「ハンドル荒いよ!」 声で教えてバスのスリップ事故を防ぐ 渡邉PJ「三次元重心検知システム」が、さらに使いやすく 北海道札幌市 2014 年 6 月に発生した韓国船セウォル号の沈没事故は、まだ皆さんの 記憶に新しいのではないでしょうか。一般には馴染みの薄い船舶の事故。 事故要因の一つには「船の重心位置に問題があった」という点が指摘さ れています。この専門的な問題点について分かりやすい解説をされてい た専門家が、実装支援プログラムで平成 20 年 10 月~平成 23 年 9 月、 「物 流と市民生活の安全に貢献するトレーラートラック横転限界速度予測シ ステムの社会実装」の研究開発と実証に取り組まれていた、渡邉 豊先生 (東京海洋大学 海洋工学部 教授)です。 プログラムの支援終了後も改良を続け、新たに危険運転を知らせる音 声機能がついて、ぐっと使いやすくなったシステム。コンテナによる運 搬の安全性向上に、真摯に取り組み続けるプロジェクトが生み出したシ ステムの、体験試乗会に伺いました。 ★どんな車にも装着可、走行 20 秒で重心位置を確認 重心検知協会と中央バス商事(代表取締役社長 泉山 利彦氏、札幌市西区)、根室交通株式会社(代表取締役 岡 野将光氏、根室市光和町)の呼びかけで、札幌北口に集 まったのは、道内のバス事業やトレーラー事業関係者等 の 20 名余。さっそく乗り込んだ貸切バスの中で、渡邉 先生からシステムの解説をしていただきました。 渡邉 PJ の「三次元重心検知システム」は、船の揺れ を検知するための理論を応用しています。船体のサイズ や重さが不明でも、荷の固有振動を手がかりに重心位置 を正確に計測する仕組みですが、この技術を陸上の輸送 に応用したのが、システムの強み。トレーラーからバス、 乗用車まで、どんな車でも、車軸の上にセンサーを水平 に取り付けて、車検証に書いてある車格についての数値 を入力すれば、セッティング完了です。あとは普通に 20 ~30 秒走るだけで、機械が勝手に重心位置を計測し、 横転につながる動きに対して警報を発してくれます。 バスの中で、シ ステムについて 解説中の渡邉先 生。テスト走行 が楽しみです。 開発のきっかけとなったのは、渡邉先生が学生時代に コンテナ輸送の研究をされたことでした。海外から運ば れてくるコンテナの現場を学ぶため、神戸や大阪の港に 足を運ぶうちに、コンテナを運ぶトレーラートラックの 事故の現状を知ります。たとえ制限速度を守っていても、 また異常な音や振動が無いか気をつけて走っていても、 いきなり倒れるトレーラーの事故。コンテナの中で荷物 がどう積まれているかわからないまま運搬せざるを得 ないため、こうした突然の横転事故が起こります。 2015.10.23.Fri. 札幌駅北口 の貸し切り バス乗り場 にて。 このシステムは、荷物がどう積まれていてもその重心 位置を把握し、重心の移動を検知してドライバーに状況 を伝えてくれます。 ここでセンサーの紹介。バスの真ん中近く、座席の下 にコンパクトに収まっているのが、振動を検知するセン サーでした。言われなければ気づかないほど小さな「箱」 を、床にネジ留めするだけで、車検も不要です。 片手で持てるコンパクトなセ ンサー。車軸に近い場所なら、 どこに設置しても OK です。 ★横転/スリップの危険度を、声で教えてくれる仕組み いよいよバスは札幌の市街地を抜けて、円山公園へ向 かいます。登りのワインディングでバスの重心が変化す ると、システムが横転やスリップの危険を教えてくれる はずです。 危険度をドライバーにどう伝えるかも、苦心のしどこ ろでした。運転しながらセンサーの動きにも気配りする のでは、ドライバーの負担が増えてしまいます。 まずは一見して危険度がわかるよう、画像で表示。タ ブレット等につなぐだけで、安全・危険の度合いが確認 できる画面が表示されます。 表示デザインは、 運転時に必要な情 報がぱっと目に入 るよう整えまし た。このデザイン は特許を取得して います。 さらに、音声による危険度の通知を追加しました。重 心位置の変化に応じて、 「安全・注意・危険・事故」と、 4 段階の音声が流れ、どんなハンドル操作をすればいい かを具体的に指示してくれます。 『やさしい運転ありがとうございます』 『気を付けて! ちょっとハンドル荒いです』 『怖いです! ハンドル荒いよ! ゆっくりハンドル戻 して!』 『事故ります!! ブレーキ絶対ダメ。ハンドル戻して、 お願い!!!』 試乗会では、音声のセッティングをわざと大きく変え て、ちょっとしたブレーキでも「気をつけて!」と怒ら れるようになっています。 プロの女性声優さんを起用しての臨場感溢れる音声に、 バスの中はなんだか、ちょっと楽しい雰囲気に包まれて しまいました。なかなか出なかった 『ハンドル戻して、お願い!!!』 が出た瞬間には、 「おおっ」という歓声と、笑い声が漏 れていました。 ★まだまだ応用可能な、検知システムの技術 試乗会の共催者であり、既に専用試験契約を結びシス テムをお使いいただいている中央バス商事様に、実際に 使ってみての感想を伺いました。 「重心がどうなっているかわかるだけで、とても安心で きるんです」 最近のバスやトレーラーには、前後輪の旋回状態等か らブレーキを自動的にコントロールする EBD1という仕 組みがついているのですが、コーナーの途中で勝手にブ レーキを強められたりすると、むしろ怖いと感じるそう です。そのため EBD を切って運転しているプロドライ バーも少なくないとか。 「自動」では防ぎきれない横転や スリップの対策に、重心検知システムは、おおいに活躍 が期待できそうです。 さらにユニークなアイデアも伺うことができました。 今回は前述の通り、僅かな重心の変化にも大げさに反応 するセッティングだったのですが、こうした過敏な反応 をするようにセットすると、路面のちょっとした凹凸も センサーが拾って警告します。 「舗装状態をチェックし修繕のタイミングを教えてく れて、都市計画にも役立てられそうです」 雪で舗装が荒れやすい、北海道らしい用途ですね。 新人ドライバーへの研修や、バスのサスペンションの へたり具合を確認できるなど、意外な方向へのフィード バックもユーザーから得られているようです。 ★実用化に向けて 最後に北海道バス協会の会議室をお借りして、質疑応 答の場が設けられました。 たとえば、バスにとって路面凍結と同様に怖い、横風 の危険性は検知できるのか。これはもちろん、重心位置 の変化として捉えることができます。 重心位置を正しく把握するのに必要な 20~30 秒の走行 が、坂道からの発進で最初から位置がずれていた場合は どうなるか。この場合はやはりずれが生じてしまうので、 「車体が決まっているなら、最初に空荷の状態でセッテ ィングを固定してしまうという方法もある」という回答 でした。 そして気になる、導入コストです。 「商品」として一般 に広く販売しているわけではなく、 「サンプル出荷」とい う形を取っているため、1 台 15~20 万と「お値ごろ」と は言いがたい価格ですが、今後のバージョンアップは無 償だそう。このチャンスに乗っていただけませんか!? と、RISTEX 側としてはヤキモキしてしまうのですが。 北の大地で、その価値を認めていただけることを、祈 るしかありません。 した。 危険度をどのように設定するかなど、実用を意識した ご質問を数多くいただきました。 2005 年 4 月、渡邉先生が神戸港で行ったトレーラー横 転実験から、既に 10 年の月日が流れました。陸で、海 で、いまだ続く横転事故が、一日も早く無くなりますよ うに。 「やさしい運転ありがとうございます!」 こちらはタイに納品するサ ンプル。英語表記×タイ語 音声のシステムです。 1 Electronic Brake force Distribution:走行状態に応じた理 想的制動力配分からのズレを推定して、前後輪に制動力を配分 する仕組み。 2005 年 4 月 神戸港 トレーラー 横転実験の、横転の瞬間。
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