の吸収がさらによく
なるとされる。
★ ジャンクフードに要注意(2012.5.27.)
「40 代から始める 100 歳までボケない習慣」(白澤卓二著、朝日新書)を読んでいたら、興味ある
表現に出合った。「40 歳になったら自分の健康に責任をもつ」という部分だ。白澤さんは東京都老
人総合研究所から順天堂大学医学部に移った人で、遺伝子の面から長寿を研究している。
健康で長生きするのには、親から子に伝わる遺伝子の働きが大きいが、遺伝が人の寿命に影響を
及ぼす割合は約 25%という。しかも、この遺伝の恩恵は 40 歳ころまでにほぼ使い切ってしまうらし
い。
だから、健康は自分の責任で、生活習慣の改善などを心がける必要があるというわけだ。「40 歳に
なったら、人生の軌跡が顔に出てくる」といわれる。それをもじった言葉だという。
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本書の中で同意できるのは第 2 章の中にある「ジャンクフードは危険」の項だ。ジャンクフードは体
を痛めつけると指摘している。それだけではなく、ジャンクフードをやめられない人の脳の中はドラッ
グ中毒者と同じ状態だとまで言い切っている。
ジャンクフードは栄養のバランスを考慮していないものが多く、糖質や脂質がたくさん含まれている。
また、米国で生まれたものが多い。
食生活は健康の基本だが、米国は食生活が非常に貧しい。国民はさまざまなジャンクフトドに取り
囲まれている。そのためか、健康を害している人の割合が高く、平均寿命も先進国の中では短い部
類に入る。
ジャンクフードの害を示した有名な実験がある。実験用のネズミにジャンクフードを与え続けると、
ネズミは肥満になる。それだけではない。食べると脚に電気ショックを与えるようにしても、ジャンクフ
ードを食べ続けた。まさに中毒症状を起こしていたのだ。
2010 年に米スクリップス研究所のグループが発表したものだ。ポール・ケニー研究員は「ジャンク
フードを食べ続けることで、心地よいと感じる脳内物質のバランスが変化した」と話している。
この実験結果を掲載したのは英国の新聞だった。英国では肥満の人が増えているといわれるが、
これとファストフード店の増加とは相関があるのかもしれない。ファストフードの店舗数が世界有数の
国である日本はどうだろうか。
★ 「歩く」が運動の基本(2012.6.3.)
食事と並んで気をつけたい健康のキーワードは「運動」である。といっても、「今さら運動などやる気
にならない」という人は多いかもしれない。
この連載で「まなじりを決して運動をする必要性はない」と書いたことがある。生活上のちょっとした
工夫が運動になりうるからだ。加齢研究の第一人者である順天堂大学の白澤卓二教授の著書「40
代から始める 100 歳までボケない習慣」(朝日新書)にも、こう書いてある。「まずは『なるべく歩く』を
心がける」
この本を読むと「ロコモティブ・シンドローム」という単語が目につく。ロコモティブは「機関車」の意
味だが、「運動をする」という意味にも使われる。ロコモティブ・シンドロームは足腰や手など運動器の
障害を指すのだろう。
宇宙飛行士が無重力の宇宙船内で生活を続けると、足腰の筋肉が弱ってくる。地球に戻ってきた
直後は立つことすらできない。筋肉や骨に負荷がかからない状態が続くからだ。
宇宙飛行を経験することはまずないが、足腰の衰えは誰にも訪れる。足を骨折して長く寝たきり生
活になると、てきめんに足腰が弱くなって回復するまでに時間がかかる。日ごろから、足腰を鍛えて
おきたい。
最も手軽で効果的に下半身の筋肉を鍛える方法は、坂や階段を歩くことだ。私は 30 歳代のころ、
勤務の関係である地方都市に住んだ。地方では移動に自動車を使うことが多く、運動不足で太り気
味になり、当然足腰の筋肉も弱った。
東京に戻ると、体形が元に戻り、下半身の筋力の衰えも改善してきた。なぜかと考えると、東京で
は歩く生活に戻ったからだ。地下鉄や電車に乗るために、駅の階段を上り下りするようになったこと
が大きい。知らず知らずのうちに体に負荷がかかっていたのだ。
外を出歩くことが少ない人は積極的に家事をするのもよいだろう。買い物も含めて、家事は思った
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以上に体に負荷がかかる。その意味で、主婦は知らず知らずのうちに自身の体力を維持しているの
かもしれない。
気力も体力も 40 歳代から急速に衰えるといわれる。おじさんたちはオフィスでもすぐに上の階に行
くのにエレベーターを使う楽な生活を送っていないか。運動不足にならないように心がける必要があ
る。
★ 加工食品も高齢者向けに(2012.6.10.)
「今の食品の味付けは、若者を意識している。もっと高齢者に配慮したものを考えなければ」。こう
主張するのは、西日本食文化研究会を主宰する和仁皓明さんだ。和仁さんは食品メーカーで開発
に携わった後、2006 年まで山口県下関市にある東亜大学で食文化などを教えた。その後も研究を
続けている。
これからの日本における最大の課題は少子・高齢化だ。15 歳以下の子どもや、労働力の中心をな
す生産年齢人口(15~64 歳)はすでに減り始めており、これらの層はさらに縮小する。一方、65 歳
以上の老年人口は急速に増加し続ける。しかし、食品メーカーが新製品の発売前に実施するモニ
ター調査などは、ほとんどが若者を対象にしている。
年をとれば、食事はもちろん、健康への気遣いなどが若いころとは違ってくる。例えば、1 日当たり
に必要なエネルギー量は、成長期にある小児、18~29 歳の若者、60 歳以上の高齢者で違って当
然だ。妊娠していない女性と妊婦とでも差がある。
厚生労働省が 5 年ごとにまとめている「日本人の食事摂取基準(10 年版)」によれば、身体活動が
「普通」に分類される人の場合、18~29 歳の 1 日当たりに必要なエネルギーは男性で 2650kcal、
女性で 1950kcal だ。普通の活動とは、日常生活は座る生活が中心で、接客など立ってする作業や
通勤、家事、軽い運動などを含んでいる。
一方、50~69 歳では男性が 2450kcal、女性は 1950kcal となる。男性で低くなったのは、職場で
の活動が減るからだろう。70 歳以上になると、男性はさらに少なくなって 2200kcal、女性も
1700kcal に減る。
たんぱく質やビタミンなどの栄養素も必要量は減る。若いときに比べると 70 歳以降の人は 9 割程
度になるという。
1 日に必要なエネルギーや栄養素の量が変われば、味付けなども違ってくる。今の食品、特に加
工食品は甘く濃い味付けのものが多い。こうした商品を多く消費する若者を意識しているからだろ
う。
健康を意識した加工食品も少しずつ出ているものの、まだ少ないようだ。これからの日本の社会を
考えると、企業はもっと「高齢者に優しい」食品づくりを考えてほしい。
★ 肥満防止、食事回数より量(2012.6.17.)
「医食同源」という言葉がある。日本で生まれたとされるこの言葉は、健康の基本は「食」にあること
をうまく言い表している。
漢方薬を研究する学問である本草学では、薬を上薬、中薬、下薬の 3 つに分けている。このうち上
薬というのは「命を永らえるのに役立つ薬物」とされる。副作用がなく、飲み続けても害がないものだ。
病気になるとつい薬に頼りがちだが、そうなる前に食生活を見直すことが大切だ。
最近は糖尿病や高血圧、高脂血症、骨粗しょう症といった生活習慣病が問題になっている。これら
36
の病気は食生活に問題があるから起こる。おいしくてバランスのよい食事で健康になろうという医食
同源の意義は大きい。
ほとんどの生活習慣病は肥満がきっかけになっており、症状を悪化させる要因にもなっている。肥
満を防ぐには「食事は 1 日に 3 回を規則正しくとり、腹は 8 分目を目安にする」ことがよいとされる。
最近、寝坊のせいなのか、ダイエットのためなのか、朝食を抜いて出勤したり登校したりする人が増
えているようだ。
江戸時代まで、日本人の食事は 1 日に 2 回が基本だった。近代化に伴い長時間活動することが
普通になって必要なエネルギーの量が増えたため、1 日 3 回が合理的と考えられるようになった。
肥満を防ぐには食べ過ぎないことが肝心であって、食事の回数を減らせばよいのではない。回数
を減らすと、必要なエネルギーを確保しようと、ついつい食べ過ぎてしまいがちで、摂取カロリーを増
やすことにつながる。
では、1 日にどれくらいの量をとればよいのか。農林水産省と厚生労働省がまとめた「食事バランス
ガイド」が参考になる。活動量や年齢によって差はあるものの、大人であればおおむね、ごはんやパ
ン、麺類といった主食類は、ごはんに換算して中盛りで 4 杯分程度が目安になる。
肉や魚といった主菜だと 3 皿程度、野菜やキノコ、海藻といった副菜は 5 皿程度になる。このほか
にも牛乳 1 本、果物類ならみかん 2 個程度が指標になる。
気をつけたいのは、これらをバランスよくとることである。くれぐれも体によいからと聞いて、同じもの
ばかりを食べ続けることはないようにしたい。
★ 健康維持、まずは生活習慣(2012.6.24.)
「生」「老」「病」「死」。おしゃかさまは人間が向き合わねばならないものとしてこの 4 つをあげた。生、
老、死の 3 つは避けられないが、病だけは予防できる。だれもが健康に高い関心を持つのは、病気
やけがを避けたいという願いがあるからだろう。
情報社会の現代では、健康に関する情報があふれている。とりわけ、“健康食品”に関するものが
多い。新聞の折り込み広告や深夜に流れるテレビの CM を見れば一目瞭然だ。これまでにも何度か
指摘したことだが、そもそも食品は健康を維持するためにとるもので、ことさらに「健康を改善する」と
アピールすることはおかしい。
健康食品のテレビ CM を見ていて気がついたことがある。いつからか「これは個人の感想です」や
「効果には個人差があります」といった説明が画面に表示されるようになった。業界が目主規制して
いるのか、お上から指導があったのかは不明だが、表示も小さく、色も目立たないようにしているよう
に感じる。
こうした注意書きを入れさえすればよいのだろうか。確かに使用して効果があった人はいるだろう。
しかし、医学的に「効果がある」とうたうには、必ずその商品を使って効果があったと推測されるだけ
の統計が必要になる。これは医薬品と同じだ。
つまり、どれだけの人が健康食品をとり続けた結果、何人に効果が表れたのかをはっきりと示す必
要がある。例えば、100 人に効果があったとしても、調査した対象が 300 人なのか、3 万人なのかで
評価は変わってくる。信用できる効果なのかを見極めるには、分母を知る情報が示されていることが
重要なポイントとなる。
分母を表示して説明している例もある。ただ、実践している良心的な健康食品メーカーはわずか
37
だ。
健康を維持することは、バランスのよい食生活と適度な運動、十分な睡眠でかなり達成できる。要
するに、ごく当たり前の生活習慣の改善で済むことなのだ。特定の健康食品ばかりをとり続ける必要
性はほとんど感じない。
「これを実行すれば、病気や痛みなどがみるみるうちになくなる」。こうした奇をてらった健康法とは、
そろそろおさらばしたいものだ。
★ 「時差ボケ」生む 24 時間社会(2012.7.1.)
健康を維持するには何が大切か。私は栄養、運動、休養の 3 つだと考えている。栄養はもちろん
毎日の食事で、運動はいうまでもない。そして、休養は睡眠を意味する。睡眠を十分とらないと、生
活習慣病のリスク(危険性)が増すという報告もある。また、うつ病と不眠症の関係も指摘されている。
睡眠が大切なのは、生物には体内時計が備わっているからだ。人間の体内時計はほぼ 24 時間で
リズムを刻んでおり、中枢は脳にある。朝陽の光によって覚醒信号が出て目が覚め、夜になるとその
信号が弱くなって眠る。
体内時計の影響のわかりやすい例が時差ボケだ。経済のグローバル化が進んで海外を飛び回る
ビジネスマンは増えている。時差ボケに苦しんだ経験を持つ人は多いだろう。実際の時計は簡単に
時刻を変更できるが、体内時計はなかなか変えられない。
時差ボケは地球を東回りに移動したときによりきつく現れるようだ。例えば米国の東海岸へ渡航し
た場合を考えてみよう。ニューヨークでは日本と昼と夜が逆転する。体内時計はスッと米国時間に合
わせてはくれない。だから、午後になると猛烈な眠気と戦わなければならなくなる。
体内時計が渡航先の時刻と一致するようになるには、最低でも 1 週間はかかるだろうといわれてい
る。大半の出張や海外旅行では、時差ボケを解消できないまま過ぎてしまう。
時差ボケを防ぐには、渡航先の時間に合わせた生活パターンに早めに移すことがよいといわれる。
また、地球を東回りで移動するよりも西回りの方が体にとってきつくないということで、少し遠回りにな
るが欧州経由で米国入りする人もいるとか。
現代社会は体内時計が乱れやすい。「24 時間社会」「眠らない都市」といわれ、夜中もフルに働く
人がいる。また、スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)やパソコンで深夜までゲームやインター
ネットなどに没頭する若者も多い。これでは体内時計が“休息”する暇がない。
国内にずっととどまっているにもかかわらず、知らず知らずのうちに時差ボケ状態を生み出してい
る。「24 時間社会」は「不健康な社会」をつくっているといってもよいだろう。
★ 睡眠時間足りない日本人(2012.7.8.)
健康維持にとって十分な睡眠は不可欠だ。では、どれくらい眠ればよいのか。よく 6~7 時間とい
われるが、個人差があり、短くても十分な人もいれば、「10 時間でも足りない」人までさまざまだ。重
要なのは質、つまり「満足な睡眠がとれたかどうか」である。
睡眠の質について興味深い調査がある。フランス系製薬会社、サノフィ・アベンティス(東京・新宿)
が 2011 年 8 月、日本、米国、フランスに住む 30 歳以上の男女約 7000 人を対象にインターネット
でアンケート調査した。
それによると、平日の平均睡眠時間は米国人が 7・01 時間、フランス人が 7・07 時間だったのに対
し、日本人は 6・5 時間と 30 分以上短かった。睡眠時間が 6 時間未満の人の割合も、日本は 19・
38
8%と米仏の 2 倍近くあった。
おもしろいのは睡眠の満足度に関するアンケート調査だ。「満足(十分な睡眠がとれたと思う)」と答
えた割合は日本人が 44・7%と、米国人の 59・4%、フランス人の 61・1%と比べてかなり低い。一方、
「不満」は、日本人は 36・0%もあり、米国人の 34・1%、フランス人の 27・7%を上回った。
「慢性的に寝不足で、睡眠について不満を持っている」。調査からは、こんな日本人像が浮かび上
がってくる。
同じ調査で、一部の人を対象に「日ごろ、どういったワーキングスタイルをとっているか」についても
聞いている。日本人は「ひとりで仕事をすることが多い」「パソコンでの作業が多い」との答えが最も多
かったのに対し、米と仏は「チームで仕事をすることが多い」や「人と話すことが多い」となった。
ひとりでパソコンに向かって黙々と仕事をするのが日本のビジネスマンの姿なのだろう。このワーキ
ングスタイルが日本人の睡眠の質の低下や、慢性的な睡眠不足状態を招いているのだろうか。
十分な睡眠の質が保てないと、日中に眠くなってしまい、集中力や充実感、気力が減退する。仕
事の効率が落ちるだけではなく、ときには重大事故を招くおそれがある。「日中に眠気を感じる」とい
う回答も日本は 70・9%と、米国の 56・0%、フランスの 30・3%を大きく上回る。ちょっと気になるとこ
ろだ。
★ せき、長引けば重病の可能性(2012.7.15.)
今回からしばらく病気の兆候を話題にしたい。まずは、せき。
せきは古くから「しわぶき」と呼ばれ、平安時代の源氏物語や枕草子にも言葉が出てくる。子どもの
うちは別だが、年をとるにつれてしわぶき、つまりせきをすることが多くなる。「病気かな」と思って医
療機関にかかるきっかけで最も多いのがせきだ。
大分大学の門田淳一教授(総合内科学)によれば、せきは気道中の分泌物や異物を排除する生
体防御反応のひとつだ。せきが 3 週間程度で治まる急性咳嗽(きゅうせいがいそう)と、3~8 週間続く遷
延性咳嗽、8 週間以上続く慢性咳嗽にわけられる。咳嗽とはせき、のことだ。
このうち急性咳嗽が最も多い。カナダの統計によると、普通感冒、いわゆる風邪や急性気管支炎
など感染症によって起きる。日本では急性気管支炎を引き起こす微生物として、マイコプラズマや肺
炎クラミジア、百日ぜき菌、インフルエンザウイルスなどが知られている。普通は抗生物質などを飲む
ことで、症状がよくなるケースが多い。
気をつけたいのは、せきが長びく遷延性咳嗽や慢性咳嗽だ。原因は感染症ではないことが多く、
全体の 10%ほどあるという。例えば慢性咳嗽の場合、せきぜんそくや慢性気管支炎など重い病気
が隠れている場合があり、注意が必要だ。せきとは関係がなさそうな胃食道逆流症、ACE 阻害薬
(降圧薬)の副作用が原因ということもある。
7~10 日ほどたっても、せきが治まらなければ、遷延性咳嗽や慢性咳嗽を疑ってみて、医療機関
で受診することも必要だ。
せきはさまざまな病気を広める原因となる。せきと一緒に出る飛沫には病原体が含まれており、私
たちは他人に迷惑をかけないようにマスクをすることが多い。感染防止の観点からはよい傾向だ。
作業中は息苦しいからと、マスクをずらして鼻を出したり、口を出したりする人もいる。これではマス
クをする意味がない。
マスクをしてないときにせきをする場合、手を当てて飛沫が拡散しないようにする人が多い。実はエ
39
チケットを守ること、つまり他人に迷惑をかけないという配慮は公衆衛生上で意味がある。もちろん、
手を洗うのを忘れてはいけないが。
★ 「たかがせき」油断は禁物(2012.7.22.)
「最近 1 年間では、2 人に 1 人がせきが続く経験をしている」。せき止め薬などを販売している大正
富山医薬品が成人男女 1000 人を対象に 5 月 30 日に行ったインターネット調査の結果から、一般
の人のこうした健康状態がわかった。興味深いデータなので紹介したい。
せきが続く経験をした人は全体の 46%もいた。内訳は「1~2 日程度」続くせきが最も多く、全体の
19・8%、「3~4 日程度」の 17・5%、「1 週間ほど」の 12・7%と続いた。半面、せきが「1~3 ヵ月以
上」続くという回答も 10・2%あった。
一方、せきが続いたときの対処法として「病院やクリニックに行く」と回答した人は 24・3%。全体の
4 分の 1 にすぎない。70・7%とほとんどが「のど飴(あめ)をなめる」「うがいをする」「市販薬を服用す
る」といったいわゆるセルフメディケーションで対処していた。
病院やクリニックに行かなかった 258 人に、受診しなかった理由(複数回答可)を聞いたところ「放
っておいても治ると思った」が 70・5%と最も多く、「せきが出ただけで病院に行くのは大げさだと思
う」も 31・8%あった。
「たかがせき」という思いが強いようだ。しかし、せきが長引く場合、気管支炎やマイコプラズマ症、
せき喘息(ぜんそく)といった重大な病気が隠れている可能性がある。
また、せきの飛沫は意外に遠くまで届き、他人に病気をうつす。その飛沫感染の怖さはほとんどの
人が知っている。だが、周囲の他人がせきをすることを不快に思う人は意外に少ないようだ。
他人に迷惑をかけないという「せきエチケット」は電車やバスの車内、飲食店、喫茶店、オフィスな
ど公共の場では特に注意を払うべきだ。よくわきまえているのは 30 歳代の女性だ。70 歳を超える女
性も認識しているようだ。
半面、40、50 歳代の外に出て働くことが多い男性は、せきエチケットヘの関心が非常に薄い。これ
は 60 歳代の女性にも共通している。せきはさまざまな感染症を他人にうつしかねない。他人に迷惑
をかけないようにするため、今後はこうした層にせきエチケットを認知させることを重要施策としてもら
いたい。
★ 糖尿病の予防、血糖値に配慮(2012.7.29.)
糖尿病は今や「国民病」といわれる。2007 年版「国民健康・栄養調査」によると、国内の患者は推
定で約 890 万人、予備軍も 1320 万人いる。合わせると 2210 万人で、日本人の 5 人に 1 人は糖尿
病か、その予備軍となる。
患者が増えているのは日本だけではない。国際糖尿病連合によると、11 年に 3 億 6600 万人いた
世界の糖尿病患者は 30 年に約 5 億人、場合によっては約 10 億人になるとみられている。
国別でみると、中国が約 9000 万人、インドが約 6000 万人と多い。ロシァ、ブラジルが 4、5 番目で
新興国が上位を占める。ちなみに日本は 6 番目だ。
新興国で増えているのは、食生活が豊かになったことに加え、自動車の普及が背景にあるのだろ
う。特に、東南アジアは増加が著しく、11 年の 5870 万人から 30 年には 1 億 100 万人になるとみら
れている。
危機感を抱いた国連は 06 年 12 月に「糖尿病の撲滅を目指す決議」を総会で採択、同時に 11 月
40
14 日を「世界糖尿病デー」にすることを決めた。病気の名前がついたのは 12 月 1 日の世界エイズ
デーに次いで 2 番目だ。
糖尿病には 1 型と 2 型がある。いずれも血糖を分解するインスリンが分泌されなかったり、働きが悪
くなったりするために起こる。1 型糖尿病の人はインスリンを作る膵臓の細胞が自己免疫疾患などで
破壊されることで発症する。若者によくみられる。
2 型は生活習慣病と言われ、食生活の乱れや運動不足などが原因とされる。人種による差がある
が、日本では圧倒的に 2 型が多い。
ヘモグロビンエーワンシー(HbA1c)は血糖値の平均値を示す。それが高いままだと、体の中の大
切な臓器や細胞にダメージが及ぶ。細かい血管が集まる眼や腎臓は障害を受けやすい。糖尿病に
なって、透析が必要になったり眼が見えなくなったりするのは合併症によるものだ。足の切断が必要
になる壊疽(えそ)も重い合併症だ。
自覚症状はほとんどないが、HbA1c が高いままの状態が長く続くと、合併症の危険性(リスク)が高
まる。怖いのは知らないうちに病気が進行してしまうことだ。こうした事態を防ぐには、規則正しく食事
をするなど生活習慣を改善し、血糖値を適切にコントロールすることにつきる。
★ インスリンと経口薬併用(2012.8.5.)
糖尿病は、膵臓から分泌され、血糖値を下げるホルモンのインスリンの異常によって起こる。インス
リンの分泌量が少なくなるか、あるいは分泌されなくなる。このため、糖尿病になった人はインスリン
の投与が必要になる。
遺伝性で若者に多く、自己免疫疾患などでβ細胞が破壊されることで発病する 1 型糖尿病ではイ
ンスリンは必須だ。日本人に多い 2 型糖尿病は運動や食事などの生活習慣の改善が重要とされる
が、インスリンの投与も欠かせない。
インスリンには、注射してから 15 分後くらいから効果を示す「超速効型」や血液中のインスリン濃度
が 24 時間くらい持続する「持効型」などがある。食事の直前に注射する超速効型では「アピドラ(商
品名)」、持効型では「ランタス(同)」などが広く使われている。
持効型は 1 日中インスリンの効果が持続するため、薬としてよいように思える。だが、食事は普通 1
日に 3 回とるから、必然的に食後は血糖値が高くなる。食事と食事の間の空腹時血糖値も上がり気
味になりやすい。
こうした問題を解決しようと、効果が持続するインスリンとインスリン以外の飲み薬とを組み合わせた
BOT と呼ぶ治療法が日本でも広がってきている。2 型糖尿病では、血糖値を正常な水準にコントロ
ールすることが重要だ。血糖値が高い状態が長く続くと、糖尿病の合併症が現れてくるからだ。イン
スリンと飲み薬を組み合わせて使うことで血糖値をコントロールしようという BOT 療法はうってつけだ
ろう。
糖尿病とつき合う治療法の基本は生活習慣の改善であることはいうまでもない。それでも血糖値の
コントロールがうまく行かないときは飲み薬に頼ることになる。それがダメなら、インスリン注射をうつよ
うにする。
BOT は飲み薬とインスリン注射の間を埋めるものといえる。生活習慣の改善では低血糖を起こす
ことは少ない。経口糖尿病薬も低血糖を起こさないものが出てきている。しかし、インスリンは誤って
多く投与すると低血糖になる。
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この点 BOT は安心できる。だから、BOT は一日中効果がある持効型インスリンが登場して初めて
実現した治療法といえるのかもしれない。
★ 高血糖時のみ働く新薬も(2012.8.12.)
糖尿病はさまざまな合併症を起こす。主な合併症には、網膜症や腎症、神経症などがあり、自覚
症状はあまりなく、知らないうちに病気が進行してしまう。糖尿病には 1 型と 2 型があり、遺伝的な要
因もあるが、主に 2 型は糖質や脂質のとりすぎといったアンバランスな食事や運動不足などの影響
が大きい。
糖尿病の治療で思い浮かぶのは、血糖値を下げるインスリンを注射する療法だが、最近は血糖降
下薬と呼ぶ薬も登場している。インスリンと併用することもある。日本では 2009 年から、「インクレチン
関連薬」と呼ぶ新しい血糖降下薬が使われ始めた。
インクレチンは胃や腸などから分泌されるホルモンの総称だ。血糖値が高くなると消化器からインク
レチンが出て膵臓に働きかけ、血糖を分解するインスリンが分泌される。インクレチンは食事によっ
て血糖値が高まったときにしか分泌されないのが特徴だ。糖尿病の人はインクレチンが出にくいこと
がわかっている。
現在主流となっている SU 薬などは、血糖値の高低にかかわらず働く。低血糖になったり、長期間
使うと膵臓の働きを弱めたりするなどの問題があった。インクレチン関連薬はこうした副作用が起こり
にくいとされる。
インクレチン関連薬には「DPP-4 阻害薬」と「GLP‐1 受容体作動薬」がある。DPP‐4 は体内でイン
クレチンを壊す酵素で、同阻害薬はその働きを抑えることでインスリンの分泌を促す。口から飲むタ
イプだ。日本では 09 年 12 月にシタグリプチン(一般名)が発売されたのが最初で、現在までに 4 つ
の薬剤が登場している。
GLP-1 はインクレチンの一種で、分解されにくいように製剤にしたものが同作動薬だ。体重の増加
を抑える効果があり、肥満の患者向けに注射で投与する。10 年 1 月にリラグルチド(同)が初めて承
認され、12 年 6 月に 3 番目の新薬となるリキシセナチド(同)の承認申請が出た。
今年 6 月の米国糖尿病学会(ADA)で、インスリンと併用すると、過去 1~2 ヵ月の血糖値の平均を
示すヘモグロビンエーワンシー(HbA1c)の値が下がった、という発表があった。インスリンとの併用
療法も効果が期待できる。
★ てんかん、症状管理は可能(2012.8.19.)
京都・祇園で今年 4 月、暴走した軽自動車にはねられた歩行者など 19 人が死傷した。事故との因
果関係は不明だが、車を運転していた男(事故で死亡)はてんかんの持病を申告せずに免許を更
新していた。昨年 4 月には、栃木県鹿沼市で、てんかんの発作を起こしたクレーン車の運転手が小
学生 6 人をはねて死なせた。こちらも持病を申告せずに免許を得ていた。
2002 年施行の改正道路交通法で、てんかんの持病があっても一定の条件を満たせば免許を取
得できるようになった。5 年間、発作が起こらず、医師が今後も起こらないと診断した場合などだ。た
だ、車の運転を仕事にするための大型免許などは取得できない。
てんかんは大脳の神経細胞が過剰に興奮することで起きる。10 歳くらいまでの子どもに多いと思
われがちだが、近年では交通事故などによる頭部外傷、脳血管障害によって大人や高齢者にも増
えている。日本では、約 100 万人の患者がいるといわれる。
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発作は突然出てくることが多い。反復して現れ、頻度は人によってさまざまだ。発作の症状も、手
や顔の一部がけいれんする程度から、全身の力が抜けて倒れたり、一時的に意識を失ったりとさま
ざまだが、ほとんどが軽い。非常に特殊な例を除けば、短い時間で収まり、また命にかかわることは
ほとんどない。
実は、てんかんはコントロールすることが可能だ。近年、よい抗てんかん薬が登場し、それを飲め
ば十分な人が多い。薬が効かない難治性のてんかん患者向けには手術もあり、治療の幅は広がっ
た。欧米に比べると遅れていたが、国内で手術できる施設も増えている。
てんかんの持病があっても治療すれば仕事に就ける。だから、患者は治療法に関する知識を得る
とともに、自己管理の意識をしっかり持つことが大切だ。治療の効果を見極めたうえで、患者は自分
が運転免許を持ってもよいかをきちんと判断すべきだろう。
同時に、社会の偏見の解消も急務だ。周囲の人による偏見やプライバシー保護意識の薄さが、て
んかんの持病があることを申告させる雰囲気を阻んでいることもあるだろう。患者の QOL(生活の質)
を向上させるためにも、周囲の理解が欠かせない。
★ 食生活改善、がんリスク小さく(2012.8.26.)
いま日本人が最も恐れている病気はがんだろう。厚生労働省の 2011 年の人口動態統計によれば、
日本人の死亡原因の第 1 位は悪性新生物、つまりがんだ。昨年だけで 35 万 7 千人あまりが亡くな
っている。およそ 3 人に 1 人はがんで死んでいることになる。
がんは 1981 年に死亡原因のトップになり、年々その数が増加している。男性では肺がん、胃がん、
大腸がん、肝がんの順で多い。女性では大腸がんが最も多く、肺がん、胃がん、乳がん、肝がんが
続く。
がんは老化とともに必然的に発生する病気だ。寿命が伸びるにつれて増えるのは仕方がない。し
かし、がんの多くは生活習慣病の一種で未然に防げるとわかってきた。食生活やライフスタイルを改
善することで、がんの発生を抑えられる。
病気は遺伝と環境の 2 つの要因が複雑に絡まって起こるが、生活習慣病は特に環境要因の寄与
が大きい。がんはその典型で、一説によると環境要因が 9 割以上を占めるという。
といっても、難しく考える必要はない。大切なのは毎日の食事だ。がんを引き起こす環境要因のう
ち、30~35%は食事が関係しているとされる。食物の成分や食品添加物などのほか、調理によって
できた発がん物質が口から取り込まれ、がんを誘発する。
実は、がんの中で食事との関わりが最も大きいのは前立腺がんだ。08 年に出た海外の文献による
と、前立腺がんに寄与する食事の割合は 75%だったという。以下、結腸・直腸がん(いわゆる大腸が
ん)が 70%、膵臓がん、胆のうがん、乳がんなどが 50%、胃がんの 35%と続く。
近年、男女ともに増えている肺がんは食事が関係する割合は 20%と低いが、たばこの影響が高く
なる。たばこには 50 種類以上の発がん物質が含まれているといわれる。先に紹介した海外の文献
によると、肺がんの発症に喫煙が寄与する割合は男性で 84%、女性で 77%とされている。食道が
んや膵臓がんなど他のがんのリスクも高めることがわかってきた。
食事とたばこはがんの 2 大原因といえるが、肥満も見逃せない。食生活やライフスタイルを正しくす
れば、がんにかからず、たとえかかったとしてもその進行を遅らせられることを認識してほしい。
★ がん分子標的薬、少ない副作用(2012.9.2.)
43
がんの治療は外科、放射線、薬物の 3 つに大別される。最近、大きく進歩したのが薬物治療で、が
ん細胞を選んで攻撃する分子標的薬が話題になっている。
がんには特有の遺伝子があり、それが特有のたんぱく質を作る。分子標的薬はこうした遺伝子や
たんぱく質に働きかける。通常の抗がん剤は正常な細胞にもダメージを与えてしまうが、分子標的薬
は重い副作用が出にくいとされる。
乳がんなどに効くといわれるトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)、慢性骨髄性白血病などに有
効なイマチニブ(商品名グリベック)などが知られている。他にもいくつかが医療現場で使われており、
開発中のものも多い。
がんの死亡者数トップの肺がん治療でも、分子標的薬が登場し始めた。3 月に国内で承認された
クリゾチニブ(商品名ザーコリ)である。「融合遺伝子」が原因で発症した肺腺がんによく効く。この融
合遺伝子は EML4 と ALK という 2 種類の遺伝子がつながっている。
EML4 は細胞の骨格を作る際に働く。ALK は細胞内のたんぱく質をリン酸化して活性化する酵
素の一種だ。この融合遺伝子は自治医科大学の間野博行教授が 2007 年に発表した。同時期に米
国の製薬会社が ALK の活動を抑える薬を探したところ、クリゾチニブにその働きがあるとわかった。
肺がんは小細胞と非小細胞に大別される。中でも EML4 と ALK の融合遺伝子を持つ非小細胞
肺がんは悪性度が高いとされる。肺がん全体の約 5%を占め、たばこを吸わない 50 歳以下の人が
発症している。
クリゾチニブは既存の肺がんの分子標的薬であるゲフィチニブ(商品名イレッサ)やエルロチニブ
(商品名タルセバ)が効かない症例に有効とされている。これは ALK 遺伝子に働くことと関係がある。
ゲフィチニブやエルロチニブとは働きかける分子が違うのだ。
逆にいえば、ALK 遺伝子を持たない患者には効果が期待できない。臨床試験(治験)でも、ALK
遺伝子を持っていることが確認された患者にしか使わなかった。このように、分子標的薬では標的と
する遺伝子や分子の有無に加え、その遺伝子が働いているかどうかをあらかじめ検査で確認するこ
とが肝心だ。
★ がん分子標的薬、思わぬ副作用(2012.9.9.)
先週、分子標的薬について書いた。がん細胞に特有の遺伝子やその産物であるたんぱく質だけ
を攻撃する新しいアプローチの抗がん剤だ。今後のがん治療の中心になるとみられるが、副作用が
ないわけではない。その中で関心を集めているのが皮膚障害である。
皮膚障害は、上皮細胞増殖因子(EGF)と呼ぶ細胞の増殖を促す物質にくっつくたんぱく質を狙
う分子標的薬を使ったときに現れやすい。このたんぱく質は細胞の表面にあり、多くの種類のがんで
活発に働く。EGF と結びつかなければ、がん細胞の増殖を抑えられる。
しかし、EGF と結合するたんぱく質は皮膚や毛、爪の増殖などにも関係している。分子標的薬の
攻撃によって、このたんぱく質の働きが悪くなると、皮膚組織が壊れて炎症を起こす。ニキビのような
赤い発疹や乾燥といった症状が出る。命にかかわることが少ないものの、患者や医師にとってはや
っかいな副作用だ。
国立がん研究センター東病院の医師、吉野孝之さんたちは、分子標的薬による皮膚障害の予防
治療に取り組んでいる。朝と夕にミノサイクリンという抗生物質を服用し、一日 2 回保湿剤とステロイド
の塗り薬を使う。この 3 つの薬を治療当日から使うことで、皮膚障害が現れるのを大幅に減らせたと
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いう。
分子標的薬による皮膚障害は今、医療の現場で大きな問題になっている。東京女子医科大学皮
膚科学の川島真教授らは 2011 年 12 月、皮膚科の医師 274 人(内訳は勤務医 174 人、開業医 100
人)にインターネットを使って調査。皮膚障害を起こすと考えられる薬剤をあげてもらった。
分子標的薬を含む抗がん剤は、てんかん治療薬、抗生物質を含む抗菌剤、解熱鎮痛剤についで
4 番目に多かった。てんかん治療薬の副作用に接する経験は多くないはずだが、重症になりやすい
ため印象が強かったのだろう。
がんはある意味では当たり前の病気になり、よい治療法も登場してきた。分子標的薬もその一つだ
が、思わぬ副作用があることを覚えておきたい。分子標的薬のお世話になるのなら、副作用を防ぐ
治療について知っておいた方がよいだろう。だが、日ごろの健康に気をつけて、がんの患者になら
ないのが一番だ。
★ 体内時計、意識してリセット(2012.9.16.)
9 月半ばを過ぎても、寝苦しい夜が続く。寝不足にならないように、枕などの寝具を自分に合ったも
のに変えるなどの工夫で対処している人もいるだろう。
日本小児保健協会が 1~6 歳児を対象に 10 年ごとに実施する調査がある。それによると、2010
年度は午後 10 時以降に寝る子どもの割合が 00 年度より減ったという。働き盛りの男性の睡眠不足
は顕著なので、小さいころから早寝早起きの習慣が身についているのはよい傾向だ。
久留米大学の内村直尚教授(神経精神医学)をはじめ睡眠の専門家の多くが「現代型不眠」が増
えていると指摘する。その背景には、夜間でも明るい照明にさらされる時間が増えたことがある。高
齢化が進むことも大きい。年をとるほど、眠りを促すメラトニンというホルモンの量が減り、不眠を訴え
る割合が高くなる。80 歳代の 3 人に 1 人が不眠を訴えている。
パソコンやスマートフォン(多機能型携帯電話)、携帯ゲーム機などを寝る直前まで操作している人
も多いだろう。本来寝る時間に光の刺激を受けると、メラトニンが出にくくなる。この結果、体内時計
が乱れ、寝つきが悪くなったり、日中に眠気が襲ってきたりするようになる。
これを改めるには、早寝早起きの生活習慣にすることが最善の対策だ。朝起きたらカーテンを開け
て日光を浴びると、体内時計がリセットされる。
だが、現代人は体内時計に無頓着なようだ。武田薬品工業が 2 月、全国の 20 歳以上の男女
6000 人に対して調査した。不眠などの問題を抱えている約 4100 人について質問したところ、「体内
時計という言葉を聞いたことがある」との回答が 80・8%あった。にもかかわらず、「体内時計を全く意
識していない」との答えが 24・1%にのぼった。「あまり意識していない」の 46・8%も含めると、7 割を
超えた。
今は体内時計の乱れを修正する睡眠薬も登場している。脳からメラトニンが出て体内時計の中枢
にスイッチが入る状態を疑似的に再現する。もちろん、従来型の不眠に有効な睡眠薬も以前からあ
る。これからの不眠症対策は生活習慣を改善するとともに、原因が従来型なのか現代型なのかを知
って、適切な薬剤を選ぶことが必要になる。
★ 認知症、脳を常に使い予防(2012.9.23.)
脳は私たちのあらゆる活動をコントロールしている。その司令塔は年齢とともに働きが悪くなるが、
何らかの原因で急激に低下するのが認知症だ。記憶障害や理解・判断力の低下などの症状が表れ、
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日常生活にも支障を来す。
厚生労働省が 8 月に公表した推計によると、2012 年には認知症の患者が約 305 万人いるという。
65 歳以上の人口のほぼ 10%に相当する。25 年には 65 歳以上の人の 12・8%にあたる約 470 万
人に増えると予想している。いまや、認知症は誰もがかかる可能性がある“病気”といえる。
認知症の原因は様々で、約 60%はアルツハイマー型、15%は脳血管性障害、10%がレビー小体
型といわれる。患者のほとんどは高齢者だが、若い人がかかる場合もある。
買い物に行っても必要な物を買い忘れることはよくある。これは主に老化現象によるもの忘れだ。
大なり小なりだれにも表れることで、認知症とは違う。認知症になると、買い物に行ったこと自体を忘
れてまた買い物に行く、ということを繰り返す。
よくある例は食事そのものを忘れてしまうことだ。単なるもの忘れだと、何を食べたかを忘れる。これ
に対し認知症では、食事をしたかどうかもわからなくなってしまう。つまり、記憶全体がすっぽりと抜け
落ちてしまうのだ。
老化に伴うもの忘れと認知症を見分けるポイントは①できごとそのものを忘れたのか、細部を忘れ
たのか②ヒントを与えると思い出せるかどうか③忘れたという自覚があるかどうか――の 3 つだとい
う。
一部を除いて、認知症の原因はよくわかっていない。だから根治は難しい。ただ、症状の進行を遅
らせたり、ある程度予防したりすることはできる。
予防の基本は脳を常に使うことだ。特段の努力は不要で、日常生活で脳を使うように心がければよ
い。
料理などの家事をいつもとは違った方法でやってみたり、家計簿などをつけたりするのも手だ。散
歩のときも、いつもとは違った道を歩いたり、ゴールを別の場所にしてみたりするようにしたらよいだろ
う。いつも献立を考えてそれに必要なものを買っている女性は知らず知らずのうちに認知症を予防
しているのかもしれない。
★ 認知症を地域で支える(2012.9.30.)
認知症は誰もがかかる可能性があり、脳を使うことである程度の予防もできることは先週書いた。同
時に、不幸にして認知症になった人を地域で支えることも重要である。
厚生労働省が設置した認知症施策検討プロジェクトチームは 6 月、今後の認知症ケアのあり方と
して「地域での生活を支える介護サービスの構築」と「地域での日常生活・家族の支援の強化」を挙
げた。患者を従来の介護施設や病院でケアするのでなく、自宅で長く暮らせるようにすることを狙っ
ている。医療機関と介護施設、地域の連携も重要視している。
同省は 9 月、来年度から始める「認知症施策推進 5 か年計画」、通称オレンジプランをまとめた。
専門知識を持つ、かかりつけ医を今後の 5 年間で 1 万 5000 人以上増やし、2017 年度末に 5 万人
にする計画だ。かかりつけ医を中心としたチームが認知症の人がいる家庭を訪問し、支援に当た
る。
現在も自治体や医療機関のほか、各地にある家族の会、中学校区単位で高齢者の見守り活動に
あたる地域包括支援センターなどが相談を受け付けている。しかし、在宅で介護する家族の負担は
依然として大きい。
オレンジプランでは、早期の診断ができる診療所を「身近型認知症疾患医療センター」として整備
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する計画だ。これまでは認知症の症状が進んでから対応していたが、早く見つけて治療することを
重視している。認知症の症状が進むのを抑えられれば、在宅介護する家族の負担が減り、地域も支
援しやすくなるだろう。
ところで、認知症を予防するには日ごろどんなことに気をつけたらよいだろう。アタマを働かせるの
はもちろん、運動を心がけて脳の血流を増加させたり、手指を細かく動かして普段はあまり使わない
脳の部分を働かせたりするのもよい。運動は散歩程度の軽いものでかまわない。
さらに、ビタミン C などの抗酸化成分を多く含む緑黄色野菜や、魚などに多く含まれる不飽和脂肪
酸を多くとることもよいだろう。ただ、偏った食事は禁物で、いろいろなものをバランスよく食べたい。
結局は認知症を予防する一番の方法は日常のライフスタイルである。認知症予防をうたった“健康
食品”はおすすめできない。
★ 浴室で転倒、気をつけて(2012.10.7.)
高齢になってから病気やケガによって寝たきりの状態になると、認知症になりやすいことがわかっ
ている。寝たきりになる原因で最も多いのが転倒である。
ちょっとした段差でつまずいて転んだり、尻もちをついたりして骨折するとやっかいだ。高齢者は骨
が弱くなっており、長期間寝たきりになりがちだ。あるいは、一度ケガをすると転倒が怖いからと家に
引きこもりがちになってしまう。こうしたことが認知症のきっかけになるほか、症状を悪化させる原因に
もなる。
転倒する理由のひとつは運動不足だとされる。そこで医師は転倒予防体操などを薦める。この体
操には、日常的な運動不足を補うためのメニューが工夫されている。
加齢による筋肉の衰えも転倒の大きな要因といわれる。こちらが運動不足よりも問題だという専門
家もいる。定年後も再雇用する企業が増えているが、高齢者が多い職場では転倒防止対策が大き
な課題となる。
『リスクのモノサシ』(NHK ブックス)という本を読んでいたら、興味深いことが書いてあった。著者の
中谷内一也さんは同志社大学教授で、リスク心理学などを研究している。
中谷内さんはこの本で「入浴のリスク」を取り上げている。少し古いデータだが、2004 年の人口 10
万人当たりの死亡者数を比べてみたら、入浴はリスクが高いことがわかったという。
がんの死者は 250 人と圧倒的に多いが、「入浴中に水死」は同 2・6 人と、火事の同 1・7 人や風水
害の同 0・1 人を上回った。65 歳以上の高齢者に限ると、同 9・9 人に膨らみ、全年齢でみた場合の
交通事故の年間死亡者数の 9 人を超えた。
風呂では、片足でまたいで浴槽に入る。浴室の床は滑りやすいから、片足立ちだと転倒しやすい。
水死はしなくても、固い床で骨折して歩けなくなることは多いだろう。
交通事故はさまざまな努力によって減る傾向にある。高齢化が進む現代では、浴室での転倒や浴
槽での水死がもっとクローズアップされてもよいのではないか。私たちは家族が出かけるとき「クルマ
(交通事故)に気をつけて」という。今後は「お風呂場では気をつけて」と変わることも予想される。
★ 片足立ちで筋肉を維持(2012.10.14.)
高齢者が転倒しやすいのは、主に筋肉の量が減ったり、筋肉が衰えたりすることが原因といえる。
年を重ねたことに加え、運動や栄養の不足、病気などによって起きる。転倒予防を指導する医師や
団体によると、日ごろから体を動かすことが大切だ。
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例えば、転倒予防医学研究会の世話人代表である東京大学の武藤芳照副学長は「無理なく楽し
く 30 年」を提唱している。気がついたら運動を始めて 10 年たっていたという姿が理想で、続かない
運動は無理があるという。
筋肉の衰えについて、おもしろい調査結果を見つけた。インスタントコーヒーなどで知られるネスレ
の関連団体であるネスレヘルスサイエンス広報事務局が 9 月、40~60 歳代の男女 1200 人にイン
ターネット調査した結果だ。
それによると、79%の人が「筋肉の衰えをしばしば感じる」や「たまに感じる」と答えている。中年に
なると、筋力の低下を感じるようになるようだ。
筋肉量が最も多いのは 20 歳代後半から 30 歳代で、年をとるにつれて減少する。80 歳以上の人
では、ピーク時の 5~7 割になるといわれている。60~70 歳代で筋肉量の減少を抑えて転倒しない
ようにしたいのであれば、定期的な運動を継続したい。
といっても、まなじりを決して一生懸命にやる必要はない。「無理なく楽しく 30 年」によると、「普段
の暮らしが自然な訓練」になるという。掃除や布団の上げ下ろし、買い物、ゴミ出しなどを続けていれ
ば運動をしていることになる。
これらの仕事は日本では、主に女性が担っている。女性がいつまでも元気なのはそのためなのだ
ろうか。
「無理なく楽しく 30 年」は、意識することとして片足立ちを挙げている。靴下などを履くときなどに片
足立ちをするとよいという。
実は、歩くときも片足になるときが多い。すたすたと歩く元気な人の歩きを調べると、片足状態にな
る時間は両足をつけている時間のほぼ 4 倍になるという。年をとるにつれて、この割合が拮抗するよ
うになり、いわゆるスリ足に近い状態になってくる。
私たちは「使わなければ体の筋肉は使えなくなる」ということを知って、長続きする運動プログラムを
探す努力をするべきだ。
★ 健やかな長寿へ軽めの運動(2012.10.21.)
世の中に確実といえることが一つある。「生き物には必ず死が訪れる」ということだ。もちろん種によ
って寿命は違う。日本人の場合は男性で約 79 年、女性で 86 年あまり。犬だと、どんなに長生きして
も 20 年を超すことは珍しい。
不老不死を追い求める生物は人間だけである。中国の秦の始皇帝が不老不死の秘薬を求めて海
外にまで人を派遣したという話は有名だ。現代社会にも「アンチ・エージング(抗加齢)」をうたった怪
しげな健康法や治療法が数多く存在する。それだけ人は不老不死を願うのだろう。
個人的な意見だが、「長寿」とは、ただ命を永らえることではないと思う。医療技術の発達によって、
生物学的な死を引き延ばすことは可能になった。ただ「体にチューブを何本もつけてベッドに横たわ
っているのは嫌だ」という人も多いだろう。寿命があるのなら、できるだけ元気に活動する「健康長寿」
がよい。
寿命を終えるには、古くから「PPK」がよいとされる。ぴん(P)ぴん(P)ころり(K)の頭文字をとった
もので、「死の直前まで健康でぴんぴんしており、そしてころりと亡くなる」のが理想という考え方だ。
健康を保つ秘訣は何も難しくない。運動と栄養(食事)に気をつけることだ。つまり、毎日の生活習
慣が大切なのである。近年は、健康ブームの影響か、運動が盛んになっている。働き盛りの男性は
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少ないものの、老若男女を問わずスポーツセンターやスポーツジムに通っている。特に小学生、中
年以上の女性、定年後の男性が熱心だという。
これまで運動とは疎遠だった人が急に激しい運動をするとどうなるだろうか。「年寄りの冷や水」とい
われかねない状態になるのではないか。最近では激しい運動によって、体内に有害な活性酸素が
でき、これが老化の原因の一つとなるという知識が一般に広まっている。しかしスポーツジムによって
は、激しい運動を課しているところも依然として多いようだ。
運動は長続きすることを旨とすべきだろう。ジョギングよりもウオーキングの方がよいといわれるよう
に、少し軽めの運動が適している。「健康長寿」を願うのなら、適度な運動を心がけるべきだろう。
★ 配偶者や友人の力で長生き(2012.10.28.)
「女性、27 年ぶりに世界一転落」。7 月 27 日付の日本経済新聞に目を引く記事があった。日本人
の平均寿命に関して書いた内容だ。
厚生労働省が発表した 2011 年の簡易生命表によれば、日本人の平均寿命は女性が 85・90 歳で、
前の年より 0・4 歳短くなった。26 年間維持していた世界一の座から滑り落ち、2 位になった。
男女とも世界一になったのは香港で、女性が 86・7 歳、男性が 80・5 歳だった。ちなみに日本人の
男性は 79・44 歳で、前年より 0・11 歳短くなった。順位も 4 位から 8 位に大きく下がっている。
長生きするには身体はもちろん、こころも健康であることが肝心だ。昨年、日本人の平均寿命が下
がったのは、東日本大震災の影響も大きいが、自殺が増加傾向にあることも見逃せない。
ところで、知っている人も多いかもしれないが、「独身者は寿命が短い傾向にある」という。国立社
会保障・人口問題研究所がまとめた人口統計資料集の 05 年版によると、40 歳時点の平均余命は
女性の場合、配偶者がある人は 45・28 年、未婚の人だと 37・18 年だった。男性でも同じ傾向で、
配偶者ありは 39・06 年、なしは 30・42 年だった。男女とも配偶者がいる方が 8 年ほど長生きするこ
とになる。
夫婦げんかが絶えない人には意外かもしれないが、独身者の方が配偶者がいる人よりもストレスが
高いとされる。また、動物は守る対象がいないと、心の張り合いが少なくなることがある。それやこれ
やで心の健康が損なわれることになるのだろう。特に男性の場合、妻に何でも任せっきりという人が
多く、食生活など生活習慣が乱れがちになることも大きい。
こころの健康を保つのには、多くの友人を持つことがよいだろう。できればノミニケーションでもよい
から、友人たちと交流するのがよい。いわばコミュニケーションをとるのである。ひとりでふさぎ込んだ
り、閉じこもっているのは、こころの健康にとってよくない。
そういえば、作家の渡辺淳一さんがある週刊誌に「高齢者も女性と恋を」という趣旨のことを書いて
いた。これも、コミュニケーションがこころの健康にとって大切な要素であることを物語っている。
★ 能天気に構え、仲間を大切に(2012.11.4.)
3 月に警察庁の自殺対策推進室が公表した 2011 年の自殺者数は確定値で 3 万 651 人。10 年
より 3・3%、1000 人ほど減った。3 万人を超えた 1998 年以降、最も少なかった。9 月末現在でも 2
万 1000 人ほどと少なめで推移しており、このままだと 15 年ぶりに、年間の自殺者数が 3 万人を下
回りそうだ。これは男性の自殺者が減っていることが大きい。
一方、女性の自殺者は増加傾向にある。98 年以来、14 年ぶりに 1 万人を超えた。比率でみると
31・6%と、全体の自殺者が 3 万人を突破した 98 年以降で初めて 30%台に達した。
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気になるのは、若い世代や高齢者で女性の自殺者が目立つことだ。例えば 20 歳代だと、男性の
2210 人に対して女性は 1094 人で、男女比はほぼ 2 対 1 になった。70 歳代以降の高齢者も 2 対
1 に近いが、他の年代では 3 対 1 程度にすぎない。
自殺の原因・動機として最も多いのは「健康問題」だという。病気に悩んだ結果に自殺というパター
ンが多いらしいが、中でもうつが原因の自殺者は男女合わせると 6513 人にのぼる。
「こころの風邪」。うつは近年、こう呼ばれるように、ごく当たり前の病気の一つになっている。うつの
人すべてに当てはまるわけではないが、自殺の原因になることも多いのは間違いない。
順天堂大学医学部の奥村康特任教授(名誉教授)は、主に免疫学の立場から健康法に一家言あ
る専門家だ。奥村教授は健康長寿のために 7 つの習慣を提唱している。その中で「いつも能天気に
構える」「仲間を大切にする」ことなどを挙げている。
「いつも能天気に構える」は、ストレスをため込まないことの大切さを訴えている。「仲間を大切にす
る」のはよりよい人間関係を築くとともに、その人たちとの交流を通じ、よりよいコミュニケーションをと
るべきだと指摘している。
自殺者はいくつかのサインを出している。言葉や行動が「おかしいな」と周りの人が気づいたら、励
ますと同時に、家族に知らせ、早く専門医に相談することを勧めるべきだ。それが、こころの健康を
損なうことで引き起こされる最大の被害、つまり自殺を防ぐ最も有効な手段となるだろう。
★ 世代間コミュニケーションを(2012.11.11.)
こころの健康を損なうものとして、精神的、あるいは肉体的なストレスがあげられる。都会型のライフ
スタイルが広まっている現代は、職場でも家庭でもストレスは多い。これを少しでも軽くできたら、ここ
ろの健康に起因する自殺も大幅に減るのではないか。
これを解消するには、人と積極的につきあう、つまりコミュニケーション能力を向上させることが有効
だ。ただ、年齢層に応じた対応が重要になる。
子どもの場合、家族がその生活ぶりを十分に知って、機会あるごとに声をかけるべきだ。きちんとあ
いさつする癖を身につけさせることも大切だろう。
20 歳代後半から 60 歳までは職場のストレスが大きい。スポーツなどの趣味を楽しみ、仲間や相談
相手を増やすのがよい。ストレスに関する情報を集めたり、ときどきストレス度をチェックしたりするの
も検討に値する。60 歳代以上の人たちは若い世代と積極的に交流すべきだろう。
昔は 3 世代同居の家庭が珍しくなく、若い人が知らないことを高齢者が教える暮らしが普通にあっ
た。核家族化が進んで都会型のライフスタイルが定着した結果、こうした機会が失われた。地方でも
同様のことが起きている。
今こそ、世代間のコミュニケーションのギャップを埋めるために、高齢者の出番がきているのではな
いかと思う。他の世代の人たちにとっても恩恵がある。高齢者にとっては若い世代とコミュニケーショ
ンをとることによって、持っている感性が刺激されることがあるだろう。一方、子どもや若者、中年など
の人たちにとって、人生経験が豊富な高齢者の知恵やノウハウを聞けるチャンスだ。
大切なのは、相手の話したいことを積極的に理解しようという態度である。今年 9 月 14 日の日本経
済新聞夕刊に、国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センターの大野裕センター長が指
摘している。
最近、地方自治体や特定非営利活動法人(NPO 法人)などが一人暮らしのお年寄りの元に出向
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いて話を聴く「傾聴ボランティア」を養成している。相手に寄り添って悩みや本音に耳を傾けることで、
お年寄りの心が癒やされるとされ、需要が増え続けている。傾聴ボランティアに高齢者はぴったりだ
と思うのだが。
★ 知られざる COPD の死者数(2012.11.18.)
ひどい息切れやせきが続く慢性閉塞性肺疾患(COPD)による死亡者が増えている。厚生労働省
の人口動態統計によれば、2011 年は 1 万 6639 人で、日本人の死亡原因の 9 位になった。10 年
前よりも約 30%増えている。
この傾向は海外でも同じだ。世界保健機関(WHO)によると、COPD が原因の死者は 05 年の段
階で世界で 300 万人以上おり、全死亡者の 5%に相当するという。30 年にはこれが 8・6%になり、
世界の死亡原因の第 3 位になると予想されている。
COPD は肺気腫や慢性気管支炎といった病気の総称。有害な化学物質を長期間吸い続けること
で起きると考えられており、主な原因はたばこである。
厚労省は 13 年度からスタートする「健康日本 21」の第 2 次計画で、発症と重症化の予防に取り組
む「非感染性疾患(主に生活習慣病)」に、がんや循環器疾患、糖尿病とともに COPD を加えた。そ
の中で、喫煙率を 22 年に 12%まで減らす目標を掲げている。COPD の原因の 90%がたばこの煙
とされ、喫煙者の 20%が発症するという。
日本たばこ産業によると、12 年度の成人男性の喫煙率は 32・7%だった。ピーク時の 1966 年の
83・7%と比べればずいぶん減った。「しかし、まだ安心はできない」と、結核予防会複十字病院(東
京都清瀬市)の工藤翔二院長は言う。「COPD はたばこを吸い始めてから長い期間、おそらく 20~
30 年たたないと発症しない。現在の COPD 患者は 20~30 年前にたばこを吸っていた人だと推測
される」と説明する。
COPD による死者が増え続けているにもかかわらず、さほど重視されていない理由の一つに、国
民の認知率の低さがあげられる。ちなみに、今年は 11 月 14 日が「世界 COPD デー」だったが、
COPD と聞いてピンとくる人は少ないだろう。
11 年 12 月の段階で、COPD を知っている人の割合は約 25%だった。健康日本 21 の第 2 次計
画では、80%以上にすることを目指している。メタボリックシンドロームも最初は「何それ?」だったが、
数年もたたずに 92・7%の人が認知するまでになった。関係者の努力次第では、この数値は絵空事
ではなくなるかもしれない。
★ かむれ不眠、退治し清潔に(2012.11.25.)
人間は個人差はあれ一生のほぼ 3 分の 1 を寝て過ごす。睡眠は健康を維持するための 3 つの条
件、つまり栄養、休養、適度な運動のうち休養の根幹となる。十分に睡眠がとれないと、生活習慣病
を引き起こすなど、健康にとってさまざまな悪い影響を及ぼす。
睡眠に関する医療の専門家が集まった睡眠改善委員会という組織がある。国立精神・神経医療研
究センターの白川修一郎氏や杏林大学の古賀良彦教授らが睡眠の重要性を市民に訴えるために、
2011 年 2 月に発足させた。
睡眠改善委員会が啓蒙に力を入れているテーマのひとつに「かくれ不眠」がある。かくれ不眠とは、
日本睡眠学会が定義した病気としての不眠症に当てはまらない軽度の不眠のことだ。病院で治療を
受ける必要はないが、仕事や勉強など日常生活には悪影響が出る。本人が気づかずにそのまま放
51
置しておく不眠といえるだろう。
同委員会がかくれ不眠と身だしなみの関係について、インターネットで調査した結果をまとめてい
る。11 年の 8 月下旬に、20~49 歳の男女 835 人を対象に実施した。その結果、かくれ不眠の人は
衣服や美容にかけるお金が減るなど、おしゃれにかける投資が少なくなる傾向があることがわかった。
睡眠が不足して脳の活動が低下すると、周りの目が気にならなくなるのかもしれない。
おしゃれをして外出することは普通は楽しいことで、身だしなみを整えるモチベーションになる。見
た目への関心は自分をよくみせたいという刺激や喜びにつながり、やる気や意欲を呼び起こすとい
われる。フアッションや美容などは格好の外界の刺激のはずだ。
この欄で以前、健康の秘訣として、栄養や休養、運動と並んで「美養」が大切だと書いた。美養は
美容の変換間違いではなく、自分を磨いて美しく見せることを指す。例えば、老人介護施設などで、
女性の入所者に化粧をしてもらうと、がぜん元気が出てくるという。これは「美養」の効果が現れたと
いえるだろう。
自分を美しく見せるなど外見を磨くことは、身の回りを清潔に保つことにもつながる。清潔にするこ
とは健康にとってよいことだ。そのためには、十分な睡眠をとってかくれ不眠を駆逐するのが一番
だ。
★ 睡眠に問題、5 人に 1 人(2012.12.2.)
「寝付きが悪い」「夜中に何度も起きる」「起きたときによく眠れたと思えない」。前回書いた「かくれ
不眠」には、こうした“自覚”症状があるいう。
眠れないことは非常につらい。世の中にはさまざまな睡眠障害が存在する。日本では 5 人に 1 人、
約 2000 万人が何らかの睡眠障害に悩んでいるといわれる。
「眠くなってから床につく、就寝時刻にこだわりすぎない」。厚生労働省の研究班がまとめた「睡眠
障害対処 12 の指針」の中に、こんな項目がある。眠ろうとする意気込みがかえって頭をさえさせ、寝
付きを悪くしてしまうらしい。
12 の指針には「睡眠時の激しいイビキ、呼吸停止、足のぴくつき、むずむず感は要注意」とも書い
てある。睡眠中に激しいいびきをかくことなどは睡眠時無呼吸症候群(SAS)の特徴といえる。無呼
吸とは、10 秒以上呼吸が止まっている状態を指す。無呼吸が 1 時間に 5 回以上、または 1 晩の睡
眠中に 30 回以上続くと、SAS と診断される。
肥満の人に多く見られる病気で、心疾患や糖尿病、高血圧などの兆候であることも多い。全人口
の 4%程度の人が SAS にかかっており、その数は 200 万人という推計もある。
「足のぴくつき」は、むずむず脚症候群の典型的な症状だ。原因は不明な部分が多く、日本人の 2
~3%が、この症状に悩んでいるといわれる。
夕方から夜の寝るころに、足を動かさずにはいられない異常な感覚が現れる。足に電気が走った
ような刺激があるほか、体がほてったようになるという。以前、むずむず脚症候群の人に聞いたところ、
ひどくなると「死んでしまいたいと思うようになる」と打ち明けてくれた。
睡眠障害には、眠れなくなる不眠型のほかに、昼間にやたら眠くなったり、どれだけ寝ても眠くてし
かたがなくなったりする過眠症もある。過眠症はうつ病などが引き金になることが多い。これも肥満の
人がなりやすいといわれているが、原因はわかっていない。
現代人はただでさえ睡眠時間が減っているのに、睡眠は軽視しがちだ。しかし、睡眠は健康を維
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持するうえで非常に重要な要素である。決して「眠れない」「眠りすぎ」を軽く見てはいけない。
★ 眼科医をもっと身近に(2012.12.9.)
厚生労働省の 9 月末の発表によると、コンタクトレンズを不適正に使用したことで、目の健康被害
にあったという報告は 2011 年度までの 3 年間に 69 件あった。眼科医からの報告などをまとめたも
ので、角膜に炎症が起きる角膜浸潤など失明につながりかねない深刻な障害が多い。軽い障害を
入れると、この数はもっと多くなるだろう。
メガネを「ダサイ」と嫌う人も多く、最近はおしゃれのためにカラーコンタクトレンズを使って瞳の色を
変える若者もいる。厚労省が発表した 69 件の被害のうち 3 分の 1 近くがカラーコンタクトレンズによ
るものだという。
ベテランの医師に限らず、素人でも目を見ればその人の健康状態がわかるといわれる。「目は口ほ
どにものを言う」という言葉そのものだ。私たちが外界から得る情報の約 8 割以上は視覚、つまり目か
ら入って来るといわれる。目はそれほど重要なものである。
コンタクトレンズ大手の米ボシュロムは 7 月、日本や米国、中国など世界 11 カ国の 1 万 1000 人を
対象に、目の健康に関する意識と習慣について調査した結果を公表した。
「過去 2 年間に眼科検診を受けた」と回答した人は日本では全体の 56%にすぎなかった。調査の
対象になった 11 ヵ国(日米中のほかはブラジル、ドイツ、フランス、インド、イタリア、ロシア、スペイン、
英国)の平均の 65%を大きく下回っている。ちなみに、日本より低かったのはロシアの 53%だけだっ
た。
日本人の受診率が低いのは「かかりつけの眼科医がいない」という理由が 86%もあった。11 ヵ国の
平均の 39%だけでなく、2 位の中国の 61%とも 25 ポイントもの差がついている。不思議なことに、
目は「現時点では(健康に関しての)最重要項目ではない」という答えも 81%と、平均の 54%を大き
く上回っている。
日本では、メガネをかけていたり、コンタクトレンズをしていたりする人はたくさんいるにもかかわら
ず、眼科医とはあまりつきあいがないようだ。
高齢者が増えると、白内障や緑内障、加齢黄斑変性症など深刻な目の病気の患者も増えてくる。
働き盛りの中高年も油断はできない。私たちは、もっと眼科医を身近な存在にする努力をしなけれ
ばならない。
★ 突然死、食い止める AED(2012.12.16.)
働き盛りの 30~50 歳代の人を襲う突然死。その原因の多くは心臓の停止によるものだ。サッカー
や野球、マラソンなど運動中に起きるほか、家庭や公共の場で倒れる人も多い。心臓停止事故が発
生した場合、救急車が来るまでの応急処置が回復のカギを握る。そこで、重要になるのが心肺蘇生
法である。
2010 年、救急医療などに携わる医師などが集まる日本蘇生協議会がガイドラインをまとめ、心肺
蘇生法の手順が変わった。それまでは、酸素を送る気道確保、人工呼吸、心臓マッサージ、電気シ
ョックや薬を使って心臓の機能を回復させる除細動という流れだった。これが最初に心臓マッサージ
をし、次に気道確保、さらに人工呼吸、最後に除細動をするという順番になった。
新しいガイドラインでは、一般の人が救命処置に当たる場合、気道確保と人工呼吸は省いてもよく
なった。自動体外式除細動器(AED)を使うか、心臓マッサージをする。人工呼吸を不要にしたのは、
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口と口をつけるのをいやがる人が多いことに配慮したものだ。
そもそも、心肺蘇生法を知らない人が救命処置に当たるときは心臓マッサージだけで十分という専
門家はいる。救急車が来るまで心臓マッサージを続けた方が救命率が高くなるというデータもある。
心臓マッサージは 1 分間に 100 回のペースで、胸の真ん中を 5cm 以上押すことを繰り返せばよ
い。近くに AED があれば、それを使う。
厚生労働省の研究班の調査によると、2011 年 12 月時点で国内には 38 万台あまりの AED が設
置されている。公共施設などに設置され一般の人が使用できる台数は 30 万台近くある。最近では、
マンションなど集合住宅にも設置され始めた。ただ 1 台が 30 万円ほどと高価なため、家庭への普及
は欧米に比べると遅れている。
AED があるだけで、救命率が上がるわけではない。今は音声で案内してくれる機種もあるが、扱
い方を知っておくことが大切だ。さらに、心臓マッサージなどを知り、心肺蘇生法を身につけたい。
学校の授業や講習会も広がり始めた。こうした催しに積極的に出席することが、突然死を防ぐ一番
の近道になるのかもしれない。
★ 朝食が利発な子を育てる?(2012.12.23.)
「食生活のリズムは体内時計に合わせるとよい」。この欄でも何回か取り上げた時間栄養学は、女
子栄養大学の香川靖雄副学長たちが提案した。これまでの「何を食べるか」から「いつ、どう食べる
か」に重きを置いている。
人間のリズムのうちで、もっとも基本的なものがサーカディアンリズム(概日周期)だ。このリズムに合
わせて食事をとれば、肥満になりにくいということが最近の研究でわかってきた。
肥満は糖尿病などの生活習慣病の引き金になる。肥満者が増えているのは、まず運動不足があ
げられるが、それとともに食事の西洋化に伴う脂肪やカロリーのとりすぎがある。
これに加えて香川副学長が強調するのは、食生活のリズムの乱れだ。特に朝食をとらない習慣が
身についてしまうと、様々な問題が出てくる。
例えば、学習への影響。県立広島大学の加藤秀夫教授によれば、人間の記憶力が最高レベルに
なる時間帯は正午ごろという。脳の主なエネルギー源はグルコース、つまり糖分だ。朝食を欠かすと
脳に必要なグルコースが供給されなくなり、記憶をはじめさまざまな学習能力が低下するようだ。
文部科学省が 2008 年度の全国学力・学習状況調査で、小学 6 年生約 116 万人、中学 3 年生約
108 万人について、国語と算数(数学)の学力テストと朝食の関係を調べた。「毎日食べている」「ど
ちらかといえば食べている」「あまり食べていない」「全く食べていない」というように、朝食をとる頻度
順に点数が高かった。
文科省の 08 年度の全国体力・運動能力、運動習慣等調査によると、体力テストについても学習テ
ストと同じ結果が出ている。規則正しい生活習慣を身につけた子どもほど学習や運動への意欲が高
いといわれているが、脳ヘグルコースの供給が少なくなった影響も大きいと思われる。
いま、日本の経済が沈滞し景気が悪い。また、「キレやすい子供」の問題もクローズアップされてい
る。いずれも朝食をとらない人が増えているために起きているのではないかと思うことがある。生活習
慣病を防ぎ、健康な生活をおくるためにも朝食は欠かせないし、生活リズムを一定に保つことが重要
である。
★ 不老不死のディレンマ(2012.12.30.)
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人間の寿命はよくロウソクに例えられる。次第に短くなっていき、最後には燃え尽きる。細胞も分裂
を繰り返すうちにロウソクがだんだん短くなるようで、60 回ほど繰り返すと死んでしまう。発見者の名
前にちなんで「ヘイフリックの限界」と呼ばれる。
ヘイフリックの限界には個人差があり、組織や臓器によっても違う。その後の研究で、この限界が生
じる原因は、遺伝情報が詰まった染色体の末端にあるテロメアだとわかってきた。実は、このテロメア
と私たちの健康や病気は密接な関係がある。
テロメアは DNA を構成する塩基と呼ぶ物質でできており、数にして 1 万~1 万 5000 ほど集まっ
ている。細胞が 1 回分裂すると、テロメアは塩基数で 50~100 個分ほど短くなる。まさにロウソクが短
くなるのと同じだ。5000 個ほどになると、細胞は分裂しなくなる。分裂を止めた細胞は若さを失って
死ぬ。
私たちの体細胞はだいたい 1~2 年に 1 度のペースで分裂する。ヘイフリックの限界に達すると、
細胞分裂が止まるだけではなく健康を害し、病気がちな体になる。
例えば、肝臓病になって細胞の分裂が限界近くにまでくると、肝硬変になりやすくなる。7 年間にテ
ロメアの長さが塩基数で 1000 個分ほど短くなると、心筋梗塞などを発症するリスク(危険度)が普通
の人よりも 3・08 倍高くなるという海外の研究もある。
このテロメアが短くならないようにする酵素が存在する。テロメラーゼと呼ばれる、「不老不死が得ら
れる酵素」という人もいる。テロメアとテロメラーゼの先駆的な研究を手がけた米国のエリザベス・ブラ
ックバーン氏らは 2009 年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。
ただ、むやみにテロメアを短くするのを防げばよい、というわけではない。死ななくなった細胞という
と、がんを思い浮かべる。テロメラーゼを活性化させてテロメアの減少を抑えることは技術的に可能
だが、がんになりやすくなる危険性もはらんでいる。
抗がん剤では、反対にテロメラーゼの活性化を抑えたり、テロメアの短縮を促進したりする物質の
開発が盛んになっている。実用化へ開発が進んでいるものもあるという。
★ 細胞の寿命と病気(2013.1.6.)
細胞の寿命を決めるテロメアは人間の病気や健康にも大きく影響する。テロメアは塩基と呼ぶ物質
が並んだもので、細胞が分裂する度に短くなる。皮膚や臓器が病気に冒されると、老化が進んで健
康寿命を縮める。再生するために細胞が分裂し、時計の針を進めることになるからだ。
これを防ぐには、ありきたりだが健康的な生活を送ることがよいようだ。普段ほとんど運動をしていな
い人やたばこを多く吸う人はテロメアが短いという海外の研究がある。
ストレスが高まるのはもちろん、食べ過ぎて血圧が上がったり、生活習慣病になったりすることもよく
ない。
例えば、糖尿病について、女子栄養大学の香川靖雄副学長が解説記事の中で、2012 年に海外
の研究者が発表した論文を紹介している。生活習慣が原因でなりやすい 2 型糖尿病の患者と健康
な人それぞれ 145 人についてテロメアの長さを調べたら、糖尿病の人は明らかに短くなっていたと
いう。
香川副学長は 05 年、マウスに脂質の多いエサを 11 ヵ月間食べさせ続けたところ、膵臓にあるβ細
胞という細胞のテロメアが短くなっており、糖尿病を発症していたとする研究をまとめている。この細
胞は血糖値が上がったときに出るホルモンのインスリンを作っており、糖尿病になるのを防ぐ働きを
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する。そのテロメアがある程度まで短くなると、糖尿病になりやすくなるのではないか、と香川副学長
は考えている。
最近、テロメアの長さに悪影響を及ぼす要素の一つとして活性酸素が挙げられている。活性酸素
の働きはよく「細胞をさびさせる」と例えられるが、テロメアも攻撃して傷つけ、短縮を促していること
がわかってきた。
活性酸素はストレスや喫煙、紫外線などの刺激、激しい運動で体内の酸素の一部が変化して発生
する。正常な細胞の遺伝子を傷つけてがん化させたり、コレステロールが血管の壁に貼り付くのを促
して動脈硬化を進めたりする。
普通は体内にある抗酸化酵素によって処理されるが、食生活の乱れや大量の飲酒、喫煙などの
影響で発生量が増えると消えずに残る。それを防ぐのもまた健康的な生活だといえよう。
★ 遺伝あっても心がけ次第(2013.1.13.)
私が敬愛する学者のひとりに東京大学の石浦章一教授がいる。その石浦教授が 2012 年 12 月に
「最新遺伝学でわかった――病気にならない人の習慣」(青春出版社)という本を出した。この中で、
生活習慣病や健康と遺伝子とのかかわりを述べている。
病気になって健康を損なうかどうかは「遺伝要因が半分、生活(環境)要因が半分」といわれる。例
えば、インフルエンザのような感染症は病原体が原因と考えられがちだが、同じウイルスに感染して
も重症になる人もいれば、全く症状が出ない人もいる。これは免疫という体質、つまり遺伝要因が関
係しているからだ。いわゆる遺伝病でも、発症には生活習慣の影響を受けている。
生活習慣病もこの法則が当てはまる。主犯格の遺伝子はいくつも見つかっており、補助的なものも
含めると、多数の遺伝子が関与していることがわかってきた。今では、代表的な生活習慣病の糖尿
病や高血圧症は複数の遺伝子の異常が積み重なり、さらに生活習慣の悪影響が加わった結果、発
症すると考えられる。
もし、両親から生活習慣病に関係する遺伝子を受け継いだとしても、がっかりしたり気に病んだりす
る必要はない。運動や食事といった健康管理に気を配っていれば、生活習慣病にならずに長生き
できる可能性がある。
個人的な話で恐縮だが、私の父親は存命中、糖尿病に苦しんだ。中肉中背で、決して太っていた
わけではない。以前なら「なぜ糖尿病になったのか」と思われるような体形だった。
私は父親から糖尿病の体質を受け継いでいる。少なくとも、私の遺伝子の半分は父親からもらって
いる。その中には当然、糖尿病を引き起こす遺伝子もあるはずだ。
しかし、私はいまのところ糖尿病を発症していない。血糖値も基準値を維持している。糖尿病の体
質を父親から受け継いだことを頭に置いて、甘いものを控えたり、太りすぎないように生活習慣に気
をつけたりすることを心がけているからではないか。
人は誰しも健康で、自立して長生きしたいと思っている。健康的な生活を送っていれば、多くの病
気は防げる。こう考えれば健康管理へのモチベーションも上がるだろう。
★ 長生きもたらす脳の役割(2013.1.20.)
今回も、東京大学の石浦章一教授が書いた「最新遺伝学でわかった――病気にならない人の習
慣」(青春出版社)を話題にしたい。この本で、長寿のカギは遺伝子とともに脳の働きだと書いてある。
脳の働きも遺伝子に左右されるが、脳が健康であれば長生きできることは確かなようだ。
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では脳の健康を保つには、どうしたらよいのか。石浦さんはまず禁煙を挙げている。
全身の細胞の機能が衰えるのは、細胞の老化が影響しているからだろう。細胞の老化の原因のひ
とつに活性酸素がある。活性酸素から身を守るために、私たちの体には抗酸化酵素が存在する。だ
が、喫煙やストレスはこの酵素の働きを鈍くするため、結果として体内の活性酸素を増やしてしまう。
特に脳の神経細胞では著しいらしい。タバコの主成分であるニコチンは血管を収縮させるため、血
行が悪くなる。脳が正常に働くには、十分な血流が必要なので、喫煙がよくないことはわかるだろう。
認知症の大半を占めるアルツハイマー病はある種の遺伝子がかかわっている。若いときに発症す
る若年性は別にして、ある程度年齢が高くなってから発症する人は、この遺伝子を持っていることが
多いという。
といっても悲観する必要はない。アルツハイマー病の遺伝子を持っていても健康で長生きした人
はたくさんいる。そういう人たちは 3 つの習慣を励行しているという。食事に気を配るとともに、適度な
運動を心がけ、できる限り頭を働かせるのだ。さらに加えれば、たばこは吸わない。
これとは反対に、食事を簡単にすませて必要な栄養をとらずにいたり、運動をほとんどしなかったり、
一日中何も考えずに過ごしたりするのは、アルツハイマー病を発症させやすい生活習慣といえる。
米国立衛生研究所の調査によると、喫煙者と糖尿病患者は発症リスクが高い。
アルツハイマー病の原因のひとつと考えられている遺伝子が働かないようにする方法があるという。
例えば、まだ確たる証拠とはいえないが、脂肪分が多い食事を避けるなどだ。今のところ「アルツハ
イマー病を防止する薬」はない。生活習慣の改善は病気の芽を摘む有効策といえるだろう。
★ 目は口ほどに…大切な対面(2013.1.27.)
以前、コミュニケーションを積極的にとることは健康維持に役立つと書いた。特に、こころの健康に
とって大切だ。配偶者や友人、知人などとコミュニケーションをうまくとることはストレスの解消につな
がる。
このコミュニケーションに関し、私たち人間は動物社会では独特の方法をとっているらしい。これに
ついて、霊長類研究の第一人者である京都大学の山極寿一教授が面白いことを述べている。
山極教授によれば、食事をとる時の行動の違いで、ゴリラやチンパンジーなど類人猿に共通する
方法があるという。長年、アフリカのゴリラを研究していて気づいたらしい。
普通、サルの仲間は散らばって食事をとる。なるべく仲間と鉢合わせしないよう心がけているようだ。
食事は仲間とエサの奪い合いになりがちだからだ。
ニホンザルの社会では、群れの中で上位のサルが食べ物を独占するというルールがある。順位が
低いサルは上位のサルの前では手を出さずに、別のエサを探すことで無用なトラブルを回避する。
ところが、類人猿では群れの中の上位と下位の区別はない。順位が低い、例えば子どもが上位の
個体に近づき、食べ物を譲ってくれるようねだることが常態化しているという。
そのとき、対面して相手の目を見つめることでコミュニケーションをとっているらしい。対面して相手
を見ることは動物社会では敵対行動で、相手を威嚇することにつながる。類人猿ではそういうことは
なく、複数の個体が仲よく対面してエサを食べる光景がよくみられる。
人間はこの類人猿の行動特性を受け継いで、相手の目を見ることでコミュニケーションをとってい
ると考えられる。そういえば、私たちは食事どき、ちゃぶ台の時代から対面が習慣になっている。
目はこころの窓、見ることによってその人の健康状態がわかる場合もある。まさに「目は口ほどにも
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のを言う」である。食事に限らず、会話でも相手を見ることは大切だ。
近年は食事の時に対面しても、何も話さず下を向いて黙々と食べるという人も多いらしい。せっかく
のコミュニケーションの機会をみすみす失っているようで少し気がかりだ。
★ 花粉症、民間療法にご用心(2013.2.3.)
今年も花粉症で悩む人は多くなりそうだ。環境省が 1 月 25 日に公表したスギとヒノキの花粉の飛散
量予測によると、北海道や中国地方の一部では例年よりやや少ないものの、東北や関東、北陸、東
海地方などでは平年の 1・3~2・3 倍になるという。早いところで 2 月上旬から花粉が飛び始める。
データは少し古いが、2008 年の全国規模の疫学調査によると、花粉症に苦しむ人は 29・8%いる
という。花粉症は立派な国民病といえる。
花粉症は 5 つに分類されるアレルギーの「1 型」に当たる。じんましんなどと同じ分類だ。花粉が鼻
や目などの粘膜にある肥満細胞に結合し、この細胞がヒスタミンやロイコトリエンなどを出すことで起
こる。
鼻水や鼻づまり、目のかゆみなどの症状で、生活の質(QOL)は大きく低下する。厚生労働省の調
査でも、仕事や勉強、家事に支障をきたしたり、思考力や集中力が低下したりという人は多い。別の
調査では、中程度以上のアレルギー性鼻炎にかかっている人は、寝つきが悪かったり、夜中に目を
覚ましたりするため、昼間に強い眠気を感じているという。
今のところ、花粉症を完全に治す薬はない。減感作療法といって、花粉のエキスを皮下に注射し、
アレルギーを引き起こす抗原に体を少しずつ順応させることが唯一の完治療法とされる。ただ、治療
を始めてしばらくは毎週注射をするために通院し、症状が安定してからも数年は治療を受け続けな
ければならない。
民間療法は信用しない方が賢明だ。プロバイオティクス効果を狙ったヨーグルトなどの乳製品を使
う治療やアロマテラピーなどは、効いたと思わせることがある。しかし、実際の効果には疑問符が付く
ものもある。
また、「花粉症の治療は花粉の飛散が始まる前から」という医師は多い。しかし、治療は花粉の飛
散が始まったころからでよいというのが今の一般的な考えである。
大切なのはやはり、花粉に触れるのを極力減らすよう努力することだろう。外出を極力控え、外出
するときはマスクで鼻を覆い、帰宅したら服に付いた花粉をよく払い落とすといった心がけが効果的
な対策といえる。
★ 生活の質落とす鼻づまり(2013.2.10.)
「鼻は健康のバロメーター」といわれる。体調が悪いと、まず鼻に表れることが多い。鼻炎はその典
型だろう。症状が軽くても、生活の質(QOL)を大幅に低下させるから、見過ごすことはできない。
アレルギー性鼻炎には、花粉症などの季節性のほかに、室内のダニやペットの毛、ほこりなどが原
因で発症するタイプがある。この場合、1 年中苦しむことになる。いずれも鼻づまりの症状が出る。軽
いうちはそれほど気にならないが、引きずると QOL の低下ばかりではなく、息苦しくなったり、におい
が分からなくなったりする。
鼻づまりについて、フランスの製薬会社サノフィなどが 2012 年の 11 月に調査した結果がある。こ
の調査には、北海道大学の中丸裕爾診療准教授(耳鼻咽喉科)が協力している。
2 シーズン以上続けてアレルギー性鼻炎を経験している 20~60 歳代の男女 500 人にインターネ
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ットでアンケート調査した。それによると、アレルギー性鼻炎に苦しむ人の約 7 割が鼻づまりの症状を
経験しているという。
鼻づまりによって生じる生活上の支障についても聞いている。「呼吸がしづらい」(21・4%)、「仕
事・勉強・家事に集中できない」(20・2%)、「食べ物がおいしいと感じない」(18・0%)、などが上位
に入った。このほか「口が渇く」「においがしない」「頭痛(がする)」という回答もあった。
鼻づまりに苦しむ人で最も多かった回答は「左右(の鼻)が交互につまる」だった。実は、健康な人
でも生理現象として鼻腔(びこう)は交互につまっている。それでも、開いた方の鼻腔で問題なく自然
な呼吸をしている。健康なときは、鼻づまりを意識しない。
鼻づまりの自覚症状があることは、アレルギー性鼻炎をはじめとする何らかの鼻の病気にかかって
いる可能性がある。専門医に診てもらった方がよい。
福井大学の藤枝重治教授(耳鼻咽喉科)は「鼻づまりが気になり出したら、ペットボトルなどをわき
の下にはさむと鼻づまりがぐんと楽になる」とアドバイスする。鼻づまりは鼻の奥が充血して膨らむた
めに起こる。鼻を制御する自律神経はわきの下にあり、その神経が刺激されると鼻の奥の充血が解
消されるからだ。
★ 「未病」を意識、生活の向上(2013.2.17.)
2011 年に取り上げた未病についてまた言及したい。未病とは、未(いま)だ病(やまい)になっていない
状態を指す。病気の前兆を早く見つけて病気にならないように対処するか、病気が軽いうちに治す
という考えである。中国の医学(東洋医学)には「上工は未病を治す」という言葉があり、名医は病気
になる前に治すと教えている。
西洋医学では病気の原因をとことん追究し、それを取り除くことを主眼としている。一方、東洋医学
では体のバランスを重視する。病気になるのは、何らかの理由でこのバランスが崩れた状態になるか
らだと捉えている。漢方薬も体のバランスを健康なときに戻すことに重点を置く。未病の概念もこの流
れから生まれてきたようだ。
西洋医学が分析的であるなら、さしずめ東洋医学は総合的といってよい。今で言うなら、QOL(生
活の質)の向上を目指した医学といえるだろう。だからなのか、体質や体力といった言葉が東洋医学
にはよく登場する。
産婦人科医で、金沢大学の特任教授を務める鈴木信孝さん(臨床研究開発補完代替医療学)は
「臨床医には未病の概念が必要」と主張している。検査では異常なしと出ても、体に痛い部分がある
と訴える患者の言葉に耳を傾けることが大切だという。同時に臨床医は「患者の QOL を向上するこ
とを目標にすべき」と語っている。
QOL の L(ライフ)には、「生活」のほかに「生命」や「人生」といった意味もある。膝が痛くて買い物
に行くのもおっくうに感じてしまう人にとって、何不自由なく買い物や散歩ができることはまさに人生
の質、QOL の向上にほかならない。
西洋医学が中心の現代医学では無視されがちだが、鈴木さんは「そろそろこの点にも目を向ける
ときが来ている」と訴える。東洋医学にそのヒントがある、とも語っている。
もちろん、導入にあたっては「確実性」のある「科学的」な検証を経なければならないことは間違い
ない。世の中には不確実な、もっと端的に言えば非科学的な「民間療法」や「民間健康法」がはびこ
っている。いま一度、自分が実行している健康法を見つめ直してみるのもよいのではないか。
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★ 「さらば便秘」は意外に簡単?(2013.2.24.)
年をとったせいか、近年はやや便秘気味だと感じる。「気味」と書いたのには理由がある。医師は
ふつう 3~4 日以上排便がない状態が続いたときに便秘と診断する。日本内科学会によれば「3 日
以上排便がない状態、または毎日排便があっても残便感がある状態」を便秘と定義している。私の
場合は、そこまでいっていない。
便秘の原因はいくつもある。慢性的な運動不足や食物繊維の不足など食事内容の偏り、不規則
な生活が主なものだ。勉強や仕事の最中に無理に排便を我慢することが習慣になった結果、便意
が弱くなってしまう人もいる。年をとって便を肛門に送る腸のぜん動運動が弱くなることも要因のひと
つに挙げられるだろう。
ひどい便秘の治療には、下剤を服用したり、浣腸(かんちょう)を使ったりする。ただ使わないと排便
できなくなることもあるため、あまりお薦めできない。日ごろから体調に気を配り健康的な生活を送る
ようにすれば、たいていの人は便秘に苦しまないで済むはずだ。
ちょっとした気づかいでも便秘には効果がある。例えば、積極的に運動をすること。歩いてもよいが、
水泳の方が全身の筋肉を使うので、腸のぜん動運動を高められるようだ。食事の面では、いわゆる
食物繊維を多く含んだ穀類やリンゴなどの果物、にんじんやゴボヴ、カボチャなどの野菜類を意識し
て食べるようにするとよい。意外に思うかもしれないが、白米には食物繊維が多く含まれている。
テレビのコマーシャルをみていると、便秘薬の宣伝には必ずといってよいほど若い女性が登場する。
便秘に悩む若い女性は多く、共感を得られるからだろうが、無理なダイエットが便秘を悪化させてい
る可能性がある。スタイルや体重を気にするあまり食事の量を減らし、結果的に腸の運動を抑えてし
まっている。
食事の内容も、繊維質の多い穀類や野菜類をとることが少なくなっているようだ。便秘の種類によ
っては食物繊維の種類やとり方を考えなければならないが、基本は食物繊維で便の嵩(かさ)を増す
ことだ。
そういえば、日本の米の消費量は昔に比べるとずいぶん減った。食物繊維が少ないパン食が主流
になったことは若い女性の便秘と関係があるのだろうか。
★ 下痢対策は食生活から(2013.3.3.)
なかなか排便できない便秘とは反対に、私たちの体は下痢にもなる。下痢が続くと何らかの異常が
生じたと考え、医師に診てもらう。下痢は健康状態の指標となっている。
下痢は感染性と炎症性の 2 つに大別できる。感染性の下痢は食中毒や食あたりと呼んだりする。
病原性大腸菌の O‐157 やノロウイルス、ロタウイルスなどに感染することで起きる。こうした病原体を
早く体の外に出す防御反応といえる。これに対し、炎症性の下痢は小腸や大腸の内側に何らかの
炎症が起きたために発症する。
アフリカや東南アジアでは下痢は深刻な社会問題だ。特に子どもに多く、世界保健機関(WHO)
とユニセフの報告によると、世界で毎年 150 万人以上の子どもが下痢で命を落としているという。エ
イズやマラリア、はしかよりも多い。
怖いのは脱水状態になることだ。こまめに水分を補給して防ぐしかない。同時にナトリウムなどの電
解質をとることにも気をつける。スポーツドリンクなどは電解質をとりやすい。
途上国に多い感染性の下痢を予防するには手洗いを励行したい。身の回りを清潔にすることと並
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んで、こまめに手を洗うべきだ。
一方、先進諸国では食中毒はしばしば起きるが、深刻な問題にはなっていない。ただ、炎症性の
下痢がじわりと増えている。その多くは原因が不明で、治療法も確立していない。1 日に何度も下痢
や激しい腹痛に襲われる。以前、炎症性の下痢に悩まされている人に話を聴いたことがある。1 日に
10 回以上も排便するため、外出時にはまずトイレを探すなどと話していた。
安倍晋三首相も炎症性の下痢である潰瘍性大腸炎を患い、6 年前はこの病気が悪化したため総
理の職を辞したと手記に書いている。厚生労働省が指定する難病のひとつで、10 代や 20 代で発症
することが多く、2009 年度の段階で国内に 11 万人あまりの患者がいる。
炎症を鎮め、下痢などを抑える薬はあるが、根治は難しい。死ぬことは少ないが、生活の質
(QOL)は低下する。唯一といえる治療法は、食事に気をつけることだという。もちろん、暴飲暴食は
論外だが、食生活を含めた一人ひとりの生活習慣に合わせた対応が必要になる。
★ 気になる、ボトックスの美容利用(2013.3.10.)
2012 年 11 月、A 型ボツリヌス毒素製剤「ボトックス」(商品名)が腋窩多汗症(えきかたかんしょう)の保
険治療に使えるようになった。腋窩多汗症は体質や病気など様々な要因で交感神経が正常に働か
なくなり、汗腺から必要以上に汗が分泌されてしまう。これまでは手術しかなかったが、ボトックスを注
入することでメスを使わずに治療できるようになった。
ボトックスは食中毒の原因で細菌兵器にも使われるボツリヌス菌の毒素を薄めて使う。この毒素は
神経細胞に働き、神経の末端から分泌される伝達物質のアセチルコリンを出にくくする。アセチルコ
リンには交感神経の末端で発汗を促す働きがあり、この物質をブロックすることで症状の改善を狙っ
ている。
すでに世界の 80 カ国以上で、まぶたがぴくぴく動いて垂れてくる眼瞼痙攣(がんけんけいれん)など
の治療に使われている。日本では 1996 年に眼瞼痙攣で保険適用されたほか、これまでに 5 つの病
気の治療が認められている。一説には、保険でボトックスを使った人は 10 万人を超えるともいわれ
る。
問題はボトックスを顔のしわ取りや目を大きくするといった美容に使う人が多いことだ。もちろん保
険が使えない自由診療になり、費用は全額患者が負担する。顔のしわ取りで 10 万円前後が相場と
いわれる。
ボトックスは毒素なので、注意深く扱わなければならない。例えば顔のしわを取る場合、眉間(みけ
ん)にボトックスを注入することが多い。副作用は少ないとされるが、アレルギー反応が出たり、注射し
た付近の筋力低下による影響があったりする。ボトックスの働きは 3~6 ヵ月しか持続せず、そのたび
に注射しなければならない。
治療にあたる医師は一定の講習を受けて認定されないと、製薬会社はボトックスを供給しないよう
にしている。
安さをうたっている美容外科医院は粗悪品を個人輸入している可能性がある。安いボツリヌス製剤
は管理上の問題があり、品質にバラツキが多いという。
今回承認された重度の原発性腋窩多汗症への適応拡大は、ボトックスを美容に使うはしりになる
かもしれない。もちろん「重度」の患者を対象にしているが、気になる話ではある。
★ 低体重児、メタボに注意(2013.3.17.)
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昔から赤ちゃんは「小さく産んで大きく育てる」ことが推奨されてきた。だが、あまり小さいのも考えも
のだ。最近は体重が少ない赤ちゃんの出産が増え、新生児の平均体重も減っているという。
出産時の体重が 2500g未満の赤ちゃんのことを「低出生体重児」と呼ぶ。1500g未満だと極低出
生体重児、1000gに満たないと超低出生体重児という。
データは少し古いが、経済協力開発機構(OECD)が 2009 年に公表した統計によると、日本の低
出生体重児は出生児全体の 9・7%あった。加盟 30 カ国の平均が 6・8%なので飛び抜けて高い。
1980 年には 5・2%にすぎなかったが、年々増えている。
低出生体重児が増える理由として、20~30 歳代の若い女性の体重が減っていることをあげる専門
家が多い。日本女性の強いやせ願望が背景にあるのだろう。
体重(kg)を身長(m)の 2 乗で割った体格指数(BMI)が 18・5 未満だとやせ体形に区分される。
厚生労働省が昨年 12 月に公表した「平成 23 年国民健康・栄養調査」によると、20 歳代の女性の
21・9%がやせ体形で、30 歳代でも 13・4%あった。平均は 10・4%なので、やせているのに若い女
性はさらにダイエットに励んでいるとわかる。
低出生体重児は大人になるとメタボリックシンドロームになるリスクが高いといわれる。海外の報告
によると、2500g未満で生まれた男児は大人になってから肥満になる比率が低体重ではなかった男
児の約 2 倍になった。女児でも 1・7 倍あるという。
もちろん、ダイエットブームだけが理由ではないだろう。運動不足や喫煙の影響もあるに違いない。
若い女性の喫煙は増えている。妊娠中毒症を防ぐため、適正な体重増加にとどまるよう厳しい体重
管理を自らに課す母親もいると聞く。その結果、母体が栄養不足になって胎児の発育が悪くなり、低
出生体重児が増加しているのなら問題だ。
切迫早産でやむを得ない場合もあるが、ほとんどが防げるものだ。妊娠の可能性がある若い女性
は無理なダイエットに走らず、ちゃんとバランスよい食事を心がけるようにしたい。もちろん、BMI が
25 を超し、肥満と診断されてしまっては元も子もないが。
★ 自分に合った運動、無理なく(2013.3.24.)
皇居の周辺を歩いていると、昼休みにジョギングしている人たちをよく見かける。ランニングブーム
なので、その数は以前よりも増えているだろう。
だれでも始められる運動として否定はしないが、心配になることもある。今のように涼しい季節なら
まだしも、夏など暑い季節には汗だくになって走っている。昼休みが終われば、仕事に戻るのだろう。
「どうやってほてった体を冷ますのだろうか」「ちゃんと昼食は食べたのだろうか」などと、つい余計な
ことも考えてしまう。
健康を維持・増進させるには、自分に合った運動を心がけることが大切だ。「まなじりを決して」運
動することはおすすめできない。
自分に合った運動の候補の一つとして、信州大学の能勢博教授(スポーツ医科学)らが提唱した
「インターバル速歩」が挙げられる。高齢者や体力に自信のない人でも手軽にできるという。
まず、下半身を中心に軽いストレッチをした後、普通のウオーキングから始める。散歩するときと同
じように、会話ができるくらいのんびり歩く。次に、きついと感じる程度の速歩きを 3 分間行う。普通よ
り足一つ分前に出す大股で歩き、腕を勢いよく後ろに振る。これらを交互に繰り返す。
能勢教授らはインターバル速歩に一律のノルマを課さない。一人ひとりの体力にあった回数をこな
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すよう指導している。普段運動していない人や高齢者なら 15~18 分も繰り返したら、「きつい」と感じ
る状態になるのではないか。
研究グループが 5000 人を対象に効果を検証したところ、太ももの筋力や持久力が向上した。特に、
空腹時の血糖値や血圧、肥満の目安となる BMI(体格指数)が改善した。うつの評価尺度もよくなっ
たという。普通のウオーキングだけではここまでの効果は出なかった。
ただ、即効性を期待してはいけない。5 ヵ月以上続けることが肝心だという。
運動というと、すぐにスポーツジムで筋力トレーニングや水泳などに取り組む姿が浮かぶ。しかし、
専用の機械を使って一生懸命にやるトレーニングは、思ったよりも効果が少ないといわれる。
とにかく、無理なく長く続けることが大切だ。このことを肝に銘じたい。
★ できる目標を決めて歩こう(2013.3.31.)
健康の秘訣は運動を継続することだといわれる。ひとくちに運動といってもなかなか長続きしない。
人間の運動能力は 20 歳代がピーク。ほとんどの人は 30 歳代から低下し始め、腰痛や膝痛が気に
なる 60~70 歳代を迎える。「運動を心がけなければ」と思ったときには、肝心の運動能力は衰えてし
まっている。
その点、歩くこと、つまりウオーキングは体力の衰えた高齢者でも続けやすい。だが、意外と速く歩
けるからといって、無理をするのは禁物だ。では、必要な運動量の目安はないのだろうか。厚生労働
省が 2006 年 7 月に公表した「健康づくりのための運動指針 2006」が参考になる。
同指針では、身体活動の激しさを表す単位として「メッツ」を使い、身体活動の量をメッツに時間を
かけた「エクササイズ」という単位で表している。座って安静にしている状態なら 1 メッツ、普通の歩行
だと 3 メッツ。1 時間歩いた場合、3 メッツ×1 時間だから 3 エクササイズという具合になる。
同時に、各活動のメッツとエクササイズの目安を説明している。指針によると、例えば 20 分間ほど
歩くのは「3 メッツ」で「1 エクササイズ」となる。これはバレーボールを約 20 分間やったのとほぼ同じ
効果があるという。7~8 分間ほど水泳をしたのは、重い荷物を運ぶ作業を同じ時間だけこなしたの
に等しく、「8 メッツ」で「1 エクササイズ」に相当する。
指針は、3 メッツ以上の身体活動を 1 週間に 23 エクササイズ以上実行することを勧めている。その
うち 4 エクササイズは活発な運動をすることがよい。日常生活で 3 メッツ以上のものは、普通の歩行
のほかに床掃除や調理などがある。スポーツならボウリングやゴルフの打ちっ放しなどがある。スポ
ーツ観戦でも熱狂した場合は 3 メッツを超える。
といっても、運動をする習慣のない人にとって、この目安を達成するのはなかなかきつい。そんな
人はいきなり目標を高く設定するのではなく、できるところから始めるのがよいだろう。最初は 1 週間
に 2 エクササイズから始めて、次は 4 エクササイズにする。このように目標を少しずつ上げていけば、
無理なく運動を継続させることにつながるという。
★ 運動、遺伝子の働きに変化(2013.4.7.)
前回、「健康づくりのための運動指針 2OO6」を取り上げたところ、身体活動の量を示す単位が「エ
クササイズ」から「メッッ・時」に変更になったのではとの指摘が読者からあった。厚生労働省に確認
すると、3 月 18 日に指針を改定したという。身体活動の激しさを示すメツツに単位を統一し、エクサ
サイズも今後はメッツ・時で表現することになったそうだ。
今回、運動と遺伝子との関わりについて紹介する。運動をすると遺伝子の働きにも変化が起こるこ
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とを、信州大学の谷口俊一郎教授らのグループが解明した。適度な運動には「若返り効果」があると
いう。
「ASC 遺伝子」に生じるメチル化という化学変化に着目した。この遺伝子は体にとって不要になっ
た細胞などを「自殺(アポトーシス)」させる働きがあり、細胞のがん化にも関係していると考えられて
いる。
メチル化は注目を集めている分野で、様々な病気や老化にこの現象が関係するとの見方が強い。
遺伝子のメチル化は年齢とともに変化することも分かってきた。ASC 遺伝子の場合はメチル化が程
よく起きていることが重要。多すぎても少なすぎても体に悪影響があるとみられている。
研究グループは若者と中高年の人で ASC 遺伝子のメチル化の割合を比べた。中高年者は明らか
にメチル化率が若者よりも低かった。また、日常的に運動をする人(運動群)と運動をしない人(非運
動群)では、運動群の方が ASC 遺伝子のメチル化率が高かった。
少数だが、男性 7 人と女性 6 人の中高年を運動群と非運動群に分け、運動・非運動の前後に採血
して主に ASC 遺伝子のメチル化の程度を調べた。運動群の人にはインターバル速歩を 5 ヵ月間や
ってもらった。
メチル化の割合は明らかに運動群の方が高く、健康な若者レベル近くになったが、非運動群では
逆に割合が低くなる一方だったという。この傾向は ASC 遺伝子以外の遺伝子にも及んでいた。今後、
他の遺伝子と運動との関係を明らかにしたいと考えている。
「運動は体によい効果がある」と江戸時代の学者、貝原益軒も「養生訓」に記している。その後、
様々な研究が積み重ねられてきたが、メチル化の点から調べることで、より科学的に説明できるよう
になった。
★ 相談窓口のハードル低く(2013.4.14.)
日本人の 70 歳未満の成人男女の 4 人に 3 人が何らかの体の不調を訴えている。民間調査機関
のメディカルライフ研究所(東京)が 1 月にまとめた生活者の健康に関する意識調査から、このような
結果が浮き彫りになった。
調査は 2012 年 8 月、全国の男女 2 万 2046 人
を対象に、インターネットを通じて実施した。インターネット調査は母集団に偏りが生じる恐れがある
ものの、素早く手軽に多くの人の状況を知ることができる。
それによると、74・5%の人が「半年以上の何らかの長期的な不調症状を感じている」と答えている。
腰の痛みや頭痛、肌のかゆみなどの症状が上位を占めた。日本人の多くは健康に影響を及ぼす恐
れのある体の長期の不調に悩んでいることがうかがえる。
4 月は新社会人が働き始める時期だが、調査では 20 代前半(20~24 歳)の人の 64・2%が「何ら
かの長期的不調症状を感じていた」という。今年の新入社員でもおそらく同様の傾向がみられるだろ
う。
ただ、多くの人が長期的な体の不調症状を意識しているものの、医療機関を受診してその原因を
確かめた人は全体の 33・9%と 3 人に 1 人にすぎない。残りは「原因や病名はわからない」や「病院
には行っていない」と答えている。
20 代前半に限ると、医療機関を訪れたのは 23・8%と、さらに低かった。若者は体に自信があり、
長期的な不調も放っておけば回復すると考えているのかもしれない。
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同研究所は長期不調症状などがあると認識している 70 歳未満の成人男女 2000 人を対象に、別
のインターネット調査も実施した。20 代では病院に行かない理由として「面倒だった」との回答が最
も多く、「お金がかかると思った」がこれに続いた。一方、50 代以上では「症状は軽かった」と自己判
断した結果、受診しなかったケースが目立つ。
この結果から考えられるのは、医師のところへ行くことを煩わしいと考える人が依然多いということだ。
私は健康に関する助言などが気軽に得られる「健康院」といった窓口機関があればよいと思ってい
る。ただ、その前に相談をする側の意識を変えるとともに、窓口のハードルを低くすることが重要だと
考えている。
★ カルシウム、意識的に摂取(2013.4.21.)
私事になって恐縮だが、母親が今年 88 歳になった。長寿は喜ぶべきことだが、高齢女性によくみ
られるように、骨密度が低いのが気がかりだ。骨粗鬆症予備軍と言ってもよいだろう。息子の私は「若
いうちから小魚などを食べたり、牛乳を飲んだりしてカルシウムを多くとっておけばよかったのに」と、
いまさらながら小言を言っている。
骨粗鬆症は骨が粗くなり鬆(す)が入った状態だ。高齢女性に多く、骨折などの原因になる。厚生
労働省がまとめた 2010 年の国民生活基礎調査で、介護が必要になった原因をみてみると、脳卒中、
認知症、高齢による衰弱、関節疾患、骨折・転倒の順だった。骨粗鬆症による骨折は要介護の大き
な原因になっている。
私たちの骨は、骨芽細胞による「骨形成」と破骨細胞による「骨吸収」のバランスを保って強さを維
持しているとともに、血液や体液中のカルシウム量を調節している。老化などによって骨吸収が形成
を上回ると骨がもろくなり、骨粗鬆症につながる。
骨がもろくなる原因はいろいろあるが、なんといっても大きいのがカルシウムの摂取不足だ。また、
エストロゲンなどの女性ホルモンには骨芽細胞の作用を高める働きがあり、それが減少する閉経後
の中高年女性では骨粗鬆症の危険が高まる。
近年はダイエット願望の強い若い女性の間でカルシウムの摂取不足が目立っている。厚労省の 11
年の国民健康・栄養調査によると、女性の 1 日あたりの平均カルシウム摂取量は 60 代で
37mg、50 代で 519mg だった。
これに対し 15~19 歳では 496mg、30 代では 432mg、20 代では 398mg しかなかった。このまま
では今の 20 代女性が 50~60 代になると、骨粗鬆症予備軍になりはしないかと危惧している。
カルシウムが多い食べ物は、牛乳やヨーグルトなどの乳製品のほか、緑黄色野菜、大豆製品、ひ
じきなどの海藻類だ。若いうちからこれらを意識してとるようにしよう。
もう一つ重要なのが骨形成を促進する活性型ビタミン D の役割だ。日光浴などによって体内で合
成される。これは次回に詳しく述べたい。
★ 骨粗鬆症予防、日光が重要(2013.4.28.)
高齢女性に多く、骨がもろくなる骨粗鬆症を防ぐにはカルシウムの摂取と、骨形成を促進する活性
型ビタミン D が必要だ。ビタミン D は太陽光に含まれる紫外線によって、皮膚で作られる。骨粗鬆症
の予防には食事とともに日光を浴びることが大切になる。
紫外線というと、最近はマイナス面だけが強調されがちだ。化粧品では以前から、紫外線防止効
果をうたうタイプがいくつも発売されている。主に美容効果を狙ったものだ。
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一般に紫外線の作用とは、日焼けによって肌に赤く炎症が起こり、シミやしわなどの原因を作る。
皮膚の DNA などを傷つけてがんになりやすくなるとの指摘もある。
紫外線の影響には人種差もある。皮膚のメラニン色素が少ない白人では悪影響を受けやすいが、
この色素が比較的多い黄色人種や黒人は、白人ほどではないといわれる。紫外線を必要以上に浴
びるのは避けた方がよいが、適度な日光浴は必要だ。今ごろの季節では 30~40 分程度がちょうど
よい。
活性型ビタミン D は骨を形成する働きのほか、腸からカルシウムが吸収されるのを促進したり、血
液中のカルシウム濃度を調節したりする作用もある。血液中のカルシウム濃度は健康な場合はほぼ
一定だが、余ったカルシウムは活性型ビタミン D が骨に蓄える。
逆に、このカルシウム濃度が低くなると骨からカルシウムが溶け出してくる。この作用に活性型ビタ
ミン D が深く関わっている。
骨粗鬆症には食習慣も影響する。ビタミン D は魚やキノコなどに多く含まれる。また、高齢者はでき
るだけ肉類を取るようにしよう。肉類はたんぱく質の摂取量を高め、骨量を増やすことにつながる。カ
ルシウムが乳製品や野菜などに多く含まれていることは前回書いた通りだ。たばこや酒はなるべく避
けた方がよいだろう。
もう一つ重要なのは、適度な運動だ。骨は物理的な負荷があると強くなるといわれる。骨粗鬆症は
高齢者の骨折の大きな原因だ。この骨折を防ぐためにも階段の上り下り、ウオーキングといった軽い
運動を心がけるべきだ。そして閉経以降の女性は、健康診断などで定期的に骨密度を検査すること
をすすめたい。
★ 肥満で自己免疫疾患に(2013.5.5.)
肥満は様々な病気をもたらす。典型が食べ過ぎや運動不足などにより、中年以降の発症が多い 2
型糖尿病だ。新聞に最近掲載された記事の中に、興味深い研究成果をみつけた。
それは米科学誌セル・リポーツ(電子版)に 4 月に載った東京大学の宮崎徹教授らのチームの論
文。肥満で起こる糖尿病や動脈硬化に深くかかわるたんぱく質「AIM」が、甲状腺機能低下やイン
スリン分泌不全などの自己免疫疾患の原因にもなっているという。
AIM には体内の脂肪細胞がためこんだ脂肪を溶かして肥満を防ぐ働きがある。しかし、それを上
回って太ると AIM の作用がマイナスに転じ、動脈硬化などにつながることがチームのこれまでの研
究で分かっていた。また、肥満が自己免疫疾患の引き金になることは研究者の間でよく知られてい
たが、その仕組みは未解明だった。
今回はマウスの実験で、その謎を解くことができた。肥満だと、免疫グロブリンと呼ぶ抗体が血液中
で過剰に増えてしまう。AIM はこの抗体に結合して働きを促し、悪玉の免疫細胞が増え、自己免疫
疾患につながっていた。
AIM は宮崎教授らが 1999 年に発見。悪玉コレステロールを白血球の仲間のマクロファージ(貪食
細胞)が取り込む際に AIM を分泌していた。血液中で細胞死を抑える働きがあり、その後の研究で
脂肪を分解する作用なども見つかった。
遺伝子操作で AIM を作れなくしたマウスによる実験結果は面白い。例えば、このマウスは同じ量
の餌を与えた通常マウスと比べて太りやすい。脂肪細胞がたくさんの脂肪をため込んでしまうためだ。
太るかどうかは血液中の AIM 濃度に左右される。
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ただ AIM がないマウスは肥満になっても、糖尿病や動脈硬化にはならない。肥満に伴う慢性炎症
が起こらないため、病気を発症しないという。
AIM を体外から投与しても遺伝子操作マウスの肥満は抑えられる。しかも脂肪細胞にしか働かな
い。つまり理想的な「やせ薬」になる可能性がある。実際、宮崎教授らは AIM を薬に応用することも
検討中という。太り始めは外から AIM を補って肥満を抑える。肥満の人向けには AIM を抑えるとい
う戦略だ。
★ 食事・運動に気配り肥満防止(2013.5.12.)
小太りの人の方が、やせている人よりも長生きする割合が高いという研究結果を以前紹介したこと
がある。ただ、男女とも肥満または過体重の場合、生涯医療費が高くなる傾向にある。太り気味は寿
命にはよいが、医療費には優しくないようだ。
体重(kg)を身長(m)で 2 回割った体格指数(BMI)が 25 以上になると肥満と分類され、35 以上
は高度肥満となる。小太りを超え肥満になると、様々な病気の引き金になる。
例えば、糖尿病や高血圧、脂質異常症といった生活習慣病の原因となる。膝や腰などの痛み、心
筋梗塞、脂肪肝なども引き起こす。また、前立腺がんや大腸がん、乳がんなどの発症リスクを高める
といわれている。
先週は理想的なやせ薬の可能性について触れたが、今のところ肥満を防ぐ方法に王道はない。
ポイントは毎日バランスのよい食事を取り、適度な運動をすることだ。精神的ストレスを少なくすること
も大切だ。
食生活では「腹八分目」を目安にする。脂肪分が少なめの肉類も意識して取ることを勧めたい。
一日に必要なエネルギーを超えて摂取したら、運動で消費する。厚生労働省が 3 月に公表した
「健康づくりのための身体活動基準 2013」は、望ましい身体活動の基準を示している。
例えば 18~64 歳では、歩行やそれと同等以上の強度の身体活動を毎日 60 分以上実施するの
がよいという。具体的には、犬の散歩や掃除、自転車に乗る、子どもと遊ぶ、早歩きをする、階段を
上るなどだ。
運動量の基準もあり、息が弾み汗をかく程度の運動を毎週 60 分実施する。こちらはゴルフ、卓球、
ウオーキング、野球、サッカー、ジョギングなどだ。
これらを続けることで、糖尿病や心筋梗塞、関節の病気、がん、認知症などの発症リスクを下げら
れるとしている。
精神的な安定については、ニューズウィーク日本版 3 月 19 日号に「経済危機で肥満が増える訳」
と題する記事が載っていた。人間も含めた動物には、将来満足に食べられないと分かるとカロリーを
ため込む傾向があると指摘している。不況などで先行きの不安を感じると、大食いに走るのだとい
う。
いずれもにしても肥満を避けることが肝要だ。
★ 高血圧予防は減塩から(2013.5.19.)
「血圧、高くなかったですか」。1 ヵ月ほど前、大学の健診があった際に同僚から聞かれた。幸い私
も同僚も正常な範囲に収まっていた。おそらく、春の健診が実施されている様々な組織で、同じよう
な会話があったに違いない。
血圧は健康状態を知る指標の一つだ。心臓から押し出された血液は血管を通って体中に運ばれ
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る。このときに血管にかかる圧力が血圧。心臓が収縮し血液を押し出したときの圧力が最高血圧(収
縮期血圧)で、心臓が広がった状態の圧力が最低血圧(拡張期血圧)だ。
何らかの原因で血管の通りが悪くなると血圧が上がる。この状態が続くのが高血圧で、動脈硬化な
どの症状が表れる。進行すれば心筋梗塞や狭心症になり、死に至るケースもある。
現在の診断基準では最高血圧が 140 以上、最低血圧が 90 以上になると高血圧と呼ぶ。試験の
前に緊張するといった精神的ストレスでも血圧上昇がみられるが、こちらは一時的だ。
高血圧患者は日本に約 4000 万人いるといわれるが、高血圧は自覚症状がほとんどない。このた
めサイレントキラー(沈黙の殺人者)と呼ばれている。
なぜ高血圧症状が表れるのかについても、はっきりしていない。大部分は検査をしても原因が分か
らない「本態性高血圧症」だ。遺伝との関係も未解明な点が多い。
しかし、日ごろの生活に気を配れば防ぐことも可能だ。大切なのは食事や運動などの生活習慣。
例えば、バランスのよい食事を取る、体を動かす、酒をたくさん飲まない、禁煙を心がける――など
だ。
食生活で特に重要なのは塩分を減らすことだ。日本人は塩分を取りすぎる傾向があり、厚生労働
省の 2011 年の調査では、成人の 1 日の塩分摂取量は男性が 11・4g、女性が 9・6gだった。
以前より減塩が浸透しつつあるが、それでも多い。厚労省の基準は男性が 1 日 9g未満、女性が
7・5g未満となっている。今年 1 月に世界保健機関(WHO)が発表した目標値はさらに厳しく 5g未
満だ。
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)の書籍「国循の美味しい!かるしおレシピ」が現在、
評判になっている。減塩メニューに取り組む際の参考にするとよいだろう。
★ 高血圧防止に有酸素運動(2013.5.26.)
サイレントキラー(沈黙の殺人者)とも呼ばれる高血圧に悩む人は多い。世界保健機関(WHO)が
まとめた報告によると、世界の 25 歳以上で高血圧と診断された人の割合は、2008 年で男性が 29・
2%、女性が 24・8%。実に 4 人に 1 人を占める。
高血圧が怖いのは、狭心症や心筋梗塞、くも膜下出血、脳出血、大動脈瘤、腎臓病などの引き金
になるからだ。血管が長い間、高い圧力にさらされると弾力性がなくなってしまう。
高血圧の予防には、前回触れたように食事療法と運動を心がけることが一番。日々の生活習慣に
気を配れば、これらの病気の多くは予防できる可能性があるのだ。
運動はなぜ高血圧の防止効果が期待できるのか。それは運動することで、体内で「ドーパミン」や
「プロスタグランジン」といった血圧低下に役立つ物質が増えるからだと考えられている。
少し速足で歩く、ゆっくりと自転車に乗る――などの有酸素運動がお勧めだ。水泳やジョギングで
もよい。これらを長く続けるのだ。炎天下での運動や激しい筋力トレーニングなどは避けよう。
ただ、生活を改善しても血圧がなかなか下がらない場合などは、薬で血圧を下げる対象となる。降
圧剤を服用する。様々な種類が出ているので、医師とよく相談して決めることが大切だ。
高血圧で最近、注目されているのが肺高血圧症だ。この中でも 30~40 代と比較的若い年齢で発
症することが多いのが、肺動脈性肺高血圧症と呼ぶタイプだ。国の難病指定を受けている病気の一
つだ。
肺動脈性肺高血圧症は肺の末梢にある細い動脈が狭まり、血圧が上昇する。心臓に大きな負担
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が生じるとともに、肺に送り込む血液の量が減ってしまう。このため疲労感や倦怠感に襲われ、呼吸
困難に陥ることもある。
いきぎれ、めまい、立ちくらみなどがよく起こるようなら、この病気の可能性もあるので要注意だ。以
前は肺移植などを除き、ほとんど有効な治療法がなかった。しかし最近は、肺の血管を広げて血圧
を下げる薬が登場し、治療が改善している。
★ 中高年こそピロリ菌除菌を(2013.6.2.)
胃では強い酸性を持つ胃液が分泌される。そんな環境に住み着いているのがヘリコバクター・ピロ
リ(ピロリ菌)だ。この細菌は、日本人のがんによる死亡の中で肺がんに次いで多い胃がんや胃潰瘍
を引き起こす。今年 2 月には健康保険の対象が広がり、ピロリ菌感染で起こる胃炎で除菌する場合
にも適用された。胃がんの発症率減少につながるのではないかと医療関係者は期待している。
国内のピロリ菌感染者は約 3500 万人に上ると推計されている。中高年の感染が多く、50 代以上
の大半がこの菌を持つといわれる。感染経路ははっきりしないが、乳幼児期に食べ物の口移しなど
で親から感染したようだ。
感染の有無は袋に息を吹き込む呼気試験などで調べ、感染が見つかったら除菌する。除菌は 2
種類の抗菌薬と胃酸の分泌を抑える薬の計 3 剤を 1 日 2 回、1 週間服用する 1 次除菌と、抗菌薬
の一つを別タイプに換えた 3 剤を用いる 2 次除菌の 2 段階で実施する。
この 2 つで約 95%がきれいになる。ただ抗菌薬に耐性を持つ菌が少しずつ増えるため、3 次除菌
を実施するケースもある。3 次は保険の対象外で決まった方法はないが、キノロン系と呼ばれる抗菌
薬が有力視されている。
この除菌療法について、武田薬品工業が今年 2 月、全国の 40 代以上の男女 2000 人を対象に、
意識調査を実施した。この中で「ピロリ菌が胃がんの発症に関連していることを知っているか」との質
問に対して 82%が「知っている」と回答した。
また「検査の結果ピロリ菌陽性だった場合、1 週間薬を飲むことで除菌できるのを知っているか」と
の問いには、56・5%が「知っている」と答えた。ピロリ菌と胃がんとの関係は広く認識されていること
がみてとれる。
一方、「あなた自身がピロリ菌に感染していると思うか」という質問に「はい」と答えた人は 22・8%と
低い。ピロリ菌の感染率が高いと考えられる 40 代以上でも、胃炎を起こしたり胃潰瘍などにかかった
りしない限り、身近な問題として考えないのかもしれない。
除菌で胃がんをすべて防げるわけではないが、発症予防効果が期待できるのは確かだ。中高年
は自分の問題として考えてほしい。
★ 免疫力高める食習慣とは(2013.6.9.)
順天堂大学の奥村康特任教授の著書「“健康常識”はウソだらけ」を読み、なるほどと思ったことが
ある。それは「自分でできる免疫力アップ」についてだ。奥村氏は主に免疫学の立場から、健康につ
いて論じている。
免疫は病原体などから体を守る仕組みで、健康を保つうえで重要な役割を果たしている。この免
疫を主として担っているのが白血球の仲間であるリンパ球だ。リンパ球には T 細胞、B 細胞などいく
つか種類がある。このうちの NK(ナチュラル・キラー)細胞は動物に備わる基本的な「自然免疫」を担っ
ている。
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NK 細胞は加齢やストレスなどで働きが下がることが知られている。それをヨーグルトなどが補うとい
われている。ヨーグルトや乳酸菌飲料は、整腸作用や感染予防などの有用な働きがあるとされてお
り、各社から様々な製品が出ている。
例えば「R-1 乳酸菌」が入ったヨーグルトでは次のようなデータがある。2005 年に山形県舟形町、
06~07 年にかけて佐賀県有田町で実施した研究だ。舟形町の 57 人(69~80 歳)は 2 ヵ月、有田
町の 85 人(59~85 歳)は 3 ヵ月、毎日 90gの R-1 入りヨーグルトを摂取した。血液中の NK 細胞を
測ると、いずれも活性が向上していたという。
子供を対象にした研究もある。国立循環器病研究センターなどが 10~11 年に、有田町の小中学
生 1904 人に半年間、R-1 乳酸菌が入ったヨーグルトを食べてもらった。同町の子供のインフルエン
ザ感染率は県内の他地域より低かった。研究に加わった有田共立病院(現・伊万里有田共立病院)
の井上文夫院長は「ヨーグルトを取り続け、NK 細胞の活性が高まったためではないか」とみている。
他のヨーグルトでもいろいろ研究が進んでいる。
NK 細胞には体内で作られたがん細胞を攻撃する働きもある。私たちの体の中では細胞分裂によ
って毎日約 1 兆個の細胞ができているといわれている。このうちの 3000~5000 個は遺伝子のコピ
ーミスなどでできたがん細胞だ。これをいち早く取り除くのが NK 細胞の役割だ。
年齢とともに NK 細胞の働きが下がるが、高齢になるとがんになる人が多くなる理由の一つもここ
にあるかもしれない。今後のさらなる研究に期待したい。
★ 進化する内視鏡、苦痛軽減(2013.6.16.)
欧米で使える医療機器が日本では承認が得られておらず、治療に用いることができない。「デバイ
スラグ(遅れ)」と呼ばれ、日本の医療が抱える課題の一つだ。以前は医療関係者や患者などしか知
らなかったが、最近は新薬の承認が遅れるドラッグラグとともに、世間に広く知られるようになった。感
染症の予防用ワクチンでもラグがいわれている。
臨床試験から審査・承認までに時間がかかることなどが原因で、国の体制と深く関わっている。従
来と比べて改善傾向にあるが、ラグは解消されていない。安全を重視するのは当然だが、不要な規
制はやめ、スピード向上を目指してもらいたい。
ひとくちにデバイスラグといっても様々だ。一般にデバイスラグは体に埋め込んで使う機器に多い。
人工股関節や血管用ステントなどが一例だ。一方、体に埋め込まない機器ではあまりみられない。
むしろこの分野は日本のメーカーが強い競争力を持っている。
その典型が内視鏡だ。もともと胃カメラと呼ばれていたが、今では胃のほかに、食道、十二指腸、
小腸、大腸、膵臓、胆嚢など様々な臓器を観察するのに用いている。
内視鏡は 19 世紀に欧州で開発された。本体は金属製の筒状タイプで、当初は尿道や直腸、食道
の上部を見るのがせいぜいだったが、やがて胃の観察にも使われるようになった。日本では柔らか
い管を使い、カメラで撮影するタイプが 1950 年に開発された。テレビモニターをみながら消化器の
奥の方まで観察できるよう進化してきた。
内視鏡の管が太く、検査では苦しい思いをした人もいるだろうが、現在は直径が 5mm 程度と細く
なっている。検査を受ける人の負担や抵抗感を減らすため、口からではなく鼻から管を入れるタイプ
や錠剤のように口から飲み込んで腸内を写すカプセルタイプも登場している。また、診るだけでなく
細胞を一部取ったり、小さな腫瘍を切除したりする機能を持つ製品も増えている。
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7 月 14 日は内視鏡の日という。語呂合わせから来ているらしい。中高年に多い大腸がんなどの内
視鏡検査を受けるきっかけにして、健康の維持に役立ててほしい。
★ 自己管理、どこまで…(2013.6.23.)
「セルフメディケーション」は一人ひとりが自分の健康を管理することだ。しかし、一般用医薬品(大
衆薬)やサプリメント(栄養補助食品)などを活用し、なるべく医療機関にかからずに病気の治療や
予防をするという意味で使われるケースが多い。
安倍晋三政権は成長戦略に「国民の健康寿命の延伸」という目標を盛り込んだ。一般用医薬品の
インターネット販売を原則全面解禁する方針も打ち出している。
セルフメディケーションは、欧米先進国では約 20 年前から叫ばれてきた。日本では 2002 年に発
足した認定 NPO 法人のセルフメディケーション推進協議会などが活動している。
日本のセルフメディケーションは、社会の高齢化と生活習慣病の増加と深く関わっている。急速な
高齢化で、けがをしたり病気にかかったりする人が増え、健康や医療に関する不安も増している。
以前は感染症で死亡する例が多かったが、今ではがんや糖尿病など長く付き合わなければならな
い病気が主流になった。これらを背景に、次々と新しい健康食品やサプリメントが発売されている。
セルフメディケーションの利点は、ちょっとした体の不調を見つけやすいことだ。半面、病気の兆し
を見つけて治療をするのは自己責任となる。健康や薬、医学などに関する知識もある程度必要にな
ってくる。
また「素人判断」で医療機関にかからなかったため症状が悪化し、駆け込んだときは既に手遅れだ
ったという事態が生じる恐れもある。自己責任の意識が薄いといわれる日本人に(セルフメディケー
ションはなじみにくい気がする。
それでもセルフメディケーションを推進するのは、経済的側面が大きいからだろう。医療費抑制に
つながるだけでなく、「セルフメディケーション産業」が生まれる可能性がある。製薬・食品関連企業
の期待は大きい。薬剤師でなくても一般用医薬品の大半を販売できる「登録販売者」制度が 09 年
に認められたのは、その先駆けと捉えることもできる。
もちろん、医師や薬剤師の既得権益を擁護するだけではよくない。ただ国民の安全を守るには、
規制とそれを緩和した場合はどうなるかについて、吟味することも必要だ。
★ 病気予防、専門家と一緒に(2013.6.30.)
「無病長生は我にあり、もとむれば得やすし。得がたき事を求めて、得やすき事を求めざるはなん
ぞや」
これは江戸時代の学者、貝原益軒が著した「養生訓」の一節だ。この前には「世に富貴・財禄(ざい
ろく)をむさぼりて、人にへつらひ、仏神にいのり求むる人多し。されども、其(その)しるしなし。無病長
生を求めて、養生をつつしみ、身をたもたんとする人はまれなり」とある。
「世の中には財産を求めて見苦しい行動をする者がいるが、それでも手にすることは難しい。一方、
健康長寿は人々の富貴の別なく手に入れられる。それを求めないのはどうしてだろうか」という意味
だ。
昔から健康長寿への関心は高かったが、現代はそれが過剰になっていると感じる。何が何でも健
康でなくてはならないという気分があふれすぎていないか。
私は健康・長寿のためには栄養(食生活)、休養(運動)、美養(自分を磨いて美しく見せる)の 3 養
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が大切だとこの連載を通じて述べてきた。これは財産の多寡とは関係なく、誰でも実践できることだ。
この 3 養に加えて「こころ」の平安と社会参画もあげたい。いずれも他者の協力が欠かせない。こころ
の平安には家族との関係が重要だ。社会参画は各年代にあった健康づくりや地域の設計など、自
治体の役割も大きい。
今、消費者のニーズが大きく変わろうとしている。健康に関しても病気・けがの治療だけでなく、予
防やリハビリテーションに力を入れるようになった。生活の質(QOL)を維持しつつ病気を治すことに
重点が移っているのだ。自分の体は自分で守るというセルフメディケーションの考えの下、一般用医
薬品(大衆薬)や健康食品が盛んに宣伝されているのも、これと無関係ではないだろう。
健康を考える際、「養生」が基本の東洋医学が参考になる。そこにあるのは「未病を治す」という考
えだ。病気でないもの(状態)を治すというのは、まさに予防医学だ。その意味からも、病院ならぬ
「健康院」づくりを重ねて提唱したい。
医療機関は病気やけがをしなければ受診しない。そうではなく、病気になっていない私たちが健
やかな生活を送るにはどうしたらよいかを助言してくれる専門家こそ、今の時代に必要だ。
(江戸川大学特任教授
=おわり
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中村雅美)