温熱間金型用鋼「DURO-FZ」 吉田 直純

NACHI
TECHNICAL
REPORT
Materials
28B5
Vol.
October/2014
■ 新商品・適用事例紹介
温熱間金型用鋼
マテリアル事業
「DURO-FZ」
Hot or warm forging die steel "DURO-FZ"
〈キーワード〉
温熱間金型用鋼・マトリックスハイス
高靭性・耐熱性
マテリアル事業部/技術開発部
長谷川 誠
Makoto Hasegawa
吉田 直純
Naozumi Yoshida
マテリアル事業部/技術開発部
温熱間金型用鋼「DURO-FZ」
要 旨
NACHIマテリアル事業部では、冷間および温
熱間における各種成形加工用金型材として、精密
型用鋼「DUROシリーズ」を商品化している。
1. 高品質・高性能の
金型材料ニーズに
応えて
今回、
「DUROシリーズ」の新商品として、靭性
金型の主要ユーザーである自動車関連メーカー
と耐熱性を高度にバランスさせた温熱間金型用
においては、部品の軽量化、高性能化を背景とし
鋼「DURO-FZ」を開発した。独自の特殊溶解技
て、部品となる素材の難加工化、複雑形状化、高
術により、一般的な金型材よりも靭性、耐熱性に
精度化がすすみ、また一方で生産性向上を狙った
優れており、過酷な環境下で使用しても、割れや
多様な加工法の開発もすすむ中で、金型、そして
ヒートチェックが発生しにくく、優れた寿命が得ら
金型材料に対するニーズがますます高度なものに
れるのが大きな特長である。
なっている(図1)。
また、使用環境によって金型に必要な特性は異
なるため、用途にあわせて最適な金型材料を使
Abstract
NACHI Materials Division has been marketing the“DURO series”for precision die materials of both cold and hot stampings.
As a new product in the“DURO series”
,
NACHI has developed“DURO-FZ”for the hot
stamping die material that maintains the highly
balanced toughness and heat-resistance. Because
of the unique melting technology,“DURO-FZ”
exceeds the general die material in toughness and
heat-resistance, and cracks and heat checks are
unlikely to occur under the harsh environment,
achieving the superb longevity.
用する必要がある。NACHIは、ユーザーの金型
使用環境にできるだけ適用できるよう、材料特性
バランスを変えた8鋼種を、
「DUROシリーズ」として
販売している。
図1 温熱間金型の一例
1
2.「DUROシリーズ」における
「DURO-FZ」の位置づけ
「DUROシリーズ」は、独自の特殊溶解技術を
ベースに製造された、高品質・高性能の金型材
N1
SKD61
良好
FZ
料であり、破壊の原因となる非金属介在物や炭
いる。
F1
靭性
化物偏析を可能な限り少なくした材料となって
冷間プレス
冷間鍛造用
V2
F3
「DUROシリーズ」の各鋼種の特性位置づけを
に優れた鋼種からなり、冷間から温熱間領域まで
SKH40
SKH51
図2に、
「DUROシリーズ」の概要を図3に示す。
「DUROシリーズ」は、靭性と耐摩耗性のバランス
V5
F7
温熱間鍛造用
SP
耐摩耗性
良好
図2 「DUROシリーズ」の特性位置づけ
の多様な使用環境に適用できるようシリーズ化さ
れている。
今回新たに商品化した「DURO-FZ」は、温熱
間鍛造金型の寿命向上を狙って開発した鋼種
であり、靭性および耐熱性に優れるのが大きな
特長である。
冷間
主な用途
鋼種名
硬さ範囲
冷間打抜
パンチ
DURO-SP
60∼67HRC
高耐摩タイプ ハイス系
粉末ハイス以上の耐摩耗性を有しながら、
良好な靭性を有する
DURO-V5
56∼62HRC
高靭性・高耐摩タイプ ハイス系
マトリックスハイスの靭性と粉末ハイスを超える耐摩耗性を兼ね備える
DURO-V2
58∼62HRC
超高靭性タイプ マトリックスハイス系
DUROシリーズの中で最高の靭性を有し、疲労強度にも優れる
DURO-F7
59∼65HRC
DURO-F3
57∼62HRC
転造工具
冷間鍛造
温熱間
鍛造
熱間
DURO-F1
54∼60HRC
DURO-FZ
54∼58HRC
DURO-N1
50∼54HRC
分類
特長
高靭性でありながらMax.65HRCの高硬度が得られる
高靭性タイプ マトリックスハイス系
F1とF7の中間的特性で、
良好な耐摩耗性と靭性を有する
60HRCクラスの金型材料として最高の靭性を有する
硬さと耐衝撃性のバランスが極めて高い
高靭性タイプ 熱間ダイス鋼系
高温強度に優れると同時に、高い靭性を有する
図3 「DUROシリーズ」概要
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温熱間金型用鋼「DURO-FZ」
3. 温熱間金型に
必要な特性
4. 「DURO-FZ」の特長
「DURO-FZ」は、マトリックスハイスに属する。
「DURO-FZ」の主な用途として考えている温熱
一般にマトリックスハイスは、ハイス(高速度工
間金型に必要な材料特性を示すために、熱間鍛
具鋼)に比べて炭化物を大幅に減らしたもので、
造ダイ損傷発生プロセスの例を図4に示す。
ハイスよりも靭性が高く、金型用の素材として
図4に示すような、金型表面の温度上昇による
多用されている。
軟化から、ヒートチェックの発生を経てクラック
「DURO-FZ」は、成分や製造方法に配慮する
伸展に至るという損傷を抑えるには、硬さの低
ことで、既存マトリックスハイスより靭性および
下を抑えるために軟化抵抗の高い材料が有効で
耐熱性を向上させている。
ある。また、ヒートチェックの伸展を抑えるため
に、疲労強度の高い材料(具体的には介在物や
1)優れた靭性
炭化物が小さくて少ない材料)が有効である。
「DURO-FZ」の衝撃値を図5に、抗折力を図6
に示す。
「DURO-FZ」は、成分や製造方法に配
慮し、応力集中部となりうる粗大炭化物を少な
破壊プロセスの例
くすることで、高い靭性を有している。
熱間鍛造ダイ成形面のヒートチェックとクラック
加工数の増加とともに
ヒートチェックとクラックが発生
「DURO-FZ」および既存鋼種の「DURO-F1」の
ミクロ組織写真を図7に示す。組織写真で白く観
察される炭化物が、
「DURO-FZ」は「DURO-F1」
に比べて少なくなっていることが分かる。
成形面拡大
素材サイズ:φ50
350
300
プロセス②
ヒートチェックの発生
プロセス③
クラック伸展
①ワークと接触する成形面表層の硬さが低下。
これにより、表層部が塑性変形したり、著しい摩耗が発生する
②硬さの低下により、金型表層に熱疲労による微細なクラック
いわゆるヒートチェックが発生しやすくなる
③使用条件によっては、
それを起点として大きな割れに至る
衝撃値
(J/cm2)
プロセス①
軟化の発生
250
200
DURO-F3
DURO-F1
DURO-FZ
DURO-N1
マトリックスハイス
150
100
50
50
52
成形面のヒートチェックとクラックを抑えるには
高い軟化抵抗特性が有効
凝集しにくい炭化物を含む材料が有効
図4 熱間鍛造ダイ破壊プロセスの例
6
5
4
3
50
52
54
56
58
硬さ
(HRC)
【試験条件】
3点曲げ試験
試験片サイズ :5×10×60 支点間距離:50mm
ストローク速度:3mm/min
図6 「DURO-FZ」の抗折力
3
60
素材サイズ:φ50
DURO-F3
DURO-F1
DURO-FZ
DURO-N1
マトリックスハイス
7
抗折力
(GPa)
耐熱性を高めるために重要な因子は、
内部に含まれる炭化物の
種類と量であり、高温下でも凝集しにくい炭化物を靭性を
下げない程度にできるだけ多く含有させることが重要である。
F3,
F1,
FZ,
N1は、汎用の熱間ダイス鋼SKD61や、近年多用されて
いるSKD61の改良鋼などに比べ、高い耐熱性を有する。
58
図5 「DURO-FZ」の衝撃値
プロセス② 熱疲労によるヒートチェックを抑える
お勧め
ポイント
!
56
【試験条件】
シャルピー衝撃試験
試験片サイズ:5×10×60 ノッチ:なし
プロセス① 温度上昇による硬さの低下を抑える
高温での高い疲労強度が有効
介在物&炭化物が小さく、
かつ少ないクリーンな材料が有効
54
硬さ
(HRC)
60
2)優れた耐熱性
3)優れた耐ヒートチェック性
「DURO-FZ」の赤熱硬さを図8に示す。赤熱
「DURO-FZ」の耐ヒートチェック性試験結
硬さとは、焼入焼戻しした材料を、焼戻し温度よ
果を図9に、ヒートチェック試験片の表層ミク
り少し高い温度(650℃)で長時間保持し、その
ロ組織写真を図10に示す。ヒートチェックと
後室温で硬さを測定したものである。焼戻し温
は、温熱間金型を使用していくに従って表面に
度より高い温度に保持するので、初期の硬さよ
発生する微細なクラックのことで、金型表面の
りも基本的に低下するが、その低下具合が少な
加熱と冷却の繰り返しにより発生する。ヒート
いほど耐熱性が高いということになる。
チェックを抑えるには、高硬度であることが最
「DURO-FZ」は耐熱性の高い材料であり、比
も重要で、次に靭性が高いことが重要となる。
較として記載したSKD61やSKD61改良鋼より優
図9および図10は、700℃加熱と水冷を1,000回
れていることが分かる。
繰り返して、ヒートチェックの発生状況を評
DURO-FZ
価したもので、
「DURO-FZ」は、比較材に比べ
DURO-F1
て、クラックの発生、伸展が小さく、耐ヒート
チェック性に優れていることが分かる。
ヒートチェック試験片の表層ミクロ組織写真
0.1mm
0.1mm
DURO-F1
DURO-FZ
図7 「DURO-FZ」と「DURO-F1」のミクロ組織
素材サイズ:φ50
60
硬さ(HRC)
50
0.1mm
DURO-N1
40
30
DURO-F1
DURO-FZ
DURO-N1
SKD61改
SKD61
20
10
0
2
4
SKD61
6
8
10
マトリックスハイス
12
650℃保持時間
(hr)
【試験条件】
赤熱硬さ試験
試験片サイズ:10×10×10 加熱炉:大気電気炉
(650℃)
最大ヒートチェック長さ(mm)
図8 「DURO-FZ」の赤熱硬さ
0.20
0.18
0.16
0.14
0.12
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
素材サイズ:φ50
試験条件 ヒートチェック試験
【試験条件】
ヒートチェック試験
試験片サイ
ズ:
φ20×5[700℃×3s加熱→水冷×10s]
φ20×5(700℃×3s加熱→水冷×10s)
試験片サイズ:
×1,000回 ×1000回
図10 「DURO-FZ」の耐ヒートチェック性
DURO-F1 DURO-FZ DURO-N1
56HRC
58HRC
53HRC
SKD61
48HRC
マトリックスハイス
57HRC
【試験条件】
ヒートチェック試験
試験片サイズ:φ20×5(700℃×3s加熱→水冷×10s)
×1,000回
図9 「DURO-FZ」の耐ヒートチェック性
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温熱間金型用鋼「DURO-FZ」
5. 「DURO-FZ」の使用事例
「DURO-FZ」 製熱間鍛造ダイをユーザーに
次に、比較調査後のダイ表層のミクロ組織写
試作いただき、現行材(SKD7改良鋼)との比較
真を図12に示す。両材とも、ヒートチェックの
調査を実施した。比較調査後のダイ外観を図11
発生が確認されるが、その長さは 「DURO-FZ」
に示す。30,000ショット後の外観を比べると、
の方が短いことが分かる。
「DURO-FZ」の耐熱
「DURO-FZ」 の損傷の程度が、現行材に比べて
性の高さにより、ヒートチェックの発生が抑制
軽微であることが分かる。
され、損傷の程度が軽微になった例である。
成形面拡大
DURO-FZ
SKD7改良鋼
欠け
微小な欠け
微小な欠け
図11 30,000ショット使用後の熱間ダイ成形面外観
DURO-FZ
SKD7改良鋼
0.1mm
図12 30,000ショット使用後の熱間ダイ表層ミクロ組織
5
0.1mm
6. 「DURO-FZ」の熱処理
1)焼入れ焼戻し硬さ曲線
油冷却を推奨するが、加圧ガス冷却の場合は、
「DURO-FZ」の焼入れ焼戻し硬さ曲線を図
できるだけ冷却能力の高い設備の使用が望ま
13に 示 す。
「DURO-FZ」の 標 準 使 用 範 囲 の 硬
しい。ソルトバスの場合は、550℃前後の熱浴
さは54 ~ 58HRCである。推奨熱処理条件は、
冷却の後、さらに低温の200℃程度での熱浴冷
耐摩耗重視と標準、靭性重視の3条件を基本的
却が必要となる。金型の肉厚としては、50mm
に提示してある。最高焼入れ温度は1,160℃であ
程度を超えた場合、2段冷却を推奨している。
り、これを超える温度で熱処理すると、過熱組織
となって靭性が大幅に低下するために注意が必
要である。
【ソルトバス熱処理】
1,100℃
AC:空冷(Air cool)
850℃
2)熱処理パターンの例
熱浴急冷
550℃
「DURO-FZ」の熱処理パターンの例を図14
内外均一になるまで
580℃
AC
580℃
AC
AC
に示す。図14では、処理するワークの肉厚を基
準に、焼入れと焼戻しの標準的な加熱時間を提
示している。ワークの形状や炉の設備能力、積
載量等によって調整が必要になるため、参考値
とお考えいただきたい。
A
(s)A
(s)
T
(min)
T
(min)
ポイント
◎塩浴温度が大きく下がる時は、浸漬時間を長めにする
標準的な加熱時間
ワークの厚みD
(mm)
浸漬時間A
(s)
浸漬時間T
(min)
3)熱処理時の注意点
∼ 10
12×D
60
10∼ 25
10×D
90
「DURO-FZ」は、比較的大型の金型に使用さ
25∼ 50
8×D
120
50∼ 75
7×D
150
75∼100
6×D
180
5×D
210
れるケースが多く、焼入れ冷却速度が不足する
とベイナイト組織が発生し、靭性を損なうリス
100∼
クがある。そのため、真空炉、雰囲気炉の場合、
1,100℃
(N2パージ)
×
A
(min)
870℃
×
660℃ 40min
GC
×
30min
62
60
硬さ(HRC)
【真空炉熱処理】
GC:ガス冷(Gas cool)
580℃
58
580℃
GC
GC
焼入れ温度
56
1,160℃
1,140℃
1,120℃
1,100℃
1,080℃
54
52
50
焼直
20min 20min 10min
70min T
(min)
70min T
(min)
ポイント
◎焼入れ冷却速度は、可能な限り速くする
◎加熱時間を過剰に長くしない
540
560
580
600
620
標準的な加熱時間
ワークの厚みD
(mm)
焼戻し温度
(℃)
推奨熱処理条件
保持時間A
(min)
保持時間T
(min)
∼ 10
∼15
90
10∼ 25
15∼20
120
焼入れ
(℃)
焼戻し
(℃×回)
硬さ
(HRC)
25∼ 50
20∼25
150
耐摩耗重視
1,140
560×2
57.5
50∼ 75
25∼30
150
標準
1,120
580×2
56
75∼100
30∼35
180
靭性重視
1,100
600×2
53.5
35∼
180
狙い
図13 「DURO-FZ」の焼入れ焼戻し硬さ曲線
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Vol.
100∼
図14 熱処理パターンの例
6
7.「DURO-FZ」の用途展開
精密型用鋼「DUROシリーズ」の新商品である
温熱間金型用鋼「DURO-FZ」は、発売開始以来、
靭性および耐熱性の高さにより好評を得ている。
「DURO-FZ」の使用が、ユーザーでの金型コスト
の削減に貢献できれば幸いである。
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Vol.28B5
October / 2014
〈発 行〉2014 年 10 月 20 日
株式会社 不二越 技術開発部
富山市不二越本町 1-1-1 〒 930-8511
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