玄武は硬いだけのかませという風潮 めそ タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 玄武は硬いだけのかませという風潮 ︻Nコード︼ N5737CH ︻作者名︼ めそ ︻あらすじ︼ 玄武。それはよくある四神の一角。朱雀、青竜、白虎と並びロマ ン溢れる中二ワードの一つ。だが四神の中で一番のネタ扱いされて いるキャラでもある。 古くは魔界塔○Sa○aや幽○白書。その中では一番最初に出てき てはやられるという入門扱い。ゲット○ッカーズに至っては一コマ で終わるというあまりにも不遇な扱い。しかもやられる相手は主人 公ですらなく、準レギュラー格という始末。 そんな玄武の扱いに反逆すべく、玄武の玄武による玄武のための玄 1 武愛でできた作品です。 あ、あらすじは集団トリップした一人の少年が玄武の力を宿して玄 武無双する話です。 ※本作はあくまでシリアスの皮を被ったコメディです。 ※他サイトでも掲載してます。 2 1 くろいわたけし もがみ 黒岩剛はぼっちの中学一年生である。 ﹁ねえねえ最上ちゃん、今度皆でボウリング行こうって話があって ねー。あ、おーい。黒岩くん椅子借りるねー﹂ ﹁あ、う、うん。いいよ赤崎君﹂ ﹁サンキュ。いつも悪いねー。でさでさー﹂ 昼休みではクラスでも可愛い女子の隣の席になったのはいいが、 自分から積極的に話しかける事も視線を向ける事もできず、こうや って他からやってきた男子に席を取られる事は日常茶飯事。 見た目は気弱そうな文系少年で、姿格好もおしゃれさを感じさせ ず、生真面目に学ランをそのまま着ている。 ちょっと脅しをかければ泣き出してしまいそうなくらい気弱で、 まさにもやし君と言った名前負けの少年。掃除時間に他の人がおし ゃべりやふざけあって遊んでいる中でもせっせと一人掃除をやって 行き、他の人に何か頼まれたら素直に手伝う。 そんな子だった。 そして今日もまた一人、めいめいに楽しそうにわいわいやってい るクラスメイトを尻目に、昼休みと放課後を図書館で過ごす日々。 友達なんていない。あまり滑舌良く上手く喋れない事にコンプレ ックスがあり、よくどもる彼は一人本を読みふけるのが常だった。 とは言ってもシートン動物記とかロビンソン・クルーソーだとかラ イトノベルだとか、そういう方面なのだが。純文学や外国文学はイ マイチ食指が伸びなかった。 3 それでも特にイジメのターゲットにされるわけでもなく、目立た ず大人しくしながら平穏な日々ではあったのだ。 それが激変したのはある修学旅行の日。京都の金閣寺を出てホテ ルへ移動していた時だった。 ﹁ちょ! 危ない!﹂ ﹁ぶつかる!?﹂ ﹁いやーーーーーー!﹂ 黒岩剛のクラスを乗せたバスのどてっ腹にトラックが突っ込んで 来たのだ。交差点でのスマホいじりによる信号無視だった。 しかもそれだけでは飽き足らず、近くの工事中のビルから鉄骨が バスへと落下し、カーチェイスをしていたアメ車がバスの正面から 突撃し、空ではカラスの編隊が魚鱗で飛び交い、黒猫の親子5匹が 俊敏な動きでバスの前の道路を横切っていったのだ︱︱! その結果、バスの中にいた生徒達は忽然と姿を消した。 後に残ったのは引率の教師とバスガイドのお姉さんと運転手のみ。 とある事情で学校に潜伏していた偽りの教師にして現役殺し屋と いう稀にいる若き男性はすぐさま近くにいたバスガイドのお姉さん を抱き寄せ、ハリウッドのアクションスターばりの身のこなしで脱 出へと動く。中年のバスの運転手もまた、たまたま湾岸戦争を生き 抜いた経歴をもつ男性だった。その嗅覚から危険を察知し、プロド ライバーとしての誇りをもってハンドルを操作しながらも車内の教 師とアイコンタクトで脱出を促す。 銃弾と共にバスの窓がぶち破られ、飛び出す三つの影。 ﹁やれやれ。またとんでもない事に巻き込まれたようだな﹂ ﹁何者だ、君は。一目見た時からただ者ではないと思っていたが⋮ ⋮何故運転手なんかをしている﹂ ﹁それを言うならそっちこそ、ただの教師ではないだろう? 僕は しがない運転手、今はそれでいいだろう⋮⋮﹂ 4 ホロ苦い笑みを浮かべる運転手に、教師は﹁やれやれ﹂と肩を竦 めた。 ﹁それより、生徒達の事も気になるが新手だ。どうやら話は通じそ うにないな﹂ 銃声がビル街の中で鳴り響く。 ﹁撃ってきたか。俺は一旦逃げる。付いて来る来ないは好きにしろ﹂ 教師と運転手は互いに顔を見合わせ頷きあった後、バスガイドの お姉さんを連れて千年古都の宵闇の中へと駆け去って行った。 忍び寄る国家陰謀の魔の手。血に彩られた過去が清算を迫って追 って来る。 再び帰ってきた銃弾と硝煙の世界。 未だ彼らに安息の日々は許されない︱︱! なおバスガイドのお姉さんは本当にただの巻き込まれです。 ﹁いやあああああああああーーーーー!?﹂ なにやら残った方はガンアクションの様相を呈してきたが、それ はさておき消えた生徒達である。 バスから忽然と消えた生徒達は暗闇の世界にいた。 見渡す限り何もない、ただの闇が広がる世界。大地も空もなく、 落ちているのか浮かんでいるのかも分からない。 まるで無重力の宇宙のような空間。ただ周囲には太陽も星も何も なく、けれど同じクラスメイトの皆だけはハッキリと視認できる不 思議な世界に、皆はいた。 ﹁な、なんだよ⋮⋮ここ﹂ 黒岩剛がそう声にしようとして、できなかった。喉を震わせ、口 を開いても音が一切伝わらないのだ。 音を伝播させる空気、物質が一切ない世界。そこでただ生徒達は パニック一歩手前で身振り手振りで感情を伝える事しかできなかっ た。 一分が経ったのだろうか、十分が経ったのだろうか。時間すらよ 5 く分からないが、体感としてはそう待つことなく変化は起きた。 気がつけば数匹の小動物らしきものやよく分からない何かがふよ ふよと浮いていた。 それは赤い鳥だった。 それは青い蛇だった。 それは白い猫だった。 それは黒い亀だった。 それは黄の蛇だった。 それは金の鹿だった。 それは黒い犬だった。 一様に手の平サイズの小さなそれらは、生徒達の間をフラフラと 泳ぐようにさ迷い、やがてそれぞれが別々の生徒の前で動きを止め た。 ばんてんいんよろず 三十人近くいる生徒の中、正体不明のそれらを間近で見る事にな ったのは赤崎蓮、青山涼、白野珠、黄田豪一郎、金子燐、万天院万。 そして、黒岩剛。 この七名だった。 それらはゆっくりと彼らの体へと近づき、額や胸、手などに触れ たと思った瞬間、吸い込まれるように消えていってしまった。 黒岩剛の前にいたのは黒い亀だった。それは首の中へと消えてい った。 ﹁な⋮⋮なんだったんだ、今の﹂ 皆が皆、疑問に思っていた事であったが、やはり誰にも分からな かった。 そして、突然の光が暗闇の世界を塗り替える。 あまりの眩しさに剛は慌てて瞼を閉じる。だが、その上からでも 光は網膜を突き刺していく。 その中で低く、重い声が脳内に鳴り響いた。 ”儂の名は玄武⋮⋮守護すべき民を失い、忘れ去られた神” 6 うつしよ ”儂らは信仰を失い、現世から追放され消え行く定めにあった。だ が、今一度ここに星は結ばれた” ”異世界の子よ。儂の依り代たれ。さすれば主に四神が一つ、玄武 の加護を授けよう” ”山が如き肉体と堅固なる武を主に。そして儂が司りし水霊を” ”使徒よ⋮⋮” 急速に気が遠くなる中、そんな幻聴のような声を最後に黒岩剛は 完全に気を失った。 そして次に皆が気がついた時、彼らは山の高原のど真ん中にいた。 ﹁な、な、な、なにここ⋮⋮どこなの⋮⋮?﹂ 足元は緑の絨毯が敷き詰められ、ちらほらと黄色や白、赤の花々 が咲いている。 ちょっと顔を上げれば遮るものがない360度のパノラマ。 どこまでも広がる空に、手が届きそうなくらい近く感じる大きな 雲。 空には見た事のない、プテラノドンのような翼と鉤爪を持った怪 物が飛翔し、眼下に広がる樹海からは聞いた事もない怪獣のような 咆哮が聞こえてくる。 遠目からも分かるほど真っ赤に燃え盛るイノシシのような体を持 つ何かが獣道を突っ切っている。 それらは何一つ、彼らの記憶にも知識にもない生き物だった。 ﹁地球じゃ⋮⋮ないの?﹂ 7 2 ﹁何だよこれ!﹂ ﹁知るかよ!﹂ ﹁どうしよう、ねえどうしよう!?﹂ ﹁バスは! バスはどこ!? ここ京都だよね!?﹂ ﹁なんかワープキターーーーー!!﹂ ﹁ちょ、ケータイ、スマホ繋がらねえ! 電波無しってどこだよこ こ!﹂ ﹁なにー? うるさいにゃぁ⋮⋮まだホテル着いてにゃいのぉ⋮⋮ ?﹂ ﹁またか! またこのパターンかこのクソッタレ!!﹂ ﹁やれやれ⋮⋮随分と騒々しいな﹂ ﹁あかりちゃーん! あかりちゃーん、どこぉー? あっ、いたぁ ! よかったあああ。うわああああん!﹂ ﹁みきっちー! 心配したよー! よかったー、一緒だった!﹂ 最初はパニックだった。 とにかく親しい友人の顔を捜し、無事を喜び合う。そしてその後 は不可解な現状確認だ。 京都への修学旅行中、ホテルに向かってバスの中にいたはずだっ た。 覚えているのは乗っていたバスに、交差点でトラックが突っ込ん できた事。 そして星のない宇宙のような空間で、変な小動物らが現れた事。 8 気がつけば、ここにいたこと。 これが彼らの分かる全てだった。 一種の恐慌状態の中、人の輪から離れていた黒岩剛は目が覚めて からずっと身体に異常を覚えていた。 ﹁な、なんかすっごく体が重い⋮⋮なんで?﹂ まるで体が石や鉛になったかのようにズシリと重力が倍になった ように感じるのだ。 一歩、足を持ち上げるのにも意識して力を入れないとダメで、も し今のまま走っても全速の半分も出せないだろう。 ﹁こんなになってるのって僕だけ⋮⋮? そういえば、ゲンブの加 護とか⋮⋮ゲンブ⋮⋮亀⋮⋮玄武!?﹂ ライトノベルやマンガが好きな彼は中学二年を目前にした男子。 こういう四天王とか二大巨頭とか最強とかいうキーワードに痺れと 憧れを感じちゃうお年頃。ネットで単語をググれば芋蔓方式でずる ずると色んな単語が出てくるので、中国の四神と呼ばれる神の事も 概要だけは覚えていた。 ﹁まさかこれが⋮⋮玄武の加護?﹂ 胸で高まるロマンの波。頬がわずかに紅潮するが、すぐに引いて いってしまった。 ﹁でもこれって加護っていうより呪いじゃあ⋮⋮動き難いし﹂ 目に見えるほど肩を落とす。 それからふと、自分には玄武と思わしき亀みたいなのが近づいて きていたが、他にも数人ほど似たような目にあったはずと思いなお して辺りを見渡した。 するとやはり一人を除いて五人が何らかの異常を抱えていた。 だが、その異常さは黒岩剛とはベクトルが明らかに違っていた。 ﹁すっげえ⋮⋮これが朱雀かぁ﹂ 背から1mにも満たないくらいの炎の翼を出して、調子を確かめ るように10cmほど宙に浮いているのは赤崎蓮。手からはガスバ ーナーのように真っ赤な炎が勢いよく噴出している。それを前にし 9 ている赤崎蓮自身は火の耐性があるのか、まったく熱を感じていな かった。 なんどか宙に浮く感覚を確かめていた赤碕は、やがて満面の笑み を浮かべて勢いよく空へと飛び上がっていった。 墜落死の危険も顧みず、突然得た力に夢中になってどんどん空へ と上昇する。辺りにおっかなそうな怪物がいない事を確認し、ちょ っと上空の強い風に流されかけたりもしたが、翼を色々と動かして どう動くかを試し、満足して再び地上に降り立った。 ﹁帰ったぜー﹂ ﹁すげーすげーアカ君すげーよ! って、あちっ!﹂ ﹁あ、わりーわりー。今消すわ⋮⋮こうかな? 違うか、んん⋮⋮ こんな感じか?﹂ ﹁お。火の翼が消えた。ねえねえその翼どんな感じなん?﹂ ﹁なんかさー、背中に新しい感覚があるんだわ。それに力入れると さっきみたいに翼が広がる感じでさー。あ、最上ちゃん見てた見て た? 俺格好いい? 格好いい?﹂ ﹁うん、わたしすっごくびっくりしちゃった⋮⋮﹂ ﹁なんでもあの鳥みたいなのが言うには、これが朱雀の加護だって ! 空を自由に飛べるってさ! 今度うまく火加減調整できるよう になったら一緒に空飛ぼうよ! ね、いいでしょ! 絶対楽しいっ て!﹂ あっと言う間に仲のいい男女クラスメイト十人以上に囲まれる赤 崎蓮。 よっぽど未知の体験に興奮しているのか、前のめりになって今に も女子に抱きつきかねないくらいだ。 また他にも女子の白野珠も数人の友人の女子に囲まれていた。 ﹁あたしは白虎っていう猫みたいなののカゴっていうの? なんだ けど⋮⋮足がすっごく軽いの。ほら、見て! たったの二歩で50 mくらいいけたよ! うわーうわー。なにこれー! しかも銅とか 鉄とか操れるってさ!﹂ 10 そう言ってソフトボール部の彼女は手の平から中身の詰まった金 属バットみたいな鉄塊を創ってみせた。 他には青山涼という男子も。 ﹁僕は青竜だね。蓮と同じで空を飛べる。ん⋮⋮ちょっと飛ぶ時の コントロールが難しいな。蓮みたいにはいかないや。そして⋮⋮雷 や植物が操れるみたい。こんな風に、ね﹂ 弾くような耳をつんざく激しい音と共に、涼の手の上に稲光と共 に稲妻が駆け巡っている。更にその足元では草が異常な速度でその 背丈を伸ばしていた。 残りの黄田豪一郎や金子燐も似たようなものだ。黄田豪一郎は黄 竜、金子燐は麒麟だった。 ばんてんいんよろず ただ、唯一クラスに馴染もうとせずにおっかない不良と見られて いる万天院万だけは、いつの間にか一人この場から姿を消していた。 元々集団行動を好まず、修学旅行の班員からも腫れ物扱いしてさ れていたのだ。生徒達は戸惑いながらも﹁勝手な行動するやつが悪 い﹂という結論で落ち着いた。 ﹁そっかぁ⋮⋮僕だけこんなか⋮⋮皆いいなぁ。なんだよ玄武って ⋮⋮考えてみたらマンガとかでも朱雀とかに比べたら魅力ないし、 雑魚だし⋮⋮﹂ 一人、親しい友達もおらず、かといって輪に入る勇気もなくポツ ンと所在なさげに突っ立っていた時だった。 ﹁あ、確か黒岩くんもだったよね﹂ ﹁え?﹂ 隣の席だった最上小鳥が唐突に話を振ってきて、思わず黒岩剛は うろたえた。 ﹁黒岩くんも、あの時、真っ黒な所で何かいたよね﹂ ﹁う、うん。そうだけど⋮⋮﹂ いきなり周囲から視線を浴びせられ、しかもクラスでも可愛いと 男子に評判の女子に距離を詰められ、少年はただただ硬直するしか なかった。 11 間近で見る、その小動物のように可愛らしい笑顔と無邪気さに慣 れない黒岩剛はついドギマギしてしまう。背中にじっとりと汗が滲 んできた。 それにしても、と思う。 ﹁最上さん、見てたんだ⋮⋮﹂ 誰も気付いていない、誰も自分の事を見ていないと思っていただ けに、なんだかこそばゆい感じがして顔が緩みそうになるのを必死 で抑える。 ﹁へー。黒岩くんは首に亀の刺青みたいなのがあるね。赤崎くんは 左手で、青山くんは額なんだって﹂ ﹁そ、そんなのあるの? 見えない⋮⋮﹂ ﹁うん。ほら⋮⋮鏡。どう、見えるかな?﹂ ﹁あ、あった⋮⋮へえ、こんなのできてたんだ﹂ 手早く取り出してくれた手鏡を覗き込む。 ﹁って、これまんまキトラ古墳の壁画のやつじゃないか⋮⋮﹂ 首には小さく玄武の姿を模した印が浮かび上がっていた。 ﹁あ、ありがとう最上さん、もういいよ﹂ ﹁そう?﹂ ﹁小鳥ー。ちょっとー﹂ ﹁あ、ほら呼んでるよ﹂ ﹁うん。あかりちゃんが呼んでるから行くね﹂ ﹁う、うん⋮⋮﹂ 小走りで駆けて行く彼女をポツンと見送る。背中で三つ編みの長 髪が揺れていた。 やがて喧騒と熱が引いていった後に残るのは不安だった。 年長たる教師はいない。いるのはクラスメイトだけ。 ﹁とにかく、ここにいても仕方ないし、移動しようよ。喉が渇いて るやつもいるから水も探さないと⋮⋮﹂ 誰が停滞した空気を打破するのか、牽制し合っていた所に口を開 いたのはクラスでも音頭を取る事の多いリーダー格の一人、青山涼 12 だった。 ﹁でもさ、遭難しないかな⋮⋮ほら、よく言うじゃん。歩き回って 余計に遭難するって話﹂ ﹁いや俺ら、元々迷子⋮⋮じゃなくて遭難してるようなもんだし⋮ ⋮﹂ 隣の顔を伺うばかりで中々行動に移せないクラスメイト達。 そこに一つ、手を叩く音が大きく響いた。 ﹁よし、待ってろ!﹂ 赤崎蓮だった。彼は再び火の翼を出して火の玉のように大空へと 飛び立ち、ぐるりと小さく円を描くように回って降りてきた。 ﹁空から見えた。太陽の方向は地平線まで樹海が広がってるけど、 その反対側は平野になってて、町みたいなのがあったぞ!﹂ ﹁本当!?﹂ ﹁よかった。恐竜時代じゃなくて、ちゃんと文明があるんだ!﹂ ﹁けど、言葉通じるのかしら⋮⋮﹂ ﹁このままここにいたってどうしようもないだろ⋮⋮何が食べれる のかすら分かんねーんだぜ⋮⋮?﹂ ﹁そうだよな。とにかく、いつまでもここにいたってしょうがねぇ。 まずは下りようぜ﹂ ようやく意見がまとまり始め、多少は明るい空気が戻ってきた。 ﹁ところで町とやらの文明のレベルはどうだった?﹂ ﹁涼、レベルって?﹂ ﹁⋮⋮家とかどうだった? 弥生時代みたいな木と藁でできた家だ った? それともレンガ作り? まさか車が空を飛んでたりする超 ハイテクじゃないよな?﹂ ﹁あー、あぁ。なんか煙突とかあって、こう、ぐるりと赤茶色の壁 が二重三重に町を囲んでたな。その中にギッシリと家みたいなのが 詰まってる感じ﹂ ﹁煙突⋮⋮日本の可能性は低くなったね⋮⋮まさか外国にワープ? それとも⋮⋮タイムワープとか⋮⋮? ああ、そもそもあの遠く 13 に見える不可解なモンスターみたいなのがいる時点でもう、地球じ ゃないか⋮⋮﹂ ﹁あと俺らと町との間にものすっげえごっつい基地みたいな建物も あったな﹂ ﹁⋮⋮まさかその町、国境か? だとしたら警備が厳重なはずだ⋮ ⋮ちょっとマズイかもな。町に入れないかもしれない﹂ 青山涼はその言葉は自らの胸の内だけに留めた。折角ようやく軽 くなった空気を、またここで重くしてもなんらプラスにならないと 判断しての事だ。 そして方針と向かうべき方角も決まったところで、彼らは移動す べく荷物をまとめ始めた。 なおも家に帰りたいと泣き出す女子。 ここから動きたくないと膝を抱えて抵抗する男子。 それら皆を青山らがなんとか宥めすかし、ようやくして一行は山 を下り始める。 ﹁皆、心配するなって。見たところ、でっかい怪物は遠くにしか見 かけないし、狼くらいなら俺らで追い払えるって! なあ皆!﹂ 自信家な赤崎蓮のその掛け声にめいめいが返事をするなり頷くな りする、特異の能力を得た五人。 玄武の力を得た黒岩剛もまた、己の行動を縛る体の重さに辟易し ながらも気弱に頷くだけだった。 14 3 背の高い雑草が生い茂り、虫が飛び交う道無き道を生徒達はビク つきながらも下りて行く。 下りがあれば登りもある。起伏に富んだ山は12,3歳の少年少 女らには少々厳しいものがある。 高所による体調不良を訴える者がいつ出てくるかという懸念もあ る。 とにかく空から見えた方角を頼りに真っ直ぐ。急勾配の斜面があ れば青山涼が青竜の力で持って頑強な蔦のロープをいくつも生み出 し、命綱の代わりにして下りていく。 ﹁無理! 無理! 絶対無理! こんなのできないよ! 怖い!﹂ ﹁仕方ないなぁ⋮⋮じゃあ僕が飛んで運ぼうか?﹂ そう言うのは青竜の加護を得た青山涼だ。彼なら一人くらい抱え て飛べる。 ﹁うん、お願い﹂ 幸いその女子は男子とくっつくのにさほど抵抗がないタイプだっ たため、そのまま言葉に甘える事にした。 なお、運ぶ方法は背中か腕の中か真正面かぶら下がりかなどいく つかパターンがあるが、青山は素で背中のおんぶを選択していた。 そこに邪気は一切ない。 ちょっと顔を赤くしながらも少年の背中におぶさる女子。 下に降り立った時には二人を冷やかす歓声と、ワガママを言って 甘えたその女子への反発の視線が待っていたが。 15 ﹁足がいたーい﹂ ﹁そこ、滑りやすいから気をつけて﹂ ﹁うう⋮⋮ちょっと段差が⋮⋮制服汚れちゃうなぁ⋮⋮﹂ ﹁ちょっとー。男子、そこ邪魔ー。どいてよー﹂ ﹁くそっ、雑草がうぜぇ⋮⋮虫は変な病気とかないだろうな﹂ ﹁もうやだ。なんでこんな苦労しなくちゃいけないの。ありえない ー﹂ ﹁いってえ! 足挫いちまった⋮⋮くそ、この石邪魔!﹂ ﹁涼ちゃぁん。ケガしないでねぇ﹂ ﹁いいから燐は下がってて。僕なら大丈夫だから。ほら﹂ ﹁お。あっちに花畑がある。綺麗だなぁ⋮⋮﹂ ﹁風! 風が強いぞ! 転ぶなよ!﹂ 仲のいい友達同士のグループが固まって助け合い、或いは堪え性 のない生徒が不満やストレスを大声や暴力で発散する。 その度に生徒達の中でも人望があり、また一目置かれている青山 涼や赤崎蓮、白野珠を始めとした一部の生徒達が事態の鎮火に当た っていた。 モンスター それでも泣き出す生徒はいたし、不満が消えるわけではない。 個人によって進むスピードの差があり、いつ未知の怪物から襲わ れるやもしれぬプレッシャーから先頭は遅れている最後尾に対しイ ライラが募っていく。 その最後尾に、ドン亀と化した黒岩剛もいた。 元々もやしっ子で本の虫である彼は体を動かす事が苦手で、体力 もない。重い体を引きずるように歩くだけで精一杯だ。外からはそ んな異常が分からない事や彼以外の加護は全てプラス効果のため、 本当に彼がそんな異常を抱えているのか疑っている者もいる。とい うか嘘つき呼ばわりもされたりした。このあたりはぼっちであるが 故のクラスメイトとの信頼と信用の無さの要因が大きい。 ﹁本当なのに⋮⋮﹂ 訝しげな視線に、当の本人はそうは思っても口にはしない。でき 16 ない。 言ったら余計反発と不和を招くだけだ。 だからこの集団において友達も味方もいない黒岩剛は置いて行か れないよう、ただひたすら黙々と足を動かし続けるしかなかった。 声をかけてくれる人も、かけるような相手もほとんどない。 一人ぼっち。 内心、泣きそうだった。 ただ、最上小鳥や黄田豪一郎の二人だけは信じてくれて、険悪な 空気の仲裁に入ってくれたため、それだけが救いだった。 そうやって町を目指す間、集団の道のりは決して安全とは言いが たかった。 ﹁ねえ、なんか変な音があっちから近づいてくるよ。引きずってる 音みたい﹂ 白野珠の白虎の加護は脚力と聴覚。 戦闘向きの加護を得ているとはいえ、彼女はあくまで普通の女子 の範疇に収まる。ビンタとかした事はあっても、モンスターはおろ か小動物を殺す事には強い抵抗と忌避がある。そのため戦列には加 わらず、荒事は他の者に任せてグループの中で大人しくしていた。 そしてその鋭敏な聴覚でもって索敵の役割を必死に果たしていた。 ﹁蓮! あっち見えるか?﹂ ﹁おう、涼も雷、準備しとけ﹂ 赤崎蓮の加護は視力と火の翼。 素早く集団の前に出て、かばうような位置取りをする。 その背には正体不明のモンスターに襲われる恐怖に怯える同じ生 徒達がいる。 たった一つの手違いがあれば傷つけられ、命を奪われるという恐 怖を今、最も身近に実感している彼らはあまりにも無力だった。 赤崎蓮が森の木立の隙間から捉えた姿は蛇だった。それは丸太の ような大きな白蛇だった。しかも体長は5mはあろうかというくら いに長い。下手すると象も丸呑みできそうだ。 17 ﹁ちょ、でかいでかいでかい!﹂ ﹁いやああああ! キモイ! ちょぅキモイ!﹂ ﹁青山君、早くやっつけて!﹂ 一事が万事、大騒ぎ。 大声を上げるだけで他の山の動物らの注意を引いて新たな危険を 呼び寄せるのだが、中学一年生の彼ら全員が全員にそんな自制心が あるはずもなく。最初は注意していたのだが、1,2回の遭遇でと っくに耐久ゲージは振り切られていった。 ﹁おらあああああ!﹂ ﹁蓮、うるさい﹂ ﹁どっせーい!﹂ 特別な力を得た三人が、遠距離からとにかくその力でやたらめっ たら撃って撃って撃ちまくる。 火炎放射が。 巨岩の砲弾が。 雷撃のビームが。 手加減無用でバラバラに放たれる。 この異能を手に入れて練習する時間などあるはずもなく、コント ロールや命中率など望むべくもない。とにかく数撃ちゃ当たる。そ れしかできなかった。 そして接近されたら終わり。 あんなのが数mまで近寄ってきたら、もう皆何も考えずにバラバ ラに逃走するしかなくなる。或いは文字通り蛇に睨まれた蛙として 体が動かなくなるか。 ゆえに、遠距離だけで勝負を決めるしかない。 それに消耗を考える余裕もない。異能を使うたびに疲労が蓄積さ れていくが、失敗の代償はそのまま自分を含めた全員の命だ。ロー テーション制も考えたが、火力を下げて後ろの生徒達が安全面には 替えられないと強硬に反対され、総員全力となっている。 殺到する弾雨。近づこうとしていた白蛇はそのくねった動きで素 18 早く避けようとするが、あまりにも数が多すぎた。 ボロボロになって動きが鈍り、やがては完全に動かなくなった。 それを見届け、安全を皆に伝える赤崎蓮。 生徒達は命の危険が無事去った事にほっと一息吐いて、また山を 下り始める。 金子燐もまた治癒の能力を活用して山歩きの中で裂傷を負ったり 転んで打撲したりと、動きが鈍るダメージを治す事で集団に貢献し、 その活躍を大きく認められている。 そして最後の一人はといえば。 ﹁は、はい、水﹂ ﹁サンキュー﹂ 黒岩剛の手から湧き出し、滝のように落ちる水で生徒達は喉を潤 し、汚れを洗い落とす。 彼の玄武は水を司る。 が、どんなに勢いよく出しても水は水。ホースの代わりにしかな らない。戦闘面において彼の今の出力では多少のモンスターの勢い をわずかばかり殺す事はあっても、燃焼の火弾や衝撃の岩弾、感電 ショックの雷撃の有用性には遠く及ばない。水を怖がるモンスター でもなければ、基本的に殺傷能力はないのだ。足止めしかできない。 その上、赤崎蓮の火と非常に相性が悪い。一緒に水流を放てば打 ち消しあう始末だ。当然、赤崎蓮の方が優先される。 しかも足が遅い。戦闘行動に従事していたらただでさえ遅いのが、 ほとんど進む事ができなくなる。 その結果彼は役立たずの烙印を押されながら戦闘を免除されて、 とにかくその遅い足で一歩でも先に進むよう通達されていた。もち ろんいくらかオブラートに包まれてはいたのだが。 だが戦闘には役に立たないとはいえども、水は人が生きるために は必要不可欠な要素だ。極限まで食べる事を放棄しても一週間は死 ぬ事はないが、水がなければ4,5日程度で死んでしまう。 ここには安全な水というものは見当たらず、生水を飲む事もでき 19 ないため、現状黒岩剛の出す水は安全が確認されている事もあって 水道代わりになっていた。 ただ、他人の握ったおにぎりが生理的に受け付けないタイプの生 徒が極少数いたが、こちらは決して水を飲もうとしなかった。 そしてもう一つの役割は。 ﹁おーい、黒岩君、蓮がバラ撒いた火を消しておいてね﹂ ﹁う、うんっ﹂ 放っておいた火が燃え広がり、山火事で火と煙に巻かれて全滅な ど笑えない。 そのため、赤崎蓮がその朱雀の力を振るった後の火の後始末は水 を扱う彼の役割だった。 前方に出した手から創りだされ、放たれた水は消防車の放水に近 い。 火を消した後、後ろから最上小鳥が﹁お疲れ様﹂と声をかけてく れる。それから彼を置いて先に移動を始めている集団へと案内する のがモンスター撃退開始からの一連の流れになっていた。 ﹁おらっ、とっとと来いよ! 黒岩! おせーよ!﹂ 乱暴なせっつく声が前からする。赤崎蓮だった。 進むにつれてどんどん遅れて行く黒岩剛にイラ立ちが募っている のか、いつの間にか呼び捨てにされている。何故かこの不条理な事 態に遭遇してからというもの、赤崎蓮は黒岩剛にだけどんどん厳し くなっていた。 ﹁待って、赤崎君。今行くからー! さ、行こう﹂ クラスでは隣の席であった事と、単純に持ち前の善性から困って いる生徒をフォローをするのが最上小鳥という女子だ。そこにそれ 以上の意味はない。 勘違いしないよう必死に自制している黒岩剛だったが、やっぱり 優しくされると嬉しいと思ってしまうのは男子、女子どちらも変わ らない。 ただこれ以上迷惑をかけないよう、負担にならないよう彼は精一 20 杯頑張るだけだ。 そもそもが女子に手を引かれるのが情けないと思うくらいには男 の子の意地がある。 集団は進む。 幸いにも勝手にいなくなった一人を除いて脱落者を出す事なく。 少しずつ口数が減っていき、息を切らせる生徒が多くなってきた頃、 ふと彼らの耳は水音を捉えた。 進んで行くと切り立った崖があり、その遥か下を急な流れの大き な川が流れている。 ﹁落ちたらこりゃあ助からないな⋮⋮﹂ ﹁フラグ立てんなボケ⋮⋮お前落ちても知らねーぞ﹂ ﹁そんときゃお前も道連れにするから﹂ ﹁ひっでぇ﹂ そこは正に秘境といった風景だった。 人の手の入っていないと一目で分かる大自然は自然と生徒達の心 を打つ。 だが今は生きるための集団下山中。感動もすぐ脇に追いやって歩 き始める。 黒岩剛は既に息をぜいぜいと切らし、感動する余裕もなかった。 遅れまいと集団のケツに食い下がって、まさしく重い足を引きず るように歩き出した時だった。 ﹁待って。足音がする。数はない⋮⋮けど速い。重い⋮⋮? どん どん大きくなってくる! これやばくない!?﹂ 白野珠が後半悲鳴さながらに出した警告は、すぐに判明した。 皆にも見えたのだ。 彼女が指し示した方角。山の木々よりなお背の高い︱︱恐竜が。 それは強いて言うならサイのようであり、トリケラトプスに似て いた。ただスケールが違いすぎた。 遠目にも分かるほど巨大で、小山ほどはある体高。 二本の角は雄雄しく、その先端には今仕留めたばかりであろう虎 21 のような動物がネズミのように貫かれていた。トリケラトプスは草 食だったが、こちらの視界にいるトリケラトプス︵仮︶は肉食らし かった。 トリケラトプス︵仮︶がどんどん歩み寄ってくる。 その度に地面が揺れ、それがどんどん強くなってくる。 その目は確実に生徒達を見据えていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮無理だろ﹂ ﹁無理だね﹂ 赤崎蓮と青山蓮が揃って引きつりながら呟く。 それが引き金だった。 ﹁に、逃げろおおおおお!﹂ ﹁うわああああああああ!?﹂ 恐慌だった。 我先にと逃げ出す皆。 ﹁ま、待ってよ。置いていかないで!﹂ ﹁はやくはやく逃げろ!﹂ 運動ができない者はあっという間に差が広がり、 ﹁おいバカ! 勝手に先走るな! せめて僕達の手の届く範囲で︱ ︱﹂ 必死に青山が呼びかけるも、先頭を走る者達の耳には届かない。 バラバラに逃げてしまっては、たった数人しかいない異能持ちの カバーできる範囲から漏れてしまう。もし逃げる途中で新たな脅威 と出会ったらその時こそ命取りだ。 だがそんな冷静な判断ができる状況ではなかった。 迫り来る命の脅威はそれだけでパニックを誘発する。それもあん なに分かりやすい強大な暴威の形として見えたならなおのこと。 とにかく逃げ切るだけで頭が一杯だった。 皆に遅れる事、黒岩剛もまた走り出していた。 だが圧倒的に遅い。 クラスでもどん臭いと笑われていた女子の、その更に後を走って 22 いるのだ。しかも徐々に引き離されていく。 その恐怖たるや、言葉にはし尽くし難い。 このままではまず真っ先に自分が食われてしまう。 そんなのはイヤだと、彼は精一杯これまでの疲労をおして足を交 互に動かし続ける。 だが玄武の重量の加護は如何ともし難かった。慣れない負荷はど うしても動きを鈍くし、それがもどかしく、焦りばかりを生む。 そして、ついに追いつかれてしまった。 ﹁ブオオオオオオ!﹂ トリケラトプス︵仮︶の前方に突き出された二本の角が掬い上げ るように黒岩剛へと迫る。 だがその角が彼の体を貫く事はなかった。 ただの人間であれば胴体が千切れ飛ぶ威力の角も、玄武の加護を 持った彼の装甲を破るには至らない。また本来ならその衝撃で野球 のホームランのように吹っ飛ばされるはずなのだが、これまた玄武 の加護の重さによってわずかに跳ね上がった程度だった。 まるで巨岩を突いたような手応えに、トリケラトプス︵仮︶の表 情が不機嫌そうに歪む。 自慢の角で獲物を仕留められなかったのが業腹だったのか、トリ ケラトプス︵仮︶の目は彼一人に絞られてしまった。 当の狙われた本人は、無事を喜ぶヒマもなくまたすぐに四つんば いから起き上がって足を動かす。 だが余りにも鈍足で、絶望感だけが積み上がっていく。 必死に逃げようと走る。 だが体が重くて思うように走れない。 皆から置いていかれ、一人だけが狙われる。 まるでインパラの群れの中、獅子の狩りの獲物に選ばれた気分だ。 やがて爪と牙をその身に食い込まされ、地面に引きずり倒され、集 まってきた獅子らの胃袋に納まってしまう未来が否応無しに見えて しまう。 23 追いつかれたら今度こそ殺されてしまうかもしれない。いや、殺 されてしまう。 それは何よりも恐ろしく、また心細かった。 ﹁助けて! 助けて!﹂ もう涙は止めどなく溢れ、その声は恐怖に震え、引きつっていた。 ﹁誰かぁ!﹂ そして彼自身、誰もぼっちの自分など助けに来ないだろうと理解 していた。 だが、その悲鳴に応える者達がいた。 ﹁黒岩君!﹂ ﹁くそ、黒岩ぁ! しっかりしろ!﹂ 飛び出したのは二人。最上小鳥と黄田豪一郎。 ﹁だめだ、行くな最上ちゃん! もうあいつはダメだ!﹂ ﹁でも!﹂ 赤崎蓮に肩を掴まれ、目の前の惨状に涙を浮かべる彼女は状況が 見えていないとしか言いようがない。例え彼女が黒岩剛の下に駆け つけられても死体が増えるだけだ。 他の皆も遠巻きに見るだけで戻ろうとはしない。哀れな犠牲者を 見るに耐えないようにすぐ目を逸らす生徒もいた。 ﹁離して、助けなきゃ!﹂ ﹁なっ!﹂ それでも赤崎蓮の制止を振り切って最上小鳥は走る。そこには打 算も何もない。ただ見殺しにはできないという必死さだけがあった。 彼女の予想外の強硬な反応に、赤崎蓮もつい逃がしてしまった。 ﹁黒岩君、しっかり!﹂ 先行する黄田豪一郎と共に助けに向かってくるその姿。 ﹁あ⋮⋮﹂ それが、黒岩剛の見た最後の光景。 その胸中に去来するものが何なのか理解するより先に、彼は︱︱ ﹁ブオオオオオオ!﹂ 24 地上が遠かった。 最初は無重力感。そしてすぐに急降下。 トリケラトプス︵仮︶の本気の角の一撃は、今度こそ彼を空へと 放り投げ⋮⋮ ﹁ああああああああああああああああ!?﹂ その姿は崖下の川の中へと消えていった。 25 4 ﹁げほっ! はぁっはぁっはぁっ﹂ 黒岩剛がなんとか川から這い上がったのは随分と下流に流された 後だった。 玄武は水神の神格を持つため、水難で死ぬ事はない。 ただ、川に落ちる前にトリケラトプス︵仮︶に受けた角の一撃は、 彼の体に大きな青アザを浮かび上がらせる程度にはダメージを与え ていた。 ﹁⋮⋮ここ、どこ?﹂ 見渡せば周りは木、木、木。森のど真ん中だった。 どうやら流される内に逆方向の樹海側に迷い込んだらしい。遠く には彼を川に放り込んだトリケラトプス︵仮︶のような怪獣とも言 える巨大なモンスターがうろうろしていた。 どうも樹海側はモンスターの楽園らしい。 ﹁に、逃げなきゃ⋮⋮﹂ だがどうやって? 方角も分からない。辺りはモンスターだらけ。食料もない。 一体どれだけ走れば助かるのか。 何も分からない。 ﹁みんなぁ⋮⋮﹂ 見知らぬ世界に一人ぼっち。 例えただのクラスメイトという簡素な間柄であっても、知ってい る顔がいないという事は非常に不安を駆り立ててくる。 26 ﹁ん⋮⋮?﹂ ふと、気がつけば見られていた。 じっと見つめる視線。それは森の獣たち。 鳥が、オオカミや猿やカモシカらしき何かが、また水の中からは カバらしき何かが彼の様子を窺っている。 ﹁ひっ⋮⋮⋮⋮﹂ 立ち上がる事すらできず、尻餅をついたままずぶ濡れの体を引き ずって後退る。 後退る分だけ、獣らはゆっくりと距離を詰めてくる。 狙われている。 彼はそう認めた瞬間、脱兎の如く駆け出した。もう方角もくそも なかった。とにかくこの場にいたくないという衝動に任せたまま森 の中へと駆け出した。 ﹁オオオオオォォォォーーーーン!﹂ 背中から遠吠えが聞こえる。 複数の気配が追って来る気配を感じながら、黒岩剛は一人重い体 を引きずるように我武者羅に走った。 幸いにも玄武の加護は彼を守った。 その装甲は強力で、そこいらのモンスターでは彼に傷一つ付けら れなかったのだ。 どれだけ牙を突きたてられても、爪で殴られても、物を投げられ ても、彼の体はビクともしなかった。 噛み付いたまま巣穴に引きずりこもうとしても、その見た目から は想像もつかないほどの重量に、逆に獣達が引きずられる始末だ。 だがそんな安全も、森の中をさ迷う彼の心を慰めはしなかった。 吠え立てられれば恐ろしいし、唾液を撒き散らしたまま大口を空 けて勢いよく噛みつかれれば怖いとも感じる。 どれだけさ迷い歩いたのだろうか。 ただどんどん樹海の奥へと迷い込んでいる事だけは、その周りの 27 風景や空気の濃さからなんとなしに分かった。 ﹁なんで、こんな事になっちゃったんだろうなぁ⋮⋮﹂ 精魂尽き果て疲れ果てた顔で、足を引きずりながら少年はポツリ と呟く。 もう涙も枯れ果ててしまった。 ﹁どうして⋮⋮僕がこんな目にあうんだよぉ⋮⋮何も悪いことなん てしちゃいないのに⋮⋮﹂ 誰もいないのだと。このモンスターの楽園の中、一人ぼっちなの だと痛感し、諦観の念すら抱いてしまっている。 ﹁ただ⋮⋮静かに、ひっそりと隅っこでいただけなのに⋮⋮誰にも 迷惑なんてかけてなかったのに⋮⋮神様のバカ﹂ そのささやかな罵倒は信仰上の神に対してなのか、それとも己の 内に宿った玄武に対してなのか。それすらも分からなかった。 ただひたすら億劫だった。 そしてフラフラと歩き回った後、彼が辿り着いたのは小高い丘の 上だった。 そこからは樹海が一望できた。 辺りに獣の気配はない。怪鳥が上空をグルグル回っているが、見 ているだけで決して下りてこようとはしなかった。衰弱するのを待 っているのかもしれない。 だがそんな事に構わず、黒岩剛はそのへさきに身を投げ出すよう に座り込んだ。 動くのを止めた途端、とりとめのない思考が溢れ出す。 それは両親や妹の事だったり。 それはこれまでの学校生活だったり。 それは昔の楽しかった事だったり。 それは家で兄弟同然に育ったビーグル犬の事だったり。 それは図書館で読みふけった本の事だったり。 それは隣の席の最上小鳥の事だったり。 そして最後には己の今の境遇へと辿り着く。 28 クラスメイトに置いていかれ、迷ったあげくに一人ぼっち。 はびこ 帰り道も分からない。行く当てもない。 モンスターの蔓延る樹海の真ん中に一人、こうして座っている。 ﹁どうしてこうなったんだろう﹂ 思考のループ。 何度考えても結論はいつまで経ってもでず、堂々巡りばかり繰り 返す。 グルグル回る原因と結果は、どれも正しいようで、どれも違う気 がする。 次第に何故こんな事を考え始めているのかすら分からなくなり、 自らの内へと没頭していく。 自分でも分からない何かを探し求めて。 そうやってずっと座りこんで考えていた。 何も飲まず食わずで、ずっと。太陽が沈んで、昇って。それを何 度か繰り返す。 獣達は近寄ろうとはせず、遠巻きに様子を窺うばかり。 次第に意識は朦朧とし、体が衰弱し、意識が混濁していく。 それでも思考は止まらなかった。 愛とは何か。 友情とは。 正義とは。 社会とは。 人とは。 強さとは。 弱さとは。 人生とは。 喜びとは。 ⋮⋮自分とは一体何なのか。 浮かんでは雲海の果てへと消えて行く。 いつの間にか完全にうつ伏せに倒れていた。 29 それでも体を起こす気にはなれず、ずっと視線を空にさ迷わせ、 虚ろな表情で樹海を眺めていた。 もう目を開けているのか、閉じているのかも分からない。気がつ けばずっと暗闇の世界。 どれだけそうしていただろうか。 ある時ふと何かが目を刺し、顔を上げようとする。 死にかけの弱弱しい体に鞭打って、前を見る。 そこには今、まさに昇ろうとしている太陽があった。 ﹁ああ⋮⋮﹂ 朝日に照らされる樹海はあまりにも雄大で、そして美しかった。 そこには獣の営みがある。 あまりにも単純で、明確な弱肉強食の原初の世界がある。 その光景に心打たれ、少年は呆然と涙を流す。 ただただ感動に打ち震え、握りしめる拳にはこれまでにない力強 さがあった。 ﹁そうか⋮⋮﹂ 天啓的に一つの閃きが降りてくる。 それは絶対的な確信を以ってこの上なくすんなりと受け入れられ た。 ﹁筋肉こそが⋮⋮正義なんだね⋮⋮⋮⋮﹂ 如何なる経緯を経てそのような結論に達したのか不明ではあるが、 彼は一つの悟りっぽい何かを胸にゆっくりと立ち上がり、森の中へ と消えていった。 その足取りにもはや迷いはない。 そして彼は野生に帰った。 彼が一体何を見て、何を思ったのか。 30 それは太陽だけが知っている。 31 4︵後書き︶ 一体何を思ってそんな結論になったのか。 どうしても知りたい人は太陽に聞いてください。 作者は知りません。 32 5 異世界セフィロート。 そこは十の国々から成る世界。剣と魔法と神霊が人々と共にある 世界。 剣は岩を割り、魔法は大火球を生み出す。 その中でも神に選ばれ、その加護と力を与えられた使徒と呼ばれ る者は絶大な力を振るって君臨していた。 例えば北は雷神トール、例えば南は狂神アレス。かつて東には医 神神農などもいたが、こちらは民が滅ぼされているため、使徒が絶 えて久しい。 神威を以って王になる者もいれば、騎士として主のためにその力 を尽くす者もいた。 人々は畑で小麦、ジャガイモ、トマト、トウモロコシなどの作物 を植え、豚や牛や山羊、羊などの家畜の世話をして暮らしている。 文化の面では神の恩寵により地球と比べていくつか優遇されてお り、その内の一つに言語と文字の壁の撤廃がある。ものぐさな神の 奇跡は十の国々の大地において、人々の言葉を全て一つに自動翻訳 する。そして地上に残した神聖文字は、目にしただけで誰もがその 意味を読み解けるようになっている。最も書くためには文字をしっ かり覚えないとダメだが。 また人々の暮らしには多神教である一大宗教が浸透し、それ以外 の宗教はほぼ完全に淘汰されていた。ほぼ全員がその宗教に属して おり、その総本山の影響力は凄まじく、破門されればどんな王侯貴 33 族でも一夜にして城を追われるほどだった。 それこそ、その総本山たる教会が﹁獣を神と崇める者は人にあら ず。邪教徒なり﹂と宣言し、東へ大規模な侵攻を興すほどに。 さて。 そんな人々が住まう支配圏の西、その更に果ての端には魔の樹海 と呼ばれる森がある。 そこは例えどんな使徒であろうとも迂闊には入れない死の森だ。 異常な数のモンスターが棲息し、またその力は非常に強力で危険 だった。特に森の奥に行けば行くほど人の手に負えなくなり、神話 に出るような正真正銘の化け物すらいるという。 幸い、人里との間には山で壁がなされているため、そうそう襲わ れる事はない。 ただ時折大氾濫と呼ばれる、山を越えたモンスターの大侵攻が発 生する時がある。そうなれば国の一大事。ある時などは世界の半分 がモンスターの波に呑み込まれ、使途も大勢討ち死にしたという記 録が残っている。 何度か魔の樹海を攻略せんと、何人もの使途や騎士らが大軍でも って挑んだが唯一つの例外もなく失敗に終わっている。 人の手に負える場所ではない。 そのため過去長年に渡り、禁断の地に指定されている。 そう。 入った者は二度と出てこれない。 かつて人々は畏怖と畏敬の念を以ってこう称えた。 禁忌の地、始原の森と。 ☆☆☆☆☆☆ あれから︱︱黒岩剛がクラスメイト達の前から急流へと消えて四 年が過ぎた。 元々クラスメイトとの交流が少なかったため、一部を除いてその 34 存在が記憶から忘れ去られるのは早かった。 生徒達は幾人かの犠牲を出しながらもなんとか各々が土地に根ざ し、馴染み始めた頃だった。 死んだと思われている黒岩剛の姿は未だ、流れ着いた森の中にあ った。 16歳の彼は殺した獣から剥ぎ取った毛皮で身を包んで暖を取り、 日々本能のままに襲い来る敵をその肉体一つで迎え撃ち、拳一つで 打ち殺す。 四年でたくましく成長した少年の半裸身は非常に発達した筋肉で 覆われていた。まるで西洋映画で見るボディーガードのようにガッ シリとした筋肉は非常に暑苦しく、そして対峙する者に圧迫感を覚 えさせる。髪はボサボサの伸び放題で、動くときの邪魔にならない よう後ろで蔓で簡単にまとめている。その眼光は野獣のように鋭く、 不屈の光を放っていた。 身長180cm超で体重は100kgを超える。玄武の加護によ る重量を加えれば、最低でも300kgに達する。玄武の使徒は修 練次第である程度の重量を自由自在に増やせるのだ。但し元の体重 から減量はできないが。 知能の高い一部のモンスターとしか言葉を交わす機会はなく、普 段はほとんど威嚇と戦意高揚の雄叫びしか喉を震わせる事はない。 来る日も来る日も闘い続け、彼はこれまでずっと一人で生き抜い ていた。 この厳しく険しい生存競争を勝ち抜き、この森に棲息する全生物 のピラミッドの頂点の一角として。 ﹁コオオオオオォォ⋮⋮﹂ 静かな深い息吹と共に練られる玄武の力は彼に重量と堅固なる守 護を約束する。 今、森で彼と相対するは体高30mを超える黄金の巨狼だ。人は このモンスターを大天狼スケルと名づけている。 35 別名﹃太陽喰らい﹄。炎熱への耐性が非常に高く、その大口で数 多の獲物をその牙にかける事から付いたという。 絶大な力を誇り、使徒をも殺す数少ない大魔獣と呼ばれる一角だ。 それが今、一切の油断と余裕を捨てた瞳でもって目の前の小さな ﹃大敵﹄と向き合っていた。 彼らの周りには、目の前の黄金の巨狼より一回り小さいが、同じ ような黄金の巨狼が数体地面に転がっている。そのいずれもが、殴 殺されていた。 目の前の巨狼のたくましい前脚が鋭く振り下ろされ、風を切りな がら爪が黒岩剛へと襲い掛かる。 ﹁オオォッ!!﹂ だが、それは掌底一つで受け止められた。 引き裂き、叩き潰すはずのその前脚は黒岩剛に掴まった瞬間、素 早く拳を叩き込まれ、爪と骨を砕かれた。 ﹁キャイン!﹂ たまらず悲鳴を上げるも、すぐさまその口から燃え盛る灼熱の豪 火球を放つ。 それは人はおろか、学校のグラウンドすら焼き払う巨大さだった。 が、彼はそれを玄武の異能で創り出した、竜を模した水流でもっ て迎え撃つ。大量の炎と水とがぶつかり、両者の中間で大爆発が起 きる。 爆風が二人へと叩きつけられる。スケルの巨体がその衝撃により 数歩後退するのに対し、黒岩剛は不動。全身にその衝撃を受けても 微塵も揺らぐ事はない。 トン そして腰を落とし、その場で一歩踏み込む。玄武の加護により軽 くtを超えた重量を受け止めた森の大地が大きく凹み、揺れる。そ れはスケルの巨体が生み出す以上の揺れだった。 己の全重量を乗せて繰り出した右ストレート。それはただ虚空を 殴り飛ばすだけの動作。 だが、その腕から生み出された膨大なエネルギーは巨大な衝撃と 36 なり、空を渡った。 えぐ 無色の鉄拳は離れている黄金の巨狼を真正面からぶっとばし、上 体を仰け反らせた。 続けて放たれた左フックが再び虚空を抉り、スケルの横っ面を張 り倒す。 野獣の咆哮が二つ、空に轟く。 スケルが大きく揺らいでいる隙に、黒岩剛はすかさず地を駆け距 離を詰め、跳躍した。 そして。 ﹁ガアアアアア!!﹂ 獣の如き咆哮と共に、己の拳をそのスケルの鼻っ面に真正面から 直接叩き込んだ。 重々しくも痛々しい大きな音を立ててスケルが宙を舞い、木々を なぎ倒しながら地面に倒れ伏す。そして数度痙攣した後に完全に動 かなくなった。 ﹁⋮⋮グウウウウウウ﹂ 獰猛な唸り声を上げながら、黒岩剛は戦闘による高揚感を鎮める。 油断ならないこの森で残心を解く事なく、離れた場所に転がってい る己の棍を拾いに戻る。 この日、ようやく彼は一つの区切りが着いた事を実感していた。 このスケルの群れがこの森で彼に敵対してきた最後のモンスター だったのだ。 ﹁これで、終わりか﹂ その言葉と共に、ようやく野獣の険しい眼光が消え、穏やかな光 が戻ってくる。 あの日、天啓らしき何かを得てからずっと、彼は一匹の野生の獣 として狩るか狩られるかの世界で己の肉体を鍛え上げていった。 それこそ人としての時の流れを忘れて、心の向くままに。本人は 気付いていないが四年間もの間ずっと。 幸い使徒となってからは常人と比べて、生命力という点で少々﹃ 37 死に難い﹄体となっているため森の中に篭って木の実を採って、生 肉をかじる生活でも生きていけた。 ﹁終わったわね﹂ ﹁レイナさんか﹂ 鈴が鳴るような涼やかな声がした。 荒れ果てた森の草花の間から現れたのは一人の女性で、年のころ は二十歳過ぎといったくらいか、ストレートの金髪が美しく輝いて いる。スラリとした長身の美女だった。 その足元には数匹のこがね色の毛並みをした子狐が三匹寄せ集ま モンスター っている。その胸には一様にジグザグした黒い斑紋があった。雷光 狐と呼ばれる魔獣の特徴だ。 ︱︱ガジガジ。 ﹁相変わらずねぇ。柔らかそうな体なのに、ろくに傷もありゃしな い。金ぴか狼があんなザマだと、この森であんたとまともにやり合 えそうのはもう数体しかいないでしょうねぇ﹂ コクマ ホド ﹁それはもういいよ。ところで、お願いしていた調査の件はどうだ った?﹂ ﹁もうせっかちね⋮⋮第二球って国と、すぐそこの第八球の国よ﹂ ガジガジ。 ﹁コクマ? ホド?﹂ ﹁ああ⋮⋮知らないのね。あなた魔獣と呼ばれる私より人の世に疎 いってどういう事よ﹂ ﹁いやぁ⋮⋮僕が知ってるのはこの森とあの山だけだから⋮⋮﹂ レイナは魔獣であるが、雷閃狐は高い知能を誇るため言葉で意思 疎通が可能であり、人に化けて町の中に紛れる事もできた。 ティフェレト ﹁この森は西側にあるのだけれど、コクマって国は東側の国だから、 途中どうしても最低一つの国を経由しないとダメね。第六球経由で 行くのが距離的には一番早いのでしょうけれど。まあまずはホドを 目指すといいわ。山を越えたらすぐだし、お目当ての町は国境から 二つ先の町だからあなたなら二昼夜あれば十分辿り着けるでしょう﹂ 38 ﹁そっか。ありがとう﹂ ガジガジ。 ﹁ところでレイナさん﹂ ﹁なぁに?﹂ ﹁この子、離してくれません?﹂ 黒岩剛が腕を持ち上げると、そこには今なお手にぶら下がってガ ジガジと噛み付く一匹の子狐の姿が。 レイナの子だ。 首元を掴んで引き剥がそうとすると、途端に鼻に皺を寄せて不機 嫌そうに唸る。 ﹁あぁ、拗ねてるのよ。あなたがいずれこの森を出て行くって聞い てからずっとね﹂ ﹁いや、齧られるのは出会った当初からなんですが⋮⋮﹂ 二人が出会ったのは、彼女とその子らがパイロサウルスに縄張り を一方的に追われていた時だった。パイロサウルスとは、ティラノ サウルスを熊程度の大きさまで小さくしたような二足歩行の恐竜タ イプのモンスターだ。大体十体近くで群れている。 たまたま争いの場に出くわした黒岩剛は、狩り立てる側で興奮し ていたパイロサウルスについでとばかりに狙われたが、逆に全て殴 り飛ばした。 その一部始終を見ていたレイナは歯向かったら死ぬと即座に判断 していたため大人しくしていたが、クリスは違った。追い詰められ ていたその子狐は新たな脅威に果敢に立ち向かい、その足に噛み付 いたのだ。 いくら野生邁進中の彼とはいえ、生後一年もない子狐を殺すのは 忍びなかった。成獣ならその限りではないが。 それがキッカケでレイナとは顔見知りとなり、こうして時折人間 の姿で現れては話をする間柄になっていった。時々誘惑もされたり したが、さすがにまだ少年の彼にそういう趣味はなかった。 そして何故かそれからずっと、彼はクリスに会う度に手や足を齧 39 られている。さすがに二回目以降は敵意はなく、本気で噛んでいる わけではなかったが。もはや刷り込みといか、癖といか、出会った ら噛むのが挨拶代わりのようになっていた。 ﹁それでも以前はもっと甘噛みだったでしょう﹂ ﹁正直、差が分からないです﹂ ﹁あらぁ、困った人間ねぇ。ねぇ、クリス﹂ クリスは一顧だにせず、一心に彼の手を噛んでいた。 ﹁よければその子、クリスも連れていってあげて。まだ変化すらで きず言葉も喋れない半人前だけれど。あなたにすごく懐いているか ら﹂ ﹁⋮⋮そうなんですか?﹂ 疑わしげな視線。 ふと、噛み付きの牙の力が強くなった気がした。心なしか、目元 も険しくなっているような気がする。 ﹁やっぱり嫌われてるとしか思えないんですけど⋮⋮﹂ ﹁ふふふ﹂ レイナは微笑むだけだった。 釈然としない思いを抱えつつ、彼は尋ねてみる。 ﹁⋮⋮⋮⋮クリス、一緒について来る?﹂ ﹁⋮⋮﹂ パタパタ。 ぶら下がってる子狐の尻尾が一度左右に揺れる。YESだ。 ちなみにNOは縦に、叩きつけるようにペチンと勢いよく振って くる。 ようやく手から口を離し、一旦地面に降り立ってすぐ今度は黒岩 剛の背中に飛び乗り、肩の上へと駆け上がる。 そこが自分の定位置とばかりにダラリと乗りかかり、後ろ足を投 げ出して居座るクリス。 フンッ、と一度満足気に鼻を鳴らしていた。 ﹁あら、お似合いね﹂ 40 ﹁⋮⋮﹂ コロコロと笑うレイナに、イマイチ要領を得ない顔の黒岩剛だっ た。 ﹁じゃあ、行くか。レイナさん、元気で。あと双角竜の長老達にも よろしく﹂ ﹁はぁい。あなたも気をつけてね。まあ⋮⋮あなたを殺せるような ・・・・ やつなんて、使徒の奴らの中でもほとんどいないでしょうけど﹂ ﹁そうなの?﹂ ﹁本当、世間知らずなのねぇ⋮⋮﹂ ﹁クーン﹂ 気を取り直して、巨漢の少年は一匹の子狐を連れてとある森の奥 深くから町を目指し始めた。 あの日、異世界へと紛れ込んだ最後の一人、新たな使徒が世に出 る時が来た。 ☆☆☆☆☆☆ 一方、ホドの国の黒岩剛が向かう先の町にて。 ﹁お願いします。赤崎君に会わせて下さい﹂ ﹁だめだだめだ! 使徒様はお会いにならんと言っている。帰れ!﹂ 町の領主の館の前で警備兵と押し問答する少女の姿があった。 何度も頭を下げてはその度に兵士に怒鳴られている。 以前から少女は館へと足を運んでいたが、最近ではその頻度がど んどん上がっていた。それだけ熱心であっても、当の本人は少女に 決して会おうとはせず、私兵には通さないよう厳命していた。 ﹁せめて、この手紙だけでも⋮⋮赤崎君に⋮⋮どうかお願いします﹂ 何度も頭を下げて懇願する姿に、兵士も態度を和らげて手紙を受 け取った。 ﹁分かった。預かっておく﹂ 41 ﹁はいっ!﹂ そうして今日も少女は顔を曇らせたまま家路につく。一度賑やか な領主の館を仰ぎ見るも、振り切るようにして。 そして、少女の屋敷来訪を聞いた赤崎蓮は冷笑しながら豪華なク ッションに体を預け、メイドを侍らせていた。皿には山のように盛 られた果物があり、食器は全て繊細な意匠が施されている。そこに は立派な権力者の姿があった。 ﹁手紙? ああ、いらねぇ。捨てていいぞ﹂ 少女が必死にしたためた手紙は、しかし開封される事すらなく捨 てられる。 ﹁アカくんひっでー﹂ ケラケラと笑う彼の周りの少年少女達はかつてのクラスメイト達 だった。 彼らは赤崎蓮にくっついていれば安全でいい暮らしができると、 その庇護を満喫していた。 ﹁まだだ。まだ会わねえ。もうちょっと弱らせてからだ。それから だ⋮⋮そうすれば⋮⋮﹂ ﹁アカくーん、宴会の準備できたよー﹂ ﹁おう、今行く﹂ 領主の館で頻繁に繰り広げられる乱痴気騒ぎ。それは使徒の力で 領主の屋敷に居座り、乗っ取った赤崎蓮の主催によるものだ。 そのしわ寄せは全て町の住民へと降りかかっている。重税として。 町へと繰り出せば乱暴者のならず者のように振る舞い、住民から は恐れられている。権力もあり、力もある彼らに逆らえる者はいな かった。 朱雀の使徒とその仲間達は今日も怠惰に楽しく過ごす。 町は暗い空気に包まれていた。 42 43 6︵前書き︶ 予想以上の反響に、今回の話のままでいいか筆が重くなるほど何度 も迷いましたが、吹っ切って突き進む事にしました。 ※タグ﹁ヒロイン不在﹂ 44 6 その日、少女は町の市場へ顔を出していた。 白と茶のツーピースで、足元まで広がるスカートは地味な若い村 娘といったいでたちだ。長い黒髪はサイド三つ編みでゆるく一本に まとめられ、その先をお手製の白い飾り布のシュシュで止めている。 首からは小指ほどの大きさの筒のような物をネックレスのように 下げていた。それは何かの動物の骨で作られた笛で、犬笛に似てい た。 そんな周りと比べるとやや小柄な少女は背に宝物を背負い、腕に は篭をぶら下げて今晩の夕食のメニューを何にしようか考えながら 歩いていく。 木とレンガ作りの街並みと石畳の道。 町の各所には川から水道によって繋がれた給水場があり、そこか らたくさんの人や家畜が水を家へと持ち帰っていく。また別の給水 場では女性たちが篭に盛られたたくさんの服を洗っている。 町の通りには様々な野菜や果物、肉を扱った露店があり、色んな 人が品物を覗いている。街角には一生懸命声を上げる花売りの娘や、 気だるそうに路地に座り込んで煙を浮かべている男性らもいる。 一見なんてことのない市場の風景のようにも見えるが、そこにい る人々の顔はどこか覇気がなく、疲れているようにも見えた。 時はそろそろ夕暮れに差し掛かる頃合で、町にあるそれぞれの家 からは様々なスープの香りや肉を焼く匂いが漂い始めている。 顧客から預かっている数体の騎竜のエサの買い付けも無事に終え、 45 少女も家に帰って手の篭にある食材を使って夕食の準備を始めよう と帰路へつこうとして、その騒ぎが目についた。 そこには小さな人垣があり、その中心には一人の大柄な少年の姿 があった。 ほぼ新品の、動きやすい旅装束のシャツとズボンに防寒具のマン ト姿。マントは見事な毛並みをした金色の毛皮を丁寧になめしてお り、高級感溢れる一品として一際目を引いている。そして首には黒 い布が巻かれていた。 ナップザックを背負った野性味のある姿は見るからに流れ者、旅 人、或いは傭兵や戦士のものであった。 鍛え上げられた筋肉が窮屈そうに服の下から自己主張しており、 サイズがあまり合っていないのが一目で分かる。 腰にあるカバンからは可愛らしい子狐の顔がひょっこり覗いてお り、まるで有袋類の子供のようだ。 少々、いやかなり異様な風体の少年だった。 ただ、顔からは悪人らしさや荒んだ空気は感じ取れず、むしろ純 朴そうな感じを受けている。 ﹁何だろう?﹂ 小さく首を傾げると、少年を遠巻きに窺っていた一人の顔見知り のおばさんが少女に気付き、小さく潜めるように声をかけてきた。 ﹁ああ、ちょうどいいところに﹂ ﹁どうかしたの、おばさん﹂ ﹁いやね、あの人がどうも少し前からあちこちで﹃モガミ・コトリ﹄ って女の子を捜して聞き回っているみたいなのよ﹂ ﹁わたしを?﹂ 少女、小鳥が目を丸くしながら少年を改めて見る。 少年はといえば、たくさんの視線に困ったようにしながらも腰を 引く事なく堂々としていた。むしろ新手の威嚇なのか、胸筋をぐい っと前に出していた。 そんな彼の姿に小鳥はまったく心当たりがない。 46 けれど。 ﹁わたしの名前を知っていて、この町の人じゃない⋮⋮もしかして ⋮⋮﹂ 心の中に湧き上がってくる期待を抑えながら小鳥が少年を見ると、 少年は遠巻きに集まっている人々に呼びかけている所だった。 ﹁だから、僕はこの町に最上小鳥っていう女の子がいるって聞いて ここに来たんです。その、この中でどなたか知ってる方はいません か?﹂ ﹁あの⋮⋮最上小鳥はわたしですけれど﹂ 小鳥が片手を上げて人の輪の間から進み出る。 頭一つ分以上違うため、自然と見上げる形になった。 ﹁え、最上さん⋮⋮?﹂ 少年は現れた少女に一瞬息を止め、食い入るように見つめる。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あの⋮⋮?﹂ ﹁あっ、ご、ごめん⋮⋮う、うん。あ、そ、そうだ! 僕、僕、黒 岩。黒岩剛だよ! ⋮⋮⋮⋮憶えてない、かな?﹂ 小さく、本当に小さく揺れる少年、黒岩剛の声と瞳。精一杯の笑 顔を浮かべたつもりだが、語尾はかすれていた。 黒岩剛の耳に、己の心臓の音が大きく聞こえる。 果たして小鳥は。 ﹁うそ⋮⋮黒岩君なの?﹂ 篭が手から滑り落ちる。 両手で口に当て、驚きを露にした。 ﹁うん⋮⋮うん! そうだよ﹂ ﹁わたし、あそこから落ちて⋮⋮死んじゃったんだって⋮⋮思って ⋮⋮﹂ ﹁死んでないよ﹂ ﹁そう⋮⋮なんだ⋮⋮﹂ 小鳥はその小さな指でしきりに目元を拭う。だが次々に涙は零れ 47 落ちていく。 ﹁⋮⋮そっかぁ⋮⋮⋮⋮良かったぁ。本当に⋮⋮良かった﹂ 笑顔。 泣きながらも、彼女は何度も﹁良かった﹂と繰り返し、笑ってい た。 ﹁あ、ご、ごめんね。なんだか涙、止まらなくなっちゃって⋮⋮ご めんね、見苦しくて。ちょっと待って﹂ ﹁あ、その前に⋮⋮いいかな﹂ ﹁?﹂ 未だ収まる気配の無い感情の雫はそのままに、小鳥がかつてのク ラスメイトを見上げる。 ﹁⋮⋮久しぶりだね、最上さん﹂ ﹁あ⋮⋮⋮⋮﹂ 黒岩剛は笑顔だった。 彼のこうした笑顔を見るのは彼女も初めてだったが、それは在り し日の教室を、隣の席の少年を思い起こさせるには十分だった。 ﹁うん⋮⋮久しぶり、黒岩君。またこうして会えて本当に嬉しいよ﹂ 黒岩剛にとっての四年ぶりのクラスメイトとの再会は、泣き顔と 笑顔の中で交わされた。 そして。 ﹁ん?﹂ ふと、今まで彼女しか目に入っていなかった黒岩剛は、ようやく そこで彼女の背中に気がついた。 ﹁そういえば⋮⋮あの、最上さん。その背中って⋮⋮﹂ ﹁え? あ、うん。やっぱり驚いちゃった?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮やっぱり、赤ちゃん?﹂ コトリ 彼女の背にはおんぶ紐で背負われた幼児が大人しく眠っていた。 立って歩けるか歩けないかくらいの、幼児に近い姿だった。 ﹁えへへ。実はねわたし、もう最上じゃないんだよ。結婚して小鳥・ キャピシオンになったんだ。この子はイザベルだよ﹂ 48 少女はそう満面の笑顔で告げた。 旧姓最上、今は小鳥・キャピシオン。四年ぶりに再会した隣の席 の少女は17歳で人妻、一児の母になっていた。 その背中には大人しく眠って ﹁そ⋮⋮そっか⋮⋮⋮⋮うん、そっか、うん⋮⋮うん﹂ 何度も繰り返し繰り返し頷く黒岩剛。 別れる前は中学一年生。あのまま日本で暮らしていて進学してい たとしたら、今は高校二年生に当たる年齢だ。日本にいた頃の感覚 で考えると結構なギャップと戸惑いがあった。 なおこの世界は平均寿命が低い事もあり、成人の年齢は15歳と されている。そして女性は15歳程度が結婚適齢期と見なされてい るため、小鳥の現状は一般的におかしくはない。 己が納得するまで結構な数の頷きを必要とした。 ﹁おめでとう、最上さん⋮⋮じゃなくて、キャピシオンさん、かな ?﹂ ﹁ふふ、ありがとう。でも小鳥でいいよ﹂ ﹁いや、それはちょっと⋮⋮じゃあ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮小鳥さん で。どう、かな?﹂ ﹁うん。それじゃあ私も剛くんって呼ぶね﹂ どこか窺うような黒岩剛の姿と、一貫して柔らかな笑顔の小鳥の 姿が印象的だった。 そこで一人の観衆が声をかけてきた。最初に小鳥に話しかけてき た知り合いで、ずっと成り行きを見守っていたおばさんだった。 ﹁なんだい、このでっかい人はあんたの知り合いなのかい﹂ ﹁はい。わたしのお友達なんです﹂ その小鳥の言葉に、黒岩剛は彼女の背で軽く目を瞠った。 彼女は迷うそぶりすらなくそう言い切ったのだ。当然と言わんば かりに。 友達、と。 ﹁そうなの。まあ何にせよ探し人が見つかったんなら良かったわね﹂ 49 おばさんはそう言って周囲の観衆に解散を促し、自分も散ってい った。 残った二人が改めて向かい合う。 ﹁剛くん、大きくなったねぇ⋮⋮前はわたしと同じくらいだったの に﹂ ﹁ん、そうかな⋮⋮? 自分じゃよく分からないんだけど﹂ ﹁そうだよ。だって⋮⋮ほら、もうこんなに違うよ﹂ 小鳥は一度自分の頭に手をやって、そのまま平行に動かす。その 手は黒岩剛の胸に当たって止まった。彼のすぐ前に立って手を上に 伸ばしても、ようやくその顔に届くくらいだ。 ﹁ねっ﹂ ﹁う、うん⋮⋮そうだね﹂ 何故か得意げに笑う彼女を前に、黒岩剛の頭は次第にヒートしつ つあった。 ﹁だめだだめだ。もう最上さんは好きな人いるんだから⋮⋮!﹂ そんな内心を押し込め、一人ぶんぶんと頭を横に振って冷却する 彼の姿に小鳥はきょとんとしていた。 ﹁あ、ねえ剛君はいつこの町に来たの?﹂ ﹁ついさっきだよ﹂ ﹁もしかして一人かな?﹂ ﹁いや、この子もいるよ﹂ 腰のカバンを軽く叩く。 ﹁ね、クリス⋮⋮⋮⋮⋮⋮あれ? クリス? ねえ、クリスってば。 ほら、顔出しなよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 無言。 カバンの中では丸まって金色の毛玉となっているクリスがいた。 ﹁えっと、この子が僕の唯一の連れなんだ﹂ ﹁わぁ、狐? 可愛い!﹂ 可愛らしく顔を輝かせる小鳥を間近に見た黒岩剛は、それが昔と 50 変わらない事に懐かしさと嬉しさが胸の奥底から湧き上がってくる。 かつてクラスで隣の席だった頃、時々彼女のそんな笑顔を見れた時 はとても幸せな気分になったものだった。 いや、今もそれは変わっていない。 ﹁眠っちゃってるの?﹂ ﹁いや、そんな事ないよ。クリス、ほら、クリスってば。この人が ここに来る前に話してた小鳥さんだよ。挨拶しなきゃ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 毛玉の中から耳がピクリと動くが、顔をカバンの奥から出す事は なかった。 ﹁うんと⋮⋮ごめんね。なんだか今機嫌悪いみたい﹂ ﹁そう? それじゃあ仕方がないね⋮⋮それで黒岩くん、まだ来た ばかりで泊まる所も決まってないんでしょう。だったら家に来ない ? もっとたくさんお話したい事もあるし、旦那様にお願いするか ら﹂ ﹁え、いや、でも⋮⋮﹂ ﹁遠慮だったらいらないよ。わたしたちは友達で⋮⋮数少ない仲間 同士なんだから、剛くん﹂ 仲間。 それはこの異世界セフィロートに迷い込んだ者同士、たった数十 人しかいない同郷達。 助け合わなくちゃ、と彼女はそう言った。 ﹁それに、わたしの旦那様も紹介したいしね。ちょっとぶっきらぼ うなんだけど、本当は可愛い人で、すごくいい人なんだよー。ふふ﹂ そんな幼児を背負った彼女の幸せそうな惚気に、黒岩剛は心の底 から思った。 ﹁あぁ⋮⋮本当に来て良かった﹂ 温かいもので満たされながら、その言葉を強く噛み締める。 まだ﹃目的﹄は果たしてはいないけれど、それを抜きにしても目 の前の光景は彼に深い、深い充足感を与えてくれた。 51 52 6︵後書き︶ 次でさくっと過去話。 53 7 最上小鳥は走っていた。 息を切らせながら夕闇の森の中を、乱れた制服のまま懸命に。 既に周りには誰もいない。あのトリケラトプス︵仮︶に襲われ、 黒岩剛が崖下の急流へと落ちていった後、皆バラバラになってしま った。 あれから黄田豪一郎と赤崎蓮はトリケラトプス︵仮︶の次の獲物 として狙われ、興奮し暴れる巨大な恐竜相手に己の加護と異能をフ ルに使って逃げ回っていた。 ﹁赤崎くん!﹂ ﹁いいから! 最上ちゃんは今の内にあいつらと一緒に先に行って !﹂ 自分のグループから離れて一人最後尾まで下がってしまった最上 小鳥は赤崎蓮のグループと一緒に山を下っていた。 なんとか怪獣の如きトリケラトプス︵仮︶から逃げ切ったものの、 モンスター 山中の騒々しい闖入者となった彼らは山に棲む怪物達の興味を引い てしまった。そして次から次へと未知の怪物らに襲われる事態にな ってしまっていた。 道などない山の中、斜面を転がるように駆け下り、巨大な岩盤に 突き当たっては迂回する。 やがて陽は暮れ、夜行性の鳥獣らが目を爛々と輝かせて巣穴から 這い出てくる。 54 幾度と無くモンスターに遭遇し、追い立てられる。その度に赤崎 蓮が燃え盛る炎で追い払った。 そうしたモンスターや逃亡の混乱の中、赤崎蓮がモンスターから グループの友人らを助けようと目を離した瞬間だった。最上小鳥は 空から急降下してくる巨鳥から身をかわそうとし、足を踏み外した。 ﹁あっ﹂ 急な斜面を転がり落ち、何度も木の幹に体を打ち付けられる。 体中のあちこちを痛め、草や葉、土で髪や制服を汚れさせたまま 彼女は全身を強く打った衝撃でしばし気を失ってしまった。 彼女が朦朧とした頭を抱えて気がついた後、すぐさま上にいるは ずの皆と連絡を取ろうとして、けれど周辺から獣の足音と草を掻き 分ける音がしたためできなかった。声を上げればモンスターをおび き寄せる事になるのは明白だった。 周囲にはもはや誰もいる気配はしない。転げ落ちた状況を、自分 がはぐれた事を理解する。そして合流の可能性が極めて低い事も。 ﹁動かなくちゃ⋮⋮!﹂ 一人暗闇の深まる山中を、恐怖で震える足を必死に叱咤しながら 下へ下へと逃げていく。もはや彼女を守ってくれる者は誰もいない。 上からはそんな彼女を追うような四足の獣の足音がついてくる。 そうして最上小鳥は完全に一人、夜闇に包まれ始めた山中をさ迷 う事になった。 赤崎蓮もまた最上小鳥の不在に気がつくのが遅れ、その時には全 てが後の祭りだった。 ﹁最上ちゃんはどこだよ!﹂ ﹁あれ、そういえば⋮⋮いない?﹂ ﹁ど、どっかすぐ近くにいるんじゃね? この暗さだから⋮⋮きっ とすぐそこにいるって⋮⋮なぁ﹂ ﹁くそ、最上ちゃーーーーーーん!! どこだーーーーーーーー!﹂ 一度だけすぐさま大声で最上小鳥を呼んだが、反応はない。逆に モンスターが近寄り、その撃退をするはめになった。その後にもう 55 一度大声で呼びかけようとしたが、グループの友人らから危険だと 猛反対を受けた。彼は傍にいるグループの友人らといなくなった最 上小鳥とを天秤にかけ、歯軋りをしながら最上小鳥の捜索を一旦諦 めた。明かり一つない夜の山の中、はぐれた少女一人探すのは絶望 的だった。 ﹁せめて、オレの炎が照らす光に最上ちゃん、気がついてくれ⋮⋮﹂ 張り裂けそうな胸の内を押し殺し、そんなか細い希望に縋りなが ら赤崎蓮もまた皆を守りながら山を下りていく。 一方、最上小鳥は今まさに命の危機に瀕していた。 棍棒を振りかざす小鬼のような醜悪なモンスター数体に追い回さ れ、更には別方向からは熊のように巨大な毛深い二匹の大蜘蛛がピ ョンピョン器用に飛び跳ねながら八本の足を動かす。暗くて見えな いが、その後ろにも何かいるようだった。 彼女は逃げて逃げて、けれどどこまでも追ってくる怪物らに彼女 は脇目も振らずに勇気を振り絞って逃げ続けていた。 周りは人気の無い山の森。ずっと走っていても誰とも出会わない。 呼吸は苦しくなる一方。 このまま逃げても助かる見込みはない。走りながらその現実に、 彼女の心は押し潰されかけていた。 スカートを翻し、足や腕に木々の枝や植物のトゲなどでできたた くさんの切り傷をつけ、血を流しながらも懸命に駆け続ける。 やがて大中角ばった石が転がる川原に出て、そこで彼女の体力も ついに尽きた。 ﹁あ⋮⋮﹂ 不安定な足場を走る力もなく、すぐにつまづいて転ぶ。 その後ろには彼女を追って木々から姿を表す小鬼や大蜘蛛ら。 ﹁ああ⋮⋮﹂ それでも最後まで生きようと身を起こす。だがその時にはもうす ぐそこまで怪物達が迫っていた。 駆け出してもすぐに背中から追いつかれる。その後を想像し、涙 56 が溢れる。 誰にも気付かれないまま、ここで、このまま。 無残な最期を少女は迎えようとして︱︱ ︱︱空から迸る炎の壁が少女と怪物の間を遮った。 続いて風を打つ翼の音。 落ちてくる影。 それは重い地響き音を立てて少女の目の前へと降り立った。 ﹁やけに魔獣どもが騒がしいと思ったら⋮⋮﹂ 現れたのは年若い青年だった。中学一年の最上小鳥より3,4歳 年上くらいの男性で、そのガントレットを着けた片手には槍をぶら 下げ、背にはクロスボウを背負っている。赤を基調としたシャツと ズボンの上から革をなめした胸当てとグリーブを身につけ、その姿 は軽装の戦士に見えた。 輝くような金髪に鷹のような鋭い眼光。油断無く槍を両手で構え、 ブレード・スパイダー 穂先を怪物らに向ける。その動きは滑らかで、槍捌きは熟練者のそ ブラックキャップス れだった。 ﹁黒帽子の邪妖精はまだいいが⋮⋮血刃の大蜘蛛二匹はちょっと面 レッド・ワイバーン 倒だな。カスティーユ、その子の側にいろ﹂ ﹁ガァ﹂ 青年の命令に応じ、一体の赤飛竜が空から舞い降りる。 皮膜ある翼を背に生やした、巨大なトカゲのような生き物。地球 では西洋の伝説に見られるドラゴン。まさにその姿だった。 ﹁⋮⋮妙な格好をした奴だな。おい、目を閉じて大人しくしていろ。 すぐに終わる﹂ ﹁は、はい﹂ 青年は片足を引きずるように前に出ながら、少女を背に怪物らを 迎え撃った。 57 ★★★☆☆☆ 町の郊外に向けて歩く二つの影があった。 ﹁剛くん、こっちだよ。わたしたちはお客様から騎竜を預かって、 調教や訓練をしているの。あと時々ドラゴンのお見合いもあるね。 牧場みたいなもので、旦那様がドラゴンの調教師なんだよ。訓練す るのにも広い土地が必要だからこうして離れた所に住んでるの﹂ ﹁そうなんだ。騎竜かぁ⋮⋮すごいね﹂ ﹁預かっているのは飛竜って言ってね、翼があって空を高く高ーく 飛べるの。皆体が大きくてやんちゃだけど、可愛いんだよ。長く世 ホド 話をしているとそれぞれに個性があるって分かるし﹂ 第八球の国は自然が豊富だ。山に森に水。また自然の険しい国土 では飛竜の生息数が多いため、それを利用して飛竜の調教方法が確 立されている。調教された飛竜は騎竜として戦士を乗せ、彼らは人 竜一体のワイバーンライダーとして自国の誇り、他国の脅威となっ ている。 二人時折笑い声を交えながら歩く。日々の飛竜にまつわる笑い話 を披露する小鳥の笑顔は眩しいくらいだった。まるで愛犬や愛馬を 自慢するように、色んな飛竜とのほのぼのエピソードを次々と感情 豊かに話してくれる。 やがて家がまばらになり、麦畑などが広がる開けた場所に出る。 そこから更に道を進み、畑すら見えなくなった頃に広い柵といく つかの小屋らしき建物、そして煙突のある家が見えてきた。そして ドーム状の薄い半透明の膜のようなものも。 結界だ。 空を飛べる飛竜にとって柵などあって無きが如き物だが、しっか り訓練された結果、飛竜はその柵の外に勝手に出てはいけないとい う事をその体でしっかり覚えさせられていた。 だが万一という事がある。何らかの異常が起き、ワイバーンが暴 走して竜場を脱走し、付近の村や町を襲撃するとなれば一大事だ。 58 あくまでホドの国で飛竜が身近な存在といっても、飛竜が持つ力は 一般市民にとって脅威であり、慎重丁寧に御さなければならないの だ。 そのため、結界による安全策を施されている。もし結界が所定の 手続きを経ずに力づくで破られた場合は、町がすぐその異変を察す る事ができるよう運用されている。 飛竜の訓練施設は国家運営にも関わるため、重要度が高いのだ。 そのため色々な国家の承認と監査の上で成り立っている。小鳥の竜 場もその一つだった。 ただし、本来ならもっと厳重な警備やら国の人間やらが出入りす るものであるのだが、ここだけは例外扱いだった。この竜場にいる のは若い夫婦、小鳥とその夫しかいない。有り得ない破格の扱いだ。 そしてそれが許されている理由の一つには、ここの竜場の若き主 が名伯楽である事が挙げられる。 見ると、柵の中にはそれぞれの飛竜が思い思いに過ごしていた。 寝そべっている飛竜。翼をはためかせて結界の内部で空を飛んで いる飛竜。ダチョウのように走り回っている飛竜。隅っこで柵の間 に顔を突っ込んでいる飛竜。 ﹁カスティーユちゃんが竜場にいるっていうことは、わたしの旦那 様は戻ってるね。んー、帰ってきて少し時間経ってるみたいだから、 もう外の水場から離れて家にいるかな。家の方に案内するね﹂ ﹁ほら、クリス。着いたよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 返事がない。ただの毛玉のようだ。 道中クリスはずっとカバンの中で丸まって、顔を見せようともし ない。 ﹁一体どうしたんだろう、クリスは⋮⋮町に着く前はいつも通りだ ったのに﹂ 腑に落ちないまま首を傾げる黒岩剛。そんな彼は、町に着く前に これから会いに行く人がどんな人かを上機嫌でクリスに語っていた 59 のだが、その頃からクリスがカバンの奥に引きこもり始めた事に気 がついていなかった。 一先ずクリスの様子は脇に置いて、彼はまた別の問題に頭を悩ま せている所だった。 ﹁大丈夫かなぁ。僕、見た目よりずっと重いんだけど⋮⋮頑丈な家 じゃないとうかつに上がれないんだよね﹂ 黒岩剛の重量は最低でも300kgに達する。ライオンや虎より も重い。ちゃんとした造りの家でないと、床が抜けたりする事もあ りえるのだ。 だがその心配は杞憂だった。 ﹁おおぉ⋮⋮﹂ 目の前にあるのは大きく立派な三階建ての家だった。赤茶色のレ ンガ造りの家で、色褪せてもおらずどこを見てもピッカピカの新居 だ。それもひどく頑丈そうな。 ﹁うんしょ⋮⋮ただいま、あなた。お友達を連れてきたよ﹂ 重厚な扉をちょっと重そうに開けて土足で中に入る。 中は質素なものだった。家の大きさの割には調度品はほとんどな く、軍人のような規則正しさと武骨な印象を受ける。 だがそんな内部も小鳥が家の所々に花を飾ったり、布やカーテン、 家具などの配置配色に工夫をしているおかげで、随分と柔らかく温 かみのある光景になっていた。 それはこの家の夫婦の人柄を表しているようだった。 ﹁客か⋮⋮?﹂ 階上から降る厳かな声。 家の主人はすぐに現れた。 片足を少し引きずりながらも悠然とした足取りだった。その彼の 年のころは二十歳ほど。凛々しく実直そうな金髪の青年だった。言 葉少なく物静かで、愛想のない若者。群れより個。 身につけている衣服は着崩す事なく、洒落っ気もなく、つま先か ら頂点まで真面目一辺倒。どこかの優等生という言葉がぴったりく 60 る。が、その目だけは違った。刃のように鋭く、野生の凄味がある。 そして何よりも、入り口近くの階段を降りるその一つ一つの動作 は男から見ても見惚れるほど優雅であり、そして威圧感を覚えるほ どの気品があった。 彼の碧眼が黒岩剛を貫く。その瞳はまるで縄張りに入ってきた外 敵を慎重に見定めているようでもあった。 ﹁⋮⋮まるで獅子みたいだ﹂ 黒岩剛は青年をそう評価した。 小鳥の夫である青年、ロウイス・キャピシオンは厳格な空気を以 って黒岩剛を迎えた。 61 7︵後書き︶ 思った以上に長くなったので半分にぶった切りました。 急いで後半を仕上げねば。 62 8 リビングに通され、黒岩剛は特産品の茶を振舞われた。低いテン ションのままもそもそとカバンから出てきたクリスには干し肉だ。 彼らの前にはテーブルを挟んでロウイスと小鳥がいる。小鳥は幼 児イザベルを胸に抱いてあやしていた。 ﹁なるほど⋮⋮コトリの学友だったのか﹂ ﹁は、はい。その、小鳥さんとは席が隣同士で﹂ ﹁ああ、君達の学舎では席が決まってるんだったな﹂ ﹁そうだよ。試験で小テストの解答を取替えっこして○×つけあっ たり、わたしが教科書忘れた時なんかは隣で見せてもらったり。ね﹂ ﹁うん。懐かしいなぁ﹂ 昔話に花を咲かせる。 ようやく旧知のクラスメイトと再会できた事もあり、黒岩剛は時 折言葉をつっかえながらもいつもよりやや饒舌だった。 振舞われたお茶は温かかった。 ﹁それで、君はどこから来たんだ。昔皆と真っ先にはぐれたと言う がこの四年間、どうしていたんだ﹂ ﹁あ、ずっと西から来ました﹂ ﹁西⋮⋮ここから西というと一つしかないな。ホドの国最西端の街 から来たのか。なるほど、そこにいたんだな﹂ ﹁あ、いいえ。違うんです。もっと西です。街には長旅の準備をす るためにちょっと寄っただけで﹂ ﹁もっとだと? では、君はずっと山脈にいたのか﹂ 63 ﹁いや、それも違うんです。樹海です。僕はずっと山向こうの樹海 にいたんです﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮なに。山脈向こうの樹海、だと?﹂ 強張る声。 空気が軋む音すら聞こえてきそうだった。 ただでさえ鋭いロウイスの眼光が更にキツくなる。 ﹁は、はい。その、クリスもそこに棲んでいて、ついこの間一緒に 出てきたんです﹂ 干し肉を食べ終わったクリスは黒岩剛の膝の上で伏せていた。 ぱっと見、くつろいでいるようだが尻尾の毛が逆立って膨らんで いる。膝に乗せている黒岩剛はクリスがロウイスの声で瞬時に緊張 と警戒で身を固くしたのに気付いていた。 ﹁その子狐の胸の独特の紋様、雷閃狐か⋮⋮確かに﹃樹海﹄にいる 上位魔獣、それもこうして大人しくしている事自体が珍しい。樹海 にいたという話も嘘ではなさそうだ。だが⋮⋮四年間もずっと、あ そこに?﹂ ﹁はい﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 急に押し黙ったロウイスに、隣の小鳥が小首を傾げてその顔を覗 き込んで来た。 ﹁どうしたの、ロウイスさん?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮いや、気にするな。ちょっと信じられなかっただけだ。 まさかあんな所に四年間も過ごし続ける人間がいるなんてな﹂ ﹁あ、それは確かに。最初はとんでもなくキツくて一杯一杯でした けど、この通り肉体を鍛え続けてたらへっちゃらになりました﹂ ﹁あー。そうそう。黒岩くん、すっごく立派になったよね。もう見 違えたよ!﹂ ﹁うん。頑張ったからね!﹂ 胸を張る黒岩剛。 すごいすごいよ、と素直な笑顔で拍手する小鳥。 64 ﹁ねえ、剛くんもよければこの町で暮らさない? この世界、少し 遠くに離れちゃうと中々会えなくなっちゃうから⋮⋮﹂ その小鳥の申し出はすぐ隣から遮られる事になった。 ﹁待て、コトリ。その前に黒岩君、君は使徒だな﹂ 断定。 突然の言葉にちょっと面食らいながらも、彼は素直に頷いた。 ﹁はい。レイナさんが言うには僕は玄武の使徒らしいです。ほら﹂ そう言って首の黒い布を外してみせる。そこには亀と蛇が絡み合 う神印と呼ばれる紋章があった。 ﹁玄武か⋮⋮黒岩君、その黒い布はずっと付けてきたのか?﹂ ﹁ええ。レイナさん⋮⋮あ、クリスの母親なんですけど、彼女にそ うするよう勧められたので﹂ ﹁そうか。悪い事は言わん。玄武の神印はそのままずっと隠してお け﹂ ﹁⋮⋮何か理由が?﹂ ﹁簡単に言えば、玄武は敵国の使徒だ。朱雀も含め、やつらはずっ と昔に我々西側と中央が手を組んで滅ぼした東の民の象徴だ。そし て今もこの町の民衆にとって玄武らの神は敵という意識がある。教 会がそう広めているからな。崇める民がいなくなった事で玄武らの 力が極端に弱まり、滅ぼされてから今まで彼の使徒らは一度も現れ なかった⋮⋮のだが。四年前、そう君達が現れるまで﹂ 冷たくも真摯な瞳が黒岩剛を射抜く。 ﹁神々の力は信仰する人数によって比例する。そして神は我々人間 を一人だけお選びなさり、力を授けて下さる。その特別な人間を使 徒と呼ぶ。その使徒が神の代理人として力を奮い、その神への更な る信仰を集める。そうやって神々は人の世にお関わりになる。故に、 信仰する者がいなくなった神は人の世に及ぼす力が非常に弱くなる。 また使徒が死んだ時も神の力が弱まる。使徒が死んだ後、再び使徒 が現れる期間の長短は神の力に拠るため、祀る者のいなくなった神 の使徒は数百年単位で現れる事はない。それが、今回のイレギュラ 65 ーだ。﹃教会﹄に知られればおそらく奴らの抱える使徒が刺客とし て差し向けられる事になるだろう。ただでさえ、今東が騒がしいこ の状勢⋮⋮連中、ピリピリしてるからな、そう遅くない内に手を打 ってくるだろうよ﹂ ﹁ロウイスさんは⋮⋮その、僕達の事を知ってるんですよね。この 世界の人間じゃないって⋮⋮﹂ ﹁ああ。コトリから聞いた。黒岩君、使徒の君は東に行った方がい い。もっと東に行けば教会の手も届きにくくなるし、多少は東の民 の生き残り、末裔もいるだろう。ここよりはまだ受け入れられやす いはずだ。ここは危険だ﹂ それまでロウイスが話している間じっと、俯き加減で聞いていた 小鳥が顔を上げた。 ﹁で、でも皆いい人だよ。この町の人達がそんなひどい事をするな んて﹂ ﹁コトリ﹂ 有無を言わさぬ強い口調。 それは空勢いの小鳥の力を失わせるには十分だった。 ﹁⋮⋮うん。分かってる⋮⋮折角、会えたのに﹂ しょんぼりと顔を曇らせていると、腕の中のイザベルがむずがり だそうとする。 慌ててイザベルをあやす小鳥を尻目に、黒岩剛はお茶に口をつけ る。お茶は少し苦かった。 ﹁そっか。僕はここじゃ危険なんだ。教えてくれてありがとうござ います。けど、あなたはどうして?﹂ ﹁どうして親切に教えてくれたのか、か? 生憎俺は熱心な信者で はなく、むしろクソ食らえだと思っているクチだからだ。連中には 昔辟易させられていたんでな﹂ 悪い笑顔でロウイスは言った。 ﹁それに、コトリを悲しませたくない。友人なんだろう﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮はい﹂ 66 ﹁も、もうロウイスさんってば⋮⋮﹂ イザベルをあやす手を止めず、小鳥の頬に朱がさしていた。 それを見た黒岩剛も思わず笑みが零れる。 またお茶を一口。少し冷めていたが、苦味が心地よかった。 ﹁じゃあ次は僕から。あの後⋮⋮僕が川に落ちた後、皆どうしたの か、どうなったのか聞いてもいいかな﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ 小鳥が居住まいを正す。 ゆっくりと小さな唇が開かれた。 ﹁とはいってもね、わたしもそんなにたくさんは知らないの。剛く んがいなくなった後、皆すぐぱーって逃げちゃって。わたしも赤崎 君達と一緒になって逃げて、けどはぐれてバラバラになって⋮⋮一 人でモンスター達に追いかけられて、追いつかれそうになった時に 助けてくれたのが、ロウイスさんだったんだ。えっと⋮⋮ブラック キャップス、にブレード・スパイダー、その後最後に⋮⋮ルビー、 ルビー⋮⋮﹂ ﹁ルビー・ツーヘッドコブラ﹂ ﹁そう。赤くておっきくてすごく怖い二つ頭の蛇だったんだけど、 それ全部一人でやっつけちゃったの。ただ⋮⋮最後、怖い蛇をやっ つける時、腕に噛みつかれちゃって⋮⋮わたしを庇ったせいで⋮⋮﹂ 声が震えていた。同時に小鳥のイザベルを抱く手も。 よほど怖い思いをしたのだろう。すぐ目の前で人と怪物の食うか 食われるかの戦いが繰り広げられたのだ。それもおよそ日本では見 る事のない実戦、刃を振るい肉を裂き血の飛び交う生々しい命の奪 い合いだ。 それでもすぐに呼吸を整え、言葉を続ける。 ﹁それで飛竜のカスティーユちゃんと一緒に急いで町に戻って傷の 手当をした後、その、色々話した結果、わたしは住み込みでロウイ スさんの介抱をしてながら飛竜の世話や家事の手伝いをする事にな ったの。ロウイスさん、一人暮らしで片腕と片足が動かなくてすご 67 く不便だし、わたしを助けてくれたお礼もしたかったし⋮⋮﹂ 少し遠い目をして語る彼女の瞳は優しかった。 ﹁それが今、わたしがここにいる経緯かな。わたしが覚えているの は皆が皆、バラバラになって逃げたっていう事だけ。でもね、少な くともあのおおきい恐竜みたいなものからは皆逃げられたはずだよ。 それとね、最近は少しずつ皆たくさん生き延びているって風の噂や 言伝なんかで聞いてたりするんだよ。白野ちゃんは隣の国にいるし、 金子ちゃんは聖女様って呼ばれて教会で大事にされてて、水野君も 他の国で商売してて、畑中君は地球に戻るんだって働き歩きながら 色々調べてるみたい、赤崎君達だって今はこの町にいるの﹂ ﹁え、この町に? あの赤崎君が?﹂ ﹁⋮⋮うん⋮⋮半年前にね、再会したの﹂ 何気ない会話だったはずが、その一瞬だけ確かに小鳥の表情に陰 が差していた。 黒岩剛がそれを怪訝に思うも、それを追求する前に小鳥は矢継ぎ 早に言葉をくり出していた。 ﹁それでわたしはね、一年半くらいロウイスさんの所で一緒に働い てたの。その後こうして結婚して、今は三人で暮らしてるんだよ﹂ 小鳥は最後にそう締めくくった。 ﹁そっか⋮⋮いい人に出会えたんだね﹂ ﹁うん!﹂ ﹁とはいえ、出会った当初のコトリには本当に手を焼かされたぞ。 家事もろくにできないし、飛竜の世話も素人である事を考慮しても 能率が悪かったしな。カスティーユがあくびしただけで失神した時 もあったか﹂ ﹁あー! ロウイスさん、それ言っちゃだめー!﹂ ﹁とはいえ、今ではすっかり飛竜の扱いも心得たものだ。飛竜らも 今はコトリによく懐いているしな。コトリには本当に助けられてい る﹂ ﹁そ、それは当然だよ。夫婦⋮⋮なんだから、支えあうのは当然だ 68 よ﹂ そんな夫婦の日常を垣間見た黒岩剛は、その暖かさについ笑みが 零れそうになる。 最後に口に含んだお茶の微かな湯気が彼の目に染みた。 ﹁あ、それでねロウイスさん。今日は剛くんを泊めてあげてもいい でしょ? ついさっき来たばかりで宿もとってなかったからわたし が招待したんだけど⋮⋮いくら剛くんにとってこの町が危ないから って言っても一日二日くらいなら大丈夫なんでしょ?﹂ ﹁⋮⋮ああ、問題ない。それくらいならな﹂ ﹁やったっ! じゃあ剛くん、今日はうちでゆっくりしていってね。 あ、わたしはこれからお夕飯の準備してくるね! 腕によりをかけ るよ!﹂ 決まった途端、小鳥はおねむなイザベルを幼児のベッドに優しく 寝かしつけ、慌しくキッチンへと駆けて行った。 ﹁あ、あのロウイスさん。今夜はお世話になります﹂ ﹁君一人くらいなんでもない。今、浴槽に水を張って湯を沸かそう。 風呂で旅の疲れを取るといい﹂ ﹁あ、僕の玄武は水神なので水ならいくらでも出せますよ﹂ ﹁そうか⋮⋮それはありがたい。近くに沢があるとはいえ往復は手 間だからな。ではお言葉に甘えて少し手伝ってもらうか﹂ ﹁まかせて下さい! ほら、クリスちょっと膝からどいて大人しく しててね﹂ ﹁⋮⋮﹂ ふりふり。 クリスの尻尾がYESと伝えてくる。膝の上から床へ身軽に飛び 降りたクリスは一度前脚を前に出して伸びをした後、出口のドアの 前へと歩いていった。 ﹁あ、外に出たいの?﹂ ﹁⋮⋮﹂ YES。 69 ﹁ロウイスさん、ちょっとクリスを外に出してきますね﹂ ﹁まて。その魔獣、クリスとやらを一体だけで外に放置するのは認 められん。外で問題を起こしてはこちらが困る﹂ ﹁えっ、でもクリスはそんな事しませんよ﹂ ﹁それでもダメだ。君はそうでも、何も知らない周囲はそうは思わ ない。単独で外を歩いている魔獣など、万一誰かに見られればすぐ 通報されて衛兵が飛んでくるぞ。獣を連れるのであれば監督責任が ある﹂ ﹁うーん⋮⋮分かりました。じゃあクリス、僕と一緒に外に行こう か﹂ ちょっと不満気な顔をしたものの、クリスは素直に頷いた。 ﹁その魔獣、クリスとやら⋮⋮本当に大人しいのだな﹂ ﹁ちょっと気難しいところもありますけどね⋮⋮クリス、ごめんご めん。引っ掻かないで﹂ 抗議するかのように前脚の爪で黒岩剛の足を引っ掻いたクリスは、 プイっと顔を逸らしていた。 ﹁ドア開けるからね。クリス、いきなり走っちゃダメだよ﹂ ﹁クーン﹂ ﹁浴室はこちらだ。君が水を入れて外に行っている間、俺は石を魔 法で熱するとしよう﹂ ﹁あ、魔法を使えるんですか﹂ ﹁これでも飛竜部隊、軍人上がりだ。期間はたった2年だけだった がな﹂ ﹁あの、僕らのいた世界って魔法がなかったんですよ。よければ今 日、魔法やこの世界について色々と教えてもらえませんか? ほん と、この世界について知らない事が多くて⋮⋮﹂ ﹁構わん﹂ ﹁あの、ありがとうございます!﹂ そんな二人と一匹の交流の裏で、キッチンから弾んだ声がする。 ﹁うーん、クリスちゃんいるからオニオンはダメだよねー。スープ 70 はこれとこれにして⋮⋮﹂ こうして黒岩剛はキャピシオン家に一晩厄介になることになった。 71 8︵後書き︶ ちなみに。 ロウイスのケガが完治した後もなし崩し的に二人は暮らし続け、 ちょうど一年経った時に小鳥がケジメをつけるために出て行こうと したのだが、ロウイスが引きとめたという経緯があります。 二人が出会った当初は小鳥13歳とロウイス17歳。最初は慣れ ない家事や飛竜の世話も失敗続きで落ち込む毎日の小鳥でしたが、 持ち前の明るさと頑張りで次第に飛竜とも仲良くなり、ロウイスの ケガが治った後は一緒に飛竜に乗って大空を遊覧したり、秋の収穫 祭で一緒に踊ったり、町の若者に小鳥がアタックされたりと、それ どこの乙女ゲー?というイベントがあったとか。 なおロウイスの所に転がり込んで一年の間に好感度を一定以上高 めないと、引きとめられずロウイスルートには入らないまま町で暮 らす事に。その場合は別の男キャラとの交流がメインになるとか。 小鳥とロウイスはボーイミーツガール的な設定です。その余波で 一人やさぐれてますが。 さあ、これでカウントダウンは2になった。 平坦な話はあと2エピソード続きます。 72 9︵前書き︶ すいません。7話以降の小鳥のセリフにて﹁黒岩君﹂を﹁剛くん﹂ に修正しました。 6話のやりとりが完全に抜けてましたorz 73 9 翌日、黒岩剛はクリスと共に町に出ていた。 朝は家の手伝いを申し出て、小鳥と一緒に細々とした雑用を片付 けていた。特に水瓶への水汲みは小鳥から非情に感謝されていた。 普段であれば数回は沢と家とを往復しなければいけないので結構な 重労働なのだが、玄武の力でたっぷり水を出してあっさり終わった のだ。 そして昼、黒岩剛は買出しに出ていた。もう一泊して翌日にこの 町を出る予定のため、旅に必要な食料や物資の調達が目的だった。 お金はクリスの母狐、レイナから受け取っている。なんでも黒岩 剛が樹海から出る前に倒した黄金の巨狼の毛皮を換金したらかなり の大金になったとの事。それでもなお余った毛皮はなめしてマント にした。元々が金色のため、上手い職人が手がけたらさぞゴージャ スな一品になろうかという代物だった。 ﹁えっと、クリス用の肉にビスケットは買ったから後は⋮⋮ん? これって⋮⋮マッチ? へぇ、マッチなんてあるんだこの世界。ナ イフはこの前買ったばかりだからまだ大丈夫か﹂ 色々な店を見て回った黒岩剛は布袋や編み篭に買ったものを詰め て、隣を歩く連れに声をかけた。 ﹁クリス、お腹空いたよね。どこかでちょっと休憩しようか﹂ ﹁キューン﹂ つぶらな瞳が期待で輝く。 クリスもまだまだ仔狐。狩りと食事は大好きだった。 74 ﹁どこがいいかなぁ⋮⋮﹂ 石畳の通りを歩いて店を物色していると、ふと町人の様子が目に 付いた。 ﹁でも、今日改めてよく見るとなんか暗い町だね⋮⋮うかない顔し た人が多いし、賑やかな声なんてほとんどない。下向いて歩く人ば っかりだ。なんでだろう? 元気がないなぁ﹂ 何か不幸でもあったんだろうかと内心首を捻りながら彼の鼻が香 ばしい匂いを捕まえた。 ﹁ソーセージか何かを焼いてるのかな? クリス、寄ってみようか﹂ ﹁キュン!﹂ 早速小走りになるクリスを追いかけようとした時、ちょうど前方 からけたたましい大声がした。 ﹁なんだ?﹂ それはちょうど向かう先の屋台、その斜め向かいの酒屋だった。 ﹁おーい、邪魔するぜー!﹂ ﹁おっ、このワインよさそう。もーらいっ。んー、こっちの酒樽は どうかな? 味見味見∼﹂ ﹁ねえねえこれなんかよくなーい?﹂ 酒屋には一見まだ二十歳になっていないであろう黒髪黄色肌の青 年や少女ら三名が我が物顔で店へと入り込み、好き放題に荒らしま わっていた。 その様は山賊や海賊の押し込みと言われても納得できるほどだ。 ﹁あの、その、お代は⋮⋮﹂ ﹁あー、ツケといてね。もちろん領主サマ宛で﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ うなだれる店主を置いて、その三名は更に次へと移動し始めた。 次は野菜や果物を並べている露店だった。 そこでも同じ光景が繰り広げられる。 周囲の町人達も眉を潜めて見ているが、誰も前に出て止めようと はしない。 75 店の主はおばあさんだった。おばあさんは諦めたようにため息を つき、店の品物が無くなっていくのを黙って見守るばかり。 ﹁これとこれと⋮⋮あ、これもいいな! ちょっともらってくぜ、 ばーさん﹂ ﹁大丈夫大丈夫。いつになるか分かんないけど、いつか領主サマが お金払ってくれるからー﹂ 三名は談笑していた。力なく佇むおばあさんを気にもとめず、何 やら内輪向けの話で盛り上がっている。時折﹁やぁだー﹂とか言い ながら肩を叩いたり、ふざけたように小突きあったりしていた。そ の度に陽気な笑い声がする。 そこには一切の邪気がなかった。 ないままに店主などいないかの如く、商品を次々と持ち出してい く。 それが彼ら彼女らにとっては日常だった。 ⋮⋮今日までは。 ﹁こら、やめろ!﹂ 異様な空気の中、力強い声が三名の足を止めた。 ﹁ん? なーんだぁ? うお、でっけぇ奴だな⋮⋮﹂ ﹁それ、お金払ってないじゃないか! ちゃんと店の人に払って!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮? あー、あー、あー。余所もんか? 新入りか流れ者 か、そうじゃなきゃ俺らに意見するわきゃねーもんなぁ﹂ 三名の内の一人の青年が振り返って言った。縮れ毛モッサリの青 年のその顔には不気味な表情が張り付いていた。 それは無知を嘲るもの。傲岸不遜というべきものだった。 ﹁あ、あんた。そう言ってくれるのはありがたいけれど、悪い事は いわん。この人らには逆らわんがええ。いつもの事だから。ね﹂ それまで目を丸くしていた店のおばあさんだったが、我に返った 途端、逆に声を張り上げた巨漢の少年を宥めようとしていた。 けれど一度出した言葉は戻らない。 複数の訝しげな視線が突き刺さるも、黒岩剛は一歩も引かずに堂 76 々と仁王立ちしていた。 だが先に黒岩剛の方が険しい眼光を解いた。 ﹁あれ⋮⋮その声、その天パ⋮⋮えっと、もしかして木場君?﹂ ﹁ん? そーだけど⋮⋮﹂ ﹁ああ、やっぱり。 何してるんだよ! お金も払わずにそんなた くさん持って行って! お店の人困ってるじゃないか!﹂ ﹁つーか、誰だよお前。うぜぇ﹂ ﹁僕、黒岩。黒岩剛。クラスメート﹂ ﹁あー⋮⋮なんかいたなぁ、そんなやつ。うわ、面倒くせぇ⋮⋮な んだ生きてたのかよ。にしてもでっかくなりやがったなぁ、クソこ んなやつに見下ろされるなんて﹂ ﹁なーにー? 誰? 黒岩⋮⋮? いたっけ?﹂ ﹁ほら、修学旅行でも最後まで班が決まってなかった⋮⋮﹂ ﹁思い出せないよー。えー、マジいたの?﹂ 本人を目の前にして言いたい放題である。 ﹁いたよ。もう⋮⋮ほら、いいからお金払って。ないんならそれ全 部戻して。悪い事しちゃダメでしょう﹂ かつての自分の扱いにガックリ肩を落としながら改めて促す。 だが三名の返事は大爆笑だった。 ﹁⋮⋮ぷっ、あははははははは!﹂ ﹁あっはっはー! ひー、ウケるー!﹂ ﹁あー、黒岩くんだっけ?﹂ 少女が目じりに溜まった涙を指先で拭った後、真顔になる。 ﹁うぜーよ、あんた﹂ そう言って、少女が手に持っていた果物を一つ齧る。 ﹁あー、すっぱ。まだ熟れてないじゃん。いーらないっと﹂ そしてそのまま投げ捨てた。 ﹁ちょっと!﹂ ﹁ねーこいつやっちゃおうよ。その方が手っ取り早いよ﹂ ﹁だね。調子に乗ってるよね﹂ 77 ﹁こういうのって一回痛い目見ないと分からないんだよねー﹂ ﹁でもこういうやつって久しぶりだよね。前は結構いたけど、今じ ゃすっかり出てこなくなったし﹂ 天パの青年、木場が前に出てくる。 黒岩剛の足元にいたクリスが剣呑な目つきで一歩踏み出そうとし た。が、それより先に黒岩剛が歩を進めた。その目に宿る温度を下 げながら。 ﹁何のつもり?﹂ ﹁だーかーらー。ちょっと﹃教育﹄してやろーって言ってんの。こ こでのルールをね、黒岩に教えてやろーってんの﹂ わざわざ指の骨を鳴らす木場に、後ろから軽い声援が飛ぶ。 ﹁ヒューヒュー。木場くんは強えーぞー。すっげえ魔法が上手いか らなー﹂ ﹁そーそー。あたし達ここに来るまでいくつか町を回ってたんだけ ど、お金と時間はたくさんあったからその道のプロに魔法を教えて もらって練習したんだよねー﹂ よほど腕に自信があるのだろう、三人とも負ける可能性などまっ たく考えていないようだった。 なおこの三人、全員が全員目の前の巨漢が使徒だという事は既に 忘却の彼方である。 ﹁そんな必死に鍛えちゃってまぁ⋮⋮何、毎日筋トレでもしてたの ? ひぃひぃ汗流しながら? だっせー。そんな虚仮脅しの筋肉ダ ルマなんざ怖かねーよ。俺の魔法の前にゃ筋肉なんざサンドバック にしかならねーしなぁ!﹂ ﹁︱︱え。今、なんて?﹂ 黒岩剛は平静だった。 足元のクリスはビクリと震え尻尾の先まで全身総毛立っていた。 ﹁そんなむさ苦しい筋肉なんざつけてバカじゃねーのって言ったん だよ! はっは!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮筋肉を、バカにしたね?﹂ 78 ﹁おおよ! どんなに鍛えたって魔法一発でやられるのに、そんな キツイ思いをしてまで必死に努力なんかして、バカ以外何て言いや いーんだよぉ﹂ 黒岩剛は落ち着いた声色だった。 クリスが後ろで尻尾巻いて蹲っていた。 木場はバカ笑いをしていた。 ﹁そう﹂ ﹁くらえよ、この俺の必殺の魔法をなぁ︱︱!﹂ ﹁⋮⋮﹂ 先手必勝。 黒岩剛は素早くマントの内ポケットから石飛礫を取り出し、投げ た。 クイックドロー 正しく電光石火の早業だった。 まずは早撃ち。威力よりも速度優先だ。かつて彼が常日頃暮らし ていた樹海ではこの程度、牽制にもならないため小手調べでしかな い。彼としてはこれにどう反応するか、その対処の速度や強弱を見 る事で木場の実力の一端を見切るつもりだったのだ。そして本命と して彼自身が飛び出すべく、足に力を入れる。 が。 ﹁⋮⋮あれ?﹂ 石飛礫に続いて飛び出そうとした彼は思わずつんのめってしまっ た。 なぜなら。 ﹁⋮⋮⋮⋮ぅーん⋮⋮﹂ 初手にて為す術もなく轟沈された木場が白目を剥いて倒れていた のだ。 さすがにこの展開は黒岩剛も完全に予想外だった。 拍子抜けしたように立ち尽くし振り上げた右腕のやり場に困って いる黒岩剛とは対照的に、相対する残り二人は慌てて木場を介抱し ている。 79 ﹁こ、木場ーーー! げ、額から血ぃ出てる!﹂ ﹁やばいってやばいって、これやばいって!﹂ 残った青年がノックアウトされた木場をかつぐ。少女も酒樽や食 べ物などをその場に放り出してその手伝いをしている。 ﹁アカ君に言いつけてやる!﹂ ﹁サイテー!﹂ 最後にそんな捨て台詞を残してようやく騒々しい嵐は去って行っ た。 ﹁⋮⋮まあ、いっか。おばあさん、大丈夫だった?﹂ 気を取り直して地面に散らばった商品を片付けて店に返そうとす ると、周囲の視線に気がついた。 街角のあちらこちらから野次馬が顔を出している。 最初は乱闘まがいの騒ぎを起こした事による迷惑者に対する視線 だと思い、罰の悪い思いをしていたが、すぐにそうではない事に気 がついた。 ﹁なんだ⋮⋮?﹂ 周囲の視線、それはあからさまな憐憫を含んでいたのだ。 群衆からさざ波のような囁き声が響く。その中から一つ、不穏な 言葉が聞こえてきた。 ﹁ああ⋮⋮かわいそうに。アカザキの手下をあんな風にしちゃって ⋮⋮﹂ 聞き覚えのある名前に黒岩剛が思わず声のした方に顔を向ける。 どういう事か詳しい話を聞きに行こうとするが、それよりも先に 背を叩くか弱い老人の手があった。店のおばあさんだ。 ﹁あんた、急いでこの町を出るんじゃ。アカザキ様が仕返しにくる わよ﹂ 恐らくおばあさんは親切心で助言しているのだろう。それだけは 彼にも伝わった。 恐れと緊張感を含んだ声に、ただ事ではない事が窺える。 ﹁アカザキ⋮⋮赤崎君? この町にいるって昨日聞いたばかりだけ 80 ど⋮⋮どうなってるの?﹂ この町を包む暗い空気。 それは一つの名前に集約されていた。 81 9︵後書き︶ カウントダウン1 82 10 遥か地平線まで続く青空。吹き抜ける風。 遮る物がない自由の大空を赤い絨毯の帯が飛んでいた。 赤い絨毯をよく見ると、それは赤いバッタだった。バッタが大量 クリムゾン・ローカスト ハネ の群れを作って空を飛んでいるのだ。 名を鮮紅の蝗。 俊敏な動きはイタチのようで、翅は銅を切り裂き、風の魔法を操 る凶悪なバッタだ。 一匹一匹ではさほど問題視されないのだが、こうして巨大な群れ となって集団移動を始めると脅威度が跳ね上がる。そう、国家を挙 げての対処が必要なレベルまで。 それというのも、この蝗害と呼ばれるクリムゾン・ローカストの 群れが飛来した時、何もかもが食い尽くされてしまうからだ。 作物も家畜も何もかも⋮⋮そして人も例外ではない。 しかも食い終わった後には大量の卵を産み付けていき、そのまま 放置すると来年もまた発生するというループ付き。 一度人里に降り立ったが最後、その強靭な顎は畑を荒らし、建物 を食いちぎり、人を骨にする。そしてまた次の土地を求めて飛び立 つのだ。 故に、これらはこう呼ばれている。﹃死の赤津波﹄と。 それが今、二つの人里を滅ぼして三つ目の町へと向かっていた。 発生から日が浅く、国もまだ発生の真偽確認を取っている段階で 被害の実態すら把握できずにいる。国が動くのはもうしばらく後に 83 なる事だろう。 このままでは三つ目の町も壊滅的な打撃を受ける。今も飛翔して いるクリムゾン・ローカストは小さな村なら埋め尽くす程の規模に 達しているのだ。 だが、クリムゾン・ローカストの群を前に一人の青年の影が降り 立った。 ﹁ま、居候してる分、たまには役目を果たさねーとなぁ⋮⋮あー、 かったりぃ﹂ 背中から巨大な炎の翼を生やし、空中で気だるそうに手に持った 剣の腹で肩を叩いていた。 その左手の甲には朱雀の神印がある。 赤崎蓮。彼だった。 既に周辺の噂を聞きつけ、オドオドビクビクしながら泣きついて きた領主の要請に応えての出陣だった。彼としてもこんな害虫が町 にやって来られるのは困るので、重い腰を上げたのだ。 周辺の索敵と警戒に当たっていた兵から発見の一報を受けてすぐ 炎の翼を生み出して大空へと飛び立ち、今ここにいる。 夜に接近されなかったのは幸いだった。 ﹁ハハッ! 飛んで火に入る夏の虫だな! 今もう夏じゃねえけど﹂ 一目散に迫る赤い津波。それを前にしても彼は余裕たっぷりに笑 っていた。 ﹁長引かせても面倒だし、全力で一気に終わらせるとすっかぁ﹂ 迫る。迫る。迫る。 クリムゾン・ローカストは本能のままに飛翔する。 肉があれば噛み付き、食らう。ちっぽけな固体の人間など、彼ら にとって五秒で食い尽くせるのだ。今回もまた己の欲求に従って通 り道にあるものを食らっていこうとする。 それを赤崎蓮は上位の捕食者として迎え撃った。 ﹁消し炭になれ﹂ 剣から吹き出たのは炎。それは瞬く間に膨らみ、鯨をも飲み込む 84 かたど 巨鳥を象った。 炎の巨鳥は口から火の吐息を一度吐き出し、クリムゾン・ローカ ストの群れへと突撃。接触と同時に炎の嵐を巻き起こした。 熱波が吹き荒れ、火の粉が盛大に地上へと降り注ぐ。 炎の巨鳥の翼に触れたクリムゾン・ローカストはそのまま消し炭 と化し、次の瞬間には風圧によって粉微塵となる。 死の赤津波は赤崎蓮の一手でそのどてっ腹に大きな風穴を空けら れていた。 ﹁よーし、一気に狩れたな。後は撃ち漏らしを適当に潰して終わる とすっかぁ﹂ もはや残存する敵勢力はほとんど残っていない。炎の嵐はあれだ けで群れの9割を消し炭にしていたのだ。 鼻歌混じりで凶悪な害虫の残りを次々仕留めていく。 向かって来るのもいたが、赤崎蓮を包む炎の膜の前に呆気なく燃 え尽きていった。 朱雀の使徒の加護の一つは視力。真昼でも頭上の星が見え、動体 視力も向上している。 その加護により、小さなバッタ一匹だろうが確認など容易い。赤 崎蓮の火の弾幕をすり抜けて迫ろうとしても全てが見通されている。 ノータイムで次々と火炎弾を撃ち続ける。強力な視力で遠くの獲 物すら視認し、更なる上昇による高高度からの火炎掃射。それは一 方的な蹂躪劇に他ならない。 結果、逃げるものは追わなかったものの、向かってきたものは一 匹残らず消し炭と化していた。 ﹁終わりー! さー帰ろ帰ろ﹂ 強力な使徒としての力を鍛え上げ、今では炎を操る事など造作も ない。この四年で赤崎蓮は朱雀の使徒として確かな成長を遂げてい た。 その力で領主を脅し、歯向かう町人を痛めつけ、赤崎蓮とその一 派は町に君臨していた。 85 ﹁明日が楽しみだ⋮⋮﹂ そろそろ機は満ちた頃合だと、彼は暗い忍び笑いをしながら帰途 に着いた。 ☆☆☆☆☆☆ ﹁どういう事なの?﹂ ﹁⋮⋮そう。会ったんだ、皆に﹂ 何故か耳を伏せ、尻尾を丸めて地面にへばりついていたクリスを 抱え、黒岩剛は町外れのキャピシオン家に戻ってきていた。 そして早速夕食の下ごしらえをしている小鳥に先ほどの町での出 来事を伝えると、彼女は沈痛そうな表情でわずかばかり俯いてしま った。 ﹁この町二日目で、普通の町がどういうものかも分からないんだけ ど⋮⋮おかしいよ。なんで赤崎君の名前が腫れ物みたいに出てくる の? それに皆がお店で好き勝手しても周りは遠巻きに窺ってるだ け⋮⋮ねえ、この町と赤崎君がどう関係してるの?﹂ ﹁⋮⋮そうだね。すぐ旅立つっていうから教えなくても大丈夫かな って思ってたんだけど⋮⋮見ちゃったなら、仕方ないね。話すよ。 この町のこの半年間の事を﹂ 包丁を置き、エプロンで手を拭いて小鳥が振り返る。 そうして語り始めた。 赤崎蓮とその仲間達がこの町にやって来た時の事を。 ﹁最初はね、何でもなかったんだよ。赤崎君達がこの町にやってき て、再会できてわたしも嬉しかったの。わたしの赤ちゃんを見せた らさすがに驚いてたけどね﹂ そう言った小鳥の顔は楽しそうだった。 突然放り出された異世界で他の皆とはぐれ、そしてクラスメート の友人らと再会できた時は本当に嬉しかったのだろう。 だが、その明るい表情もすぐに沈む。 86 ﹁けどね⋮⋮一ヶ月くらいしてからかな。赤崎君が変わったように なったのは。塞ぎこむようになって、沈んでる事が多くてね。そう したらある日突然領主様のお屋敷に行って、すごく暴れたんだって。 もちろん大騒ぎになったよ。けど抵抗した人達はみんな赤崎君達に 追い払われて、ひどいケガをして帰ってきたの。赤崎君達は自分達 の事を領主様の護衛、用心棒だって言って居座り始めて⋮⋮それか ら領主様が税を更に重くしたり、新しく色んなものに税をつけたり し始めたの。町の皆は暮らしがキツくなって、今年の冬は厳しいん じゃないかって言い合ってる。わたしの所もすごくお金を取られる ようになったし⋮⋮町から出て行く人も増えて、町はすっかり暗く なっちゃった﹂ ﹁そんな事が⋮⋮﹂ ﹁剛くんも見た通り、あれが今の皆で、堂々と町の皆からの税金で 豪遊してるって言ってる。領主様も今はお屋敷からずっと出てこな くて、すっかり赤崎君達の言いなりなんだって。皆逆らえないの。 わたし、何度もお手紙を出して赤崎君達にこんな事を止めてくれる ようお願いしてたんだけど⋮⋮全然聞いてくれないみたい﹂ そう言って、彼女は少し疲れた様な、悲しい顔で微笑む。 かつての友人が変貌し、町の皆を苦しませている事に深く心を痛 めていた。 ﹁小鳥さん⋮⋮﹂ ﹁あ、煮込んでたスープができたみたい。もうすぐ夕ご飯だよ。ク リスちゃんにも張り切って作ったんだ。明日この町を出て遠い国ま で行くんだよね。しっかり食べて元気つけていってね!﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 小鳥は明るい声だった。 だが黒岩剛の胸中は鉛のように重たかった。 87 88 10︵後書き︶ 鈍感・難聴系主人公はもはや許されない風潮なのだろうか。 89 11 火のついた暖炉が部屋に熱を送る。 その日の夕食の席はゆったりとした空気が流れていた。 ﹁さ、今日は山や畑でいい具材が手に入ったからたくさん作ったよ。 二人ともいっぱい食べてね! あと今日はレーズンパンにも挑戦し てみました! うん。自分でも上手くできたと思うよ﹂ ﹁ああ、ありがとう。ほら、イザベルの離乳食をよそった皿はこっ ちだ﹂ ﹁す、すごいね。いただきます﹂ 暗い雰囲気を吹き飛ばす勢いで小鳥が張り切っていた。 ロウイスは無愛想な顔こそ変わらないが、声色は幾分か柔らかい。 配膳や取り皿のやり取りなどはよほど手馴れており、相手の意図を 短い呼吸で汲み取っている。立派な夫婦の姿があった。 ﹁いい団欒光景だな﹂ そう黒岩剛は眺めながら思った。 並べられた料理を見ても、多くない食材をやりくりしてもてなそ うとしている心遣いが感じられる。 一家三人の姿は微笑ましく、一見した限りいい家庭だと思う。だ からこそ、黒岩剛の迷いが濃くなる。 このまま旅立っていいのか。 けど、例えここに残ったとしてただの風来坊の使徒でしかない自 分に一体何ができるのか。何か力になれる事はないのか。それを考 え、つい思考が暗くなってしまう。 90 ﹁あ、それでね剛くん。これクリスちゃんにどうかな。ミートボー ル作ったんだ。あげても大丈夫かな? あ、タマネギとかは入って ないからね﹂ ﹁へえ。うん、いいんじゃないかな。ね、クリス﹂ 黒岩剛の椅子代わりの頑丈な台の足元で黒パンを前脚で挟んでい たクリスは一度顔を上げるも、すぐにまた黒パンに齧り付きはじめ た。 小鳥が若干瞳を輝かせながら皿を手にクリスの傍に距離を測りな がら慎重に近づいていく。 その視線はクリスの可愛らしい肢体に釘付けである。実家では犬 を飼っていた事もあり、犬好きだったのだ。正確にはクリスは狐だ が。 けれど黒岩剛曰く﹁気難しい﹂クリスは決して小鳥に近づこうと はせず、これまでずっと小鳥のラブコールを袖にし続けていた。今 も素っ気無い様子で黒パンを格闘を続けている。 なおクリスに寄生虫はいない。雷閃狐は獲物を灼いて食べる習慣 があり、自らを害そうとする虫は体内であろうと体外であろうと雷 で焼き払うのだ。だから毛皮を触ったりしても寄生虫の卵が付くな どという事はない。 ﹁ほら、クリスちゃん。お肉だよー﹂ 猫なで声でそーっとそーっと距離を縮めて行く。 だがプイっと顔を背けるクリス。 ﹁やっぱり一日二日のわたしじゃダメなのかなぁ﹂ そう意気消沈しながらももう一度だけ押してみようと、いい匂い のするほかほかなお皿を更に鼻先近くまで寄せてみる。 ﹁ほら、美味しいよ。食べてみないかな﹂ ﹁ウゥゥ⋮⋮!﹂ すると途端に不機嫌そうに唸り始め、クリスの鼻先に皺が寄った。 それを見て小鳥が躊躇する。これ以上踏み込むべきか、それとも ここで引き下がるべきか。 91 けれどクリスの反応はそれより一瞬速かった。 ﹁きゃっ!?﹂ 短い悲鳴。 指先に走る痛み。流血。 クリスが小鳥の手先に噛み付いていた。 ﹁クリスッ!!﹂ いち早く黒岩剛が血相を変えて椅子代わりの台から飛び上がる。 そして片腕を大きく横に伸ばし、クリスを糾弾する。 珍しい激情、怒りがそこにあった。 ﹁く⋮⋮くぅん⋮⋮﹂ 体を一度ビクリと震わせ、クリスの意気が急速に萎んで行く。 口を離し、尻尾を丸め、ふらつくように後退する。おどおどと黒 岩剛を見上げる仔狐の姿は⋮⋮今にも泣きそうだった。 狐は涙を流さない。けれど、もしもクリスが人間であれば目に涙 を浮かべている。そう思うに十分なくらいの弱弱しい目だった。 何よりも黒岩剛の叱責がクリスには痛かった。 そして同時に黒岩剛もそんなクリスの姿に胸を詰まらせる思いだ った。 ﹁︱︱っ!﹂ クリスが脱兎の如く駆け出す。 ﹁あっ、クリス!﹂ クリスは開いていた窓へ四足で素早く駆け寄り、その小さな体で スルリと外へと身を躍らせ消えた。﹁クリス⋮⋮﹂ 苦い思いで大事な連れの名前を呟く。今も逃げ出す直前のクリス の顔が焼き付いて離れない。逃げたクリスに後ろ髪を引かれる思い を抱きながら、まずは噛まれた小鳥の元へと向かう。 ﹁ごめん。本当にごめん。まさかクリスが噛むなんて⋮⋮﹂ ﹁いいの、わたしが悪かったの。嫌がってるクリスちゃんに無理矢 理近づこうとしたから⋮⋮﹂ ﹁貸せ。傷を見せてみろ﹂ 92 ロウイスが抱えていた娘を抱えていた膝から降ろし、手早く布と 水を塗り薬を取り出して来ていた。 ﹁おい、クリスは何か病気は持っているのか。狂犬病は?﹂ ﹁いえ、大丈夫です﹂ ﹁そうか⋮⋮咄嗟とはいえ、悪かった﹂ ﹁こちらこそクリスが⋮⋮すいません﹂ 突然ロウイスが謝り、小鳥の頭上にハテナマークが浮かぶ。 クリスが噛んだ時に黒岩剛が腕を横に広げた理由、それはロウイ スへの牽制だった。 クリスが小鳥を噛んだ瞬間、あの一瞬でロウイスは食器のナイフ を手に投擲モーションに入っていた。もちろん狙いはクリスだ。小 鳥への更なる危害を加えられる前に行動不能にするために、明確な 敵意を以って彼は動いていた。 そしてそれを察し、クリスを止め、かつ広げた腕でロウイスのナ イフからクリスを守ったのが黒岩剛だった。そんな攻防があの一瞬 で繰り広げられていた。それを知るのは当人たる二人のみである。 ロウイスのあの一手はただの軍人にできる反応ではない。手馴れ たそれは達人と言っていい。それほど彼の動きは卓越していた。 そしてそれを即座に止めて見せた黒岩剛も尋常ではなかった。 ﹁これで手当ては終わりだ。傷はそう深くない。甘噛みではないが、 本気でもなかったようだな⋮⋮まだ痛むか?﹂ 雷閃狐の幼獣とはいえ、クリスが本気で噛んでいたら今頃小鳥の 指は容易に噛み千切られていただろう。樹海で暮らす魔獣の一角と して、それだけの力は既に持ち得ている。 ﹁ううん、平気。もう、剛くんもそんな辛そうな顔しないで。わた しは大丈夫だから。ね﹂ 心配かけまいと陽気な笑顔を見せる小鳥に、黒岩剛は思わず言葉 が詰まる。 ﹁⋮⋮クリス、探してくるね。僕一人で大丈夫だから二人はここで 待ってて。二人とも、本当にごめんなさい﹂ 93 彼は頭を下げながらそう言うのが精一杯だった。 外へ出ると既に日が暮れていた。 静かだった。辺りに民家一つなく、あるのは竜舎だけ。時折飛竜 の獰猛な鳴き声が聞こえてくる。 まずクリスの足跡を探しに彼女が飛び出した窓へと歩く。そこを 基点に追跡を始めた。毛や足跡などから獲物を追うのは樹海では習 得して当然の技能の一つだ。当然なのだ。 宵闇の暗がりの中、時には地面に這い蹲ってクリスの痕跡を探す。 次第に鬱蒼とした雑木林へと入っていく事になった。 ﹁⋮⋮ここで痕跡が途切れてる。近くにいるのかな?﹂ 周囲を見渡すも、それらしい姿は見受けられない。 ﹁クリス⋮⋮いるの?﹂ 大声で呼びかけてみたが返事はない。声が届いていないか、或い は無視しているのか。 ﹁クリス! 出ておいで。さっきは怒鳴ってごめん。もう怒ってな いから⋮⋮ね、出ておいで、クリス﹂ やはり反応はない。 葉擦れの音と風の音、虫の鳴き声だけが聞こえてくる。 ﹁やっぱり⋮⋮こっちから探し出すしかないか﹂ 黒岩剛は己の感覚を全開にした。 全身の感覚を使い、細心の注意を払って周辺の索敵を続ける。 そうして慎重に歩き回り、やがて彼は突然足を止めて一点を見つ める。そして確信をもって呼びかけた。 ﹁クリス、出ておいで﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁クリス⋮⋮﹂ 彼にとってクリスとは友人からの大事な預かりものだ。保護すべ き対象であり、手のかかる年の離れた妹といった感覚に近い。 だから呼びかける。 94 悪い事をして、怖がって逃げ出してしまった小さな子供を迎える ために。 やがて茂みを掻き分ける音がして、びくびくとクリスの鼻、次い で顔が出てきた。 ﹁⋮⋮クーン﹂ 鼻をスンスン鳴らしながら耳を伏せ、クリスが黒岩剛の顔色を窺 うように上目遣いで見やる。 そんなクリスに、ゆっくり、ゆっくりと両手を差し出す。 クリスは一度だけ体を震わせたが、じっと身を委ねていた。 そして優しく抱き上げる。クリスの体は全身緊張で固くなってい た。 ﹁ごめんね、怒鳴ったりして。怖がらせちゃったね﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ねえクリス、大声を出したのは悪かったけど、あんな風に何も悪 い事をしていない相手に対して噛みついたりしちゃダメなんだよ。 人を無闇やたらに傷つけちゃダメなんだ。小鳥さんに謝ろう。ね?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁悪い事をしたら謝らなくちゃ。僕も一緒に謝るから﹂ クリスは黒岩剛の説得を落ち込んだ様子で黙って聞いていた。 そして一度だけ何か言いたげに口を開き、けれど何も声を出す事 なく閉じて項垂れた。その目は先ほどまでとは違った様子で泣きそ うだった。 自分が間違っている事は理解してて、けれど不満がある。謝らな いといけない、謝りたくない。あの人間だけには。色んな思いがせ めぎ合い、葛藤する。 どうして。どうして、とその幼い目は黒岩剛に訴えかける。 どうして︱︱なのか。 ﹁クリス﹂ ﹁⋮⋮﹂ 例えあの人間が嫌であっても、それ以上にクリスは黒岩剛に嫌わ 95 れるのが嫌だから。 だから、ゆっくりと力なく縦に振る。 ﹁うん。いい子だね。じゃあ、戻ろう。大丈夫だよ。ちゃんと謝れ ば小鳥さんは許してくれるから﹂ ﹁きゅぅん⋮⋮﹂ 弱弱しい返事を心配した黒岩剛がそっと優しくその頭を撫でる。 そしてクリスを安心させるように彼は優しく微笑んだ。 その手の温もりが嬉しくて、悲しくて、苦しくて、クリスは強く しがみついて鼻を鳴らす。 子供が泣いて抱きつく姿そのままで、黒岩剛はクリスが落ち着く までずっと宥めていた。 そしてその帰り道で異変があった。 ﹁⋮⋮⋮⋮誰かいる﹂ しょんぼりしたクリスと共にキャピシオン家の近くまで戻って来 た時、その付近に不審な人影がいた。それも複数。 獣の如き鋭敏な感覚でその人影らを察知した黒岩剛はすぐさま息 を潜め、身を隠してその様子を窺う。 樹海で文字通りの化け物らに囲まれて過ごしてきた彼にとって、 人影らの隠形などバレバレもいいところだった。本当に隠れるつも りがあるのかと問い詰めたいくらい、消しきれていない音や気配。 彼にしてみれば冬眠した熊だって起きだすだろうと思えるほどだ。 ﹁⋮⋮ずっと屋敷を見てる。なんだろう、押し込み強盗かな? 何 にせよ、犯罪の臭いがするね⋮⋮クリス、ちょっとここで大人しく してて﹂ 足音を消して人影らに忍び寄る。体重300kgオーバーの巨漢 とは思えない見事な体重移動だった。 人影は皆男性だった。20代から30代前半くらいの集団で、皆 一様にそこそこに鍛え上げられており、腕や顔にいくつもの傷跡を こさえたその姿は一般人とは明らかに一線を画している。そして手 96 に各々がナイフなどの武器を持ち、抜き身の刃を空気に晒している 事からも、もはや尋常な事態ではないと判断できる。 ﹁この家に何か用ですか?﹂ ﹁!?﹂ 突然暗闇の中、至近距離からかけられた声に男らは目を剥き、振 り返ると同時に問答無用で刃物を振りかざしてきた。彼らの戦意を みぞおち 確認したこの時点で黒岩剛から容赦の文字が消えた。 ﹁⋮⋮ぬるい﹂ 一人一撃。 それで事は済んだ。 相手が構える前に一歩で距離を詰め、それぞれ水月、こめかみ、 人中を打ち抜く。それだけで男らは苦しみ悶えながら地面に転がり、 起き上がれなくなっていた。 最後の一人は逃げ出そうとした所を即座に首を鷲掴みにされ、片 手で軽々と宙に吊り上げられている。 男が抵抗して膝や蹴りを繰り出し、或いは手で己を吊り上げてい る手首を力いっぱい握りつぶそうとするも黒岩剛はビクともしない。 やがて男の顔は蒼白になり、酸素を求め何度も口を開け閉めして いた。 ﹁とりあえずロウイスさん、この人達の処遇はどうしますか?﹂ 誰もいないはずの夜闇へ問いかけると、返事はすぐにきた。 ﹁⋮⋮縛って少し離れたところに放り捨てておいて構わん。領主の 館の者が勝手に引き取りにくるだろうよ。町の衛兵に突き出して牢 屋に入れたとしてもすぐ戻ってくるだろうからな﹂ バックラー 暗闇の中から強大な威圧感と共に現れたのは、夕食の時の姿とは 一変して武装したロウイスだった。ガントレットに小型の盾と使い 込まれた短槍を手に、普段着の彼が片足を引きずりながら歩み寄っ てくる。片足が満足に使えなくともその歩法は男達とは比べるべく もない、見事な忍び足だった。 彼もまた、襲撃を察知して備えていたのだ。 97 なお小鳥はロウイスが言いくるめて、娘の子守を理由に屋敷の奥 へと押しやっている。 ﹁その男達、アカザキの手の者だ。しばらく前からよくここに来て は屋敷の様子を窺っていた⋮⋮いや﹂ そこで一度言葉を切り、不機嫌そうに半眼になって言葉を続けた。 ﹁コトリの様子を、か﹂ その言葉に衝撃を受けたのは黒岩剛だった。 ﹁な、なんで⋮⋮? どうして小鳥さんが⋮⋮?﹂ 狙われているのか。 そう食い入るように視線で訴える。 赤崎蓮が町で悪さをしているのは今日小鳥から聞いたばかりだ。 そして小鳥の嘆願を撥ね退けている事も。 だが、下でのびている連中に直接目をつけられ、狙われているな ど聞いていない。 もし、仮にこの連中に小鳥が捕まっていたら、果たしてどうなっ ていたのか。それを想像し、思わず身震いする。 ﹁さぁな。だが、どうやらアカザキとやらは俺のコトリにご執心な ようだ。とはいえ⋮⋮ここまで強硬手段に訴えようとしてきたのは 初めてだが。これまでは一人で偵察に来ていてそのまましばらくし たら帰っていただけなんだが、こんな大人数は今日が初めてだな﹂ その言葉に黒岩剛はダンプカーで殴られたような衝撃を受けた。 ﹁赤崎君⋮⋮﹂ 呼吸がわずかに止まり、自然と拳に力が篭る。 怒気が、空間を軋ませる。 近くの竜舎で飛竜達が次々と遠吠えを上げる。それは恐慌に近く、 その声はこの上なく怯えていた。 黒岩剛は決断した。 赤崎蓮は小鳥に危害を加えようとしている。 そう。小鳥は今、まさに苦しめられているのだ。 事態は急を要する。ならば、もう彼に躊躇う理由はない。 98 ﹁ええっと⋮⋮うん、あなたがいいかな﹂ 吊り上げていた男が完全に意識を手放していたため地面に下ろし た後、改めてダメージから回復しつつある手頃な男一人の元へ屈み 込む。 未だ起き上がれないものの、頬を軽く叩いて意識がある事を確認 して胸倉を掴み上げた。 ﹁ぅ⋮⋮あぁ⋮⋮﹂ ﹁聞こえてるよね。帰ったら赤崎君に伝えて。日の出と共にクラス メイトの黒岩が⋮⋮玄武の使徒がそっちに行くって。首根っこを引 っ掴んでその性根、叩きなおしてあげる。いいね﹂ それから制止の声を掛けて来るロウイスに構わず、黒岩剛は五名 の襲撃者全員を一まとめに担いで、キャピシオン家から少し離れた 道の脇に放り出して戻って来た。 ﹁ロウイスさん。確認ですが⋮⋮この町で傍若無人に振舞っている のは赤崎君達だけであって、領主は無関係なんですよね﹂ ﹁待て。何を考えている﹂ ﹁さっきも言った通り、元凶をとっちめようかと﹂ ﹁それなら不要だ。既に手を打ってある。国の中央には、この町で のアカザキの所業を記した手紙を送ってある。じき、中央から最低 でも使徒が一人派遣されてくるはずだ。ヤツはそれで終わりだ。こ の町の混乱もそれで収束する。それまでの間なら俺一人で守りきれ る。万一の保険として、コトリには竜笛も持たせているしな。問題 カスティーユ は使徒であるアカザキ本人が直接出向いてきた時くらいなものだが、 飛竜なら逃げ切れるだろう﹂ 竜笛。それは小鳥が胸に下げていた小さな筒のようなものだった。 それを吹けば即座にカスティーユが駆けつけるようになっている。 その途中で発生する飛竜隔離用の結界破壊及び町の緊急事態発令な ど無視してだ。多少面倒な事態になるが、ロウイスなら丸く収めら れる。彼にはそれだけの力があった。 ﹁いえ、明日にはケリをつけます。力づくでこんな事をやろうとし 99 てくるヤツをそんな悠長に野放しにはできません﹂ ﹁⋮⋮領主の館には使徒のアカザキ以外にも私兵が詰めている。使 徒の君ならばさほど障害にはならないだろうが⋮⋮一人で全員に勝 てるのか?﹂ ﹁勝てる勝てないじゃない。やるんです﹂ 落ち着いた、静かな声音だった。 だが、その奥底に秘められたドロドロとしたマグマの如き灼熱の 激情に気付いたロウイスは、そこで初めて気圧され、言葉を呑んだ。 かつて彼が対峙した使徒など相手にもならないほどの、剛気。 ﹁それに、同郷のクラスメイト達が町の人達にこんな迷惑をかけて いるっていうのも心苦しいですしね⋮⋮全員、とっ捕まえてお灸据 えて来ますよ﹂ 黒岩剛の口の端が釣り上がる。 それは過去彼が誰にも見せた事のない獰猛な、野獣の如き双眸だ った。 ★★★★★★ ﹁お、おい大丈夫か! お前ら、何があった!?﹂ 赤崎蓮は送り込んだ手駒がほうほうの体で帰って来た報を聞くや 否や、泡を食って駆けつけた。そこにはすっかり意気消沈し、見る も無残な負け犬といった言葉がピッタリの姿の男達がいた。 ﹁しっかりしろ! くそ、おいメイドども! さっさと手当てしろ !﹂ ﹁は、はい!﹂ 赤崎蓮、身内には優しい男である。 ﹁くそ⋮⋮なんでこんな⋮⋮夫婦と子供の三人暮らしじゃなかった のかよ。使徒でもないただの男一人、五人もいれば十分だと思って たんだが⋮⋮﹂ 本来なら小金で雇ったちょっとした力自慢の荒くれ者で小鳥を捕 100 まえて、今頃は自分の前に引きずり倒しているはずだったのだ。そ れが何かトラブルでもあったのか、返り討ちといった様子で目の前 で崩れ落ちている。 ﹁畜生⋮⋮やられた。あのクソガキィ⋮⋮﹂ ﹁実は玄武の使徒とか言うやつが邪魔をして⋮⋮﹂ ﹁で、伝言が。クラスメイトのクロイワだか何だかが、明け方にこ の館に乗り込んでくるって⋮⋮﹂ クラスメイトという思わぬ所で同郷の名前が出てきて、赤崎蓮の 目が訝しげに歪んだ。 ﹁なにぃ。黒岩⋮⋮確か、昼に木場達にケンカ売ったやつだったな。 最上ちゃんの所にいるのか?﹂ ﹁ど、どうしよう、アカくん﹂ 同じクラスメイトだった一人が縋るように見上げてくる。 そんな友人に対して赤崎蓮の答えは決まっている。 彼はいつだって安心させるよう、自信たっぷりの顔で皆の慣れな い異世界での不安を吹き飛ばしてきたのだ。 ﹁お前らビビんな! いいじゃねえか。このケンカ、買ってやるよ。 オレの邪魔をして歯向かった事、後悔させてやる﹂ 途端、喝采が巻き起こる。 ﹁さっすが俺達のアカ君!﹂ ﹁頼もしいぜ!﹂ これまでずっと、赤崎蓮は皆を守ってきたのだ。 外敵には容赦せず、朱雀の使徒の力を出し惜しみなく使って使い 続けてここまで来た。 周りの仲間達の明るい表情を見て、それを曇らせるやつはこの手 で燃やし尽くす。 そうして赤崎蓮は戦う。 ﹁上等だぜ。玄武だか何だか知らねーけどな⋮⋮オレの前に出た時 が運の尽きだぜ﹂ ﹁そうだよな! 大体玄武なんて言えば硬い、遅い、弱いの三拍子 101 揃った雑魚だし!﹂ ﹁亀なんざに負けるヤツなんていねーよな! 亀だぜ亀!﹂ ﹁よし、俺達で返り討ちにしてやろーぜ! アカ君が出るまでもね ーぜ!﹂ 赤崎蓮の発破で戦意高揚し、盛り上がるかつてのクラスメイト達。 ここに至り朱雀と玄武の使徒の衝突は不可避となった。 102 11︵後書き︶ カウントダウン0 さあ、気合入れてバトルシーン書きますかね︵棒︶ 103 12 ﹁クリスちゃん、お風呂! お風呂行こう! 洗ってあげるね!﹂ ﹁きゅぅん⋮⋮﹂ 小鳥が満面の笑顔でクリスを抱え、上機嫌な様子で軽い靴音を響 かせて浴室へと消えていった。 片やクリスはドナドナを歌いだしそうな顔でされるがままだった。 さて。この二人の様子からも分かる通り、クリスの謝罪はすんな りと済んだ。 ﹁ほら、クリス⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ キャピシオン家に戻った二人と一匹は、まずロウイスが手早く武 装を解除して何事も無かったか風を装い、黒岩剛は尻込みするクリ スの背中を押して、ケガをした手に布を巻いている小鳥の前へと立 った。 そして口にくわえていたスモモを小鳥の足元に転がして腹ばいの 伏せをする。 スモモは戻って来る時に採ってきた物だ。お詫びの印のつもりだ ろう。クリスとしてはネズミを捕ってきたかったらしいが、それは 時間的な都合により諦めた。小鳥的にもそれが正解である。 頭を下げ、耳を伏せ、精一杯小鳥に﹁ごめんなさい﹂をするクリ ス。 そんな仔狐に、小鳥は屈んで視線を合わそうとしながら優しく微 104 笑みかけた。 ﹁いいよ。わたしこそゴメンね、嫌がってたのに⋮⋮﹂ それからクリスが躊躇いがちに距離を詰め、虎穴に飛び込むよう に小鳥の膝へと上がり、毛づくろいをすると言わんばかりに小鳥の 頬を舐めた。 ﹁きゃっ。ク、クリスちゃん⋮⋮?﹂ 最初は驚いていた小鳥だったが、すぐに笑顔になってクリスの小 さな体を恐る恐る撫でてみた。クリスは逃げなかった。 ﹁へえ⋮⋮クリスが触るのOKだって﹂ ﹁ほ、本当? いいの? えっと、もし嫌な所があったら言ってね、 クリスちゃん﹂ ﹁クゥン﹂ それから一人と一体は互いに存分にキャッキャウフフし、打ち解 けたのだ。 そして小鳥が暴走して苦手なお風呂に拉致されても、クリスは﹁ これも運命﹂とばかりに殉教者の如き覚悟で受け入れていた。 リビングに残ったのはロウイスとその胸に抱かれている娘イザベ ラ、そして黒岩剛の三人。 ﹁タケシ、これを﹂ そう言ってロウイスは小さな金属製の筒を放り投げて寄越した。 ﹁これは?﹂ ﹁竜笛だ。明日もし危なくなったらこれを吹け。助けに行こう﹂ ﹁ありがとうございます。けど、使わないと思います。ロウイスさ んは小鳥さんの傍にいてください﹂ ﹁コトリのために動くという君を、見捨ててはおけん。いいから持 っておけ﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 軽く礼をする。 ロウイスはただ黙って頷いた。 105 そして日付が変わり、長い夜が終わり、少しずつ空の闇色が溶け ていく頃。 黒岩剛の姿は石畳の上にあった。 その視線の先にあるのは緩い坂道の上の領主の館。赤崎蓮達の本 拠地。 じき、山々の間から太陽が顔を出そうとしていた。 ﹁さあ⋮⋮行こうかな﹂ 一度大きく息を吸う。 吸い込んだ空気は肺へと巡り、丹田から力を生み出し、全身へと 循環させる。 息を吐く。 発達した筋肉が盛り上がり、そのまま肉の鎧と化す。 そして玄武の加護たる重量、それを一気に増大させる。 瞬間、足元が陥没した。 黒岩剛はそれに構わず、ゆっくりと一歩を踏み出す。 大地が揺れ、地響きが遠くまで轟く。それは近くの領主の館はお ろか、町全土を越えて近隣一帯をも揺るがした。 ︱︱玄武、侵攻開始。 ☆☆☆☆☆☆ 吹きさらしの高台で彼らは一列に並び、自称玄武の使徒を待ち構 えていた。 ﹁なあ、マジで来るのかな⋮⋮?﹂ ﹁江戸川乱歩や宮本武蔵みたいに、わざと時間ズラしてくるのかも しれないな?﹂ 場所は領主の館前。そこに六人の元クラスメイトを筆頭に、大勢 の私兵達がいる。 彼らは馬鹿正直に真正面から挑んでくる奴が本当にいるのかと疑 106 いながらも、迎撃の準備を終えていた。後ろには倉庫から引っ張り 出してきた攻城兵器もある。 赤崎蓮は彼らに一番手を任せて館でメイドを侍らせながら優雅に 高みの見物としゃれ込んでいた。 ﹁お、もう夜が明けるぞ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮来ないな⋮⋮﹂ ﹁無駄骨とか勘弁してくれよ⋮⋮ふわぁ﹂ 呑気な軽口を叩く彼らには緊張感はない。 そもそも彼らのバックには朱雀の使徒、赤崎蓮がいるのだ。これ までずっと彼らを救い、守って戦い抜いてきた彼の存在は守護神と もいえるものだった。 だから、今回も彼らの手に負えないようなら赤崎蓮が出てきてく れる。そして彼が負けるなど有り得ない。そう信じている。 ﹁ふざけんな! この額の傷、あいつにやられたんだぞ! ぜって ぇブチ殺してやる!﹂ 一人、戦闘で気炎を上げているのは昨日黒岩剛に一発でノックダ ウンされた木場だった。 彼は雪辱を果たすべく、誰よりも気炎を上げていた。 その時だった。 ︱︱ズ⋮⋮⋮⋮ン! ﹁ん?﹂ ﹁うおっ、揺れた? 地震か?﹂ 突然の足元の小さなグラつきに、全員が泡を食う。 すぐ収まるかと思いきや、その震動は一定のリズムで立て続けて 襲い掛かり続ける。 ﹁あれ、地震じゃない?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮もしかして、これ足音じゃないのか?﹂ ﹁ええ? どういう⋮⋮﹂ 107 怪訝な顔をして聞き返そうとした時、上ずった大声が全員の気を 引いた。 ﹁お、おい! あれ! あれ見ろ!﹂ ﹁︱︱来やがった!﹂ ︱︱ズ⋮⋮ン! 彼らの一人が指し示した先、遠く離れた道の先、そこには朝日の 中をただ無防備に歩いて来る一人の少年の姿があった。 ﹁おい、歩いてきているぞ﹂ ﹁舐めてんのか⋮⋮!﹂ ﹁走れないんじゃないか?﹂ ﹁ああ、亀だしな。ってゆーか、この揺れ、あいつかよ。どんだけ デブなんだよ﹂ ﹁おいおい、あんなノロマ、使徒でも俺らだけでいけそうだな﹂ 爆笑が伝染し、明け方の静かな空の下に巻き起こる。 俄然、やる気を出した彼らは祭りのようなテンションで燃え上が り始めた。 ﹁よし、俺がぶっ飛ばしてやる!﹂ ﹁待て俺がやる! 見てろ、あの時は油断しただけだ。俺の魔法が 当たればあいつなんて⋮⋮!﹂ ﹁お、木場ちゃんやる気だなー。よーし誰が一番にやれるか競争だ ! ま、あいつも一応使徒なんだし、ちょっとやそっとじゃ死なな いだろ﹂ クラスメイトらの内、三人が率先して魔法を唱えだす。 そしてバラバラに三つの火球が遥か彼方の少年へと放たれた。 爆音。そしてガソリン爆発のように球体状の真っ赤な炎が黒岩剛 を包み込んだ。 着弾地点はややズレていたが、車一台を飲み込む炎の塊、その余 波に巻き込まれた形だ。 108 ﹁よし、ヒット!﹂ ﹁うわー、あいつまともに食らったよ。魔法でシールドすら張って なかったぞ﹂ ﹁おー、木場ちゃんが一番だったか。さっすがー。俺達の中で一番 なだけはあるな﹂ 中には口笛を吹いて﹃狩り﹄の成果を称える輩もいる。 だが。 ︱︱ズ⋮⋮ン! ﹁お。まだ生きてる﹂ ﹁くそっ!﹂ ﹁はいざーんねん。ま、さすがにこの程度じゃあね⋮⋮ちょっと甘 かったって事か﹂ ﹁うむ、さすがに腐っても使徒か。一発はさすがに無理だったな﹂ ﹁よし、じゃあ皆そろそろ真面目にやろうぜ!﹂ ﹁応!﹂ 再び魔法の詠唱を、今度は六人全員が始めた。 黒岩剛と館までの彼我の距離はまだまだある。ただ歩くだけで、 しかも歩みの遅い黒岩剛に対して彼らは好き放題に、そして一方的 に攻撃を始めた。消し炭すら残さないと言わんばかりの集中砲火だ。 それは見ようによっては、無抵抗な相手への過剰なオーバーキル に見えた事だろう。 ︱︱ズ⋮⋮ン! 黒岩剛は歩く。 次々と魔法の火球が飛ぶ。 大きさや速さ、威力には個人差があれど、一発一発が最低でも火 炎瓶程度の威力があった。強い者になると手榴弾クラスもいる。 109 ﹁いい的だな﹂ ﹁あいつちっとも避けられないでやんの。トロすぎぃ﹂ ﹁このまま倒せそうだな。ガンガンいこうぜ﹂ 皆そう言いながら笑い合っていた。 魔法の着弾点からは黒い煙が絶えず立ち昇っている。 じき、この大きい足音や揺れもなくなるだろう。皆がそう思って いた。 ︱︱ズン! 黒岩剛は歩く。そして地面が揺れる。 そのテンポは未だ一度も乱れない。 ﹁⋮⋮しぶといな﹂ ﹁そろそろ本気だそうぜ﹂ ︱︱ズン! 黒岩剛は歩く。そして地面が揺れる。 いつしか揺れが大きくなっている事に皆が気が付き始めていた。 ﹁おい、お前ら本気出してるよな⋮⋮?﹂ ﹁お、お前こそちゃんと本気出せよ﹂ ﹁おい、何ぼーっと見てるんだよ。後ろのお前らもやるんだよ、ほ ら早く!﹂ 後ろに控え、困惑していた私兵らが戦列に加わる。 矢や魔法の数が一気に倍増した。 凶弾が雨のように乱れ飛ぶ。 ︱︱ズン! 歩く。そして揺れる。 110 黒岩剛の周囲では木が幹から折られ、爆発で大岩が宙を舞う。鼓 膜を破るような轟音が鳴り止まない。 何度火柱に包まれただろう。 幾度爆発が直撃しただろう。 バリスタ その度に、彼は黒煙や土砂のカーテンの奥から現れる。何事も無 かったかのように。 カタパルト 一歩ずつ、大地を踏みしめて歩いて来る。 ﹁いいから撃て! おい、後ろのお前ら、巨大投石器と大型弩砲だ ! とっとと撃て、撃ちまくれ!﹂ 皆、既に気がついていた。 この異常で異質な事態に。 ︱︱ズン! 歩く。そして揺れる。 カタパルトから大人十人でようやく抱え上げられる巨岩が放り投 げられ、バウンドしながら黒岩剛を直撃する。だが巨岩はあっさり 跳ね返された。巨岩はそのまま脇へと転がって行く。ただ硬いだけ ではこうはならない。圧倒的な重量があるからこその、この結果だ。 もはや彼にとっては軽石くらいにしか感じられないのだろう。 バリスタから巨大な杭の如き矢が放たれる。隼のように疾駆する それが直撃。だが矢は分厚い鋼鉄の壁に当たったかのように無残な 残骸を晒す事になった。黒岩剛はその衝撃を以ってしても、わずか たりとて後退する事はなかった。 その程度では何度繰り返しても結果は変わらない。 ﹁なんで! なんで歩いて来られる!?﹂ ﹁止まれ! 倒れろ! 倒れろよおおおお! うわあああああああ あ!?﹂ 例え使徒であろうが、これだけの魔法の量を食らえば普通はタダ では済まない。 111 そもそもただの人間は言うに及ばず、朱雀の使徒である赤崎蓮で あってもカタパルトの巨岩を同じように真正面から食らえば骨にヒ ビくらいは入るし、バリスタの矢など骨折は避けられないのが当然 の話だ。 当然の話︱︱のはずなのだ。 ︱︱ズン! ノーダメージ 未だ黒岩剛は︱︱無傷。 止まらない。止められない。 火球や電撃、巨岩、矢が雨のように次々と飛来してくる戦場を悠 然と歩いて来る。 彼の玄武の装甲は最硬。そしてその圧倒的重量の前には生半可な 攻撃は全て跳ね返される。 小さな山の如き巨人が、或いは鉄壁の要塞が歩いているようなも のだ。彼の前にはカタパルトもバリスタも小雨同然だ。 ﹁ひいいいいい! 化け物だあああ!﹂ ﹁あ、おいこら逃げんな畜生!﹂ ついに金で雇われていた私兵らが武器を放り投げて背中を向けて 逃げ出した。 いっそクラスメイト達も放り出して逃げ出したい。 だが、逃げる? どこへ? 彼らの後ろにある館こそが唯一の居場所だ。ここを離れてどこへ 逃げろというのか。 いや、そもそもがもう残った六人の足は迫り来る恐怖で震え、立 っているだけで精一杯なのだ。 動けないなら、敵を止めるしかない。 ﹁来るなっ! 来るなよおおおおお!﹂ だから我武者羅に攻撃を続ける。魔法を撃ち続ける。 それが無駄な抵抗だと半ば本能的に悟っていようとも、それしか 112 できない。 ︱︱ズン!! 黒岩剛はただ歩いているだけなのだ。 一歩、また一歩と。 無人の野を行くが如く歩くだけ。 それが。 それだけが。 彼らには何よりも恐ろしい。 ︱︱ズン!! いつの間にか、黒岩剛と館の距離は残りわずかまで詰められてい た。 彼の背は荒地と化していた。焼き払われ、巨岩とバリスタの矢に よって徹底的に破壊し尽くされた跡の光景だけが広がっている。 かし 揺れは大きくなり、館の敷地にある老朽化した塔の一つが斜めに 傾いだ後、そのまま横倒しに倒れ、崩れ落ちた。 魔法を使い続けたクラスメイト達も徐々に力尽き始め、両手を地 面に突いて息を荒げている者もいれば、既に酸欠状態のようになっ て倒れている者もいる。 ﹁あ⋮⋮あぁ⋮⋮ぁ﹂ また一人、泡を吹いて倒れる。 最後に木場だけが残り、途切れ途切れに魔法を飛ばしていた。も はやすぐそこにいるので外しようのない距離だったが、震える腕は 火球をあさっての方向へと飛んで行くばかり。 あれだけ騒がしかったのに、今では辺りはひっそりと静まり返っ ている。そこいらの地面には弓や槍といった武器が散乱し、巨大な 攻城兵器のカタパルトやバリスタも打ち捨てられている。 113 そんな光景を昇り行く朝日が照らし出す。 重々しい足音と地響きだけが変わらず近づいてくる。 だがやがてそれも止まった。 座り込んだ木場が虚ろな目で見上げると、すぐ目の前に黒岩剛が 立っていた。 彼はさっきまでの弾雨も何事も無かったかのように、ぞっとする ほど冷めた表情をしている。 ﹁赤崎君はどこ?﹂ ﹁あ⋮⋮あ⋮⋮ぁ⋮⋮⋮⋮﹂ もはや言葉にすらならない。恐怖で言語中枢がマヒしているかの ようだった。 ﹁赤崎君はどこ?﹂ もう一度強い口調でそう繰り返した時だった。 ﹁おい、そこのマッチョ。俺のダチから離れろよ﹂ 館の門から剣呑な声がした。 ﹁⋮⋮赤崎君?﹂ ﹁ああそうだ。オレを探してるんだろ。オレはここだぜ﹂ 見ると、所々ダメージ加工されたような服を着たワイルドな姿の 青年がいた。その背には真っ赤に燃え盛る巨大な翼がある。 ﹁やっぱ使徒相手じゃオレがやるしかなさそーだな﹂ 朱雀の使徒、赤崎蓮が傲岸不遜に嘲っていた。 114 13 ﹁よお⋮⋮昨日は散々好き勝手やってくれたみたいだなぁ﹂ ﹁それはこっちのセリフだよ﹂ 黒岩剛と赤崎蓮、両者は互いに睨み合いから始まった。 ﹁まるで負け戦の跡だな。派手にやったな、おい。そっちはもうや る気満々みたいだな。いいぜ、こっちも昨夜邪魔されてイラついて んだ。ブチのめしてやるよ。テメエみたいな濃い奴に見覚えもねぇ し、元クラスメイトだか何だか知らねえが調子コキやがって﹂ そう言うと赤崎蓮はギラギラと殺気だった目をして、空いている 方の手で挑発するように手招きをした。 ﹁こっち来いよ。オレが本気出したらここで倒れてるダチどころか、 館の中の領主や執事、メイドも巻き込んじまう。どうせなら気兼ね なく全力出せる所でやろうぜ﹂ ﹁いいよ。願ってもない誘いだ﹂ ﹁よーし、裏手はろくに人も来ない荒地だ。そこでケリつけるぞ﹂ 赤崎蓮が軽やかに地面を蹴ると、フワリと空へと飛び立った。大 きな翼が羽ばたき、火の粉が空に舞い散る。黒岩剛は自重を元に戻 してその後を追った。 屋敷の裏手は荒涼としていた。丘を下りた先には転がる岩と切り 株、そして見渡す限りの茶と黄土色の大地だった。 その中心に二人は離れて降り立った。 ﹁さあ、ここなら遠慮はいらねえ。存分に暴れるとすっかぁ! は はは!﹂ 115 そう赤崎蓮が言い放つと同時だった。 剣を持っていない左手を前に突き出す。詠唱すら必要とせず、ノ ータイムで火炎が放たれた。 不意打ち気味の先制攻撃。トラックをも飲み込む炎の奔流が疾風 怒濤と襲い掛かる。 だがその炎は俊敏なサイドステップで跳んだ黒岩剛の傍らの空白 を貫くだけだった。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁へえ、デカイ亀のクセに中々素早いじゃねえか。じゃあ次はこい つだ﹂ 自らの周囲に無数の火球を生み出す。ソフトボール大のそれは小 さな鳥の姿となり、一面の弾幕となって前方左右から黒岩剛へと殺 到した。 ﹁まだまだあるぜ!﹂ 火球を上空へ打ち上げ続け、シャワーのように降らせる。 激しい音と光が連続して炸裂する。 その一つ一つが爆弾をバラ撒いたかのような暴威を奮った。先ほ ど相手をした木場達の魔法とは威力が余りにも段違いだった。 大量の土砂が舞い、静寂だけがある。 ﹁⋮⋮へっ、まあそうだろうな。このくらいじゃあやられねえよな そび ぁ⋮⋮玄武っていうくらいだし、さぞ硬いんだろうよ!﹂ ﹁⋮⋮﹂ 土煙が収まった後、巨漢の姿は依然変わらず立ち聳えたままだっ た。それを当然とばかりに赤崎蓮は余裕の笑みで迎える。それも当 然だ、彼にとってこの程度肩慣らしにすぎないのだから。 黒岩剛は無言。何かを吟味しているかのような神妙な顔で赤崎蓮 を見つめている。 やがて、ゆっくりと口を開いた。 ﹁これで終わり?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂ 116 ﹁この程度の炎しか出せないの?﹂ ﹁なっ⋮⋮!﹂ あまりの上からの物言いに、赤崎蓮は一瞬激昂しかけるもすぐに 平静を繕った。 ﹁いいぜ、折角手加減してやってたってーのに⋮⋮本気でやってや るよ。いきなり消し炭になっても文句言うなよ﹂ ﹁そんな心配はいらないよ﹂ ﹁へえ、よっぽど自信あんだな︱︱バカが﹂ ここで初めて赤崎蓮が剣を持ち上げる。 それは片刃の直剣だった。柄には赤い紐飾りと炎を纏う朱雀の意 匠が彫ってある。剣は唐大刀に近く片手で扱える細目の刀身で、切 っ先は彫刻刀の切出刀のように長方形を斜めに切り出したような形 をしている。 刀身は灼熱の輝きを帯び、振るう度に赤い煌きが残像となり、発 する熱が刀身周辺の景色を歪めていた。 ﹁これがオレの第一護神武装﹃赤宝朱雀剣﹄だ。使徒がその身に宿 すとかいう神の力を形にしたもの⋮⋮って偉いやつが言ってな。こ れ出せるようになって使徒として初めて一人前だってよ。勿論お前 も出せるんだろ? ほら、出してみろよ。出せないわけねーよな?﹂ 第一護神武装。それは使徒が己の内から生み出す武器。神の司る 力、神格を宿した神器だ。 例えば朱雀であれば炎、玄武であれば水、ゼウスであれば雷とい うように、第一護神武装は神を表す神威を奮う事ができる。 この武器を介する事によって使徒は神の力をより強力に、より簡 易に、より多量に引き出し操る事ができるようになる。要はブース ターだ。 今それを解放した赤崎蓮は朱雀の使徒としての威光を身に纏って いた。 赤宝朱雀剣を中心に今にも爆発しそうなエネルギーを持て余し、 身体から漏れ出す炎はプロミネンスとなって周囲に噴出している。 117 彼から放射される熱量はまるで山火事の如き勢いだった。 偉大なる神の力、それを前にしたただの人間は己の矮小さを思い 知らされるのに十分である。 だが、黒岩剛の表情は変わらない。 迸る朱雀の使徒のプレッシャーを涼しい顔で受け止め、磨きぬか れた筋肉一つで堂々と仁王立ちしたまま淡々と言い放つ。 ﹁僕にそれは必要ないよ。いいから掛かってきて。遠慮はいらない から﹂ ﹁⋮⋮!!﹂ 噴き出す炎の勢いが増す。 彼の怒りと同調するように烈火の如く炎が荒れ狂った。 ﹁ああ、じゃあ死ねよ!﹂ 赤宝朱雀剣が上段から力強く振り下ろされ、黒岩剛へと向けられ る。 そして、先ほど同じ数の炎鳥が生み出され、再び殺到した。但し、 それは小鳥から大鷲の大きさへと膨れ上がって視界一面を埋め尽く し、更に一羽一羽の速度も威力も向上していた。 天空紅蓮﹃朱の右翼﹄。 第一護神武装によって増幅された炎らはそれこそミサイルを撃ち 込んだかのような巨大な火柱を上げ、目を閉じていても突き刺さる 程の光が荒野に広がった。 筋肉が炎の中へと包まれ、見えなくなる。 ﹁バカが⋮⋮⋮⋮﹂ 苦々しい顔でそう吐き捨てた赤崎蓮は、乱暴に地面を蹴った。 そして気持ちを切り替え、改めて結果を、己に身の程知らずな自 信で敵対してきたバカの末路を見届けようとして、大きく動揺した。 ﹁⋮⋮なに?﹂ 炎が収まった後、その中心地には人影があった。 ﹁︱︱ぬるい﹂ ﹁な⋮⋮﹂ 118 地面から立ち昇る黒煙の中から現れた筋骨隆々とした巨漢、黒岩 剛はただそう評した。 彼自身は無傷。 あれだけの威力の炎を正面から受けてなお、その美しく力強く逞 スケル しい筋肉には火傷一つ負っていなかった。 ﹁やっぱり思った通りだ。樹海の黄金の大天狼の炎に比べて大きく ね 劣る。それじゃあダメだよ、僕のこの身体に傷一つ付けられない﹂ 黒岩剛の目が赤崎蓮を睨め付ける 途端、赤崎蓮の背筋に怖気にも似た震えが走った。 ﹁チッ!﹂ マズイ。 そう咄嗟に判断した赤崎蓮が炎の翼を羽ばたかせ、大空へと飛び 上がる。彼にとって﹃朱の右翼﹄は自信のあった技だった。それだ けにそれが通用しないというのは危機感を覚えるのに十分な事態だ った。 一先ず黒岩剛の手の届かない所まで逃れ、改めて眼下を見る。そ こには黒ずんだ大地の真ん中にポツンと棒立ちしている巨漢の姿が ある。 彼はただ赤崎蓮を見上げるだけ。未だ一度も攻めに転じる気配は ない。 そしてそれが不気味でもあった。 ここにきて赤崎蓮は、自分が相手にしているものが何なのか、そ の未知の怪物を前にしたかのような違和感を覚えつつあった。 ﹁くそ、しゃあねえ⋮⋮これしかねえか﹂ 赤崎蓮は切り札を切る事にする。 己の剣に力を一気に注ぎ込む。炎が生まれ、膨れ上がったそれは 上空で一際巨大な炎の塊を生み出した。 それは鯨すら呑み込む炎の巨鳥に姿形を変じさせ、甲高い産声を 上げる。 赤崎蓮の大技、大業炎﹃火の鳥﹄。 119 この四年で彼が練習し、創り出した技の中では随一の威力を誇る 技だ。仮初の生命を持ち、自らの意思で獲物へと飛翔し、炎の嵐を 巻き起こす。広範囲に甚大な被害をもたらすこの技から逃げ切るの は簡単な事ではない。 その渾身の一撃を赤崎蓮は解き放った。 弾丸のように急降下し、目標を目指す火の鳥。 対する黒岩剛はやはり仁王立ちのまま。一度大きく息を吸い、大 胸筋が前へと押し上げられる。全身に力が漲り、足を踏ん張らせ、 気合そして気迫が限界まで満ち膨らむ。その巨体が更に一回り大き くなったかのようだった。 神々しく巨大な火の鳥が真っ直ぐ舞い降り、内なる炎を吹き荒ら し周辺一帯を灰燼に帰そうとしたその瞬間。 ﹁渇︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッッッッッ!!!!!!!!!﹂ 火の鳥が消し飛んだ。 それはもう呆気なく、散り散りになって。 ごくわずかな残滓の火の粉がパラパラと淡雪のように地面に降っ て、消えた。 片や黒岩剛は指先一つ動かしていない。ただ叫んだだけ。裂帛の 気合と共に咆哮しただけ。 ﹁は⋮⋮?﹂ それを目の当たりにした赤崎蓮は思わず目を点にした。 己の最強を誇る、苦心の末に編み出し練磨した技が一喝で掻き消 えたのだ。呆然ともなろう。 ﹁脆弱よ⋮⋮﹂ 一方、一蹴した当の本人は﹁またつまらぬものを⋮⋮﹂とでも言 い出しそうな顔で仁王立ちしていた。 ﹁いやいやいや、ちょっと待てちょっと待てよ⋮⋮今何した?﹂ ﹁何って⋮⋮見ての通りだよ﹂ 120 ﹁いや、だから何をしたんだっつってんだろ!? 分かんねえから 聞いんだろうがッ!!﹂ 逆ギレ気味に喚く赤崎蓮。 それに訝しげに眉をひそめる張本人。何を当然の事を聞いてくる のか、と言わんばかりだ。 彼は胸を張って堂々と答えた。 ﹁鍛え上げた筋肉、そして玄武の力に決まってるじゃない﹂ ﹁嘘つけえええええええ! 今の絶対筋肉とか玄武とか関係ねえだ ろうがッッッッッ!!﹂ おとこ その至極尤もな叫びは、しかし無情にも大空へと溶けて消えるだ けだった。 あれはもっとこう、理屈を越えた理不尽な何かだ。男ではなく漢 ピュア よこしま 的な。だが黒岩剛は鍛えぬいた己の力と信じて疑わない。その瞳は 一切汚れのない純粋な少年のそれだった。邪な者がいたら浄化され そうなほどに。 ﹁さあ、今度は僕から行くよ﹂ 宣言と同時に一歩踏み出す。 大地が大きな悲鳴を上げ、激しく揺れる。 思わず上空の赤崎蓮はビクリと体を震わせてしまった。地上と上 空とで十分な距離を取っているはずなのに、今はそれでも心もとな いとさえ思える。 ﹁ぐっ!﹂ 赤崎蓮は苦悩する。 ﹁あれが効かねえとなると、後はこの剣での接近戦しかねえんだが ⋮⋮﹂ 問題は最初の﹃朱の右翼﹄がまったく通用しなかった事だ。本来 じょうせき ならあれで弾幕を張り、足止め兼目眩ましをしている隙に左右背後 へと周りこんで死角から斬りつけるのが彼の定石だったというのに。 121 弾幕となる炎鳥が完全に無効化されている現状、この戦法が通じる 可能性は低いと見るべきだろう。 ﹁それでもやるしか⋮⋮ねえか。もう余力もあんまりねぇし。﹃火 の鳥﹄は一発だけでもクソがつくくらい膝に来るからな⋮⋮とにか く全力で一撃、斬りつけるなり突き刺すなりすれば⋮⋮少しでいい、 傷つけさえすれば後は赤宝朱雀剣から炎を噴出させて内側から丸焼 きにできるはずだ⋮⋮! それでやれなくとも、隙さえできれば今 度こそ﹃火の鳥﹄を防御させる前に思いっきりブチこめる﹂ 時間はない。迅速な果断を以って、赤崎蓮は黒岩剛が攻勢に移る 前に先手を取る事にした。 ﹁おらぁ!!﹂ 再び﹃朱の右翼﹄。 夥しい数の炎鳥が黒岩剛の注意を引いている間に、赤崎蓮は翼で 一気に加速する。 天空を隼のように俊敏に泳ぎ、タイミングを見計らって地上の黒 岩剛へと背後から接近する。 黒岩剛は向かって来る炎鳥から目を離さないまま、どうやら赤崎 蓮を見失い動きには気付いていないようだった。 加速の勢いに乗ったまま剣を体の後ろに引き、一気に突撃する。 刺突の構えだ。 元々赤崎蓮は剣道も剣術もやった事などなく、剣の扱いは未だあ まり上手いとは言えなかった。名のある剣士に手ほどきを受けて練 習も積んでいたが、それでも凡才の域を出ない。 身体能力はこの異世界セフィロートに来て飛躍的に向上したが、 剣士としては半人前なのだ。 剣の性能頼りに、﹃斬る﹄のではなくとにかく﹃当てる﹄や﹃ぶ つける﹄事が主眼になっている。そうすれば後は剣が誇る素晴らし いまでの切れ味と炎熱の能力とで鋼鉄すらバターのように断ち切れ るのだ。 使徒としての加護たる視力向上も相まって、これらの恩恵は剣の 122 腕前を補って余りある だが、黒岩剛は今までの相手とは勝手が違う。これまで通用して いたほとんどが通じない。 今、赤崎蓮はまさに未知の領域の中で戦っていた。 ﹁とった︱︱!﹂ 近づく巨漢の背中、その黄金のマントに剣を突き刺そうと刺突を 放つ。 バネのように腕が伸び、最高の速度とタイミングで剣の切っ先が その背中へ。 手応えが剣から腕に伝わってくる。 それは完全に予想だにしていないものだった。 ﹁んな⋮⋮!?﹂ それは肉を斬る感触とはほど遠い、金属質に近いものだった。 剣は筋肉に絡みとられていた。剣先は左腕の強固でしなやかな前 腕筋群で受け止められ、刀身は右手で握り締められ動かせない。 凶刃が届く直前、黒岩剛が俊敏に反応した結果だった。 ﹁つかまえた﹂ 間近で聞くその低い声に、赤崎蓮は咄嗟に剣に力を篭めて振り払 おうとするが、できなかった。全力の勢いの反動により赤崎蓮の腕 は完全に痺れ、握力もほとんどなくなっていた。 ﹁赤崎君、いくら炎を囮にして姿をくらませようとしてもその剣が ある限りすぐ居場所が分かるよ。その剣の熱は近づけば熱源として 肌で感知し易いからね﹂ ﹁できるかぁ! 何だよそのとんでも理論!﹂ 赤崎蓮は叫んだ。魂からの叫びだった。 樹海で過ごした黒岩剛にとっては肌で熱源感知など容易い事だ。 既に地球の常識は樹海に置いて来ている。 赤崎蓮が已む無く剣を手放し、黒岩剛の間合いから逃れようと足 に力を入れる。が、それを鋭く察知した黒岩剛が右手で握っていた 剣を横へ払い投げ、一歩踏み込む。そしてそのまま目の前のガラ空 123 きの腹に膝蹴りを埋め込ませる。 赤崎蓮の足が地面から離れ、浮く。更に続く黒岩剛の鋭く空を抉 る左の掌底が赤崎蓮の胸を貫いた。 その二発は手心が加えられていたにも関わらず、余りにも重く、 そして強烈だった。 ﹁が⋮⋮ぁ⋮⋮﹂ たった二発のダメージでもう赤崎蓮は立ち上がるのがやっとの状 態になり、足も震えていた。 ﹁畜生が⋮⋮あの剣⋮⋮鋼鉄も断ち切るんだぞ。なんで⋮⋮なんで 刃が通らねえんだよ⋮⋮﹂ ﹁知れたこと。僕の鍛え上げた筋肉と玄武の力による玄武ガードは その程度じゃ傷一つ付くわけがない。答えはね、赤崎君、君が脆弱 なだけなんだよ﹂ ﹁嘘だッッッッッッ!﹂ ﹁赤崎君、君が知らないだけで鍛え上げた筋肉はね、あらゆる不可 能を可能にするんだよ﹂ ﹁ふざけんのも大概にしろやコラァ!!﹂ 残りわずかな力を振り絞り、炎の翼で上空へ逃れる。その飛行は 今にも失速しそうなくらい不安定で力がない。 ﹁くそっくそっくそっ⋮⋮!﹂ 空中で止まりながら赤崎蓮は追い詰められた顔で必死に頭を動か す。既に手札全てが完封されているこの状況、どうにかしてあの男 をぶっ飛ばせないかを。 冷静な方の頭はこのまま逃げる事を囁くも、だがそれ以上に大き な声で喚きたてる感情の声が許さない。 あんなふざけたムキムキマッチョにこのまま背を向けて逃げる事 などできるはずがない。こんな風にコケにされたまま、一矢報いる 事すらできないなど赤崎蓮のプライドが許さない。そのような負け 犬の姿なんて晒せるわけがない。決してだ。 何も手立てが思い浮かばないまま上空に逃げて、ただ足踏みしな 124 がら歯噛みするしかない赤崎蓮に黒岩剛は重々しく語りかける。 ﹁さあ、今まで小鳥さんや町の人達に好き勝手してきたツケを払う 時だよ﹂ 黒岩剛が始めて構える。 膨大な闘気が湧き昇り、その今まで見た事のない圧倒的なまでの 強大さと勢いに赤崎蓮が気圧され、思わず生唾を飲み込む。 ﹁僕はかつて非力だった。けれどある時、雄大な大自然と昇る太陽 が教えてくれた。僕に足りないものを﹂ ﹁いや聞いてねえし、勝手に語り始めんな﹂ ﹁そう、それがッ︱︱︱︱︱︱筋ッ︱︱肉ッ!﹂ 暑苦しい筋肉が弾けんばかりに盛り上がり、服を破る勢いで自己 主張する。黒岩剛は大真面目だった。何ら微塵も疑いを持っていな かった。 赤崎蓮は空中で後退った。ドン引きだった。色々な意味で。 ﹁そしてこれが⋮⋮僕の必殺技﹂ 黒岩剛は拳を腰溜めに構え、己が重量の加護をMAXまで引き上 げ、全力を篭める。 そして、持ち上げた足が大地を勢いよく踏みしめる。それは震脚。 途方も無い自重と共に踏み込まれた片足は大地を割り、その全エネ ルギーは足から腕へと全身を使って伝わる。 拳が放たれる。 ﹁︱︱玄武パンチ!!!!﹂ どこぞの空飛ぶ菓子パンヒーローのように技の名前を叫ぶ。実際 はただのストレートパンチなのだが、その振りぬかれた拳から彗星 の如き衝撃の塊が放たれた。 衝撃は一直線に空を昇り、翔ける。 それは鉄拳の形をしたロケットかジャンボジェット機が迫ってく るようで。 125 ﹁いっ︱︱!?﹂ 赤崎蓮の視界をほぼ埋め尽くすそのケタ違いのスケールに、悲鳴 すら上げられない。 その鉄拳は赤崎蓮を撃ち落し、その勢いのまま空の彼方へと飛び 去っていった。 直撃ではない。最初からその拳は赤崎蓮を狙ってはいなかった。 だが、その余波は赤崎蓮を巻き込み、そのオマケの威力でさえも赤 崎蓮の防御を打ち砕くには十分に過ぎた。 赤崎蓮は指一本動かせないまま敢え無く墜落していく。 薄れ行く意識の中、彼はただただ思った。 ﹁何でも名前に玄武を付ければいいってもんじゃねえだろうが⋮⋮﹂ その行き場の無い思いは誰にも届く事なく、無力にも清く眩しい 朝日の中に消えていった。 126 13︵後書き︶ この小説のジャンルはファンタジーですか? いいえ、コメディです。 最強タグを付ける以上、苦戦する事は決して許されぬ︵使命感︶ 127 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n5737ch/ 玄武は硬いだけのかませという風潮 2015年1月25日22時17分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 128
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