末梢血圧と中心血圧の違いの物理的基礎と臨床的な

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第 13 回 臨床血圧脈波研究会 フィーチャリングセッション 1
末梢血圧と中心血圧の違いの物理的基礎と臨床的な意味
宮下 洋(自治医科大学健診センター長・自治医科大学医学部循環器内科学部門)
背景・目的
結果
AO(Aotra)と SC(Subclavian)での観測圧波形は視覚的
近年、上腕カフ血圧による中心血圧の推定値が、高血
に類似性が明らかであるが、血流が大きく異なることで、
圧の予後予測能において優れているとの知見が蓄積さ
分岐前後での Pf・Pb のそれぞれの関連が希薄であること
れ、降圧治療の新たな評価指標として期待されている。
は物理的に自明である。つまり、PSC は近傍の大動脈圧
しかし、中心血圧と末梢血圧の関係は、pulse pressure
PAO に類似しているが、成分波 PfSC と PfAO の類似性は低
amplification(PPA)として教科書的知識であるにもかか
い、すなわち PfAO がそのまま前肢動脈を伝播するわけで
わらず、その機序については、これまで上肢動脈系にお
はないことが確認できる。そこで、分岐部で形成された
ける圧脈波伝播の詳細を確認できる実証的データを得る
Pf の末梢への伝播を中心に検討したところ、中心 PfSC と
のが困難であったためか、十分な理解が得られていない
末梢 PfBR の一致性は、観測圧波形(PSC と PBR)よりも有意
との印象をもつ。中心・末梢圧波形の成因に反射波への
に高い(r、RMSE ともに p < 0 .001)ことが判明した(図 1)
。
関与はすでに 20 年ほど前から想定されているが、以下の
また、前進波成分 PfSC は末梢観測波形 PBR とも高い相似性
ような諸説も聞かれる。
を示した。
・動脈の tapering と progressive stiffening による振幅拡大
・脈波伝播速度の周波数および圧依存性と血流速の影響
解釈
・末梢動脈での流速低下による圧ポテンシャル(側圧)の上
以上の所見から、大動脈圧は上肢動脈系起始部にすで
昇(Bernoulli の法則)
に存在する反射成分波との差圧分が前進波 PfSC として入
本演題では上肢動脈系における圧脈波伝播の実測デー
力され、変化せずに末梢に伝播すること、上肢末梢から
タを提示し、中心血圧と末梢血圧が異なる波形を示す機
短い反射距離(時間)で反射した末梢後退波 PbBR は前進波
序を確認する。なお、Animal study のデータは福島県立
PfBR とほぼ同相かつ相似波形で重層するため、上肢動脈
医科大学医学部細胞統合生理学の勝田新一郎准教授との
系起始部(SC)で形成された前進波 PfSC と相似性が高い末
共同研究であることを付記しておく。
梢圧波形 PBR が形成されることが示唆された。
Animal study
Human study
方法
Animal study では伝播による波形の形成が反射のみで
正常の JW(Japanese White)ウサギ 5 匹と、総コレス
説明可能であったが、血流の同時記録が困難なヒトのデー
テロールや中性脂肪が高く、加齢に伴いアテロームが
タにおいても同様の機序で説明できるかを検討した。
進 行 す る 遺 伝 性 高 コ レ ス テ ロ ー ル 血 症 を も つ KHC
(Kurosawa and Kusanagi-Hypercholesterolemic)ウサ
方法
ギ 16 匹の計 21 匹を用い、麻酔下、自発呼吸を維持しなが
心臓カテーテル患者(20 例)に右房からの一時ペーシン
ら、大動脈基部(AO)と、前肢動脈系である右鎖骨下動脈
グにより心拍数を変化させながら、直接大動脈圧波形
分岐直後(SC)、およびその下流の遠位上腕動脈(BR)の 3
(PAo;PressureWire®, RadiMedical[実験当時]使用)と橈
部位で血圧・血流を同時記録した。その後、DFT(discrete
骨動脈トノメトリ波形(P Ra;HEM-9000 AI®, オムロン
Fourier transformation)によるインピーダンス解析から
ヘルスケア使用)を同時記録した。脈波伝播の単純な時間
得た各測定部位における特性インピーダンス Zc を用いて
遅れを除外するため、両波形の立ち上がり時相を一致さ
前進波 Pf と後退波 Pb を分離し、各波形の関係を検討した。
せ、DFT により計算した全記録(n = 74)の power spectra
(auto- および cross-power)を集積して PAo → PRa の圧伝達
関数(PTF)を得た。
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フィーチャリングセッション 1
図 1 ● 前肢中心側 ( 鎖骨下動脈分岐部;SC) と末梢側 ( 上腕動脈遠位部;BR) の圧波形類似性と一致性の検討
SC
(mmHg)
BR
(mmHg)
0
−10
−20
−30
30
20
10
0
圧
圧
圧
30
20
10
PBR & sPfSC
(mmHg)
30
20
10
0
−10
−20
−10
−20
−30
−30
0
0.05
0.1
0.15
時間
0.2(秒)
sPfSC:PfSC scaled to PBR
(mmHg)
0.05
0.1
0.15
時間
0
0.2(秒)
PSC vs. PBR
Pf SC
0
y=0.819x
r 2=0.892
RMSE=4.5mmHg
−30
−30 −20 −10 0 10
PBR
30
20
P
Zc・Q
10
0
−10
−20
20 30
(mmHg) −20
Pb
sPfSC vs. PBR
(mmHg)
10
10
PSC
0.2(秒)
20
20
−20
0.1
0.15
時間
PfSC vs. PfBR
(mmHg)
30
−10
0.05
sPf SC
0
−10
y=0.960x
r 2=0.993
RMSE=0.7mmHg
−10
Pf
結果
心拍数の第 1 高調波に相当する< 2 Hz の低周波帯域を
除き、4 ~ 5 Hz をピークとした増幅が認められた。位相
0
PfBR
PBR
図 2 ● 日本人患者の対象全データの離散フーリエ変換
アンサンブル平均に基づく圧伝達関数
周波数依存性に位相が進むような変化は認められない。
4
ゲイン
10 Hz)においては伝播速度の周波数依存性の有意な影響
がないことが確認された
(図 2)
。
Bernoulli の法則に基づく動圧の関与は、ヒトの左室流
出路(大動脈基部)の生理的ドプラ流速、およびウサギの
実測血流データからの AO、SC の推定流速がいずれも
≦ 1 m/s であることから、その関与は限定的と考えられる。
3
2
1
0
(radian)
位相
考察
20 30
(mmHg)
sPfSC(振幅をscalingして調整したPfSC)
れより低周波では位相が進み、反射の影響と考えられた。
を呈し、血圧波形に寄与しているごく狭い周波数帯域(<
y=0.993x
r 2=0.986
RMSE=1.6mmHg
−20
−30
20
(mmHg) −30 −20 −10 0 10
PBR
10
特性はゲインピーク周波数付近にゼロクロスをもち、そ
一方、ゼロクロスより高周波では位相がほぼ一定の遅れ
0
0
−2
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
(Hz)
周波数
従って、安静状態のヒトにおいても冒頭に挙げた反射以
外の要因(諸説)による上肢末梢圧波形への影響は大きく
なく、間接的ではあるが、主に上肢末梢の反射が末梢圧
における末梢血圧と中心血圧の違い(PPA)は、主に上肢末
波形形成・PPA を説明することに矛盾しないと考えられた。
梢局所における圧脈波の反射のみで説明可能である。臨
結論
床的には、PPA に大きな変化をきたすような圧脈波伝播
時間や全身および末梢血管緊張の変化、圧波形周波数成
上肢末梢の血圧波形は、大動脈からの起始部に中心大
分の変化をきたす心拍数・心収縮性の変化を伴う病態に
動脈から入力された前進波によって決定づけられ、上肢
おいて、中心血圧評価の必要性が高いと考えられる。
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