DJW ニュース - Deutsch-Japanischer

DEUTSCH-JAPANISCHER WIRTSCHAFTSKREIS
2
季刊誌
11
2011 年
DJW ニュース
テーマ 1 ドイツの医療事情-なぜ今までドイツには「人間ドック」が存在しなかったのか?-
日本は「健康の維持」に強い関心を持っている国です。その
例として「人間ドック」という日本特有の健診システムが挙げら
れます。ドイツにはこのような健診システムがまだ確立されてい
ません。その理由はドイツの医療システムそして国民の健康へ
の意識の違いにあります。
ドイツでは国民の医療費は原則として健康保険がすべて賄
うことになっています。予防健診も例外ではなく、被保険者は保
険適応範囲内では無料で健診を受けることができます。予防健
診の内容および時期は保険者が指定しています。
しかし近年ドイツの医療費は膨大化するばかりで、保険で医
療サービスのすべてを賄うことが困難になってきました。いまま
では全ての医療サービスを無料で受けられるのが当たり前と
思われてきましたが、将来、必要最低限の医療にのみ保険が
支払われることを覚悟する必要がでてきました。保険料は年々
高くなっており、その上更に医療費を自己負担するということに
は大きな抵抗があるようです。
またドイツでは、「定期健診は受けるべき」という考えが日本
ほど浸透していません。ドイツでは健康診断は個人的なこと
で、いつ、どんな検査を受けるかは本人の判断に任されていま
す。日本の職場では、雇用主が被雇用者に定期健康診断を提
供するのが一般的ですが、ドイツでは健康維持は自己責任とと
らえられており、雇用者が被雇用者の健康維持にまで配慮す
るという考えが定着していません。
ドイツでは「開業医」が一般診療を行うのが伝統となっていま
す。患者は信頼できる医師を自ら選択する自由があります。具
合が悪くなるとまず「家庭医(Hausarzt)」に相談するのが一般
的です。また専門的な診療が必要な場合には、「家庭医」が「専
門医」を紹介しますが、ここでも患者が専門医を自由に選択で
きます。ドイツでは「予防健診」は個々の開業医、たとえば婦人
科専門医、内科専門医、泌尿器科専門医などのもとで別々に
行われます。さまざまな診療科がそろっている病院に入院した
時にのみ、総合的な検査・治療を一度に受けることが可能でし
た。近年ドイツ政府はコスト削減を目指し、外来領域での総合
診療を実現させました。2004 年に様々な分野の専門医が共同
で外来診療に当たる「医療サービスセンター(Medizinische
Versorgungszentren)」が設立されました。旧東ドイツの総合病
院外来診療科(Poliklinik)と似たシステムです。この「医療サー
ビスセンター」では患者が医師を自由に選ぶという伝統はもは
や存在せず、医師も(「開業医」としてではなく)組織のなかで
“被雇用者”として業務に就くことになります。またこの「医療サ
ービスセンター」は「病気」の治療に重点が置かれ、日本の「人
間ドック」のように「予防・健康の維持」のために特別に設置され
たものではありません。
研究調査によると、予防に重点をおいた健診によりドイツの
医療費数十億ユーロを削減できると予測されています。それに
も関わらず、ドイツ政府そして医療保険は標準化された「予防
医療システム」を導入するに至っていません。その理由として、
「予防医療」実現のためにかかる高額な支出が考えられます。
ドイツ政府そして国民、ひいては雇用者にとって「予防医療」は
まだ関心の的とはなっていないようです。これから医療保険の
疲弊がますます深刻化し、満足のいく医療が受けられないと感
じた時、国民は自費負担で健康を管理する意識を持つようにな
るかも知れません。たとえばウェルネス業界などにみられるよう
に、「医療」に「サービス」要素を取り入れ、これに対して報酬が
支払われるという新しい「医療事業」がドイツでも受け入れられ
るかも知れません。
日本ですでに定着している「予防医療」に「サービス」要素の
加わった「人間ドック」という健診システムはドイツにおいても非
常に将来性のあるものと思われます。
著者:Dr. med. Martin Möller ([email protected])
Dr. med. Akiko Horigome ([email protected])
KenshinCenter.de UG, Unna / URL:www.kenshincenter.de
テーマ 2 シリーズ ドイツで働く ④
仕事を続ける中で、「キャリアアップをしたい」、「やりがいの
ある仕事をしたい」という欲求が生まれるのは、きわめて自然な
ことです。そしてその欲求は、海外で働くからといって潰えるも
のではありません。日本人がドイツでキャリアアップしていくに
は何が求められ、何が必要なのか、そして次のステップを見据
え何を向上させていくべきか、今回は日系半導体メーカーの現
地法人 Rohm Semiconductor GmbH 社の人事部で活躍する
阿部歩未さんに、ご意見をお伺いいたしました。
人事スペシャリストとしての専門知識・スキルに磨きをかける
と同時に、多文化なビジネス環境におけるコミュニケーション能
力の向上が自身のキャリア目標と述べる阿部さんは、現職を得
るに十分な知識とキャリアをそれまでに培ってきました。日本で
心理学を学んだ後、ドイツにて多文化環境における人事・人
1
日独産業協力推進委員会
材・組織マネージメントを専門としたビジネス心理学分野の修
士号を取得し、今では人員データ管理、査定プログラム関連業
務等、人事業務を幅広く担当し、着実に人事スペシャリストとし
ての道を歩んでいます。新卒採用でさえ即戦力としての人材が
求められるドイツでは、高い専門性や実務経験が高く評価され
ます。それは確かにキャリア途中での軌道修正が難しいことを
意味しますが、その一方、それらは必ず次のキャリアにつなが
り、チャンスを生むとも言えるでしょう。だからこそ、ドイツでキャ
リアアップを目指すのなら、何より当該分野での専門学位や知
識、さらに充実した実務経験が必要と、阿部さんは指摘します。
更に上記以外に、ドイツにて外国人としてキャリアアップを実
現するに必要な資質として、高い語学力と精神的な強靭さの 2
点を阿部さんは強調します。そしてこれは、単に語学上達の必
要性や海外で働く大変さを意味するのではなく、仕事に取り組
む上で阿部さんが自身に課す厳しい姿勢を表しているように思
われます。「ドイツ語において同僚に敵わず、悔しい思いをする
ことは毎日のようにある」が、それでも語学のレベルアップを目
指すと同時に、「『ネイティブではない自分こそが雇用者に貢献
できる点』、すなわち自身のセールスポイントを常に意識し向上
させてゆくことが必要となります。この心の在りようには、相当
な強靭さが求められると思います」
最後に、阿部さんにドイツにおける求職活動の成功の秘訣
をお聞きしました。ドイツの求職活動においては、キャリアアッ
プを目指す以前に、最初の一歩である労働市場に足を踏み入
れることが、困難を感じる部分と認めつつも、その一方応募方
法には多様性があるため、柔軟な姿勢で求職活動に臨むと可
能性が広がると述べます。そして日本とは異なる求職活動にお
けるコミュニケーションスキルを知る重要性も説きます。「常に
文化差を意識する必要があると思います。例えば、面接におけ
る自分自身の『売り方』には、日独では明らかな相違が見られ
ます」 その相違を知るための的確な情報収集が欠かせず、更
にはオンラインの無料履歴書添削サービスも「利用して損はな
い」と、人事スペシャリストはアドバイスをくれました。
阿部歩未 (Ayumi Abe): 新潟県出身。京都大学大学院教育学
研究科博士前期課程修了後、Ludwig-Maximilians 大学(ミュン
ヘン)にてビジネス心理学分野修士号を取得。ドイツ企業の人
事部人材組織開発課での研修を経て、2009 年より現職。
コンタクト:[email protected]
聞き手・まとめ: 平田佳子 / DJW、ビジネス・アナリスト
テーマ 3 DJW 出版物 新刊のお知らせ
日独交流の歴史の中で、日本がドイツから学び得たものは
多く、とりわけ医学の分野は大きな影響を受けた分野です。そ
の理由に、江戸時代から明治時代に日本を訪れたドイツ人医
師たちの存在があるといえるでしょう。DJW「Wissen und Praxis」シリーズ最新刊、「Drei Ärzte ohne Grenzen (国境なき
3 名の医師)」では、医学における日独交流の先駆けとなったエ
ンゲルベルト・ケムプファー(1651-1716)、フィリップ・フランツ・
フォン・シーボルト(1796-1866)、エルヴィン・フォン・ベルツ
(1849-1913)の 3 名のドイツ人医師を取り上げています。著者
ルプレヒト・フォンドランは、外交官でも政治家でも、そしてジャ
ーナリストでもない一介の医師が、ドイツをはじめヨーロッパの
国民に、医学という枠を越え、日本の世相を初めて紹介し、こ
の極東の国への理解と親愛の架け橋となったことを強調しま
す。そして、この 3 名の人生を通じて、「異質なものを受け入れ
る寛容さ」が、異国を知る上でどれほど重要か、同書は説きま
す。また同書は、3 名の医師が医学の知識を日本に伝える上
で、政治外交の領域で直面した困難にもページを割くことで、日
本が近代から現代に移り変わっていく様をも描いています。
グローバル化に伴い国境を越えた人や物の移動が活発にな
る中で、新しいトランスポートシステムにとりわけ大きな注目が
集まっています。その一方、家屋の冷暖房や照明、その他のエ
ネルギー消費については、運輸部門と同様に大きな割合、もし
くはそれ以上を占めるにもかかわらず、長期にわたり対策がと
られておらず、省エネルギー建築の必要性の認識は低く、その
普及に向けた動きもまだほとんど見られていません。DJW で
は、昨年 9 月に講演会「未来の家-日本とドイツにおける気候
保全と省エネルギー建築」を開催し、日独両国から専門家及び
政策関係者を迎え、省エネルギー建築に関する日独両国の政
策枠組みから日独間協力まで広く議論いたしました。DJW 出版
物「Haus der Zukunft (未来の家)」は、上記講演会で発表さ
れた全 8 講演を、講演会で使用されましたプレゼンテーション
資料とともに収め、日独両国における最先端の省エネ建築技
術を、これまでの省エネ政策の歩みと今後の目標とあわせて紹
介、解説しています。
これら出版物は共にドイツ語書籍で、販売価格は 10 ユーロ
です。ご注文、お問い合わせは、DJW まで([email protected])。
日独イベント情報
● ブレックファストセミナー 「朝の会」
DJW は独日協会(DJG)ニーダーラインと共催で、ブレックフ
ァストセミナー「朝の会」を約一年ぶりに開催いたします。今回
は、デュッセルドルフ商工会議所会頭ウルリッヒ・レーナー教授
を迎え、「150 Years of Mutual Understanding and Respect –
Basis for a Fruitful Cooperation between Japan and Germany」をテーマに、ご講演いただきます。セミナーは英語で行
われ、講演後には質疑応答の時間を設けております。当セミナ
ー は 、 DJG ニ ー ダ ー ラ イ ン 及 び DJW 会 員 で あ る
Breidenbacher Hof、PricewaterhouseCoopers の両社よりご
協賛いただいております。
日時: 6 月 16 日(木) 8:30-10:00
場所: デュッセルドルフ / 申込: www.djw.de
参加費:DJW、DJG ニーダーライン会員 10 ユーロ、
非会員 35 ユーロ
発行: 日独産業協力推進委員会(DJW)
編集:平田佳子、ガブリエレ・カストロップ-福井
発行責任者: DJW, Graf-Adolf-Str. 49
40210 Düsseldorf, Germany
Tel./ Fax: +49(0)211-9945-9191 / -9212
● DJW 会員総会・日独経済会議
日独交流 150 周年を祝う 2011 年、日独産業協力推進委員
会(DJW)は自身の 25 年にわたる歴史を振り返ります。
今日もなお、日本とドイツは共に意義ある経済パートナーで
あります。しかし、この 25 年の間に世界経済構造における日
独両国の勢力はどのように変化したのでしょうか。貿易障壁は
取り払われたのでしょうか。9 月 23 日(金)に行われる会議で
は、日独経済関係の展望、そしてとりわけ EU・日本間の自由
貿易協定についても目を向け、講演、ディスカッションを行いま
す。また会議前後には、会員総会ならびに DJW25 周年を記念
したレセプションが開かれます。更に 9 月 24 日(土)には、
DJW 分科会である「DAAD 日本語学習と企業研修奨学金プロ
グラム OB 会」が中心となり、セミナーを開催いたします。
日時: 9 月 23 日(金)、24 日(土)
場所: フランクフルト / 申込: www.djw.de
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[email protected] までお送り下さい。ホームページ
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りますが、その内容の正確性および安全性を保証するもので
はありません。当該情報に基づいて被ったいかなる損害につ
いても、DJW 及び情報提供者は一切の責任を負いかねます。
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