6 破産管財業務等に係わる事例

6 破産管財業務等に係わる事例
6-①
破産管財人が交付要求を失念して配当手続を終了した事例
事案の概要
弁護士 Y は、A 株式会社の破産管財人として職務遂行中、X 労働基準局から、A 社の滞納保険料
について適法に交付要求を受けていたにもかかわらず、これを失念したまま配当手続を終了させて
しまった。
その後間もなく、Y は X 労働基準局から交付要求に関する照会を受け、本件事故が発覚した。
なお、本事例は、平成16年の約款改定前のものである。
相手方の請求金額
1450 万円
保険金請求額
145 万円
責任の有無
有
支払保険金額
145 万円
コメント
破産管財人は、破産法 164 条により、利害関係人に対し損害賠償責任を負担するが、配当に関わ
る過誤については、次のとおり、種々の問題が提起される。
まず、損害の有無に関し、配当は錯誤によるものであるから無効であり、配当を受けた債権者か
ら返還を受けるべきであって、損害が発生したといえないのではないか。
つぎに、損害賠償額に関し、相手方にも配当公告に対し異議を述べなかった等の過失があり、過
失相殺されるべきではないか。
さらに、支払保険金額に関し、破産管財人の報酬は、通常、ミスのないことを前提として支払わ
れているところ、ミスが明らかとなっていれば、相当額の減額をされたと思われるから、破産管財
人にはいわば利得が生じており、一種の損益相殺により、支払保険金額は減額されるべきではない
か。
その他に様々な問題が議論されている。
こうしたことから、相手方の請求金額から相当額を減額した上での示談や支払保険金額につき相
当額の減額をなすという運用がなされてきた。
なお、破産管財人の中には、繰り返し事故を起こし保険金請求を行う被保険者がいるようである
が、こうした事実を裁判所に知らせる適当な制度がないことも問題となっている。
これらのことを踏まえて、破産管財業務については、報酬額の 50%を免責とすることなどの約
款改定がなされた。
解決
Y は、X と交渉し、交付要求額の 10 分の 1 の金額を賠償することで示談が成立し、同額が、Y
に、保険金として支払われた。
類似事例
破産管財人の事故は、業務態様の中では、飛び抜けて多い。
典型例は、本例に示した交付要求の失念である。
また、破産管財人が否認権を適切に行使しなかったとして、訴訟提起された事例も存在する。
6-②
破産管財人の善管注意義務違反と損害との因果関係を否定した事例
事案の概要
弁護士 X は、A の破産管財人であったが、請求者 Y の別除権付破産債権届出(31,567,000 円)
に対し、債権調査期日に全額異議を述べ、別除権の対象不動産の任意売却、受け戻しにより当該破
産債権の不足額が明確になり、Y は、上記届出債権のうち弁済を受けた金額(404,450 円)を取り
下げた。しかしながら、弁護士 X は、上記異議を撤回することなく最終配当を終了したため、Y は
配当を受けとることができなかった。Y は弁護士 X に対し、上記異議が撤回された場合に受けるこ
とができた配当相当額の損害を被ったと主張して破産法 164 条 2 項による損害賠償請求訴訟を提起
した。
相手方の請求金額
13,227,771 円
責任の有無
無
保険金支払の有無
無
支払保険金額
0円
コメント
破産管財人の善管注意義務(法 164 条)の問題であり、交付要求の見落としの事例とともに破産
管財事件における事例の一つである。
かねて破産管財の実務において、破産管財人が、別除権付破産債権の有無及び金額を争わない場
合にも、別除権の存在を理由として、届出債権全額について異議を述べることが行われてきた。こ
れは、破産管財人が、別除権の不足額の証明がないにもかかわらず別除権者に対して配当を実施す
るという過誤を避けるための、便宜的・慣行的なものであった。
そもそも、破産財団に属する財産の上に抵当権を有する債権者は、別除権者として、破産手続に
よらずに抵当権を行使して債権の回収を図ることができるが、抵当権を放棄し、又は抵当権の実行
によって弁済を受けることができない債権額(不足額)を証明すれば、一般債権者と同じ立場で破
産手続における配当を受けることができる(破産法 92 条、95 条、263 条、277 条)
。
この不足額の証明について、控訴審判決は「破産管財人が事実上不足額の確定を認識し得ただけ
では足りず、当該破産債権者において破産管財人に対し、明示的にすべきものと解される。破産管
財人が別除権者に対し、不足額の証明を促す義務を負っていると認めるべき法的根拠がなく、また、
破産債権者にとって不足額の証明をすることによって、一般債権として破産手続きによる配当に与
することができることは自明である。債権届出の取下書をもって別除権付債権の弁済不足額の立証
趣旨ではないかと趣旨確認を要するとはいえない。」として、上記損害賠償請求を認めなかった。
本件事案は、破産管財人の善管注意義務違反の内容として異議の撤回義務を否定したもので参考
に値する。別除権を有した場合であって、不足額があるような場合は、破産管財人に対し不足額を
証明する必要がある。
6-③
民事再生法による債権届出期間内の相殺を看過した事例
事案の概要
弁護士 X は、請求者 Y から再生会社(平成 12 年 10 月 13 日再生手続開始決定)に対する債権債
務の相殺について相談を受けたが、その際に誤って再生届出期間内に発生した支払債務
(12,075,000 円)と再生会社への債権(11,224,500 円)が相殺できる旨説明し、かつ相殺通知が
債権届出期間内に必要であるにもかかわらず、届出期間内に相殺適状にあればよいと誤信し、届出
期間経過後に相殺通知をしたことにより、Y から損害賠償を請求された。
其の後、上記相殺については、再生会社申立代理人との交渉において、再生手続開始前に発生し
た 3,039,645 円についてのみ相殺が認められた。
Y が主張した損害は、上記の誤った説明により、再生手続開始後に再生会社に対する工事注文を
取り消さずに 750 万円の債務を発生させたが、同債務につき相殺が制限されるのであれば、注文を
取り消し Y で工事すれば半額(3,670,000 円)の支出で済んだこと、上記 3,039,645 円についても
再生手続開始前に発生した債務のみ相殺できるとの説明を受けていれば、弁護士 X に 450 万円と
回答していたことにより、合計 514 万円の損害を被ったとした。
相手方の請求金額
5,140,000 円
責任の有無
有
保険金支払の有無
有
支払保険金額
2,042,330 円
コメント
本件事案は、弁護士の説明義務違反の典型事例でもある。
弁護士 X の受任内容は、Y の再生債権届出及び Y と再生会社との間の債権債務の相殺手続等の
法律相談及び各手続の受任であった。
弁護士Xの過失は、明らかである。即ち、①X が再生債権と相殺できる債務は、再生手続開始前
に発生させた債務であるのに、再生債権届出期間迄に発生した債務と誤信したこと(民事再生法 93
条)②X が相殺通知できる期限が再生債権届出期間内であるのに、相殺適状に達しておれば、届出
期間以降でもよいと誤信したこと(民事再生法 92 条)にある。
昨今の目まぐるしい法令の制定、改正がなされている状況で、弁護士が日々の研鑽を積み重ねる
ことの大切さを教示する事例である。
また、審査会では Y の損害の範囲が問題となり、①X が Y に対して正しい説明等をしたことに
よる Y の不利益から誤った説明等をしたことによる Y の不利益を差し引いた損害
②X が誤った
説明等によって、Y が再生会社に発注したことによる損害(利益率 10%)の合計額(2,042,330 円)
によることとなった。
事案に応じて緻密な損害査定を行っているところ、本件事案は同種事例における保険金支払基準
の参考例でもある。