平野レミ(料理愛好家・シャンソン歌手)

巻頭インタビュー
私と住まい
ひ ら
平野 レミ
料理愛好家
シャンソン歌手
の
主婦にとってキッチンは、
お城みたいなもの。
自由に動ければ発想も活性化されるし、
日々の料理だって楽しくなるでしょう?
家族の絆にもつながるんじゃないかしら。
主 婦として家 庭 料 理を作り続けた経 験を生かし、「 料 理 愛 好 家 」として
活 躍。”
シェフ料 理 ”
ではなく、”
シュフ料 理 ”
をモットーに、テレビ、 雑 誌な
どを通じて数々のアイデア料 理を発 信。また、 講 演 会、エッセイを通じ
て、 明るく元 気なライフスタイルを提 案するほか、 特 産 物を使った料 理
で全国の村おこしなどにも参加し、好評を得る。ツイッターでの140字レ
シピも好評で、フォロワーは33 万人。著書に「 平野レミのつぶやきごは
ん 」(宝島社)
、エッセイ集「ドレミの子守歌 」(中公文庫)
など他多数。
2015 年 10月に新 刊「 平 野レミと明日香 の 嫁 姑ごはん物 語 」を出 版。
1
「自宅が世界で一番好き」というレミさん。旅行に出かけても、
その土地の食材を買って帰るのが楽しみ。どんなに疲れて帰っ
ても、キッチンに立つと「身体がチャチャッと動くの」と笑う。
「うちのお父さん、専門はフランス文学だったけど、
いま考えるとワビサビが好きだったのねぇ。母屋と離
れの間には飛び石が敷いてあって。書斎には長火
家族と心からくつろげる
いちばん居心地のいい場所
「私ね、小っちゃい頃から、頭の中で間取りを想像
てさ。机の下は掘りごたつになってました。子供心に
すごく羨ましかったなぁ。だって寒い日もお父さんは
学校に行かないで、温かい部屋で原稿を書いてれば
するのが大好きだったの。将来はこんなおうちに住ん
いいんだもの!」
でみたいとか、庭にはどんな木を植えようだとか。夢
懐かしい生家の記憶は、いまも生活の端々に息づ
をいっぱい膨らませてね。チラシの裏に理想の設計
いている。簡単で美味しい(そして常識にとらわれな
図を描いては、いつまでも遊んでたっけ。
」
い!)レシピの数々もそう。小学校の頃から台所に立
シャンソン歌手であり、ユニークな発想の「料理
ち、家庭菜園から採ってきた野菜を使った「デタラ
愛好家」としても知られる平野レミさん。底抜けに明
メ料理 」を考案しては、家族に振るまっていた。
るく気さくなキャラクターで各方面から引っ張りだこ
「 夏になると熟したトマトと残ったうどんをコトコトと
の彼女にとって、住まいとは「家族と共に心からくつ
煮込んで、麺もお汁も真っ赤にしちゃったり(笑)
。
ろげる、世界でいちばん居心地のいい空間」だ。
年中いろんな組み合わせを考えてましたね。失敗も
「外でいろんな人と出会ったり、旅をするのも大好
多かったけど、楽しかったなぁ。ほら、学校のお勉
きだけど、でもやっぱりおうちがいいよねえ。だっ
強と違って、料理には正解がないじゃない。味だけ
て、何もかも自分の好きにアレンジできて、こんな楽
じゃなく、匂いや彩り。手に持った重み。炒めたとき
しい場所はないじゃない? 家具とか小さな置物に
のジューッという音まで、五感をぜんぶ働かせてさ。
も、一つひとつ家族の思い出が染み込んでるし。そ
ういう感覚は昔から変わりません。親戚んちに遊び
にいっても、
すぐに帰りたくなっちゃってね(笑)
。
『レ
ミちゃんはほんと、猫みたいな子だね 』って、しょっ
ちゅう呆れられてました。
」
父君は詩人でフランス文学者の平野威馬雄さん。
育った家は古い日本家屋で、離れの書斎には外国の
本がたくさん並んでいた。庭の片隅には小さなお稲
荷様がひっそりたたずむ、昔ながらの暮らし。その
せいか今でも「空中のマンション生活は苦手。地面
が見えないと安心できないのよ。
」と笑う。
2
鉢。冬はその上で、鉄瓶のお湯がチンチンに沸いて
巻頭インタビュー
私と住まい
料理を楽しくするコツは「とにかくスト
レスをなくすこと」。よく使う道具は
手の届きやすい場所に配置し、ミキ
サーやフードプロセッサーのコンセン
トは抜かないのがレミ流キッチン術。
もちろんキッチンにも、独自の創意工
夫をたくさん採り入れた。自分の動線に
あったサイズや配置、手を伸ばせば必要
なものがすぐ取れる収納スタイル。さら
にまな板を置く台の上にも、小さな蛇口
を取り付けている。これはレミさんが鮮
魚店を見て「これは絶対マネしたい!」
と思ったこだわりのアイデア。
「ほら、魚屋さんに行くと、まな板の上
頭の中で想像した結果が、目の前にパッと出てくる。
にずっとちょろちょろ水が流れているでしょう。ああ
人生でこんな楽しいことがあるかしらって、しみじみ
やると大きな魚をおろしても、作業を終えたときに
思いました。いまのお仕事は、きっとその延長ね。
」
はすっかり板の上がきれいになってるのね。せっかち
開放感のある空間は
心の距離感も近付ける
な私にはぴったり(笑)
。水が流れやすいよう、台に
少しだけ傾斜をつけてもらったり…。そうやってメー
カーの担当者さんにもどんどん提案したんです。主
自由な家風のもと、のびのびと育ったレミさん。40 年
婦にとってキッチンは、お城みたいなもの。自由に動
ほど前に自分たちの住まいを建てた際、何より大切
ければ発想も活性化されるし。日々の料理も楽しくな
にしたのも「開放感 」だ。リビングとつながったキッ
る。和田さん(夫でイラストレーターの和田誠氏)は
チンの南側は、天井まで届く大きな窓。カーテンはな
何も言わず、ぜんぶ私の好きにさせてくれました。
」
く、庭木がその代わりを果たしている。
対面型のキッチンからはリビング全体が見渡せる。
「私の実 家もカーテンがなかったのね。だからか
歌を口ずさみながら晩ごはんを作る母親のすぐ側
なぁ、視界をさえぎられると鬱陶しくなっちゃう。い
で、かつては子供たちが宿題をしていた。いまその
まの家を建てたときも、本当は南側ぜんぶをバーッと
テーブルには小さな孫たちが座り、腕をふるうレミさ
大きな窓にしたくて。設計士の先生に『柱も壁も取っ
んを好奇心たっぷりに眺めていたりする。
払っちゃってください』って相談したら、
『レミさん、
「せっかく頑張って料理するんだもん。やっぱり、そ
耐震構造上それはできません』って言われちゃいま
の姿を家族に見てもらえた方が嬉しいじゃない? よこ ざん
した(笑)
。でもガラス戸の横 桟 はなくして、窓の面
できあがった味だけじゃなく下拵えする姿とか、トン
積もできるだけ大きくとって。陽の光とお庭の風がた
トンと野菜を刻む音とか、それこそ五感をぜんぶ使っ
くさん入ってくるようにしました。やっぱりリビングは、
てもらってさ。そうすればお互い、自然と会話もした
家族が一番長くすごく場所でしょう。そこに開放感が
くなるでしょう。家族の絆って、意外にそういうとこ
あれば、心の距離も自然に近くなるじゃない。
」
ろから生まれてくる気がするんですね。
」
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