Page 1 Ⅰ はじめに 近年の保険会社の国際活動の増大ならびに新興

第76巻第4号(平成20年7月)
国際保険監督規制の最近の動向
来 住 慎 一
(IAIS)
(保険監督者国際機構
Principal Administrator )
Ⅰ はじめに
近年の保険会社の国際活動の増大ならびに新興市場における保険ビ
ジネスの拡大に伴い、保険監督規制における国際協力が不可欠になっ
てきている。また、保険会社の引き受けるリスクの多様化、リスク管
理手法の高度化に伴い、監督手法も保険会社の抱えるリスクを的確に
把握できる先進的なものとする必要に迫られてきている。
IAIS(International Association of Insurance Supervisors、保険監督者
国際機構)
(注1)は従来、保険監督基本原則(Insurance Core Principles)
を始め、免許付与、立入り検査、情報開示といった一般的な保険監督
ルール(注2)を主に策定してきたが、リスクに基づいた保険監督手法
の確立とその国際的調和に資する保険監督基準の策定に重点を置くこ
とを企図し、組織運営を見直し、具体的な作業計画を設定した。
筆者は2006年6月より、金融庁の技術支援プログラムの一環で、ス
イス・バーゼルのBIS(Bank for International Settlements、国際決済銀行)
内に事務局を構えるIAISに派遣されている。主な役割は新興市場
を中心としたメンバー各国における国際保険監督規制の導入、履行の
支援であり、IAISが策定した国際基準を各国が採択し、保険シス
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国際保険監督規制の最近の動向
テムを改善していくことを支援している。具体的には基準履行委員会、
基準履行活動承認小委員会、地域調整小委員会を担当すると共に、
IAIS DISCOVER プロジェクト(ウェブを利用した教育プログラムの開発)
など、保険監督官向けの教育プログラムを立案、実施している。また、
世界銀行やIMF(International Monetary Fund、国際通貨基金)等の国際
機関と連携して技術支援協力を行うことも重要な任務である。
本稿では、まずIAISの組織運営の見直しについて概説した上で、
ソルベンシーや会計分野を中心に国際監督基準の策定に関する最近の
動向および今後の展開を報告し、併せて基準履行活動の状況について
も紹介したい。
なお、本稿中意見にわたる部分については筆者個人の見解であり、
IAISの見解を代表するものではない。
(注1)IAISは、1994年に設立された各国の保険監督当局から構成され
る保険監督の国際基準の設定機関。銀行監督のBCBS(Basel
Committee on Bank Supervision、バーゼル銀行監督委員会)、証券監督
のIOSCO(International Organisation of Securities Commissions、証
券監督者国際機構)と対比される。1998年にBIS内に常設の事務局が
設置され、現体制となっている。2003年7月より河合美宏氏が事務局長
を務める。詳細は、IAISホームページ(http://www.iaisweb.org)
を参照されたい。
(注2)IAISの設定する保険監督ルールは、その根幹をなす「保険監督
基本原則」の下に「原則(Principle)」、「監督基準(Standard)」、「監督
指針(Guidance Paper)」がある。原則とは監督当局が権限を有する分
野や管理すべき分野を定めるもの、監督基準は原則に基づき、監督当局
や保険会社が従うべき最善または最も慎重な実務基準を規定したもの、
監督指針は原則および監督基準を補完し、保険監督の効果を向上させる
ことを目的とするものと位置付けられている。
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第76巻第4号(平成20年7月)
Ⅱ IAISの組織運営の見直し
IAISにおける意思決定は、従来よりボトムアップ方式が採用さ
れていた。すなわち、ソルベンシー、会計、再保険等の各小委員会に
おいて監督基準を策定すべき分野やその内容、策定スケジュール等が
決定され、その後、上部の委員会である専門委員会、執行委員会等で
それらの案が承認されるというプロセスを採ってきた。また、一般的
な活動計画は存在したものの、基準策定の詳細な計画や、各小委員会
の活動を網羅的に把握できるものは策定されてこなかった。そのため、
各監督基準間の分野調整や策定スケジュール調整が機能的、合理的に
行われているとは言い難い状況にあった。
しかし、国際監督基準のカバーする領域が広がり、また、策定すべ
き基準の数が増加するに従い、従来の意思決定方式では効率的な組織
運営の実行が困難になってきたため、2005年より組織運営の見直しお
よび作業計画作成の議論を続けてきたが、2007年10月の執行委員会に
おいて「IAISの活動の効率と有効性の向上に向けて」と題するペ
ーパーが承認され、その内容が年次総会において報告された。本章で
は、IAISの組織運営の見直しの概要を紹介する。
(1)意思決定方式の見直し
執行委員会はIAISの各種委員会の中で最高の意思決定機関であ
るが、その主な役割は、傘下の各委員会、小委員会で提案・決定され
た活動内容、計画などを最終的に承認することでしかなかった。これ
を改め、2007年10月以降は、執行委員会が率先して作業計画や監督基
準設定の優先順位付けといった重要事項を審議することとした。すな
わち、組織の意思決定方式が従来のボトムアップ型から重要事項に限
りトップダウン型に変更された。また、執行委員会のメンバーを拡充
(増員)することも決定された。
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国際保険監督規制の最近の動向
(2)小委員会の統廃合
2007年10月時点で専門委員会の下に9つの小委員会および部会が設
置されていたが、活動内容やメンバーに重複があるとの指摘がなされ
ていた。また、各小委員会は通常、異なる場所で異なる時期に会合を
開催するため、IAISのメンバーおよびオブザーバー(注3)が多く
の小委員会に参加するのが困難な状況にあった。そこで、関連の深い
小委員会を統廃合すると共に、関連のある小委員会の会合を可能な限
り同じ場所で連続した日程で開催するよう調整して、メンバーおよび
オブザーバーの小委員会への参画を容易にすることとした。例えば、
保険契約の国際財務報告基準への対応を検討している保険契約小委員
会は、会計小委員会に統合されることになる。このような統廃合作業
は徐々に進めていくが、2009年末までには、常設の小委員会をソルベ
ンシー、会計、再保険、保険グループ、ガバナンス・コンプライアン
ス、市場規律の6つとする新体制への移行が完了する予定である(統
廃合完了後のIAISの組織図は図1参照)
。
(3)小委員会の運営、メンバー構成の見直し
従来より小委員会のメンバー数には制限は無く、IAISのメンバ
ー国の代表であれば原則として小委員会のメンバーとして加入が認め
られていた。最近では、ソルベンシーや保険契約小委員会等、メンバ
ー数が30名を超える小委員会が出てきて運営に支障をきたすとの指摘
もあり、メンバー数を制限することが提案された。一方、メンバー数
の上限として一律の数値基準を設定することに懐疑的な意見もあり、
小委員会メンバーの選任方法や構成のあり方については引続き検討す
ることとなった。なお、特段の理由がない限り全ての小委員会がオブ
ザーバーに対して公開されるという方針は従来と変わらない。
また、小委員会のメンバー構成や会議開催地が欧州に偏り過ぎであ
るとの指摘もあったことを踏まえ、議長、副議長およびメンバーの選
任や会議開催地の選定において地域バランスを考慮することも決定さ
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第76巻第4号(平成20年7月)
れた。議長、副議長の選任および会議開催地の選定に関しては、各小
委員会任せにするのではなく、執行委員会が主体的に審議・決定する
こととなる。
(図1)IAISの組織図(統廃合完了後のイメージ)
(出典)保険監督者国際機構(IAIS)、基準策定および基準履行に係るロードマップ
より作成。
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国際保険監督規制の最近の動向
(4)基準策定と基準履行の活動連携強化
IAISの主な活動は国際監督基準を策定するだけでなく、策定さ
れた基準が各国で正しく履行されるよう促進することにある。これは、
基準が策定されてもそれが実際に履行されなければ、何の意味もない
からである。また、実際に履行することが困難な基準を策定すること
も同様に意味をなさないことであり、基準策定のプロセスにおいて履
行可能性を検証することも重要である。一般に国際的な基準設定主体
に見られる傾向として、理想的な基準の設定にこだわるあまり履行が
困難な基準を策定してしまうといったことが挙げられる。その結果、
各国での正しい導入が進まなかったり、各国で独自の解釈が発生し一
貫性をもって基準が適用されていないといったことが起こり、国際的
な基準の調和という本来の目的が達成できないという問題に直面する
ことになる。また、国際基準を作るだけ作ってその後のフォローには
無関心な国際機関も見られる。
IAISは新興市場国を数多くメンバーとして有する(注4)ことや、
監督の対象となる保険会社がオブザーバーという形で監督基準の策
定・履行プロセスに関与しているという特徴もあり、従来から基準履
行活動に力点を置いている。組織面でも、専門委員会と並んで基準履
行委員会が設置され、傘下の小委員会を通じて教育・研修活動や研修
教材の作成、保険法データベースの整備、基準履行状況の自己評価な
どの活動を行ってきた。今後は従来の活動を強化すると共に、メンバ
ーの国際監督基準履行状況の定期的な自己評価、基準を策定した後の
その普及のための教材の作成の制度化、新基準の普及を目的としたグ
ローバル・セミナーの定期的な開催等、活動を強化し基準の一層の普
及に努めていくことになる。
(5)オブザーバーとの意見交換強化
近年、オブザーバーは多くの小委員会に積極的に参加しIAISの
活動に貢献してきたが、国際監督基準採択の実質的な権限を有する専
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第76巻第4号(平成20年7月)
門委員会はオブザーバーに公開されていなかった。今後は、専門委員
会でもオブザーバーとの意見交換を可能とし、市場の動きに一層適応
した基準策定体制とする。2007年10月の専門委員会ではソルベンシー、
会計、グループ監督、再保険およびコーポレート・ガバナンスに関し
て、2008年3月にはグループ監督に関して、同6月には金融の安定化
と内部モデルに関して意見交換が行われ、日米欧の保険業界を中心に
数多くのオブザーバーが参加した。
(6)ロードマップ(作業計画)の作成
組織運営の見直しと共に重要なことは具体的かつ詳細な作業計画の
作成およびそのメンテナンスである。従来は中期活動計画を5年ごと
に策定していたが、一般的な内容にとどまり基準策定の詳細な計画な
どは盛り込まれず、定期的な見直しも行われていなかった。しかし、
国際監督基準の役割の増大、数の増加、内容の高度化等に伴い、どの
ような基準を将来作成するかについて事前に組織として検討・決定し、
優先順位を明確にした上で、必要であれば関連する基準間の分野調整
を行うこととした。作業計画はIAISの活動分野である基準策定と
基準履行の2つに分け、「ロードマップ」という名称の下、今後2年間
の活動計画を記したもので、毎年、その内容を改定することとした。
最新のものは2008年2月にIAISのメンバー、オブザーバー向けに
公表され、2008∼2009年の活動計画が示されている。次章以下では、
ロードマップにおいて提案されている今後のIAISの活動について
生保事業に関連の深い分野を中心に紹介したい。
(注3)オブザーバーとは議決権を持たない会員を指し、保険会社、保険業
界団体、コンサルティング会社、会計事務所などがオブザーバーとして
IAISに加盟している。
(注4)BCBSが米国、日本などの先進国13カ国の銀行監督当局から構成
されるのに対し、IAISのメンバーは約140カ国に及ぶ。
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国際保険監督規制の最近の動向
Ⅲ 基準策定活動
先にも述べた通り、IAISの短期的な作業計画は、
「ロードマップ」
と称されるペーパーに示され、ソルベンシー、会計、再保険、保険グ
ループ、ガバナンス・コンプライアンス、市場規律といった主要分野
における監督基準策定の方針およびスケジュールが明確に提示され、
毎年見直しがなされる。本章では、ソルベンシー、会計分野を中心に、
最近の動向および今後の展開について紹介したい。
1.ソルベンシー基準
IAISの基準策定活動の中心を成すのがソルベンシー規制である。
IAISではバーゼルⅡに匹敵する国際基準の策定をめざしているが、
個別の監督基準・指針の策定に先立ち、ソルベンシー規制の枠組みを
示すペーパー(注5)を以下の通り採択した。
・保険監督のフレームワーク・ペーパー(2005年10月)
・コーナーストーン・ペーパー(2005年10月)
・ストラクチャー・ペーパー(2007年2月)
これらの枠組みペーパーに基づき、2007年10月に監督指針として以
下の3文書を採択した。
・規制上の資本要件の構造に関する監督指針
・資本充分性およびソルベンシー目的のための全社的リスク管理に
関する監督指針
・リスクおよび資本管理目的のための保険会社による内部モデルの
使用に関する監督指針
これらのソルベンシー分野のペーパーの策定はソルベンシー小委員
会が担当しており、ロブ・カーティス議長(英国)と共に金融庁の杉本
課長補佐が副議長 (2007年9月就任) として議論をリードしている。
IAISでは2008年以降もソルベンシー分野の監督基準・指針の策定
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第76巻第4号(平成20年7月)
を継続していくが、本章では、上記の枠組みペーパーおよび監督指針
の内容を解説した上で、今後策定が予定されている監督基準・指針に
ついて説明したい。
(1)保険監督の枠組み
保険監督フレームワークは、ソルベンシーに限らず保険監督全体の
枠組みを定義したものである。保険監督フレームワークは、図2に示
すとおり、3つのレベルから成立している。
(図2)保険監督フレームワーク
監督行動
監督上の評価および介入
レベル3
規制要件
財務
ガバナンス
市場規律
レベル2
レベル1
前提条件
保険監督当局
保険セクターおよび保険監督
が効果的に機能する
ための基本的条件
(出典)保険監督者国際機構(IAIS)、保険監督のフレームワーク・ペーパー(2005年
10月)より作成。
まず、レベル1として「効果的な保険監督のための前提条件」を規
定し、その上にレベル2として「健全な経営を行っていくために保険
会社が守るべき規制要件」を置く。規制要件は、ソルベンシーおよび
自己資本要件、保険契約準備金評価、投資等を含む財務的側面に係る
要件をまとめた「財務ブロック」、取締役・管理職の適格性、内部管理、
企業統治に係る「ガバナンス・ブロック」、顧客対応、資本市場や保険
契約者に対する情報開示などを含む「市場規律ブロック」の3つに分
類される。さらに、レベル3として監督上の検査、介入などを含む
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国際保険監督規制の最近の動向
「監督上の評価および介入」を位置づけている。
先に述べたように、「保険監督フレームワーク」は保険監督全体の概
念と枠組みを示したものであるが、IAISは当フレームワークの採
択と同時にソルベンシー評価の基礎となる考え方を8項目にまとめた
「コーナーストーン・ペーパー」を採択した。さらに、2007年2月には
ソルベンシー評価の基本構造を示す「ストラクチャー・ペーパー」を採
択した。表1は、保険監督フレームワークの枠組みとストラクチャー・
ペーパーで示されている構造要素を対比したものである。
ストラクチャー・ペーパーはソルベンシー評価のための15の構造要
素を提示しているが、中でも次に挙げる財務要件に関する記述が重要
であるといえよう。「保険会社のソルベンシー評価に関する枠組みは、
保険引受リスク、信用リスク、市場リスク、オペレーショナル・リス
ク、流動性リスクを含む、全ての潜在的に重要なリスクに対応したも
のであるべき(構造要素3)」、「資産、負債、所要資本、利用可能資本
の間の相互依存関係を認識し、リスクを完全かつ適切に認識するため、
トータル・バランスシート・アプローチが使用されるべき (構造要素
4)」
、「保険負債の要素は、キャッシュフロー・モデルや、保険負債の
決済価値を反映し、市場が利用しているとされる原則、手法、パラメ
ータによって評価されるべきであり、このような評価が市場整合的と
考えられる(構造要素5)」、「保険契約準備金は、契約義務を果たすコ
ストの最良推定値に加えてリスク・マージンを含む必要がある。リス
ク・マージンは、保険会社が保険負債を引き継ぐために求めると期待
される額が保険契約準備金となるよう、その額が定められる(構造要素
7)
」。
以上に示した構造要素のうち、構造要素4において言及されている
「トータル・バランスシート・アプローチ」は一般にはあまりなじみの
ない用語のため、もう少し詳しく説明したい。第一の特徴は、IAIS
は、銀行規制のように最低資本比率に注目するのではなく、規制上必
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(表1)保険監督フレームワークの枠組みとストラクチャー・ペーパーの構造要素
保険監督フレー
ムワーク
ストラクチャー・ペーパーで示されている構造要素
【レベル1】 1.監督当局は以下の十分な権限を持たなければならない。
・保険会社に対して、保有しているリスクを評価、管理させる。
・各保険会社が保険契約者を保護するために必要な規制上の財務要
ソルベンシー
件を課す。
評価の前提
・必要な場合には、保有している資産が十分かつ適切であるよう
条件
に、保険会社が追加の資本を確保するか、保有しているリスクを
減らすことを求める。
【レベル2】 2.リスク感応的な規制上の財務要件は、保険会社のリスク管理と規
制との最適な整合性を持つようインセンティブを与えるようなもの
とすべきである。
財務要件
3.保険会社のソルベンシー評価に関する枠組みは、保険引受リス
ク、信用リスク、市場リスク、オペレーショナル・リスク、流動性
リスクを含む、全ての潜在的に重要なリスクに対応したものである
べき。少なくとも、全てのリスクは、保険会社による自社のリスク
と資本の評価において考慮されるべきである。
・一般的に直ちに計量化できるリスクは、リスク感応的な規制上の
財務要件において反映されるべきである。
・直ちには計量化が困難なリスクについては、広い意味で財務要件
を定め、定性的な要件で補足することも認められる。
4.資産、負債、所要資本、利用可能資本の間の相互依存関係を認識
し、リスクを完全かつ適切に認識するため、トータル・バランス
シート・アプローチが使用されるべきである。
5.保険契約は、債務が受給者や受益者に対して履行されることを前
提に行われている。大部分の負債は、他の保険会社に移転されるの
ではなく、保険契約の決済を通じて消滅している。
保険負債の十分に信頼できる評価を提供する流動性の高い流通市
場は存在しないことから、保険負債の要素は、キャッシュフロー・
モデルや、保険負債の決済価値を反映し、市場が利用しているとさ
れる原則、手法、パラメータによって評価されるべきであり、この
ような評価が市場整合的と考えられる。
このような評価により、信頼できる市場価格が利用可能なバラン
スシートの他の要素や、市場参加者による価値・リスクの評価との
整合性を取ることが可能となる。
6.保険契約準備金の市場整合的な評価は、そのポートフォリオを保
有している保険会社の特性ではなく、ポートフォリオ自体のリスク
特性に依存する。しかしながら、十分に実証可能な限りにおいて、
ポートフォリオを保有する保険会社特有のビジネス・モデルや慣行
の要素を反映した前提を利用することが適切な場合もある。
7.保険負債固有の不確実性を踏まえると、保険契約準備金は、契約
義務を果たすコストの最良推計値に加えてリスク・マージンを含む
必要がある。リスク・マージンは、保険会社が保険負債を引き継ぐ
ために求めると期待される額が保険契約準備金となるよう、その額
が定められる。
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国際保険監督規制の最近の動向
【レベル2】 8.規制上の観点からは、資本の目的は、悪条件の下においても支払
期限が到来した保険金の支払いや債務が履行でき、必要な保険契約
準備金がカバーされ続けることを確保することにある。
財務要件
9.市場整合的な評価法において、保険契約準備金は、市場の仮定と
整合的である関係するリスク要素が分散されていることを前提に測
定されるべきである。市場の仮定と比較して、リスク要素が十分に
分散されていない場合には、所要資本に反映すべきであり、保険契
約準備金に反映すべきではない。
従って、引受リスクにおける保険契約準備金の算出に利用された
以上のボラティリティについては、所要資本によってカバーされる
べきであり、保険契約準備金でカバーされるべきではない。
10.保険ポートフォリオにもともと存在せず、保険会社が自ら生じさ
せたミスマッチ・リスクは、所要資本に反映すべきであり、保険契
約準備金に反映すべきではない。
11.保険契約準備金の中のリスク・マージンに含まれているリスク
は、全ての負債のキャッシュフローに関連しており、従って、保険
契約準備金に対応する保険契約の全期間に関連している。
所要資本の額は、悪条件の下でも、ある特定の期間、ある特定の
信頼性をもって、資産が保険契約準備金を上回るように計算される
べきである。
【レベル2】
ガバナンス
要件
【レベル2】
市場規律要件
【レベル3】
監督上の評価
および介入
開示
12.監督制度は、保険会社がコーポレート・ガバナンスの方針、慣
行、体制を保有・維持し、全業務に関して適切なリスク管理を行う
ことを求めるべきである。適切なガバナンスは、保険会社のソルベ
ンシー制度が適切に機能する大前提である。
13.監督制度は、保険会社に対して、適切な市場行動への方針や手続
きを整備するように求めるべきである。監督制度は、保険契約者の
期待が保険会社のソルベンシー評価にどのように反映されるべき
か、という点について明確でなければならない。
14.監督当局がタイムリーで段階的な介入を発動する複数のソルベン
シー水準が必要である。ソルベンシー制度では、ソルベンシー・コ
ントロール水準が十分に考慮され、リスク・エクスポージャー全体
の低減や資本の増強といった、保険会社と監督当局による是正措置
が自由に行われるよう勘案すべきである。
15.監督制度は、市場規律を強化し、保険会社が安全、健全に、か
つ、保険契約者を適切に扱う効果的な方法で、業務を行う強いイン
センティブを与えるために、ソルベンシーに関するどのような情報
を公表すべきかを明確にすべきである。
監督当局に提供された、機密を前提とする情報は、監督当局と保
険会社間で、競争上のセンシティブな点についての情報共有を支持
し促進する。
監督制度は、規制要件を公開し、透明性を確保すべきであり、そ
の目的や求める安全性の水準について明示すべきである。
(出典)保険監督者国際機構(IAIS)、ストラクチャー・ペーパー(2007年2月)および
金融庁「IAISストラクチャー・ペーパーの概要」
(http://www.fsa.go.jp/singi/
solvency/siryou/20070222/07-1.pdf)より作成。
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第76巻第4号(平成20年7月)
要とされる「負債と資本の合計」に注目していくという点である。保
険負債の十分に信頼できる評価を提供する流動性の高い流通市場が存
在しないことから、保険負債評価のための国際基準が設定されたとし
ても、その評価額を一義的に求めることは実務上の困難が伴う。この
ような保険負債の特性を踏まえると、所要資本と利用可能資本の関係
だけに注目する規制では不十分であり、負債の十分性も同時に勘案す
る必要がある。従って、IAISでは、最低資本比率だけに着目する
のではなく、規制上必要とされる負債と資本の合計額を規制上容認さ
れる資産の額が十分に上回っているかにも注目していくことになる。
第二の特徴は、保険会社の財務諸表上の各項目に関連した資産・負債
およびリスク・エクスポージャーの相互依存関係を把握し、保険会社
の引き受けるリスクを総合的に評価する点にある。保健会社のソルベ
ンシーを適切に評価するためには、リスクの分散効果や集中リスクな
ど、各リスク要素の相互依存関係を勘案し、それらが保険会社の全体
的な財務ポジションに及ぼす影響について評価する必要がある。
(2)ソルベンシー規制に関する監督基準・指針の策定
・規制上の資本要件の構造に関する監督指針
上記のソルベンシー規制の枠組みに基づき、2007年10月に3つの監
督指針が採択された。「規制上の資本要件の構造に関する監督指針」は
規制上の資本要求基準を定めており、ソルベンシー基準の相互比較を
容易にし統合を一層進めるための主な監督上の要点を挙げている。当
指針では監督当局が介入措置を発動する引き金となるソルベンシー・
コントロール水準を設定することが求められており、具体的には、規
定資本要件(Prescribed Capital Requirement, PCR)および最低資本要件
(Minimum Capital Requirement, MCR)の2種類の水準を設定することを
要求している。図3は規制上の資本要件を設定する上でのソルベン
シー・コントロール水準の概念を示したものである。
利用可能資本の額がPCRを下回る事態が発生した場合は、監督当
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国際保険監督規制の最近の動向
局は保険会社に対し資本の増強や引き受けるリスクの軽減といった措
置を講じるよう要求する。すなわち、PCRは早期警戒水準としての
機能を持つ。一方、利用可能資本の額がMCRを下回る場合は、監督
当局は保険会社に対し新契約の獲得禁止や免許の取り消しといった究
極的な措置を講じることが求められる。すなわち、MCRは保険業を
営むために保険会社が最低限保持しなくてはならない資本水準といえ
る。なお、当指針はPCR、MCRのレベルを設定する際に考慮すべ
き事項を規定しているものの、両要件の具体的な水準については定め
ていない。
(図3)ソルベンシー・コントロール水準と規制上の資本要件
規定資本要件
(PCR)
資本
資源
必要資本
最低資本要件
(MCR)
リスク・
マージン
保険契約
準備金と
その他の
負債
保険会社の
財務ポジション
現在の
見積り
規制上の資本要件
(出典)保険監督者国際機構(IAIS)、規制上の資本要件の構造に関する監督指針
(2007年10月)より作成。
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第76巻第4号(平成20年7月)
・資本充分性およびソルベンシー目的のための全社的リスク管理に関
する監督指針
当指針は、全社的リスク管理の枠組みの確立と運営に関するガイダ
ンスを提供し、ソルベンシー評価を支える監督者の観点からその重要
性を示している。また、保険会社が適切なリスク管理および資本管理
の方針、実施規定ならびに社内体制を整備し、それらが組織全体に整
合的に適用されることを促し、ソルベンシー制度の実効性の維持に寄
与することを企図している。具体的には、ガバナンス、リスク管理方
針、リスク許容度、リスク・ソルベンシー評価、継続性分析、監督当
局の役割などの8つの要点を示している。
・リスクおよび資本管理目的のための保険会社による内部モデルの使
用に関する監督指針
当指針は、保険会社によって使用される内部モデルの審査(Review)
に際し、監督当局が検討すべきハイレベルの枠組みを定め、かつ、ソ
ルベンシー評価および資本管理目的で内部モデルを使用する全ての保
険会社が励行すべき10の要点を示している。IAISは国際アクチュ
アリー会(IAA)に対し、内部モデル構築の技術的な側面について詳
細な情報を提供するための取組みを要請しており、この取組みに基づ
いて当指針を補完するガイダンス資料を提供することを計画している。
なお、これらの3指針は2007年の採択後も引き続き内容の検証が行
われており、2008年中に「何を監督するのか」を示す監督基準と「ど
う監督するのか」を示す監督指針にそれぞれ再構成(分割)された上で、
2008年10月に改めて採択される予定である。
(3)影響評価分析の実施
先に述べたように、IAISは基準策定と基準履行を活動の両輪と
しているが、ソルベンシー関連の監督基準・指針の早期かつ適切な導
入・履行を支援することを企図し、影響評価分析 (Impact Assessment
Analysis)を実施することを決定している。このような影響評価分析の
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国際保険監督規制の最近の動向
実施は基準履行の一助となるのみならず、監督基準・指針の品質の向
上にも寄与すると考えられる。影響評価分析はEUのソルベンシーⅡ
の策定過程においてもQIS(定量的影響調査)として実施されている。
QISが主として保険会社を対象に、新基準を適用した際の保険契約
準備金や必要となる資本水準に関する数値的な情報を得ることを目的
としているのに対して、今回IAISが実施する影響評価分析は保険
監督当局を対象とし、質的情報の収集に主眼を置いた内容となってい
る。具体的には、IAISのソルベンシー規制を導入することによる
各国の保険監督の枠組み、監督当局の組織体制、ならびに保険会社か
らの報告徴求システムへの影響、また、費用対効果の分析や新規制の
導入に要する期間などに関するインプットを求める。詳細な質問項目
が確定次第、2008年中に実施される予定である。なお、今後基準策定
作業が進展し量的情報の収集が可能となった段階で調査対象を広げる
ことも検討されている。
(4)今後のソルベンシー規制の検討課題・スケジュール
ソルベンシー規制に係る今後の検討課題としては、資本資源(Capital
Resource)に係る監督基準・指針の策定、ソルベンシー目的の資産負債
評価に係る監督基準・指針、グループ・ソルベンシー評価などが挙げ
られる。
資本資源に係る監督基準・指針は、資本を構成する各要素の定義、
分類やその適切性、また、異なる性質を有する資本の要素を各種リス
クとどのように関係づけるかといった事項を取り扱う予定であり、
2009年の採択を目指している。現在の議論では、銀行セクターにおけ
るアプローチを参考に、保険会社の資本要素を中核的資本や補足的資
本などに分類することも検討されているが、その場合、相互会社にと
っては基金の取扱いなどが関心事となろう。
資産負債の評価に関してIAISは、財務会計のルールと監督会計
のルールは実質的に整合的であるべきと考えており、財務会計基準の
66
第76巻第4号(平成20年7月)
設定主体である国際会計基準審議会(IASB)と十分に連携をとり、
国際財務報告基準(IFRS)にIAISの意図を最大限反映させるこ
とを目指している。その結果、IFRSが必要な修正を加えた上で監
督目的にも使用可能であるか、もしくは、IFRSと監督会計ルール
が実質的に整合的であるならば望ましいというのがIAISの立場で
ある (IASBのペーパーに関するIAISの見解については後述)。その
観点からは、現在IASBにて進行中の保険契約に係るIFRSの策
定(フェーズⅡプロジェクト)の完了を待つことも考えられるが、保険
IFRSの完成にはさらに数年以上を要することが見込まれるため、
IAISでは資産負債評価に係る原則的な考え方の検討に着手するこ
とを決定した。保険負債の評価に関しては、IASBの議論やIAA
におけるリスク・マージンの評価に関する議論を十分に考慮する必要
がある。また、負債だけでなく資産評価(非認容資産の設定等)も検討
の対象となろう。
中期的なテーマとして、グループ・ソルベンシーの問題がある。
IAISでは現在保険グループ監督原則を策定中であり、2008年中に
採択される予定であるが、それと平行して、グループ・ソルベンシー
の評価について議論が始まっている。欧州の大手保険グループでは、
グループ内でのリスク分散が考慮されればリスク管理上必要な資本は
2∼3割程度少なくてすむといった試算もなされており、グループ・
ソルベンシーの監督方法は保険会社の経営にも大きな影響を及ぼすと
考えられる。EUにおけるソルベンシーⅡの議論では、必要に応じて
親会社から子会社に資本が注入されることが保証されるという前提で、
グループ全体としてはソルベンシー資本要件(IAISの規定資本要件
に相当)を満たすことを要求し、子会社には最低資本要件を満たすこと
だけを要求するといった案も検討されているが、自国の保険契約者保
護の観点からそのような議論に慎重な国もあり、結論は出ていない。
保険監督当局の第一義的な目的として自国の保険契約者の保護がある
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国際保険監督規制の最近の動向
が、そのためには自国内に必要な資本を保有するよう保険会社に求め
ることが基本であり、他国にある親会社に、グループ全体として十分
な資本を保有しているからといって、自国の資本規制を緩和するのは
保険契約者保護の観点から容認し難い面がある。特に難しいのは、資
本の増強が必要となった際に他国にある親会社から自国の子会社に資
本が注入されることをどうやって担保するかである。IAISとして
は、2009年にグループ・ソルベンシー評価に関する論点ペーパーを公
表することを目標に、幅広に検討を行っている。
(注5)保険監督のフレームワーク・ペーパーなどの枠組みペーパーは包括
的な概念を示すものであり、個別事項に焦点を当てた保険監督原則、基
準、指針を設定するに際しての方向性を与えるペーパーである。
2.保険会計基準
保険会計基準に関してIAISの立場は、先にも述べたように、財
務会計のルールと監督会計のルールが実質的に整合的であることが望
ましい(注6)というものであり、その観点から財務会計基準の設定主
体であるIASBが進めつつある保険の国際財務報告基準の策定に積
極的に関与してきている。IAISはこれまで数度にわたりIASB
に意見書を提出してきたが、2007年にはこれらの見解をまとめた「ソ
ルベンシー目的のための保険契約準備金の評価に関するIAISの見
解の概要」を策定した。IAISが強調しているのは以下の点である。
まず第一に、保険契約準備金の評価は市場と整合的な基準で行われ
るべきであり、活発な市場からの観察可能な情報が可能な限り保険契
約準備金の評価に用いられるべきであるとしている。保険契約準備金
の構成要素としては、確率加重平均されたキャッシュフローの期待現
在価値およびリスク・マージンを挙げている。キャッシュフロー算定
の前提は市場と整合的であるべきとしているが、事業費など一定の項
目については保険会社固有の前提を使用することも認めている。
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第76巻第4号(平成20年7月)
次に、保険債務の評価は決済概念に基づくものとしている。なぜな
ら保険契約は、保険債務が請求者または受取人との間で決済され、大
抵の場合、(移転を通してではなく)決済を通して保険会社によって履行
されることを期待して引き受けられるからである。これに対しIASB
は、2007年5月に公表した保険ディスカッション・ペーパーにおいて
第三者への移転を前提とした「現在出口価値」を提案したが、移転を
前提とする評価方法に対しては、保険業界、会計士、アクチュアリー
団体など大多数の団体が懸念を表明した。一方、現在出口価値に対す
るIAISの見解は肯定的であり、保険のような規制された業界では
保険契約の移転が発生する場合、その譲受人は原保険契約に従って請
求者または受取人に対する債務を決済する能力を有する必要があるこ
とから、移転を前提とする評価法(現在出口価値)と決済を前提とする
評価法に大きな違いは発生しないであろうとのスタンスをとっている。
三点目として、自己の信用度を保険負債評価へ反映することには強
く反対している。IASBのディスカッション・ペーパーでは保険負
債の価値を評価する際に、その負債を有する組織の信用度を考慮すべ
きとしているが、この提案に従うと、仮に同じ保険契約を保有する2
つの保険会社があった場合、信用度が低い(=格付が低い)会社の保険
負債は、信用度が高い(=格付の高い)会社の保険負債よりも負債額が
小さくなる、すなわち資本が厚くなることになり、保険会社の実態を
適切に表さない会計となってしまう懸念がある。
その他の大きな論点として、契約時の利益認識の問題がある。IA
SBは保険負債の計算にあたって、保険料ではなく市場で得られた前
提数値を使用することとし、保険料と市場の前提数値の差異について
は、保険契約の全期間にわたる見込み額を契約時に一気に損益として
計上することを要求している。契約時に損失を計上するケースについ
ては保守的な会計処理であることから大多数の団体が賛意を表明した
が、契約時に未実現の利益を計上することについては様々な見解が存
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国際保険監督規制の最近の動向
在する(注7)。
以上のような個別論点に加え、保険監督当局が特に懸念しているの
は、IASBの会計基準は原則(Principle)ベースであり、米国の会計
基準のように具体的なルールが設定されないことである。その場合、
各国によって異なる解釈・適用を行う事態が発生したり、原則の解釈
において多様性が存在する懸念がある。そのような状況が発生すると、
評価の一貫性が担保されず、また、会計実務における恣意性の排除が
困難となり、市場から信頼され、かつ保険監督の前提となる堅固な会
計基準とは言えなくなる。この点についてIAISでは、今後IAA
などと協議し、一貫性のある基準の履行を担保するための方策を検討
していくことになろう。
(注6)財務会計はありのままの財務情報を示すことが目的とされる一方、
監督会計は保険契約者保護の観点から保険会社の財務の健全性、保険金
支払い能力の有無を示すことが目的とされる。なお、実務上は財務会計
のルールを監督目的に使用している国が多い。
(注7)IAISにおいても一致した見解は得られておらず、IASBの保
険ディスカッション・ペーパーへのコメントにおいては、①利益を直ち
に損益計算書に計上する、②利益は認識するが負債として繰り延べ、契
約期間にわたって徐々に損益計算書に計上する、③保険負債評価の前提
に保険料計算基礎を使用することにより、多くの場合契約時の利益を認
識しない、の3種類の見解を示している。
3.その他の基準策定活動
(1)保険監督基本原則の改正
保険監督基本原則(以下「基本原則」という)は、IAISの監督基
準を包括する、いわば憲法のような文書である。前回改定されたのは
2003年であり、IMFや世界銀行の実施する金融セクター評価プログ
(注8)で実際に各国の保険監督制度の評価に使用され
ラム(FSAP)
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第76巻第4号(平成20年7月)
る中でその改善点等も指摘されてきている。また、ここ数年の新たな
保険監督基準・指針などの策定を踏まえて基本原則を手直しする必要
も生じてきた。このような状況を受け、基本原則改正のための作業部
会が設置され、2009年10月を期限として検討が開始されている。
(2)ガバナンス・コンプライアンス
ガバナンス(企業統治)・コンプライアンスは、保険会社の監督を実
践していくうえで最も重要な事項の一つである。いくら優れたリスク
管理手法を有している企業でもそれを管理する内部体制が脆弱では、
リスク管理がうまく機能しないからである。IAISでは2007年10月
にガバナンス・コンプライアンス小委員会を設置し、保険会社経営な
らびに保険監督に適用し得るハイレベルな企業統治原則を策定するこ
とを企図している。企業統治の分野に関しては、既にOECDが一般
原則や保険会社向けのガイドラインを策定済みであるため、IAIS
としては、これらの既存のルールとの重複を避け、保険監督に特有の
論点に焦点を当てる方針である。ガバナンス・コンプライアンス小委
員会の議長には、金融庁の知原参事官が就任されている(2008年1月就
任)
。
(3)市場規律(情報開示・消費者保護)
基本原則24∼27は市場規律、すなわち市場に対する情報開示ならび
に消費者保護について規定している。このうち、情報開示については、
2004年から2006年にかけて生保会社、損保会社および再保険会社の業
績、リスクならびに投資業績に係る開示についての3つの監督基準を
策定し、一連の作業は完了した。一方、消費者保護規制はソルベンシ
ー、企業統治と並ぶ保険監督の根幹を成す事項であるものの、IAIS
としてこの分野に関し個別の監督基準・指針を策定してこなかった。
本件の重要性に鑑み (注9)、2008年中に市場規律小委員会を設置し、
2009年より消費者保護規制のあり方について議論を始めることが決定
されている。
71
国際保険監督規制の最近の動向
(4)マイクロ・インシュアランスとタカフル
マイクロ・インシュアランス(少額保険)およびタカフル(イスラム
保険)はいずれも日本ではなじみの薄い商品であるが、マイクロ・イ
ンシュアランスは低所得国を中心に、タカフルはイスラム教徒人口の
多い中東地域を中心に普及が進みつつある保険類似商品である。いず
れも人口が急増しつつある地域が主市場であり、今後大きな発展が見
込まれる分野である。
マイクロ・インシュアランスは通常の保険商品、保険販売体制では保
険を購入するのが困難な低所得者層に対し、保険商品、保険募集方法等
に工夫を加えることによって、保険の提供を可能にする仕組みのことで
ある。グラミン銀行を創設してマイクロ・ファイナンス(少額金融サー
ビス)を普及させたムハマド・ユヌス氏が2006年にノーベル平和賞を受
賞したのを機に、マイクロ・インシュアランスもブームとなり、アフリ
カ、アジア、中南米を中心に広がりを見せつつある。IAISではマイ
クロ・インシュアランスに関する論点書を2007年5月に策定したが、今
後、さらに分析を深めた上で監督指針を策定する予定である。マイク
ロ・インシュアランスは、保険金額が小さいことや保険期間が短期であ
るなど日本の少額短期保険の枠組みに類似する点があり、日本の少額短
期保険に関する監督規制に関心を持つ新興市場国の保険監督官も多い。
タカフルはイスラム法(シャリーア)の教えに従った保険を提供する
仕組みであり、利子の禁止、不確実性の禁止、アルコール・ギャンブル
等の禁止といった特徴がある。生保、損保と同等の商品があり、保険
金の受け取りなど基本的な仕組みは保険と変わらない。保険加入のニ
ーズや経済力がありながら宗教的な懸念から保険があまり普及してい
なかった中東の産油国等を中心に急激な成長を見せており、それに対
応して監督制度の整備も急務とされている。タカフルの監督制度につ
いてはイスラム金融サービス評議会(IFSB・本部マレーシア)が中心
となって整備を進めているが、IAISではIFSBと共同で2006年
72
第76巻第4号(平成20年7月)
にタカフルに関する論点書を策定し、IAISの基本原則とタカフル
の監督原則に矛盾点がないことを確認した。
(注8)IMFや世界銀行が各国に専門家を派遣して、当該国の銀行・保険
監督の制度が基本原則を満たしているかどうかを評価するプログラム。
(注9)銀行・証券・保険の監督当局から成るジョイント・フォーラムにお
いても、リテール市場における金融商品販売に関する消費者保護規制の
研究が進められており、2008年4月に「金融商品・サービスのリテール
販売における顧客適合性」と題するペーパーが公表された。
Ⅳ 基準履行活動
先に述べたようにIAISは従来から基準履行活動に力点を置いて
おり、教育・研修活動や研修教材の作成、保険法データベースの整備、
基準履行状況の自己評価などの活動を行ってきた。今後は、従来の活
動を強化すると共に新たな取り組みにも着手し、基準の一層の普及に
努めていくことになる。本章では、今後2年間の活動計画を示した
「基準履行活動のロードマップ」において提案されている活動のうち、
新たに取り組みを始めたものを中心に紹介したい。
(1)多国間保険監督者情報交換覚書(MMOU)
保険監督当局がお互いに監督上必要な情報を円滑に交換出来る仕組
みを構築するのは、保険監督を実施していく上で大切なポイントであ
る。特に、保険会社の国際活動が活発な現在、危機的状況のみならず
平時の保険監督を実施する上でもその重要性は増してきている。しか
し、各国とも厳密な守秘義務があり、情報交換がなかなかうまく行わ
れてきていないのが現状である。
筆者が新興市場国の保険監督官と話した際にも、他国との情報交換
(主として他国からの情報入手)の困難さが深刻な問題の一つとしてよく
挙げられた。主要なプレーヤーが海外保険会社の子会社や共同出資会
社であることが多い新興市場国においては、親会社の監督当局からの
73
国際保険監督規制の最近の動向
情報が不可欠であるが、守秘義務遵守のための法制度が不十分であっ
たり、先進国の監督当局との十分なパイプがないことにより必要な情
報が得られないといった悩みを抱えているのである。
このような事態を改善するため、IAISは多国間保険監督者情報
交換覚書(Multilateral Memorandum of Understanding, MMOU)の枠組み
を2007年2月に創設し、各国の保険監督当局に参加を促している。こ
の覚書は参加監督当局の厳密な守秘義務遵守を前提とし、監督当局の
相互協力を基に監督上必要な情報交換を促進するものである。このよ
うな分野で、国際機関たるIAISに期待される役割は非常に大きい
ものがある。
(2)研修・教育の強化および深化
IAISでは、従来、年間10回程度、様々な地域で保険監督官が保
険監督基準を学習するための研修を実施してきているが、今後はその
回数を増やすと共に、新たに策定された監督基準・指針の普及を目的
とするグローバル・セミナーを定期的に開催する(第1回は2008年6月
にソウルにて開催)等、研修・教育の一層の普及に努めていくことにな
る。また、新たに策定された監督基準・指針を分かりやすく説明する
教育資料を作成したり、主要言語への翻訳版を作成する等、教育教材
の充実も計画している。
その他の活動として、新興市場国向けの保険数理教育の充実がある。
会計やソルベンシー制度の高度化に伴い、保険会社から提出された財
務関連情報を分析するにあたっては一定程度の保険数理に関する知識
が保険監督官に要求されるが、多くの新興市場国ではアクチュアリー
制度および保険数理に関する教育制度が存在しないこともあり、国際
基準ベースの監督を行うための人的資源が十分に確保できない状況に
ある。そのため、IAISはIAAと協力し保険数理に関する教育や
アクチュアリー制度の普及・拡充を支援し、新興市場国の保険監督の
インフラ整備に資することとした。
74
第76巻第4号(平成20年7月)
(3)ウェブベース教育プロジェクト
現在のIAISの研修制度は集合研修(指定された場所に保険監督官が
集まり、研修を受ける方法) が中心であるが、出張コストや会場の収容
能力などの制約から、参加できる人数が限られてしまうという課題が
あった。教材に関しては、IAISは世界銀行と協力して基本原則を
学習する体系的な教材である「保険コア・カリキュラム」を作成した
が、内容が基礎的なレベルのものに限定されているという課題があっ
た。
今後は現行の教材をさらに充実させ、基礎的な保険監督の手法に限ら
ず、高度なリスク管理監督手法まで含めた教材を作成する予定である。
また、ウェブサイト等を活用し、参加者が各自の職場あるいは自宅から
IAISの研修に参加できるようなインターネットを活用した教育シス
テムを構築する計画である。この一連の取り組みは IAIS DISCOVER
Project の名の下に、各国の保険監督当局、国際機関、保険会社、業界
団体などの人的、技術的、資金的協力を得てプロジェクトが立ち上げ
られ、試行版教材のテストも兼ねた初回会合が2008年1月に北京で開
催された。
Ⅴ おわりに
世界的にみると保険事業は成長産業であり、2006年の世界の生命保
険市場の成長率 (保険料ベース) は約7%、新興市場に限れば何と約
21%である(注10)。市場規模でも、2006年には国別の保険料収入で中
国がトップ10入りを果たし(第9位)、BRICs諸国(ブラジル、ロシ
ア、インド、中国)の保険料収入を合計すると、米国、日本、英国、フ
ランス、ドイツに次ぐ世界第6位の市場規模となる。筆者が中国の大
手生保会社のCEOと話した際にも、「年率15∼20%の成長では十分と
はいえない。もっと伸びている会社も多い」と非常に強気なコメント
が聞かれた。
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国際保険監督規制の最近の動向
このような新興市場における保険ビジネスの拡大や保険会社の国際
活動の増大に伴い、保険規制・監督面での国際協力が不可欠となって
きているが、この面での各国のIAISに対する期待は大きく、責任
の重さを痛感している。国際基準を策定、履行していく上で、世界第
2位の市場である日本の協力は不可欠であり、各国の日本に対する期
待は大きい。IAISの主要メンバーとして主要な委員会、小委員会
でイニシアチブをとっていただいている金融庁や、オブザーバーとし
て積極的に意見発信をしていただいている生損保協会や生保、損保各
社の協力に改めて感謝申しあげたい。引き続き、IAISの活動を積
極的にご支援いただければ幸いである。
(注10)スイス再保険「シグマレポート」2007年第4号に掲載のデータに基
づく。
【参考文献】
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誌第75巻第4号、2007年7月。
・重原正明「保険の国際会計基準−現況と課題」本誌第75巻第6号、2007年11
月。
・大久保亮「銀行・保険・証券の監督とリスク管理」本誌第75巻第6号、2007
年11月。
・河合美宏「国際保険監督規制の最近の進展」『損害保険研究』第69巻第3号、
2007年11月。
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