市民社会と福祉国家 相互排除パラダイム 以上の批判に加え・・・ - So-net

2013年6月30日福祉社会学会
相互排除パラダイム
仁平典宏
市民社会と福祉国家
相互排除パラダイムは超えられるか
「福祉国家と市民社会」関係への二つの視角
相互排除パラダイム
相互排除パラダイム
両者がトレードオフの関係にあることを前提
相補性パラダイム
福祉国家批判の文脈
※本報告での「市民社会」の用語
=参加型市民社会
≒市民セクター、非営利セクター
オッフェの「福祉国家の諸矛盾」(Offe 1987=
1988:313-324)
<右翼からの攻撃>
投資意欲の減退に至る課税と規制の負担を資本に強
要する
労働の意欲低下
<社会主義的左翼からの批判>
無能力(再分配が垂直ではなく水平方向に機能)で
官僚的非効率
抑圧的…官僚に対して、受給者が自らの「必要」を
証明しなくてはならない
労働者階級に対するイデオロギー効果……矛盾を糊塗
福祉国家を批判する市場至上主義者・規制緩和
主義者、という単純な構図ではない
「左派」の側からも本質的な批判がなされてい
た
以上の批判に加え・・・
<近代批判左翼からの批判>
政治体制の差異を越えた近代的な統治性が批判
対象
福祉国家は、生の形式を標準(ノルム)へと回収
し、画一化する(中期以降フーコー、ドンズロ、
イリイチ)
全体主義の記憶から社会の問題系が政治を領有
することに対する一貫した批判(アレント)
このほか、運動の時代として記憶される「1968
年」の諸思想や実践の多くも、われわれの生に
介入する社会国家的権力に対する異議申し立て
だったと整理できる面がある。
1
相互排除パラダイム
相互排除パラダイム
この文脈で「市民社会」とは、「人々が、(経済
的・物質的利益へと還元しきれない)理念に主導
された形でアソシエーションに参加し、それを通
して公的領域を担うような社会モデル」と捉えら
れることが多い。
→福祉国家の拡大が、そのような活動的な市民社会
を抑圧・弱体化するファクターとして位置づけら
れる
・活動自体の減少・停滞
・政府に包絡され(取り込まれ)下請け
化・争議性の減少
ネオリベラリズム論版の相互排除パラダイム
「『市民社会』の再生は、ネオリベラリズム
の支配と同時に生じ、それはネオリベラリズ
ムが繁栄し自らを正統化するための言説と装
置として不可欠なものとなっている」(Sinha
2005:163)
ネオリベラリズム論版の相互排除パラダイム
1968年の思想/実践とし
ての「新しい社会運動」
や「ネットワーキング」
(Touraine 1968=1970、
Lipnack & Stamps
1982=1984など)
生活世界に侵入するシステ
ムを制御するアソシエー
ション(Habermas 1990)
コミュニタリアニズム
(R. Nisbet等)
「大衆社会」「官僚制社
会」に対抗するアソシエー
ション(Kornhauser
1959=1961、佐藤1994な
ど)
ネオ・トクヴィリアン……
(政治的・非政治的自発的結
社が盛んな社会ほど、健全な
民主主義が根づいている)
ネオリベラリズム論版の相互排除パラダイム
Cf. サッチャーの二つの「社会」
「社会」というものは存在しない
「社会」に期待する
「私のいいたかったことは、当時は明快であっても後に見る影も
なく歪められてしまったが、社会はそれを構成する人間と遊離し
た抽象的なモノではないということであった。個人や家族、近隣
近隣
そして自発的
自発的な
組織がつくる
がつくる生
きた構造
構造だということであった。
そして
自発的
な組織
がつくる
生きた
構造
この意味において、私は社会に大きく期待していた。」
「国家への依存を弱め、自助努力をより活発にすること、たとえ
ば救世軍など宗教とか慈善の奉仕団体をもっと活用すること」
(Thatcher 1993=1993:221)
相補性パラダイム
両者の相乗的な発展に注目する議論
一方で、これらの主張と表裏をなすように、
参加型の市民社会の奨励が、ネオリベラリズ
ムのイデオロギーや作動条件となることに警
鐘を鳴らす議論も見られる(Rose1999、中
野2001、渋谷2003、Fyfe 2005、仁平2005、
Sinha 2005、Powell 2007など)。
アメリカにおける福祉制度の拡充とNPOの発展の同
時進行(Salamon 1995)
世界中にあるNPOセクターの規模を決定する最も重
要な要因の一つは、政府支援の度合い(Kramer et al.
1993)
日本における1990年代の社会保障支出の拡大とボラ
ンティア・NPOの隆盛の同期。
福祉NPOが果たす多くの機能(安立2008)
「福祉国家と福祉社会の協働」
2
新たな問題としての「新しいリスク」
雇用の流動化、家族の揺らぎと個人化、少子
高齢化…→既存の福祉国家で対応困難
特に日本型生活保障システムでは影響が顕著
↓
市民社会に対する期待
どちらの枠組で捉えるべきか?
相互排除パラダイム
×
相補性パラダイム
それとも、この問い自体が誤っているのか?
新たなリスクへの対応
社会的包摂の前提となる「参加」の場の拡充
→国際比較研究の必要性
エスピン-アンデルセンの福祉レジーム論
→市民セクターは位置づいていない
市民セクターの国際比較
Anheier & Seibel
→福祉・教育系の非営利セクターの国際比較
規模×財源による非営利セクターの分類を立方
体で表示(横:補助金、奥行き:料金、高さ:
寄付)
非営利セクターの規模
大
レジーム論との接続の意味
自由主義レジーム
保守主義レジーム
14
自由主義レジーム:
4
53
15
81
34
福祉支出・小、非営利セクター・大
ドイツ
社会民主主義レジーム:
アメリカ
政府福祉支出
大
の規模
小
福祉支出・大、非営利セクター・小
社会民主主義レジーム
保守主義レジーム:
14
53
1
35
52
スウェーデン
46
福祉支出・大、非営利セクター・大
日本:
日本
福祉支出・小、非営利セクター・大
小
H. Anheier and W. Seibel, 2001, The Nonprofit Sector in Germany: Between State
Economy and Society. Manchester University Press
→相互排除パラダイム的なイメージと親和的
3
レジーム論との接続の意味
「福祉国家と市民社会」関係の捉え方の変化
残されている課題
セクター分析だけでなく、個人レベルにも照
準を当てる必要
×線形
収斂論的
社会的包摂論・第三の道・アクティベーション論
=個人の社会参加の保障が掛金
○非線形
類型論的
「福祉国家」「市民社会(セクター)」の複
数の位相も捉える必要
福祉国家の複数の位相
福祉国家の二つの側面(武川正吾)
給付国家
特定の層への給付・手当:高齢者、障害者、子ども
…
格差・貧困の是正
積極的労働市場(アクティベーション)
Cf 宮本太郎「ベーシック・ワーク」
市民セクターの複数の位相
(福祉国家との関係で)
福祉の「供給者」
社会サービス
QOL・生きがい
←Paid/Unpaidの差異や、財源によって多様な類型
福祉国家の「推進者」
規制国家
労働規制
ジェンダー規制
労働組合(←社会民主主義レジーム)
キリスト教(←保守主義レジーム)
社会運動
問い
個人の参加に照準を合わせたとき、福祉国家と
市民社会の関係は、いかなるものか?相互排除
パラダイムは反復されるのか?
データについて
「福祉国家」と「市民社会」の複数の位相に注
目した時、両者の関係性はいかなるものか?
それは、ネオリベラル化という文脈でいかに変
わってきたか?
4
市民社会関連指標
使用データ
福祉国家関連指標:OECD Statistics
市民セクター関連指標:World Value Surveyのデータ
セット(1995、2005年)※
共時的分析(2005年)と通時的分析(1995→2005
年)
分析対象とする国はデータがそろうもの
自由主義レジーム:アメリカ、イギリス、オーストラリ
ア
保守主義レジーム:フランス、ドイツ、イタリア
社民レジーム:スウェーデン、フィンランド
東欧:ポーランド、スロベニア
南米:メキシコ、チリ
東アジア:日本、韓国
以下の団体への参加(積極的参加2、消極的参加
1)として得点化
教会・宗教組織(church or religious organization)
スポーツ・レクリエーション団体(sport or recreation)
芸術、音楽、教育団体(art, music, educational)
労働組合(labour unions)
政党(political party)
環境団体(environmental organization)
職能団体(professional organization)
チャリティ・人道団体(charitable/humanitarian organization)
消費者団体(consumer organization)
その他の団体(any other organization)
合算による分析と、団体ごとの分析
※東京大学社会科学研究所附属日本社会研究情報センターSSJデータ・アーカイブから「World Value
Survey」(電通総研寄託)の個票データの提供を受けた。
市民セクターのアクターの分類
(福祉国家との関係で)
福祉の「供給者」
社会サービス
チャリティ・人道支援団体
QOL・生きがい
スポーツ・レクリエーション団体
芸術、音楽、教育団体
福祉国家の「推進者」
社会保障支出と団体参加
労働組合
キリスト教団体
教会・宗教組織
政党
その他(多義的)
消費者団体
環境団体
職能団体
その他の団体
社会保障支出と団体参加
相互排除仮説
→社会支出割合が大きいほど、団体参加は減
退・・・グラフ上は「負の相関」
団体参加得点と福祉国家関連指標との単相関
給付国家的側面
団体参加得点
相関係数
有意確率
社会支出
GD P比
-. 061
.8 30
積極的労働
市場政策GDP
比
.129
.646
ジニ係数
.067
.814
規制国家的側面
貧困率
-.023
.936
正規労働者 長時間労働
雇用保護
の雇用保護 者の割合
-.235
-.324
-.011
.381
.238
.968
余暇時間
-.119
.660
相補性仮説
→社会支出割合が大きいほど、団体参加も盛
ん・・・グラフ上は「正の相関」
5
社会保障支出と団体参加(2005年)
5.00
Sweden
4.50
線形の相関関係とはならない
USA
4.00
Mexico
Britain
3.50
Australia
団 3.00
体
参 2.50
加
得
点 2.00
→4つの象限に分布
Finland
Netherlands
セクター分析の結果とも異なる
Slovenia
Chile
Italy
S Korea
Japan
→社民レジームが、社会支出と参加の両方高い
France
Germany
1.50
Poland
自由主義レジームと、社民レジームにおける
活動参加の「高さ」は同じだろうか?
→国ごとの特徴は?
1.00
.50
.00
5
10
15
20
25
30
35
社会支出GDP比
比
社会支出
国別の団体ごとの参加得点比率
国別の団体ごとの参加得点
(「その他」を除く)
USA
USA
Britain
Britain
高
Australia
Australia
Germany
Germany
France
低
教会・宗教組織
France
教会・宗教組織
スポーツ・レク団体
Italy
Italy
スポーツ・レク団体
アート・音楽・教育
アート・音楽・教育
Netherlands
労組
Netherlands
労組
Sweden
政党
高
政党
環境団体
Finland
職能団体
Slovenia
チャリティ・人道組織
低
Sweden
Finland
環境団体
Slovenia
職能団体
消費者団体
チャリティ・人道組織
Poland
Poland
その他
消費者団体
Mexico
Mexico
高
Chile
Chile
Japan
Japan
低
Korea
.00
1.00
2.00
3.00
4.00
5.00
6.00
Korea
0%
10%
20%
30%
市民セクター
供給者的アクター
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
福祉国家
給付国家的側面
市民セクターは福祉国家を促進するか
促進者的アクター
規制国家的側面
6
単相関
給付国家的側面
チャリティ・人
道組織
供 スポーツ・レク
給 団体
者 アート・音楽・
教育団体
労組
促 教会・宗教組織
進
者 政党
消費者団体
環境団体
そ
の 職能団体
他
その他
相関係数
積極的労働
社会支出GDP 家族向け支 市場政策GDP
比
出GDP比
比
.048
.511
.040
規制国家的側面
ジニ係数
.139
貧困率
-.022
正規労働者 長時間労働
雇用保護 の雇用保護 者の割合
-.276
-.449
-.112
供給者的アクター
余暇時間
-.065
有意確率
相関係数
有意確率
相関係数
有意確率
.866
.225
.420
-.221
.428
.052
.639
.010
.305
.269
.889
.526
.044
.044
.876
.622
-.347
.204
.184
.511
.938
-.422
.117
.116
.682
.301
-.093
.732
-.325
.220
.093
.124
.660
-.356
.192
.681
-.070
.797
.134
.621
.812
.341
.196
-.020
.941
相関係数
有意確率
相関係数
有意確率
.383
.159
-.469
.078
.620
.014
-.079
.781
.534
.040
-.291
.293
-.438
.103
.378
.165
-.535
.040
.338
.219
.004
.989
-.121
.654
.119
.672
-.317
.249
-.444
.085
.220
.414
.238
.375
-.458
.074
相関係数
有意確率
-.285
.304
-.247
.374
-.367
.179
.380
.162
.448
.094
-.471
.066
-.692
.004
.120
.659
-.346
.189
相関係数
-.008
.285
.303
.055
-.093
.121
.041
-.072
-.123
有意確率
相関係数
有意確率
相関係数
有意確率
.977
-.152
.590
-.103
.715
.303
.279
.315
.302
.274
.273
-.035
.900
-.203
.468
.846
.301
.276
.201
.474
.742
.141
.616
.227
.416
.656
-.170
.528
-.545
.029
.885
-.414
.125
-.660
.007
.790
.074
.785
.107
.692
.649
-.080
.769
-.196
.467
相関係数
.041
-.144
-.101
.012
.175
-.565
-.577
-.049
-.047
有意確率
.884
.608
.719
.967
.533
.023
.024
.857
.862
重回帰分析(標準偏回帰係数
社会支出GDP比
教会・宗教組織
労組
政党
職能団体
チャリティ・人道組織
調整済み R2 乗
-1.046 **
0.633 *
0.402
-0.465
0.461
0.515 *
家族向け支出 積極的労働市場
GDP比
政策GDP比
-0.317
0.458 +
-0.349
-0.122
0.726
0.579 *
-0.634 +
0.642 *
0.073
-0.590
0.521
0.442 +
ジニ係数
スポーツ・レク団体への参加は、福祉国家の給
付的側面と正の相関
チャリティ・人道組織への参加は、家族向け支
出のみ正の相関。格差・貧困との関連はなし
促進者的アクター
労組への参加は、多くの項目で福祉国家の充実
度と正の相関
教会・宗教組織への参加、政党、職能団体など
への参加は、福祉国家制度と負の相関
β)
貧困率
0.640 +
0.617 +
-0.831 * -0.629 *
-0.118
0.035
-0.154
0.592
0.403
-0.555
0.356 n.s. 0.545 *
雇用保護
長時間労働者の
割合
0.297
-0.319
-0.521
-1.325 *
1.135
0.426 +
0.830 *
-0.516 +
-0.427
0.838
-0.850
0.318 n.s.
福祉国家の再編と市民セクター
労組→促進的
宗教・教会組織→抑制的
政党、職能団体の効果は消失
福祉国家の再編という問題設定
相互排除パラダイムは、次の二点で棄却
線形関係でなく非線形の類型論として捉えるべ
き
市民セクターを一枚岩として捉えるのではなく、
内部の差異に注目。特に、労組と宗教組織の差
異
類型論ではなく、変化の概念としてのネオリ
ベラル化(Peck & Tickell 2002)
国によって、福祉削減・抑制・再編のリズム
は異なる
・・・1995年→2005年はどうだったか?
→共時的分析ではなく、通時的にはどうか?
7
団体参加得点変化値と社会支出対GDP比変化値
(1995→)
社会支出対GDP比の推移(1995→2005年)
1995から
から2005までの変化
までの変化
から
United States
United Kingdom
1.0
Australia
Sweden
Germany
0.5
Finland
France
Japan
Italy
0.0
Netherlands
-6.0
社会支出GDP比
比
社会支出
Sweden
Finland
-4.0
-2.0
0.0
-0.5
2.0
6.0
Germany
Poland
S Korea
Mexico
Australia
-1.0
Mexico
4.0
Chile
Japan
-1.5
Korea
-5.0
-4.0
-3.0
-2.0
-1.0
0.0
1.0
2.0
3.0
4.0
5.0
USA
r= -.38
-2.0
団体活動得点変化値
団体別参加率の推移(国別、1995→2005年)
.30
0.86
.20
.10
教会・宗教組織
スポーツ・レク
.00
アート・音楽・教育
含意
労組
政党
-.10
環境
職能
-.20
チャリティ・人道
その他
-.30
「市民社会ルネサン
ス」はあったのか?
-.40
United States
Australia
Germany
Sweden
Finland
Mexico
Japan
Republic of
Korea
線形から非線形へ
類型論としては、相互排除パラダイムは棄却
どちらも高い社民レジームの存在
1995→2005年においては、相互排除的パ
ターンが見られる
特に、社民レジームにおいて、社会保障の抑制
と市民社会の活性化の同時進行
日本だけは例外
市民セクター/参加の異種混淆性
→福祉国家に対して与える影響は多義的
促進的アクターとしての「労組」が極めて重要
一方で、「教会・宗教組織」への参加は、抑制的
「チャリティ・人道組織」への参加が、福祉制度に
代替することはない
「市民社会の活性化」の中でも、「労組」へ
の参加は全般的に低下
市民社会の内的な変容
社会保障制度形成に負の影響を与える恐れ
8