規制緩和とトラック運送業 - 北海学園大学 経済学部ホームページ

論文寄稿
川村雅則
規制緩和とトラック運送業
38号で「不況と規制緩和のもとでのタクシー運転手の実
態」をご寄稿いただいた川村雅則さんに、今回はトラック運
送業の実態についての論文を寄せていただきました。
り、そのことが業界全体の運賃を押し下げることにもな
っている。「消費者メリット」「価格破壊!!」などのうた
い文句で導入・展開された規制緩和が運送業界にもたら
しているひずみは大きい)1)。
■ はじめに
■ トラック運送事業・労働の特徴
図1の棒グラフは営業用トラック(軽貨物を除く)を
第1当事者とする事故の推移を示したものである。平成
元年には約2万3千件だったのが、ほぼ毎年増加し続け
て12年には3万件を超えた。もちろんこれには後述のと
おり自家用から営業用への転換が進んでいることも反映
しているだろう。だが、車両台数当りでみても(同図折
れ線)、ここ数年で事故は急増している。
そもそも、モノを運ぶというサービスは、サービス全
般がそうであるように、保存ができない。需要に応じて
派生的にうみだされるものだ。また、トラック運送事業
では、生産単位が小さく(車両一台)資本金負担も小さ
いため、事業の参入が容易である。それゆえ、小・零細
規模の事業者が群生することになる(50%が10両以下。
75%が20両以下)。こうしたサービスの特性や産業組織
的な特徴は、運送業者の下請け的・隷属的性格を強め、
事業者間の競争を過度にする傾向にある(「運送会社は
他にもいっぱいあるのだから、あなたの会社がこの運賃
で仕事をできないなら、よそにまわす」という荷主のプ
レッシャーのもとで、運送業者は事業を展開せざるを得
ないということ)。しかも、「いつまでにどこまで荷物を
運んで欲しい」という需要に応じてモノを運ぶというこ
のサービスは、労働負担という観点からみると、長時
間・不規則・深夜労働という問題を発生させる。運送業
界で、労働衛生に関する対策が急がれると従来から指摘
されてきたゆえんである。
ところが、運送業界のこういったいろいろな問題の解
消が基本的には先送りされたままで、
「運送コストの低減」
トラック運送業界でなぜ事故が減らないのか、いな、
近年では増加し続けてさえいるのはなぜか。運送業者や
運転手など関係当事者の著しいモラルの欠如を背景にし
たケースもむろん存在する。だがあわせて、背景には運
送業界の構造的な問題もある。本稿は、前号の拙稿(タ
クシー)に続き、不況と規制緩和のもとでのトラック運
送業界の実態を示したい(概略をあらかじめ述べると、
業界では、規制緩和に不況という条件も加わり、運送業
者間の競争に拍車がかかっている。事業法や労基法など
関係諸法に抵触する事態が生じるほどだ。しかも行政は
有効に機能し得る体制にないためこれらの違法行為は放
置され、荷主による運賃値下げの圧力という条件も加わ
単位:%
単位:件
5
35000
35.0
101台以上
4
30000
30.0
25000
25.0
3
51∼100台
2
20000
全体
20.0
1
15000
21∼50台
15.0
0
度
年
度
11∼20台
-2
0.0
昭和62
2
5
8
11
14
資料:事故件数は、交通事故総合分析センター『交通事故統計年報』
(数値は、年内分)。車両台数は、国交省『自動車輸送統計年報』。
但し12年度以降は同省『陸運統計要覧』(数値は年度末)。
図1 営業用トラックを第1当事者とする事故の推移
4
年
-1
5.0
14
5000
13
10.0
事故件数(左目盛)
車両千台当り(右目盛)
8年
度
10000
3年
度
0
-3
-4
出所:全ト協『経営分析報告書』各年度版より作成。
図2 事業規模別にみた営業収益営業利益率
クルマ社会を問い直す 第39号(2005年4月)
1∼10台
「消費者のため」などの喧伝のもとで、新規事業参入や
運賃などの規制を緩和する政策が実施されたのである。
■ 新規参入・運送業者の増大、経営の悪化
1990年の「物流二法」を皮切りに規制緩和がはじま
った(もちろん、この経済的規制の緩和=競争の促進で
安全などが阻害されないよう社会的な規制は強化すると
いうのが政府の主張ではあった)。規制緩和後、自家用
から輸送効率の高い営業用への転換が進んだという事情
もあり、運送業者は急増した。平成元年度には約3万6
千だった事業者の数は14年度には5万3千にまで増加し
た(特積みを除く一般)。約1.5倍の伸びである。だが他
方でこの間の輸送量の伸びはトンベースでは1.2倍(ト
ンキロベースでかろうじて1.4倍)で、運送業者のこの
急増を補うほどではない。
ところで、運送業者はなぜこんなにも増加し続けてい
るのだろうか。とりわけ小・零細規模の事業者の増加は
顕著だ。運送業界は「儲かる」のだろうか?そんなこと
はない。
図2は運送業者がどの位儲かっているかをある指標 2)
でみたものだが、最新の数値では、この経営分析が開始
されて以来はじめての赤字(マイナス)転落という事態
が発生した。しかも、とりわけ小・零細規模の事業者で
は赤字経営が続いていることが確認されよう。
よって、新規事業参入とりわけ小・零細規模のそれは、
利益を得て事業規模の拡大を図ることよりは日々の暮ら
しの糧を得ることを目的とし
た生業的な側面の強い参入と
単位:%
いえるだろう。それはまた、
50.0
43.7
適正な労務管理や運行管理の
維持が困難な事業者層の拡大
を示しているといえよう。
25.0
■ 運賃低下と不公正契約
の拡大
運送業者の経営の困難は、
輸送需要(荷物)が低迷して
いることだけではない。荷主
の運賃削減志向の高まりや、
限られた荷物を獲得するため
の運送業者間のダンピングと
いう問題がある。前者、すな
わち運賃の低下についていえ
ば、ここ1、2年で運賃の「下がった」のが運送業者全体
の76.4%とほとんどを占めており(残りは「変化なし」)、
しかもその減少幅をみると、平均で10%の減少、さらに
2割弱の運送業者では20%以上も運賃が下がったという。
「運送業者も自助努力で荷主に対して適正な水準の運
賃を求めてゆけばよいのではないか」、そう思う方もい
るかもしれない。だが、そもそもの運送業者の契約の立
場上の不利に運送業者の供給過剰という条件が加わった
こともあり、半数強(55.9%)の運送業者が自社に交渉
の余地はほとんどないと考えている。それどころか、提
示された運賃料金の削減を断れば取引が打ち切られるお
それを感じている業者が6割を超える(62.7%)、そうい
う状況にある(以上は2002年度調査)3)。
荷主との間の運送契約の不公正の拡大も指摘されてい
る(図3)。比率は様々だが、①運賃・料金の一方的な減
額(43.7%)をはじめとし、④契約外の付帯作業の強要
(19.0%)
、③荷主の商品サービスの購入の強要(13.1%)
、
⑦「値引き」「協力金」の要請(12.0%)など、荷主が
契約上有利な自らの立場を利用して行う、優越的地位の
濫用に抵触するような行為も少なからぬ事業者が経験し
ている。その他にも、⑩時間指定が厳しい(13.8%)、
②過積載の強要(7.8%)、など安全上からも問題のある
契約状況がみられる(以上、2003年度調査)。
■ 進むコスト削減策と、違法行為の拡大
こういう経営の困難、荷主との契約の不公正の拡大に
19.0
13.1
13.8
12.0
7.8
6.8
3.7
2.1
1.1
し実⑧
た勢入
よ札
り方
極式
端で
に契
安約
いを
価結
格ん
でだ
落が
札、
っ発⑨
た注入
者札
の方
指式
値で
ま契
で約
落を
札結
さん
れだ
なが
か、
15.7
0.0
額①
さ運
れ賃
る・
料
金
水
準
が
一
方
的
に
減
②
過
積
載
を
要
請
さ
れ
る
を③
強荷
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や
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ー
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わを④
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るが扱
支い
払等
︶
書⑤
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提約
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求係
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らな
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る書
類
・
仕
様
示運⑥
を送車
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こ指
と定
でな
指ど
、
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きを運
﹂要賃
﹁請・
協さ料
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﹂︵一
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さのい
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︶
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るそに
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達い
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に、
困時
難間
な指
こ定
じ傷異⑪
らつ常貨
れいが物
るてな事
こいい故
とるのに
がだにつ
あけ梱い
るで包て
、が、
弁汚商
償れ品
をたに
命りは
図3 運送契約・取引においてみられる諸問題の有無
クルマ社会を問い直す 第39号(2005年4月)
5
単位:%
個々の運送業者はどう対応しているの
70.6
75.0
63.2
か?コストの削減である(図4)。それ
61.2
は⑧「車輌の代替期間の延長」などに
44.9
50.0
36.6
とどまらず、賃金の昇給停止あるいは
25.6
24.1
19.2
25.0
17.4
カット(④⑤)、さらには運転手の働
13.0
11.5
き方をよりしんどくするような措置
0.0
(①∼③)の選択にも進んでいる。
利⑩ げ支⑪
の⑧
削⑨
間①
⑥
費⑦
④
げ⑤
③
休②
用下
払下
延車
減自
の拘
一
用車
賃
・賃
休
憩作
の請
う請
長両
・社
延束
般
の両
金
手金
日
時業
もっともこれらの結果(コスト削減
増会
運会
リ便
の
長時
管
削の
昇
当水
の
間密
加社
賃社
スの
代
理
減点
給
の準
間
減
の度
状況)は、事業者を対象としている本
や
のや
ト運
替
費
検
の
カの
や
少
減の
傭
引傭
ラ転
え
の
・
停
ッ引
労
少増
車
き車
手
期
削
整
止
トき
働
加
調査の性格上、「控えめ」なものとい
の
下に
の
間
減
備
等下
時
・
えるかもしれない。そこで別のデータ
4)
で確認してみると、例えば健康保
図4 これまでに実施してきたコスト削減策(2002年度)
険・厚生年金に加入していない(従業
員の全員とは限らない)運送業者は2割弱、あるいは労
■ まとめにかえて
災保険・雇用保険に加入していないのも約8%に及ぶ。
政府・規制緩和推進論者が描くバラ色の世界とはかけ
さらに付言すると、これらの成績は新規に事業を開始し
離れたトラック運送業界の実態を確認した。この深刻な
..
たばかりの運送業者でより悪いのである。換言すればそ
事態を前に、萌芽的なものも含め様々な取り組みが労使
れは、事業体制を整えずとも新規で事業に参入できてし
双方によって展開されつつある。注目すべきは、規制緩
まうという現行の事業許可体制の不備をも示していると
和の導入以降、経営者団体たる協会の役割の見直し・機
いえよう。そして、現行の監督官庁は人員的にもこれら
能強化を求める声が運送業者の間で高まっていることだ。
の違法行為に即応できる体制にはない。
クルマ社会を問うわれわれの、こうした動きとの共同は
不可能だろうか。ときに事故でわれわれの生命を奪う側
■ 運転手の負担増
に立つ業界関係者との共同の可能性への言及は、不用意
もうひとつ、運転手を対象とした調査データで、競争
にはたしかにできるものではない。だが、例えばこの間
の熾烈化が働くものに果たしていかなる状況をもたらす
の一連の大気汚染訴訟で、一見すると加害者的立場にあ
5)
か、示そう 。同調査によれば運転手の1勤務の拘束時
るようなトラック運転手・労組が地域住民・公害患者の
支援を展開していたという事実は、一致点での共同の可
間は12.4時間(平均値、以下同様)で、週当たりの拘束
能性を示しているのではないかと考えている。
時間は同じく72.2時間に及んだ。もちろん拘束時間中に
(北海学園大学教員・北海道札幌市在住)
は手待ち時間など(作業以外の時間)も含まれていると
はいえ、こうした拘束時間の長さは休養の確保・疲労の
回復という観点からも問題といえよう。実際、休日を含 (注)
1)政府統計やトラック協会のデータ以外で本文中で示して
む週当たりの睡眠時間は49.5時間で、一日当りに換算し
いるのは筆者の実施した調査(受託調査を含む)のデータ
てかろうじて7時間に達したが、週当たりの拘束時間の
である。運送業者のそれは、『北海道のトラック運送事業者
長い運転手では睡眠はより短かった。また、この長時間
の事業経営及び輸送秩序に関する実態調査 報告書』
『北海道
のトラック運送事業者の運送契約・取引に関する実態調査
拘束(労働)・短時間睡眠という状況下で「いつも疲れ
報告書』(本文中では 2002 年度調査、2003 年度調査と表
がたまっている」「前日の疲労がとれないことが、よく
記)、運転手のそれは「規制緩和のもとでの道内トラック運
ある」という疲労蓄積の高い運転手はあわせて約半数に
転手及びバス運転手の状態(Ⅰ)」がそれぞれの出所。
達した(各18.0%、30.8%)6)。
2)営業収益営業利益率=運送収入から運送費(原価)と一
スピード・リミッターの装着や、排ガス抑制装置の装
般管理費を除く営業利益が、営業収益に占める比率。全日
本トラック協会実施の経営分析データによる。
着・車両の買い替えなど安全対策や環境対策に要する費
3)さらにいえば、「書面なし」の運送契約だったり運賃額
用負担が今後さらに増すことで、コスト削減・違法行為
の明示されていなかったりする比率も事業規模の小さい事
の拡大・運転手の状態悪化など事態のより一層の深刻化
業者では珍しくない(34.0%、43.9%)
。
が懸念される 7)。
4)ここで示すのは「適正化事業」という事業の実施機関
6
クルマ社会を問い直す 第39号(2005年4月)
(≒トラック協会)が、運送業者を
訪問し関連諸法に違反していないか
どうかを調べた結果による。
5)調査は、睡眠や出社・退社など
勤務に関連した情報を1週間のあい
だ運転手に記録してもらった(177
人の回答を分析)。
6)これらは大手の運送業者の労働
組合を通じて行った調査であり相対
的に良好な条件のもとで働く運転手
の結果と考えられる(とはいえある
産別組合では、組合員の死因に自殺
が増えてきておりメンタル・ヘルス
問題の克服が課題となっているのだ
が)
。筆者も参加したある研究所の、
トラックステーションでの運転手か
らの聞き取り調査の結果では、自宅
にほとんど帰れない、まとまった睡
眠は 2、3 時間程度、などのケース
が決してまれではなかった事実を付
言しておきたい。
7)安全対策や環境対策の必要性は
いうまでもない。問題はこれらの負
担が運送業者のみに課せられたこと
だ。自動車関連諸税もそうだが、誰
がどの位の負担を行うかは、自動車
メーカーなども対象にいれ検討する
必要があるのではないか。
関連記事:北海道新聞 2005年2月28日
(レイアウトは変更してあります)
■ 講演会案内 ■〈関連団体行事〉
あなたは空気を選べますか?
− SPM・ナノ粒子の健康影響と面的汚染−
《4/24》
主催:酸性雨調査研究会・日本環境学会
内容:講演と報告 ①島田章則鳥取大学獣医病理学教
授:「ナノ粒子研究の世界的な動向」、②嵯峨井勝
青森県立保健大学健康科学部教授:「ディーゼル
微粒子の呼吸器及び生殖器等への影響」、③山本英
道路沿道のSPM濃度は改善され、ディーゼル車規制の
二岡山理科大学総合情報学部教授:「短期的健康
効果だと東京都は言いますが、規制対策として自動車メ
影響を明らかにする疫学研究の動向」、④常時監視
ーカーはディーゼル燃料の高圧噴射化を進めており、排
データーからみた東京の面的汚染(プロジェクト
ガス中にナノ粒子が増え、新たな健康被害の可能性があ
報告)
ります。シンポでは問題を総合的・科学的に解明します。
資料代:一般1000円・学生500円
日時:2005年4月24日(日)13:30∼16:00
お問い合わせ:酸性雨調査研究会
場所:全理連ビル9階(JR代々木駅北口正面徒歩1分)
FAX: 03-3822-8646、mail: [email protected]
クルマ社会を問い直す 第39号(2005年4月)
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